2012年12月27日木曜日

明日と明後日はいよいよげろきょ年末公演@明大前

現代朗読の年末公演「キッズ・イン・ザ・ダーク」がいよいよ明日と明後日に迫ってきた。
昨日の夜も稽古があったが、今夜も最後の稽古がある。
稽古ばかりでなく、ゼミ生みんなで手分けして準備が進められている。

タイムスケジュール、小道具の手配と準備、諸連絡、これらが私がいちいち指示しなくても自主的に動いてくれているのを見るのは、現代朗読の集まりがひとつの生き物のように有機的に集まり、動き、成長していくみたいで、とてもうれしいしわくわくする。
ゼミ生のみんなには心から感謝すると同時に、自分自身にもお祝いの気持ちがわいてくる。

公演はきっとおもしろいものになるだろう。
だれも見たことのないパフォーマンスが出現するはずだ。
もちろん我々も経験したことのないものになると思う。

朗読パフォーマンスとはいうものの、たんなる朗読を超え、しかし演劇でもなく、むしろ音楽やダンスに近く、ときに美術的でもあるかもしれない。
自分たちもこれをどう人に伝えていいのか、わからない。
なにかあたらしいものであることは確かだ。


当日パンフレットのために書いた短い文章をここに掲載しておく。

テーマ「死と再生」

 現代朗読協会年末公演「キッズ・イン・ザ・ダーク 〜 冬の陣」へようこそお越しくださいました。

 私たちは現代朗読のパフォーマーであり、朗読を現代アート表現のひとつとして追求している日本で唯一の集団です。私たちは「朗読はテキストの伝達ではない」「朗読者は作者の代弁者でもなければ、テキスト伝達技術者でもない」というかんがえかたから発して、独自の立脚点を模索してきました。その結果「朗読は表現」であり、「自分自身を表現し伝えるための手段」であるというふうなかんがえに至りました。

 朗読というのはそれが始まると、たいていの人は朗読を聴こうとします。たいていの人は朗読される作品の意味やストーリーを追います。そうではなくて、朗読する人の存在と発せられる声、息づかい、身体性、動き、感情、空気、お互いの存在そのもの、そういったものを全部受け取ってもらいたい、という望みが現代朗読にはあります。

 また私たちはオーディエンス(これを読んでいるみなさん)に自分たちがなにかすぐれたことができるとか、優位な存在であることを誇示しません。私たちはただあるがままにそこに立ち、子どものように無邪気に自分を表現します。

 それはときに受け取る側にとって大きくとまどうようなできごとかもしれません。どうぞみなさんも評価の目を手放し、胸をひらいて私たちとコミュニケートしてください。私たちを丸ごと受け取ってください。私たちもまた、お越しいただいたみなさんを丸ごと受け取り、つながっていきます。


それと出演者のひとりでもあるゼミ生の玻瑠あつこさんが作ってくれた愉快なプロモーションビデオはこちら