2017年8月24日木曜日

YouTube:ピアノ演奏「しゃぼん玉」@福井県立病院

2017年8月23日に福井県立病院のエントランスホールでおこなったボランティアコンサートの模様から、一部抜粋してお送りします。
こちらでは数か月に一度のペースで、水城ゆうが日本の四季の童謡や唱歌、世界の民謡、あるいはオリジナル曲などを、即興アレンジで演奏しています。

冒頭で演奏した「しゃぼん玉」の即興アレンジ演奏をお送りします。
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2017年8月23日水曜日

YouTube:共感とはなにか、その実践

2017年7月29日に豊田市の市民活動センターで開催した共感的コミュニケーション(NVC)のワークショップから、一部抜粋で紹介します。
「共感する」といいますが、実際にどんなことをすれば本当に共感することになるのか、共感でつながったときなにが起こるのか、共感のパワーについて話しています。

ファシリテーターは作家・ピアニストの水城ゆう。
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共感的コミュニケーションに興味がある方は、こちらをご覧ください。

2017年8月22日火曜日

音読こくご塾2017が終了

音読療法と共感的コミュニケーション(NVC)をベースにした子ども向けのプログラム「音読こくご塾」を、毎年の夏休みに開催するようになって、今年は4年目となった。
今年はNVC仲間の栗山のぞみさんが世話人となって、三鷹の自宅で開催することになった。

音読こくご塾では、子どもたちにまず、呼吸法や音響ワーク、群読で身体感覚を開き、活性化してもらったあと、各自自分の好きな(あるいは必要な)作文に取り組んでもらう。
夏休みの宿題の読書感想文や作文に取り組む子もいれば、好き勝手に小説や詩を書く子もいる。
そこには強制や義務や決まりごとはなく、自由が保障されている。
やりたくなければ遊んだり、寝ていてもいいし、やりたければいくらでも書いていい。

そのような場ができたとき、子どもたちになにが起こるかというと、驚くほどの創造性の発揮が現れるということだ。
ここのところを大人はなかなか信用できなくて、放っておけず、あれこれ口出ししたり強制してしまうのだが、子どもたちが自発的になったときの創造性は、本当に目を見張るようなものがある。

子どもたちは自分のニーズにもとずいて、それぞれ創造性を発揮して、学びと成長のチャンスを作りだしているのだが、大人は自分たちや社会的な都合を子どもにあてはめようとして、成長を阻害する。
たとえば、期日までに夏休みの宿題を終えてほしい、とか、どうせ書くなら好き勝手な文章ではなく読書感想文を書いてほしい、といったようなことだ。
それはこちら・大人側のニーズであって、それを押しつけたところで子どもはいやいややるかもしれないけれどそこには学びや成長は少ない。
そしてこちらと子どもの関係性にも問題が生まれる。

大人は自分のニーズにきちんとつながって、それを子どもに伝えることはできるかもしれないけれど、子どものニーズも大切にしてやりたい。
お互いのニーズをともに満たす方法をいっしょにかんがえる関係でありたい。

中学一年の男子は、社会性をすでに身につけていて、親のニーズも学校の要求も、そして自分が困ることの理解もあって、計画どおり宿題をすませたいと決意していた。
こちらはそれを邪魔しないようにするだけだったが、それでも順調に進むのか、なにか自分の不本意なことを強要されるのではないかという不安やいらだちを抱えているようで、そこに共感して寄りそう必要がすこしあった。

小学生はただのびのびと、親や学校の意向など関係なく自分のやりたいように字を書いたり絵を描いたりに熱中していたが、私としては子どもがよその家に来てのびのびとすごせるような場づくりができたということ自体がお祝いだった。
とにかく子どもには安心してのびのびすごしてもらいたい。
そういう場で子どもはみずから学び、成長していくと思っている。
親が自分の思ったように学んでくれないとか、期日を守らないとか、学校の規則を遵守しないとか、いらいらすることがあるとしたら、それは親自身が自己共感して落ち着く必要がまずある。
親が自分のニーズにつながって落ち着いていたら、ひょっとして子どももこちらに耳を傾けてくれるかもしれない。

今年の音読こくご塾も、参加してくれたみなさん(とくに子どもたち)のおかげでたくさんのニーズを満たすことができて、とても幸せな気持ちで終えることができた。
場の提供と場づくりのサポートをしてくれたのぞみさんにも感謝。
みなさんに心からありがとう。

2017年8月21日月曜日

ヨットレースで身体が目覚めた

この春まで国立・春野亭でルームシェアしていたジョエルが、野尻湖でのヨットレースに誘ってくれたので、行ってきた。
ジョエルは野尻湖の国際村に親から受け継いだ別荘を持っていて、夏のあいだはボランティアでヨットを教えたり、別荘の手入れをすることに時間を費やしている。

誘ってくれたヨットレースはディンギー(小型の一人乗りか二人乗りのヨット)レースで、野尻湖を24周する耐久レースだ。
時間制限があって、24時間以内に24周できない場合は、そこで終わりになる。
その場合はたくさん周回した艇が勝ち、というルールだ。

レースは午前10時スタートだったが、ジョエルは別件の用事があって午後からしか参加できないというので、私も午後になって合流した。
午後3時半くらいに行ってみると、ジョエルはもうひとりのおじさんクルーと周回チェックの桟橋マークを通過しながら、もう一周したらクルーを交代してもらうといって、遠ざかっていった。
風はそこそこあって、1周するのに40分くらいしかかからない感じだった。

約40分後にジョエル艇(二人乗りのシカーラ)がもどってきて、いったん桟橋に着ける。
私は実は、右肘の調子が悪く、とてもヨットレースに出られる状態じゃないという判断を前日にしていて、装備はなにも持ってきていなかった。
この日の午前中に長野市のモンベルに行って、カヤック用のウェットシューズとグローブだけ買い、レインジャケットは知り合いに借りていた。

クルーの楠田さんと私が交代、ジョエルはそのままスキッパーで残り、いよいよ出発。
ディンギーレースに出るのは何年ぶりだろう。
ひょっとして数十年ぶりかもしれない。

知り合いは、私がひさしぶりにヨットに乗るというと、
「まだ乗れるの? 忘れたりしてない?」
など、懐疑的だったが、私にはまったく不安はなかった。
乗れるに決まってる。
そしてそのとおり、乗りこんだ瞬間にイメージどおり、かつてヨットに乗っていた感覚がバシッとよみがえってきて、身体はほぼ無意識に動きはじめていた。

ジブシートを引きこむ感覚。
ヒールをつぶすための体重移動。
クローズド、アビーム、ランニング、それぞれの走り方における感覚とジブセールの調整。
風を読む。
波を見る。
マークを確認する。
周辺の船や漂流物を見る。
変化する山並を観察する。
ハルが水を切る音の変化を聴く。
ジョエルの目配せに応じる。
時間を読む。

まるでいまあらためて自分の身体に生命が吹きこまれたような感覚がやってきて、全身が喜んでいる。
乗せてもらってよかった。

風がしだいに強まってきて、ジョエルも楽しそうだ。
先行艇を追いつめる。
後続艇を引きはなす。
かけひきが楽しい。

2周、3周するうち、風はさらに強まって、暗くなりはじめたころには雨が降りはじめた。
最初はしとしとだったのが、しだいに雨脚が強まり、18時をまわるころには豪雨、そして雷雨になった。
ほかの艇が桟橋にもどり、艇庫のほかに帰っていくようすが沖から確認できる。

ほとんど真っ暗ななか、我々も桟橋にもどった。
さすがにレースは中止となった。
しかし、十分に堪能させてもらった。
忘れていたものがまざまざと生きかえってくるのを体験させてもらった。
ありがとう、ジョエル。
また来年もかならず来るからね。

名古屋でのボイスセラピー講座、北陸帰省

昨日は名古屋市天白区の水野生惠さんのお宅(素敵な日本家屋)で、音読療法
・ボイスセラピー講座を開催しました。
生惠さんが呼びかけてくれた4人の方にボイスセラピーをお伝えしました。

自立した社会貢献の仕事としてやれるボイスセラピーであると同時に、自分自身のこころと身体のヘルスケアを自分で日常的におこなえる明快なスキルをお伝えできることが、私にはなによりの喜びでした。
参加してくれたみなさん、ありがとう。

昨夜のうちに名古屋から北陸の実家に移動。
今日は午前中から母の介護施設に行って、最近食があまり進んでいないという話を聞いているので、昼食介助をしながら、できるだけ話を聞いてみようと思っています。
こちら北陸は晴れて暑くなりそうです。

2017年8月17日木曜日

YouTube:非暴力コミュニケーションの核心「ニーズ」

2017年7月29日に豊田市の市民活動センターで開催した共感的コミュニケーション(NVC)のワークショップから、一部抜粋で紹介します。
共感的コミュニケーションの核心はニーズにつながることだといっていいでしょう。
ニーズとは、その人が大切にしていること、必要なこと、価値観というような、人の内側にそのつど存在する抽象的なものです。

ファシリテーターは作家・ピアニストの水城ゆう。
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共感的コミュニケーションに興味がある方は、こちらをご覧ください。

映画:リミットレス

2011年公開の合衆国映画。
監督はニール・バーガー。
私にはほとんど無名だけど、ほかには「ダイバージェント」を手がけている。
主演のブラッドリー・クーパーも、私にとっては見たことはある、という程度。
アカデミー賞に何度かノミネートされているらしいけど。

この映画、あらすじを読んで気になってはいたんだけど、ずっとスルーしていて、このまま自分ではまず観ることにはならなかったかもしれない。
が、最近、バカ映画や連続ドラマ情報を交換しあっている友だちの安納献から「これおもしろいよ」とすすめられて、ちょうどふたりとも時間があったのでいっしょに観てみた。

ある非合法の薬物によって、ふだんは脳の20パーセントしか使われていない人の脳が、活性化して、超アタマのいい人になってしまう、という話。
そもそも、脳が20パーセントしか使われていないなんて説は、完全な似非科学というか、ヨタ話なんだけど、まあそういうことを信じている人が多いので、この映画の前提としてのアイディアが成立しているという、まあバカ映画なんです。

そういうつもりで観たんだけど、映画自体はそこそこ楽しめた。
まったくダメダメの作家志望の男が、偶然、その薬物を手にいれることによって、いきなり超アタマのいい人になり、本は書きあげるわ、金融業界に彗星のごとくおどり出るわ、女にはモテまくりはじめるわ、しかしそのおかげでトラブルに巻きこまれていき、闇の世界と関わってシビアな状況に追いつめられていく、という、サスペンス映画としてはまずまずよくできている。

オスカーノミネート俳優だけあって、演技は安定していて、はらはらドキドキのストーリーを楽しませてくれる。
とくにダメ人間と、超アタマいい男の切り替えがおもしろく、エンタテインメントとしてそう悪くない仕上がりに貢献している。

そうそう、書きわすれるところだった。
この映画には重要な役どころとしてロバート・デ・ニーロも出演しているのだった。

2017年8月13日日曜日

約束を守ってもらいたいとき/守られなかったとき

水城ゼミメンバーやベーシックメンバーにお送りしているメルマガ「水城ゼミ通信」8月11日号に掲載した記事を、一部紹介します。

「約束を守ってもらいたいとき/守られなかったとき」

子どもは約束を守らない。
約束そっちのけで、毎日遊びほうけている。
お母さんはついに切れる。
「もう塾には行かせない。約束破ったんだから、当然でしょ」
子どもは悲しくて泣く。
お母さんも悲しくて泣く。

子どもと親の関係だけにかぎらず、こういうことは大人同士でもしょっちゅう起こっている。
なにか約束をする。
それが破られたとき、腹が立って、報復したり、罰を与えたりする。
あるいは、約束を守ってもらうために、あらかじめ罰則を設定したりする。

一方、共感的な世界では、このような手法は取らない。
約束をするとき、この約束によってお互いにどんなニーズを満たそうとしているのか、明示的に確認し、理解しあっておく。
もしその約束が守られなかったとき、報復や罰則をあたえるのではなく、自分と相手に共感し、どんなニーズがそこなわれたのか、そのニーズを満たすためにどんな方法があるのかを、あらためていっしょにかんがえる。

※ベーシックメンバーの詳細とお申し込みはこちらから。

※水城ゼミについてはこちらをご覧ください。

2017年8月9日水曜日

報告:平和のトーク&コンサート

2017年7月31日、月曜日。
ボーカルの鈴木重子さん、朗読の野々宮卯妙、ピアノの私・水城ゆうの三人によるトークとパフォーマンスのイベントが、盛況のうちに終了した。

このイベントは、10月に熱海で開催されるNVCの国際集中トレーニング合宿「IIT」に参加する方を資金的に支援するための、セルフファンディング支援企画のひとつとしておこなわれた。
重子さんと野々宮、私の三人はこの十年来、NVCでつながっていて、表現活動においてもNVCを大切にしている者同士だ。
そして今回は「平和」をキーワードとして、平和や反戦に関係することばや音を集めて、パフォーマンスを組みたてた。

フェイスブックのセルフファンディングのグループで呼びかけたら、お手伝いや参加者がたくさん集まってくれた。
とはいえ、国立の春野亭という、普通の家のリビングルームを会場としたホームコンサートのようなものなので、定員は詰めても15人くらい。

ということで、満席になってしまったのだが、リストの不備などで決めていた人数より多くなってしまい、結局20人くらいがリビングルームに詰めかけることになった。
まあしかし、実際には意外に空間に余裕があったり、配置を工夫したりして、さほど窮屈な思いをしていただかずにすんだのではないかと思う。

午後4時半開場、5時開演ということでスタートしたのだが、予約の方が時間までに揃わず、とりあえず私のピアノ演奏でつなぐ、つなぐ、つなぐ。
こういうとき、バンドマン出身の私は気楽なものなのである。
弾けといわれれば、いくらでも、なんでも弾くのだ。

10分くらい押して、あと数人お見えでない方もいらしたが、プログラムスタート。
平和や反戦の歌、小説、文章、そしてトークなど、ハプニングをまじえながらもなごやかに、来場のみなさんとコミュニケートしながら進んでいった。
私の作品も、「青い空、白い雲」という曲や、「祈る人」を3人で朗読と音楽のパフォーマンスとしておこなった。
どちらもひさしぶりな感じがしたが、「心に響いた」といってくれた方が何人もみいらして、うれしかった。

途中も涙する人、食いいるように集中して聴いている人、目を閉じてリラックスしている人、そして子どもの声もまじり、終了後にそのように感想をいう人もいたが、まさにこの空間が平和そのものの象徴、実現のように私も感じていた。

しかし、私自身はこの場所や時間がなにか特別なものという感じはなく、いつもいる場所、いつもおこなっていること、いつもつながっている人たちという、ごくあたりまえの感じのなかにいた。
つまり、これはあらためてとてもありがたく奇跡的なことですらあるのかもしれないが、私のいる場所はすでにそのようなつながりと安心に満ちたところになっている、ということだろう。
本当にありがたく、貴重なことなのだ。
このような場所をすこしでも広げていけたら、と思う。

この三人によるパフォーマンスは、9月にふたたびおこなわれる。
場所は小石川の浄土宗のお寺〈見樹院〉の本堂で、参加者ももう少し多く受け入れることができるはずだ。
9月8日午後4時からの「鈴木重子×野々宮卯妙×水城ゆう~平和のトーク&ピアノ、朗読、声のコラボレーション」をどうぞお楽しみに!
詳細と申し込みはこちらから。

YouTube:やりたいことだけやって生きていける?


2017年7月29日に豊田市の市民活動センターで開催した共感的コミュニケーション(NVC)のワークショップから、一部抜粋で紹介します。
共感的コミュニケーションでは、「やりたいことだけやりなさい」「義務感からのおこないはいいことが起こらない」「喜びをもってできることをやりなさい」といいます。
しかし、現実としてそんなことができるんでしょうか。そんなふうに生きていくことはできるんでしょうか。
そういう話をしています。

ファシリテーターは作家・ピアニストの水城ゆう。
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共感的コミュニケーションに興味がある方は、こちらをご覧ください。

2017年8月8日火曜日

身体の全体性が崩れる、貢献のチャンスをいただく

ここ数日、右肘の具合が絶不調。
原因はほぼわかっていて、しばらく休ませることと、痛める原因になっている習慣的な使い方をあらためていくしかないので、とりあえず薬局で肘サポーターを買ってきて、肘をいつも意識することを心がける。

すると、なにが起こるかというと、
「部分を意識することで身体全体の機能やバランスが著しく低下する」

とりあえず、肘を曲げてキーボードを打つことが負担のかかる感じがするので、肘を伸ばしたままキーを打てるように、iPadとMacBookをDuetというアプリでつないで、近くに置いたiPadの画面を見ながら、遠くに置いたMacBookのキーボードを打つ、という対処法を試しているところ。

今日は昼ごはんを作っていて、ゆで玉子をゆでた熱湯をうっかり右手にぶっかけてしまうという事故を起こしてしまった。
幸い、お湯が少なかったのと、一瞬だったのとで、大事にはいたらなかったが、右肘をかばっての左手での鍋操作ゆえの事故だった。
小さな事故ならまだしも、機能低下を無視していつものように行動していると、大事故につながりかねない。

ということで、行動を自重する。
と同時に、より深くいつもより自分の身体に注目しながら、マインドフルにすごすことを心がける。

昨夜は武蔵小杉での共感カフェ。
少人数だったが、とても深い対話ができて、しみじみしながら帰路についた。

今日は個人セッションというより、私との対話を時間をやりくりして来てくれた方がいて、お互いにいろいろなことを聞きあうことができて楽しく、そしてありがたい時間だった。

最近、いろいろな方からお声がけいただいて、出かける機会が多いのだけど、10月には私の大好きな雑草教室や雑草の本を書いておられるかわしまよう子さんの茅ヶ崎・草料理リトリートに、共感的コミュニケーションのお話会の案内人として呼んでいただいた。
お話会はもちろんだが、私自身は雑草のリトリートへの参加者として普通に楽しみだ。
ひさしぶりにスケッチブックを持っていこうかな。

2017年8月7日月曜日

YouTube:共感的コミュニケーション(NVC)の目的

2017年7月29日に豊田市の市民活動センターで開催した共感的コミュニケーション(NVC)のワークショップから、一部抜粋で紹介します。
共感的コミュニケーションの目的とはなにか、学ぶことより学んだことを実際にやってみる、使ってみることの重要性など、話しています。
ファシリテーターは作家・ピアニストの水城ゆう。

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共感的コミュニケーションに興味がある方は、こちらをご覧ください。

2017年8月4日金曜日

YouTube:共感的コミュニケーション(NVC)とは

2017年7月29日に豊田市の市民活動センターで開催した共感的コミュニケーション(NVC)のワークショップから、一部抜粋で紹介します。
共感的コミュニケーションとはどういうものなのか、その基本的な考え方や原理について、概要を紹介しています。
ファシリテーターは作家・ピアニストの水城ゆう。

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共感的コミュニケーションに興味がある方は、こちらをご覧ください。

自分のウェブサイトをプチリニューアル

私の公式ウェブサイトは現在「mizuki-u.com」だが、たまに「なにがどこにあるかわからない」という苦情が来る。
なので、そのつど、ハリボテ式に改良しているのだが、そうするとますますわけがわからなくなるという……

先日「レッスン/個人セッション」周辺をすこし整備してみた。
トップページを3枠くらい下げてみると、「レッスン/個人セッション」のページがあって、そこに「申し込み」ボタンを設置してみた。

ピアノやボーカルのレッスンなど、音楽のレッスンを受けたい人、ボイスコーチングや音声表現、マイク収録やリップノイズ対策、あるいは共感セッションを個人的に受けたい人は、こちらを利用していただきたい。
申し込みボタンからはフォームにリンクしていて、希望日時を第三希望まで選べるようになっている。

そして、よく聞かれるのは、「お金はどうやって払えばいいんですか?」ということなのだが、決済ページも作ってみた。

個人セッションは基本的にギフトとしておこなっていて、お金はいくらでもよく、後払いでもかまわなくて、場合によってはお金以外でも受け取る準備はあるのだが、それでは困るという人のために「基準額」というのを設定してあって、ひとコマ30分で5,000円になっている。
基準額を払いたい人はそのための定額決済ページがある。
また、ドネーションとして自分の払いたい額だけ払うという人のために、PayPalの「Donate」ボタンも設置してある。

お金以外の方法で、という方は直接相談してほしい。
いずれにしても、とりあえず個人セッションを受けて、あとで都合のいいときに都合のいい額を払ってください、という気楽なシステムなので、それこそ気楽に受けてもらいたい。
私のこれまで生きて獲得してきた知見や経験がだれかの役に立つことが、私のこの上ない喜びなのだ。

2017年8月2日水曜日

YouTube:ドイツで活躍中の音読トレーナー・遠藤なおみさん

ドイツのフライブルク市在住で、音読トレーナーの資格取得者の遠藤なおみさんが、日本に一時帰国したので、お話をうかがいました。
なおみさんは仙台市出身ですが、現在はフライブルクでご家族といっしょに生活しながら、フライブルク市の高齢者介護施設を中心に、音読療法と歌でケアワークをつづけておられます。

映像はこちら

音読療法に興味がある方は、こちらをご覧ください。

2017年7月30日日曜日

豊田から名古屋へ、心豊かな時間

今朝は豊田の宿を車で出て、近所のモスバーガーで朝コーヒーを飲もうとはいったら、そこのアルバイトだか従業員だかオーナーだかわかんないけど、女性の方がやたら人なつこくて、楽しく安心した気分でMacBookを出して諸連絡などしていたら、小林さんから渡し忘れた交通費を渡しに来てくれるという連絡がはいって、やがて小林さやかちゃんとおかあさんの希依子さんがやってきた。
ふたりはこのあと、そのまま、半田市の新美南吉記念館まで生誕祭のためのイベントに語りをしに行くとのことだった。
私はまだ行ったことがないので、行ってみたいというと、来年の新美南吉記念館での生誕祭は小林さやかちゃんが連れていってくれるというので、大変うれしい気持ちになって、いまからわくわくしている。

そのあと、ヤスミンのところに行って(豊田からびっくりするほど近かった)、打ち合わせというか、雑談というか、お互いの興味がおもむくまま遊んできた。
とっても素敵な民家スペースで、居心地がいいのだ。
来月はこちらでボイスセラピー講座をやらせてもらうことになっている。
名古屋近辺の方で興味がある方は、ご連絡ください、案内します。

地図を見たら、榊原忠美氏の自宅もかなり近いみたいなので、連絡したら、昼メシ食おうということになって、待ち合わせ。
近くのイタ飯屋でスパゲティを食べながら、ひさしぶりにたくらみ話をたんまりと。
福井と行ったり来たりしてるなら、ちょくちょく立ちよってメシだけでもいいから声かけなよ、そんな雑談みたいなものからなにかおもしろいものが生まれてくるんだからさ、と珍しく積極的に要望されて、うれしかったな。

ときには丸一年以上も会わないことがあるような友人だけど、気を許せる友人がそこにいてくれるということがどれほど豊かなことなのか、あらためて実感した。

明日は鈴木重子さんと野々宮卯妙との「平和のトーク&コンサート」を国立でおこなうが、おかげさまで満員御礼となった。
ありがとうございます。
明日、みなさんにお会いするのが楽しみだ。

2017年7月28日金曜日

大人と子どもとプレーリーダーに共感を

明日は愛知県豊田市まで行って、ゆめぱレットのみなさんとリハーサルとレッスンをおこなってきます。
ゆめぱレットというのは、私が長年サポートしている語人(ストーリーテラー)小林さやかちゃんが属しているグループで、11月にさやかちゃんがおこなう「おかあさん」をテーマにしたコンサートに協力します。
私も演奏などのサポートで参加することになっていて、そのちょっと早めのリハーサルのために行くのです。

その前の時間に、ゆめぱレットを応援している大人の方たちで市民活動をしているみなさんに、共感的コミュニケーションを伝えるべく、3時間くらいの共感カフェをおこないます。
さやかちゃんのお母さんの希依子さんが世話人をやってくれていて、希依子さんはこのために、あらかじめ先日鈴鹿でおこなった共感カフェにお仲間の方といっしょに来てくれたのです。

明日の共感カフェは定員に達してにぎやかになりそうですが、なにか少しでもお役に立てたらいいなと思っています。
もちろん、そのあとのリハーサルとレッスンも。

翌日曜日はとくに予定はなく、東京にもどるだけなので、なにかニーズがある方は気楽にお声がけください。
ただ顔を見たい、というだけでもうれしいです。

8月にはいると、お盆のころに、小学生を対象にした共感教室をおこなうことになっています。
最終的な日時や場所は未定ですが、内容はだいたい決まっています。
「護身術としてのコミュニケーションスキル」というテーマで、子どもたちが現代社会のなかで自分を守るための方法をゲットしてもらうことが目的です。
こちらもなにかお役に立てるといいんだけど。

9月には子どもの自主性を大事にする遊び場「プレーパーク」のプレーリーダーたちを対象に、共感的コミュニケーションの勉強会をおこないます。
世田谷区のプレーリーダーたちで、世田谷の羽根木公園は全国にあるプレーパークの発祥の地なのです。
共感的コミュニケーション導入の先駆けとなってくれると、さらにうれしいですね。

平和と共感の週間

8月は戦争や平和について思いが触れる機会が多いですね。
私のところでもコンサートと、共感カフェ/共感サロンがつづきます。
みなさんとどこかでお会いできるとうれしいです。
今夜も共感サロンの開催予定ですが、いまのところ参加者がいません。
ドタ参歓迎なので、都合のつく方はどうぞ。

月曜日、平日ではありますが、夕方5時から、歌手の鈴木重子と朗読家の野々宮卯妙、そして私・水城ゆうのトリオによる平和のトーク&コンサートを国立・春野亭で開催します。
あと数名分のお席があります。

平和のトーク&コンサート企画@国立(7.31)

共感サロンは8月中に6回のチャンスがあります。
8月1(火)19時半/5(土)18時/7(月)11時/15(火)19時半/18(金)19時半/27(日)16時、いずれも約2時間。
オンラインでも参加できます。

8月開催:水城ゆう共感サロン(8.1)

世田谷区東松原在住で自宅をイベントに開いている星寿美さんが主催してくれている共感カフェです。

寿美ちゃんち共感カフェ@東松原(8.3)

下北沢〈かまいキッチン〉での共感カフェの今回の担当は野々宮卯妙です。

かまいキッチン共感カフェ@下北沢(8.3)

隔月で開催している三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉での共感的コミュニケーション・ワークショップは、朗読と音楽のミニライブ付きです。

カフェ・オハナ(三軒茶屋)で共感的コミュニケーション(8.4)

いまの時代こそ表現の根本である「ことば」が重要であり、私たちは自分自身を語ることばを獲得する必要があります。
それを模索するワークショップを8月5日(土)に国立およびオンラインで6時間にわたって、じっくりとおこないます。

自分とつながるテキストライティングWS(8.5)

上記のテキストライティングWSを受けて、テキストで自分自身につながり伝えるための定期的な勉強会をおこなっています。
8月の開催は6(日)/13(日)/27(日)、いずれも19時より約1時間半程度です。

8月開催:身体文章塾(8.6)

川崎市・武蔵小杉在住の高橋喜宣さんが主催している共感的コミュニケーションの勉強会です。
「こすぎの大学」のおしゃべり部のみなさんが中心になって開催されていますが、メンバーでなくても参加できます。

こすぎの大学共感サロン(8.7)

2017年7月24日月曜日

Netflixで映画と連続ドラマを観る

映画は最初に映画館で封切られて、その後二番館、三番館へ流れて安価で観る、というのがかつての流れだった。
学生時代の私も、京都で祇園会館や京一会館などで、半年遅れくらいの三本立てを利用していたものだ。

その後、レンタルビデオ店が普及して、それもビデオテープからDVDへと主流が移った。

いままたDVDからオンラインでのレンタル、さらにストリーミング配信へと移り、新作映画も数か月で自宅にいながらにして好きな時間に好きなようなスタイルで観られるようになった。

オンラインで映画をダウンロードしたり、ストリーミングで見たりする方法はかなり充実してきていて、いろんなサービスがある。
競合サービスがしのぎをけずっている観がある。

iTunes Store で映画のレンタルとダウンロードがスタートしたのは2010年のことで、これでずいぶんオンラインで映画を見やすくなった。
その後、さまざまなサービスが次々とあらわれてきたが、Huluは割合先行していた。
私も一時、利用していた。

これは月額いくらの定額サービス方式で、毎月1,000円くらい払えば提供されている作品は見放題というものだ。
これが当たったのか、次々と似たようなサービスが出てきた。
なかでも強豪はアマゾンで、定額サービスもあるけれど、プライム会員だと追加料金なしに見放題、というサービスがスタートした。

iTunes Store、Hulu、アマゾンプライム、これらでだいたいのメジャー作品はカバーできる感じになった。
それに加えてありがたいのは、UPLINKが「UPLINK Cloud」という、これは定額ではなくて一本いくらだが、大手がカバーしていないマイナー作品を中心に配信をはじめたりしている。

そしていま、もっとも巨大なサービスにのしあがってきたのが、Netflixだ。
ここは既存の映画やテレビドラマを揃えているのはもちろんだが、加えてオリジナル作品に力を入れている。
巨額の投資がおこなわれているようで、どの作品も見応えがある。
とくにテレビドラマシリーズは、映画なみのクオリティのものが毎回作られていて、それが20話とかで1シーズンになっているものだから、ハマるとかなりおそろしいことになる。

おそろしさを体験してみたくて、というわけではないが、友人のすすめがあって「サバイバー 宿命の大統領」のシーズン1、全21話を通して見てみた。

いやー、ハマる、ハマる。
脚本、演出、映像、俳優、すべてのクオリティが高く、見始めるとなかなか目を離せない。
かつて映画界に集まっていた才能が、いまやNetflixやアマゾンのネットコンテンツに結集しているんじゃないだろうか。
映像エンタテインメントの世界が大きく様変わりをしはじめている。

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2017年7月22日土曜日

ガイア・エデュケーション講師のお仕事、無事に終了

2017年7月16日、鈴鹿カルチャーステーションでガイア・エデュケーションの公開講座をおこないました。
ユネスコの公認教育プログラムであるガイア・エデュケーションは、エコビレッジ・ジャパンが主催する持続可能な社会をめざす人たちの学びの場で、私などが名を連ねるのが気がひけるほど、その世界では名前の知られた方々が講師をつとめている。

しかし、せっかく事務局の北川弘子さんからお声がけしていただいたので、よろこんでお引き受けすることにしたのだった。
まだだいぶ先のことだと思っていたら、気がついたら開催日時がせまってきていた。

私にあたえられた時間は2時間。
限られた時間でなにをお伝えできるのか。
当日までだいぶ悩んだ(そうは見えなかったと思うけれどね)。

鈴鹿カルチャーステーションには骨董品に近いグランドピアノが置いてあり、二年前に一度弾いたことがある。
今回もどうしてもそれを弾きたいということで、講座の後半には音楽瞑想をいれることにした。
講座のテーマは「自分につながる」ということだったので、これはうってつけだ。

前半は共感的コミュニケーションで自分につながる、つまり自己共感の話をすることにした。

午前中に会場の下見。
準備をしているみなさんにご挨拶。
いい感じにソファや椅子がならび、参加のみなさんがリラックスできるように心がつくされている感じがありがたい。

小森先生たちと昼食をいただいたあと、13時前に会場に行って、何人かの方とお話をさせていただく。
初めてお会いする方でも、どこかでつながっていて、驚いたり喜んだり、今後のお付き合いを約束したり、といったうれしい出会いがあった。

13時に公開講座がスタート。
最前列にはプログラム参加者のみなさんがずらっとならんでいて、壮観。
年齢や性別もまちまちで、このプログラムがめざす多様性が受容される社会をそのまま表現しているように思える。

前半は自由な質疑応答を歓迎しながら、みなさんと交流しながらの共感的コミュニケーション(NVC)の解説や、事例への対応。
後半はソニック・メディテーションの紹介とマインドフルネスへの影響、そしてピアノの即興演奏を使った音楽瞑想へ。

演奏が終わったとき、しばしば起こることだけど、自分の深い部分に触れたり、なにかが開放される人が何人かいて、涙を流している人も散見された。
私も無我の境地で演奏に集中できて、充実感をおぼえた。

一般公開の時間はここまでで、30分の休憩時間をはさんでさらに1時間、プログラム参加者のみなさんとの交流時間をいただいた。
かなり疲れてはいたけれど、受け入れてもらっている感じと、自由に表現する選択が許される感じがあって、この時間も楽しませてもらった。

野々宮卯妙が同席していたので、みなさんからのリクエストをいただいて、現代朗読との即興セッションも、ごく短くではあったけれど披露させてもらった。
そのような機会をもらえて感謝。
鈴鹿へは今後もぜひ、何度か行けるといいと思っているので、どこかでさらにちゃんとしたライブセッションや音楽瞑想の機会が作れるといいなと、ひそかに狙っているところだ。

今回お世話になったみなさんには、心からお礼をもうしあげたい。
ありがとう、またお会いしましょう!

2017年7月21日金曜日

水城ゼミの参加方法を改訂します

水城ゼミをスタートさせて、やがて二ヶ月がたとうとしています。
その間にいろいろなことを試したり、ご意見をうかがったりしてきました。
お付き合いいただいた方々には感謝してます。
ありがとう。

それを受けて、早々と参加方法を改訂することにしました。
旧システムと新システムを以下に掲示します。

旧システム
・三本柱
 共感サロン
 身体文章塾
 現代朗読ゼミ
・ベーシックメンバー
・プレミアムメンバー

新システム
・三本柱はそのままですが、それぞれのメンバーは自由にどれにでも参加できるようになります(旧プレミアムメンバーとおなじ扱い/参加費は6,000円のまま)。
・ベーシックメンバーはそのままですが、共感サロンのオープン枠以外にメンバー枠にも参加できるようになります。

説明すると、水城ゼミに参加したい人(参加している人)は、自分が三本柱のどのメンバーに属するのか選んでいただきますが、それ以外にも別の枠に自由に参加できます。
たとえば「共感サロンメンバー」を選んでそちらに属している方は、共感サロンはもちろん自由に出ていただけますが、他の身体文章塾や現代朗読ゼミにも興味がおもむくまま参加していただいてかまいません。

この措置は、そもそも水城ゼミは、共感的コミュニケーション、テキスト表現、朗読、などアプローチが異なっているものの、そのめざすところは結局おなじものである、ということによるものです。
つまり、すべての人が表現者であり、自分自身につながり、マインドフルにいきいきとすごすことで、自分自身の人生を誠実に正直に、味わい楽しんで生きるための場を、私・水城が微力ながらお手伝いしたい、ということでスタートしたものだ、ということです。

いずれにしても、これまでと変わりなく、より自由に、より活発にご参加いただくことをお願いできれば、と思います。
なにかわからないこと、気がかりなことがあれば、遠慮なくおたずねください。

※水城ゼミについてはこちらをご覧ください。

2017年7月20日木曜日

鈴鹿での初共感カフェは楽しかったな

前日に神戸〈海運堂〉での共感カフェを終え、宿をとっていた尼崎駅前から鈴鹿入りしたのは、7月15日(土)の午前中。
10時半に鈴鹿での共感カフェをお世話してくれた恵理子さんが、待ち合わせ場所まで車で迎えに来てくれた。

会場の〈カフェウチダ雑貨店〉がある白子地区まで移動。
ここは漁港らしく、見たところかなり歴史のある地域の雰囲気がただよっている。
恵理子さんにお願いして、そのあたりをぐるりと一周してもらった。

きちんと調べてみたいが、おそらく漁港であると同時に、かつては海運の要所であったろうと思われる良港で、ゆっくり歩いたらおもしろいものがいろいろとありそうだ。
また来たい。

カフェウチダ雑貨店は古い旅館をとても丁寧に改築した雑貨店と、奥にはかなり広々としたレストランがある、気持ちのいい場所だ。
レストランにはテラス席があり、またアップライトピアノが置いてあって、音楽イベントなどもできそうだ。
今回、レストランではランチをいただくだけだったが、こちらでもなにかやりたくなってきた。
また来たい。

ところで恵理子さんとはじつは生《なま》で会うのは今回が初めてだった。
私の共感カフェにオンラインで何度も参加してくれているので、まったく初めて会う感じはしなかったが、生でさわれるのは初めて。
でも、違和感は全然ない。

ランチにはシローさんや、小林さやかちゃんのお母さんの希依子さんとその仲間も来てくれて、気持ちのいいレストランでおいしい料理を楽しくいただいた。

午後1時から、場所を雑貨店の二階の部屋に移って、鈴鹿での初共感カフェがスタート。
参加者は12名くらだったかな、飲み物やお菓子など、恵理子さんが全部持ちこみで準備してくれていて、大変ありがたく居心地のいい場所となっていた(私も大事にされている感じがあってのびのびとやれた)。

初めて共感的コミュニケーション(NVC)に接する人が半分くらいいたので、まずは基本的なかんがえかたを説明したあと、実際にどんなシチュエーションでどのようになるのか、みなさんから具体例をあげてもらいながら練習したり解説したりしていった。
子どもとの関係、夫との関係、両親との関係など、みなさんの日常のなかで感じているちょっとした問題、あるいはかなり重い問題も含めて取りあげていった。

問題解決が目的というより、お互いに共感的に聞き合うこと、どんなことでも安心して話ができること、忠告やアドバイスをもらうのではなくただ受け取ってもらい自分が自分自身の大切にしていることに気づくことを手伝ってもらえること、そんなことが大事にされている場に自然になっていたことが、私にとってはうれしく、また集まっていただいたみなさんの思いやりの深いお人柄に触れることができて感慨深かった。

終わってからみなさんからまたやってほしい、という声が聞けて、もちろん私もまたみなさんとお会いし、学びやつながりを深めたり、交流をつづけていけたらという気持ちがわきあがってきた。
また来たい。

私は東京と福井の実家を車で毎月往復しているのだが、東名・北陸道まわりのルートだと、名古屋を通過する。
鈴鹿は名古屋からちょうど1時間くらいで行けるので、ちょっと立ち寄るのも案外気楽だということに気づいたり、実感したりした。

今月は29日にも豊田市で共感カフェの案内人をやることになっているので、その前後に周辺で共感カフェの開催や、ボイスセラピー、ボイスコーチング、音楽レッスンなどに興味がある方がいたら、気軽に声をかけていただきたい。

2017年7月19日水曜日

北陸⇒東京、朗読WS、共感カフェ、ボイスセラピー講座

今日はこちら北陸は晴れてきました。
暑くなりそうです(といっても東京や大阪に比べれば全然すごしやすいけど)。
明日は東京に移動です。

明日の午後は、私は参加できませんが、三茶の〈カフェ・オハナ〉で現代朗読家・野々宮卯妙による「声と呼吸で自分とつながる朗読ミニワークショップ」があります。
いつも参加者が少ないみたいでもったいないんですが、おもしろいワークショップなので、どなたも気楽に参加してみてください。

以下は私が世話人のイベントのご案内。
明後日・金曜日は、くにたちの古本カフェ〈門〉でもけご飯付き共感カフェがあります。
その夜はボイスセラピー講座です。
音読療法の全貌を知り、また実際に体験して日常生活で活用してみたい方のための、集中講座です。

そして週末・土曜日は「一日集中自力出版講座」、夜は「共感サロン」
盛りだくさんですが、ご都合のあうものがあれば、気軽にご参加ください。

2017年7月18日火曜日

オーディオブックを作りましょう(表現作品としての)

現代朗読ゼミでは、朗読表現に関するさまざまな研究やトレーニングをおこなっているが、オーディオブックの収録や製作のことも扱っている。
オーディオブックの収録や製作に興味がある方も、まずは体験参加してみてほしい。

直近でオーディオブック研究におこなうゼミ日程は以下のとおり。

 7月24日(月)19:30~21:00

くにたちの会場に直接来れない方は、このオーディオブックのシリーズのみ、オンライン参加も可能。

オーディオブックとは小説、エッセイ、詩、ビジネス書、童話など、文字に書かれたものを朗読し、それを録音してコンテンツ化したもののことをいう。
一般的にはそれらはCD物販だったり、オーディオデータとしてネットコンテンツとして販売されていたりする。

私・水城はもともとアイ文庫という会社のプロデューサーという立場で数多くのオーディオブックを製作してきた(している)。
その際、一貫して大切にしてきたことは、オーディオブックはたんなる「情報コンテンツ」ではなく、朗読者(製作者)の表現作品という側面があるということだ。

朗読ゼミでオーディオブックをあつかう際も、たんに内容が正しく心地よく伝わるものではなく、読み手の個性・存在がいきいきと伝わる朗読作品をめざすということだ。
そこには「じょうず/へた」や「正しい/正しくない」という評価は介在しない。
あるのはただ、読み手の存在が/読み手の生命活動がいきいきと伝わってくるかどうか、ということだけだ。
そしてもちろんそれは結果的に、作品の内容もいきいきと伝わることにもなるのだが。

いずれにしても、朗読者がいかにいきいきと自分自身につながり、その瞬間瞬間の生命のダイナミズムを表現していけるか、ということにおいて、目の前にライブでオーディエンスがいるのか、あるいはマイクが目の前にあるのかの違いだけで、内容はおなじことなのだ。

もっとも、オーディオブックを作るにあたっては専門知識もある程度必要なので、それは適宜お伝えしていこうと思う。

オーディオブックとはなにか。
ネットコンテンツと(CDなど)物理媒体としてのオーディオブックはどう違うのか。
作品選びはどうすればいいのか。
オーディオブックのための訓練はどのようにすればいいのか。
オーディオブックを自分の表現作品とするための心得は?
必要な機材は?
配信方法は?

まったく経験のない方、そもそも表現をやったことのないような方も大歓迎。
まずはいっしょにチャレンジを楽しみましょう。

7月開催:現代朗読ゼミ(7.24)
いまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現することをめざす現代朗読ゼミ、7月の開催は24(月)19時半/27(木)10時半/29(日)10時半、いずれも約2時間。

2017年7月17日月曜日

映画:マイルス・デイビス 空白の5年間

いうまでもなくマイルス・デイビスはジャズ界、いや音楽界の最大の巨人である。
これには異論のある人はそういないだろうし、私が「最大の巨人」といいきるにはちゃんと理由がある。
私はピアニストであり、音楽の専門家であって、こと音楽に関してはいい加減なことはいわないのだ(自分基準)。

この映画であつかわれている「空白の5年間」については、『マイルス自伝』に詳しい。
といっても、「マイルスが語ったこと」であり、真偽のほどはあきらかではないが、その話が事実であるかどうかより、マイルスがなにをどう語ったかのほうが大事なのだ。

この映画もそうで、内容はかなり脚色されていると思われるが、ドン・チードルがマイルスをどう語ったか、どう演じたか、その映画からはどのような音と風景が見えてくるかのほうが大事だ。

それにしても、ドン・チードルという役者はすごいな。
だれもが見たことはあると思うが、「オーシャンズ11」のシリーズやマーベリックシリーズにも出ているメジャー俳優だ。
私は未見なのだが(見なければ!)、「ホテル・ルワンダ」ではアカデミー主演男優賞を獲っている。
そしてこの「マイルス・デイビス」では、主演、脚本、監督をつとめている。

彼の演技もおもしろいが、脚本も、映画の作りもとんがっている。
マイルス・デイビスをそっくりに演じてみせるのはほんの余興で、この映画の本当の見所はその構成、カット、音使いにある。
マイルスの本物の音(レコーディングされた既成の音)を使って、マイルスの(映画の時点での)現在と過去を行き来し、また演奏と現実、役者と本物のミュージシャン、現実と虚構をうまく縫いあわせてみせたのだ。
だから、カットがコラージュのように断片的になっているのだが、そこにはチードルの工夫だろう、音源テープに盗まれそれを取りもどすマイルスと音楽ライターとの二人三脚のドタバタストーリーが縦軸に据えられている。

はっきりいってまったく陳腐なストーリーなのだが、しかしそれはマイルスの物語なのだ。
こんな話が実際にあったかどうかより、このようなシチュエーションのなかでマイルスならどのようにふるまっただろうかというアプローチが、彼へのリスペクトであり、オマージュであり、我々観客にも楽しめる部分となっている。

映画の最後に観客へのちょっとしたプレゼントがある。
本当の「いま」のミュージシャンたちが登場する。
そこへ、いないはずのマイルスがドン・チードルという役者の姿を借りて現れる。
どうやって撮影したのか、音を合わせたのか、とくにチードルのトランペットの指使いはどうやって作ったのか、かなり興味を引かれる。

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2017年7月12日水曜日

みんな、自分の本を出すのだ!(自分で)

自立出版講座に出てくれた人は理解していると思うけれど、お題目ではなく本当にいまや、だれもが版元になり、自分の本を世に問える時代になっている。

本といっても、いくつかの形がある。
たとえば、大手出版社が出して書籍流通ルートに乗って新刊書店などで流通している本。
これは新聞や吊り広告など、さまざまな方法で出版社が宣伝してくれるので、大量に売れる(かもしれない)チャンスがある。
もっとも、書籍の流通はいまや回転がはやく、書店の店頭にまず1か月も置いておいてはもらえない。
新刊で発売された直後の数週間のみが売るチャンスとなる。
そして著者にはいってくるいわゆる印税も10パーセントはまだいいほうで、近年は8パーセント以下のことが増えている。

大手出版社の名前がついていても、著者が初版部数の半分以上を買いとる契約になっている、なかば自費出版のような形態もあって、読者にはその区別はつきにくい。

中小の出版社でも流通ルートに乗せることは可能だが、部数が少ないので新刊書店の店頭に並ぶチャンスは少ない。
弱小にとっては、しかし、アマゾンのような直販サービスがありがたい。
広告も大手のようにお金をかけられない分、ツイッターやフェイスブック、グーグルのアドワーズのようなネット広告でこまめに告知する方法もある。

しかし、これらはよくかんがえれば、出版社でなくても個人出版でもやれることなのだ。
げんに私はそうしている。
著者へのリターンも大きい(Kindleなら70パーセント)。

また印刷製本された紙本でなくて、電子書籍なら、個人でもすぐに出版できる。
だれかがなにかの本を読みたいと思ったとき、どっちみちグーグルやアマゾンで検索するのだから、その本が大手出版社だろうが中小の出版社だろうが個人出版だろうが、あまり関係ない。
もっといえば、紙本か電子本かすら、気にしない人が多くなっている。
私なども、よほどの理由がないかぎり、家にものを増やすことをしたくないのと、いつでも持ちあるけるという利点から、紙本と電子本の両方が出ていたら迷わず電子本のほうを購入する。

あとは、本という形にどうやってするか、という、そうハードルの高くないノウハウを身につけるだけだ。

電子本といえども、最低限の編集や造本のノウハウは必要だし、ネットでコンテンツを配信するための知識も必要だ。
またそれを元に、印刷製本して紙本を出版し、販売・決済するための方法も知っておくにこしたことはない。

しかし、これらのことはいずれも、だれでも簡単にできることだ。
だから、表題のように、みんな自分で本を出せばいいんだ、ということになる。
あとはどんな本を出すのか、自分で書きたいこと、伝えたいことはあるのか、ということになる。

もし書きたいこと、伝えたいことがあるなら、すぐに買いて、すぐに出してしまえばいい。
その瞬間から多くの人が手に取って読んでくれる可能性が生まれる。

あとになってもし直したくなったら、すぐに改訂版を出せばいい。
そこも自力出版の優位な点だろう。


以下、ご案内。
ゼミ生割引があります。
ベーシックメンバーの方は半額(16,500円)、朗読ゼミと共感サロンメンバーは10,000円、身体文章塾とプレミアムメンバーの方は無料となります。

一日集中自力出版講座(7.22)
だれもが自力で出版するために、既存の出版社への依存から独立出版へと完全移行した水城ゆうが、そのノウハウを完全にシェアします。当日は実際に自分の本を作り配信するところまでおこないます。

2017年7月10日月曜日

ガイア・エデュケーション講師と神戸・鈴鹿訪問

まだまだ先だと思っていたら、もう今週末にせまってきた。
ユネスコ公認の教育プログラムであるガイア・エデュケーションの講師のひとりとして声をかけてもらったのが、昨年末だか今年のはじめだったか。
講師陣には辻信一さん、設楽清和さん、谷崎テトラさん、臼井健二さんといった方々が名を連ねていて、私のような者でいいのだろうかという躊躇もあったが、よろこんでお引き受けした。

今週末・7月16日(日)の午後に、私が担当する公開講座が、鈴鹿カルチャーステーションにておこなわれる。
詳細と申し込みはこちら

私の講座のテーマは「自分とつながる/水城ゆうのNVC、音読そしてピアノ瞑想」ということで、カルチャーステーションに常設のグランドピアノも使って演奏したり音楽瞑想したり、そして共感的コミュニケーション(NVC)について私なりのアプローチを紹介できれば、と思っている。

東京近辺の方には「来てね」となかなかいいづらいけれど、中京・関西方面の方はご都合つけておいでいただけるとうれしい。
参加枠にはまだ余裕がある(はず)。

その前日の7月15日(土)午後には、鈴鹿市白子の〈カフェウチダ雑貨店〉で飲み物とお菓子付きの共感カフェをおこなう。
世話人は私のオンライン共感サロンに参加してくれている恵理子さんで、ガイア・エデュケーションやアズワンとはまったく関係なく、たまたま鈴鹿在住だったので、お世話してくれることになった。

恵理子さんが知り合いの方たちに声をかけてくれることになっているらしいが、もちろんどなたも参加できるし、ランチから参加することもできるということなので、そちら方面のみなさんにお会いできるとうれしいと思っている。
詳細と申し込みはこちら

さらにその前の7月14日(金)午後には、神戸住吉の〈海運堂〉というところで、「親密な関係における共感的コミュニケーション」の勉強会を開催する。
世話人はオンラインで何度か参加してくれていたり、国立にも来てくれたこともある声楽家の有田亜希子さん。
ありちゃんと呼んでいるけれど、彼女とは武術仲間でもある。

開催スペースが若干狭いらしいので、興味がある方はあらかじめ問い合わせて来てくれるとありがたい。
もちろんどなたも歓迎です。
詳細と申し込みはこちら

2017年7月8日土曜日

ゼミメンバーがすこしずつ増えてきた

すこしずつですが、ベーシックメンバーを中心にゼミメンバーが増えてきた。

私はこのゼミを一種のコミュニティととらえている。
目的(ニーズ)は学び、成長、つながり、安心、安全、表現など。

これははっきりとお断りしておきたいのだが、なにも私は「お山の大将」になりたいから主宰しているわけではない。
自分も含めてこれらのニーズを持った人たちが持続的につながれる「場」を作りたいのだ。

ゼミは現在、三本の柱でできている。
これらはすべて、私が長年かけてつちかってきたさまざまなことを、みなさんとシェアしたり、さらに磨きをかけていくそれぞれの場だ。
私のなかでは全部つながっているのだが、参加する方はそれぞれの興味にしたがってとっつきやすいところに参加してもらえればいいと思う。

が、結局、めざすところはすべて、自分自身にしっかりつながり、そのいきいきとした生命活動を観察し、自分の可能性を知り、それを練りあげ、純粋に発露していくことだ。

共感サロンでは、共感的コミュニケーションの学びとトレーニング、実践をつうじて、人と人の関係性、そして自分自身との関係性のなかから、自分の生命現象にアクセスしていく。

身体文章塾では、文章を書く、という行為をとおして自分自身と向きあい、自分自身を深く知り、またそれを外に向かって表現していくことを試みる。

現代朗読ゼミでは、テキストを読む、というシンプルな行為をとおして、自分のなかに刻一刻と起きている変化を観察し、身体の本質にダイブし、伝達ではなく表現としての朗読を追求する。

とりあえず参加を決めるほどではないが、ちょっと興味がある、という方は、ベーシックメンバーをおすすめする。
特典がいろいろあるのと、クローズドのフェイスブックグループがあるので、そちらで交流したり、質問を受けることができる。

※ベーシックメンバーの詳細とお申し込みはこちらから。

※水城ゼミについてはこちらをご覧ください。

2017年7月7日金曜日

ものすごく大量に共感的コミュニケーションの記事を書いているけれど

毎日のように共感的コミュニケーションについての記事を書いて、メールマガジンに掲載していることを、よく人から驚かれる。
「よくそんなに書けますね」
「書くネタがよくつづきますね」
おおむねこの二種類だ。

たくさん書くことは、もともと職業作家であったわけで、まったく苦ではない。
むしろ、もっと書く時間を確保したいくらいだ。
ふつうに生活者なので、一日の時間を書いていることだけですごしているわけではない。
ほかにも雑用やイベントなどがあって、書く時間はけっこうがんばって確保している。

書くネタについては、日々いろいろなことが起こるので、まったく困らない。
あらかじめネタをたくさんメモしてストックしておく、というようなことはしていない。
毎日、ラップトップに向かって、さてなにを書こうか、とかんがえてから、思いついたことを書きはじめる。
どうしてそんなに毎日、書くことを簡単に思いつけるのかというと、そういう日々をすごしているからだ。

共感カフェなどの参加者に、
「最近なにか気になったこととか、困ったこととか、うれしかったこととか、思いついたことがあればシェアしてくれませんか」
とお願いして、しかしだれからもなんにも出てこないことがある。
内心「そんなはずあるかい!」とツッコミをいれている。

ちょっと注意を払えば、日々さまざまなことが私たちのまわりで起こっているし、自分の内側でも起きている。
外側で起きたことに内側が反応して嵐が吹き荒れることもあれば、静かに内側から自然に動きだすこともある。
そういったことを、たいていは見過ごしたり、受け流したりしているだけなのだ。
そのような癖を身につけてしまっているだけなのだ。
いちいちそんなことにかかずらっていると、この忙しい現代社会を生きていけない、というわけかもしれない。
しかし、それでは、自分の生を生きていることにはならない。

私にはもうひとつ、書くことに困らない理由がある。
それは共感カフェや共感サロンを頻繁に開催していて、多くの人からインスピレーションをもらっているからだ。
参加者は共感的コミュニケーションを学びにきているのだが、一番学んでいるのは私だろう。
たくさん書いている記事は、みなさんから得られたインスピレーションやヒントが元になっているものが多い。

みなさんと会って、話し、共感し、触発され、そして書く。
このサイクルのなんといきいきしていることだろう、と思う。
生身の人間同士で話して触発されて内容を、「書く」というプロセスに落としこむことで、クリアになったり、理解が深まったり、あるいは思いがけない発見がこのプロセスでもあったりする。

みなさんももっともっと、書いてみればいいのだ、と思う。
なにも格式ばって小説やら論文を書く必要はない。
今日あったできごとを書きしるしてみるだけで、どれだけ発見があるか、学びが進展するか、試してみればいいと思う。
書きかたがよくわからない、という人は、私のテキストライティング・ワークショップや身体文章塾に出てみてね。

7月開催:水城ゆう共感サロン(7.8)
水城ゼミ・共感サロンメンバー向けの共感的コミュニケーションの勉強会です。7月の開催は8(土)19時/9(日)15時/22(土)18時/28(金)19時半、いずれも約2時間。

2017年7月6日木曜日

今月7月の韓氏意拳:表現者向けと養生功

もう韓氏意拳の稽古なしではかんがえられない毎日をすごしている。
五年前にはじめたとき、ここまでハマるとは思ってもいなかった。
いまや「いまここ」の自分自身にたいする注目、気づき、そして生命への畏怖、身体のまとまり、運動への謙虚さなど、五年前には想像もつかなかったような世界へと足を踏みいれ、またそれを稽古している日々だ。

この楽しさをみなさんに理解してもらえるとは思わない(思えない)が、
「水城の野郎はいったいなんのことをいってるのだ」
と、少しでも気になった方は、一度体験に来てみてほしい。

また、何度か体験したことはあるけれど、なんとなくそれっきりになってしまっている、というような人も、あらためて来てもらいたい。
というのは、韓氏意拳もまた日々、進化しつづけているからだ。

じつをいうと、韓氏意拳そのものが進化しているのではなく、韓氏意拳の指導者が進化しつづけているのだ、という実感がある。
はっきりいって韓氏意拳の教練の方々は(尊敬をこめていうのだが)武術おたくばかりで、つまりどうやったらさらに韓氏意拳をより理解し、より身につけ、またより伝えられるか、ということばかり四六時中かんがえている人たちばかりだ、と私は個人的に思っている。

さらに個人的なことをいえば、私自身はこの武術のおかげで表現行為にたいする姿勢も大きく変わった。
なんとなくやっていたことが、より緻密に、より注意深く、そしてときにはまったくちがった側面からアプローチしてあらたな世界が見えてきたことも多い。
ピアノ演奏にしても、朗読演出にしても、文筆にしても。
それらは当然のことながら、日常生活にもつながっていて、知らず知らず、生活のなかでの身体の使い方や感じ方、一瞬一瞬の気づきや丁寧さも変わってきているように思う。

韓氏意拳でなくても、ほかの武術や表現行為にも多かれ少なかれそのような側面はあると思うが、私には韓氏意拳がもっともしっくりきたし、韓氏意拳という武術がほかの行為にはない方法や考え方を内包していることは事実だ。
現代武術のなかでも、ひときわ一目置かれているようなところもある。

今月はひさしぶりに、身体表現者のための韓氏意拳講習会がおこなわれる。
私が最初から教えて受けている内田秀樹教練にご指導いただく。
武術などまるでやったことがない、という人も歓迎だ。
きっと多くの気づきが生まれることだろう。

また、国立の拠点である春野亭まで養生功をご指導においでいただくのは、昭島在住の駒井雅和教練だ。
駒井先生には養生功のほかに、初級講習会も国立でご指導いただいている。

いずれもとても楽しく、深く、あたらしく、気づきに満ちた講習会なので(これまでの経験から)、気になった方はぜひご参加ください。


身体表現者のための韓氏意拳講習会@千歳烏山(7.9)
「身体表現者のための」という切り口で、全身の連動や運動の緊密さ、身体のありように緻密にアクセスし、本来の自分のなかにある可能性に気づいていく武術講習会です。アート表現をおこなっている人や表現に興味がある人におすすめ。

国立・韓氏意拳初級講習会(7.11)
駒井雅和中級教練による国立での韓氏意拳初級講習会の2017年7月は、11日(火)午後にJR国立駅徒歩5分の会場にて開催します。

韓氏意拳養生功講習会@国立(7.25)
JR国立駅徒歩5分の会場にて駒井雅和中級教練による韓氏意拳養生功講習会を7月25日(火)19時半から21時まで、ショートクラスで開催します。

2017年7月3日月曜日

イベントモリ

イベントが盛りだくさんの週がやってきました。
恒例のまとめお知らせをさせていただきます。
直近のものだけなので、ご注意ください。

まずは共感的コミュニケーションの勉強会など。
古巣の東京・世田谷では、つぎの三か所の共感カフェがあります。
お店のカフェと個人宅でやります。

ステイハッピー共感カフェ@下北沢(7.5)
隔月で開催している下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェです。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

寿美ちゃんち共感カフェ@東松原(7.6)
東松原在住で自宅をイベントに開いている星寿美さんが、共感おはなしカフェを主催しています。おたがいに深く聴きあうことのできる場で自分自身の価値とニーズにつながるためのサポートをおこなうおはなし会です。

かまいキッチン共感カフェ@下北沢(7.13)
安心して親子連れで行ける店として有名な下北沢〈かまいキッチン〉で、#共感的コミュニケーション ( #NVC )の勉強会を開催します。7月13日(木)15時から17時まで、お子さん連れ歓迎です。


国立の直接参加者とオンライン参加者が混在しておこなう共感サロンは、基本的にサロンメンバー向けの勉強会ですが、サロン参加をご検討の方は単発の体験参加も歓迎します。
土日、平日、取り混ぜて6回の参加チャンスがあります。

7月開催:水城ゆう共感サロン(7.8)
水城ゼミ・共感サロンメンバー向けの共感的コミュニケーションの勉強会です。7月の開催は8(土)19時/9(日)15時/22(土)18時/28(金)19時半、いずれも約2時間。


今月は東京以外に、神戸と鈴鹿でも共感カフェがあります。
お近くの方で都合のつく方はぜひどうぞ。
リアル参加のみです。

親密な関係における共感的コミュニケーション@神戸海運堂(7.14)
子育てママに縁の深い海運堂で、子どもとのトラブル、旦那さんへの苛立ち、家族とすぐ喧嘩になる、などなど、親密な関係をより円滑にすることを主なテーマとして共感的コミュニケーションの勉強会を行います。7月14日(金)14時から約3時間。

カフェウチダ雑貨店共感カフェ@鈴鹿(7.15)
鈴鹿市白子で、お好みの飲み物とお菓子をいただきながら、共感的コミュニケーションについて学んだり、お互いの話を深く聴きあう練習をします。7月15日(土)13時から約3時間。


音読療法をもちいた音読カフェは、音読療法を体験してみたい、どんなものなのか知りたい、日常で使える簡単な健康法を身につけたい、といった方におすすめです。
より詳しく知りたい方はボイスセラピー講座をおすすめします。

7月8日:音読療法協会の音読カフェ(7.8)
ボイスセラピーの手法を用いつつ、お茶を飲んだり共感的に対話しながら進める心身調整健康法を実践する場を、音読療法協会主催で開いています。7月の開催は8日(土)14時からです。


参加者も増え、また機関誌『HiYoMeKi』の定期刊行再開準備も進んでいる身体文章塾は、これからが旬です。
単発体験参加も歓迎です。

7月開催:身体文章塾(7.9)
テキストで自分自身を伝えるために、自身の身体性とむすびついたことばや文体についてのさまざまな試みをおこなっています。7月の開催は9(日)/23(日)、いずれも19時より約1時間半程度です。


ひさしぶりの韓氏意拳の身体表現者向け講習会と、国立での技撃の講習会も近づいてます。

身体表現者のための韓氏意拳講習会@千歳烏山(7.9)
「身体表現者のための」という切り口で、全身の連動や運動の緊密さ、身体のありように緻密にアクセスし、本来の自分のなかにある可能性に気づいていく武術講習会です。アート表現をおこなっている人や表現に興味がある人におすすめ。

国立・韓氏意拳初級講習会(7.11)
駒井雅和中級教練による国立での韓氏意拳初級講習会の2017年7月は、11日(火)午後にJR国立駅徒歩5分の会場にて開催します。

2017年7月2日日曜日

共感的コミュニケーション(NVC)とはなにか

共感的コミュニケーションもしくはNVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)といってもいいんだけど、この基本原理は非常にシンプルなものだ。

マーシャル・ローゼンバーグは、人の感情や言動は、その奥にある「ニーズ」から生まれるということをもとにNVCの体系を提唱した。
人はそれぞれ、その時々の「ニーズ」にもとづいて行動したり、感情を発露させたりしていて、言動もニーズを満たそうとしている「手段」としてあらわれる、というのだ。

人間関係において見えているのは、そこにあらわれている感情や、手段としておこなっている言動であって、その元になっているニーズは見えにくい。
しかし、人と人がつながれるとしたら、お互いにどういうニーズがあるのかを理解しあえたときだ、という。
お互いにどんなニーズがあってそのような言動をおこなっているのか、どんなニーズからそのような感情があらわれているのか、その部分を理解しあえれば、対立はなくなる、というのがNVCのめざす人間関係だ。

対立は「手段」のレベルで生まれる。
お互いに自分の手段を手放さず、執着してこだわっているかぎり、対立は解消されない。
手段のレベルから、「その手段をとろうとしているのはなんのニーズがあるからなのか」というレベルへと降りていったとき、そこには対立ではなく相互理解が生まれる。
ニーズを理解しあい、尊重しあってから、どのようにすればそのニーズを満たすことができるかという手段のレベルへと進むのだが、そのときには対立ではなく協調関係になっている。

また、感情についても、だれかが感情を発露していると、ついてそれをどうにかしたい、なぐさめたい、同情したいという態度をとってしまうのだが、そうではなくその感情がなんのニーズから生まれているのか共感的に聴きつづけることで、相手が自己共感――自分自身につながるお手伝いをすることができる。
「自分がこんな気持ちになっているのは、こういうニーズがあるからなのか」
という客観的な理解が生まれたとき、人は落ち着き、またそのニーズを満たすためにはどうすればいいのかという、実際の行動へと進むことができる。
共感的に聴く、というのは、そのお手伝いをする、ということだ。

自分自身についてもそのことは適用できる。
なんらかの感情があり、それにとらわれてしまっているとき、その奥にあるニーズにつながることによってクリアになり、行動が生まれてくる。

これら、だれかとつながるための、あるいは自分自身とつながるための、実際的なプロセスを、マーシャル・ローゼンバーグは明確に示している。
「Observation」「Feeling」「Need」「Request」というよっつのプロセスなのだが、これについてはここでは省略する。

ステイハッピー共感カフェ@下北沢(7.5)
隔月で開催している下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェです。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

2017年6月28日水曜日

日本みつばちがやってきた

二年ぶりに日本みつばちの養蜂にたずさわれることになった。
和食ちゃんが縁をつないでくれて、町田の養蜂家の守屋さんから1群を譲り受けることができたのだ。
それを、多摩のあした農園に置かせてもらえることになった。

あした農園の渡辺さんも日本みつばちに興味があって、もう1群を譲ってもらえることになったので、あした農園に2群が同時にやってきた。

巣箱はいわゆる重箱式だが、独自に作られた小型のものだ。
話を聞いてみると、容量がちいさいので巣の成長が早いとどんどん継ぎ足していく必要があるが、小型なので巣が落下することは少ないという。
私は巣枠式でしか飼ったことがなく、重箱式は初めてだ。

今年はまずこれで群を育て、翌年分封してくれれば、そちらを巣枠式にいれようという魂胆だ。

昨日、町田からあした農場に巣箱を運んできた。
夕暮れになってみつばちたちの活動が静まるのを待って、車で運んだ。
あした農場を南側に見渡せる絶好の場所に巣箱を設置した。

今日は朝から雨降りだったが、見に行ってみたら、みつばちたちは元気で、どうやら落ち着いてくれたようだ。
渡辺さんも守屋さんも見に来てくれていて、私は目撃しなかったのだが、この雨のなか、花粉を運んでいるみつばちも見たとのことだった。

花粉を運んでいるのは、幼虫を育てている証拠だ。
晴れたらどのくらいの頻度で運んでいるのか、数えてみようと思う。

日本みつばちが命(群)をつなげる環境というのは、生き物の多様性が保証されていることの指針になる。
ニンゲンはおごりきった物質文明思想をあらためて、地球生命の多様性に寄与できる生き方にシフトしていけないだろうか、と思うのだ。

2017年6月26日月曜日

ひさしぶりにビビっ! ファビアン・アルマザンというピアニスト

最近けっこう有名になってきて、来日もしているらしいんだけど、まったく知らなかった(とはいえ、最近のジャズシーンからはとんと遠ざかっている)。
ファビアン・アルマザンという名前のピアニストで、キューバのハバナ出身らしい。

幼少のころからクラシックピアノをみっちりやっていて、演奏を聴くと、なるほどさりありなん、という感じ。
どこがそんな感じかというと、ブラッド・メルどーもそうなんだけど、いわゆるジャズピアニストの奏法である左手でコードもしくはテンションノートによるバッキング、右手でメロディラインやアドリブフレーズ、というスタイルをあまりとっていない。
右も左も自由に動いていて、左のラインもアドリブフレーズとしてときに重要な役割をになっている。
クラシック音楽でいえば、バロック音楽の対位法的な感じ。

しかし、そんなみみっちいことよりも、なによりも、音楽性がすばらしい。
たまたま最初に聴いたのが『Alcanza』というアルバムで、全体が組曲のような、物語のような感じがする構成になっている。
映画音楽のように映像やストーリーを連想するサウンドだ。
いいのだ、これが。

もともと映画音楽そのものも好きだが、映画音楽的なサウンドが好きだし、自分でも演奏するとき、朗読という、いわばストーリーと共演することが多い。
そもそも私自身、演奏家であると同時に、小説家でもあるわけだし。

アルマザンの音楽はまぎれもなく長編小説だ。
ジャズ的だし、間違いなく現代ジャズの語法で語られているのだが、サウンドはクラシック的であり、フォルクローレ的でもある。
ストリングスがはいっていて、しかしそれは「ストリングスがはいっているジャズ」とか「ストリングスがはいっているイージーリスニング」といったものとはまったく違っていて、サウンドの重要なパートをになって仕組まれているのだ。

YouTubeを探すとストリングスがはいったバンドでのライブ映像がすこし出てくるが、トランペットやサックスの位置にストリングスがいるといってもいいくらいだ。

『Alcanza』ではもうひとつ、ボーカルのカミラ・メザがすばらしい。
チリの人らしくて、本国ではジャズミュージシャンとして第一人者で、自身の大きなバンドも率いていたらしいが、いまは活動拠点をニューヨークに移している。
ソロアーティストとして十分にすばらしい人だが、アルマザン・バンドのボーカル(とギター)としてはまりきっている。

良質の映画を一本観たあとのような、良質の文学作品を一冊読んだあとのような、なんともいえないふくよかな、同時にいても立ってもいられないようなクリエイティブな刺激をもらった音で、ひさしぶりに何度もリピートしながらこれを書いている。

◎ギフト制によるレッスン/個人セッション
対面でもオンラインでも、レッスンや個人セッションを「後払い/いくらでもギフトで」という方式でおこなっています。メールでもメッセージでも気軽にどうぞ。お待ちしてます。興味のある方はこちらの詳細ページをご覧ください。

しつこく作りつづけるぞオーディオブック

今月リスタートした現代朗読ゼミだが、こちらでは「身体表現としての朗読」の研究とトレーニング、そしてステージ作りの実践をおこなっている。
そのほか、かつてさかんにおこなっていたように、オーディオブックの研究とトレーニング、実践としての収録・製作・配信をおこなっていきたいと思っている。

20代後半からラジオ番組の製作にたずさわるようになって以来、30数年、ずっと音声コンテンツにかかわってきた。
音楽や朗読のライブだけでなく、収録コンテンツも数多く作ってきた。

いまでこそオーディオブックというと一般的になってきたが、アップルがiPodとiTunesで日本に殴りこみをかけてきたとき、本格的に日本語の朗読コンテンツを作っていたのは、わがアイ文庫ほか数社程度だった。
つまり、ネット配信のオーディオブックコンテンツの製作者としては、草分けと胸をはってもいいんじゃないだろうか、と思う。

もちろん、当初の製作方法やノウハウにあぐらをかいているわけではない。
日々進歩する収録機材やソフトウェア、ネットのシステムなどを追従し、取りこみながら、朗読者そのものの育成方法についても進化/深化しつづけてきたという自負がある。

ライブ朗読のみならず、収録朗読、あるいはYouTubeを含む動画ネット配信などに興味をお持ちの方は、まずは一度、現代朗読ゼミに単発体験参加に来てみてほしい。
どんな形であれ、朗読や音声コンテンツに興味をお持ちの方は歓迎なのだ。
まったくの初心者も大歓迎です。

6月開催:現代朗読ゼミ
29(木)10時半から約2時間。

7月開催:現代朗読ゼミ
いまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現することをめざす現代朗読ゼミ、7月の開催は2(日)10時半/6(木)10時半/13(木)10時半/22(土)10時半/27(木)10時半/29(日)10時半、いずれも10時半から約2時間。

2017年6月25日日曜日

たんぱく質を取れレシピ(とれれしぴ)

糖質をカットするダイエットがはやっているが、私もだいぶ前からなるべく糖質を取らないように留意していた。
といっても、ご飯や麺類は好きで、まったく食べないわけではなく、とくに外でご飯を食べるときにはそもそも糖質を摂らないのは無理。
ゆるい糖質カットだが、その分、たんぱく質は積極的に摂りたい。

筋トレをやっている人は良質のたんぱく質を摂るために、鶏肉の脂身のすくない部位をよく食べるという。
私は鶏肉といえばもも肉が大好きなのだが、むね肉を使った簡単料理をやってみたので、紹介したい。
それにしても、むね肉って安いのね。

【材料】二人分
・鶏のむね肉……1枚
・玉ねぎ……小1個
・鷹の爪……1本
・にんにく……1かけ
・オリーブ油、塩、こしょう、粒マスタード

鶏のむね肉は食べやすい大きさにスライスしておく。
玉ねぎも月型にスライス。
鷹の爪は種を抜いておく。

フライパンににんにくのみじん切りと鷹の爪、オリーブ油(大さじ1)を入れ、弱火にかける。
にんにくが香り立ってきたら、鶏肉と玉ねぎを入れ、塩・こしょうをして火を強め、鶏肉に火が通るまで炒める。
最後に粒マスタード(大さじ1)を加えてまぜあわせたら、完成。
皿に盛りつけて、あればイタリアンパセリなどを散らしたら、なおよし。

このパターンで手抜きパターンの応用編もご紹介。
粒マスタードの代わりにマヨネーズを使う。
鷹の爪とにんにくは省略。
フライパンにオリーブ油をいれて、鶏肉と玉ねぎを炒めて、塩・こしょう。
最後にマヨネーズをからめて、おしまい。
これもけっこういける。
マヨラーの方はお試しを。

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2017年6月24日土曜日

紙本の『共感的コミュニケーション2017』在庫入荷

安いし、かさばらないし、スマホにいれていつでも持ち歩いて読めるし、Kindle本のほうがいいよってコトあるごとに強調しているのに、それでも紙の本のほうがいいという人が一定数いるので、ちょこちょこと発注しては在庫をいくらか手元に置くようにしている。

どうやって作ってるの、とよく聞かれるのでちょっと書いておくと、以前はBCCKSというePubから紙本まで一貫して作れるサービスを使っていたんだけど(いまも使ってるけど)、紙本だけより経済的な「製本直送.com」というサービスを使っている。
InDesignで版下を作って、それをPDF入稿するので、だれにでもおすすめできるわけではないけれど、とにかく1冊から発注できる。

カバーは別の印刷所に、こちらはイラレデータで入稿して発注。
けっこう手間がかかるのだが、一度作ってしまえば追加発注は楽。

というわけで、入荷しているので、紙本が必要な方はこちらからどうぞ。
カード決済も使えて、購入もやりやすくなっているはずです。

2017年6月23日金曜日

共感サロンがめざすところ

ちょっと乱暴ないいかたかもしれないが、共感的コミュニケーション(NVC)は「使ってなんぼ」だと思っている。
NVCを習得してなにをしたいのか、NVCを身につけることでどんな世界を実現したいのか。
NVCを学ぶことそれ自体が目的では、もちろん、ない。

習ったら使ってみる。
最初は下手くそでも、とにかくトライしてみる。
使ってみることで、習うこと以上のことが見えてくる。
すると、習うよりはるかに多くの上達が生まれてくる。
そしたらまたあらためて、学びの場に参加してみる。
全然ちがう風景がそこにあるはずだ。

なんのために共感的コミュニケーションを身につけるのか。
そこがはっきりしていて、とにかくそれをトライしてみる人は、上達が早い。

家族との関係を改善したいのか、職場の人間関係をよくしたいのか、夫婦のつながりを取りもどしたいのか。
社会に貢献したいのか、対立を解消したいのか、いきいきとした自分の人生を生きたいのか。

私の場合も目的がある。
おそれなくいきいきと、自分らしくのびやかに表現すること。
自分の人生を大切に生きること。
同時に他人の時間もおなじくらい大切にすること。

共感的コミュニケーションは強力なスキルだが、それだけでは足りない部分も(私には)ある。
それをおぎなうために共感サロンという場をひらいている。

共感サロンでは共感的コミュニケーションの学びにくわえて、自分自身のことを知ること、とくに身体とあたまが分離してしまっている現代人である我々の、生きものとしての「統合」をはかること。
いまこの瞬間の生命現象にいつもつながっていて、いきいきとほがらかに、そして力強くふるまうこと。

これらを、声を出したり、なにかを書いたり、対話したりすることをきっかけに、各人が探求していく。
これが共感サロンのめざしているところだ。
瞬間瞬間移りかわり、変化している状況と自分自身の身体をどれだけ注目し、知り、そこから生まれてこようとしているすばらしいものを妨げないようにできるか。

学びの場であり、実践の場でもある。
そういうことを深めていきたいと思っている。

7月開催:水城ゆう共感サロン(7.1)
オンラインまたはくにたち会場への直接参加、どちらでもどうぞ。著者によるアットホームな共感的コミュニケーション(NVC)の勉強会です。7月の開催は7月1(土)18時/3(月)11時、いずれも約2時間。

2017年6月22日木曜日

7月25日:国立・韓氏意拳養生功講習会

国立での駒井雅和中級教練による韓氏意拳・養生功の韓氏意拳学会公認講習会、2017年7月のお知らせです。

◎日時 2017年7月25日(火) 19:30〜21:00(ショートクラス)
◎参加費 2,500円(講習会費、会場費、講師交通費を含む)
◎場所 国立駅から徒歩5分の会場
◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ

参加予約はこちら「韓氏意拳学会公式フォーム」から。
もしくは水城ゆうウェブサイトのコンタクトフォームから。

もうすぐ15周年の語人(ストーリーテラー)サヤ佳

私が活動拠点をくにたち春野亭に移してから初めてとなるレッスンに、語人(ストーリーテラー)の小林サヤ佳ちゃんがお母さんの希依子さんと豊田市からやってきた。
ふたりが最初に私のところにやってきたのは、じつに15年前のことだった。
サヤ佳ちゃんはそのとき、中学3年生で14歳だった。
知的障害を乗りこえて二人三脚で語りの活動をはじめたばかりだった。

母の希依子さんは、サヤ佳ちゃんが語りで自立して生きていってほしいと、いろいろな人のもとを訪れてサヤ佳ちゃんにレッスンを受けさせていたのだった。
私はそのとき、世田谷の豪徳寺に活動拠点があったのだが、わざわざそこまで「ご指導をお願いします」とやってきたのだった。

以来、気がついたら15年、サヤ佳ちゃんの成長を見守り、サポートをつづけさせてもらったことは、私にとっても大きな喜びだ。
その間、私の「指導」は一貫して「よけいなことはしない、成長の邪魔をしない、ただただまっすぐにのびのびと語ってもらう」という方針だった。

本来、人というのはそういうもので、障害があろうがなかろうが、成長するためには「邪魔されないこと」「のびのびと練習できること」「ジャッジされないこと」が必要で、それが保証されたとき、本来その人が備えている能力の可能性を最大限に伸ばすことができる。
それは大人であってもおなじだ。

音楽や文学、朗読などの世界で指導をもとめられることが多かったし、いまでもそうだが、もし私が「指導」するとしたら、「なにもしない」「邪魔しない」ことに尽きる。
私ができるのは、その人がのびやかに、安心して楽しく表現できる環境をととのえることだ。

とはいえ、私も表現する人間なので、私とともになにかをいっしょに作る・共演する、という立場になった場合、当然相手にお願いしたいことも出てくる。
サヤ佳ちゃんを私の共演者としてあつかったとき、彼女にもっとこうなってもらいたい、ここでこうやってほしい、こんなふうな表現がほしい、ということが出てくる。
それはもちろん、彼女になにかを「足してほしい」といっているわけではなくて、本来彼女が持っているものをより発揮してもらいたいだけなのだが、そうするためにはそうするための訓練がやはり必要になる。

この15年間、お母さんの庇護のもと、ひたすらまっすぐ伸びつづけてきたサヤ佳ちゃんだけど、ここから先はそろそろ表現者としてさらに魅力を増す別次元のレベルへと進んでいってもらいたいし、それができる人だと私は確信している。
これまでもすばらしい語り手だったが、これからはさらに朗読や身体表現も加わって、本当に楽しみな表現者へとさらに大きく成長していくだろうと、私は思っている。

2017年6月21日水曜日

「感謝する」とはどういうことか

よく「生きていることに感謝しなさい」「感謝しながらいただきなさい」「感謝が大事」などといわれる。
なぜか命令形でいわれることが多くて、私などは反射的に反発反応が生まれてしまうのだが、ちょっと待て、じぶん。
感謝するとはどういうことなのか、あらためてかんがえてみたい。

共感的なアプローチでかんがえてみる。
これはマーシャル・ローゼンバーグのことばだが、
「人は二種類のことしかいっていない。「ありがとう」と「お願い」だ」
というのがある。

解説すれば、「ありがとう」をいうのは「ニーズが満たされたとき」で、「お願い」をいうのは「ニーズが満たされていないとき」だ。
ニーズには「満たされている」か「満たされていない」かふたつの状態があって、そのどちらの状態にあるかによって人の言動が変わってくる。

だれかが怒っていたり、悲しんでいたり、苦しがっていたり、寂しがっているとき、その人のニーズは満たされていない状態にあって、その人の言動は「お願い」ととらえることができる。
聞いてもらいたかったり、なんらかの助けを必要としているのかもしれない。

その逆の場合は「ありがとう」ととらえることができる。
これがマーシャルのいっていたことだ。

すると「感謝」つまり「ありがとう」を表現するのは、ニーズが満たされたときの言動ということになる。

私は「感謝する」のはだれかに強制されたり、なんらかの手順のなかで決められたとおり行なうのではなく、自然に自分のなかから湧きでてくる表現だろうと思っている。
私のなんらかのニーズが満たされたとき、ありがとうが自然に出てくるのだ。

人になにかをしてもらって、そのことで自分のなんらかのニーズが満たされたとき、自分のニーズが満たされたことを相手に伝えるのが「感謝する」という言動だろう。
相手とより共感的につながりを深めたければ、自分のなんのニーズが満たされたのか、具体的に相手に伝えればいいだろう。

「あなたが手伝ってくれてたすかりました。サポートや尊重、つながりのニーズが満たされ、私はうれしいのです。ありがとう」

よりつながりの質を高めるのに役立つ伝えかただ。
これを自分自身にむけてやるとき、それは「お祝い」となる。

水城ゼミ・共感サロンメンバー向けの共感的コミュニケーションの勉強会です。6月の開催は23(金)19時/24(土)16時、いずれも約2時間。

2017年6月20日火曜日

「私にはあなたのニーズを知りたいニーズがある」という暴力

とかく親密な関係にあるふたりの間で起こりがちなことだが、共感的につながりたいと思うあまり、お互いのニーズを知りたい、確認したいという気持ちが高まり、ときにそれが切迫してしまうことがある。

ちょっとした行き違いがあったり、対立が起こったりしたとき、共感的コミュニケーションを学んだ自分としては、相手を責めるのではなく、共感したいとかんがえる。
暴力的な世界から、共感と思いやりの世界に移行したいと思っている。
なので、相手がなにを大切にしているのか、いまこの瞬間の相手のニーズはなんなのか、共感を向けて知ろうとする。

また同時に、自分のニーズは相手とつながりたい、相手に共感したい、相手のニーズを知りたいことだと思っている。
自分のニーズを理解し、そこにつながり、相手に共感していく。
これは共感的コミュニケーション(NVC)のセオリー通りであり、どこもまちがっていないように見える。
だから、相手に、
「あなたのニーズは○○なのかな? 私はあなたのニーズを知りたいというニーズがある」
と迫ってしまう。

しかし、ちょっと待ってほしい。
そのときあなたは、対立が起こったその時点から時間が経過しているいまこの瞬間にいたって、相手のニーズがすでに変化しているかもしれないことに気づいているだろうか。

あなたが共感しようと相手に迫ったとき、すでに相手は、だれかから共感を受けたり自分のニーズを伝えたりする余裕や気持ちがなかったりするかもしれない。
相手はただ、自分をそっとしといてもらいたい、自分のスペースと自分なりのペースを必要としているだけかもしれない。
そういう相手に「ニーズを教えてほしい」と迫るのは、これは共感ではなくすでに「強要」となっていることに、あなたは気づいていない。

「強要」とか「要求」「命令」というのは、相手に選択肢をあたえないという意味でまさに「暴力」といっていい。
銃を突きつけて、こうしろ、さもないと撃つぞ、といっているようなものだ。
共感とはつねに、相手の側にも選択肢があるものだ。

あなたは相手のニーズを知りたい、教えてもらいたい、しかし相手はそれを教えたくないかもしれないし、すでに話をする余裕すらないのかもしれない。
こちらに答えてもいいし、答えなくてもいい、また、なにか別のことをしてもいい、と相手が選択することをこちらが尊重している必要がある。
あなたのニーズはそのとき満たされないかもしれないけれど、ニーズが消えるわけではない。
自分のニーズを相手に伝えた上で、相手が自分のニーズにしたがって選択することを尊重したい。
それが、お互いのニーズをともに尊重する共感的コミュニケーションの原理である。

自分とつながるテキストライティングWS(7.1)
いまの時代こそ表現の根本である「ことば」が重要であり、私たちは自分自身を語ることばを獲得する必要があります。それを模索するワークショップを7月1日(土)に国立およびオンラインで6時間にわたって、じっくりとおこないます。

2017年6月19日月曜日

実効性が高い身体的共感練習

韓氏意拳という武術に取り組むようになってもっとも強烈にショックを受けたことがある。
それは、いかに自分が自分の身体のことを「知っているつもり」「コントロールできているつもり」であるか、ということだ。

子どものころから自分の身体を含む「生き物」に関心があって、さまざまな興味や好奇心で探求しつづけてきた。
生き物をたくさん飼ったりしたのもそのせいだし、中学生のころにはヨガにはまって自分なりに修行じみたことをやったりした。
おかげで、息こらえで4分以上息を止めていられるようになった(いまはどうだろう?)。

ピアノを弾いてきたので、その過程で身体、腕、手、指のコントロールの鍛錬をつづけてきた。
ハノン練習曲集やチェルニー練習曲集はそのための挑戦のためにやったし、しだいにできるようになっていくのも苦しいながらに楽しい面もあったのは確かだった。

一方、武術はいうまでもなく、自分の生死を賭する場面を想定した稽古をおこなう。
その際、「つもり」はそのまま「隙《すき》」につながる。
その隙は敵に差しこまれて、こちらの「負け」つまり「死」となる。

稽古を重ねるうちに、自分の隙よりも相手の隙のほうが先に見えてくる。
自分ができていること、できていないことがすこしわかってくると、それができていない相手のことがよく見えるのだ。
囲碁の勝負の世界で「岡目八目《おかめはちもく》」ということばがあるが、自分のことより人のことのほうがよく見える、ということだ。

自分の隙もわかるようになってくると、愕然《がくぜん》とする。
自分の身体がどれほど見えていなかったか、身体がいかにバラバラになっているか、いかに身体へのまとまりや注目がうわずって足まで降りていないか、そしていかに思考ばかり先行して体認ができていないか。

武術においてもっとも隙が大きくなるのは、観念が先行するときだ。
こうすればああなるはずだ、という思考や型、形、やりかたをすこしでもなぞろうとしたとき、こちらは「死に体《たい》」となる。
観念は感覚を奪う。
生きた体「活体《かったい》」でいるためには、観念の世界をはなれ、思考を手ばなし、感覚体でいつづける必要がある。

これを別のことばでマインドフルネスとか「気づきのある状態」ということもできる(一般的イメージよりずっと濃い世界だが)。
このとき、まぎれようもなく、自分の「ニーズ」が浮き彫りになる。

共感的コミュニケーション(NVC)では「ニーズ」につながることを大事にするが、武術の世界ではそれはわざわざつながるものではなく、極限状況においていやがおうもなく浮き彫りになってくるものだ。
極限状況を想定した稽古において、それはおのずと浮かびあがってくる。
実感としてはニーズが「発生」してくる、といってもいいかもしれない。
ニーズは韓氏意拳の「意」に似ていると私はとらえている。

ニーズ=意が発生すると、いやがおうもなく身体はそれに応じようとする。
かんがえる間もなくそちらに向かって動く。
タイムラグはとても短い。

これらの稽古は困難をともなうが、有効性が高い。
自分とつながること、相手とつながること、こういったコミュニケーションの世界においても、観念にとらわれないために身体感覚はとても重要で、有効だと実感している。
身体をともなわない共感練習は実効性が低いといわざるをえない。

7月開催:水城ゆう共感サロン(7.1)
オンラインまたはくにたち会場への直接参加、どちらでもどうぞ。著者によるアットホームな共感的コミュニケーション(NVC)の勉強会です。7月の開催は7月1(土)18時/3(月)11時、いずれも約2時間。

2017年6月18日日曜日

人の感情の影響を受けないために

毎月、実家に帰るたびに開催している「実家音読カフェ」を、今回も実施した。
このところ、毎回参加者が増えつづけていて、「これ以上増えたらどうしよう」と心配していたのだが、杞憂だった。
今回の参加者は4人と、落ち着いてやることができた。

そこで出た話題。
老人ホームに読み聞かせのボランティアに行っていたんだけど、行くたびにこちらの気持ちが落ちこんでしまって、だんだん耐えられなくなってやめてしまった、ということをいう人がふたりいた。
みなさん、きちんとこちらの朗読をきちんと聞いてくれるんだけど、その前後の交流のなかで、認知症が進んでいる人のぼんやりしたようすや、起伏の激しい感情をしめす人を見ていると、こちらまでその影響を受けてしまって、動揺するというのだ。

人間にはもともと、相手の感情や動作、姿勢を、無意識に写し取ってしまう心の働きがある。
社会的な動物として必要があってそういう働きを持っているのだが、ときにそれはやっかいなことを引きおこすことがある。

そんなときはどうすればいいか。
その場を離れる、逃げる、というのもひとつの方法だが、せっかくボランティア活動に来ていてみなさんのお役に立ちたいと思っているのだから、落ちこんだり動揺することなく、自分は自分としていきいきとふるまっていたい。
こんなとき、共感的コミュニケーションが役に立つ。

共感的コミュニケーションでは、相手の感情やふるまいに注意を向けるが、それはそのさらに奥にあるニーズを知るためであって、目的はあくまでニーズにつながることだ。
なので、相手がどのようなふるまいや感情表現をしていても、こちらはその影響を受けないようにする。
相手の言動や感情は、相手のニーズが満たされたり満たされなかったりしているために現れてきているもので、こちらとはなんの関係もない。
もしこちらが相手とつながりたければ、言動や感情レベルではなく、ニーズレベルでつながるようにする。
つまり、相手がなにを大切にしているか、どんなことを必要としているのか、そのことに注意や好奇心を向けていくのだ。

そのとき、こちらはこちらのままでよく、相手の言動や感情に振り回されることなく、ただ相手に好奇心を向けていくだけだ。
こちらがつながろうとしている態度が相手に伝われば、相手は落ち着いたり、言動や感情に変化が起きたりするかもしれないし、もしそうなって双方のあいだにつながりが生まれたら、こちらもきっとうれしくなるだろう。
おたがいに自分のニーズに気づきつづけ、よりいきいきと交流することをめざすのが、共感的コミュニケーションだ。

今回の参加者がせっかくのボランティアをやめてしまったと聞き、その理由を知ったとき、私はとても驚いてしまったのだ。
なぜなら、私も高齢者を相手の活動のチャンスをたくさん持っているけれど、落ちこんだり動揺するどころか、むしろこちらのほうが元気になり、あたたかく幸せな気持ちで会場をあとにすることがほとんどだからだ。
相手が高齢者だろうが子どもだろうが、本来、いっしょにやるワークはそういうものだろうと思っていたので、びっくりしたのだ。
だから、上記のような話をさせていただいた。

もちろん共感的コミュニケーションを身につけるにはそれなりの理解と練習が必要だ。
しかし、ボランティアワークでみなさんの役に立ちたいと思っている人には、自分がいきいきと活動をつづけていくためにも、共感的コミュニケーションを身につけてほしいと思うのだ。

ボイスセラピー講座@国立(6.24)
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を学び、身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。6月24日(土)10時からJR国立駅徒歩5分の会場にて開催。