2019年6月29日土曜日

YouTube:ユウキの朗読「ふたつの夢・ひとつめの夢」@国立キノ・キュッヘ

2019年6月28日。
現代朗読のゼミ生・ユウキが国立〈キノ・キュッヘ〉のオープンマイクイベントに参加したときの朗読パフォーマンス映像です。

 水城ゆう作「ふたつの夢・ひとつめの夢」

 朗読 ユウキ
 音楽 水城ゆう

映像はこちら
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春野亭日乗 6月28日(金)中国宮廷麺翡翠麺、キノ・キュッヘのオープンマイク

春野亭の上のフロアでは賢くんのアレクサンダーテクニークとMariのNVCのコラボワークショップをやっているので、下の部屋で仕事。
『音読日めくり365日』の最終仕上げをやってしまいたいのだが、遅々として進まず。目次作りだけでもめんどくさい。
さらに表紙画像や「まえがき」「あとがき」奥付などを作る必要がある。

賢くんらに誘われて彼の車で小金井の中国宮廷麺〈なにや〉に行く。
ここはおいしいのだが、焼き餃子が巨大で、つい食べすぎてしまった。苦しい。

ゼミ生のユウキが来て、夜のオープンマイクの読み合わせを少しだけ。仕事終わりに来たので、仕事モードからのスイッチングが必要らしい。

湿度(たぶん)100近いなか、いっしょに歩いて〈キノ・キュッヘ〉へ。
ここのオープンマイクはこのところ参加者がどんどん増えていて、演目もバラエティに富んでいておもしろい。今夜も満席に近い。
はっぱさんが聴きにきてくれた。
野々宮もあとで合流。

ユウキは私の作品「ふたつの夢・ひとつめの夢」を朗読する。私は今夜は電子楽器ではなく鍵盤ハーモニカで共演。
野々宮は夏目漱石「夢十夜・第七夜」を朗読する(恒例となった夢十夜シリーズ)。

出演後、編物をしていたら、何人かから声をかけられた。

2019年6月28日金曜日

春野亭日乗 6月27日(木)車のリコール修理、当面の入院は回避、自立出版最終回

お知らせの封書が届いていたので、府中の日産プリンスまでリコール修理の対象になったNOTEを持っていく。
病院に行く予定があったので、そのあいだに修理を完了してもらうことにした。
病院までの時間がすこしあったので、蔦屋でコーヒー。

先日から気になっていたたまらん坂の上のレストランで昼食。
なんら奇をてらったところのない、しかし基本的でおいしい店だった。
ランチは豚ロースの生姜焼きとカレーコロッケ盛り合わせ、コーヒー付き、1,000円。

多摩総合医療センターへ。外科の担当医に会う。
提案されていたのは、入院しての抗がん剤治療、その後の手術。どちらもやりたくない、ほかの方法はないかと聞いたら、放射線治療のことなど聞かせてくれたが、結局セカンドオピニオンをすすめられた。
それについてはすでにかんがえていたことなので、候補の病院の名前を伝えたらすぐに紹介状を書いてくれて、検査データも渡してくれた。ありがたい。
これで入院と手術は当面回避できた。できればずっとなしでいきたい。
私ののぞみは生きながらえることではなく、可能なかぎり自分を全面的に発揮できる状態で最後まで活動すること。やりたいことが列をつくって順番待ちしている。

日産まで歩いて車を受け取り、帰宅。
編みかけのエコアンダリア帽子を完成させる。ブリムが思ったように仕上がらず、そこだけやりなおしかな。

夜は自立出版講座の第3回・最終回。
実技で製作した電子書籍データを使って、実際に Kindle Direct Publishing で配信申請をするまでのプロセス。
最後にデジタルコンテンツの可能性と、個人が自立でそれをする意味、その環境が整っていることが意味するパワーについて、熱く語ってしまった。
みなさん、お疲れ様でした。


7月25/27日:自力出版講座、全2回(オンライン&国立会場)
自作の出版を既存の出版社への依存から自力での独立出版へと完全移行した水城ゆうが、個人出版のノウハウを在野の書き手、出版人のみなさんとシェアします。オンラインで7月25(木)夜(前半)、国立会場で27(木)日中(後半)の開催です。

2019年6月27日木曜日

「筆記」のパワー/書く習慣で毎日をクリアにすごす

最近——にかぎらないかもしれないが——書くことがあらためて注目されている。
仕事のこと、自分の人生や日常のこと、心の問題、人間関係など、書くことがさまざまな問題を解決することに力を発揮する。
それは書くことを仕事として毎日あたりまえにおこなってきた私でも、あらためてそう感じる。

仕事というが、そもそも書くことを仕事としてはじめたわけではない。
小学生のころの作文や日記からはじまって、手帳、メモなど、二十代後半に職業作家になる以前からずっと書きつづけていた。
書くことが好きだったともいえる。
いまもそうで、仕事であろうがなかろうが、毎日なにかしら書いている。

書く習慣が身についていない人がいたとしたら、ぜひとも、いまからでもいいので、身につけるといいと思う。
それは人生にパワーをもたらしてくれる。

こころの問題の分野でも書くことの効果は注目されている。
たとえば『筆記療法』という本がある。
サブタイトルに「トラウマやストレスの筆記による心身健康の増進」とある。
レポーレとスミスという外国人が書いた本だが、日本語に翻訳されている。
筆記すること、つまり書くことが、こころの療養になるという内容の本だ。
たしかに書くことにはそういう面があると思う。

書くというのは、自分の思考を整理し、言語化して明らかにする、ということでもある。
私たち人間は発達した大脳を持ち、いつもなにかしらごちゃごちゃとかんがえている。
自分でもつかみかねるほど、絶え間ない思考が浮かんでは消えていく。
大切なことがらも、どうでもいいようなつまらないことも、自分の行動をさまたげるような思いこみやジャッジも、ごちゃまぜになって頭のなかに存在している。
それを書きだして整理することで、自分がなにを大切にしていて、どんなことが必要なのか、なにができるのかをクリアにしていくことができる。

書くことによって、非暴力コミュニケーション(NVC)のプロセスをテキストをもちいておこなうこともできる。

NVCのせよ、現代朗読などの表現行為にせよ、ともかく書くことによって私は自分の理解を深めたり、考え方の整理をしてきた。
とくに重要なのは、経験したことを書きだし、整理し、ニーズを明らかにし、理解を深め、可能性や自分が進みたい方向を見極めることだ。
私はこれに多大な時間をついやしてきた。

たとえばNVCひとつをとっても、まずだれよりも多くの時間を書くことについやしてきたと自負している。
共感カフェなどで人の話を聞き、話し合い、実際に体験したことを、ひとりの時間を使って書きだし、整理し、理解を深めることをおこなってきた。
書くことでものごとの理解を深め、自分のものにしてきた実感がある。

書くことでNVCの練習をしたり、自分自身につながって毎日を明確にしたり、テキストコミュニケーションで人とつながる方法を身につけたりするのが、「共感文章講座」だ。
また、私が日々、自分の整理のためにおこなっている手帳に書きだす方法は、「共感手帳術講座」になっている。

この課程で生まれてきたテキストや音声コンテンツをオリジナルコンテンツとして出版していく方法も、「自力出版講座」となっている。

これらのもとになっている私の経験が、ただ個人的な経験としてだけでなく、みなさんの役に立てるといいなというのが、私の人生の終盤の願いのひとつとなっている。
ぜひご参加いただき、直接私から受け取ってほしいと思っている。

春野亭日乗 6月26日(水)『音読日めくり365日』編集、自力出版講座2回め

朝から書籍『音読日めくり365日』の編集作業。
いよいよ大詰めの12月分に取りかかる。
これ、いつからやってるんだ? もう3か月越しくらいかもしれない。
1000ページくらい行くかと思ったが、700ページくらいに収まりそう。

あたらしい形のエコアンダリア帽子を編んで気分転換しながら、作業を進める。
合間にピアノ七十二候の演奏収録、動画編集作業も。

夜は「自立出版講座」の2回め。
電子書籍製作の実際の作業を、参加者のみなさんといっしょに進めてみる。
最終回はそれをアマゾンKindleに作者登録し、データをアップして配信登録する実際の作業をおこなう。

次期の自立出版講座の開催日時も決まっている。
オンラインと国立会場リアル参加の組み合わせで、全2回となる。


7月25/27日:自力出版講座、全2回(オンライン&国立会場)
自作の出版を既存の出版社への依存から自力での独立出版へと完全移行した水城ゆうが、個人出版のノウハウを在野の書き手、出版人のみなさんとシェアします。オンラインで7月25(木)夜(前半)、国立会場で27(木)日中(後半)の開催です。

ピアノ七十二候:夏至/菖蒲華(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
夏至の次候(29候)「菖蒲華(あやめはなさく)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年6月25日火曜日

共感文章もしくは共感手帳術のプラクティス「ニーズの遠景、近景、体景」

NVC(共感的コミュニケーション)でいうところの「ニーズ」は、「いまこの瞬間」の自分の身体的実感につながっている必要性や価値観、大事にしたいことをつかむことが基本だ。
ニーズは観念やイメージ、思考の産物ではないということだ。
これはとても重要なポイントで、論理的な理解が容易なNVCの学習者がおちいりやすい罠でもある。
思考や観念的なイメージで「自分のニーズはこれだな」と言語化できてしまうのだが、本当にそれがリアルな身体的実感とつながっているのかどうか、つまり自分自身へのリアルな共感としてあるものなのかどうかを見極める必要がある。

とはいえ、人は社会的な存在でもあり、現代文明という極度に人工化された空間と社会システムを生きている。
「いまこの瞬間」の生命存在の必要性から発展し、延長されたさまざまな社会化されたニーズもまた、人の行動を決定し、いきいきさせることも事実だ。

自分のニーズがどのレベルにあるのかを見極め、分けてとらえるために、「遠景のニーズ」「近景のニーズ」「体景のニーズ」という定義を提案しておきたい。

「遠景のニーズ」
とは、自分がこうありたい、こういうことを大切にしている、このような世界を生きることを望んでいる、人間関係や社会システムや環境がこのようになっていくことを大事にしている、というようなことだ。

「近景のニーズ」
とは、いますぐではないけれどこれはいずれ実現したい、学んだり身につけたりしてこんなことができるようになりたい、近いうちにここに行ってみたい、こんな楽しいことをやってみたい、というようなことだ。

体景は造語だが、体感覚がしめす「いまこの瞬間」のニーズのことで、空腹を満たしたい、安全を確保したい、知りたい、つながりたい、清潔でいたい、そういったことを「体景のニーズ」ということにする。

このプラクティスではそれぞれのニーズについてタイムスパンを設定して、自分の行動や将来的なありかたを記述し、そこにあるニーズを明確に押さえてみることを試みる。
時間軸のなかで変化するニーズを明確にしておくことで、自分の進みたい方向がはっきりしたり、いまこの瞬間の選択肢がクリアになったりするだろう。

(以下、具体的なプラクティスにつづく)
(興味があるかたは共感文章講座または共感手帳術講座に参加してみてください)

7月4・11日:オンライン共感文章講座(Text NVC)
メール、ブログ、SNSメッセージなど、文章(テキスト)でのコミュニケーションでお互いに共感したりつながりを作るための表現方法を学び、練習するための講座です。2日連続、それぞれ夜2時間ずつ。

7月24日〜:オンライン共感手帳術講座
毎日使う手帳を用いて自分がなにを大切にしているのか、なにが必要かを明確にしていき、日々を有効にいきいきとすごすための術を身につけるための短期集中講座です。

2019年6月24日月曜日

春野亭日乗 6月23日(日)個人レッスン、演出的「しかけ」は身体の気づきあってのもの

午前中、オンラインでの個人セッションと、現代朗読ゼミ。
ゼミはゼミ生ユウキひとりの参加だったので、個人レッスンに。
金曜夜、ほぼ恒例になった国立〈キノ・キュッヘ〉でのオープンマイクにまた参加することになったので、その読み合わせ。

「水色文庫」をみて、私の作品の「ふたつの夢・ひとつめの夢」をやってみることになった。
変な作品だが、あらためて読んでもらうと、なかなかおもしろい。
パフォーマンス向け作品ともいえる。
ピアノと合わせてみた。

この半年、ずっとまじめに現代朗読の手法で身体表現の稽古をしてきたので、自身の身体への「気づき」がかなり生まれてきている。
こうなると演出的な「しかけ」の可能性が生まれてくる。
身体への気づきや体認がないまま演出的「しかけ」を先にやってしまうと、身体がないまま形骸ばかり表現することになってしまう。
表現が嘘になってしまう。
そこを現代朗読ではクリアしたいのだが、その方向性をきちんと理解してもらえるようになってきている。
うれしいかぎりだ。
ある「しかけ」を提案してみたが、それを受けての金曜夜のライブが楽しみになってきた。

すでに完成していた帽子がちょっと大きめで、男性にも大きいくらいなのでだれにあげられるかなと思っていたが、大きめがいいというので差し上げることにした。
急遽、紐を取りつけて、頭囲を調節できるようにした。
よくお似合いでよかった。

ひさしぶりに麻紐を使って手提げバッグを編みはじめる。
材料費が安いので気軽にガシガシと編んでいけるのがいいが、握力がどんどん目減りする。
コンピューターを開きっぱなしにして、共感文章の「遠景、近景、体景」のエチュードを自分でもやりながら、編んだり休んだり、記述したり、Netflixを見たりNHKオンデマンドを見たり。

ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。現代朗読については水城ゆうブログ「水の反映」の「現代朗読」ラベルをご参照ください。6月30(日)10時半から約2時間。

2019年6月22日土曜日

春野亭日乗 6月21日(金)高橋透先生の治療会、語りさやかちゃんのレッスン

高橋透先生の治療会に行ってきた。ついでに頼まれていた釣り用の帽子をお渡しする。
エコアンダリアで編んだつば付き帽子。
よくお似合いでよかった。

駒井教室の世話人としての責務があるので、昨日の検査結果をお伝えしたら、
「水城さんっておいくつなんですか」
と聞かれた。
62ですと答えたら、
「そりゃもう十分に生きられましたね」
たしかにまったくその通り。

午後、豊田から、語りのさやかちゃんとお母さんが打ち合わせとレッスンに来る。
さやかちゃんとはもう16年の付き合い。
障がいを持っている彼女を支えてこられた喜びと、多くのことを学ばせてもらった感謝でいっぱい。
11月のイベントの打ち合わせだが、一緒にやれるといいな。
レッスンはさやかちゃんの語りをいっぱい聞かせてもらって楽しかった!

夜になって、豊田に無事に帰着したらしいさやかちゃんからお礼のメールが届く。
うれしいのでちょっとご紹介。
そうそう、エコアンダリアの帽子がとてもよく似合ったので、さやかちゃんにひとつあげたんだった。

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水城さんへ

こんばんは。
小林佐椰伽です。
今日はお世話になりましてありがとうございました。

おぼうしいただいてありがとうございました。とっても
嬉しいです。

こもりうた
楽しくやったら?
の アドバイスをいただいたら、まだ やりやすかったです。
ありがとうございます。

新美南吉さんの詞や作品

もっとイメージ
できるように
頑張りたいと思います。

また、11月16日の
水城さんとご一緒させていただけるの 楽しみです。
よろしくお願いいたします。

水城さんの お体の事心配なので お祈り  しときます。

2019年6月21日金曜日

春野亭日乗 6月20日(木)精密検査の結果を聞く、自立出版講座の初回

YouTubeあと4人でフォロワーが200人に!
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歩いて多摩総合医療センターへ。
暑くなってきた。湿度が増している。梅雨らしい天候。
精密検査の結果を聞く。ほぼ予想どおりの結果で、覚悟していたことではある。ステージⅣ。

明確さが満たされてすっきりした気分で、院内のドトールでお茶を楽しむ。

また歩いて国立に帰る代わりに、西国分寺駅まで歩く。
住宅街を縫って歩いたが、緑も多く、あじさいも美しく、落ち着いたなかなかいい街だなと思った。
西国分寺から立川に移動し、ユザワヤでエコアンダリアの糸を仕入れる。
立川から国立にもどる。

夜はオンラインで自立出版講座をおこなう。
私もいれて参加者6人で、ついつい熱がはいり、盛りだくさんの内容になってしまった。
みなさん、大丈夫だったかな。
まあ、2回め、3回めとつづくので、フォローできるかな。

3回めの日程が今回の検査結果を受けて開催できなくなる可能性が高まったので、みなさんと相談して前倒しにしてもらった。

ピアノ七十二候:夏至/乃東枯(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
夏至の初候(28候)「乃東枯(なつかれくさかるる)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
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2019年6月20日木曜日

自分をコンテンツ化する(老後にそなえて?)

以下の私見は半分冗談、半分本気です。
読み流していただければ幸い。

まじめに払っているのに年金が支給されなくなるとか、減額されるとか、2千万円の蓄えがないと老後を安心して生きられない、いや本当は3千万円だとか、いろいろ不安な情報が飛びかっている。
お金を稼ぐ能力があろうがなかろうが、つまり子どもだろうが高齢者だろうが、障害者だろうがなにかのマイノリティだろうが、すべての国民が安心して生存できることを保証しているのが憲法だろうし、文明国(日本がそうであるかどうかはさて置いて)のありかただと思うが、現日本国の政治家や政府はそんなものを遵守するつもりはまったくないらしく、ホリエモンのツイートが代表しているような自己責任論ばかりが幅をきかせている。
自分がマイノリティになったとき、無力になったときのことなど、だれも想像すらしないらしい。

いまの日本の社会資産は、それがうまく再配分されれば、すべての国民が充分に安心して暮らせるだけの余剰があると私は思っているし、そういう試算もある。
たとえばベーシックインカムなどによってすべての国民が、すくなくとも金銭面では安心暮らせるような社会システムは、そんなに不公平なものなのだろうか。
働ける者、稼ぐ能力のある者、持てる者が、働かない者(働けない者)や持てない者の生活を支えるのは、そんなにいやなのだろうか。
むしろ心の豊かさをもたらすのではないかという私の想像は、それほど奇抜なものなのだろうか。

残念ながら、すべての者が自己責任を押しつけられてなんとか生きていかねばならないのが、現実社会だ。
当分これがつづくだろうとせねばなるまい。

自分という資産を活用しよう、というのが私の提案のひとつだ。
資産といっても、お金や貴金属や証券や不動産のことではない。
自分のなかに蓄積してきた「経験」という資産だ。

自分の経験をコンテンツ化しておく。
有料コンテンツでもいいし、無料でもいい、とにかく必要な人がそこにアクセスしコンテンツを入手できる仕組みを作っておけば、一生そのコンテンツは提供されつづける。
私が提供するコンテンツは、私が生きているあいだはもちろん、私が死んだあとも残っている。

そのために自分の経験や生産したものをデジタルコンテンツ化しておく。
音楽や朗読、トーク、講演、などの音声コンテンツ。
著作物などのテキストコンテンツ。
漫画やイラスト、写真、絵画などの映像コンテンツ。
YouTubeに代表されるような動画コンテンツ。

自分はなにをコンテンツ化できるだろうか。

電子書籍の世界でおもしろいコンテンツと現象がある。
スマホの音楽アプリで、指だけでドラムを演奏できるものがある。
音のクオリティはすばらしく、修練すれば本物のドラムを演奏しているような音を残せる。
マルチトラックを駆使してオリジナル音楽を作ることも簡単だ。

その指ドラムの練習方法だけを記した電子書籍がある。
だれがこんなものを買うんだろうと思うかもしれないが、指ドラムを演奏したい、練習したいという人は意外に多く、この電子書籍はおどろくほどの売り上げがあるらしいのだ。
たぶん、自分の趣味を人にも分かちたいという軽い気持ちで作ったものだろうが、それを必要とする人がいて、電子書籍として公開販売したらその人たちに届いた、というわけだ。

自分の経験のどんなことが、だれに必要とされているのかわからない。
自分の創作物がだれに気にいられるかわからない。

コンテンツというと有料を前提とかんがえる人がいるようだが、無料公開でもいい。
それが必要な人に届くとき、そこにつながりが生まれ、ひょっとしてコミュニティに成長するかもしれない。
それは自分にとって生きていく「場」になりうるのだ。

私も商業出版とは距離を置き、出版社に依存しない自力出版で自分のテキストコンテンツなどを配信している。
じつに自由で楽しい世界だ。
多くはないが、売り上げもある。
あてにならない微々たる年金を不安な思いで待ちつづけるより、楽しみながらせっせと自分をデジタルコンテンツ化していくほうがずっといい、と私は思っている。


次の講座、今夜です。
まだ参加枠に空きがあります。

6月開催:自力出版オンライン講座、全3回
自作の出版を既存の出版社への依存から自力での独立出版へと完全移行した水城ゆうが、個人出版のノウハウを在野の書き手、出版人のみなさんとシェアします。6月20(木)/26(水)/7月2(火)の夜開催です。

春野亭日乗 6月19日(水)子守デー

韓氏意拳駒井教室サイトを更新。世話人としての仕事。

オンラインで個人セッション、ひとコマ。
なみこさんが来て、腫瘍に効くかもというあれこれを教えてくれたり、やってもらったり。効果があるかどうかより、大事に思いやってくれるその気持ちがうれしい。今回のことで本当にたくさんの人からありがたい気持ちをいただいてる。

美容院に行くという某娘の娘・1歳8か月を子守りする。
某娘が出かけて90秒後には私の腕のなかですやすや。
昔から赤ん坊、幼児を寝かしつけるのは得意である。
コツは声と呼吸。
音読療法ですな。

2時間後、子どもが起きてきたので、ぐずる前にすかさず抱っこして散歩。
3時間でママが帰ってくる予定だったので、1時間くらい子守りすればいいだろうと思っていたのに、待てど暮らせど帰ってこない。
2時間くらい抱っこして歩いて疲れたので、子守を交代したが、ぎゃん泣きして心が折れる。
ふたたび抱っこして外出するも、今度はベビーカーじゃなきゃ嫌だと主張。
ま、腕は楽だけどね。

あてどなく歩く。
電車が通過するのを見るのが気にいったようなので、線路脇を移動。
電車が通るたびに抱っこして観賞。
しかし、ママは帰ってこない。

結局6時間近くたってから、ようやく帰ってきた。
帰りがけに子どもの店に寄ったり、電車に乗ったら反対方向に間違えて乗ってしまったりと、そちらはそちらでいろいろあったらしい。
とにかく、まあ、ママが一番だよね。
よかったよかった。

疲れた。
寝る。
子守だけで軽く1万歩を突破した。

2019年6月19日水曜日

春野亭日乗 6月18日(火)バリウム検査、韓氏意拳3連発

春野亭から旭通り、たまらん坂を歩いて、多摩総合医療センターへ。
暑くなってきた。

バリウム検査を受ける。
幸い、時間通りはじまった。
バリウムを飲みくだしながら、X線で食道を撮影する。角度を変えたり、ベッドを動かしたりしながら、何度も撮影する。胃のほうも撮影する。
検査技師のお姉さんがテキパキとやってくれたので、思ったより早く終わる。
しかし、胃を撮影するときに胃をふくらませるために飲む発泡剤が気持ちわるい。
朝からなにも食べていないのに(水も飲んでいない)、発泡剤とバリウムの膨満感が気持ち悪い。

病院内のドトールでしばらく休んだあと、たまらん坂の下にあるレストランで昼食。先日見つけたこじんまりした店だが、なかなかおいしい。店内にはいつもビル・エバンスが流れている。

午後は春野亭で韓氏意拳の養生功と初級の講習会(駒井雅和中級教練の指導)。
お腹の調子がいまいちなのでサボるつもりだったが、だいたい参加した。
そのまま夜は、いつも昭島のK-STUDIOでやっている火曜クラスを春野亭でやる。火曜クラスのメンバーが春野亭に来るのは初めて。
このクラスでは五行拳をみっちりやり、身体を動かし、また状態に集中しつづけたので、ひさしぶりに自分自身の存在をがっつり感じつづけた時間になった。
このところ病院での検査結果がわからず中途半端な気分でいることが多かったので、思いがけずすっきりした(稽古はハードだったけど)。

春野亭日乗 6月17日(月)YouTubeトーク収録、富士見台で音読ケアワーク、焼き鳥

さすがに合宿の疲れがすこし残っていて、だるい。
朝から眠い。
食欲もない。

今日、北海道に帰る新・音読療法士の藤原直美と、YouTube用トーク動画を撮る。
ついついお笑いに流れそうなところを、割合まじめに話せたか。
映像はこちら

なおみ〜ぬを送りだし、こちらは月例の富士見台の高齢者介護施設での音読ケアワークに向かう。
参加メンバーは音読療法士の野々宮、音読トレーナーの石原まなみ、クマさん、見学の野々宮娘と孫、看護師のあきちゃんという、ちょっとした人数。
私はなにもせず、オブザーバーとしての参加(最後にピアノ伴奏したけど)。

ほぼ時間どおりにはじまり、時間いっぱい使ってのみっちりしたワークになった。
おつかれさま(参加者もファシリテーターも)。
事務所のかたと相談して、来月からは第3月曜日の午後と、定期開催することになった。

いつもようにサンワに寄って、焼き鳥を堪能してから帰る。
早めに休む。

2019年6月18日火曜日

春野亭日乗 6月16日(日)音読トレーナー養成合宿最終日、麻婆豆腐パーティー

国立春野亭での音読トレーナー養成合宿、3日め(最終日)。
晴れたので、一橋大学構内まで散歩して、歩く瞑想やかるい運動などからスタート。
通しで参加できなかった音読トレーナーのまなみちゃんとみっちーも、朝からやってきて、参加してくれた。

春野亭にもどり、野々宮が朝ご飯を用意してくれているあいだ、ここまでの復習や不明瞭な点、疑問点などの確認を、みんなで話し合う。
朝ご飯をいただく。

人数が増えたので、午前中は実技。
実際の音読ワークの進行や方法について、こまかく確認しながら、みんなでやってみる。

午後はワークの現場で起こるいろいろな反応にたいして、共感的に対応するにはどのようにすればよいかの知恵出し。
たとえば老人ホームのワークでお年寄りから、
「できない」
「帰りたい」
「つまんない」
などといわれたとき、どのように対応できるかなどの検証。

午後6時前、音読トレーナー養成合宿が無事に終了。
参加いただいたみなさん、おつかれさまでした。
これからもいっしょに活動していきましょう。

夜はNVC仲間が何人かなおみ〜ぬに会いに来て、にぎやかになった。
賢くんが激うまの麻婆豆腐を作ってくれたり、桂さんがチーズフォンデュの道具を持ってきて作ってくれたり。
あきちゃんが持ってきた自作のライアーを賢くんが純正律に調律して、それを使って癒やしてもらったり。

盛りだくさんな1日だったが、基本的に私は自分がリードするのではなく、みなさんに任せきりでサボっていられたので、楽だった。

2019年6月17日月曜日

春野亭日乗 6月15日(土)音読トレーナー養成合宿2日め

国立春野亭での音読トレーナー養成合宿、2日め。

音読トレーナーは音読ワークの手順を身につけ、グループワークをファシリテートできるほか、その裏付けになる音読療法の体系を理解しておく必要があるが、同時に自分自身に共感しその場に居続け、いまここに気づきつづける「マインドフルネス」を心がけることも大切だ。
音読療法にかぎらず、対人援助をおこなうファシリテーターにとって、マインドフルネスは重要なスキルではないかとかんがえている。

そのために、合宿の朝はたいてい、マインドフルネスの練習である瞑想法をおこなうことになっている。
この日は朝からかなりの雨降りだったので、いつもおこなう「歩く瞑想」ではなく、自分の呼吸や身体をつぶさに観察するヴィパッサナー瞑想にちかいボディワークからスタートした。

そのあと、午前中は音読療法の手順や体系を学ぶ座学中心に。
朝食も昼食も、音読療法士の野々宮卯妙が用意してくれたのはありがたかった。

午後は実技、そしてファシリテーターのコミュニケーション法としての共感的コミュニケーション(NVC)について学ぶ時間。

夜は近所の銭湯が改装中で休業しているということもあって、私が運転して車でテルメ小川という温泉施設まで行く。
ゆっくり温泉につかったあと、食堂でわいわいいいながら飲食を楽しんだ。
話が盛りあがって、飲食コーナーのラストオーダーの時間までねばってしまった。

午後10時半すぎに春野亭にもどり、解散、就寝。
音読トレーナー養成合宿2日めが終わった。

春野亭日乗 6月14日(金)電子書籍製作、ボイスセラピー講座、音読トレーナー合宿スタート

昨夜遅く、福井、岐阜各務原経由、中央道で東京国立・春野亭に帰着。
午前1時に就寝したが、7時前には目がさめてしまった。
シャワーを浴びてすっきり。

もうだいぶ長らく時間をかけて作っている『音読日めくり365日』の本を、今日もこつこつと進める。
いま八月のところをやっていて、全体でいえば500ページはとっくに越えている。
段組、文字の大きさ、挿絵の配置、ルビ付け、文章の書き直し、書き足し・削除など、意外に作業量は多くて時間がかかる。
できれば今月中に完成させてしまいたい。

書籍関係の作業では、音読・群読エチュードの本を改訂したいのと、音読療法の教科書である『音読療法の基礎』もだいぶ内容を改訂したい。

午後2時からボイスセラピー講座を春野亭で開催する。
今回はボイスセラピー講座単発参加の人たちと、そのまま引きつづき音読トレーナー養成合宿に参加の人、さらには音読療法士の認定アセスメントを同時に進行する人が混じりあっての開催となった。
そして、音読療法協会での講座を私が講師をつとめるのは、これが最終となる。

夜は音読トレーナー合宿のスタートを兼ねた打ち上げにボイスセラピー講座に参加した人たちも加わって、駅前のサイゼリアでにぎやかに飲み食いした。
楽しかったな。
みんなからまた講師をやってくれと頼まれてうれしかったけれど、私の役割は今後変わっていくことになるだろう。

YouTube:音読療法士の資格認定を受けたばかりの藤原直美

音読療法協会では、音読トレーナーと音読療法士というふたつの資格認定をおこなっていますが、今回、北海道弟子屈町在住の音読トレーナー・藤原直美が晴れて音読療法士の資格認定プロセス(アセスメント)を通過し、正式に音読療法士として認定されました。
認定されたばかりの新音読療法士の藤原直美に話を聞きました。

映像はこちら

2019年6月16日日曜日

ピアノ七十二候:芒種/梅子黄(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
芒種の末候(27候)「梅子黄(うめのみきばむ)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
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2019年6月14日金曜日

春野亭日乗 6月13日(木) 福井=各務原=国立

ひさしぶりに晴れ上がって暑くなってきた。
今日は移動日。

大野市から白鳥へ抜けて、東海北陸縦断道に乗る。
これに接続する中部縦貫道の大工事が進んでいて、九頭竜湖あたりの風景はかなり荒れている。
完成すれば名古屋と奥越地方は相当便利になって短縮されるのだが、ふるさとの風景が壊されていくのを見るのはつらい。
自分が生き、そして去っていくこの世界を、1ミリでもよいものにしたいと思っているのに、環境問題の現実はじわじわと悪化するばかり。

各務原で毎月おこなっている水城ゼミだが、会場の澪ちゃん宅の庭にチャドクガが大量発生したということで、急遽会場が変更になった。
気遣いと急な会場手配をありがとう(>澪)。

ぴかぴかの地区公民館の一室で、部屋というよりホールに近い。
よく見ると、電動式で床があがってステージになり、緞帳も袖も設置できるようで、簡易ホールとしても使えるらしい。
もちろんそんなふうには使わなかったが、今日4人という少人数で使うにはもったいないほど。

アップライトだがピアノもあったので、途中、ひさしぶりに音楽瞑想もやってみた。
楽しかったな。
ほかに、NVCの勉強会や、自己共感のための身体ワーク、音読ワークなどもおこなった。
ご参加いただいたみなさん、ありがとう。

中央道に乗り、休憩しながらのんびりと国立にもどる。
午前0時すぎ、帰着。
長時間運転のあとは、いつもくらくらして、平衡感覚がおかしくなる。
1時就寝。

2019年6月13日木曜日

春野亭日乗 6月12日(水)

福井帰省中。曇ときどき小雨ときに豪雨のち晴。

一昨日から編みはじめたエコアンダリアの手提げバッグが完成。
東京からとりあえず持ってかえってきた手持ちの6玉(ベージュ4玉、紺2玉)を使った試作品で、2本取りで編んだのでたちまち糸が減っていく。
完成までたどりつけるかと思ったが、やや小ぶりに仕上げてぎりぎり完成。
なんとなく懐かしい感じのバッグになった。
昔、おばあちゃんが持っていた買物かごみたいな感じ。
なかなかかわいいではないか。

メルマガ用に書いた記事「到達目標を設定すること(あるいは設定しないこと)」をブログにも書きこんだら、ページビューがびよんと伸びた。
といっても、このところ配信記事が少なかったので、全体のページビューは落ちこみぎみで、今回も瞬間的に200くらい、全体でもおそらく1日500はいかないかな。
それでもそれだけのかたに読んでもらっているというのはなんとありがたいことか。
メルマガと合わせると1000をかるく突破する。

それにしても不思議なのは「水色文庫」のほうのページビュー。
なにもしないのに、毎日1000近く行く。
ゼミ生ら仲間のために書き下ろし作品をまた書きたくなっている。
書こう。

2019年6月12日水曜日

到達目標を設定すること(あるいは設定しないこと)

自分の命の残り時間が限られている(すべての人がそうではあるのだが)と体感したとき、とてもくっきりすることがある。

計画と実行の関係だ。
目的と経過の関係といいかえてもいいかもしれない。

例として語学学習を取りあげてみよう。
英語を勉強している。
目的は旅行や交友で「苦手だ」と思うことなく、支障なく英語を話したり聞いたりできるようになること。

どのくらい話せるか、どのくらい聞き取れるかのレベルはだいたいわかっている。
このくらい話したり、聞けたりできるようになりたい、というイメージはある。
決して同時通訳ができたり、学術やビジネスのプレゼンテーションが流暢にできることをめざしてはいない。
高等な内容の講演や講義を聞き取れるようになりたいとも思っていない。
しかし、この程度のレベルには達したいという明確なイメージはある。

そのための学習行程もだいたいわかっている。
毎日、余暇を利用してこつこつと学び、練習したり、ときにはレッスンに通ったりして、うまくいけば1年くらいで目的のレベルに達するかもしれないと思う。

しかし、もしあなたの余命があと半年しかないとわかったらどうする?
英語学習をやめますか?

ある目標に達することが目的で学習するのなら、その目標に達することが不可能だとわかった瞬間にそれは挫折せざるをえないだろう。
しかし、目標や目的とは別に、学ぶことそのものが「楽しい」と感じているなら、学習はつづくかもしれない。
あるいは、目的が「あるレベルに達すること」ではなく、「今日より明日の自分がすこしでも成長していること」に切り変わったとしたら、学習はつづくだろう。

私たちは自分が努力している多くのものごとを、「ある目的」のためにやっていると思っている。
そのための計画があったりする。
しかし、その計画を達成するための自分の時間が充分にないとわかったとき、その努力は無駄になるのだろうか。

努力していること、あるいはその行為そのものを楽しんだり味わうことはできる。
というより、この命を生きるというのはそのことそのものだったりしないか。

私が生きているこの命の目的はなんだろう。
よくわからない。
気がついたらこの世に存在していた。
自分の命の目的や意味をいろいろに設定したり、教えられて信じたりすることはできるが、本当のところはよくわからない。
しかし、命はげんにこうやって存在している。

いきいきと存在している命の働きそのものを味わうこと、楽しむこと、そのことが命の示している方向なのではないか。

私は毎日、武術の稽古をしているが、目的としては強くなること、相手を倒すこと、自分や大切な人の命を守ることなど、さまざまにある。
そのために稽古するわけだが、実際のところ稽古自体が楽しいということがある。
自分の未知の働きを発見したり、昨日の自分とは成長した自分を感じたり。

それを楽しめるなら、自分の余命が半年だろうが、一年だろうが、十年だろうが、関係はない。
ただこの日をマインドフルに、自分自身を誠実に、懸命に生きるだけだ。

この命がどこで消えるか、それはわからない。
たとえ医者から「あと半年」と告げられたとしても、それとて真実であるとはいえない。
明日かもしれないし、実際に半年後かもしれないし、あるいは五年、十年と生きのびるかもしれない。

たしかなのは、いまこの瞬間、ここにこうやって生きて存在している、ということだ。

2019年6月11日火曜日

今週末はボイスセラピー講座と音読トレーナー養成講座

表題どおりで、すでにブログで記事を書いたり、告知をしているが、今回の一連の講座の目玉は、私にとっては「音読療法士のアセスメント」だ。

音読療法協会では長らく音読療法士という資格は認定しておらず、音読療法士は野々宮卯妙ひとりしかいなかったのだが、今回、あらたにアセスメントをおこない、もうひとり誕生する予定になっている。
北海道弟子屈町で活動している音読トレーナー・藤原直美が、資格認定を受ける予定で、その最後のプロセスをおこなうことになっている。

音読療法士が複数人誕生することは、私にとっては大きな願いだった。
音読療法をおこなったり伝えたりすることに一切の制限を持たない音読療法士は、現在私がおこなっているような講習やトレーナーの育成活動もおこなうことができる。
つまり、私はさぼれるようになる(笑)。

音読療法に関しての私のニーズは、
「音読療法という体系を育むこと」
「知ってもらうこと」
「人々の健康に役立ち、貢献すること」
などなど、たくさんあるが、最終的に、
「私がその場に関わっていなくても組織が回り、育っていくこと」
というイメージをめざしてきた。
そこに一歩近づくような気がして、とてもうれしい。

今回ボイスセラピー講座と音読トレーナー養成講座に参加する人は、音読療法士が生まれる現場にいあわせることができるし、また音読療法士がどういうものなのか直接知ることができるだろう。
音読療法士に興味があるかたは、ぜひともご参加いただきたい。

また、トレーナー養成講座は三日間の合宿形式をとっている。
必須ではないが、国立会場に泊まりこみで濃密に学べるようになっている(近所の人は通いでもかまわないが、宿泊をおすすめしている)。

共感的コミュニケーション(NVC)を心がけている音読トレーナーたちの、いきいきとした学びと交流の場に、みなさんが参加してくれることを望んでいる。


6月14日:ボイスセラピー講座@国立
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を学び、身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。6月14日(金)14時からJR国立駅徒歩5分の会場にて開催。

6月14・15・16日:音読トレーナー養成講座
介護予防や健康促進ワークに最適な音読ワークをファシリテートできる「音読トレーナー」の資格を取得するための2泊3日の合宿形式講座を6月14日(金)夜から16日(日)の三日間にわたって、JR国立駅徒歩5分の会場で開催します。

ピアノ七十二候:芒種/腐草為蛍(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
芒種の次候(26候)「腐草為蛍(かれたるくさほたるとなる)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
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2019年6月10日月曜日

天白での朗読ワークはリズムがテーマ

毎月おこなっている名古屋天白〈アロマファン〉での現代朗読ワークショップ、今回はリズムがテーマだった。

いつものように呼吸と身体を動きのなかから観察することからはじめて(体認のエチュード)、テキストを使った朗読エチュードへ。

その前にすこし話をさせてもらった。
内容は表現と伝達、評価と受け取りあい、それぞれの違いについて。

現代朗読では共感的コミュニケーション(NVC)を場作りのベースにしているので、そこにはなるべく評価(外部/社会的基準)を持ちこまず、自分自身の内側に起こっていることに目を向けそれを伝えあうことで、互いに受容的な関係のある、安心安全な表現の場を作っている。
また、朗読は「テキストを伝える」ことではなく、「自分自身を伝える」ことに主眼をおいた表現として、その稽古が組み立てられている。

その前提のもとに、今回も実際のワークを体験してもらった。

ことばはリズムとしてとらえることができる。
私たちはことばの「意味」で文や文節を区切って話しているのだが、意味から離れ、純粋に音のリズムとして音素をとらえたとき、そこには音楽的リズムが見えてくる。
朗読は音楽としてとらえることができる。
リズム朗読はパーカッション的な要素がある。

今回は中原中也の「夏と私」という詩を「ワルツ」としてみなさんに踊ってもらった。
私も即興でピアノを弾いて加わった。
これが楽しいのだ。

リズム朗読をやったあと、通常の(?)朗読にもどったとき、身体のなかにはまだダンスの余韻が残っていて、なにかがちがう。
みなさんの表現がいきいきと変化した。
私はこれを見たくてやっているんだな、と思った。

毎月おこなっている天白での朗読ワークショップは、来月7月13日(土)午後も開催する。
また、岐阜各務原〈花寧香くらぶ〉でも、今週木曜日・6月13日午後に開催する。
興味がある人は気軽にご参加いただきたい。


6月13日:水城ゼミ(朗読・文章・共感)@各務原〈カフェ花寧香〉
東京を中心に定期開催しご好評をいただいている水城ゼミを、岐阜各務原でも開催しています。共感的コミュニケーション(NVC)をベースに、読むこと、書くこと、動くことを統合し、全体性を表現することを探求します。今回のテーマは「」です。13時から。

7月13日:現代朗読ワークショップ「VERBA ACTUS(ウェルバアクトゥス)」@名古屋
名古屋で現代朗読と非暴力コミュニケーション(NVC)をコラボレートしたワークショップを毎月開催し、最終的に小規模の公演(ミニライブ)をめざします。全日程に参加する必要はありません。

2019年6月8日土曜日

ひさしぶりの共感文章講座

オンラインの共感文章講座を前半と後半の2回に分けて、ひさしぶりに開催した。
定員いっぱいのご参加をいただき、感謝。

前半が「自分を読むために書く」、後半が「自分を伝えるために書く」というテーマでおこなった。
いずれもNVCをベースにしているが、私独自の工夫も加えてある。

前半は「自己共感」を書くことによって練習し、強化する方法。
NVCといわなくても、人は生きていく上で、個々人がまず自分自身を把握し、理解し、きちんと見つづけていられることが重要である。
自分自身の輪郭があいまいなままだれかに役にたとうとしたら、ものごとに対処しようとしても、うまくいかないことが多い。
まずは自分自身のニーズを明確にし、いきいきとマインドフルに自分を発揮できる状態にある必要がある。
そのための練習方法がさまざまにあるが、私は「書く」ことを習慣づける方法をおすすめしている。

そんなことをみなさんとシェアした。

実際に書いてみると、予想していなかった発見があったり、効果が感じられたようで、みなさんからの反応がいろいろあっておもしろかった。

後半は自分を伝える方法。
だれかに自分を伝えるためには、相手が受け取りやすい形にしておく必要がある。
リアルタイムコミュニケーションでもテキストコミュニケーションでも、それはおなじことだ。

参加者全員がびっくりし、興味を持ってくれたのが、つぎのような原則。
「相手に自分を伝えるときには、感情とニーズのことばは使ってはいけない」
メッセージを相手が受け取りやすくするための原則だ。
これは小説家として仕事してきた私の長年の経験と学びから得た原則である。
なかなかひとことで説明するのはむずかしいので、興味がある人は受講していただきたい。

いずれにしても、みなさんといきいきした学びの場を共有できて、私自身とても楽しかった。
あらためて気づいたこともたくさんある。
ご参加いただいたみなさんに感謝したい。

今回、ご好評をいただいたようなのと、参加機会をのがしたかたのために、また来月も開催します。

7月4・11日:オンライン共感文章講座(Text NVC)
メール、ブログ、SNSメッセージなど、文章(テキスト)でのコミュニケーションでお互いに共感したりつながりを作るための表現方法を学び、練習するための講座です。2日連続、それぞれ夜2時間ずつ。

2019年6月6日木曜日

ピアノ七十二候:芒種/螳螂生(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
芒種の初候(25候)「螳螂生(かまきりしょうず)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
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2019年6月5日水曜日

「書く」「文字化(可視化)」することの威力を知ってもらいたい

自分が物書きだからいうわけではないのだが、「書く」という行為にはかなりパワフルな効果がある。
逆に、物書きなので書くことがあたりまえの行為になっていて、あらためてそのことに気づくことができなかった、ということがある。
あらためて「書く」という行為を見つめなおしたときに、気づいたことがたくさんあるので、それについてみなさんにシェアしたいと思っている。

NVCのセッションで、
「なんとなくもやもやする」
「なんのために生きているのか、どう生きていけばいいのかわからなくてつらい」
「自分のことがよくわからない」
「いくつかの選択肢があって決断がつかない」
というような悩みをしばしば聞くことがある。
そんな人がいたらまずは共感的に話を聞くことがNVCの基本だが、話を聞いてくれる人がだれもいないとき、そんな人はどうすればいいだろう。

自分のニーズがわからず、つまり行動が明確にならないときには、たいてい、ぐるぐるした反芻思考におちいっていることが多い。
自分の「かんがえ/思考」にとらわれてしまって、ニーズがわからない、すなわち自分につながれない状態にあるといっていい。

「自分はだめな人間だ」
「なにをやってももう遅い、こんな年になってしまってもう間に合わない」
「人づきあいが苦手だ、どうやって楽しく話していいかわからない」
「だれかに自分を理解してもらえる気がしない」

こんなかんがえがぐるぐる頭のなかをめぐって、打ち消してもまたそのかんがえが繰り返し浮かんできてしまう。

こんなとき役に立つのが、その考えを書き出してみることだ。
最初はばかみたいに感じるかもしれないが、自分でもくだらない、つまらないと思っている思考を、そのまま文字に書きだしてみる。
パソコンでもスマホでも、ノートや手帳に手書きするのでもいい。
ようするに自分のかんがえを文字という物理的なものに「視覚化」してしまうのだ。
なにかかんがえが浮かんでくるたびにそれをやってみる。

自分が書いた文字/文章をあらためて見てみると、頭のなかにある「思考」という抽象的なものが、具体的な形になって頭の外に出されたことがわかる。
書いてみるとわかるが、そのときいったん「反芻思考」は停止する。
視覚化/具体化されたので、もう反芻はしなくてすむからだ。

さてそこに書きだされた自分の思考=文字をあらためてながめてみよう。
そこにどんな自分の感情やニーズがあらわれているだろうか。

視覚化/具体化された文字を読む行為は、自分自身の思考から距離を置き、自分を客観視することになる。
自分をもうひとりの自分が俯瞰して見るような感じだ。
感情とニーズがとてもつかまえやすくなる。

なにか思考が浮かんだとき、それを書きだしてみる習慣を身につけること。
思考には後悔や自分自身への叱責や他人への怒り、恨みといったものも含まれているかもしれない。
なにか計画のようなものも出てくるかもしれない。
とにかくなんでも書きだしてみる。
そしてそれを客観視してみる。

書く習慣を身につけた者は、自己共感のための強力なツールのひとつを入手したことになるだろう。
書く習慣を身につける方法、そしてそれを客観視しそこから感情とニーズを明確にする方法、共感文章講座ではそんなこともシェアできればと思っている。

6月6・7日:オンライン共感文章講座(Text NVC)
メール、ブログ、SNSメッセージなど、文章(テキスト)でのコミュニケーションでお互いに共感したりつながりを作るための表現方法を学び、練習するための講座です。2日連続、それぞれ夜2時間ずつ。