2019年10月23日水曜日

ピアノ七十二候:霜降/霜始降(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
霜降の初候(52候)「霜始降(しもはじめてふる)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年10月22日火曜日

新刊『事象の地平線 末期ガンをサーフする』(Kindle)

新刊『事象の地平線 末期ガンをサーフする』が、アマゾンの電子書籍・Kindleで配信スタートしました。

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2019年5月末に食道ガンが見つかり、精密検査の結果、遠隔転移のある末期(ステージⅣ)であることがわかった。
その後、さまざまな経緯で標準的治療法である抗ガン剤の治療は受けないことにし、放射線の照射治療を選択することになった。
照射は全30回にのぼるが、本書ではその過程をほぼ同時進行でたどるとともに、治療選択にいたる過程や思い、現在から今後にわたってどのように生きていこうとかんがえているのか、可能なかぎり正直に、誠実に書きつづった記録である。
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ダウンロード価格300円です。
Kindle unlimited(読み放題/無料)にも登録しています。
こちらからどうぞ(画像をクリックしてもジャンプします)。

近日、紙本も頒布予定です。

治療終了3日めで体調が劇的に変わった

(写真は近所の廃屋。なぜだか美しさを感じる)

先週の金曜日に放射線照射治療全30回が終わり、今日は照射しない日の4日め。
昨日くらいから食欲がもどってきている。
嘔吐感はまったくなく、ふつうに空腹感がやってきて、ふつうの分量のご飯を食べられる。
ふつうに食べられるということがどれほどありがたいことか、よくわかった。

お通じがよくなった。
照射治療のあいだはずっと、腸がきちんと動いていない感じがあり、ガスがたまったり、お通じも不規則だったり、気持ち悪かった。
それが正常にもどってきた。
不快な臭気も減った気がする。

臭気といえば、匂いに敏感なのは相変わらずだ。
以前は気にならなかったわずかな匂いに気づくことが多い。
臭覚以外の感覚も、ひょっとして鋭敏になっているのかもしれない。

コーヒーが飲めるようになった。
といっても、以前のようにガブガブ飲みたいわけではないが、たまに飲みたくなる。
治療中は飲みたくなって飲んでも、途中で気持ちわるくなって飲めなくなってしまったのだが、そんなことはなくなった。
ひょっとしてアルコール類もそうかもしれないと思って、昨日、ワインをひと口飲んでみた。
おいしかったけれど、アルコールはあまり身体にあわない感じがした。
飲まなくても困らないかな、と思う。

治療期間中に書きついでいたブログの原稿をまとめて『事象の地平線 末期ガンをサーフする』という本に整えてみた。
まずは電子版を先ほどアマゾンKindleのダイレクトパブリッシングに配信登録申請したところだ。
これは紙本にも刷る予定。
こうやって私の生みだしたものがまたひとつ世に出るのは、うれしいかぎりだ。

今日は何年ぶりになるだろうか、中学一年生のときに担任だった加藤恵美子先生を訪問することになっている。
来月の福井県立病院の私のコンサートで、私のピアノ演奏だけでなく、なにやらオーディエンスを巻きこんでやってみたいことがあるらしく、そのお話を聞きに行く。
それだけでなく、ひさしぶりにお会いするのが楽しみだ。

相変わらずたくさんの方から、体調をよくするための方法とか材料とか、食べ物とか、アドバイスが届きつづけていて、それはとてもありがたいことではあるけれど、とても全部は試せない。
いまこの瞬間の自分自身の声に耳を傾け、いまを大事に生きることでとてもいそがしい、ということをお断りしておきたい。

昨夜から降りつづいた雨もあがって、晴れ間が出てきた。
さわやかな秋の空が見えている。

2019年10月21日月曜日

私は私の生命現象をまっとうすることに集中する(末期ガンをサーフする(30))

10月18日、金曜日。午前10時。
最終回・30回めの放射線治療のために東京都立多摩総合医療センターに行く。

9月2日にスタートした照射治療も、これでようやく終わり。
1日も遅刻することなく通った自分をまずねぎらおう。
技師や受付の人たちからも「おつかれさまでした」と挨拶してもらった。

抗ガン剤治療ほどではないとはいえ(たぶん)、思ったよりきつくて、途中でめげそうになった。
この最終週はとくに、病院に向かう足が重かった。
食欲の低下と倦怠感がつらかった。
後半は寝たり起きたりの時間が多い日々となった。

しかし、気がついてみると、食事のときのつかえ感はほとんどなくなっている。
放射線で荒れた粘膜がひりひりすることはあるが、食べ物がつかえて苦しいということはまずない。
痛みもほとんどなく、毎日、日に数回は飲んでいた痛み止めの薬も、いまは飲んでいない。

倦怠感は夜になると強まり、疲労感となってなにもできなくなることが多いが、日中はほぼこれまでどおり活動できている。
これがいつまでつづくのかわからないが、この状態で日々の活動ができていることがありがたく、なにより幸せだ。

ガンになってよかった、というと強がりのように聞こえるかもしれないが、心からそう思うときがある。
それは、いまこの瞬間を大切に、いとおしく感じながら、わがことに集中できるときだ。
また、朝目覚めて自分が生きて存在していることを確認するときだ。
もしガンになっていなかったら、いまも毎日、漫然と起きて、「やらねばならない」ことを義務感と脅迫感と罪悪感からせきたてられるようにこなしていただろう。

もちろん、ガンにならなくても、日々を大切に、マインドフルにすごしている人はたくさんいると思う。
私はだめだった。
思った以上に愚かで、鈍感な人間なのだった。

さて、このあとはどうなるか?
放射線によって食道ガンがどの程度縮小したのかは、一か月後のCT検査と内視鏡検査の結果を見なければわからない。
完全になくなるということはないだろう。
通常は30パーセントくらいまで縮小すれば治療は成功だという話だ。

その後、残ったガンがふたたび肥大化していくのか、転移が進むのか、あるいはしばらくは動かないのか、さらに縮小していくのかはわからない。
いずれにしても、放射線治療はもう受けることはできない。
ガンがふたたび肥大化していく、あるいはリンパ節への転移が進んであちこちにガン組織が増える、放射線による副作用として別のあらたなガンが生まれるなど、いろいろな可能性はある。
または身体の働きによってガンがしばらく沈静化することもまったくないわけではない。

いまの活力をもって動ける状態がどのくらいのつづくのか、私にどのくらいの時間が残されているのかはわからないが、いまこの瞬間、私の意識と身体は明瞭で活発であることはたしかだ。
これがすべてだと思う。
いまのこの瞬間に私をどう生かすのか、そのことをしっかりと味わうことができるのか。

この瞬間瞬間に同時にいろいろなことはやれないが、やりたいことはたくさんある。
そのつど、やりたいことのひとつにフォーカスして、全身的にマインドフルにそれに取りくむこと。
できれば私の生きている証がそこにあり、できればいくらかでもあなたとあなたの生きている世界に貢献し、できればよろこびをもってあなたと交流すること。
これが私の望みのすべてだ。
私の望みは私の生命現象であり、私は私の生命現象をまっとうすることに集中したいのだ。
(おわり)

2019年10月20日日曜日

春野亭日乗 10月19日(土)新曲8曲完成、英語と日本語の朗読、ひよめき塾

木・金と海津賢くんとの音楽製作三昧で、結局4曲仕上がった。
前回の2日間の分も合わせると、通算8曲。
立派なアルバムになる。
この音楽ユニットは「Voice Of Water」という名前だ。
一見ばらばらな曲が、通して聴いてみるとなんとなく統一感があるからおもしろい。

今日の午前中は現代朗読ゼミ。
基礎トレーニングのあと、参加のみなさんがさまざまなニーズがあったので、それぞれの読みを聴かせてもらう。
とくにおもしろかったのが、日本語で朗読するときと英語で朗読するときの違いについての検証だった。

日本語と英語では身体の使い方が違う、とはよくいわれていることだ。
英語だけでなく、他言語でもおそらく違うし、日本語でも方言と共通語では違う。
そのとおりなのだが、より基本的なこととして、そもそも身体が「ある」かどうかが問題だ。

日本語にしても英語にしても、なにかを読むときに、自分の身体がちゃんとそこにある(ことを把握している)かどうかによって、表れてくるもののクオリティはまるで変わる。
そんなことを実際に検証しながら、練習したのが楽しかった。

それにしても、みなさん、遠方からだったり、忙しいスケジュールの合間だったり、わざわざ来てくれてありがたい。

午後はすこし休んだり、ピアノの演奏収録をしたりしてすごす。

夜はひよめき塾。
今回はオンライン参加者が多く、春野亭に直接来たのはふたり。
みっちり9時までやって(私が参加したのは前半だけ)、そのあとはFacebookからSlackへの移行作業などをおこなった。

2019年10月19日土曜日

音楽製作三昧で命の表現(末期ガンをサーフする(29))

10月17日、木曜日。午前10時。
29回めの放射線治療のために東京都立多摩総合医療センターに行く。

毎週木曜日は診療放射線科の担当医師の診察がある。
今回で治療中の診察は最後となる。
体調の波とか、粘膜の荒れとか、食欲不振については、想定の範囲内ということで、治療は順調とみていいでしょうといわれる。

放射線治療は短期的ではなく長期的な副作用があらわれることが多いので(血液ガンなど別のガンが発症するなど)、一度受けるとしばらく受けられないと聞いていた。
そのことを確認すると、
「いや、今回の治療は照射量が多かったので、しばらく受けられないというより、二度と受けられないと思っておいてください」
といわれた。
なるほど、そういうことか。

この日は治療後、作曲家でアレクサンダーテクニークの教師である海津賢くんが国立の家に来てくれて、いっしょに音楽製作をやることになっていた。
この作業は数週間前に一度やっていて、そのときは二日間で四曲のオリジナル曲をふたりで作った。

私が末期ガンをわずらっていると知ったときに、賢くんが、
「なにかやりたいことない? よかったらサポートするよ」
といってくれ、それならというので、いっしょに好きなように音楽を作ることになったのだ。
いまあらたにオリジナル曲を作るにあたっては、やってみたいことや曲のイメージがたくさんあって、プロの作曲家でデジタル音楽のハンドリングにもたけている賢くんにサポートしてもらえるのは、願ったりかなったりだった。

昼前に賢くんが機材を積んだ自分の車でやってきた。
私もひととおりの製作機材は持っているが、とくに音源関係は賢くんが比較にならないくらいの膨大でクオリティの高いものを持っている。

私がキーボードに向かい、思いついたままのフレーズを演奏する。
それを賢くんが音楽製作ソフトのトラックにならべ、音源やイフェクトを割り当てたり、さまざまな操作をする。
ときには彼もキーボードを持ち、リズムの打ち込みとかやる。
まさに二人三脚でどんどん曲を仕上げていく。

設計図も楽譜もない。
曲ができていくにつれ、それがまたインスピレーションを呼び、つぎの展開が生まれたり、予想もしなかったフレーズや音ができあがっていく。

これほど創造的で楽しい時間はない。
音楽という形で私の生命の表現が生まれ、私の生きている証が形になっていく。
これができる活力が維持できていて本当によかったと思う。
生きながらえることにリソースを注ぎこむより、いまこの瞬間の自分自身の生命を感じ表現しきること。
そのためにいまここに私は生きている。

2019年10月18日金曜日

春野亭日乗 10月17日(木)Voice Of Water 音楽製作の1日

昨日(16日・水曜日)は八王子でのNVCダンスフロア合宿を終えたブリジットとルードが春野亭に宿泊して、今朝はのぞみさんが用意してくれた朝ご飯をいっしょにいただく。
ブリジットとルードはそのあと、尾道に向かって出発。
国立駅まで見送りに行った。
ひょっとしてふたりにじかに会えるのはこれが最後なのかなあというかんがえが浮かんで、涙が出てきてしまう。

国立駅からそのまま歩いて多摩総合医療センターへ。
今日を入れてあと3回。
けっこうがんばったなあ。
それももうすぐ終わり。

病院からもどってしばらくしたら、海津賢くんが前回に引きつづき、いっしょに音楽製作するために、たくさんの機材を持って来てくれた。
車で運んできて、駐車場に預け、泊まりがけでいっしょに作ってくれる。
ほんとにありがたい。

まずは腹ごしらえということで、今日は調子もまずまずなので、去年の暮れだか今年のはじめだかに駅前に新回転した〈花笠家〉という横浜家系ラーメンの店に行ってみる。
こってり豚骨ラーメンだが、私にはかなりどんぴしゃの好み。
もっと早く来ればよかった。
体重減少阻止に使えそう。

春野亭にもどり、機材をセッティングしてから、音楽製作に取りかかる。
賢くんと私のユニット〈Voice Of Water〉の通算5曲めとなる曲。
まずはミニマルミュージック風のピアノパターンの演奏からスタートして、つぎつぎとアイディアがわいてくる。
途中、転調して、曲の雰囲気が変わり、どこにたどりつくかわからないわくわくどきどき感のまま、インスピレーションのおもむくまま音を重ねていく。
すごいなー、こんな創造的な時間はめったにない。
時間を忘れて集中していたが、たった1時間くらいで1曲が仕上がってしまった。

休憩をはさんで2曲め、通算6曲めに取りかかる。
休憩中に5拍子のリズムセクションパターンが浮かんできたので、それをまず作る。
自分のなかでは「オスマン帝国」というキーワードがなぜか降ってきていて、沙漠の遠くから巨大な山車のようなものがゆっくりと近づいてくるイメージ。
きらびやかに飾られていて、それに乗っている人々も華やかに着飾っている。
そういうものが近づいてきて、また遠ざかっていく、というイメージ。
とても奇妙な曲になったけれど、楽しかった。

いずれの曲も「聴いたことない」ものになった。
今回はインストのみで、朗読は重ねていないけれど、重ねるかどうかは実際にあとでやってみないとわからない。
このアルバムにはインストの曲もあってもいいかな、とも思う。

夜は(賢くんは)飲みながら、ネットでいろいろな音楽を検索しては、聴いたり話したり、音楽談義で盛りあがった。

ピアノ七十二候:寒露/蟋蟀在戸(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
寒露の末候(51候)「蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年10月16日水曜日

すべてをいまに集約し逆らわずサーフしていく(末期ガンをサーフする(28))

10月16日、水曜日。午前10時。
28回めの放射線治療のために東京都立多摩総合医療センターに行く。

たまらん坂健康バロメーターによれば、今日の体調は十のうち八といったところ。まずまずか。
台風が去ったあと、急に寒くなった。
暖房がほしいくらいだ。
数日前からキンモクセイが香っている。

「あと三回ですね」
と、すっかり顔なじみになった技師がいう。
「お変わりありませんか?」
いつもそのように声をかけてくれる。
仕事だろうとは思うが、気遣いを感じてうれしい。

これより先は技師同伴なしでははいれない放射線管理区域へと、厳重な自動ドアをくぐってはいっていく。
奥には広々とした部屋があって、カーテンで仕切られた着替えのスペースがふたつと、寝台がひとつ、ほかにはさまざまな機器類が置かれている。

ロッカーキーやスマホをカゴに入れ、靴をスリッパにはきかえて、細長い寝台のところに行く。
技師がふたり、介助してくれる。
寝台に横になる。
先に上半身だけ着替えていて、簡素な病院着だが、横になるとその前を技師がひらく。
私は両手を万歳のかっこうで上にあげ、設置してあるハンドルを握る。

私の胸の皮膚に描かれたマークを基準に、技師がふたりがかりで身体の位置を照射のために合わせる。
ミリ単位の微妙な位置合わせで、ときどき専門用語が飛びかう。
92・4という、なんの単位かわからないいつも同じ数字が聞こえる。

真上に巨大な円盤のような機器がまわってきて、真上と斜め上の二か所で位置合わせがおこなわれたあと、技師ふたりは部屋を出ていく。
しばらくするとブザー音が聞こえ、たぶんX線照射が何秒間かつづく。
斜め横からと真上から、二度照射されたあと、円盤がぐるりとベッドの下へと回りこんでいく。

技師がひとりもどってきて、なにやらガシャンガシャンとベッドの土台あたりを操作して、出ていく。
またブザー音。
もう一度技師がもどってきて、円盤の角度を変えてもう一度。
都合四回のみじかい照射が終わると、お疲れ様。

受付で翌日の治療の予約をして、あとは支払いをすませて病院を出る。
ほとんど午前十時からの予約で、私が家を出るのは午前九時すぎ。
治療が終わって家に帰ってくるのは、遅くても午前十一時前。
一時間半から二時間弱の所要時間だ。
これを三十回おこなうわけだが、所要時間も短く、通院ですむので、負担はかなり少ない。
体調の変化はもちろんあるが、日常の生活や活動に大きな影響がないことがありがたい。
このことが私にとってとても大切であり、また幸せなことでもある。
いまを生きる。

ただ、体調の変化は治療が進むにつれてやや大きくなっていて、とくに夜の活動はきつくなってきた。
武術も夜の講習会には参加するのがむずかしくなってきている。
サーフィンもまた行きたいのだが、寒くなってきているし、体力の消耗をかんがえると、今後の体調の変化を見て判断する必要がありそうだ。

とはいっても、一度はやってみたいと思っていたサーフィンを何度かできたことは幸せなことだ。
もちろん、またやれるといいなと願ってはいるが、今後の状況はわからない。
すべてをいま現在に集約して受け入れ、逆らわずサーフしていきたい。