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2018年12月11日火曜日

初雪、氷点下、実家音読カフェ、共感本2019準備

北陸の実家に帰省中だが、日曜日は遅い初雪が降った。
積もるほどではなく、このまま暖冬ですぎてくれればいいのにと思っている。
去年というか、今年の初めはほんとにひどい雪だったので、実家の古い家屋も被害がけっこう出た。
今シーズンはそんなことがなければいいのだが。

今朝は氷点下になった。
これも今シーズン初、かな。
未明の星がめちゃくちゃきれい。
西には牡牛座のアルデバラン、東には明けの明星(金星)がびっくりするくらい明るく輝いている。

今日の午後は音読カフェを実家のリビングで開催。
テキストはなにを使おうかな。
一か月ぶりに常連のみなさんとお会いするのが楽しみ。

帰省中はもっぱら、もうすぐリリース予定の『共感的コミュニケーション2019』の執筆・編集作業をおこなっている。
タイトルは変えるかもしれない。
これまでにメルマガやブログに書いた原稿をもとに、リライトしたり再編集の作業をおこなっているのだが、それにしても今年も書いたなあ。
作業量が半端じゃない。

明日は車検を終えた車で岐阜各務原に移動して、澪ちゃんち〈花寧香くらぶ〉で水城ゼミを開催。
これを含め、年内のイベントはいよいよ残り少なになってきた。

日曜日は共感音読カフェの最終回を国立春野亭で開催する。
以後、しばらく開催予定がないので、タイミングが合う方はぜひご参加ください。

2018年12月10日月曜日

私的発見:お風呂で温まりすぎると風邪をひく

ここ何年も——正確には2011年以来7年間——風邪で寝込んだことが一度もないのだが、古くから私を知っている人は信じられないことだろう。
というのも、若いころからけっこうな虚弱体質で、年に何度かはかならず寝込んで何日か「使えない」状態におちいることが普通だったし、インフルエンザには毎年かならずといっていいほど罹患していたからだ。

最近は風邪をひいたり、体調を若干くずすことはあっても、寝込んでしまうようなことはまずない。
自分でも丈夫になったものだなあと思う。

風邪をひいたり、体調が低下するのは、決まっていまの時期——11月下旬から2月にかけての冬の時期で、ようするに寒さに弱い体質は昔から変わっていない。
ただ、寝込んでしまうほど悪化しない体質というか、免疫力が50代なかばにしてついてきたということだろう。

今年もちょうど一週間くらい前から風邪をひきかけて、鼻とのどの調子がぐずぐずしていたのだが、熱を出して寝込むほどにはいたらなかった。
二、三日、不調がつづいたが、徐々に回復して、いまはほぼ完調(の九割くらい)になっている。

で、最近、ふと気づいたことがある。
お風呂と風邪の関係だ。

子どものころから風邪をひいたら風呂にはいってはいけないと(私の家では)教えられてきた。
たしかに風邪をひいているときに風呂にはいるとしんどい。
風呂はがまんして、温かくして、水分をたくさんとってせっせと汗をかく、という治療法が推奨された。
しかし、大人になって世間を見渡してみると、世の中にはさまざまな治療法についての情報があって、なかには風呂にはいることを積極的にすすめるものすらある。

つまりいろいろな情報があり、考え方があり、また人それぞれの体質があるので、なにがいいということは一概にいえない、ということだ。
私が最近気づいた以下のことも、あくまで私の体感覚からきた話だということを強調しておきたい。

一日の終わりに風呂にはいって温まり、体温をあげて十分な睡眠をとることが、風邪にかぎらずさまざまな病気を予防するのに役に立つとよくいわれている。
たしかにそうなのだが、風呂にはいって「温まりすぎる」と、逆に身体は冷えてしまうような気がする。

温泉などに行って、貧乏根性から(笑)できるだけ長くはいっていたい、存分に温まりたいと思って、長風呂したあと、よく観察していると、身体はかえって冷えてしまうのだ。
高くなった体温を身体は懸命にさげようとして、汗をかきつづける。
必要以上に汗をかいて、かえって身体が冷えてしまうというようなことが起きる。

逆に、ちょっと寒いかな、全然十分に温まれなかったなと感じているようなとき、身体は結果的にぽかぽかと温まってくる。

冬場はシャワーではなく、できればゆっくりと湯船につかって温まりたいものだが、時間がなかったり面倒だったりしてシャワーでささっとすませてしまったとき、身体は十分に温まった感じがないのに、そのあとでなんだかぽかぽかと温かくなっていたりする。
ちょっと寒さを感じたとき、身体は逆に自分自身で体温をあげて防衛しようとするのではないだろうか。

なので最近は長風呂は控える、入浴は時間がないときはシャワーでも十分、汗をかくほど温まりすぎるのはかえって身体を冷やしてしまう、という方針で入浴するようにしている。

やる気が出ない/なんにもする気になれない、という人へ

ある男が、自分の進むべき方向性がわからず、コーチングを受けたと思ってくんねえ。

彼はなにかスキルを身につけたり、自分の能力を発揮できる職業に就いて、生活が安定したり社会に貢献できるようになればいいなと思っている。
つまり、ニーズははっきりしている。
が、その方法がわからない。
なにか目標を決めて勉強しようとしても、やる気が起こらない、毎日これをやると決めていざ取りかかろうとするも、なんにもする気になれずだらだらとすごしてしまう。
そのことについてあせりを感じるし、罪悪感もある。
自分がだめな人間だという失望感や、このままいくとどうなってしまうんだろう、すでに手遅れで社会から乗り遅れてしまったんじゃないかという絶望感もある。

思いあぐねて、コーチングを受けてみることにした(私の、じゃないよ)。
いろいろアドバイスを受けたのだが、もっともわかりやすいものがつぎのようなものだった。

 目的地(ゴール)を明確にする
 ゴールまでの道順を明確にする
 車(自分)のガソリンを満タンにする

車(自分)にガソリンが十分にはいっていて、目的地と道順がはっきりしていれば、たどりつくのはたやすい、という。
コーチングという手法には、それらを明確にするプロセスが用意されていて、多くの人にわかりやすく、役に立っている。
なるほど。

しかし、私はすこしちがう考えを持っている。
そもそもどうやったらガソリンを満タンにできる(やる気を出せる)?
目的地がはるかに遠くだったり、そこにいたる道順がはっきりわかっていない場合、出かける気になれるか?

私が提案したいのは、人が生きるためには——あるいは自分をいきいきと生かすためには——目的地も道順もいらない、ということだ。
ガソリンをあらかじめ満タンにする必要もない。
必要なのはただひとつ、エンジンをかけて動きだしてみること。

若い人は知らないだろうが、私が子どものころの車といえば、クランクを回してエンジンを始動させていた。
つまり、人力でシャフトを回転させて、その勢いでエンジンを始動させていたのだ。
エンストしたら(じつにしばしばあった)、何人かで車を押して、ある程度スピードが出たらクラッチをつないでエンジンを始動させたりもしていた。
押しがけというが、バイクレース(マン島TTとか)などで比較的最近まで採用されていたので、知っている人もいるかもしれない。

人間の身体もこれに似ていて、実際に動きたかったら、初動が大切なのだ。
やる気があるとかないとかいう以前に、まず動かしてみる。
身体を起こして、足を踏みだしてみる。
家から出て、外をひと回りしてみる。

どうやったらやる気が出るだろうか、とか、自分はどうしたいのだろうか、とか、目標はなんだろうか、それを達成するにはどうしたらいいだろうか、とかんがえていても、それはあくまで「かんがえ(思考)」にすぎず、動きではない。
いくらかんがえても車は動きださないし、かんがえればかんがえるほどますます動けなくなってしまう。

まずは動いてみる。
すると、ガソリンがどのくらいあるのか、もっと遠くに行きたがっているのか、どんどん動きたくなってくるのか、どちらに向かっていきたいのか、あるいはやはり休んでいたいのか、はっきりとわかる。
動いてみて、ガソリンがまったく空っぽで1メートルも走れないということはめったになく、たいていは補給できるどこかへ行くくらいの燃料は残っている。
それもなければ、だれかにヘルプを出して、ガソリン補給を手伝ってもらうこともできる(私のようなサポートできる者に依頼する)。

動く、というのは、ほんとに物理的に動くことで、身体を動かしてみる、部屋を片付けてみる、掃除してみる、そういうことでもいい。
できれば靴をはいて、玄関から一歩外に出てみるのがいい。

そのときに重要なのが、「かんがえ」からできるだけ離れることだ。
方法としては「かんがえ」の代わりに「観察」をすることだ。
自分自身を観察する。
動いてみたとき、どんな感じがするのか、歩いて動いている自分の手足はどうなっている?
呼吸は? 姿勢は?
どこかに痛みはある? 不具合は感じる? 順調さはある?

観察したら、できればそのことを言語化して、ノートなどに書きつけてみるとさらによい。
思考から観察へ。
これを習慣化する。

自分という車が動きだしたときはじめて、自分自身が実体化し、なにが必要なのか、どこへ行きたいのか、どこまで行けそうなのか、はっきりするだろう。

2018年12月9日日曜日

韓氏意拳中級講習会で古(いにしえ)の體(からだ)に遭う

先日はタイミングが合ったので、新大久保まで行って、日本の韓氏意拳の総帥である光岡英稔導師の中級講習会に参加してきた。
中級とはいえ、韓氏意拳中級の教程にそって講習をおこなうわけではなく、中級の資格取得者向けにより踏みこんだ内容の稽古をする、という内容のものだ。

私はそもそも、中級教程そのものもまだ十分に稽古できているとはいいがたく、有資格者向けの講習会に参加するのはためらいがあったのだが、光岡先生の会はユーモアもまじえて参加しやすく楽しいものであった。
もちろん、光岡先生ならではの深い武術体系の知見を体験させてもらって、自分の身体のことではあるが、発見の連続だった。

とくに今回は武具(槍に見立てた長竿)をもちいた、韓氏意拳以前の武術体系にある式をやってみることで、身体がなにをいっているのか、なぜそうなっているのかを身体で実経験するという、日ごろのひとり稽古にも生かすことができるものをたくさん教示していただいた。

私が6年前に入門して以来、韓氏意拳では現代人が見失いがちになっている自分本来の身体そのものや、それが持つ能力を丁寧に整え、武術という行為に生かすことを稽古している。
たしかにいまの私たちは自分の身体があまりにも見えていない。
(なので、わざわざマインドフルネスの練習などというものが必要になってくる)
自分の身体が見えはじめると、その身体にそなわっている本来的な能力が発揮されてくる。

単純な「相手を押す」という動きでも、自分の身体が見えてくるだけで、まるで体重が一気に増えたかのような作用が自分と相手に生じたりする。
不思議なのだが、べつにオカルティックな話ではなく、たんなる物理作用の話だ。
これがおもしろくてたまらない。

習えば習うほど、稽古すればするほど、明治維新以降の近代教育のなかで私たちが失ってきたあまりの多くの貴重な身体のことを、あらためて知ることになる。
いまの、そしてこれからの私たちに必要なのは、まさにここにあるんじゃないかとすら思う。

韓氏意拳はあくまで武術体系だが、そこから得られたり気づいたりするのは、たんに武術にとどまらない。
私たちが生活し、働き、交流し、生きていくことそのものにかかわる、とても大切なことのひとつを教えてくれる。

2018年12月8日土曜日

定期開催の身体文章塾は年内で終わります

毎月3回開催をつづけてきた「身体文章塾」を、年内をもって定期開催を終えることにした。

もともとはNPO法人現代朗読協会主催の現代朗読ゼミのスピンアウトとして2010年に「ブンガク部」としてはじまったものだ。
翌年、ブンガク部から「次世代作家養成講座」として正式に講座枠となり、機関誌『HiYoMeKi』も発刊された。

その後、身体文章塾として現代朗読協会とは独立した講座枠として私個人の主宰となり、現在までつづいてきた。

もっとも古株のメンバーとして、現在も参加している奥田浩二くんがいる。
次世代作家養成講座時代からのメンバーなので、たぶん7、8年は付き合ってくれていることになる。
2016年には知念満二さんも参加し、たくさんの傑作、怪作を書きとぱしてくれたが、昨年からは長編小説の執筆に挑戦した。
奥田くんも同時に長編執筆をスタートさせた。

知念さんの長編はこの10月に一応の完成を見た。
あとはリライトの作業が残っているだけだ。
奥田くんはまだ結末までたどりついていないが、先は見えてきている。

私自身、この塾に提出するための作品をいくつか書いたが、自分自身、書きあげてしまいたい大きなものがいくつかある。
そこで、この年末をひと区切りとして、身体文章塾の定期開催をいったん終了することにした。

思えば今年2018年はさまざまなことにピリオドを打った年だった。
2011年以降、自分で主催したり、カフェなどさまざまな場所で展開してきた共感的コミュニケーションの勉強会の場も、ぱたぱたと閉じさせてもらった。
自分の活動拠点である国立春野亭での共感編み物カフェも、先月で最後にしようと決めたし、あと1回を残している共感音読カフェも、12月16日の回を最後に年内で終了することにした。

残っているのは、本当に必要としている人のための個人的なセッションの受け入れと、名古屋天白および岐阜各務原のワークショップがひとつずつ。

スケジュールを整理してみたら、おどろくほど時間があることに気がついた。
これはお祝いだ。
書きたかったこと、作りたかったもの、やりたかった表現に、まっすぐに向かっていくことができる。
私はもともと、生まれついての作り手=作家なのだ。

定期開催は終了するが、身体文章塾という場はオープンにして継続しようと思う。
書くことを楽しむ方、テキストで表現しあうことを楽しむ方、私も含むそんなみなさんが場をつづけていってくれればうれしい。

現在、フェイスブックのクローズドグループで作品などのやりとりをしている身体文章塾だが、ちかくオープンにしてどなたも参加できるようにするので、よかったら参加してみてほしい。

心筋梗塞か狭心症か? という胸の痛みは無事に解消した

先月末くらいから一週間くらい、胸の中心部にいやな痛みがつづいていて、気になっていた。
最初はよくある肋間神経痛かと思ったが、場所がみぞおちのすぐ上の胸骨(胸板)下部の内側なので、なにかちがう痛みだ。

変な圧迫感があって、それが不整脈が起きたときのような感じにも似ていて、心臓の不調かとも思えた。
運動しているときより、寝起きやデスクワークをしている安静時に痛みが気になる。

しばらくつづいて一向に収まる気配がないので、しかたなく近所のハートクリニックに行った。
予想どおり、24時間心電図を取るホルダー検査というのをすることになった。
これは20年以上前に一度やったことがある。

そのときは不整脈が頻繁に起こるのが気になったのだが、とくに異常はなかった。
私の父方の家系が心臓病が多く、私の妹も手術が必要なほどではないが、幼少のころから弁膜に異常があって、出産のときも医師と相談しながら進めていた。
父方の従兄弟は、私がまだ子どものころ、32歳という若さで心臓発作のために急死しているし、父の母、つまりおばあさんは49歳で亡くなっている。

しかし、いま思えば、不整脈はストレスが原因だったんだろう。
今回はとくに強いストレスがあるわけではないので、原因がわからない。

ホルダー検査は、結局、予想どおりではあったが、異常は検知されなかった。
それにしても、最近の検査はすごいね。
あっというまに、目の前で、検査の分析結果が出てくる。
心臓には異常なし、心筋梗塞も狭心症もなし。
念のためにエコー検査もしたが、肥大も弁膜も血流も正常。
まだ当分はありがたく使えそうだ。

では、なにが痛みの原因なんだろう。
と思っているところに、山形の韓氏意拳の教練の高橋透先生から電話をいただいた。
私のSNSでの書きこみやレスポンスのようすを見て、気にかけてくれてのことらしい。
本当にありがたいことだ。

頭蓋仙骨治療院を開いておられて、毎日おおぜいの患者さんと接しておられるだけあって、的確な質問と見立てをしていただいた。
思いあたることばかりで、その対処法も教えていただき、さっそくやってみた。
その日のうちに痛みは軽減し、翌日にはもう治ってしまった。
これにはびっくり。

高橋先生がされているような東洋医学は、患部だけ部分的に見るということをしない。
つねに全体性のなかで見ていて、自分では思いもつかないような場所同士の関連性を調べていく。
そのような知見を無数に蓄積しておられて、日々の勉強もおこたらない。

12月23日と24日には、昭島の韓氏意拳の教練・駒井雅和先生のK-Studioで隔月で開催している治療会があるので、そこでお会いするのが楽しみだ。

2018年12月4日火曜日

映画:祝福(いのり)の海

音読トレーナーのいしはらまなみがいよいよ社会活動をスタートしようとしていて、その第一歩となる映画上映会を川崎市多摩区のコミュニティハウスで開催するというので、出かけてきた。

〈MUKU〉というコミュニティハウスで、いただいたちらしによれば、映画上映会のほかにもお絵描き教室やヨガ、お話会など、いろいろなイベントをもよおしているらしい。
とても気持ちのいい家で、今回の上映会にも赤ちゃん連れの若いママが何人も参加していたのが印象的だった。
近隣地域のママのちょっとしたコミュニティのようになっているのかもしれない。

いしはらまなみはいずれこちらで、音読カフェを開催したいと思っているらしくて、もちろん私も応援したい。
音読カフェにかぎらず、ママカフェや共感カフェもきっといいだろうし、デジタルピアノを持ちこめるなら親子連れで参加できる歌や音楽のイベントも楽しいだろうな、なんて想像していた。

映画は東条雅之という、監督というか映像ジャーナリストといったほうがいいだろう、若い人が作ったもの。
自分の旅の軌跡をそのまま記録映画にしたものだが、旅路そのものがストーリーになっている。
監督の正直な興味、関心、好奇心が、問題をとらえ、ときにはしっかりと踏みこんでいく。
そしてふたたび、旅のスタート地点である山口県の〈百姓庵〉へと回帰していく。

編集の巧みさもあってのことだろうが、押しつけがましくなく貫かれているテーマ性が、こちらに大きな影響を与えてくる。

原発問題などシビアな問題を、批判精神を持ちながら切りこんでいるのだが、そこにはだれをも攻撃することなく対話や見守り、よりそうことを大切にする姿勢があらわれていて、新鮮だ。
ドキュメンタリー映像はとかく、批判の攻撃性を持ってしまうことがあるが、この映画はそれがない。
たぶん、あたらしい感覚のドキュメンタリー映像作家のひとりになるのだろうと思うし、このような作家がいま何人かあらわれてきているような気がして、希望を感じる。

多くの人に観てもらいたい映画だ。
とくに、原発反対派に反感を持っている人や、肯定派、推進派、より豊かな社会をめざして現体制や政権に協力的でありたいと思っている政治家や経済人にも、観てもらいたいと思った。
とはいえ、今日は若いお母さんたちや女性が観にきていたというのも(男の参加者は私ひとりだった)、希望と平和を感じる風景だった。

このような上映会をもよおしてくれたことについて、いしはらまなみに「ありがとう」をいう。

2018年12月1日土曜日

ひさしぶりにオープンマイクに出よう

ゼミ生の雪子さんは今年2018年の年頭の目標のひとつに、
「朗読でオープンマイクに出る」
というものをかかげていたことを思いだしたらしい。

先日の個人ゼミでは、オープンマイクで読むためのテキスト選びとその練習をした。
なかなか興味深い絵本を選んできたので、まずは聴かせてもらった。
みじかいお話がいくつかはいっている本で、どれも独特のイマジネーションに満ちた不思議な世界だ。
砂漠の話なので、ちょっと『星の王子さま』っぽいテイストもあるが、実際に舞台になった砂漠はサン=テグジュペリの飛行機が遭難した場所に近いあたりらしい。

オープンマイクの時間枠にもよるが、持ち時間が5分くらいのみじかい枠なら話をひとつ、10分とか15分あるならふたつかみっつ続けて読めばいいかもしれない。

実際に動画を収録しながら、立って読んでもらった。
なにか演出しよう、気づいたことがあれば指導しよう、と手ぐすねひいていたのだが、まったく口を出す余地がない。
つまり、いきいきと自分自身の正直な表現で、奇をてらわず、いまこの瞬間の自分の身体とともに動いている朗読。

現代朗読をずっと練習してきた成果が目の前にあるのを見て、私自身感動してしまった。
オープンマイクで発表するのが楽しみだ。

あとで調べたら、12月24日昼に吉祥寺の曼荼羅でオープンマイクがあるようなので、雪子さんと、野々宮卯妙と、私もそれぞれエントリーしてみることにした。

2018年11月30日金曜日

ウェル洋光台のみなさんと戸谷さんに会ってきた

横浜のシェアハウス〈ウェル洋光台〉を訪ねてきた。

こちらでオーナー代行をされている戸谷浩隆さんとは、今年5月にガイアエデュケーションの講師で鈴鹿に行ったとき、初めてお会いした。
お名前は存じあげていて、戸谷さんも私のことを気にしてくれていたようで、初めてお会いしたときは共感的コミュニケーションについてうれしい質問攻めにあったのを覚えている。
そのときの戸谷さんの話もおもしろくて刺激に満ちていた。
なので、近いうちにウェル洋光台に遊びに行きますと約束して別れたのだが、ようやくいまになってそれが実現した。

事前の情報や戸谷さんの話から、ウェル洋光台はとても素敵なところなんだろうなと想像していたのだが、想像以上に素敵なところだった。
かつてある会社の女子寮だったという建物をシェアハウスとして使っているのだが、戸谷さんたちが古道具屋でみつくろってきたさまざまな調度品がすばらしく素敵で、居心地のいい空間を作っている。

とくに私が気にいったのは、一階の公共スペースとなっているリビングとキッチンだ。
ともに広々としていて、しかし古道具などの調度品でほどよく生活感のある落ち着いた雰囲気になっている。
住民はそこで思いおもいにつどい、自分の好きなことをしたり、話をしたり、子どもをあやしたりする。

キッチンには大きなテーブルがあり、また過去の住人も含むいろんな人が持ちこんだ調理器具がそろっていて、どんな調理もできるようになっている。
大きな鍋や巨大なオーブンがあるのも、シェアハウスならではだろうか。

そのテーブルに向かって調理したり、食材の準備をしたり、あるいは調理とは関係のない手仕事をしたりして、ただそこにいるだけでも居心地がいい。
私がめざす「縁側的共感空間」が実現している。
私が住人だったら、きっと一日中キッチンにいりびたっていることだろう。
料理をしたり、編み物をしたり、本を読んだり、だれかと話をしたり。
居眠りしたくなったら、隣のリビングに行って、ソファに横になる。

リビングは庭に面していて、庭の外側は崖になっている。
まさに陽光が降りそそぎ、風が通りぬける。
畑があり、野菜やハーブが育てられている。
また烏骨鶏が二匹放し飼いになっていて、これがまたかわいいんだ。
卵も産んでくれるらしい。

私はこの庭に日本みつばちの養蜂箱を置きたくなった。
絶好の立地だと見た。
この庭もそうだが、見渡したところこのあたりはそこそこ、緑地が点在しているようで、蜜源もおそらく充実しているだろう。

そういうこととは別に、戸谷さんは私が来るのを待ちかまえてくれていたようで、さっそく最新のアイディアを、ノートを広げて教えてくれた。
人が自由に、安心して、お互いに共感しあい、そしてクリエイティブになれるための具体的な方法が示されていて、私もインスピレーションを受けてわくわくした。
このアイディアはぜひとも本に書いてもらいたいと思い、そう伝えると、
「まっ先に読んでもらいたい」
といってくれたのがうれしかった。

ウェル洋光台にはまたちょくちょく遊びに行きたいし、戸谷さんのアイディアが熟成していく経過話をさらに聞いてみたいと思っている。
今回はみじかい訪問だったが、あらためてゆっくりと。
歓迎してくれたウェル洋光台のみなさん、そして戸谷さん、ありがとうございました。
近いうちにまたお会いしましょう!