ページ

2018年1月18日木曜日

MacBook Pro のダウングレードを決行

いつからなのかもはやさだかではないが、私のメインマシンは仕事もプライベートもここ10年くらいずっと、MacBook Pro を使ってきた。
たしか最初が MacBook Pro 15インチで、もちろんハードディスクを内蔵しているタイプだった。
それで執筆はもちろんのこと、オーディオブックの収録から編集、音楽製作、映像編集まで、なんだってこなした。
ハードディスクの容量を増やすための換装を何度もやったし、ソリッドステートドライブ――フラッシュメモリを搭載したSSD――が出てきたときにはその換装も手慣れたもので、あまり使わなくなったCDドライブを取りはずしそこにハードディスクを移動させ、メインのドライブにSSDを入れて改造したりもした。

その後、最初からSSDを搭載した MacBook Pro 13インチに乗りかえ、それを長らく使っていた。
途中、サブマシンとして MacBook Air や無印の MacBook(12インチ)を使ってみたこともあるが、メインは13インチのProだった。

一昨年の暮れにタッチバーを搭載した MacBook Pro が出たとき、長らくモデルチェンジをしていなかったProシリーズがいよいよ満を持した感があったので、思いきって15インチに乗りかえ、この一年あまり使いこんでいた。
広い画面はなかなか快適だったが、なにせ重いのと、タッチバーは(私の使い方では)無用の長物だったことと、キータッチが不満だったのとで、なんとなく残念な感じがつづいていてすっきりしなかった。

いろいろ考えて、この際、思いきってダウングレードすることにした。
15インチを下取りに出し、13インチのタッチバーではないノーマルタイプのProに乗りかえることにしたのだ。

それを、今日、韓氏意拳の稽古の合間にそれを完了した。
いやー、はっきりいって快適。
ダウングレードを決断してよかった。
キーボードもJISからUS配置にもどした。
私はかな入力派なのだが、かなが印字されていないUSキーボードでかな入力するという、変態的なスタイルも気にいっている。
日本語入力のための切り替えやキー配列の多少の交換などは、Karabinarという常駐ソフトを使っている。

ちょっとした便利ソフトをちょこまかと使っているのだが、それらについてはまたあらためて紹介したい。

2018年1月17日水曜日

共感的コミュニケーションにおける「契約」問題

15日(月)の午前11時から、共感音読カフェを開催した。
平日の開催で参加者があまり多くなく、ときには参加者がいなくて開催が流れてしまうこともあったので、今年から基本的に土日に開催しようかと思っていたのだ。
自分のリソースの有効性と持続性のニーズにためだ。
とはいえ、平日日中の開催を望む声が何人かから届いたので、それに応えることにした。
こちらは貢献とつながりのニーズを満たすためだ。

15日は旧ゼミ生のヤザワちゃんが直接国立に、鈴鹿のえりこさんがオンラインで参加してくれた。
ヤザワちゃんはとくに話したいこととかやってみたいことはなくて、ただ私の顔を見に来ただけだといっていたのだが――それはそれでうれしくありがたい――、話をしているうちにいろいろ出てきて活発になった。
えりこさんはちょっとした気がかりがあって、それをシェアしてくれた。

いずれも家族のような親密な関係の相手とどのようにつながるか、気がかりがあるときに自分にどんなことが起きているのか、気づいたり、自己共感したりする時間となった。
私にも大きな気づきがあって、ありがたいと思った。

とくに私にとって大きかったのは、共感的コミュニケーションにおける「契約」についてだ。
契約、なんていうと、なんとなく共感的コミュニケーションにはそぐわない言葉のように聞こえるが、通常の社会的な意味とはすこしちがう意味がこめられている。
「お互いのニーズを満たすために、お互いに合意した上での約束ごと」

子どもがお母さんになにかを約束する。
お母さんも自分のニーズを伝えて子どもの約束を聞き入れ、自分も約束をする。
この契約においてもっとも重要なことは、もし契約がやぶられたときにどうするか、だ。

通常の社会契約においては、契約違反にたいしては罰則が適用されることが多い。
罰則が契約の履行の確実性をうながすとされている。
しかし、共感的コミュニケーションにおいては、罰則という考え方はない。
もし約束が履行されなかったとき、そのニーズに共感し、また満たされなかったお互いのニーズについてももう一度確認しあう。
その上で、契約の見直しをする、というプロセスを踏む。
そうやって繰り返しニーズを確認し、契約を更新していくことで、お互いに大切にしあえる人間的な関係性を粘りつよく作りつづけていくのだ。

ところで、今年から共感カフェに音読カフェも合体した欲張りな内容にすることにした。
しかし、ここで問題がひとつ。
オンラインで遠隔参加している人と、どのように音読エチュードをやるか。

実際にやってみたことがあるのだが、音読エチュードの群読をやろうとしても、ネット経由だとタイムラグが生じて、同時読みがずれてしまうのだ。
エコーのようになってしまって、うまく合わせることができない。
なので、同時になにかを読むエチュードはできないことがわかっている。
しかし、音読エチュードはほかにもさまざまなものがあるので、タイムラグがあっても大丈夫なものを採用すればいいし、あらたにそういうものを考案してもいいだろう。

そんなわけで、次回の共感音読カフェまでに、ネット参加者もタイムラグを気にせずに参加できる音読エチュードをいくつか用意しておくことにした。
遠方の方も、自宅からの方も、どうぞチャレンジしてみてください。

次回の共感音読カフェは1月20日(土)午後2時からの開催となっている。
またその前には、私が出向く共感カフェが3つ連続である。
17日(水)夜に下北沢の旅カフェ〈ステイハッピー〉で、18日(木)午後にやはり下北沢のカフェ〈かまいキッチン〉で、19日(金)昼に国立の古本カフェ〈門〉で、それぞれ共感カフェを開催するので、タイミングがあえば気軽にご参加ください。

1月開催:共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
心身の健康向上・調整・未病・活力向上に力を発揮する音読療法(ボイスセラピー)と、人間関係や自分自身とのつながりの質を作ることに力を発揮する共感的コミュニケーションを組みあわせていいとこ取りをするカフェ形式の勉強会です。1月の開催は20(土)/27(土)、いずれも14時から約3時間です。

2018年1月16日火曜日

共感文章講座がますますおもしろくなってきた

昨日は共感文章講座を国立春野亭と、zoomというミーティングシステムを使ってオンラインで開催した。
参加者は3名と少人数だったが、たいへん楽しく、創造的に、いきいきとやらせてもらって、私もありがたかった。

NVCをベースにした共感的コミュニケーションの考え方にもとづいて文章を書く講座というのは、全世界的にNVCが学ばれているいまでも、おそらく私のところだけではないかと思う。
たしかにユニークな内容であり、しかしちゃんとNVCにもとづいた正当的な手法であることに、私は自信を持っているし、参加者にもおもしろがってもらえている。

いったいどんなことをどんな風にやっているの? と思われるかたも多いだろう。
実際に参加してもらえればわかるのだが、ちょっとだけ説明を試みてみたい。

共感的コミュニケーションでは「自分につながる」ことを大切にしていて、そのときに自分の感情とニーズに注目する。
自分の感情を味わい、その奥にあるニーズを理解することを「自己共感」という。

文章を書くときもニーズがあり、当然のことながらだれかが書いた文章もニーズにもとづいている。
書いたり読んだりするときも、自分がなにを大事にしているか、あるいは書き手はなにを大事にしてそれを書いたのかに注意を向けたとき、ある独特の風景や感触が見えてくる。

自分のニーズにつながって書かれた文章と、そうでない文章とでは、なにかが大きく異なっている。
とはいえ、感情やニーズをストレートに吐露しても、読み手には受け取りにくい文章となってしまう。
では、どうすればこちらの感情やニーズ、あるいは意図を、読み手に伝えることができるのか。

そのことを検証しながら実際に書いてみる、というワークを、私が考案したプロセスを踏まえておこなってみるのが、この共感文章講座だ。
案内役の私も大変おもしろく、毎回たくさんのインスピレーションをもらってわくわくしている。
そしてこの講座は、テキストでコミュニケートすることが劇的に増加している現代社会に生きる者にとって、大変有用であり、多くの方に参加してもらいたいと思っている。
オンラインでも気軽に参加できるので、気になった方はぜひともご参加ください。

2月25日:共感文章講座(自己共感を用いた文章表現)
2月25日(日)午前11時から約6時間、共感文章講座を開催します。水城ゆう( mizuki-u.com )が長年つちかってきた文章術、指導法に加えて、共感的コミュニケーションにもとづいた共感のプロセスも取りいれたユニークな方法を練習します。オンライン参加も可。

2018年1月15日月曜日

現代朗読で「読む」のは本ではなく自分自身

昨日の午前中は今年2018年初の現代朗読ゼミを開催した。
参加者は、ゼミ生が1人と、単発参加の人が2人だった。
単発参加のうちの1人は常連といってもよく、もう何度目かのリピーターであるが、毎月必ず参加できるとは限らないので、まだゼミ生にはなっていない。
しかし、気持ちはゼミ生であるとのこと。

もう1人は完全な初体験の人で、朗読自体もこれまで習ったことはないとのことだった。
現代朗読や音読療法、そして共感的コミュニケーションに興味を持ってこちらにやってきたそうだ。

初参加の方がおられたので、現代朗読が何をやっているか、何をめざしているか、どんなことをやるのかを簡単に説明をする。

現代朗読の最大の特徴は、本やテキストを伝達のために読み上げるのではなく、自分自身を表現するために朗読という表現行為を使うところにある。
伝達のための朗読行為は、朗読者を取り替え可能であるが(取り替えても目的は達せられる)、表現のための朗読行為は表現者を取り替えることができない。
逆に本やテキストは取り替え可能となる。
表現者としての朗読者が確立していれば、何を読んでもその朗読者の表現となるわけだ。

そういう立ち位置の朗読をするために何が必要かということを、現代朗読協会常に考えている。
朗読者は自分の朗読表現を見つけるために、自分自身のオリジナリティーに鋭く接近する必要がある。
つまり、自分自身を知り、自分自身を観察することが必要なのだ。
また、自分自身とは、自分自身に起こっていることや自分自身の身体性に気づき続けることに他ならない。

現代朗読では「本を読む」のではなく本を読んでいる「自分自身を読む」ことを心がける。
本を読んでいる自分自身がどのように変化し何が起こっているのかを観察し続けるわけだ。
また、身体性に注意深く注目し続けるという意味で、朗読者はダンサーと何ら変わりはない。
朗読するという表現行為は、ダンスするという表現行為と限りなく近いと言える。

このような考え方から、現代朗読協会練習方法に様々なアプローチを取り入れている。
それははっきりいって、どの朗読教室や朗読講座とも異なる、かなり異質なものだといえる。
朗読の目的には様々あるし、表現者にもいろいろなニーズがあるから、すべての人に現代朗読の方法が当てはまるとは思わないが、朗読の方法で自分自身にアプローチすることを楽しいと感じる人が増えてくれるといいなと望んでいる。
気になる方は、まずは体験しに来てみてほしい。

朗読や群読などの身体表現を用いていまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現するための研究の場・現代朗読ゼミ、1月の開催は20(土)/27(土)、いずれも10時半から約2時間。

2018年1月14日日曜日

さらに音声入力のテスト

音声入力を使ってテキスト入力をするスタイルがだいぶ定着してきた。
特に1人で仕事部屋に入るときは音声入力をすることに何の躊躇もない。
くっきりはっきりとしゃべればしゃべるほど、認識と変換精度は向上し、ほとんど打ち間違えがなくなる。

MacBookがかつてのペコペコしたストロークの深いキーボードではなくなり、ペタペタしたほとんどストロークのないキーボードを採用したので、私のように強い圧力でパカパカと打ちこむ人間にとっては、このキーボードは打ち間違いが多くなってしまう。
ピアニストの私は、ピアノの鍵盤のようにストロークが深く、キータッチの感覚がくっきりとあるキーボードの方が、打ちやすいのだ。
ところが、最新のMacBookやMacBook Proを使ったことがある人ならお分かりだと思うが、今のキーボードはほとんどストロークのないペタペタしたものなのだ。

音声入力により打ち間違いがかなり少なくなったのは助かっている。
そして入力が速い。
入力が速いということは、おなじ時間でたくさんの文章を書けるということだ。
短い時間でたくさんの文章を書いて、あまった時間を別のことに使う。

入力スピードが速いと思考が追いつかないのではないかという人もあるかもしれないが、そんなことはない。
思考速度は常に入力スピードより早いのだ。
したがって入力スピードがいつも思考の邪魔をするということが、これまで起こっていたことだ。
もっとも音声入力がいくら迅速にできるからといって思考速度に追いつくまでにはいかない。
しかしそのギャップはかなり埋めることができるような気がする。

仕事場にいない時に音声入力を使えるかどうか、ここが今後の課題だ。
とくに外出時、まわりに人がいるようなときに音声入力をどうやって使うか。

Bluetooth接続の完全独立型イヤホン「Zolo」のテストレポートを先日書いたが、残念ながら初期不良で返品した。その後返品交換となって、新品が届いた。これは問題なく動作しているので、今いろいろ使ってみているところだ。

右耳と左耳にそれぞれイヤホンを独立して突っ込むようになっているので、マイクはどちらかの側にあるのだろう。
それとも両方ともにあるのだろうか。
これはまだ調べていないのでわからないが、まずは右側のイヤホンを使ってマイク入力のテストをしてみた。
つまり右耳だけにイヤホンを突っ込んだ状態で音声入力のテストをしてみた。

片耳でも入力はできる。
どうやって耳に装着してあるイヤホンで口から出ている音声を拾っているのかわからないが、かなりぼそぼそと小さな声でしゃべっていても音声認識はそこそこ使える。
周りに人がいる環境のようなところでも、他人が密着していなければある程度音声入力は使えるだろう。
ただ、カフェのような割合静かな環境の中だと、ボソボソ声でしゃべっていても周りに聞こえてしまうので、不審がられるかもしれない。
スマホを耳に当てるなどして電話をかけているようなカモフラージュをすれば、不審がられることはないかもしれない。
これはいちどテストしてみたいと思っている。

この原稿ももちろん、音声入力を使って執筆した。

YouTube:朗読「わずかな思いやりに、心を打たれて涙する」勝木雪子

中国の作家、林志明氏の短編集『天使在人間』(鄧晶音・訳/河出書房)から、短編作品「わずかな思いやりに、心を打たれて涙する」を、現代朗読のゼミ生・勝木雪子が朗読しました。
勝木雪子にとって初めての朗読、初めての収録です。

ハンセン病を扱った小説集である本書は、サブタイトルに「中国ハンセン病回復者の綴る17の短編小説」とあります。
ハンセン病について、そしてこの本についてすこしでも多くの人に知ってもらいたい、という思いがこめられた朗読です。

 朗読 :勝木雪子
 ピアノ:水城ゆう


映像はこちら

2018年1月13日土曜日

もうすぐ2年、寿美ちゃんち共感カフェ@東松原

世田谷東松原の個人宅で共感カフェをご案内するようになって、やがて2年が経とうとしている。
個人宅というのは星寿美さんの家のことだ。
彼女の家のこじんまりとした、しかし居心地のいい居間を利用して、共感的コミニケーションの勉強会を月に1回のペースでおこなってきた。

寿美ちゃん――私は彼女のことをいつもそう呼んでいる――のつながりがある人々が多くやってくる。
寿美ちゃんがそうであるように、皆さん個性豊かな人たちで、勉強会も毎回バラエティーに富んだ楽しいものとなっている。
楽しいだけでなく、気づきの多い、深い学びがもたらされる時間にもなっている。

今回は、やはり寿美ちゃんの知り合いの、若いカップルが参加してくれた。
2人ともNVC――共感的コミニケーションは未体験で、名前ぐらいは聞いたことがあるけれども勉強会に出たり体験するのは初めてということだった。

私の共感カフェでは大抵そうであるように、今回も、NVCの原理やプロセスを原則通りに伝えるというよりも、実際の体験やエピソードに即して共感を実際に体験してもらうという方法をとった。
肉親との関係や自分自身とのつながりについて、実際に私が共感したり、参加者に共感してもらったりしながら、自分のニーズに深くつながっていく体験をしてもらえたのではないかと思う。

初めての人が実際に共感を体験すると、ちょっとした新鮮な驚きがあるし、今回もかなり面白がってもらえたようだった。
これをきっかけに、より共感的コミュニケーションに興味を持ち、継続的に学びや体験を深めていってもらえるといいなと思う。
また、若い人にとっては肉親との関係について、私のような年代のものから共感をされるというのがいいのかもしれない。
親のニーズについて推測するときに、同年代の者同士でニーズを探すのも有効ではあるが、親と同じ世代である私のような者といっしょに推測したり、親が持っているかもしれない「痛み」について想像を働かせる助言を聞くと言うのは、新鮮な発見があるように見受けられた。

この寿美ちゃんち共感カフェにかぎらず、私はあちこちで1か月に1回というペースの共感カフェを開催しているが、そこを主催する方や参加する皆さんは一様に、1か月に1回ではなかなか学びが進まないという悩みをいうことがある。
しかし、勉強会の開催は1か月に1回しか行われなくても、その間に皆さんは必ず共感について思い起こしたり、気にかけていたりするわけで、それが学びや成長をもたらしている。

寿美ちゃんちの共感カフェもすばらしい場になってきているし、そのことに世話人の寿美ちゃんやリピーターとして参加し続けている人たちに、深い感謝とお祝いを捧げたいと思う。

次回、来月の寿美ちゃんち共感カフェの開催は、10月1日(木)の予定です。

東松原在住で自宅をイベントに開いている星寿美さんが、共感カフェを主催しています。おたがいに深く聴きあうことのできる場で自分自身の価値とニーズにつながるためのサポートをおこなうおはなし会です。午後2時から約2時間。

2018年1月11日木曜日

音声入力で原稿書きするテストのつづき

先日、「車の運転中の生産活動」という記事で、iOSを使って原稿を音声入力で執筆することの試みについて書いたが、そのあと車の運転をしながらそれができるかどうか、できるとしたらどのような実用的な方法があるのかについて検証してみたので、その報告。

iOS(iPhoneやiPad)で使える音声入力支援のためのアプリはかなりある。
人気のあるところでは、「音声認識Mail」「Voice」「Recco」「音声認識装置」などがあり、私もひととおり試してみた。
しかし、どれも帯に短したすきに長しという感じで、しっくりくるものがない。

こんなのがあるといいのに、と私が考えているのは、
「だらだらと断続的に音声入力で執筆ができて、考えてあるあいだの空白時間は入力操作がストップしていて、話し始めたらまたスタートする」
という動作をするもの。
ついでにいえば、動作のスタート/ストップを音声でできればもっといい。
ひょっとしてすでにあるのかな、こういうの。
もしご存知の方がおられたら教えてください。

結局、いろいろな音声認識ソフト使ってみたけれども、EvernoteとオリジナルのiOSの音声認識機能が最も自然な組み合わせだと分かった。
車を運転しながらマイクボタンをタッチするのはちょっと注意が必要かもしれないけれども、信号待ちなのでいちどタッチしてそのまま音声入力をすれば、いまのところ実用に耐える感じがしている。

iOSの音声認識機能は40秒から1分程度で自動的に止まる。
止まったとき、信号音がするので、それとわかる。
長い文章を入力している時、途中で入力がストップしてしまうこともあるけれども、たいていの場合、1分以内でコト足りる。
運転に集中したいので、本当はダラダラといつまでも思いつくままに入力していたいのだが、iOSではそれはできないようだ。
そういうアプリもあるようだが、使い勝手がいまいちなので、私は使うのをあきらめている。

ともかく、iOSの音声認識機能と変換の正確さは驚くべきほどのもので、これは十分に実用に耐えるものだと感じている。
私は執筆作業をするために、どうしてもキーボード付きのラップトップマシンが必要だと思っていたが、音声入力ができるなら、タブレット端末で十分だ。

問題は、音声入力ができない時と場合があるということだ。
喫茶店など、衆人環境の中では、やはりどうしても音声入力はやりにくい。
口元をマイクに近づけたり、Wi-Fiのヘッドセットを使ったりしてぼそぼそと人に聞こえない位の小さな声で入力もできるのかもしれないが、それはまだ試してみていない。

実は、この記事も音声入力で行っていて、iPadのiOSから音声入力をWi-FiでMacBook Proのほうに飛ばしている。
ワンセンテンス入力し終えたときに、認識間違いやミスがあればMacBookのキーボードで訂正している。
私はキーボード入力が人よりかなり速い方だと思っているけれども、音声入力はそれを上回ってさらに迅速だ。
体感で約2倍位の速度があるように思う。
これは生産性という点では大変重要なことだが、文章のクオリティーと言う側面ではどうなんだろう。
このあたりは今後さらに検証を続けていかねばならない。

小説もこれで書けるだろうか。