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2018年9月24日月曜日

名古屋〜豊田〜半田(新美南吉記念館)

先週の金曜日・21日の午後に東京を出て、名古屋、豊田、半田とめぐって、昨日・23日の深夜にもどってきた。

メインの目的は語人・サヤ佳ちゃんと新美南吉記念館での語りの会をやることだったが、そのついでに11月の語りコンサートの打ち合わせやら練習もかねて、前日入りすることになった。
さらについでに、もう一日早めに行って、バラさんこと榊原忠美氏の朗読公演「外科室」の稽古を見学して、みなさんと打ち上げしたきた。

私が2009年に名古屋市芸術創造センターで「Kenji」を、2010年に愛知県芸術劇場で「Ginga」をやったときのメンバーが、いまだに活動をつづけていて、バラさんらと朗読公演を展開したりしている。
「外科室」はそのときの仲間の北村ふみさんも出演していたり、ナオスケさんや深澤さんや劇団クセックACTが関わっていたりと、私にも縁が深い。

名古屋市のマンションの一室でおこなっていた稽古に行ってみると、コギソさんも来ていたりして、稽古後に円頓寺商店街のスペイン酒場で打ち上げしたのが楽しかった。

この夜はバラさん宅に泊めていただいて、夜も朝もご家族とちょっと交流させてもらったのも楽しかった。

土曜日は個人セッションのために午前中から出かけた。
夕方からは豊田のサヤ佳ちゃんのアトリエに行って、打ち合わせと稽古。
新美南吉記念館にはピアノがないので、東京からデジタルピアノを運んでいったのだが、アトリエにも持ちこんで、語りと合わせた。
サヤ佳ちゃんの語りがさらにすばらしく、声と全身がこちらの演奏と響き合って、感じ入った。

この日は刈谷のホテルをとってもらっていたので、そちら泊。
ゆっくりさせてもらった。

日曜日は半田市の新美南吉記念館へ。
刈谷からは近く、楽器もすんなり搬入できると思っていたのだが、ところがどっこい、この日は三連休のなか日。
しかも記念館のまわりではこの季節に咲きほこっている彼岸花にちなんだお祭りが開催されていて、大渋滞。
また記念館も通常の入口や搬入口が閉鎖されていて、入館するだけでもひと騒ぎだった。
さいわい、記念館のかたが親切で、走りまわって案内してくれたので、なんとか無事に搬入できた。

サヤ佳ちゃんの語りイベントは午後1時半からスタート。
先日の天白の現代朗読ワークショップに参加してくれたようこさんも駆けつけてくれたりした。

演目は「張紅輪」と「木の祭」。
いずれも新美南吉のものに、私はピアノ演奏で参加。
「木の祭」は美しい切り絵のスライドも映写されて、演奏もやりがいがあった。

予定されたイベントを全部終え、休憩しながらゆっくりと東京にもどった。
途中、横浜あたりで30キロくらいの渋滞があったが、厚木から圏央道へとうまくすりぬけることができて、日付が変わるころに無事に国立に帰着できた。

今回お会いしたみなさん、そしてサヤ佳ちゃん(とおかあさんの希依子さん)、充実した楽しい時間をたくさんすごさせていただきました。
心からありがとう。
またお会いしましょう。

2018年9月21日金曜日

音読療法ダブルヘッダー

埼玉県小川町まで行って、福祉委員の皆さんが主催の「ふれあいいきいきサロン」で音読療法の紹介とワークをやってきた。

10時スタートということだったので、国立を午前8時に車で出発。
最初は下道をのんびり走っていこうかと思っていたのだが、朝の時間帯、意外に時間がかかりそうだったのと、このところの長距離移動で疲れぎみだったのとで、高速道路に日和ることにした。
高速を降りると、小川町はヒガンバナがたくさん咲いていて、秋の里山の風景が楽しかった。

今回私を呼んでくれたのは、朗読でも最近共演することが多い小川町在住の狩野亜矢子さん。
参加者はご高齢の方が多かったが、みなさんお元気で、音読療法に高い関心を寄せていただいたのがうれしかった。

事後に亜矢子さんからいただいたメールの一部を紹介したい。

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本日は、遠くまでおいでいただきありがとうございました。
人数が集まるかどうか少し不安でしたが意外と人数が集まり、分からないながらも皆さま「音読」に興味があるのだなあと思いました。
自己紹介についても、想像以上に目的意識をお持ちの方が多かったのは驚きでした。
さらに、音読の効果から呼吸法、実際のワークへと移るにつれ、皆さまの目が生き生きとしてくるのが分かって、やっぱり音読療法はすごいなあと実感することしきりでした。
話の段階では眠そうにしていたかたが、呼吸法のワークが終わったあとに目が大きくなっていたのが印象的で、思わず笑ってしまったほどです。
単純なようで奥の深い音読療法。ご高齢の方のみならず、もっと若い方や小さな子どもたちもともにワークをして、皆が生き生きと日々を暮らせるようになるといいなあと感じました。
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とてもありがたく、うれしい感想だ。

午後は練馬富士見台の高齢者介護施設に移動して、いきいき音読ケアをおこなった。
今回はトレーナーの参加はなかったが、富士見台に住むキャリアコンサルタントのクマさんこと大間さん(共感男塾の共催者)がサポートに来てくれた。
クマさん、ありがとう。

今回、取りあげたテキストは、唱歌「里の秋」の歌詞だったのだが、よく読むと反戦のメッセージであることがわかった。
歌自体もあまりなじみはなかったけれど、歌詞の内容も知らなかった。
まだまだすばらしい歌があるんだろうなと、再発掘したくなっている。

それにしても、このところイベントつづき、長距離移動つづき、また個人セッションなどがつづいて、さすがに疲れぎみなのと、自分の仕事にまったく時間をさけていないので、ちょっとフラストレーションがたまっている。
明日も出かけたり書類作業をしたり、国立春野亭での韓氏意拳講習会で一日が埋まっているし、明後日はもう名古屋、豊田、半田方面に移動して、日曜深夜までもどれない。
合間になんとか工夫して自分の個人的表現に向かえるといいんだけど。

10月14日:ボイスセラピー講座@国立
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を学び、身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。10月14日(日)10時からJR国立駅徒歩5分の会場にて開催。

語人・サヤ佳のおはなし会を新美南吉記念館でやります

語人・サヤ佳ちゃんとは11月25日(日)に豊田産業文化センターで「語りの会2018」をおこなうが、そのとき特別ゲストとして新美南吉記念館の学芸員の遠藤光嗣さんをお迎えしてお話を聞くことになっている。

その新美南吉記念館で、今週の日曜日・9月23日にお話会をやることになっている。
私は東京から楽器を車に積んで、記念館のある半田市まで行く予定だ。

お話会は14時からで、45分くらいの短い時間だが、新美南吉の「張紅倫」を「木の祭」をサヤ佳ちゃんが語るほか、私もピアノ演奏で参加する。
お近くの方はぜひおいでいただきたい。
参加無料。
案内ページはこちら

2018年9月20日木曜日

秋の採蜜は見送りか

町田のあした農場に行って、日本みつばちの巣箱の内検をしてきた。
台風やら猛暑やら大雨やら、天候不順がつづいたので、巣箱自体の物理的な損傷が気がかりだったが、農場の渡辺さんが囲いや覆いをしてくれたので、大丈夫だった。

農場の康子さんに作業を手伝ってもらって、巣箱のなかを確認してみた。
ふだんは下の掃除窓からスマホを突っ込んで、動画を撮ってなかのようすを見るのだが、今回は巣箱をひっくり返して直接見ることにした。

巣箱2はかなり勢いがあって、なかを見るまでもなく、どんどん花粉を運びこんでいる(動画はこちら)。
動画を見ると、だいぶ巣が下まで降りてきている(動画はこちら)。
が、秋の採蜜は見送りかなあ。
十分に蓄えて冬を越したい。

巣箱3は相変わらず瀕死状態。
だけど、花粉を運びこんでいるようすがわずかに見られる。
ということは、育児はしている?
巣箱をひっくり返してみたところ、かなり怖い状態だが、巣脾はちゃんとできあがってきているので、あとは女王蜂がちゃんといて、産卵・育児が進んでいるのかどうか、だ。

今日は人手と準備が足りなかったのだが、次回は女王蜂がいるかどうかの確認を試みてみたい。
こちらの巣箱もなんとか勢いを盛り返してくれるといいんだけど。

北杜市での共感朗読カフェ(Verba-Actus)は心から楽しかった

昨日は山梨県北杜市にあるゼミ生の桂さんの山荘で、共感朗読カフェ(Verba Actus)を開催してきた。

うっかりしていたのだが、三連休の最終日ということで、参加者が少なかった上に、直前のキャンセルもあったりして、結局私をいれて三人という少数精鋭での、というとかっこいいけれど、なんでもありのゆったりした学びと気づきの時間を持つことができて、私は楽しかった。
気持ちのいい山荘と自然に囲まれた静かな環境のなかでの、それぞれのニーズにつながったゆっくりした学びの時間。
来れなかった人は残念だね、という気持ちに自然になってしまう。

本当にリラックスできる空間で、それにくわえてお互いに安心できる関係性を作っていくのが共感的コミュニケーションの特徴。
日頃いろいろある人も、ここに来て自分につながり、また日常の気がかりや問題を解決する糸口を見つけたり、解決のヒントに気づいたりできる。

そして昨日はあまりやらなかったけれど、自分につながり、マインドフルに気づきつづけ、そのなかで自分自身の生命現象を表現してみることを試みたとき、どんなことが起こるのかに注目する稽古なのだ。

ピアノがあるので、昨日は音楽の基本中の基本の部分をちょっと解説させてもらった。
音楽による情動とはなんによってもたらされるのか。
それは曖昧な事象ではなく、ましてやスピリチュアルな現象でもなく、人間の生理と物理現象による因果関係の明確なことで起こってくるのだ、という解説。

自己共感のために有効な身体を観ることもすこしやったかな。

そのあと、来月の開催日程を決めて解散。
来月は9月17日(水)の午後1時からとなった。
みなさん、ご参加いただきたい。

北杜から東京にもどるとき、三連休最終日のせいで大槻ジャンクションから大渋滞につかまってしまっての国立にもどるのらえらく時間がかかった。
雨も降ったりして。
しかし、一日満たされたニーズを味わえたので、そんな時間もただつらいだけではなかった。

10月17日:共感朗読カフェ(Verba Actus)@山梨県北杜市
Verba Actus とは、共感的コミュニケーションをベースに表現行為を自分自身のなかで統合し、全体性を探求する場です。稽古は朗読する、声を発する、声と身体のつながりを見る、などが中心となります。

2018年9月17日月曜日

水色文庫新作「ボトム・クオークの湯川結合で見えてきたタイムトラベルの可能性」登録しました

水色文庫の新作「ボトム・クオークの湯川結合で見えてきたタイムトラベルの可能性」を登録しました。

このテキストは2018年9月16日に開催した身体文章塾のお題「素粒子」にそって書いた作品です。
身体文章塾の詳細についてはこちらをご覧ください。

2018年9月14日金曜日

玉子かけご飯の作り方

最初、どこで見たんだろう。
ツイッターか、だれかのブログか、とにかくネットで見て、試してみたら、超絶おいしかったので、以後、私の玉子かけご飯はすべてこのやりかたで作っている。
このやりかた以外の玉子かけご飯は食べたくない、くらいの勢いだ。

【材料】一人分
・玉子……1個
・ご飯……お茶碗1杯
・醤油……適宜

まず、あつあつのご飯を用意する。
ふつうの白米のご飯が望ましい。
玄米とか五分づきとかでもいいけれど、玉子の味を邪魔するので白米がよろしい。

玉子はお好みのものを。
平飼い有精卵など、高級玉子など、お好きなものを。
おいしい玉子はおいしく、それなりのものはそれなりに、しかしいずれにしても、玉子の味が際立つ作り方なのだ。

玉子を割り、白身と黄身を分ける。
私は玉子をふたつに割ったら、黄身を殻のなかに残しながら、白身だけをご飯の上にかけてしまう。
殻に残した黄身は脇に置いておく。

白身をかけたご飯を、箸でもスプーンでも泡だて器でもなんでもいいので、激しくかきまぜる。
素早く、白身が泡立つくらい、かきまぜる。

白身が泡立ってふわっとした感じになったら、その真ん中に黄身をそっと置く。
その上から醤油をお好みの分量垂らす。
これで完成。
あとは、黄身を崩しながら、いただく。

これがもっともおいしい玉子かけご飯の作り方である。
いや、ほんと。

2018年9月13日木曜日

自分の喜びから人になにかをしてあげる

自己共感がしっかりできていて自分自身のニーズから行動している人と、自分のニーズを置きざりにしてなにかをしてしまっている人とでは、起きることがまったく違ってくる。

たとえば、家族に料理を作ってあげるとする。
家族が喜んでくれたり、あるいは料理を作る余裕がなかったり疲れたりしている家族をいたわることを思ったら、それは自分自身の喜びである、「料理を作らなければ」ではなく、「料理を作ってあげたい」というみずからのニーズから料理を作るとき、あなたは生きいきとしている。
そのことは家族に伝わっている。
いや、ほんとに伝わるのだ。
人は無意識にさまざまな微細な情報を受け取っているものだ。

そうではなく、家族が疲れている、自分が料理を作らないと家族が飢えてしまう、自分も作りたい気分ではないけれど自分が作らなきゃだれが作ると思って、がんばって作る。
そんなとき、たしかに料理は完成するかもしれないし、家族もそのことを喜んでくれるかもしれないが、あなたの「自分につながっていない感じ」は家族にも伝わっている。

前者と後者のちがい。
あなたが前者のとき、家族は自然に「ありがとう」という気持ちになることが多い。
後者のとき、家族は「申し訳ない」という気持ちになることが多い。

これは相手が家族にかぎらない。
対人援助職といわれるような仕事の人たちがいる。
看護師、医師、教師、マッサージ師、介護士、ほかにもたくさんある。
そういった人たちが自己共感のないまま、仕事だからと義務的に相手になにかをおこなうとき、たとえそれが相手を助けることであっても、相手は「申し訳ない」という気持ちになってしまう。

そもそもあなたはなぜその仕事についたのだろう、ということだ。
人を助けたくて、役に立ちたくて、サポートしたくて、そしてそれが自分の喜びであり生きる道だと思ったから、その仕事についたのではないだろうか。
あなたの行動の原点であるそのニーズにもう一度立ちかえり、喜びをもって仕事をするとき、相手はきっと「申し訳ない」ではなく「ありがとう」という気持ちになってくれるだろう。

私たちは人になにかをしてあげるとき、「申し訳ない」ではなく「ありがとう」がほしい生き物なのだ。

9月15日:共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
心身の健康向上・調整・未病・活力向上に力を発揮する音読療法(ボイスセラピー)と、人間関係や自分自身とのつながりの質を作ることに力を発揮する共感的コミュニケーションを組みあわせていいとこ取りをするカフェ形式の勉強会です。

2018年9月12日水曜日

雪囲いの準備と家の路地の秋の花たち

福井の実家に帰省中だが、いまのうちから雪囲いの準備を進めておこうと、あれこれ動いている。
いくらなんでも早い、と思われるかもしれないが、この前の冬は何十年ぶりかの豪雪で、ひどい目にあったのだ。
今シーズンはどうなるかわからないが、もしそうなったときの弱点が露呈したので、すくなくともそこはつぶしておきたい、と。

とくに母屋の下屋と離れの屋根がクロスしている縁側の隅っこの三角地帯に、屋根からずり落ちてきた雪がたまりにたまって、にっちもさっちもいかなくなった。
長らく縁側は雪に閉ざされ、出口のないカマクラ状態になってしまった。

まずは池に井戸水がちゃんと流れるようにする。
冬場も暖かい井戸水が池に流れれば、雪をどんどんそこに放りこめばよい。
つぎに、魔の三角地帯に雪がたまらないようにするために、雪囲いを工夫して落ちてきた雪を池へと誘導する。
そのために、角材やら波板やら、それを固定するためのパネルやらを買ってきた。

てなことをやっていたときに、離れの裏の路地に秋の花がいろいろ咲いているのを見つけた。
ヒルガオ(これは鉢植えの隅っこに生えていた)以外は名前もよくわからないのだが、可憐だ。

イボ、取れた

右手の薬指と小指の先っちょにできて、ピアノを弾くにも編み物するにもコンピューターのキーを打つにも不自由していたイボが、やっと取れた。

医者が「指を使う仕事だから」と気を使って塗り薬で除去する方法を試してくれたのだが、うまくいかず、結局、液体窒素で焼き切る方法になった。
痛かったが、その後、真っ黒に変質して、1週間くらいでぽろっと取れた。
根が残っていないことを祈りたい。

しかし、再発しないためにはどうすればいいんだろう。
けっこうしょっちゅう手先のいろんなところにイボが発生するんだよね。

体脂肪率20パーセント超の隠れ肥満から17パーセントを切るまでにやったこと

20代のころは50キロ台だった体重が、小説家だのラジオ製作だのピアノ弾きだの朗読演出だの、あまり身体を動かさない仕事をつづけていたせいか、60キロを突破していた。
それでも水泳を中心に運動をこころがけていたおかげで、60キロ・プラスマイナス1キロくらいで安定的にキープできていた。

が、2011年の東日本大震災をきっかけに1、2か月であれよあれよと増え、気がついたら65キロ近くになっていた。
これがきっかけだということははっきりしている。
ストレスであり、また当時住んでいた羽根木の家に大勢の人が出入りして、そのたびにいっしょにご飯を食べたりしていたので、歯止めがかからなくなったのだ。

これはまずいと絞りにかかったのだが、なかなか減らない。
それでも62キロくらいまでは落としたのだが、体脂肪は20パーセントを超えたまま下がらない。
はっきりいって隠れ肥満だ。
いや、隠れていない、腹まわりに脂肪がたっぷりとついて、いわゆる中年体型になってしまった。

たしかに年齢も年齢なのでと、一時はちょっとあきらめかけていたのだが、いややはりと気を持ちなおして、減量というより体脂肪を落とすことに挑戦しはじめた。

体脂肪を落とすには、運動と基礎代謝をあげることが効果的だ。
運動はもちろんエネルギー消費であり、食事で足りないエネルギーは脂肪燃焼でおぎなう。
つまり、摂食カロリー以上に運動しなければならないということだ。

基礎代謝はとくに運動しなくても生きているだけで消費されるエネルギーで、その代謝量は筋肉量に左右される。
つまり、筋肉を増やせば、基礎代謝は大きくなるのだ。

ということで、エネルギー消費のための運動ではなく、筋トレを心がけることにした。

ひとつ問題があって、いくら筋トレをしても、食事量が少ないと体重も増えない代わりに筋肉も増えないのだ。
とくにタンパク質の摂取は必須だ。
そこで、プロテインで補ってやることにした。
これだと、食事量を増やさなくても大丈夫。
体脂肪が増える心配なく、筋トレで筋肉量を増やすことができる。

そんなことを数か月つづけてみたら、数値が変わってきた。
いま、体重は59キロで、体脂肪は17パーセントまで落ちている。
もうすこしがんばって、体脂肪を15パーセント以下に落としたい。
なおかつ、体重は65キロくらいまで増やしてもいいような気がしている。

ある程度パワーのある身体にして、やってみたいスポーツがあるのだ。