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2020年8月5日水曜日

essay 20200803 白鳥の歌



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これが最後なのか、こんどが最後になるのか、とひとつひとつの行為に思いながらの日々。

この3日間ほどは昼夜を分かたずトイレに頻繁に立つ。
支えると倒れやすくなるようなので、椅子や壁を支えに自力で動いてもらう。
ケアのありようが問われる。
浮腫んでパンパンに膨らんだ両脚をあげるのも自分で、とおねがいする。
ひょいとあげられるときもあれば、手でもちあげないとあげられないときもある。
せめてもの浮腫対策にと、たっぷり時間をかけて両脚のマッサージ(圧)。足の指の下に私の足の指を入れてリズミカルに持ち上げては落としてやると「気持ちいい」といって喜ぶ。こんなのが気持ちいいんだ……という発見。
他人にはそのくらいしかできないし、しないでいいのだろう。

夕方、ふたたび黒い液体を大量に吐く。
「遺言書を書く」と言って書く。遺言書は書き間違えるとだめらしいからもういいよ、と何度か止めたが、「絶対書く」と机にしがみつくので、書き終えるまで見届ける。黒く塗り潰したあとがいくつも残る遺言書。使えないかもだが本人の思いとして。

ものを食べなくなって数日。それが昨夜、いただいたメロンを「食べる?」と聞くと「食べる」と言うので少し出したら、「もっと」と言うので驚き喜び、さらに数切れ出したら平らげた。どんなに美味しかっただろうか!

明け方、みたび黒い液体を大量に吐く。
トイレの場所を何度か見失う。
水分がどんどん失われていく。入れるより出すほうがだんぜん多い。
枯れはじめたということか。

夜が明ける。
「体の中、どうなってる?」と聞くので、「あなたにしかわからないかなあ。ピアノ弾く?」と聞くと「うん」と言う。
でも動かない。

2020年8月4日火曜日

essay 20200802b 美しいおと



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aに続いてすぐ弾き始めた曲。
とても美しくて、しかも後半は同じ音の繰り返しになるのに、ずっと聞いていたい、もっと鍵盤を押してほしいと思った。一音一音がしぼりだすようにだされているからだろうか。音が出ているあいだはたしかに生きているからだろうか。

essay 20200802a やってみる



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水城がパソコンを操作できないので、私が代わりにやることに。
電子ピアノからオーディオインターフェースを経由してMacbookにつなげ、Logic Proで収録する。
音を編集することは無理だが、とりあえず音をいじらずにwavファイルにバウンス、それをYoutubeにアップする。
そんな些細なことの方法もわからなくて、友人に泣きついて教えてもらう。
やれ音が出ない、やれカットがわからない、やれミックスができない……
収録作業はこれまですべて水城がやってきた。
オーディオブックを収録するために何度か収録作業の講座もやってもらったが、ついぞ私が覚えることはなかった。

やらないからできない。やってみればそのうちできるようになる。
そんなことを人に言ったり言われたりして、ようやく事ほど左様に単純だと納得するまで何年かかっただろう。
ただやればいいだけなのに。
やらない理由をさがすのは未来への恐れといいつつ、それは未来でもなんでもない、過去の痛みが“ストーリーお化け”になって後ろ髪を引っ張っているだけだ。
同時に「責任の回避」をやっている。悪の凡庸さ……

なんてことはさておき、8月2日のこの演奏、bと2曲つづけて弾いていて、その切れ目はほとんどなかったので全体で長い一曲だと思っていたのに、あとで2曲であること、曲の切れ目はここ、との明確な指摘があり、音への意識はかなりクリアだなとおどろいた。

3回、トイレの行き来の際に倒れた。うち2回は力が入らず崩れ落ちるように座り込んでしまった。
85歳の認知症の舅を介護していた頃の記憶がリアルに蘇る。こんなふうに痩せてごつごつして骨の重さがこたえた。180センチ超えの舅と比べれば、水城はまだ抱えられるけれど。そして浮腫。低反発枕はもう使わないだろう。

2020年8月3日月曜日

essay 20200728 神は跳ねる



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この演奏は、仲間たちとともにオーガナイズした2017年NVC国際集中合宿(IIT)の、初日=マーシャル・ローゼンバーグの誕生日に生まれたちせちゃん(2歳)の曲をといって即興で弾いたもので、あとで「神は跳ねる」というタイトルを水城がつけた。
2歳の活発な女の子が、猫をおいかけたり、散歩で見つけたセミのぬけがらを見せに来たり、唇をすぼめながら手作りジンジャーエールを飲んだりしているようすを思い浮かべてみてください。
2歳児は神、というよりきっと神は2歳児みたいなのではないか、無防備で正直でやりたいことしかやらないで、そこに「在る」。

この翌日、7月29日水曜日、待望のMacbook Proが到着。「届いたよ!」とすぐに開けて渡したときの満面の笑み。
(記名支援者の方にお送りした報告メールには写真を掲載させていただいた)
しかし……同じ29日、麻薬の量が2割増量された。
痛みは緩和されたが、譫妄が甚だしくなった。体力もがくんと落ちた。麻薬のせいなのか、それとも他の要因があるのか。
水城は29、30日と新Macの設定に余念がなかったが、「うまくいかない」という。設定途中でうとうとしてしまったり、画面の文字が読めなかったりしたようだ。新しいオーディオインターフェースをつなげようとするが、何をどうすればいいのかわからない。急遽私が音楽家の友人にヘルプを出して画面をみせながら二時間かけてなんとか設定完了。さっそく試し録りを、とやってみるが、「わからない」といってギブアップ。
「新しいMacのことを考えるとめっちゃワクワクする」と待ちきれないほどだったのに、理解が追いつかなくなっていた。
痛みの緩和と創作のためのクリアな理解力と、どちらをとるのか。迷わず後者で、そう伝えていたはずだったのだが、医療の常識は前者だったようだ。ぎりぎり痛みとのバランスをとりながらクリアでいたい、というのは無茶なのぞみだったのか。
いま、文章は書けない。
それでも、なんとかピアノだけは、「わからない」と言いながらもピアノの前に座ってしばらく静かに話していると、「弾く」といって弾き始めた。昨日(8月2日)のことだ。今日もなんとか弾けた。
「『わからない』ならとにかくやってみればいいんだよ」とピアノの前に連れていった。からだがきっとおしえてくれると信じて。からだは応じてくれた。
いつまで応じてくれるだろうか。

2020年7月28日火曜日

essay 20200727 耳を澄まして

ふと思いついて、ピアノの即興演奏収録の後に、別の音をかぶせてみたくなった。
ピアノの生収録と、実験的にいろいろな音源を作って試してみるのとは、同じマシン(MacBook Pro)を使っている。
生演奏の上に別の音源を生演奏でかぶせるのはそれほど難しいことではない。
ただし、そこにあるのはもともとは生演奏なので、楽譜もないし、リズムのガイドのようなものもない。
収録されたものに耳を澄まし、あたかもそこに一緒に演奏している人間がいるように感じながら音を合わせていく。

その逆をやることもある。

昨日はまずまず上手くいった。
自分対自分のセッションだ。
うまくいけばとても楽しい。




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痛みに耐え続ける毎日がつづく。
ただただ生き延びるだけでせいいっぱい。
ピアノの前までたどりついても、何もできずただはぁはぁと息をして、ベッドに戻る。
それでもまだなんとか自力で動けるのが、なによりのお祝い。

昨日は訪問看護師さんに久々に洗髪してもらった。
風呂場に行けないので二階の洗面所で洗ってもらうため、お湯を用意し、水で薄めて温度調整しながら、蓋に穴をあけて簡易シャワーにしたペットボトルを使う。
体温調節がもとから苦手だったが、いまはわずかな温度差に敏感で、洗髪用のお湯も、たぶん40度を超えるくらいでもう「熱い」と声をあげ、38度ぐらいで「冷たい」と言う。
最近の東京は暑すぎることもないがそれでも蒸し暑さはあるのに、「寒い」といってフリースを着る。
汗もほとんどかかない。
そういえば、がんになってから体臭がとても薄くなった。
清浄になっていくのだろうか……


2020年7月26日日曜日

essay 20200726 増えるレスキュー

がんの慢性的な痛みをおさえるために、上腕上部に常時皮下注射を入れてある。
そこからは痛み止めの医療用麻薬(モルヒネ)が注入されているのだが、その作用がときどき追いつかなくなることがある。
どうしても痛みが強くなったとき、レスキューとよばれる、追加の麻薬を丸いカプセルのボタンを指で押して手動で注入する。
一時間ぶんぐらいを余分に先行して打つことになるわけだが、体も次第に慣れてきて、最初は一日数回だったのが、4〜5時間に一回、3〜4時間に一回、2時間に一回、と次第に間隔が狭まっていく。そうするとレスキューの意味がなくなるので、ベースの量を増やすことになる。
私が注入している量はどのくらいかよくわからないが、相当な分量を体に入れることになると、体を動かすのもしんどいし、頭の働きも鈍くなっていく。
頭がクリアで、体もあるていどキレが良く、という具合になるといいのだが、なかなかそうはいかない。
今日も痛みのために歯を食いしばって起きながら、ベッドの中でこれを書いている。
ピアノと、それにつけるエッセイは、なんとしても私の表現活動の先端として確保していきたい。




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「書いている」とは、今日の場合は口述筆記を指す。
しばらく音声入力が主だったが、ファイルが行方不明になったりするので、最近は口述筆記の頻度が上がってきた。
かな入力でバチバチ高速で打ちまくっていた水城が。

ピアノは昨日、五歩、いや、今や十歩の距離をたどりついて、数分間息をととのえて、ようやく弾けたもの。
先日、人が来たときに、「ふつう爪先で踏むペダルを、浮腫がひどくて踏めないので、かかとで踏む。
鍵盤に手を置いても左右に自由に動かせないので、置いたところで弾く」のだと言っていた。

そのままを発表するのではなく、いったんLogic Proでの編集を通す。
音を整えている部分も多少ある。だからおちついて聞こえているかもしれない。
生で弾いているようすは、もうすこし大変そうだ。

2020年7月24日金曜日

essay 20200724 お調子もの

友が見舞いに訪ねてきて、おいしいものやらお花をくれたり、マッサージをしてくれる。
私は調子に乗って、限度を越えて喜び勇んでパクパク。
翌日は調子を崩して動けなくなる。

今日は大変だった。
朝起きた時から指一本あげられないほど辛くて、医者を呼んでもらった。
その前に嘔吐感がこみ上げてきて、胃の中のものを全部戻してしまった。
便秘もひどくて、ここ何日間かお通じもない。
手当てしてもらってもうまくいかない。
安静にしてなんとか回復を図るのだが、いても立ってもいられないような苦痛に苛まれていた。それでもなんとかこうやってピアノを演奏して、みなさんにお届けすることができた。
体調の限界の中でなにができるのか、今後の課題になっていくかもしれない。




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痛みの受容体が増えているので麻薬を増やそう……とのこと。早くも。
医療用麻薬には上限がないそうだが、それは(増えていく)受容体とくっつくからで、気持ちよくなったりまでは行かない(から増えても大丈夫?とのこと)。
夜中にトイレに立ってころんだ。
昨日は過呼吸が頻繁におこった。話しかけたりお経朗読をしてもらったりして落ち着かせる。いつなるかわからないのでちょっとでも離れるのが不安だ。
今朝の嘔吐はかなりの量で、色もどす黒い緑色。
レスキュー(麻薬の追加)の頻度を増やすように医師に言われた。
生き生きと活動するとすぐそのしっぺ返しがくる。
毎日アップダウン激しすぎ……と思いかけて、アップ?とハタと立ち止まる。
一歩進んで二歩下がる。
衰えは日々少しずつ進み、ときどきガクンと階段の段差のように落ちる。
一歩でも進めれば……と思うようになる。
まだ大丈夫、まだ大丈夫、と思う。

ひんやりとした風が肌にたどりついて毛穴をそばだたせる。

2020年7月23日木曜日

essay 20200723 「カメレオンの目」2

女が甜茶を運んできた。
その仕草にかいがいしさはなく、むしろ気だるさに満ちた、見ようによっては億劫そうなものだった。
彼女がなぜそこまで自分の面倒を見てくれるのか、彼は知らなかった。

北からの戦線が迫ってきている。
耳障りなシーリングファンの音が、彼を苛立たせる。

女の目的が金ではないことだけは確かだった。
国からの送金はもう数か月途絶えている。

ひと抱え以上ある巨大な金魚鉢の向こうに、極楽鳥花の花が上をむいて咲いている。
女はこの花が好きらしい。
自分は少なくとも、女にとってこの極楽鳥花以上の存在理由を持っているのだろうか。




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「カメレオンの目」で本当に編集者としての役割を負うことになった。
こんなふうに作者にべったりはりついて、文章チェックや提案や質問や校閲にかかわる話ができるのは理想的なのか、地獄的(?)なのか。とはいえ私も覚悟を決めることにして、1を編集者モードで読み直して修正。

まさかこんなふうにこんな小説が始まるとは思ってもみなかった。とても楽しみだ。
時代はいずれ明らかになるだろうが、私が1を読んで想像していたのとは違ったので、いきなり予想を裏切る設定にちょっと興奮する。

「実はこういう小説を読みたかったのだ」(水城デビュー作の帯に筒井康隆氏が書いた評より)


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2020年7月22日水曜日

essay 20200722 「カメレオンの目」1

天井のノイズが耳に障る。
奥の部屋から漂ってくる香《こう》のにおいは、女が器用に素手のままで火を消して回っているので、やがて薄れて消えていくことだろう。

女がこちらにやってきて、ベトナムなまりの強い中国語で、
「お粥食べるか」
と聞く。
食欲はまったくない。
「少し」
と彼は答える。

この女の世話がなければ、自分の命がいくらもないことを彼は知っている。
嘘と不誠実にかこまれた人生のどん詰まりを、彼は漂っている。





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今日の演奏は文章とリンクしているそうです(これまではまったく無関係です(笑)、念のため)。

水城は絵を描きピアノを弾き音声入力で短文を書く、と三面六臂の活躍ぶりに見えるが、それ以外はずっと頭を垂れて折れ曲がった状態で座っている。痛みで体が伸ばせずこの姿勢をもう半年以上続けているのだ、寝ても覚めても。
まるで落ち込んで固まっている人のようだ。
本人はその姿勢がいちばん痛みをやりすごせるそうなのだが、呼吸は制限されるだろうし、いくら「良い姿勢」はないといっても、健康な人がこの姿勢でいると勝手にうつうつとしてくるのではないかと思える姿勢なのだから、心配になる。
でも、なにか言ったりしない。待つ。

2020年7月21日火曜日

essay 20200721 やりたかったこと

かなり落ちこんでしまった。
昨夜、介護ベッドの置いてある二階の部屋に、1階からピアノを運んでセッティングしてもらった。
弾くのは何日ぶりだろう。
退院した日だから、5日ぶりだろうか。

衰えるのは早く、回復するのは時間がかかると聞いた。
確かにその通りだと思った。
まったく思ったように指が動かないのだ。

しかし、ふと思い出した。
思ったように自在に演奏するのではなく、自分の内側から出てくる音を触りながらまだ聞いたことのない自分のことを発見していく作業をやりたいのだった、と。
いずれ肉体は衰えていく。
これまでできたことが、いつかできなくなってしまう日が訪れる。
私の場合、それはおそらく思ったより近い日だろう。

あと何日ピアノを演奏できるだろうか。
許されるなら、その日が来るまでただただ無心にピアノを弾き続ける、それが私の最も喜びとするところだ。




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書こうと思いついたことはたくさんあるのに、日々スリリングで流れていってしまう。

ベッドの向きを変えた。ベッドがさえぎっていた窓からの光が奥まで届くようになり、ピアノを入れたにもかかわらず部屋は広く感じられる。
窓にむいて絵を描き、五歩ほどでピアノにたどりついて弾ける環境をつくった。
この環境ができるだけ長く生かされますように。

今日は本当に久々におだやかな一日。痛みは絶えないが、こうして演奏もアップできた。絵も描いた。小さな小さなオムレツも食べられた。アロマオイルで足をマッサージされて安心した。絵筆を洗おうとして洗面所へたどりついたらなぜか過呼吸になって焦ったけど音読療法で立ち直れた、いただいて大喜びしたマイクロ胡蝶蘭が三日目にして早くも折れてしまってすごくがっかりしたけど「ドライフラワーにするとかわいいんだ、ドライフラワー用のシリカゲルを買わなきゃ」、嘆きは命を慈しむお祝いになった。

  * * *

こんなふうに、とてもとてもささやかなことを喜び慈しんで日を送っている。
とはいえ、ほんのわずかなショックも大きく響き、自分の無防備さのゲージが下がっている(不信や警戒心が上がっている)のに気づく。
どうやら体が常時緊張しているようで、ものすごく疲れる。きっと視野も狭いだろう。
それでも外に出れば、道をまるで初めて見るかのように歩くことができ、かすかな風に肌を喜ばせることができる。どうにかこうにかここまで来た、人より歩みはものすごく遅いだろうけれど、そのぶんしっかり味わえた。できることは本当に少なく、それをただやるだけ。

2020年7月16日木曜日

essay 20200716 退院決まる

明日、退院することになった。

病院では大変多くの人たちのお世話になった。
治療のためのお医者さんはもちろんのこと、看護婦さん達にはつきっきりでお世話になった。
入院中に必要な様々な物をMariには毎日持ってきたり持って帰ったりしてもらったりしたが、そういう「モノ」だけではなく、心の支えもはるばる行ったり来たり、労を厭わず運んでくれたことには感謝でいっぱいだ。

病院のベッドの上で音楽や文章の制作を続けられたのも、彼女がいたからこそだろう。
ベッドの上の届く位置に機材を並べて、ラップトップコンピューターでちょちょいと編集するのは、ひょっとして、端から見るととても楽な光景かもしれない。
実際には全然そんな事は無い。

おもちゃに毛が生えたようなプラスチックの鍵盤は大変扱いにくいし、膨大な量の音源やエフェクトを詰め込んだコンピューターソフトもやすやすと使いこなせるというものでもない。

そんな環境も今日で一旦終わりだ。
病院でもせっせと自分の仕事ができた。
私の表現活動の普及のためのサイトも立ち上がった。
退院するにあたって、いま私は、大きな幸せを感じている。
皆さん、本当にありがとう。




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小さなキーボードでこんな曲が作れるんだ、と驚かせてくれるが、やっぱり大変だったのか……(笑)。
パソコンもストレスを感じるスペックらしい。
新しいMacbook Proが欲しいな、と言うので、みんなからの支援金で買う?と言うと、そんなことしていいのかなと言う。
あなたが表現活動を続けられるための支援って書いてあるじゃん!と励ます。
新しいMacがあったら……そう思ったら、すごくウキウキしてきたそうだ。
最高のクスリではないか。

Macbook Pro、ほんとに買ってあげたいな……
その前に入院費の精算だ。
帰宅してからが、きっとまた大変なのだ。
常時つづくモルヒネの皮下注射、訪問診療や訪問看護の回数も増える、薬代も、介助用品も。いろいろ管がつながっているし、体力が激減したので、車椅子での散歩も風呂も一苦労だろう。
でも、最大の願いである「クリアでいられる時間を増やして創作をしたい」という願いに応えてもらったこの入院の成果を生かしていく! 必ず。

  * * *

昨日のつづき。

水城の最大の才能は、観察力だろう。本人にもその自負はあった。
目の前の人がいまなにをしているのかを観察し、その人の身体の最小限の動きの提案で、その人の能力を、見ている他者はもちろん本人にもわかるレベルで引き出す。
しかし、水城の能力に依存した方法はその人を水城に依存させてしまう危険がある。

そこで、誰でもやれる方法での訓練を積み重ねていくことで、唯一無二のその人だけの表現を引き出していく、さまざまな「エチュード」を考案した。
水城がアイディアを出し、私がやってみて、それを水城が見て新たなアイディアを加え、私が整えていく、の繰り返し。
現代朗読や音読療法は、そうして生まれたいくつかのエチュードを「みんなで」やることが訓練の中心になっている。
さらには、みんなが自分でエチュードを考えだしていく。

現代朗読はNVCの精華といえるのではないか。
NVCを学んでもなかなか在れない「ありのまま」を、テキストと生身の身体さえあればできる方法で彫り出していくのが現代朗読だ。
自分軸で生きていく、そしておたがいが助け合って生きていく、そんな社会をつくろうという、社会変革のアートなのだ。

ああ、はるばる来たものだと、いま、改めて思う。


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2020年7月15日水曜日

essay 20200715 たくさんの花に囲まれて

退院のめどがたって気づいたことがある。
病室には色が少ない。
病室の無色化を最も進めているのは、お見舞いの花だ。

家には絶えず色々な花があった。
訪問する友達によって変えられるだけでなく、日々時間によって変化する。
たとえ同じ花を毎日、時間がわりで描いたとしても楽しいだろう。

ふと気づく。
花に限らず様々なことが、様々な人によって私の生活に贈与されている。

今回は私のために金銭的なことを含め、大掛かりなサポート体制ができた。
これ自体私の友人の貢献によるものだし、それに賛同してくれた多くの人がいることにも驚く。
通りいっぺんの感謝と言う言葉では表しきれないほどありがたく、力づけられるものだ。
これほどまでに多くの友人たちとのつながりを感じたことがあったろうか。

いま私は病床にいるが、たくさんの花々に囲まれているような気分だ。
この花々に囲まれて、つぼみからはどんな音楽が生まれてくるのか。
どんな言葉が生まれてくるのか。
私自身も楽しみで好奇心いっぱいである。




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水城が福井から東京にやってきて約20年。
それまでも商業小説家、ジャズピアニスト、ピアノ教師、パソコン通信のシスオペ(懐かしい呼び名w)、ラジオ局の放送作家、テレビ番組の司会者、小説講座講師、……とさまざまな個人活動をしてきた人だったが、東京にきてから以後の活動はそれまでとは少し次元が変わった。
演出や指導などの実践をとおして、現代朗読や音読療法の理論や手法を体系化し、現代アートとマインドフルネスを融合した境地を追求し、共感的コミュニケーション(NVC)の表現であり練習法でもある共感手帳術や共感文章塾を開き……
すでにあるものを問い直し、再編したりオリジナリティを加え、彼のまわりにいる人たちが理解したり受け取れるかたちにして渡していった。
とくに現代朗読は、私(素人代表)を実験台にして、誰でもできる=誰もがありのままのその人で表現することの尊さを、手法から表現にいたるまで一貫させた成果だと思う。

昨日のブログのFacebookへのシェアに、ある人が私たちの関係についてコメントしてくれた言葉が響いている。
人前でよく意見していたことから、私たちの「仲の悪さ」を見てられないと言われたことさえあったので、「阿ることなく、自分の考えを述べあえる自立した」「通奏低音のように信頼が途切れることなく流れてい」る関係として見てもらえたことは、なによりの祝福だった。
特にNVCに関しては意見が合わず(笑)よく議論もしたが、私のいまたどりついているNVCの地平は、現代朗読なくしてはたどりつけなかったものだ。
ありがとう、水城さん。


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2020年7月14日火曜日

essay 20200714 宝物製造機

移動祝祭日というヘミングウェイの小説がある。
若き日々のヘミングウェイのパリでの日々を題材にした小説だ。

内容はともかく、タイトルが面白いと思った。
そう、人々はどんな悲惨な毎日を過ごしていようとも、見方によってはそれは祝祭であるともいえる。
そんな見方を獲得した時、人は宝物製造機を手に入れたといえよう。
血縁でもないのに、出会い、共に過ごすようになって26年。
そんな人とのつながりもまた、宝物といえよう。

一見何でもない一日を、ここに過ごしている人がいる。
生きていてよかった。
また来年のこの日がやってくるともわからない。
神様に許されたその日が来るまで、またコツコツと正直に生きていく。



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美化はすまいと思うけれど、やっぱり振り返ればかけがえのない日々。
なのに一日一日、なんとおろそかにしてきてしまっただろう。
途中でそれに気がついて、今ここにいてかけがえのなさを愛でようと努めるようになってもなお、時間の重量感に押し流されていく。
それでも、今日を迎えることができた。26周年おめでとう。


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essay 20200713 吐く

どうして今このタイミングなのか。
どうしてどうして今朝ではなく、もう日も暮れようというこの夕刻の時間帯なのか。

思い切り吐いた。
といっても、何日も固形物のご飯はほとんど食べていないので、胃の内容物はほぼ液体だ。

液体ですら動いていない消化器系。

今朝は調子よかった。
こちらの病院のおいしいと評判の(ほとんど流動食ではあるが)昼ごはんは、完食とまではいかないが、全種類をおいしくいただいた。
その後薬が効いてうとうとしていた。
いつの間にか吐き気が生まれていて、吐き気止めをもらおうか、思い切って無理に吐いてしまうか、それとも安静にしてやり過ごすことができないかどうか、様子を見ていた。

中途半端に迷っていたら、急に吐き気がやってきて、戻してしまった。
薬で薬を抑える事はなるべくやりたくないので、こういう場合の何か良い民間療法は無いだろうか。

今はちょっとすっきりして、これを書けるほど落ち着いている。

※アップ時に別のファイルと取り違えていました! 7/14 21:00に差し替えました。
Youtube画面の日付が7.12になっていますが、7.13の音源です。



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(上記は文章も音楽も昨日の制作です)

文章だけを見ると、いまの状況はまったくわからないのだ、と気がついた。
元気だった頃の姿を無意識に重ねているのだろう。もしくは、望む姿を。

ブログは私がこうして介入しているから、そう思う人は少ないように思うが、メールやメッセージでは、まったくわからない。
毎日本人を見ている私でさえも、嘔吐についての短いメッセージを久々に受けたとき、一瞬「ふつうに」読んでいたことに気づいて、ぎょっとした。

NVCのトレーナーたちから、「文章(メールなど)では共感は難しい」と言われてきた。水城はそれを乗り越えようとしていたし、私も自己共感し相手に共感し自己表現する文章を精一杯書いてきたつもりだったが、これは一方的な期待(という暴力)にすぎなかったのか、と殴られたような気分になった。
彼の具合の悪さは、彼が「具合が悪い」と書かない限りわからないだろう。でもそれでいったい何がわかったというのだろう? 何もわからないのだ、何も。

  * * *

メールもメッセージも手紙も、本人は今はほとんど読んでいない。あれだけ毎日ネット発信していた人だから、状況を「理解」していても感覚としてはピンとこない人がほとんどだと思う。実際、いま何ができて何ができないかは、毎日見ている私にも細かくはわからない。
  • 文字を見るのが大変らしいので、送ったのに既読にならないとか返事がないという人はひとまず諦めてください。どうしてもという用事は、こちらからご連絡ください。
パソコン操作も、メニューなどの文字が小さくて読めないので、操作が不安になっている。
それが高じると、やる気が削がれていく。
人とのあたたかなつながりが、そんなきもちを支え、いのちの細い糸をつなぐ……と思うのだが……

ホスピス病棟は本来、24時間面会OK、患者が望むように過ごせるように守られた場所だ。
しかし東京都のコロナ対策要請で、そんな生活は厳しく制限されることになった。
病院からはCOVID-19に配慮しながらも精一杯親切に扱われていると感じていたが、「安全のため」「どうしようもありません」といった言葉で自由はほぼ奪われた。
私がそれを伝える看護師の言葉に砕かれたきもちをふるえながら拾い集めようと沈黙していると、さらに「もうしわけないんですけど」と“クールな声”で“追い討ちをかけられ”る(“”内は私のジャッジ)。さらにさらに切ないのは、それが水城の前でおこなわれていて、水城が「しかたないね」と私に声をかけてくることだ。
おいおいおいおいおい! これはないよ……
面会終了の頃に部屋に来た看護師さんは、申し訳なさそうな顔をしながら「気持ちとしてはいいって言ってあげたいんですけど……ごめんなさい……」と言った。これには感謝をもって応じられるのだが。

一部麻痺したようになって、病室でうとうとする水城の横で寝落ちしてしまった。体がどろりとした沼に浸かっているようなかんじで、せっかくデータを受け取ったのに、昨日のうちにアップできなかった……。
今もまだその感覚が四肢にどっぷり残っている。今はこれに孤絶感と絶望感という名をつけておく。これから先、もっとその名にふさわしい感覚がやってくるのではという恐れを抱きつつ。


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2020年7月12日日曜日

essay 20200712 ヨット乗り

妄想の人生シリーズその2。

私は学生時代、ヨット部だった。
その後ヨットの仕事にはつかなかったが、小説家になったときに、ヨットの雑誌から、ヨットの小説を書くよう依頼があった。
南の島の写真を見て、妄想をめぐらし、海や船にまつわる短編を書く仕事だ。
実際にそれは小説として結実したわけだが(水色文庫収録)、同時に自分にどのような人生があり得るかという妄想を、今もときどきするのが楽しい。

私は貧乏なヨット乗りで、自分の船を持っていないが、ときどき大金持ちのヨット乗りから依頼されて、レース用のヨットを海をわたって回航する仕事を依頼されることがある。
たいてい学生アルバイトの男とふたりペアになって、南太平洋を東から西へ、西から東へと船をあやつって移動させる。
船の上はもちろんその学生とふたりきりで、たいていはシフトのためにお互い顔を合わせたり会話をすることはない。
島に寄港すると、船を桟橋に停泊させ、われわれは地元の酒場へ酒を飲みに行く。
漁師たちとばか話をしたり、旅行中の金持ちと世界情勢について議論をしたりする。
島での補給がすむとわれわれは、次の補給の島へと向かって再び船を出発させる。
結婚もせず、私はそんな日々を過ごしている。

そんな楽しい妄想をしながら、私はふと我に返る。
この男、年老いたらどうするんだろうな。




From editor


水城の「海とヨット」のシリーズは軽妙でお洒落な、商業小説家らしい作品群と言っていいと思う。それでいて不可思議なテイストがあって、そこが個性なのだろう。
私と知り合う前、水城はそんな小説家らしい小説家だったらしい。
「天空の島ラピュタ」公開の年、SF冒険小説で徳間書店からデビューし(デビューにまつわるエピソードは、小説家を育てる気概を持った昭和の編集者が、住所さえわからない投稿者の出身地をたどって連絡をとるところからはじまる、漫画原作になりそうなシンデレラストーリーだ。クライマックスは筒井康隆氏が編集部に置いてあったその刊行前の小説を読んで「俺が帯を書く」と言う場面?)、パソコン通信で「小説工房」を主宰し、当時ネットをやっているプロの小説家はまだ少なかったので、当時ライター兼エディターだった私が取材を申し込んだのが、最初の出会いである(メールの文体から私のことを男かもと思っていたらしい)。
その後、水城はノベルスやジュブナイルを少し書いて、エンターテインメント系から離れていった。そして朗読のためのテキストを書くようになり、本当に書きたいことを書きたいように書く、そしてそれを声にしてもらうことに喜びを感じる作家になった。
もっとも、著作収入は1/100以下になったはずだ。

水色文庫」にあるのは朗読に適した文字数の掌編小説が中心だ。
ぜひ声にして、Youtubeなどにアップして、知らせてほしい。
そのうち水城作品の朗読シリーズをまとめたYoutube再生リストかチャンネルを作りたいものだ。


▼水城ゆうの支援サイトを作っていただきました!

2020年7月11日土曜日

essay 20200711 温室

子どものころ、さまざまなものになることを夢見た。
そのひとつに、熱帯植物の研究者になることがあった。
熱帯植物とは蘭の一種で、高温多湿地帯のジャングルの中で他の植物に寄生する珍しい種なのだ。
大きな空中根をひろげ、硬い葉っぱと稀にしか咲かない美しい花をつける。
私の住居はジャングルの中のじめじめした高台にあり、室内の湿度は百パーセント。気温は三十度以上。
そういうなかで、エアコンもなく、顕微鏡を覗き込んで、ひたすら蘭の花の分類をするのだ。
そういう生活はいまでも夢見ていて、ともすれば自宅に温室を建てたいという願望がある。
大きな温室を建て、そこに机や椅子を持ち込み、汗だくになりながらものを書く。
湿度のためにコンピューターは使えず、原稿は手書きだ。
しかし紙の原稿用紙は汗のためにいつもぐったりと濡れている。
私も額から汗を吹き出しながら、半分裸のようなかっこうで、執筆する。
ばかげた妄想だが、そういうことを考えているときはいまでもとても楽しい。
もちろん実際にはそういう人生は送らなかったわけだけれども、もうひとつの人生の可能性として、今の人生のかたわらに配置して楽しんでいる。



From editor


水城の作品に「温室」というのがあって、世田谷時代によく朗読した。
植物の名前が文章の中に織り込まれ、どんどんおかしくなっていく。
二人朗読や四人朗読などにもなったし、施設のイベントで本物の大きな温室のなかで歩き回りながらの群読パフォーマンスをやったりもした。
この作品でたくさん学び、たくさん遊んだ。
楽しかったなあ。
水城の業績はたくさんあるが、現代朗読を確立したことは、その最大のものと言ってもいいのではないか。
あまり知られてないが、もっと知られていいものだと思う。

2020年7月10日金曜日

essay 20200710 入院

緊張、変化、期待、希望。
引っ越し、模様替えなど、環境が変わるとき、さまざまな変化が訪れる。
ピアノの稽古をしていて、ひとつの曲にOKをだし次の曲に移ると言う時も、同じような気持ちの変化が訪れる。

自由に曲を弾いていて、たまたま子どもの時に稽古していた練習曲のような曲ができた。
練習曲ではないのだが、弾きながら面白い気持ちになった。

自宅での療養からホスピスでの療養に引っ越しした。
苦しさ、不安から、安心、信頼へと気持ちが変化する。
病室からは濃い桜の緑も何も見えている。
数日ぶりに顔を出した太陽が青空から照り付けている。



From editor


「ホスピスに入った」というと動揺する方が多いが、一応「痛みのコントロールのため」の入院で、期間は一週間ほどといわれている。

病院だと静かで清潔でいいですね、とも言われるが、ご存知の方はご存知のとおり、病院というところはホスピスといえど耳を澄ませばけっこうなざわつき(人の声、動きの音、いびきやうめき声、モーター音、等々)がある。
しかし水城にとって、たくさんの人がいる病院の夜は「ひとりでさびしい」時間であり、ノイズともいえる人のいびきの音は「人の存在を感じてほっとする」のだった。

——先週から痛みが強まっていて、かねてよりホスピスからも勧められていた痛みコントロールのための入院を、月曜に申し込んだ。ベッドが空くまで一週間ほど待つかもと言われていて、遠方から親族が来る予定があったためちょうどいいと言っていたのが、火水と頓服薬(レスキュー)が激増、それも飲んだ意識(記憶)がないという事態になり、木曜の朝は朦朧として混乱行動が生じたため、本人の要請で病院に連絡。急遽、一般病棟に入ってもらって空き次第ホスピス病棟へ移動する、ということになった。
病院への移動には、音読トレーナーで牧師の葉っぱさんに全面的にお世話になった。ありがとう!

COVID-19の影響で面会も禁止。晴れ間が出ても、これまでのように外に散歩に行くどころか病棟内のうろつきも禁止。ラウンジも閉鎖。通常以上に不自由な環境ながら、24時間態勢の看護が水城に与えている安心感はとても大きい。
CTの結果はそれなりに厳しいものではあったが、麻薬も貼り薬+常時皮下注射になり、痛みも10のうち7以上だったのが4ぐらいまで落ち着いたという。今は副作用でほぼずっとうとうとしているが、落ち着いてくればクリアでいる時間も持てるはずだとのことで、水城がなによりもなによりも望んだ、演奏と執筆のためのクリアな時間への希望が見えてきて、ほんのり明るい雰囲気が漂う。
たっぷりのサポートを受けて、共感酸素がじゅうぶんに供給されて、自律的な生活ができるようになりますように!

今日の配信は、入院直前の昨日の朝に弾いたもの。混乱へのショック、病院の快い対応への安心、そして予断を許さない環境の激変への不安……がないまぜになったひとときだった。

2020年7月8日水曜日

essay 20200708 沈んだ世界

今年は長雨が続いている。
「今年は」というより、「今年も」といったほうがいいだろうか。ベッドに寝ている時間が多い私の体の中にも水がたまり、あちこちに水たまりができてくるようだ。
今年も日本の南には激甚災害指定がだされている。日本の夏は熱帯地方の夏になってしまった。

J・G・バラードと言うSF作家の好きな私は、特に好きな彼の『沈んだ世界』のあちこちの場面を、ベットに沈みながら思い浮かべている。暑く、重く、湿っぽい音を作ってみたい。




From editor


「創作意欲がつぎつぎわきおこっているのに、痛くてできないのがくやしい」
くやしい、くやしい、つらい。
痛みは他人にはどうしてもわからない。痛みは当人だけのものだ。
他人は見守るしかできない……のではなく、見守るだけにとどまりつづけることができるか。
わからないことを悲しむのではなく、といって諦めるのでもなく。

「どうしてもやりたいこと」がさらに明確になって、そこへ向かうだけ、というシンプルさにたどりついたが、そう一筋縄にもいかない事情もあり、予断を許さない。

2020年7月7日火曜日

essay 20200707 触れることの力

本格的に施術された事はほとんどなかったが、今日は友人の高橋朋子さんがアロマを使ったマッサージをしてくれると言うので、心待ちにしていた。

自宅で療養するようになってから様々な差し入れをいただく。
中にはアロマテラピー関係のものもある。
素人でも気楽に使えるマッサージ用のオイルもあって、たまにMariにお願いして手足や背中をマッサージしてもらう。
専門家と言うわけではないが、オイルを塗りこんでもらうと、リラックスして、痛みが落ちつく感じがある。

それをFacebookで読んだ朋子さんがわざわざ国立まで来てくれることになった。

朋子さんは今は一旦落ち着いてフリーになっているのだが、もともとはプロのアロマテラピストとして大変人気の治療院をやっていた。

ところで今日の私はいつもより比較的調子が悪く、痛みのベースを高く感じていた。
頓服薬を飲んでからマッサージをしてもらうかどうしようか迷ったが、そのままやってもらうことにした。
すると不思議なことに、痛みが落ち着いてきて、薬が不要なまま落ち着いてマッサージを受けることができた。

アロマテラピーの技術もあるのだろうが、それ以上に友人による思いやりのこもった丁寧な施術が私の心身をリラックスさせていくのが分かった。
痛みだけでなく、いつも悩まされているお通じの問題もあっけなく解決したのにはびっくりした。
改めて医療技術について考えてしまう時間だった。

ゆったりと心のこもったマッサージを受け、これ以上ない幸せな時間をすごさせてもらった。
朋子さん、今日は本当にありがとう。
また来てね。




From editor


先日、アロママッサージを好むようになったという話をしたら、たくさんのアロマ情報をいただいた。ありがとうございます。
そのなかでさっそくわざわざマッサージをしに来てくださり、「できることがあってよかった」と言ってくれた朋子さん。
与えあい、受け取りあっているんだ、と教えてくれた。

榊原忠美さんをはじめとする名古屋の劇団クセックACTのみなさんが、カンパをつのって現金書留を送ってくれた。ありがたい。
クラファンやろうとかカンパを募ろうと言ってくれる人たちもいる。ありがたい。
こちらからもたくさんたくさんあげたいものがあるよ。

朋子さんのアロママッサージのおかげか、今夜はめずらしく食卓の椅子にみずからやってきて、「共感手帳術の仲間たち」とモニター越しにあいさつ。
すごい、すごいなあ。香りもさることながら、やはり触れることの力だと思う。

今日はお風呂もはいれたし、ピアノも弾けた。
一曲目はけっこう長めに弾いたのに、「これは練習」としてボツにする余裕もあった。
お医者さんとちゃんと話せたし、お医者さんも(たぶん)受け取ってくれた。
痛みはあるけど、良い日だった。
よかった!!

2020年7月5日日曜日

essay 20200705 障壁

私に音楽を表現させまいとする障壁はいろいろある。
技術的なことを含む肉体的な限界。
病気の痛みもそれに含まれる。

先日も書いたように、ベッドから起き上がってピアノのところまで行き、演奏をして曲として完成させる。
こういった一連の中核作業も労力がかかるが、それ以外にも様々な障壁は私を音楽演奏から遠ざけようとする。
いちいち書かないが、むしろそちらの方が大きいと言えるかもしれない。

大きくて重い鍵盤だって、操作するにはかなりのストレスがかかる。
いよいよ体力がなくなったら、鍵盤を操作する以外の方法を考えなければならないかもしれない。

と言うより、今思いついたのだが、鍵盤を操作する以外の方法でも音楽を作ることができる。
私は何にこだわっているのだろう。
私は音楽を演奏したくて、私のベッドの周りにはその道具が揃っている。

ちょっと面白くなってきた。




From editor


薄氷を踏むような毎日。
「もう自宅では無理かも」
ということばまで出た今日。
痛みが強くてどうにもならない。
ストレスがたまり、痛みが強まる。
そして、ストレスは痛みだけじゃない。
どうしたらいいかわからない。
ピアノも、毎日は弾けない。
なんとかピアノのところへたどりついて、短いのを1曲、なんとか2曲が精一杯。

でも、ちいさな希望をみつける。
ちいさな「できたこと」を祝う。
いただきものの平飼い卵とオリゴ糖で今朝つくったプリンをひとつ、食べられた。