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2018年8月20日月曜日

水色文庫新作「夏の思い出」登録しました

水色文庫の新作「 夏の思い出」を登録しました。

このテキストは2018年8月19日に開催した身体文章塾のお題「アルバイト」にそって書いた作品です。
身体文章塾の詳細についてはこちらをご覧ください。

2018年8月19日日曜日

編み物:ひと目ずつ編み糸を変えて編む帽子(大変)

編み糸エコアンダリアを使った帽子作りにだいぶ慣れてきたので、ちょっと難しいというか面倒そうなものに挑戦してみることにした。
エコアンダリア・クロッシェという通常の半分の太さの糸を二種類以上使って、ひと目ごとに糸を変えて編み込み模様を作りながら編んでいく帽子に取りかかっている。

これが面倒なのなんのって。

まだ編み方に慣れていないせいもあるのかもしれないが、やたら時間がかかる。
ひょっとして効率的なやり方があるのかもしれない。
だれか知っている人がいたら教えてほしい。
ちょっとYouTubeで調べてみたけど、出てこなかった。

完成したらきっと素敵なんだと思うけどね。

8月20日:共感編み物カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
編み物をしながら、お茶を飲みながら、ゆるく共感しあうまるで昭和の家の縁側のような安心できる居心地を提供しています。編み物のほか、なにかやりたいこと、手仕事など各自お持ちください。

音楽を使った朗読レッスンはほかではあまりやっていない

午前中は朗読の個人レッスンだった。
そのようすをほんのすこしだけ抜粋して紹介する。

現代朗読ではテキストを「読み方」を教えたり、「やってはいけないこと」を指摘するようなことはなく、いまこの瞬間自分の身体がそのテキストをどのように表現しようとしているのかに注目は、それをさまたげない練習をする。
基本はまず、一瞬一瞬変化しつづけている自分に注目できるかどうか、その観察眼を持てるかどうか、という点になる。
そのときに役にたつのが音楽だ。
とくに先が予測できない即興演奏といっしょに読むのは、自分の変化に気づくよいチャンスになる。

私はピアノ弾きなので、ピアノを使った即興演奏で朗読者とおなじ時間軸を移動することになるのだが、おたがいの刺激がおたがいの変化をもたらし、またその変化に気づきやすくなる。
そうやって自分の生命現象がもたらす変化に注目し、それをさまたげずにのびのびと読めるようになっていったとき、朗読者はその人本来のフレッシュな表現の発露ができてくる。

たぶん、このようなレッスンができる場所はあまりないだろう。
朗読という声と身体の表現に興味があるかたは、個人レッスンや現代朗読ゼミ、公開レッスンなどに参加してみてほしい。

今日レッスンしたちさとさんとは、来週、本収録をおこなうことになっている。
どのような朗読作品が生まれるのか、私も楽しみだ。

8月24日:現代朗読ゼミ
朗読や群読などの身体表現を用いていまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現するための研究の場・現代朗読ゼミ、終了後は気楽なカフェタイムも。8月の開催は24(金)19時半から約2時間。

9月16日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。

編み物:エコアンダリア2本引きそろえで編む秋の帽子

Kindleで買ったエコアンダリアという編み糸で編むかぎ針の本を見ながら、帽子を編んでいる。

この夏、エコアンダリアという編み糸が気にいって、帽子を編みはじめ、これで何個めだろうか。
たぶん6個めとか7個め。
夏場は編み物に向かないと思っている人がいるかもしれないけど(私もそう思っていた)、素材によっては夏でも春でも、秋でも、ちゃんとふさわしい編み物がある。

ところで、そろそろ専用の帽子スタンドがほしくなってきた。
といっても、編んだ先から人にあげてしまうのだが。

今回は2本の編み糸を引きそろえて編む方式に挑戦してみた。
2本をまとめて編むので、半分の編み目、半分の手間でさくさく編めるんじゃないかと思っていたのだが、違った。
たしかに目はざっくりとするのだが、糸がたるむと1本だけ取りそこねたり、編み地が分厚くなったりと、手間は1本取りとそう変わらない。
むそろ編み始めは(私だけかもしれないが)窮屈になって苦労した。

エコアンダリアのブルー系のかすり染めという糸と、クロッシェという通常の半分の太さの糸の2本を引きそろえて編む。
ブリム(帽子のつばの部分)はテクノロートという細い形状記憶素材を編みくるんでいく。
編み上がったあとで形が整えやすいためだろうが、実際に編みあがったあとにその効果はよくわからない。
テクノロートを編みくるまなくても、2本取りで厚みがあるので、そう変わらないような気もするが、今度テクノロートなしでおなじものを編んでみて、その結果を検証してみよう。

編み図に指定してあるかぎ針の号数どおりにやると、どうもゆるく、仕上がりが大きくなってしまうような傾向があるようなので(ずっと逆にきつくなってしまうと思いこんでいた)、今回は指定の号数「7.5」より小さい「7」号のかぎ針で編んでいったら、途中、どうみても頭囲が小さくなりすぎて、子どもサイズみたいになってしまいそうだったので、編み目を増やしたりしてなんとか対応してみた。
そのせいか、仕上がりの形が編み図どおりにならなかった。
まあそこそこいい感じにはなったので、よしとするが、課題が残った。

てなことを、今日は個人セッションやら共感セッションの合間にこつこつと進めていた。
明日・20日(月)午後15時からは共感編み物カフェを開催するので、編み物をしたい人も、とくにしたくない人も(ほかのことをしてくれてもかまいません)、気楽にご参加ください。

8月20日:共感編み物カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
編み物をしながら、お茶を飲みながら、ゆるく共感しあうまるで昭和の家の縁側のような安心できる居心地を提供しています。編み物のほか、なにかやりたいこと、手仕事など各自お持ちください。

2018年8月18日土曜日

YouTube:朗読「蛇」狩野亜矢子

夏目漱石の小品集『永日商品』より「蛇」という短編を、公開レッスン参加の狩野亜矢子が朗読しました。
ピアノとの即興セッションです。
朗読と音楽の共演をお楽しみください。

 朗読 :狩野亜矢子
 ピアノ:水城 雄

映像はこちら

2018年8月16日木曜日

個人セッション・共感イベント強化月間

(写真は朗読レッスンに来てくれた亜矢子さんに新作の帽子をかぶってみてもらったところ)

7月・8月は夏休みのせいか、お盆のせいか、暑いせいか(あるいは私のイベントだけなのか)、いつもの講座や勉強会の集まりがあまりよろしくないのだが、ありがたいことに個人セッションのリクエストは多くなってきている。
また、月末に予定していた佐渡教会でのピースキャンプに参加しないことにしたので、スケジュールがだいぶゆったりになった。

この機会に書籍などのテキストコンテンツや映像コンテンツ、その他雑用を集中的に片付けてしまうべく、今月・8月いっぱいと9月上旬は国立・春野亭のスタディルームに立てこもることにした(涼しいしね)。

それ以外には毎月定期的に開催している勉強会は予定どおりおこなうし、また個人セッションも歓迎したい。
とくにオンラインでのセッションは気楽にリクエストいただきたい。

個人セッションとしては、

・共感セッションによる個人的な問題、人間関係の問題の相談
・朗読やオーディオブック収録、声の問題についての個人レッスン

などを受け付けている。
個人セッションを受けることが可能な詳細日時は、こちらからご覧いただきたい。

共感的コミュニケーション関係の勉強会は、

8月18日:共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
8月20日:共感編み物カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
9月5日〜:共感手帳術講座@オンライン
9月7日:共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉

朗読関係の勉強会は、

8月18日:現代朗読ゼミ
9月8日:現代朗読ゼミ

テキスト表現関係の勉強会は、

8月19日:身体文章塾
9月2日:身体文章塾

音読療法関係のイベントは、

8月23日:おとなの音読カフェ@池尻大橋アカシデカフェ
9月8日:ボイスセラピー講座@国立

といったものがあります。
興味・関心をひかれるものがあれば、気楽にご参加ください。

2018年8月15日水曜日

朝からみつばちで大忙し

今日は朝から日本みつばちの世話と突発的できごとで大忙しだった。

夏にはいってから調子が悪くなっていた旧群が、かなり働き蜂の数が減り、貯蜜や育児もはかばかしくなくなってきていたので、給餌をしてみようかということになった。
やるとなるとちょくちょくようすを見て、補給をしてやりたいので、車で30分かけて私が頻繁に行くより、近くに住んでいるみつばち部員にお願いできればありがたい。
そこで部員のはるかさんに頼んで、給餌のやりかたも教えるべく、今朝、いっしょにあした農場に行った。

給餌のしかたを教えて、私はいったん国立の家にもどった。
しばらくしたら、あした農場の渡辺さんから電話がかかってきた。
「どうも分封してるみたいです」
この時期に?

聞くと、蜂がたくさん飛びまわって、分封のときとそっくりの動きを見せているという。
時間的にも時騒ぎとは違いそうだ。

蜂たちの動きが落ちついて、蜂球が確認できるようなことがあれば、もう一度連絡してください、といって、いったん電話を切った。
すぐにまたかかってきて、蜂球が近所の林のなかにできている、という。
しかも今回は低い場所だという。
春の分封のときは、えらく高い場所に蜂球ができて、大変苦労したのだ。

すぐに駆けつけることにした。
ついでにはるかさんに連絡したら、同行できるという。
取りこみに人手が必要なので、ありがたい。

行ってみたら、あした農場ではなく、農場の上のほうの道路脇の雑木林のなかのクヌギの幹に、蜂球ができていた。
かなり大きい。
いったいどこから来た群なのか。
ひょっとしたらみつばち部の旧群の逃去群かもしれないが、どこかよそから分封してやってきたものかもしれない。

とにかく、取りこむことにした。
すでに渡辺さんがハシゴを立てかけてくれていたので、そこにのぼって、網と段ボール箱を使って捕獲開始。
大きな群だったので、3回に分けて捕獲し、用意してあった巣箱に移した。

見ているとどうやら落ち着きそうだ。
取りこぼした働き蜂も巣箱にはいっていくようすがある。
このまま落ち着いてくれるといいのだが。

そのあとで確認すると、農場の旧群の巣箱のなかはほとんど蜂がいなくなっていた。
この逃去群なのかもしれない。
が、そうだったとしても、調子が悪くなっていたところだったので、やりなおしができてよかったかも。

今日は午前7時から30度を超える気温で、暑いなかでの作業だった。
おつかれさまでした。
私も朝からふた仕事くらいした気分になった。

【追記】
渡辺さんからいましがた連絡があり、捕獲した群は結局、全部逃去してしまったとのこと。
残念!
むずかしいなあ。

水色文庫新作「ファラオの墓の秘密の間」登録しました

水色文庫の新作「ファラオの墓の秘密の間」を登録しました。

このテキストは2018年7月29日に開催した身体文章塾のお題「麦わら帽子」にそって書いた作品です。
身体文章塾の詳細についてはこちらをご覧ください。

2018年8月14日火曜日

日本みつばち:夏場の蜜現不足と働き蜂不足で弱体化している

朝からあした農場に行って、日本みつばちの巣箱の内検をしてきた。
昨日から春野亭に滞在していた照井数男くんもいっしょに、ほかに江美さんとはるかさんもお手伝いで同行。

去年から置いてある古いほうの群の勢いがなくて、巣にも蜜がたまっておらずすかすかに。
たぶん、夏場の蜜不足と、働き蜂不足の両方だろう。
幸い、スムシにはやられていないようす。
幼虫とサナギが少ないながらいるので、女王蜂は健在と思われる。

もう一方の今年分封したばかりの新群は元気で勢いがあるが、巣は思ったほど伸びていない。
やはり夏場の蜜不足がたたっているのだろうか。

YouTube:ボランティア・ピアノコンサート抜粋@福井県立病院

2018年8月7日。
数か月おきにおこなっている福井県立病院のエントランスホールでの「夏のピアノコンサート」の記録映像から、一部を抜粋してご紹介します。

 ピアノ:水城 雄

映像はこちら

2018年8月13日月曜日

ゴーヤとなすとピーマンと甘唐辛子の天ぷら

先日作った野菜の天ぷら。
揚げ物は好きだけど、なぜか天ぷらは苦手意識があった。
が、今回はすこしだけ克服した感があった。
また練習がてら作ってみよう。

ゴーヤの天ぷらは期待していたほどではなかった。
ナスとピーマンの天ぷらはおいしかった。
甘唐辛子は激辛の当たりつづきだった。天候のせいかもしれない。

一昨日の韓氏意拳・撃研と昨日の自主稽古で、階段の上り下りに支障をきたすほど、ケツと太ももの後ろ側が筋肉痛。
明日の夜も昭島で講習会。
今週金曜日は国立春野亭で、駒井先生をお招きしての初級と養生功の講習会ふたコマ。こちらは体験参加可能で、どなたも歓迎。

8月17日:国立・韓氏意拳初級講習会

8月17日:韓氏意拳養生功講習会@国立

山梨北杜市の山荘での共感朗読カフェ、2回め終了

先月、テスト的に開催してみた北杜市の桂さんの山荘での共感朗読カフェを受けて、今回2回めをおこなった。
スペースのつごうで定員8名と決めてあって(講師と主催者含む)、今回は定員いっぱいの開催となった。

なぜか最近、北杜市近隣に仕事で引っ越した人や、隣の長野県原村に住んでいるかたが引きよせられるように来られて、すこし前までほとんど縁を感じなかった土地なのにと、不思議な感じがした。
また、以前からの知り合いで奈良に引っ越して住んでいるゆきえさんが、遠来はるばる参加してくれたのもうれしかった。

東京組は私と野々宮、ゼミ生の勝木雪子が参加した。
お盆休みの渋滞を予測して国立を午前9時すぎに車で出発した。
案の定、八王子から上野原のあたりまで、のろのろ運転の渋滞だったのだが、それは予想どおりで、双葉のサービスエリアで昼食をとったり、北杜市のインノという最近評判のパン屋に寄る時間もあって、開始時間の13時前にはちゃんと到着できた。

なにしろ遭難しそうなほど難解な道順なので、遅刻する人が出たりしたが、まずは欠員なく無事に開催できた。

表現とはなにか、表現行為としての朗読とはなにか、自分自身を表現するとはどういうことなのか、変化しつづける現象としての自分に注目するとはどういうことなのか、自分の本来性と社会性を切りわける必要性とはなんなのか、集中するとはどういうことなのか、自分の全体が発声・朗読という身体運動に参加するときどんな感じがするのか。
そんなことを検証するワークを順次おこなっていく。

最終的には自分自身の変化や生命現象に目を向け、そこから発生してくるものを邪魔しないでありのままに表現できるか、お互いにそれを受け取りあうことができるか、そしてみんなでつながりをもったままグループ表現をできるかどうか。

私も朗読に参加したし、最後にはピアノ演奏(北斗の山荘にはピアノがある)で参加したりもした。
このままステージにあげて発表したいような作品になったように思った。

途中、大量のスイカをいただいたり、お茶を飲んだり、桂さんの心使いで楽しくすごさせていただいたり、終了後は個別に武術的な稽古の確認をしたり、共感的に話を聞いたりもできた。

個人山荘のなかで、とても不思議な空間と個性豊かな人たちの集まりが実現している。またお互いに共感的に受け取りあい、攻撃されたり評価されたり、受け入れられいということがない場所にもなっている。
個人的な悩みやプライベートの問題がある人は遠慮せず話すことができるし、それにたいして分析や評価、アドバイスを受けるとはない。

このイベント、来月も開催することが決まっていて、日程は9月17日(月/敬老の日)にほぼ決定。
定員少数なので、興味がある方は早めにお申込みください。

9月17日:共感朗読カフェ(Verba Actus)@山梨県北杜市
Verba Actus とは、共感的コミュニケーションをベースに表現行為を自分自身のなかで統合し、全体性を探求する場です。稽古は朗読する、声を発する、声と身体のつながりを見る、などが中心となります。

2018年8月11日土曜日

共感手帳術第3期のスタート講座、終了

今日は午前11時からついいましがたまで、共感手帳術講座ベーシック編をやっていた。
少人数でじっくりと、つながりを大切にしながら。

共感的コミュニケーション——NVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)を実践的に身につける方法として、手帳を使うこのやりかたはもっとも有効なもののひとつだということを、今日も確信した。
ごちゃごちゃした日々のルーティンやスケジュールの整理もできるしね。

参加者にワークをしてもらっている間、大人用のどんぐり帽を編みあげた。
これは山形の韓氏意拳の教練である高橋先生から、釣り用にとリクエストされたもので、今夜これから参加する昭島のスポーツセンターでの撃研の稽古で駒井先生に託そうと編んでいたもので、間に合ってよかった。

写真は手帳術講座の参加者に仮にかぶってもらったもの。
女性にはちょっと大きすぎる。

というわけで、これから急いで昭島に向かう。

2018年8月9日木曜日

福井県立病院で音読療法のケアワークを

2012年の秋からほぼ3か月に1度のペースで、福井県立病院のエントランスホールでのボランティアピアノコンサートを開催している。
丸6年になろうとしている。
20回近く、おこなってきたことになる。

毎回60分程度のソロピアノ演奏で、どなたも自由に無料で聴くことができる。
だれもがよく知る童謡や季節の唱歌、外国の民謡やポップス、映画音楽、そしてときにはオリジナル曲なども演奏するのだが、毎回即興アレンジで気のおもむくままに展開するので、自分でもどのようになるのか、はじまってみないとわからないという楽しさがある。

今回も夏の曲などほぼ10曲くらいを演奏してきたのだが、用意していただいた席がほぼ満席になるほど盛況で、ありがたいかぎりだった。

そんな長い付き合いになる福井県立病院なのだが、私が音読療法協会のファウンダーであり、音読療法の普及活動もおこなっているというのを知った事務局のかたから、なにか高齢者向けのケアプログラムをとかんがえている看護部のかたたちと、今回お引き合わせいただいた。

私だけでなくボランティアコンサートを頻繁に開催していることからもわかるように、福井県立病院では地域とのつながりを大切にしていたり、また今回うかがった話では、医療行為だけでなくご高齢のかたたちにも優しいケアが病院独自に提供できないかとかんがえておられるということで、音読療法で協力できることになったのはとてもうれしいことだ。

まずは看護部のみなさんに体験していただく予定だ。
そのあと、音読ケアワークを高齢のかたたちにやらせていただき、できれば看護部のかたに音読ワークの進めかたを体得もらって定期的に開催されることがベストだと思っている。
そのためのサポートはできるかぎりおこないたい。

ともあれ、音読療法が公立の病院(病床数1,000)で利用してもらえるようになるのは、とてもうれしいことだし、ほかにもこのような貢献ができる病院がたくさんあるのではないかと想像していて、気軽にお声がけいただければと願っている。

2018年8月7日火曜日

8月の天白朗読と共感のコラボWS、終了

2018年8月5日、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉にて、水野生惠さんが世話人をやってくれて、午前は現代朗読のワークショップを、午後は共感的コミュニケーションの勉強会をおこなった。
参加者はいつもよりすくなめだったが、その分じっくりと取り組めたように思う。

共感的コミュニケーションは座学になることが多いが(私の場合はね)、なるべく「ニーズにつながる」「自分自身に気づく」「いまこの瞬間に居つづける」ことを体感してもらいたくて、できるだけ身体ワークと組み合わせたいと思っている。
とくに最近はそれを強く思うようになってきていて、いっそのこと共感的コミュニケーションの勉強会というより、朗読のワークを共感ベースで、とか、音読ワークを共感ベースで、といったふうに身体ワークを中心軸にしたほうがより私らしく伝えられるんじゃないかとかんがえている。

最近のアロマファンでも、私から提案するまでもなく、朗読や音読をやりたい、という共感仲間が増えてきていて、自然に朗読のワークショップをやるようになった。
アロマファン以外にも、定期的にやることになった山梨・北杜市の山荘でのワークショップや、岐阜・各務原での集まりでも、朗読を筆頭に身体的ワークをおこなうことになっている。

こころと身体は別々のものではない。
あたまと身体はバラバラではなく、一致していたほうがいい。
あたまで「こうすべき」と思っていても、身体が思うように動かないというのはだれもが経験することだろう。
本当は自分がどうしたいのか、なにを大切にしているのか、どんなニーズがあるのか、それはあたまとか身体の問題ではなく、自分という全体性の問題なのだ。
自分にはなにが必要なのか。

その先には、すべての人にもおなじことがいえる、またすべての人がひとしく(自分自身がそうであるように)尊重されることが望ましい、という風景が自然に見えるだろう。
これが共感的コミュニケーションの進みたい世界だと思う。

アロマファンではそんな世界を体感し、みなさんといっしょに体現して、とても豊かでしあわせな気分に(今回も)なった。
ありがたいことだ。
大切なつながりの場所のひとつだ。

9月もこちらで朗読と共感のワークを開催することになった。
都合のつくかたは、午前でも午後でも、あるいは都合がつくなら通してご参加いただけるとうれしい。
お会いできるのを楽しみにしている。

9月9日:朗読と共感のコラボWS@名古屋天白アロマファン
朗読と共感的コミュニケーションを両方体験し、実践を深めることができるワークショップを、午前と午後にそれぞれ、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉で開催します。

2018年8月6日月曜日

楽器を弾こう!

帰省中。
北陸も暑いけれど、東京や名古屋ほどじゃない。

今朝は井戸水をくみあげるポンプを動かして、池に水を張った。
するとボウフラが湧くので、あとでホームセンターに行ってメダカを買ってこよう。

音読トレーナーのみっちーこと山縣理人くんがFacebookで興味深い記事をシェアしていた。

「楽器を弾くとき、脳で何が起こっているのか? 「演奏する」ことの驚くべきメリット」

なるほどねー。
たしかに楽器を演奏するというのは、運動でもあるし、聴覚や視覚も総動員する。
脳のいろいろな部分が活性化するだけでなく、連動するだろう。
音楽家は長生きするとか、長生きするだけでなく健康寿命が長いとか、痴呆症が少ない、などともいわれるが、たしかにそれはあるかもしれない。

私もピアノを弾くけれど、とても集中してトレーニングするときもあれば、気楽に演奏を楽しむときもある。
ひと前で緊張しながらライブ演奏することもあれば、朗読者と即興的に共演を楽しむこともある。
コンサートも緊張ばかりしているわけではなく、リラックスしたり、聴衆とコミュニケーションを楽しむこともある。

明日も福井県立病院で3か月に1度の恒例となっているピアノコンサートを開催する。
よかったら聴きにきてください。
そして演奏する仲間が増えるとうれしいし、しかも即興的な交流を楽しんだり、おなじ曲を合奏しても自由に楽しめるようなつながりが生まれるともっと楽しいだろう。

8月7日:福井県立病院・初夏のピアノコンサート
2018年8月7日(火)午後1時半から、水城ゆうのピアノコンサートが福井県立病院で開催されます。冬の童謡・唱歌などの懐かしいメロディーやオリジナル曲を自由なアレンジでお送りします。無料。

2018年8月4日土曜日

朗読の公開レッスン講座でおこなっていること

長年、朗読やナレーションなど声の表現者とかかわってきた。
すると、その人の読み方や話し方、発声——つまり声が、その人のこころと身体の状態をあからさまに現していることに気づく。
声はいくらとりつくろっても、その人のこころや身体の状態をあますところなく、如実に、正直に現してしまう。
隠しようがない。

聞いている側もそれを受け取り、無意識に相手の状態を知るのだが、社会生活のなかではそこには目を向けることなく、相手が話している内容や情報に目を向けたり、話す技術に気をそらされたりしている。
また、話し方や朗読表現も、話や文章の内容をどれだけ正確に、流暢に、美しく伝えるか、また発音・発声をどのようにコントロールするか、場合によっては自分ではない何者かになって演技したりキャラクター表現することを練習したりする。

現代朗読ではそれをやらない。
技術的なものを付け加えたり、自分をコントロールするようなことは一切せずに、ただただ正直に自分自身のこころと身体の状態に注目し、そこから発生してくるものを「妨げない」ようにする。

演出家としての私も、朗読者と対峙するとき、ただただその人のありのままの生命現象をさぐり、もしそれを妨げるようなことを本人がしているとしたら、そのことに気づいてもらったり、なにか提案してやり方を変えてもらったりすることで、よりその人らしいいきいきとした存在が表出することをいっしょに試みる。

先月からおこなっている朗読表現の公開レッスン講座でも、その方法を用いている。
あともうひとつ、私には有効な手段がひとつあって、それはピアノの即興演奏で朗読者にリアルタイムによりそうことができる、ということだ。
音楽ということばの「意味」ではない音声そのものの交流によって、朗読者は自分が発していることばという「音声」に気づいたり、そのことで私と交流することを楽しんだりする。
これはとても豊かな時間なのだ(やってみればわかります)。

朗読という音声表現の可能性、そしてそこに音楽が加わることにさらに広がる交流(コミュニケーション)表現の世界、そんなことを気軽に楽しんでいただければと思っている。

8月16日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。

2018年8月3日金曜日

ごきげんなQ2nを紹介

けっこう前から(すくなくとも10年以上)Zoomという音響機器メーカーの製品を重宝している。
最初は音楽やスピーチを録音するためのハンディレコーダーを買ったのだと思う。
安い割にクオリティが高く、また機能も私の使用目的に合うものだった。

レコーダーといえば会議やボイスメモを録るためのICレコーダーがたくさん出ているけれど、これらはマイク性能が低くて私の目的には合わなかった。
Zoom製品はマイク性能がよく、また特徴があって、おもしろいものをたくさん出している。
いまでも音録りには、だいぶ前に買ったH4nというものを愛用している。

これはマイク用のキャノンというコネクタを装備していて、プロ用音響マイクを直接ぶっ刺すことができる。
ファントム電源も提供しているので、コンデンサマイクも使える。
と書いても、一般的にはなんのことやらさっぱりわからないだろうと思うが。

そのうちZoomはビデオカメラも装備した製品を出すようになった。
最初は解像度は低く、カメラはおまけで付いている音響レコーダーという感じだったが、最近はカメラ性能もだんだんあがってきている。

いま使っているのはQ2nという、超広角のフルハイビジョンカメラ付きレコーダーだ。
あくまで音響レコーダーだと思っているのは、マイク性能にこだわりを持ちつづけている製品だからだ。
しかも、安い!
1万5千円くらいで買える。

1年くらい前から愛用していたこれが壊れたので(かなりヘビーな使い方をしていたからね)、修理に出すことにした。
が、修理に出しているあいだ、ないのは困るので、つなぎで新品を購入した。
修理からもどってきたら、2台持ちになってもいいし、だれかにゆずってもいい。

ビデオカメラなんだけど、音質がすばらしい。
XYステレオマイクを搭載し、最高24bit/96kHzのハイレゾ音質をカバーしている。
録音モードも、ライブ演奏、スピーチ、会議、自然環境音など、いくつか設定できる。
録画モードもいくつか切り替えることができる。

ほかにコンピューターにつなげばUSBカメラとしてネットミーティングなどでも広角で使えるとか、カードリーダーにもできるとか、いろいろある。
専用バッテリーではなく、単三電池やリチウムイオンが使えるのもいい。
そしてとにかく小さくて、どこにでも置ける。
カメラシューにマウントできるので、三脚なども使える。

とにかくごきげんな機械で、毎日愛用して、使わない日はないといってもいいくらいだ。

2018年8月2日木曜日

お祝い日記をつける(共感手帳)

共感的コミュニケーション(NVC)を身につけるためにとにかくおすすめしたいのが、書くことだ。
書くといってもごく簡単なメモ程度のものをささっと書きつける習慣を持ってほしい、という程度のものだ。

手帳、ノート、スマホ、なんでもいいのだが、自分がもっとも気軽にメモできるもの、いつも持っているものにさっと書きつける習慣を、まず身につけたい。
なにを書きつけるのか、が肝要だ。

なにかできごとが起こり、気持ちが動いたことがあれば、簡単にそれを書きとめてみる。
だれがいつなにをいったのか、いわれたのか、どんなことがあったのか、ごく簡単に、自分にだけわかればいいのでできるだけ簡潔に書きとめてみる。
つらいことも悲しいことも、腹が立ったことも、うれしいことも、わくわくしたことも、気持ちが動いたことはチャッと書きつけておく。

そうしておいて、もし余裕があれば、そのとき動いた感情も、その下に書きつけておく。
いらいらする、窮屈な、悲しい、うれしい、どきどきする、むかつく、そんなことを、思いつくままにメモしておく。

さらに余裕があれば、その感情はいったいどんなニーズから生まれてきているのか、ちょっと注目してくる。
理解が必要だったのか、尊重が必要だったのか、配慮が必要だったのか、あるいは学びや遊びのニーズが満たされたのか、安心できたのか。
そのときに余裕がなければ、あとでゆっくりメモをながめてかんがえてみればいい。

この自分のニーズを確認し、それにつながることを、自己共感という。
共感的コミュニケーションはすべて、自己共感をホームポジションとしてスタートする。

とくに私がおすすめしたいのは、満たされたニーズに注目するためのページを作っておくことだ。
一日の終わりでもいいし、ちょっとしたタイミングでもいい。
なにかニーズが満たされたことがあったら、そのことをとくに強調してメモしておく。
満たされたニーズを大きく書きだしてみる。

満たされたニーズを味わうことを「お祝いする」という。
このお祝いをしっかりしておくことこそ、自分で自分を認める、自分が自分自身のままでいいという自己承認、自信を持ち自分の立脚点を明確にすることにとても役立つ。
他人から承認されないと落ち着かないのではなく、自分が自分を認めることでいつも落ち着いていられること、これが現代日本人にもっとも必要で大切なことかもしれない。


8月11日〜:共感手帳術講座@国立春野亭(またはオンライン)
もやもやのない「いまここ」に集中できる自分であるための「エンパシーノート」の活用法を学び、自分に共感する習慣を身につける練習をします。ベーシック編、アドバンス編、それぞれ2日間の計4回講座です。