2013年4月24日水曜日

ピアノコンサート「コンテンポラリー・デュオ 村田厚生&中村和枝」

2013年4月23日。
杉並公会堂小ホールまで「コンテンポラリー・デュオ 村田厚生&中村和枝」の現代音楽トロンボーンとピアノのデュオコンサートを聴きに行ってきた。
大変楽しかった。
こういう内容・プログラムだと、現代音楽を敬遠しがちの人もきっと楽しめるだろうし、そもそも現代音楽は人々が漠然と想像しているような難解なものばかりじゃない。

プログラムは全部で6曲。
そのうち4曲が委嘱作品の初演という贅沢なものだった。
最初は野沢美香作曲の「たったひとつの冴えたやりかた」。
話がちょっと脱線するが、ピアノは平均率という、和音の協和を無視した、いわば濁った音律で調律されている。
一方トロンボーンなどの金管楽器は純正率という、自然協和が生まれる美しい音律におのずとなっている。
このふたつの楽器が同時に演奏されると、どうしても違う音律なので音がぶつかり、不愉快な響きが生まれてしまう。
ただしトロンボーンはトランペットなどと違ってスライド式のバルブで音程を無段階に調節できるので、ある程度はピアノに合わせることができる。

「たったひとつの冴えたやりかた」はこのピアノとトロンボーンの音律の違いをうまく調和させているように思えた。
ジャズというか、70年代以降のフュージョン音楽を思わせるような音使いの無機質なパターンを次々と変化させていくピアノ演奏に、トロンボーンのうねるような音色が重なっていく。
「冴えたやりかた」というタイトルが秀逸な演目だった。

つぎの溝入敬三作曲の「天使とトロンボーン」は、遊び心に満ちた楽しい曲だった。
語りがたくさんはいっていて、それはもちろん演奏しながら合間に語りを入れるのだ。
トロンボーンは吹きながら、マウスピースを口から離して語って、また急いで吹く、といったユーモラスな感じ。
ピアノの中村さんは演奏しながら朗読していて、これはけっこう難しいんじゃないかと思った。
野々宮卯妙が中村さんに朗読の指導をすこししたといっていた。

前半の最後は一ノ瀬響作曲の「Inner Mirror」という委嘱作品。
あらかじめ録音された音源とライブ演奏をミックスしたものだが、非常に巧妙に作られていて、曲構造についてのアイディアがすばらしく、まさに宇宙的な作品と演奏だった。
村田さんによるソロ演奏だったが、トロンボーンと、塩ビ管を使ったディジュリドゥ・クローンを吹いておられた。

休憩をはさんで後半の最初は、私も大好きな作曲家・松平頼暁さんの委嘱作品「ALL ABOUT」。
これもまた楽しい作品で、トロンボーンが出せるあらゆる音を使い、なおかつ演奏者の身体運動や発音までも盛りこんだおもちゃ箱のような曲だった。
マウスピースを手でたたいたり、吸ったり、引っこ抜いたり、といったことを含め、さまざまな音が万華鏡のようにちりばめられていた。
そして、ひょっとしてベートーベンの交響曲第五番を分断したり変化させたりしてパロディにしていたのだろうか、最終的には軍隊とか戦争といったものにたいする強烈なアンチメッセージのように聞こえてしかたなかった。

全体で5曲めとなる山根明季子作曲による「マジカルメディカルトランキライザー」は、トイピアノとプラスチック・トロンボーンの演奏。
これまたおもちゃ箱のような作品で、終始トイピアノがキラキラと鳴るなか、わざと濁らせた音のトロンボーンがユーモラスな演奏をくりひろげる。
中村さんのシェーンハットのトイピアノは、これまで小さなライブハウスで2度聴かせてもらったが、今回の小ホールが一番響きがよくて、楽しめた。
非常によく鳴るトイピアノなので、あまり狭い場所だと耳当たりが強すぎるのかもしれない。

最後の曲が圧巻だった。
山本裕之作曲による「Contour--ism III」で、これも委嘱作品。
最初に音律のことを書いたが、これはその音律の違いをわざと意味なくするアイディアが使われていた。
トロンボーンの音程調節バルブを伸ばして、たぶん3分の1か4分の1音ピアノの基準音より下げていた。
つまり、普通におなじ「ド」の音を鳴らしても、最初から狂っていて、響きが濁っているのだ。
こうなるとそもそもの音律の違いなど意味がなくなる。
終始濁った音で複雑な曲を合奏していて、最初は耳がおかしくなりそうだったが、音の狂いや響きすらこの曲のメッセージなのだと思うと、そこにはノイズ音楽でも、調性音楽でもない、まったくあたらしい音楽の姿が現れてきた。
最初にも書いたように、トロンボーンはスライド式で音程を調節できるのだが、それにさからって音程を狂わせたまま演奏しきるというのは、逆に正確な音程を取れる技術がなければできない技だろう。
あらためて村田さんは凄腕だと思った。
そしてもちろん、中村さんの超絶技術でありながら軽快に、じつに楽しそうに演奏する姿に、こちらまで楽しくなったのはいうまでもない。