荒川あい子の処女短編小説集『分身』がリリースされた。
どの物語も、みじかいながら丁寧に描かれた、しかし不思議な味わいに満ちた絵のような印象を持っている。
あるものは非現実的で平面的であり、あるものはリアルでエロティックであったりする。
しかし、いずれもたしかにいえるのは、ごてごてと絵の具を重ねた油画とはちがった、さらりとしたアクリルか水彩を薄く塗りかさねたような透明な質感がある、ということだ。
しかし、下地はつるっとしたボードのようなものではなく、キャンバス地の手触りもある。
荒川あい子個人について、私はすこし語ることができる。
彼女は現代朗読協会の私のゼミ「テキスト表現ゼミ」もしくは「次世代作家養成塾」のゼミ生として、ここ数年、小説を書きつづけてきた。
初期のころは文章も稚拙だったが、しかし最初から上記のような独特の感触を描いていた。
私が留意したのは、その手触りをそこなうことなく、テキスト表現のクオリティをあげていってもらうことだった。
なにより小説を書くことが好きで、そのことが生きることのまんなかに存在している。
そのことが荒川あい子を強い、同時にもろい存在にしている。
その一点からにじみだしてくるオリジナルなテキストが、私を魅了する。
彼女はごく最近、お母さんになった。
それが彼女の書くものにどのような影響を与えるのか、あるいは与えないのか。
どうしてもそこのところに関心が向かってしまいがちだが、じつはそんなことはどうでもいいことなのかもしれない。
彼女は彼女であり、どのような境遇に置かれようとも、たぶん不思議な味わいをうしなうことなく書きつづけるだろう。
荒川あい子短編集『分身』はこちらで読むことができます。
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