2011年8月22日月曜日

ジブリアニメ「コクリコ坂から」の良さはなにか

急に思いついて、宮崎駿の息子の宮崎吾郎の監督作品「コクリコ坂から」を観てきた。
宮崎吾郎は前作「ゲド戦記」がアレだったので、まったく期待していなかったのだが、思いがけずいい映画だった。拾い物だった。
とくにすばらしかったのは、全編の美術だ。東京オリンピックの前年の1963年という時代設定だが、街の風景、海や丘の風景、建物、屋内、商店街、そして横浜から東京にかけての繁華街の光景など、いい空気感で描かれている。もちろんアニメなのでリアルというわけではないが、空気感をうまく出していると思った。
もっとも、父・宮崎駿の作る絵柄の広々した気持ちよさにはかなわない。これが個人の資質によるものなのか、時代によるものなのか。ひょっとして、父・駿が生まれ育った環境と、息子・吾郎が生まれ育った環境の違いのせいで、それぞれの監督が作る絵柄の空気が変わってくるのかもしれない。

音楽もよかった。全編、ジャズと、ジャズっぽいアレンジの曲でカバーされている。
もっとも、絵と音楽のマッチングがしっくりしていない場面もいくつかあって、音楽がうるさく感じられるシーンもあった。
これはあまり指摘されることはないのだが、宮崎駿は天才的な音楽使いでもある。音楽を作るのは音楽家だが(今回は武部聡志)、それを使うのは監督である。宮崎駿は「カリオストロの城」からすでに天才的だった。彼が「風の谷のナウシカ」という、実質的には彼自身の初長編アニメで久石譲という、当時はほとんど無名の音楽家を使ったことも、宮崎駿の音楽的感性の鋭さを証明している。
吾郎は残念ながら親父に及ばない。

20代より若い人たちには、この映画のどこがよいのかさっぱりわからない、という意見があることを聞いた。
なるほど。これを、1963年という日本のある時期のノスタルジックな風景のなかで語られるストーリーとして理解するなら、彼らにはさっぱりわからないことになるだろう。私は1957年生まれだが、かろうじてこの時期の日本の風景はノスタルジックな感情に重ねあわせることができる。が、この映画をノスタルジックに観てしまったら、見方を誤る。
映画の終盤で風間くんが演説する場面がある。あそこにたぶん、宮崎駿(吾郎ではなく)のメッセージがこめられている。そのメッセージは、おそらく、「ナウシカ」「ラピュタ」そして「トトロ」「千と千尋」などにも通底している強いメッセージなのだ。それを受け取れるかどうかは、観客の年齢とは関係のない話だ。

余談だが、カルチェラタンを壊さないように徳丸理事長に3人で頼みに行くシーンで、徳丸財団の建物が昔の徳間書店の徳間ビルそのものだったので、笑ってしまった。
私は処女長編を徳間書店から出して作家デビューしたのだが、1986年に初めて徳間書店を訪れたときのことをはっきりと覚えている。まさにそのビルが出てきて、びっくりした。
そしてもちろん、徳丸理事長は亡き徳間康快氏そのまんまなのである。いろいろと問題のあった人ではあるが、これも宮崎駿のちょっとした遊び心と同時に、供養の一種なのかもしれない。

などと、父親と比べてばかりいるのはかわいそうだ。それが宿命だとはいっても、ひとりの映画監督として見たとき、「ゲド戦記」⇒「コクリコ坂」という成長がある。これはすばらしいことだと思う。
私たちはこの映画を、宮崎駿の息子が作った映画、ではなく、宮崎吾郎という若手監督の懸命の作品として観なければならない。
私たちにいま必要なことは、若手や新人をけなすのではなく、育てることだ。そのことに喜びを感じることだ。
いま、映画界も文学界も演劇界も音楽界も、本当に人材を育てることが難しくなってきている。せっかくの才能が次々とつぶされていくのを見ているとつらくなる。
私のような年上の者も、大人も、そして作り手の同年代も、それよりも若い人たちも、人を応援し育てることを真剣にかんがえてほしい。そうすれば結局は自分たちもその恩恵にあずかることになるのだ。
それができないと、たとえば本郷館のような文化資産(カルチェラタンそっくりだ)を個人の所有物だからと平気で取りつぶしてしまうのを許容する精神的貧困極まる社会が、さらに進展していくだろう。