朗読という言語を使った表現が、非言語コミュニケーションを成立させているところがおもしろいのだ。私はその観察を裏付けるために、このところ著しく発展してきている生理学や、最新の脳科学、心理学などを勉強していった。すると、興味深いものに行き当たった。
それは「ミラーニューロン」と呼ばれるもので、1996年にイタリアのジャコーモ・リッツォラッティらによって発見された。ごく一部の霊長類をのぞいてヒト特有の神経で、ものまね神経とも呼ばれている。言語を獲得することや、他人と共感することに重要な働きがある。
多くの解説書が日本語でも出ているので、興味のある人は読んでみてほしい。それを読めばわかることだが、朗読という行為においても人はお互いの共感、理解という働きでミラーニューロンが働いている。つまり、伝わるのは文章だけではなく、身体のありようそのものなのだ。
このようなアプローチで朗読をコミュニケーション行為としてとらえた朗読講座は、少なくとも私は知らなかったし、いまも知らない。朗読の身体性とコミュニケーションの両方に注意を払った結果、現代朗読協会にはあらたな講座が生まれた。
身体の運用方法について論理的かつユニークな観点から実用的な面を持つアレクサンダー・テクニーク講座だ。講師は安納ケン。彼は朗読とはなんの関係もなかったが、私が童謡や唱歌をさまざまにアレンジした曲を発表している音楽ユニットうふの相方・伊藤さやかの知己だった。
安納ケンは勉強家であり、朗読はしないがミュージカルに出たり歌を歌ったりする彼は、自分でも身体運用の勉強をしていて、アレクサンダー・テクニークに出会ったのだった。これはまだ日本にはあまり普及しておらず、正規講師として外国人が来ることが多かった。
安納ケンは英語が堪能で、同時通訳もできる。そこでアレクサンダーの講師がアメリカやイギリスから来るとき、ワークショップの通訳につきながら自分も勉強を続けていた。そして、彼が現代朗読協会に来るようになったちょうどそのころ、正規インストラクターの資格を取った。
彼は最初の自分の講座を現代朗読協会で開催してくれた。以来、彼のアレクサンダー・テクニーク講座は不定期にいまでも続いている。私も習った。最初はなかなか理解し、実践するのが難しかったが、気がついたらアレクサンダー抜きの生活など考えられないほどになっている。
アレクサンダーはもちろん朗読にも応用できる。最初の開発者のアレクサンダー氏は、そもそもオーストラリア出身の朗唱家だったのだ。かなり有用な技術なので、欧米の演劇学校や音楽学校ではかなりのところが必須科目として導入している。日本ではまだ知られていないが。
勉強家の安納ケンは、もうひとつ、重要なものを現代朗読協会にもたらしてくれた。それが NVC だった。NVC とは「Nonviolent Communication」「非暴力コミュニケーション」のことだ。これはアメリカのマーシャル・ローゼンバーグが提唱している考え方だ。
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