2010年5月20日木曜日

オーディオブックの真実 Vol.9

朗読ワークショップの告知はおもにネットでおこなった。自社サイトやメールマガジンなど。興味本意の冷やかし半分で来る参加者はお断り、という意味で、参加費はかなり高額だった。しかも丸二日間にわたってみっちり、収録実習も含めておこなうものだった。

ワーショップ参加者のなかから何人かのオーディオブックリーダー(朗読者)が生まれた。もちろん、そのまますぐに本収録に移行できる人はほとんどいなかったが、アイ文庫の制作姿勢に賛同し、食いついてくれた人には、引き続き継続的に来てもらうことをお願いした。

ワークショップ終了後も地下スタジオに通ってもらい、作品を決め、読み込みをすすめ、収録のための技術を磨いて、本収録へと持ちこむ。そういう人が何人も出てきた。アイ文庫の朗読者の層は厚くなっていった。ひとまず、ワークショップの開催は成功といえた。

文芸朗読だけでなく、音楽家としての私の特性を生かした作品もできた。JFNの「はなのある風景」や、世田谷FMの「ジューシー・ジャズカーゴ」を皮切りに、オリジナル作品も作りはじめた。たとえばそのひとつが、岩崎さとことおこなった中原中也の詩曲集。

岩崎さとこは富良野塾第二期生の女優であり、いまは亡き今村昌平監督の映画「楢山節考」や「女衒」などに高校生のときから出演もしていたキャリアを持つ。彼女の朗読を聴いたとき、声優やナレーターにはない奥の深い表現力があり、驚いた記憶がある。なにしろ女優だ。

116 地下スタジオでは収録だけでなく、広い静穏スペースを利用してライブもやるようになったのだが、その最初のライブも彼女にやってもらった。その話は置いておいて、ともかく表現力の豊かさから、さまざまなオーディオブックを読んでもらったほか、詩曲集も作った。

中原中也の有名な「汚れちまった悲しみに」をやりたいと岩崎さとこがいうので、それを含んだ詩集「みちこ」を、ピアノの即興演奏とともに収録することになった。彼女が詩を読み、私がピアノを弾く。ほとんど打ち合わせなしのぶっつけ本番で、緊張感があった。

ピアノを弾く私は、中原中也の「ことば」に触発されて即興を音を出していく。それを岩崎さとこが受け取り、表現を重ねていく。それを聴いてまた私が……というふうに、コミュニケーションの連鎖で音声作品ができていく。この手法からはさまざまなことを知ることになった。

詩曲集を作る過程において私たちが交わしたのは、言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーションの両方だった。それは「朗読とはなにか」ということを深く考えるきっかけとなった。この「朗読にたいする熟考」が、NPO法人現代朗読協会設立のきっかけとなる。

話を「中原中也詩曲集」にもどす。岩崎さとことは数回にわたって収録をおこなった。収録後は編集/マスタリング作業となる。ヴォーカルトラック、ピアノトラックのそれぞれを編集し、プラグインを使って各トラックに適切なイフェクトを挿入し、細かく整える。

CDにするためにツートラックにミックスダウンし、最終的なマスタリングをおこなう。音楽製作ではあたりまえの作業であり、オーディオブックには私はこの作業工程を適用していた。知らない人が多いし、また一般ユーザーには必要もないことだが、特殊な工程があるのだ。

音声コンテンツ製作の過程でもっとも特殊な(一般人が知らない)工程は、最終の「マスタリング」と呼ばれる部分だろう。おそらく言葉すら聞いたことがないと思うが、しかし製作現場の者で知らないものはいない。ところが、オーディオブック業界では様子が違っているようだ。

オーディオブックを作っている会社の人でも「マスタリング」という作業はおろか、言葉すら知らない人がいるというのを知ったのは、数年前のことだ。Apple のミュージックストア「iTunes Store」が日本に上陸したのは2005年8月のことだった。

※この項はTwitterで連載したものです。
 新連載「朗読の快楽/響き合う表現(仮)」は近日スタート。