2010年5月25日火曜日

オーディオブックの真実 Vol.14

話をずっとさかのぼって元にもどす。iTunes Store 上陸以前まで。iTunes が現われるまでオーディオブックを扱う場所がなかったわけではない。アイ文庫はもともとテキスト配信からスタートした会社であり、テキストコンテンツもたくさん持っていた。

いまでいう電子ブックだが、パピレスという電子書店が業界を先行していた。当初は売り上げも伸びず、大変苦労していたようだ。いまはどうか知らないが、6、7年前は電子ブックといっても、グラビア写真集などのアダルト向け商品が主力だった。

テキストも官能小説が一番の売れ筋で、アダルトビデオなどの動画作品もそこに加わっていった。動画がオーケーなら音声もオーケーだろうと、オーディオブックもパピレスで売ってもらうことになった。PC向けのダウンロードサイトで、iPodはまだ発売されていなかった。

パビレスでオーディオブックを売りはじめたのだが、ほとんどまったくといっていいくらい売れなかった。同時に、オンデマンドでCD-Rの販売も自社サイトでおこなったが、こちらもビジネスとはいえない程度の売り上げしかなかった。月に数枚がやっとだった。

そんな折、ある電気メーカーからコンタクトがあり、アイ文庫のコンテンツに興味があるという。なんでもその会社では、医療用のある機器を開発していて、そこに朗読コンテンツを入れたいのだという。いろいろな条件やクオリティの点でアイ文庫が条件に適合したらしい。

そのM社はアイ文庫の朗読作品をある程度まとめて買ってくれることになった。買うといっても、データであるから、その使用権を支払ってもらうということになる。契約書を結び、何年間かにわたってアイ文庫の朗読作品を自由にその医療機器に使っていい、ということになる。

買ってもらうといっても、作品そのものは手元にそのまま残っているし、引き続きネットやオンデマンドで売ってもいいのだ(ほとんど売れないけれど)。大変ありがたい話だった。こういうとき「原盤権」も売ってしまうやり方と、「原盤権」は保持する方法がある。

原盤権も売ってしまった場合、アイ文庫にはもうその作品を売る権利は亡くなる。ネットで売っているオーディオブックの売り上げも、その会社のものになる。アイ文庫は原盤権は売らない契約をした。ここで簡単に「原盤権」という言葉について説明しておかなければならない。

「原盤権」の「原盤」とは、音楽がレコード盤で売られていた時代の名残の言葉である。レコードの作り方。昔々の話。スタジオでミュージシャンに演奏させ、その音をアルミ盤のような柔らかい金属に針で傷をつけて「録音」していた。螺旋状の溝を音で振動させながら掘るわけだ。

掘られた溝に、逆に針を落として盤を回転させれば、音が再生されるという仕組みで、これはエジソンが発明した。その元の柔らかい盤を、そのままでは傷みやすいのでなんらかの加工をして丈夫にしたものが「原盤」と呼ばれるもの。その盤を元にしてレコード盤を複製するのだ。

この「原盤」こそが、音楽制作社の権利の元だった。原盤を元にコピーを作って売ることが、レコードを売るという商売だった。原盤をコピーする権利のことを「コピーライト(copyright)」という。「マルC」マークである。いまはデジタルデータなので原盤は存在しない。

しかし「原盤」という考え方はいまだに残っている。音楽(音声)コンテンツにはまず、原盤権が設定される。売価の何パーセント、というような形だ。次に著作権(作曲著作権/作詞著作権)、その他必要に応じて各種の権利が設定される。プレイヤー印税などもそうだ。

プレイヤー/演奏者(朗読者)に印税を設定するか、あるいは1回限りのギャランティーを渡しておしまいにするかは、契約による。印税の場合、作品があまり売れなければ朗読者は微々たる報酬しか手にいれることができないが、逆にたくさん売れればそれに応じてたくさん入る。

※この項はTwitterで連載したものです。
 新連載「朗読の快楽/響き合う表現(仮)」は近日スタート。