このように、音声コンテンツとしての朗読の収録や、表現としての朗読の研究をつづけていくうちに、かなりオリジナリティのあるノウハウが蓄積されてきていることに、みんなが気づきはじめた。朗読表現についてのノウハウである。私たちはどの団体にも所属していなかった。
アイ文庫という会社も、私自身も、ナレーターや声優や朗読者の団体や系列、事務所などとは一切無縁であり、ノウハウはすべて独学で積み上げ、また実践によって検証してきたものだ。この方法は非常に回りくどくて時間はかかるが、大きな利点もある。
ノウハウをどこからもだれからも受け継いでいないので、既成の思いこみとか慣習的手法から一切離れている。業界内ではあたりまえで標準的だとされている方法が、実際にはとてもおかしなことをやっている、というようなことが、私からはよく見通すことができた。
このオリジナルな方法が意味のない無駄なトレーニングを排し、朗読の上達を早めるのに大変有効であることがわかってきた。また、そもそも「朗読とはなにか」、さまざまある表現ジャンルのなかでどのような位置づけにあるのか、といった原理的なことも考えるようになった。
私は朗読の表現行為の可能性をさぐるために、現代表現(コンテンポラリーアート)の勉強を始めるとともに、オーディオブックという商業コンテンツのみを目的としない、より大きな「朗読表現」のためのグループを、朗読ゼミの延長線上に作れないかと考えはじめた。
こうやって生まれたのが「NPO法人現代朗読協会」である。この話は本稿とは別に、あらためて現代朗読協会のtwitter(@roudokuorg)のほうで書くことにする。その前に、P社へのオーディオブック提供とP社を通じてiTMSでのダウンロード販売が始まった。
夏目漱石、芥川龍之介、太宰治などの、長短編を交えての文芸作品や、私の長編小説などオリジナル作品が次々とiTMSのトップ100にランクインし、さらに上位に顔を出すようになった。とくに人気を博したのが、私の著書『ジャズの聴き方』だった。
これは長らくランキング上位にとどまり、いま確認してみたところ150位くらいにまだ顔を出している。オーディオブックという特徴を生かし、音楽入りになっているところが作るにあたって苦心した。このようなオリジナル作品がたくさん出てくれば活況を呈することだろう。
アイ文庫では、また、「詩曲集」というものを得意としている。これは詩と音楽のセッションで、詩の世界と朗読表現、そして音楽が一体となって音声作品を作っている。これらがiTMSの初期にランクインしていたが、やがて「ことのは出版」が現れた。
ことのは出版は、当時唯一のオーディオブック専門の制作配信会社で、自社でも企画制作するし、また他社作品を預かっていろいろなダウンロードサイトに配信をする。ダウンロードサイトもiTMS以外に、mora、Listen Japan、OnGenなどたくさんできてきた。
これらのサイトといちいち個別に契約し、個別に配信作業をおこなっていくのは、膨大な手間がかかる。ことのは出版のような会社の出現はアイ文庫にとって大変ありがたいものだった。自社コンテンツを預けて配信してもらうほか、依頼を受けての制作も行なうようになった。
このようにことのは出版とタッグを組んでのオーディオブックの企画、制作、販売体勢がスタートし、それは現在まで続いている。これがアイ文庫の進んできた概略である。最後にオーディオブックについて、現状を踏まえたうえで概略を押さえておきたい。
※この項はTwitterで連載したものです ⇒ http://twitter.com/iBunko
新連載「朗読の快楽/響き合う表現(仮)」は近日スタート。