2010年5月30日日曜日

オーディオブックの真実 Vol.18(終)

アップル社の iTunes Music Store が日本に上陸し、本格的にオーディオブックマーケットの展開が始まって5年が経った。その間、iPodなどのメモリプレーヤーが爆発的に普及し、携帯電話の機能もさまざまに増えた。ユーザーの選択肢は圧倒的に増えた。

ケータイ市場も着うたを中心に音楽が、コミックを中心に電子ブックが、急速に売り上げを伸ばしてきた。一方、オーディオブックは、と見ると、確かにコンテンツの数は増えた。が、マーケット規模は実際に予測されたほどには成長していない。ベンチャーは苦戦を強いられている。

最初に述べたように、クオリティの高いオーディオブックの制作にはかなりの制作費がかかる。が、いまだにその制作費を回収できるほどの売り上げは確保するのが難しいし、朗読者も安価なギャラやわずかなロイヤリティでハードワークを強いられている。

魅力あるコンテンツも多くはない。とくに新刊書籍がすぐにオーディオブックになるケースはまだまだ少ない。実用書ではそのようなケースが増えてきたが、文芸書では皆無といっていい。文芸ものはいまだに著作権フリーのものを中心に展開しているのが事実だ。

著作権処理をして音声化される文芸ものもあるにはある。ことのは出版が出している筒井康隆や浅田次郎、川端康成などがそうだが、著作権処理にも先行して資金が必要になる。それだけの資金を回収するのが現状ではまだまだ難しいといえる。

その間にも、iPhoneが出てスマートフォンが普及しはじめ、またKindleやiPadなどの電子ブックが読める(オーディオブックも聴ける)端末が人気を呼んでいる。環境は充分にととのってきているといえるが、マーケットが育っていないのはコンテンツのせいだろう。

コンテンツ不足、コンテンツの魅力不足。オーディオブックというコンテンツは、はじめに述べたように、大きく分けてふたつの側面がある。ひとつは情報性を重視する実用書や講演録、語学レッスンなど。もうひとつは文学的味わいや朗読そのものを楽しむための文芸もの。

両方ともしっかりなければマーケットとしての魅力に欠けるのはいうまでもない。が、現時点では実用書や語学ものが圧倒的に作られ、買われている。オーディオブックは活字書籍と同様、文化的側面が大きいし、大事だと私は考えている。

よい内容のオーディオブックを、子どもも学生も若者も、通勤中の人も主婦もお年寄りも、なにかを「獲得する」ためでなく、豊かなマインドのために楽しむ。実用書や学習ものももちろん大事だが、即座になにかの役に立つわけではないものを楽しむ生活。

書籍や音楽、映画がそうであるように、オーディオブックもそのような楽しみ方をされればいいと思う。そのためには、やはりまだまだ文芸ものが足りないし、その表現クオリティに気を配ったものも少ない。アイ文庫はこのような考えで制作をつづけている。

最後に、オーディオブックの読み手の育成についての、アイ文庫の取り組みを紹介しておく。これはことのは出版にも全面的に協力してもらっているのだが、不定期に「次世代オーディオブック・リーダー育成講座」というものを開催している。

オーディオブックがたんなる「活字本を読みあげただけ」のものではない、すぐれた音声表現作品になるよう、優秀な読み手を育成することを目的としている。興味のある方はこちらをご覧いただきたい。

(おわり)

※この項はTwitterで連載したものです 。
 新連載「朗読の快楽/響き合う表現(仮)」は近日スタート。