アイ文庫オリジナル作品もあった。たとえば私がケータイ小説サイト「どこでも読書」で連載したSFサスペンス小説『浸透記憶』を音声化したもの。これは活字化されるより先に音声化されたのが(自分では)画期的だと思う。朗読は坂野亜沙美で、当時弱冠21歳だった。
『浸透記憶』収録のためのオーディションをおこない、そこで選ばれた声優の卵だが、この小説のムードに非常に合う雰囲気の読みができる人で、長尺の収録にもよく持ちこたえていい作品を残してくれた。iTunes Store などでぜひサンプルを聴いてみてほしい。
『浸透記憶』がオーディオブックに先立って連載されていた「どこでも読書」というケータイ小説サイトだが、私はここでいくつか長編小説を発表している。最初に発表したのが『BODY』という小説だったが、これは画期的な試みがなされた。ただし音声化はされていない。
『BODY』が連載されたとき、「どこでも読書」はAUのEZ-webでも配信をスタートさせた。配信ファイルの特徴として、テキストだけでなく音声も同梱して配信できた。そこで、小説を読みながら音楽も聴けるようにと「小説音楽」も付けることにしたのだ。
映画音楽ならぬ「小説音楽」である。『BODY』という小説に合ったテーマ曲(歌入り)や、章ごとの小説音楽を、配信の区切りごとにつけて出した。なかなか斬新な試みだと思ったのだが、実際にはあまり注目されなかったのは残念だ。しかし、いまでも読むことができる。
AUケータイを持っている人は、ぜひダウンロードして読んで(聴いて)みてほしい。このような「小説音楽」付きの配信という形態は『浸透記憶』でもおこなわれた。その結果、いくつかの曲が生まれた。その曲とテキストを使って、音楽と朗読のライブをやったりもした。
恵比寿の〈天窓スイッチ〉というライブハウスで「浸透記憶ライブ」がおこなわれた。音楽と朗読のライブなので、歌手陣が4人、朗読陣が4人、そして全員が女性という、とても華やかなライブだった。小説/朗読コンテンがそんなポテンシャルを持っていることを確信できた。
ネットライブというものもスタートした。livedoorのラジオ担当者と知り合いになり、アイ文庫のライブのために専用チャンネルを一本用意してもらうことになった。毎週、決まった曜日の夜、朗読研究会(その頃にはゼミと呼んでいた)のメンバーに集まってもらった。
ネットライブではそれぞれが読む作品を決め、あらかじめ「ゼミ」で研究しあったり、演出を受けておいたものを持ちよる。いまでは珍しくはないネット放送で、ただし音声だけのラジオだった。当時はもちろんUStreamのようなサービスはまだなかった。
曜日と時間を決めておいて、その時間になるとリアルタイムでネット放送をスタート。私はピアノを担当し、朗読の合間や、ときには朗読と共演して、内容を盛りあげる役。司会進行も私がおこなった。その様子はオンエアされるだけでなく、同時に録音もしておいた。
それらの録音からおもしろいものを切りだして、「アイ文庫オーディオブック・ライブ」として何作品かダウンロード配信されている。たとえば、野々宮卯妙が読んだ有島武郎「一房の葡萄」や夢野久作「縊死体」、窪田涼子が読んだ芥川龍之介「桃太郎」など。
一発勝負の朗読ライブではあるけれど、実力のある朗読者が読んだものはそのままオーディオブックにできるだけのクオリティがある。また、スタジオできちんと収録したものとは違ったライブ感/ドライブ感があって、音声作品としても聴き応えのあるものになっている。
このネットライブは朗読者にとっても大変な勉強とトレーニングになったのではないかと思われる。アイ文庫の朗読ゼミに参加している者はどんどん実力をつけ、ほとんど無名にも関わらず有名声優やアナウンサーの朗読にひけを取らないものがとれるようになっていった。
※この項はTwitterで連載したものです。
新連載「朗読の快楽/響き合う表現(仮)」は近日スタート。