収録の前段階のことは割愛し、実際の収録作業からのアイ文庫における工程。収録環境として、当初、先に書いたように、ワンルームマンションの一室、一軒家の一階部分の部屋、そして地下室と変遷してきたが、その後も二度引っ越しをして環境が変わっている。
酒屋の地下のあと、すぐ近所の、やはり地下にある音楽スタジオに移った。さらに現在は世田谷区羽根木にある古民家の一室に簡易ブースを設置して、そこを収録ブースとしている。ブース内にはAKGのコンデンサーマイクと、モニター&トークバック用のヘッドホンのみ。
ブース外にリードされたマイクシールドはマイクプリアンプを通してオーディオインターフェースに行っている。インターフェースはいろいろなものを使ってきたが、現在はYAMAHAとMOTUのものを使い、コンピューターはWindowsとMacの両方を使っている。
このような環境で、朗読者がブースに入り、オペレーターがコンピューターにつく。そして収録ディレクターが脇に控える。オペレーターがディレクターを兼ねることもあるが、できれば読みのチェックとディレクションに集中したいので、二人体制が望ましい。
ディレクターがおこなうのは、読み間違いやアクセント違い、ノイズなどの読みチェックだけではない。アイ文庫の場合、事前に朗読者と入念に打ち合わせした「解釈」や音声作品としての最終的な方向性もディレクターが確認しながら、適宜指示を出しながら慎重に収録していく。
収録には、たとえば仕上がりが60分のテキストがあるとすれば、その2倍から3倍はかかる。1時間程度のものを収録する場合、その前後1時間ずつ余裕を見て、3時間のスケジュールを朗読者には押さえてもらっている。この体制はアイ文庫のクオリティのために欠かせない。
朗読者にハンディレコーダーを「ほい」と渡し、収録ブースにひとりでこもってもらって丸一日で本一冊を読ませてしまうようなところもあると聞く。ブースならまだしも、「家で暇なときに読んどいて」というやり方もあるようだ。最近のレコーダーの性能はかなりいいのだ。
エディロールやズームなどの音楽練習用やフィールドレコーディング用のハンディレコーダーは、高性能のマイクを使っており、相当な高音質での録音が可能だ。だからといって、ディレクターのチェックが入らないような収録現場など、アイ文庫では考えられない。
ある高名な俳優で、多くの番組ナレーションにも起用されている人が、外国の人気長編小説をオーディオブックにしている。明らかに「暇なときにちょいちょい」読んだものであり、機材もハンディレコーダーどころか会議用のボイスレコーダーであることは明らかな音質だ。
当然ながらノイズも多く、編集も雑なばかりか、マスタリングなどまったくされていない。これでは耳のよいリスナーは耐えられないだろうし、そういうユーザーはオーディオブックという商業コンテンツから離れていってしまうのではないかと危惧される。
話を戻す。無事に収録が終わると、音声データがコンピューターのハードディスク上に残る。それを今度はオーディオ編集ソフトで編集していく。この工程もアイ文庫では、音のクオリティを確保するために、音楽編集と同等である。まずは単純なノイズカット作業。
これだけでもかなりの時間がかかる。収録時間の5倍くらいは見ておいたほうがいい。ノイズの多い読み手のものだと、さらに時間がかかる。カットすべきノイズの多くは「リップノイズ」と呼ばれる、朗読者の口内や呼吸・唇まわりから発生してしまう微細なものだ。
リスナーの多くはリップノイズなど気にしないのだが、放っておくと全体の印象が(無意識的に)汚れたものになる。きれいに磨きあげられていないガラス越しに外の風景を眺めるような感じ、といえばわかるだろうか。リップノイズは言葉の「間」にあれば簡単に除去できる。
※この項はTwitterで連載したものです。
新連載「朗読の快楽/響き合う表現(仮)」は近日スタート。