現代朗読協会の体験講座やアイ文庫のオーディオブックリーダー養成講座を開催するとき、いつも最初に私が話すことを書いておく。
いつもおなじようなことを話すのだが、参加者の顔ぶれによって毎回微妙に違う。こうやって書きとめておけば、ぶれにくくなるかもしれない。
私はいつもかならず最初に、
「はじめにおことわりしておきますが、私は朗読はできません」
という。とまどったような表情になる方が多い。朗読できない者がどうやって朗読を教えたり、オーディオブックリーダーの指導をしたりできるのだろう、という疑問符が顔に浮かぶ。
当然かもしれない。世の中の多くの朗読教室や養成所では、指導者のほとんどが実技者である。アナウンサー、ナレーター、朗読者、声優、といった人が指導にあたっている。
では、私の立場はなにか。
「私は演出家としてここにいます」
ということを、最初に名言する。
演出家の役割とはなにか。
いろいろな考え方があるだろうが、私は次のような考え方をとっている。
人は実は自分のことが一番よくわからない。「自分」というものは身体、精神、経験、その他さまざまなもので構成されているが、その一部である「顕在意識」で全体を把握することは不可能だ。が、外部から観察することでわかることもある。
演出家は表現者とタッグを組んで、その人のなかにある潜在的な魅力を一緒に探す仕事をする。例えば朗読であれば、「このように読もう」と思いこんである「型」にはまりこんだ読みしかできなくなっている朗読者に、さまざまなアドバイスをしたりエチュードを与えたりすることで、本人すら気づかなかった表現方法やニーズを引きだしていくのだ。
現代朗読の方法では、あるテキストを10人が朗読すれば、10通りの表現が出現する。この手伝いをするのが、演出家の役割だと考えている。
私が演出家にいたった道すじを簡単に説明する。
私は北陸の片田舎に生まれ、勉強はともかく、読書も遊びも身体を動かすことも好きな子どもとして育った。
高校を卒業してから京都の大学に進んだが、なぜか大学が肌に合わず、学校にはほとんど行かなかった。そのかわり、アルバイトに精を出し、ヨットに乗ってばかりいた。
20歳のときに祇園のバーでバーテンダーのアルバイトを始めた。その店は関西のジャズミュージシャンが集うピアノバーで、私はそこで音楽(とくにジャズ)に目覚めることになる。アルバイトの空き時間を見つけてピアノの練習にはげみ、やがて私もジャズマンの仲間入りをした。もっとも、無名のジャズマンがライブ演奏だけで食うのは難しく、いわゆるバンドマンとして夜の街で演奏しながら稼いでいた。
しばらくは順調に音楽をやっていたのだが、やがてカラオケブームが到来。みるみる仕事量が減っていってしまった。とたんに食えなくなり、困りはてた私はいったん生まれ故郷の福井に撤退することにした。
福井に帰った私は、ピアノ教室をやることにした。ほかにも学習塾で勉強を教えたりもした。
そうこうするうち、福井にはNHK一局しかなかったFMラジオ局だが、民放FMができることになった。東京FM系列のFM福井で、開局してすぐに私も番組制作に関わることになった。構成作家をしたり、自分も出演したりしはじめたのだ。田舎では私のようなジャズマンが珍しいということもあったのだろう。
20代の半ばはピアノを教えたり、ラジオ番組を作ったり、地域のイベントでライブをやったりしながらすごした。
20代の最後に、突然小説が売れて、大手出版社から商業作家としてデビューすることになった。徳間書店から初めて書いたSF長編小説が出版されることになったのだ。
以来、30代を通して多くの商業小説を書くことで生活していた。同時にラジオ番組の制作にもずっと関わりつづけていた。テレビ番組にもレギュラーで出演していた。
小説を書くことは性に合っていたが、出版界が次第に構造不況におちいってくると、書きたい小説ではなく「売れる小説」を求められるようになっていった。
次第に私は好きな小説を生活の手段とすることに苦痛を覚えるようになっていった。
そのころ、携帯電話とインターネットが急速に普及しはじめていた。私は出版社が買ってくれない「書きたい小説」を、ネットで発表するようになった。無料ではじめたメールマガジンに多数の読者がついた。
それに目をつけた東京の事業家が私に連絡してきて、ある事業を立ちあげることになった。それがアイ文庫である。私は東京に仕事場を移すことになった。
アイ文庫は最初、携帯電話向けのコンテンツ配信会社としてスタートした。
その後、ネットコンテンツ(おもにオーディオブック)を作る会社にシフトしていった。同時にコミュティFMではあったが、世田谷FM、調布FM、葛飾FMといった局にも番組を配信しはじめた。
このときに朗読の研究会が自然発生的にスタートし、朗読者の育成も始めたのだ。これが現在のNPO法人・現代朗読協会の母体となっている。
アイ文庫や現代朗読協会がおこなっている朗読者育成の特徴は、多くの朗読教室や養成所がおこなっているような技術偏重型の指導をほとんどおこなわない、ということだ。
もちろん必要に応じて技術的なことはやる。が、技術は「必要に応じて身につける」というスタンスに徹底しており、また必要最小限の時間と労力で効率よく身につけてもらう方法をとっている。声優学校が1年も2年もかけてやるようなことを、1か月くらいで身につけてもらうようにしている。それが充分に可能なことは、ここから育った多くの朗読者が証明している。
ここでやるのは、表現(人から人になにかが伝わること)についての本質的な理解や、身体表現としての朗読についての理解とトレーニングだ。
私は演出家としてそのお手伝いをする。
以上のようなことを(もうすこしかいつまんではいるが)講座の最初にざっくりと話させてもらう。
いま近づいている講座は以下のとおり。私の話を聞きに来てください。
「オーディオブックリーダー養成講座」
アイ文庫主催の商業コンテンツを製作するための講座。
3月21日(月)10:00-17:00の開催。
詳細はこちら。
「現代朗読体験講座」
現代朗読の方法を基礎から系統だてて確認できる機会。
3月24日(木)14:00-16:00。
詳細はこちら。
「現代朗読基礎講座」
3月27日スタートです。
全6回完結の講座で、毎週日曜日14:00-17:00の開催。
詳細はこちら。