tag:blogger.com,1999:blog-80350562276681816852024-03-06T17:25:08.629+09:00水の反映水城ゆうブログ
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From editor
これが最後なのか、こんどが最後になるのか、とひとつひとつの行為に思いながらの日々。
この3日間ほどは昼夜を分かたずトイレに頻繁に立つ。
支えると倒れやすくなるようなので、椅子や壁を支えに自力で動いてもらう。
ケアのありようが問われる。
浮腫んでパンパンに膨らんだ両脚をあげるのも自分で、とおねがいする。
ひょいとあげられるときもあれば、手でもちあげないとあげられないときもある。
せめてもの浮腫対策にと、たっぷり時間をかけて両脚のマッサージ(圧)。足の指の下に私の足の指を入れてリズミカルに持ち上げては落としてやると「気持ちいい」といって喜ぶ。こんなのが気持ちいいんだ……という発見。
他人にはそのくらいしかできないし、しないでいいのだろう。
夕方、ふたたび黒い液体を大量に吐く。
「遺言書を書く」と言って書く。遺言書は書き間違えるとだめらしいからもういいよ、とMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-67455198626316323682020-08-04T19:05:00.000+09:002020-08-05T06:39:52.133+09:00essay 20200802b 美しいおと
From editor
aに続いてすぐ弾き始めた曲。
とても美しくて、しかも後半は同じ音の繰り返しになるのに、ずっと聞いていたい、もっと鍵盤を押してほしいと思った。一音一音がしぼりだすようにだされているからだろうか。音が出ているあいだはたしかに生きているからだろうか。
Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-41776543510340421352020-08-04T08:05:00.000+09:002020-08-04T08:05:00.486+09:00essay 20200802a やってみる
From editor
水城がパソコンを操作できないので、私が代わりにやることに。
電子ピアノからオーディオインターフェースを経由してMacbookにつなげ、Logic Proで収録する。
音を編集することは無理だが、とりあえず音をいじらずにwavファイルにバウンス、それをYoutubeにアップする。
そんな些細なことの方法もわからなくて、友人に泣きついて教えてもらう。
やれ音が出ない、やれカットがわからない、やれミックスができない……
収録作業はこれまですべて水城がやってきた。
オーディオブックを収録するために何度か収録作業の講座もやってもらったが、ついぞ私が覚えることはなかった。
やらないからできない。やってみればそのうちできるようになる。
そんなことを人に言ったり言われたりして、ようやく事ほど左様に単純だと納得するまで何年かかっただろう。
ただやればいいだけなのに。
やらMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-52576553239084972432020-08-03T16:34:00.005+09:002020-09-13T18:46:02.334+09:00essay 20200728 神は跳ねる
From editor
この演奏は、仲間たちとともにオーガナイズした2017年NVC国際集中合宿(IIT)の、初日=マーシャル・ローゼンバーグの誕生日に生まれたちせちゃん(2歳)の曲をといって即興で弾いたもので、あとで「神は跳ねる」というタイトルを水城がつけた。
2歳の活発な女の子が、猫をおいかけたり、散歩で見つけたセミのぬけがらを見せに来たり、唇をすぼめながら手作りジンジャーエールを飲んだりしているようすを思い浮かべてみてください。
2歳児は神、というよりきっと神は2歳児みたいなのではないか、無防備で正直でやりたいことしかやらないで、そこに「在る」。
この翌日、7月29日水曜日、待望のMacbook Proが到着。「届いたよ!」とすぐに開けて渡したときの満面の笑み。
(記名支援者の方にお送りした報告メールには写真を掲載させていただいた)
しかし……同じ29日、麻薬の量が2割増Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-29854354142447354802020-07-28T15:33:00.000+09:002020-07-28T15:34:13.702+09:00essay 20200727 耳を澄ましてふと思いついて、ピアノの即興演奏収録の後に、別の音をかぶせてみたくなった。
ピアノの生収録と、実験的にいろいろな音源を作って試してみるのとは、同じマシン(MacBook Pro)を使っている。
生演奏の上に別の音源を生演奏でかぶせるのはそれほど難しいことではない。
ただし、そこにあるのはもともとは生演奏なので、楽譜もないし、リズムのガイドのようなものもない。
収録されたものに耳を澄まし、あたかもそこに一緒に演奏している人間がいるように感じながら音を合わせていく。
その逆をやることもある。
昨日はまずまず上手くいった。
自分対自分のセッションだ。
うまくいけばとても楽しい。
From editor
痛みに耐え続ける毎日がつづく。
ただただ生き延びるだけでせいいっぱい。
ピアノの前までたどりついても、何もできずただはぁはぁと息をして、ベッドに戻る。
それでもまだなんとか自力でMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-82009265161464897802020-07-26T09:56:00.000+09:002020-07-26T09:58:20.725+09:00essay 20200726 増えるレスキューがんの慢性的な痛みをおさえるために、上腕上部に常時皮下注射を入れてある。
そこからは痛み止めの医療用麻薬(モルヒネ)が注入されているのだが、その作用がときどき追いつかなくなることがある。
どうしても痛みが強くなったとき、レスキューとよばれる、追加の麻薬を丸いカプセルのボタンを指で押して手動で注入する。
一時間ぶんぐらいを余分に先行して打つことになるわけだが、体も次第に慣れてきて、最初は一日数回だったのが、4〜5時間に一回、3〜4時間に一回、2時間に一回、と次第に間隔が狭まっていく。そうするとレスキューの意味がなくなるので、ベースの量を増やすことになる。
私が注入している量はどのくらいかよくわからないが、相当な分量を体に入れることになると、体を動かすのもしんどいし、頭の働きも鈍くなっていく。
頭がクリアで、体もあるていどキレが良く、という具合になるといいのだが、なかなかそうはいかない。
Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-46010965465667451412020-07-25T19:30:00.000+09:002020-07-26T09:56:44.046+09:00絵画「非暴力の世界」
今日も雨。
今年初採りのみずみずしいゴーヤを、畑からちぎって持ってきてくれた。
その炒めたものをいただいたが、サクサクと歯応えが良くて、まぁおいしいこと。
朝からわだかまっている腹部の痛みと付き合い続けている。
ひと呼吸ごとに痛みを観察する。
呼吸からの返事はない。
From editor
体調が悪い日が続いている。
昨日は嘔吐の量と色にかなり驚き、医師と看護師、薬剤師が駆けつけ……という事態になってそれなりの覚悟をした。
今日は朝からお通じもあり、だいぶようすは良い。しかしレスキューの量が倍増しているせいか、ぼんやりして過ごしている時間が多い。
ゴーヤをくれた友人と周辺の飲食店の話題になり、水城と三月はあそこで焼肉食べた、四月もあそこで量少なめでもフルコース食べた、というのを思い出して、隔世の感があった。
退院後は一度も一階には下りていない。Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-67196618926113339942020-07-25T08:30:00.000+09:002020-07-25T08:30:11.345+09:00絵画「眼鏡」
ホスピスで描いた葉書くらいのサイズの水彩画です。
古い老眼鏡で、蔓に熱でビニールコーティングしてありますが、所々ハゲかけてちぎれかかっています。
その古い感じがなんとなく味を出しているのです。
送り先は既に決まっています。
From editor
この絵もある方へハガキとして出したものだが、誤字が増えてきた。
もともと誤字脱字はある人だが、どんな誤字かで状態が推し量れる気がする。
Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-9929229365747494832020-07-24T19:14:00.000+09:002020-07-24T19:25:39.898+09:00essay 20200724 お調子もの友が見舞いに訪ねてきて、おいしいものやらお花をくれたり、マッサージをしてくれる。
私は調子に乗って、限度を越えて喜び勇んでパクパク。
翌日は調子を崩して動けなくなる。
今日は大変だった。
朝起きた時から指一本あげられないほど辛くて、医者を呼んでもらった。
その前に嘔吐感がこみ上げてきて、胃の中のものを全部戻してしまった。
便秘もひどくて、ここ何日間かお通じもない。
手当てしてもらってもうまくいかない。
安静にしてなんとか回復を図るのだが、いても立ってもいられないような苦痛に苛まれていた。それでもなんとかこうやってピアノを演奏して、みなさんにお届けすることができた。
体調の限界の中でなにができるのか、今後の課題になっていくかもしれない。
From editor
痛みの受容体が増えているので麻薬を増やそう……とのこと。早くも。
医療用麻薬には上限がないそうだが、それは(増えていMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-38904985522158227292020-07-24T08:30:00.000+09:002020-07-24T08:30:10.712+09:00絵画「絵の具」
病室で何か絵を書こうと思って、実に楽しい色合いのものを探していたら、水彩のパレットそのものがカラフルで楽しそうに見えてきた。そりゃそうだね。
この絵も行き先が決まっています。
喜んでもらってくれると嬉しいな。
From editor
この数日でどんどん画調が変わっている。
最近は抽象なのか幻想なのか、不思議な絵になってきて、このような具象はすでになつかしい。
水城のなかで、なにが起こっているのだろうか。
Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-36050584446184455432020-07-23T13:28:00.000+09:002020-07-23T13:28:03.356+09:00essay 20200723 「カメレオンの目」2女が甜茶を運んできた。
その仕草にかいがいしさはなく、むしろ気だるさに満ちた、見ようによっては億劫そうなものだった。
彼女がなぜそこまで自分の面倒を見てくれるのか、彼は知らなかった。
北からの戦線が迫ってきている。
耳障りなシーリングファンの音が、彼を苛立たせる。
女の目的が金ではないことだけは確かだった。
国からの送金はもう数か月途絶えている。
ひと抱え以上ある巨大な金魚鉢の向こうに、極楽鳥花の花が上をむいて咲いている。
女はこの花が好きらしい。
自分は少なくとも、女にとってこの極楽鳥花以上の存在理由を持っているのだろうか。
From editor
「カメレオンの目」で本当に編集者としての役割を負うことになった。
こんなふうに作者にべったりはりついて、文章チェックや提案や質問や校閲にかかわる話ができるのは理想的なのか、地獄的(?)なのか。とはいえ私も覚悟を決めることにMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-6313996380529900742020-07-23T08:30:00.000+09:002020-07-23T22:40:24.718+09:00絵画「花」
新しくアクリル水彩と言う画材を試してみたら、自分では絶対に描かないような画調の絵ができてしまった。
まあ、これはこれで私の命のかけらに違いない。
どなたにあげることも決まってないので、欲しい方がいらしたら差し上げます。
From editor
「夜釣り」もそうだが、これまで彼が描いたなかでは見たことのないような画風の絵が出てくるのがおもしろい。
新しい画材にはしゃいでいるかんじ(実際には静かなものですが)、何にかわからないけどありがたいきもち。
(追記)この絵の行先は決まりました。Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-48315818545848419952020-07-22T12:46:00.002+09:002020-07-22T12:46:21.758+09:00絵画「夜釣り」
ミニキャンバスに水彩鉛筆というちょっと変わった組み合わせの画材で描きました。
タイトルは「夜釣り」。
そういえば長らく釣りに行ってないなぁ。
これは既に差し上げる方が決まっています。
From editor
昨日も小さなカンヴァスが次々と届いて、階段往復で私にとってはじゅうぶんな運動になった。
届いたばかりのカンヴァスで初めて描いた絵。
描いてからしばらく置いておいたら、どんどん発色が変わると言う。
これはなんだろうねえ……と眺めていたら、「夜釣り」という語が出た。
そう言われると、釣り人が水面を前に暗い中で座っているように見えてきた。
Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-71177544300135806172020-07-22T12:13:00.002+09:002020-07-23T13:15:40.436+09:00essay 20200722 「カメレオンの目」1天井のノイズが耳に障る。
奥の部屋から漂ってくる香《こう》のにおいは、女が器用に素手のままで火を消して回っているので、やがて薄れて消えていくことだろう。
女がこちらにやってきて、ベトナムなまりの強い中国語で、
「お粥食べるか」
と聞く。
食欲はまったくない。
「少し」
と彼は答える。
この女の世話がなければ、自分の命がいくらもないことを彼は知っている。
嘘と不誠実にかこまれた人生のどん詰まりを、彼は漂っている。
From editor
今日の演奏は文章とリンクしているそうです(これまではまったく無関係です(笑)、念のため)。
水城は絵を描きピアノを弾き音声入力で短文を書く、と三面六臂の活躍ぶりに見えるが、それ以外はずっと頭を垂れて折れ曲がった状態で座っている。痛みで体が伸ばせずこの姿勢をもう半年以上続けているのだ、寝ても覚めても。
まるで落ち込んで固まっている人のようMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-11622867829679137562020-07-21T17:32:00.003+09:002020-08-08T12:03:50.934+09:00essay 20200721 やりたかったことかなり落ちこんでしまった。
昨夜、介護ベッドの置いてある二階の部屋に、1階からピアノを運んでセッティングしてもらった。
弾くのは何日ぶりだろう。
退院した日だから、5日ぶりだろうか。
衰えるのは早く、回復するのは時間がかかると聞いた。
確かにその通りだと思った。
まったく思ったように指が動かないのだ。
しかし、ふと思い出した。
思ったように自在に演奏するのではなく、自分の内側から出てくる音を触りながらまだ聞いたことのない自分のことを発見していく作業をやりたいのだった、と。
いずれ肉体は衰えていく。
これまでできたことが、いつかできなくなってしまう日が訪れる。
私の場合、それはおそらく思ったより近い日だろう。
あと何日ピアノを演奏できるだろうか。
許されるなら、その日が来るまでただただ無心にピアノを弾き続ける、それが私の最も喜びとするところだ。
From editor
書Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-15137732240531864502020-07-20T12:30:00.001+09:002020-07-20T13:38:57.903+09:001号サイズの絵拙い手慰みですが、応援してくださる方に差し上げています。
アクリルを使ったスケッチです。スケッチといっても、抽象画で、何かを書いたわけではありません。
From editor
退院翌日から、Amazonから届く荷物が増えた。
絵の具、筆、簡易なパレット、紙、……。
水城が自分で注文したというので、おどろいた。
昔はハガキ大(1号)のワトソン紙に、レンブラントの固形絵の具やステッドラーの水彩色鉛筆を使って、よく絵を描いていた。
ただ描きたいように、上手下手も気にせず描くので、感心していた。世田谷時代には下北沢で個展もやった。個展期間中には朗読ライブも開催して、たくさんの方に来ていただいた。福井のほうではギャラリーで販売もしていたようだ。
Apple pencilが登場してからは、写真をiPadのアプリでトレースして描くようになった。それらはハガキに印刷してイベントで配っMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-65141830617891850772020-07-17T22:55:00.001+09:002020-07-17T22:55:58.469+09:00ホスピスを退院しました
水城、本日退院しました。
吐き気や痛みの強まる時間などは相変わらずあり、体力は激減、息切れも頻度は高く、浮腫もひどい状態です。
しかし痛みはだいぶコントロールできていて、以前よりは総量を減らすことができました。
クリアでいられる時間も増えました。
創作意欲も高まり、さっそく48色水彩色鉛筆を所望、花のスケッチをしていました。
こんなクリアな笑顔は久しぶりです。
「水城ゆうの表現活動支援プロジェクト」へのご参加、ありがとうございます! 安心が体調の安定につながっていると思います。心から感謝申し上げます。
http://mizukiyu.mystrikingly.com/
Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-40550504499851520782020-07-16T21:18:00.003+09:002020-09-13T22:22:02.101+09:00essay 20200716 退院決まる明日、退院することになった。
病院では大変多くの人たちのお世話になった。
治療のためのお医者さんはもちろんのこと、看護婦さん達にはつきっきりでお世話になった。
入院中に必要な様々な物をMariには毎日持ってきたり持って帰ったりしてもらったりしたが、そういう「モノ」だけではなく、心の支えもはるばる行ったり来たり、労を厭わず運んでくれたことには感謝でいっぱいだ。
病院のベッドの上で音楽や文章の制作を続けられたのも、彼女がいたからこそだろう。
ベッドの上の届く位置に機材を並べて、ラップトップコンピューターでちょちょいと編集するのは、ひょっとして、端から見るととても楽な光景かもしれない。
実際には全然そんな事は無い。
おもちゃに毛が生えたようなプラスチックの鍵盤は大変扱いにくいし、膨大な量の音源やエフェクトを詰め込んだコンピューターソフトもやすやすと使いこなせるというものでもない。
Marihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-74832021863661779762020-07-15T23:53:00.003+09:002020-07-15T23:55:03.377+09:00essay 20200715 たくさんの花に囲まれて退院のめどがたって気づいたことがある。
病室には色が少ない。
病室の無色化を最も進めているのは、お見舞いの花だ。
家には絶えず色々な花があった。
訪問する友達によって変えられるだけでなく、日々時間によって変化する。
たとえ同じ花を毎日、時間がわりで描いたとしても楽しいだろう。
ふと気づく。
花に限らず様々なことが、様々な人によって私の生活に贈与されている。
今回は私のために金銭的なことを含め、大掛かりなサポート体制ができた。
これ自体私の友人の貢献によるものだし、それに賛同してくれた多くの人がいることにも驚く。
通りいっぺんの感謝と言う言葉では表しきれないほどありがたく、力づけられるものだ。
これほどまでに多くの友人たちとのつながりを感じたことがあったろうか。
いま私は病床にいるが、たくさんの花々に囲まれているような気分だ。
この花々に囲まれて、つぼみからはどんな音楽が生まれてMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-8035056227668181685.post-73888381740023474182020-07-14T22:07:00.000+09:002020-07-15T21:52:00.725+09:00essay 20200714 宝物製造機移動祝祭日というヘミングウェイの小説がある。
若き日々のヘミングウェイのパリでの日々を題材にした小説だ。
内容はともかく、タイトルが面白いと思った。
そう、人々はどんな悲惨な毎日を過ごしていようとも、見方によってはそれは祝祭であるともいえる。
そんな見方を獲得した時、人は宝物製造機を手に入れたといえよう。
血縁でもないのに、出会い、共に過ごすようになって26年。
そんな人とのつながりもまた、宝物といえよう。
一見何でもない一日を、ここに過ごしている人がいる。
生きていてよかった。
また来年のこの日がやってくるともわからない。
神様に許されたその日が来るまで、またコツコツと正直に生きていく。
From editor
美化はすまいと思うけれど、やっぱり振り返ればかけがえのない日々。
なのに一日一日、なんとおろそかにしてきてしまっただろう。
途中でそれに気がついて、今ここにいてMarihttp://www.blogger.com/profile/09293686997122258346noreply@blogger.com