毎週日曜日の夜、羽根木の家でおこなっている「テキスト表現ゼミ」の習作から秀作を不定期に紹介していくシリーズ。
今回は倉橋彩子の作品。テーマは「夏休み」。
実はこの作品は、最近の倉橋彩子作品とはちょっと趣が違う。
最近の倉橋彩子は、独特のリズムを持った語り口で豊かなイメージの導入を提示することが多いのだが、この作品は完結に説明を省いて、シーンで構成されている。余計な説明はなにもない。
語り口が少し出ているのは、
「ミカの目が半目になり、なつくような、そしてちょっと拗ねるような目線をアイに送った」
この部分くらいだろうか。
「セミがこれでもかと力の限りに鳴いている」
「終業式の日にわすれた傘をぶんぶん振り回しながら歩いて」
「暑くて仕方ないが、鼻歌は越冬つばめなので、ひゅるりひゅるりとつぶやいて」
身体感覚からしか出てこない描写。青春のズキンとする1シーンを切り取って、読者に肉迫する。
【夏休み】
「ねぇ、カキ氷食べて帰ろうよ〜」
ミカが下敷きで顔を仰いでいる。窓の外ではセミがこれでもかと力の限りに鳴いている。
「アー、だめ。今日はお母さんと出かける用事あるからダッシュで帰んなきゃ。」
「えー、登校日で久しぶりに会ったのに、すぐ帰っちゃうの〜?」
「家近いんだからいつでも会えるじゃん。じゃ、またね。」
アイが机の間をぬって颯爽と教室を出て行った。
ミカの目が半目になり、なつくような、そしてちょっと拗ねるような目線をアイに送った。
ミカは、終業式の日にわすれた傘をぶんぶん振り回しながら歩いていた。
暑くて仕方ないが、鼻歌は越冬つばめなので、ひゅるりひゅるりとつぶやいている。
「靴の紐ほどけてるよ」
「え、」
ミカが自分のスニーカーをみると、右足の紐が確かにほどけていた。
傘を地面に置いて、靴の紐を結びなおす。手がかすかに震える。
その間、クラスメイトの井上君は立ち止まっていた。
ミカが顔を上げて振り向くと、よく陽に焼けた顔から、正面を見据えていた視線がミカの方に向けられた。
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