Kindleで買ったエコアンダリアという編み糸で編むかぎ針の本を見ながら、帽子を編んでいる。
この夏、エコアンダリアという編み糸が気にいって、帽子を編みはじめ、これで何個めだろうか。
たぶん6個めとか7個め。
夏場は編み物に向かないと思っている人がいるかもしれないけど(私もそう思っていた)、素材によっては夏でも春でも、秋でも、ちゃんとふさわしい編み物がある。
ところで、そろそろ専用の帽子スタンドがほしくなってきた。
といっても、編んだ先から人にあげてしまうのだが。
今回は2本の編み糸を引きそろえて編む方式に挑戦してみた。
2本をまとめて編むので、半分の編み目、半分の手間でさくさく編めるんじゃないかと思っていたのだが、違った。
たしかに目はざっくりとするのだが、糸がたるむと1本だけ取りそこねたり、編み地が分厚くなったりと、手間は1本取りとそう変わらない。
むそろ編み始めは(私だけかもしれないが)窮屈になって苦労した。
エコアンダリアのブルー系のかすり染めという糸と、クロッシェという通常の半分の太さの糸の2本を引きそろえて編む。
ブリム(帽子のつばの部分)はテクノロートという細い形状記憶素材を編みくるんでいく。
編み上がったあとで形が整えやすいためだろうが、実際に編みあがったあとにその効果はよくわからない。
テクノロートを編みくるまなくても、2本取りで厚みがあるので、そう変わらないような気もするが、今度テクノロートなしでおなじものを編んでみて、その結果を検証してみよう。
編み図に指定してあるかぎ針の号数どおりにやると、どうもゆるく、仕上がりが大きくなってしまうような傾向があるようなので(ずっと逆にきつくなってしまうと思いこんでいた)、今回は指定の号数「7.5」より小さい「7」号のかぎ針で編んでいったら、途中、どうみても頭囲が小さくなりすぎて、子どもサイズみたいになってしまいそうだったので、編み目を増やしたりしてなんとか対応してみた。
そのせいか、仕上がりの形が編み図どおりにならなかった。
まあそこそこいい感じにはなったので、よしとするが、課題が残った。
てなことを、今日は個人セッションやら共感セッションの合間にこつこつと進めていた。
明日・20日(月)午後15時からは共感編み物カフェを開催するので、編み物をしたい人も、とくにしたくない人も(ほかのことをしてくれてもかまいません)、気楽にご参加ください。
◎8月20日:共感編み物カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
編み物をしながら、お茶を飲みながら、ゆるく共感しあうまるで昭和の家の縁側のような安心できる居心地を提供しています。編み物のほか、なにかやりたいこと、手仕事など各自お持ちください。
水城ゆうブログ
公式ウェブサイトはこちら ⇒ http://mizuki-u.com
記事へのコメント・メッセージはSNSにどうぞ。
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2018年8月19日日曜日
2018年8月18日土曜日
YouTube:朗読「蛇」狩野亜矢子
夏目漱石の小品集『永日商品』より「蛇」という短編を、公開レッスン参加の狩野亜矢子が朗読しました。
ピアノとの即興セッションです。
朗読と音楽の共演をお楽しみください。
朗読 :狩野亜矢子
ピアノ:水城 雄
映像はこちら。
ピアノとの即興セッションです。
朗読と音楽の共演をお楽しみください。
朗読 :狩野亜矢子
ピアノ:水城 雄
映像はこちら。
2018年8月16日木曜日
個人セッション・共感イベント強化月間
(写真は朗読レッスンに来てくれた亜矢子さんに新作の帽子をかぶってみてもらったところ)
7月・8月は夏休みのせいか、お盆のせいか、暑いせいか(あるいは私のイベントだけなのか)、いつもの講座や勉強会の集まりがあまりよろしくないのだが、ありがたいことに個人セッションのリクエストは多くなってきている。
また、月末に予定していた佐渡教会でのピースキャンプに参加しないことにしたので、スケジュールがだいぶゆったりになった。
この機会に書籍などのテキストコンテンツや映像コンテンツ、その他雑用を集中的に片付けてしまうべく、今月・8月いっぱいと9月上旬は国立・春野亭のスタディルームに立てこもることにした(涼しいしね)。
それ以外には毎月定期的に開催している勉強会は予定どおりおこなうし、また個人セッションも歓迎したい。
とくにオンラインでのセッションは気楽にリクエストいただきたい。
個人セッションとしては、
・共感セッションによる個人的な問題、人間関係の問題の相談
・朗読やオーディオブック収録、声の問題についての個人レッスン
などを受け付けている。
個人セッションを受けることが可能な詳細日時は、こちらからご覧いただきたい。
共感的コミュニケーション関係の勉強会は、
◎8月18日:共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
◎8月20日:共感編み物カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
◎9月5日〜:共感手帳術講座@オンライン
◎9月7日:共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉
朗読関係の勉強会は、
◎8月18日:現代朗読ゼミ
◎9月8日:現代朗読ゼミ
テキスト表現関係の勉強会は、
◎8月19日:身体文章塾
◎9月2日:身体文章塾
音読療法関係のイベントは、
◎8月23日:おとなの音読カフェ@池尻大橋アカシデカフェ
◎9月8日:ボイスセラピー講座@国立
といったものがあります。
興味・関心をひかれるものがあれば、気楽にご参加ください。
7月・8月は夏休みのせいか、お盆のせいか、暑いせいか(あるいは私のイベントだけなのか)、いつもの講座や勉強会の集まりがあまりよろしくないのだが、ありがたいことに個人セッションのリクエストは多くなってきている。
また、月末に予定していた佐渡教会でのピースキャンプに参加しないことにしたので、スケジュールがだいぶゆったりになった。
この機会に書籍などのテキストコンテンツや映像コンテンツ、その他雑用を集中的に片付けてしまうべく、今月・8月いっぱいと9月上旬は国立・春野亭のスタディルームに立てこもることにした(涼しいしね)。
それ以外には毎月定期的に開催している勉強会は予定どおりおこなうし、また個人セッションも歓迎したい。
とくにオンラインでのセッションは気楽にリクエストいただきたい。
個人セッションとしては、
・共感セッションによる個人的な問題、人間関係の問題の相談
・朗読やオーディオブック収録、声の問題についての個人レッスン
などを受け付けている。
個人セッションを受けることが可能な詳細日時は、こちらからご覧いただきたい。
共感的コミュニケーション関係の勉強会は、
◎8月18日:共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
◎8月20日:共感編み物カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
◎9月5日〜:共感手帳術講座@オンライン
◎9月7日:共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉
朗読関係の勉強会は、
◎8月18日:現代朗読ゼミ
◎9月8日:現代朗読ゼミ
テキスト表現関係の勉強会は、
◎8月19日:身体文章塾
◎9月2日:身体文章塾
音読療法関係のイベントは、
◎8月23日:おとなの音読カフェ@池尻大橋アカシデカフェ
◎9月8日:ボイスセラピー講座@国立
といったものがあります。
興味・関心をひかれるものがあれば、気楽にご参加ください。
2018年8月15日水曜日
朝からみつばちで大忙し
今日は朝から日本みつばちの世話と突発的できごとで大忙しだった。
夏にはいってから調子が悪くなっていた旧群が、かなり働き蜂の数が減り、貯蜜や育児もはかばかしくなくなってきていたので、給餌をしてみようかということになった。
やるとなるとちょくちょくようすを見て、補給をしてやりたいので、車で30分かけて私が頻繁に行くより、近くに住んでいるみつばち部員にお願いできればありがたい。
そこで部員のはるかさんに頼んで、給餌のやりかたも教えるべく、今朝、いっしょにあした農場に行った。
給餌のしかたを教えて、私はいったん国立の家にもどった。
しばらくしたら、あした農場の渡辺さんから電話がかかってきた。
「どうも分封してるみたいです」
この時期に?
聞くと、蜂がたくさん飛びまわって、分封のときとそっくりの動きを見せているという。
時間的にも時騒ぎとは違いそうだ。
蜂たちの動きが落ちついて、蜂球が確認できるようなことがあれば、もう一度連絡してください、といって、いったん電話を切った。
すぐにまたかかってきて、蜂球が近所の林のなかにできている、という。
しかも今回は低い場所だという。
春の分封のときは、えらく高い場所に蜂球ができて、大変苦労したのだ。
すぐに駆けつけることにした。
ついでにはるかさんに連絡したら、同行できるという。
取りこみに人手が必要なので、ありがたい。
行ってみたら、あした農場ではなく、農場の上のほうの道路脇の雑木林のなかのクヌギの幹に、蜂球ができていた。
かなり大きい。
いったいどこから来た群なのか。
ひょっとしたらみつばち部の旧群の逃去群かもしれないが、どこかよそから分封してやってきたものかもしれない。
とにかく、取りこむことにした。
すでに渡辺さんがハシゴを立てかけてくれていたので、そこにのぼって、網と段ボール箱を使って捕獲開始。
大きな群だったので、3回に分けて捕獲し、用意してあった巣箱に移した。
見ているとどうやら落ち着きそうだ。
取りこぼした働き蜂も巣箱にはいっていくようすがある。
このまま落ち着いてくれるといいのだが。
そのあとで確認すると、農場の旧群の巣箱のなかはほとんど蜂がいなくなっていた。
この逃去群なのかもしれない。
が、そうだったとしても、調子が悪くなっていたところだったので、やりなおしができてよかったかも。
今日は午前7時から30度を超える気温で、暑いなかでの作業だった。
おつかれさまでした。
私も朝からふた仕事くらいした気分になった。
【追記】
渡辺さんからいましがた連絡があり、捕獲した群は結局、全部逃去してしまったとのこと。
残念!
むずかしいなあ。
夏にはいってから調子が悪くなっていた旧群が、かなり働き蜂の数が減り、貯蜜や育児もはかばかしくなくなってきていたので、給餌をしてみようかということになった。
やるとなるとちょくちょくようすを見て、補給をしてやりたいので、車で30分かけて私が頻繁に行くより、近くに住んでいるみつばち部員にお願いできればありがたい。
そこで部員のはるかさんに頼んで、給餌のやりかたも教えるべく、今朝、いっしょにあした農場に行った。
給餌のしかたを教えて、私はいったん国立の家にもどった。
しばらくしたら、あした農場の渡辺さんから電話がかかってきた。
「どうも分封してるみたいです」
この時期に?
聞くと、蜂がたくさん飛びまわって、分封のときとそっくりの動きを見せているという。
時間的にも時騒ぎとは違いそうだ。
蜂たちの動きが落ちついて、蜂球が確認できるようなことがあれば、もう一度連絡してください、といって、いったん電話を切った。
すぐにまたかかってきて、蜂球が近所の林のなかにできている、という。
しかも今回は低い場所だという。
春の分封のときは、えらく高い場所に蜂球ができて、大変苦労したのだ。
すぐに駆けつけることにした。
ついでにはるかさんに連絡したら、同行できるという。
取りこみに人手が必要なので、ありがたい。
行ってみたら、あした農場ではなく、農場の上のほうの道路脇の雑木林のなかのクヌギの幹に、蜂球ができていた。
かなり大きい。
いったいどこから来た群なのか。
ひょっとしたらみつばち部の旧群の逃去群かもしれないが、どこかよそから分封してやってきたものかもしれない。
とにかく、取りこむことにした。
すでに渡辺さんがハシゴを立てかけてくれていたので、そこにのぼって、網と段ボール箱を使って捕獲開始。
大きな群だったので、3回に分けて捕獲し、用意してあった巣箱に移した。
見ているとどうやら落ち着きそうだ。
取りこぼした働き蜂も巣箱にはいっていくようすがある。
このまま落ち着いてくれるといいのだが。
そのあとで確認すると、農場の旧群の巣箱のなかはほとんど蜂がいなくなっていた。
この逃去群なのかもしれない。
が、そうだったとしても、調子が悪くなっていたところだったので、やりなおしができてよかったかも。
今日は午前7時から30度を超える気温で、暑いなかでの作業だった。
おつかれさまでした。
私も朝からふた仕事くらいした気分になった。
【追記】
渡辺さんからいましがた連絡があり、捕獲した群は結局、全部逃去してしまったとのこと。
残念!
むずかしいなあ。
水色文庫新作「ファラオの墓の秘密の間」登録しました
水色文庫の新作「ファラオの墓の秘密の間」を登録しました。
このテキストは2018年7月29日に開催した身体文章塾のお題「麦わら帽子」にそって書いた作品です。
身体文章塾の詳細についてはこちらをご覧ください。
2018年8月14日火曜日
日本みつばち:夏場の蜜現不足と働き蜂不足で弱体化している
朝からあした農場に行って、日本みつばちの巣箱の内検をしてきた。
昨日から春野亭に滞在していた照井数男くんもいっしょに、ほかに江美さんとはるかさんもお手伝いで同行。
去年から置いてある古いほうの群の勢いがなくて、巣にも蜜がたまっておらずすかすかに。
たぶん、夏場の蜜不足と、働き蜂不足の両方だろう。
幸い、スムシにはやられていないようす。
幼虫とサナギが少ないながらいるので、女王蜂は健在と思われる。
もう一方の今年分封したばかりの新群は元気で勢いがあるが、巣は思ったほど伸びていない。
やはり夏場の蜜不足がたたっているのだろうか。
昨日から春野亭に滞在していた照井数男くんもいっしょに、ほかに江美さんとはるかさんもお手伝いで同行。
去年から置いてある古いほうの群の勢いがなくて、巣にも蜜がたまっておらずすかすかに。
たぶん、夏場の蜜不足と、働き蜂不足の両方だろう。
幸い、スムシにはやられていないようす。
幼虫とサナギが少ないながらいるので、女王蜂は健在と思われる。
もう一方の今年分封したばかりの新群は元気で勢いがあるが、巣は思ったほど伸びていない。
やはり夏場の蜜不足がたたっているのだろうか。
2018年8月13日月曜日
ゴーヤとなすとピーマンと甘唐辛子の天ぷら
先日作った野菜の天ぷら。
揚げ物は好きだけど、なぜか天ぷらは苦手意識があった。
が、今回はすこしだけ克服した感があった。
また練習がてら作ってみよう。
ゴーヤの天ぷらは期待していたほどではなかった。
ナスとピーマンの天ぷらはおいしかった。
甘唐辛子は激辛の当たりつづきだった。天候のせいかもしれない。
一昨日の韓氏意拳・撃研と昨日の自主稽古で、階段の上り下りに支障をきたすほど、ケツと太ももの後ろ側が筋肉痛。
明日の夜も昭島で講習会。
今週金曜日は国立春野亭で、駒井先生をお招きしての初級と養生功の講習会ふたコマ。こちらは体験参加可能で、どなたも歓迎。
◎8月17日:国立・韓氏意拳初級講習会
◎8月17日:韓氏意拳養生功講習会@国立
揚げ物は好きだけど、なぜか天ぷらは苦手意識があった。
が、今回はすこしだけ克服した感があった。
また練習がてら作ってみよう。
ゴーヤの天ぷらは期待していたほどではなかった。
ナスとピーマンの天ぷらはおいしかった。
甘唐辛子は激辛の当たりつづきだった。天候のせいかもしれない。
一昨日の韓氏意拳・撃研と昨日の自主稽古で、階段の上り下りに支障をきたすほど、ケツと太ももの後ろ側が筋肉痛。
明日の夜も昭島で講習会。
今週金曜日は国立春野亭で、駒井先生をお招きしての初級と養生功の講習会ふたコマ。こちらは体験参加可能で、どなたも歓迎。
◎8月17日:国立・韓氏意拳初級講習会
◎8月17日:韓氏意拳養生功講習会@国立
山梨北杜市の山荘での共感朗読カフェ、2回め終了
先月、テスト的に開催してみた北杜市の桂さんの山荘での共感朗読カフェを受けて、今回2回めをおこなった。
スペースのつごうで定員8名と決めてあって(講師と主催者含む)、今回は定員いっぱいの開催となった。
なぜか最近、北杜市近隣に仕事で引っ越した人や、隣の長野県原村に住んでいるかたが引きよせられるように来られて、すこし前までほとんど縁を感じなかった土地なのにと、不思議な感じがした。
また、以前からの知り合いで奈良に引っ越して住んでいるゆきえさんが、遠来はるばる参加してくれたのもうれしかった。
東京組は私と野々宮、ゼミ生の勝木雪子が参加した。
お盆休みの渋滞を予測して国立を午前9時すぎに車で出発した。
案の定、八王子から上野原のあたりまで、のろのろ運転の渋滞だったのだが、それは予想どおりで、双葉のサービスエリアで昼食をとったり、北杜市のインノという最近評判のパン屋に寄る時間もあって、開始時間の13時前にはちゃんと到着できた。
なにしろ遭難しそうなほど難解な道順なので、遅刻する人が出たりしたが、まずは欠員なく無事に開催できた。
表現とはなにか、表現行為としての朗読とはなにか、自分自身を表現するとはどういうことなのか、変化しつづける現象としての自分に注目するとはどういうことなのか、自分の本来性と社会性を切りわける必要性とはなんなのか、集中するとはどういうことなのか、自分の全体が発声・朗読という身体運動に参加するときどんな感じがするのか。
そんなことを検証するワークを順次おこなっていく。
最終的には自分自身の変化や生命現象に目を向け、そこから発生してくるものを邪魔しないでありのままに表現できるか、お互いにそれを受け取りあうことができるか、そしてみんなでつながりをもったままグループ表現をできるかどうか。
私も朗読に参加したし、最後にはピアノ演奏(北斗の山荘にはピアノがある)で参加したりもした。
このままステージにあげて発表したいような作品になったように思った。
途中、大量のスイカをいただいたり、お茶を飲んだり、桂さんの心使いで楽しくすごさせていただいたり、終了後は個別に武術的な稽古の確認をしたり、共感的に話を聞いたりもできた。
個人山荘のなかで、とても不思議な空間と個性豊かな人たちの集まりが実現している。またお互いに共感的に受け取りあい、攻撃されたり評価されたり、受け入れられいということがない場所にもなっている。
個人的な悩みやプライベートの問題がある人は遠慮せず話すことができるし、それにたいして分析や評価、アドバイスを受けるとはない。
このイベント、来月も開催することが決まっていて、日程は9月17日(月/敬老の日)にほぼ決定。
定員少数なので、興味がある方は早めにお申込みください。
◎9月17日:共感朗読カフェ(Verba Actus)@山梨県北杜市
Verba Actus とは、共感的コミュニケーションをベースに表現行為を自分自身のなかで統合し、全体性を探求する場です。稽古は朗読する、声を発する、声と身体のつながりを見る、などが中心となります。
スペースのつごうで定員8名と決めてあって(講師と主催者含む)、今回は定員いっぱいの開催となった。
なぜか最近、北杜市近隣に仕事で引っ越した人や、隣の長野県原村に住んでいるかたが引きよせられるように来られて、すこし前までほとんど縁を感じなかった土地なのにと、不思議な感じがした。
また、以前からの知り合いで奈良に引っ越して住んでいるゆきえさんが、遠来はるばる参加してくれたのもうれしかった。
東京組は私と野々宮、ゼミ生の勝木雪子が参加した。
お盆休みの渋滞を予測して国立を午前9時すぎに車で出発した。
案の定、八王子から上野原のあたりまで、のろのろ運転の渋滞だったのだが、それは予想どおりで、双葉のサービスエリアで昼食をとったり、北杜市のインノという最近評判のパン屋に寄る時間もあって、開始時間の13時前にはちゃんと到着できた。
なにしろ遭難しそうなほど難解な道順なので、遅刻する人が出たりしたが、まずは欠員なく無事に開催できた。
表現とはなにか、表現行為としての朗読とはなにか、自分自身を表現するとはどういうことなのか、変化しつづける現象としての自分に注目するとはどういうことなのか、自分の本来性と社会性を切りわける必要性とはなんなのか、集中するとはどういうことなのか、自分の全体が発声・朗読という身体運動に参加するときどんな感じがするのか。
そんなことを検証するワークを順次おこなっていく。
最終的には自分自身の変化や生命現象に目を向け、そこから発生してくるものを邪魔しないでありのままに表現できるか、お互いにそれを受け取りあうことができるか、そしてみんなでつながりをもったままグループ表現をできるかどうか。
私も朗読に参加したし、最後にはピアノ演奏(北斗の山荘にはピアノがある)で参加したりもした。
このままステージにあげて発表したいような作品になったように思った。
途中、大量のスイカをいただいたり、お茶を飲んだり、桂さんの心使いで楽しくすごさせていただいたり、終了後は個別に武術的な稽古の確認をしたり、共感的に話を聞いたりもできた。
個人山荘のなかで、とても不思議な空間と個性豊かな人たちの集まりが実現している。またお互いに共感的に受け取りあい、攻撃されたり評価されたり、受け入れられいということがない場所にもなっている。
個人的な悩みやプライベートの問題がある人は遠慮せず話すことができるし、それにたいして分析や評価、アドバイスを受けるとはない。
このイベント、来月も開催することが決まっていて、日程は9月17日(月/敬老の日)にほぼ決定。
定員少数なので、興味がある方は早めにお申込みください。
◎9月17日:共感朗読カフェ(Verba Actus)@山梨県北杜市
Verba Actus とは、共感的コミュニケーションをベースに表現行為を自分自身のなかで統合し、全体性を探求する場です。稽古は朗読する、声を発する、声と身体のつながりを見る、などが中心となります。
2018年8月11日土曜日
共感手帳術第3期のスタート講座、終了
今日は午前11時からついいましがたまで、共感手帳術講座ベーシック編をやっていた。
少人数でじっくりと、つながりを大切にしながら。
共感的コミュニケーション——NVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)を実践的に身につける方法として、手帳を使うこのやりかたはもっとも有効なもののひとつだということを、今日も確信した。
ごちゃごちゃした日々のルーティンやスケジュールの整理もできるしね。
参加者にワークをしてもらっている間、大人用のどんぐり帽を編みあげた。
これは山形の韓氏意拳の教練である高橋先生から、釣り用にとリクエストされたもので、今夜これから参加する昭島のスポーツセンターでの撃研の稽古で駒井先生に託そうと編んでいたもので、間に合ってよかった。
写真は手帳術講座の参加者に仮にかぶってもらったもの。
女性にはちょっと大きすぎる。
というわけで、これから急いで昭島に向かう。
少人数でじっくりと、つながりを大切にしながら。
共感的コミュニケーション——NVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)を実践的に身につける方法として、手帳を使うこのやりかたはもっとも有効なもののひとつだということを、今日も確信した。
ごちゃごちゃした日々のルーティンやスケジュールの整理もできるしね。
参加者にワークをしてもらっている間、大人用のどんぐり帽を編みあげた。
これは山形の韓氏意拳の教練である高橋先生から、釣り用にとリクエストされたもので、今夜これから参加する昭島のスポーツセンターでの撃研の稽古で駒井先生に託そうと編んでいたもので、間に合ってよかった。
写真は手帳術講座の参加者に仮にかぶってもらったもの。
女性にはちょっと大きすぎる。
というわけで、これから急いで昭島に向かう。
2018年8月9日木曜日
福井県立病院で音読療法のケアワークを
2012年の秋からほぼ3か月に1度のペースで、福井県立病院のエントランスホールでのボランティアピアノコンサートを開催している。
丸6年になろうとしている。
20回近く、おこなってきたことになる。
毎回60分程度のソロピアノ演奏で、どなたも自由に無料で聴くことができる。
だれもがよく知る童謡や季節の唱歌、外国の民謡やポップス、映画音楽、そしてときにはオリジナル曲なども演奏するのだが、毎回即興アレンジで気のおもむくままに展開するので、自分でもどのようになるのか、はじまってみないとわからないという楽しさがある。
今回も夏の曲などほぼ10曲くらいを演奏してきたのだが、用意していただいた席がほぼ満席になるほど盛況で、ありがたいかぎりだった。
そんな長い付き合いになる福井県立病院なのだが、私が音読療法協会のファウンダーであり、音読療法の普及活動もおこなっているというのを知った事務局のかたから、なにか高齢者向けのケアプログラムをとかんがえている看護部のかたたちと、今回お引き合わせいただいた。
私だけでなくボランティアコンサートを頻繁に開催していることからもわかるように、福井県立病院では地域とのつながりを大切にしていたり、また今回うかがった話では、医療行為だけでなくご高齢のかたたちにも優しいケアが病院独自に提供できないかとかんがえておられるということで、音読療法で協力できることになったのはとてもうれしいことだ。
まずは看護部のみなさんに体験していただく予定だ。
そのあと、音読ケアワークを高齢のかたたちにやらせていただき、できれば看護部のかたに音読ワークの進めかたを体得もらって定期的に開催されることがベストだと思っている。
そのためのサポートはできるかぎりおこないたい。
ともあれ、音読療法が公立の病院(病床数1,000)で利用してもらえるようになるのは、とてもうれしいことだし、ほかにもこのような貢献ができる病院がたくさんあるのではないかと想像していて、気軽にお声がけいただければと願っている。
丸6年になろうとしている。
20回近く、おこなってきたことになる。
毎回60分程度のソロピアノ演奏で、どなたも自由に無料で聴くことができる。
だれもがよく知る童謡や季節の唱歌、外国の民謡やポップス、映画音楽、そしてときにはオリジナル曲なども演奏するのだが、毎回即興アレンジで気のおもむくままに展開するので、自分でもどのようになるのか、はじまってみないとわからないという楽しさがある。
今回も夏の曲などほぼ10曲くらいを演奏してきたのだが、用意していただいた席がほぼ満席になるほど盛況で、ありがたいかぎりだった。
そんな長い付き合いになる福井県立病院なのだが、私が音読療法協会のファウンダーであり、音読療法の普及活動もおこなっているというのを知った事務局のかたから、なにか高齢者向けのケアプログラムをとかんがえている看護部のかたたちと、今回お引き合わせいただいた。
私だけでなくボランティアコンサートを頻繁に開催していることからもわかるように、福井県立病院では地域とのつながりを大切にしていたり、また今回うかがった話では、医療行為だけでなくご高齢のかたたちにも優しいケアが病院独自に提供できないかとかんがえておられるということで、音読療法で協力できることになったのはとてもうれしいことだ。
まずは看護部のみなさんに体験していただく予定だ。
そのあと、音読ケアワークを高齢のかたたちにやらせていただき、できれば看護部のかたに音読ワークの進めかたを体得もらって定期的に開催されることがベストだと思っている。
そのためのサポートはできるかぎりおこないたい。
ともあれ、音読療法が公立の病院(病床数1,000)で利用してもらえるようになるのは、とてもうれしいことだし、ほかにもこのような貢献ができる病院がたくさんあるのではないかと想像していて、気軽にお声がけいただければと願っている。
2018年8月7日火曜日
8月の天白朗読と共感のコラボWS、終了
2018年8月5日、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉にて、水野生惠さんが世話人をやってくれて、午前は現代朗読のワークショップを、午後は共感的コミュニケーションの勉強会をおこなった。
参加者はいつもよりすくなめだったが、その分じっくりと取り組めたように思う。
共感的コミュニケーションは座学になることが多いが(私の場合はね)、なるべく「ニーズにつながる」「自分自身に気づく」「いまこの瞬間に居つづける」ことを体感してもらいたくて、できるだけ身体ワークと組み合わせたいと思っている。
とくに最近はそれを強く思うようになってきていて、いっそのこと共感的コミュニケーションの勉強会というより、朗読のワークを共感ベースで、とか、音読ワークを共感ベースで、といったふうに身体ワークを中心軸にしたほうがより私らしく伝えられるんじゃないかとかんがえている。
最近のアロマファンでも、私から提案するまでもなく、朗読や音読をやりたい、という共感仲間が増えてきていて、自然に朗読のワークショップをやるようになった。
アロマファン以外にも、定期的にやることになった山梨・北杜市の山荘でのワークショップや、岐阜・各務原での集まりでも、朗読を筆頭に身体的ワークをおこなうことになっている。
こころと身体は別々のものではない。
あたまと身体はバラバラではなく、一致していたほうがいい。
あたまで「こうすべき」と思っていても、身体が思うように動かないというのはだれもが経験することだろう。
本当は自分がどうしたいのか、なにを大切にしているのか、どんなニーズがあるのか、それはあたまとか身体の問題ではなく、自分という全体性の問題なのだ。
自分にはなにが必要なのか。
その先には、すべての人にもおなじことがいえる、またすべての人がひとしく(自分自身がそうであるように)尊重されることが望ましい、という風景が自然に見えるだろう。
これが共感的コミュニケーションの進みたい世界だと思う。
アロマファンではそんな世界を体感し、みなさんといっしょに体現して、とても豊かでしあわせな気分に(今回も)なった。
ありがたいことだ。
大切なつながりの場所のひとつだ。
9月もこちらで朗読と共感のワークを開催することになった。
都合のつくかたは、午前でも午後でも、あるいは都合がつくなら通してご参加いただけるとうれしい。
お会いできるのを楽しみにしている。
◎9月9日:朗読と共感のコラボWS@名古屋天白アロマファン
朗読と共感的コミュニケーションを両方体験し、実践を深めることができるワークショップを、午前と午後にそれぞれ、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉で開催します。
参加者はいつもよりすくなめだったが、その分じっくりと取り組めたように思う。
共感的コミュニケーションは座学になることが多いが(私の場合はね)、なるべく「ニーズにつながる」「自分自身に気づく」「いまこの瞬間に居つづける」ことを体感してもらいたくて、できるだけ身体ワークと組み合わせたいと思っている。
とくに最近はそれを強く思うようになってきていて、いっそのこと共感的コミュニケーションの勉強会というより、朗読のワークを共感ベースで、とか、音読ワークを共感ベースで、といったふうに身体ワークを中心軸にしたほうがより私らしく伝えられるんじゃないかとかんがえている。
最近のアロマファンでも、私から提案するまでもなく、朗読や音読をやりたい、という共感仲間が増えてきていて、自然に朗読のワークショップをやるようになった。
アロマファン以外にも、定期的にやることになった山梨・北杜市の山荘でのワークショップや、岐阜・各務原での集まりでも、朗読を筆頭に身体的ワークをおこなうことになっている。
こころと身体は別々のものではない。
あたまと身体はバラバラではなく、一致していたほうがいい。
あたまで「こうすべき」と思っていても、身体が思うように動かないというのはだれもが経験することだろう。
本当は自分がどうしたいのか、なにを大切にしているのか、どんなニーズがあるのか、それはあたまとか身体の問題ではなく、自分という全体性の問題なのだ。
自分にはなにが必要なのか。
その先には、すべての人にもおなじことがいえる、またすべての人がひとしく(自分自身がそうであるように)尊重されることが望ましい、という風景が自然に見えるだろう。
これが共感的コミュニケーションの進みたい世界だと思う。
アロマファンではそんな世界を体感し、みなさんといっしょに体現して、とても豊かでしあわせな気分に(今回も)なった。
ありがたいことだ。
大切なつながりの場所のひとつだ。
9月もこちらで朗読と共感のワークを開催することになった。
都合のつくかたは、午前でも午後でも、あるいは都合がつくなら通してご参加いただけるとうれしい。
お会いできるのを楽しみにしている。
◎9月9日:朗読と共感のコラボWS@名古屋天白アロマファン
朗読と共感的コミュニケーションを両方体験し、実践を深めることができるワークショップを、午前と午後にそれぞれ、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉で開催します。
2018年8月6日月曜日
楽器を弾こう!
帰省中。
北陸も暑いけれど、東京や名古屋ほどじゃない。
今朝は井戸水をくみあげるポンプを動かして、池に水を張った。
するとボウフラが湧くので、あとでホームセンターに行ってメダカを買ってこよう。
音読トレーナーのみっちーこと山縣理人くんがFacebookで興味深い記事をシェアしていた。
「楽器を弾くとき、脳で何が起こっているのか? 「演奏する」ことの驚くべきメリット」
なるほどねー。
たしかに楽器を演奏するというのは、運動でもあるし、聴覚や視覚も総動員する。
脳のいろいろな部分が活性化するだけでなく、連動するだろう。
音楽家は長生きするとか、長生きするだけでなく健康寿命が長いとか、痴呆症が少ない、などともいわれるが、たしかにそれはあるかもしれない。
私もピアノを弾くけれど、とても集中してトレーニングするときもあれば、気楽に演奏を楽しむときもある。
ひと前で緊張しながらライブ演奏することもあれば、朗読者と即興的に共演を楽しむこともある。
コンサートも緊張ばかりしているわけではなく、リラックスしたり、聴衆とコミュニケーションを楽しむこともある。
明日も福井県立病院で3か月に1度の恒例となっているピアノコンサートを開催する。
よかったら聴きにきてください。
そして演奏する仲間が増えるとうれしいし、しかも即興的な交流を楽しんだり、おなじ曲を合奏しても自由に楽しめるようなつながりが生まれるともっと楽しいだろう。
◎8月7日:福井県立病院・初夏のピアノコンサート
2018年8月7日(火)午後1時半から、水城ゆうのピアノコンサートが福井県立病院で開催されます。冬の童謡・唱歌などの懐かしいメロディーやオリジナル曲を自由なアレンジでお送りします。無料。
北陸も暑いけれど、東京や名古屋ほどじゃない。
今朝は井戸水をくみあげるポンプを動かして、池に水を張った。
するとボウフラが湧くので、あとでホームセンターに行ってメダカを買ってこよう。
音読トレーナーのみっちーこと山縣理人くんがFacebookで興味深い記事をシェアしていた。
「楽器を弾くとき、脳で何が起こっているのか? 「演奏する」ことの驚くべきメリット」
なるほどねー。
たしかに楽器を演奏するというのは、運動でもあるし、聴覚や視覚も総動員する。
脳のいろいろな部分が活性化するだけでなく、連動するだろう。
音楽家は長生きするとか、長生きするだけでなく健康寿命が長いとか、痴呆症が少ない、などともいわれるが、たしかにそれはあるかもしれない。
私もピアノを弾くけれど、とても集中してトレーニングするときもあれば、気楽に演奏を楽しむときもある。
ひと前で緊張しながらライブ演奏することもあれば、朗読者と即興的に共演を楽しむこともある。
コンサートも緊張ばかりしているわけではなく、リラックスしたり、聴衆とコミュニケーションを楽しむこともある。
明日も福井県立病院で3か月に1度の恒例となっているピアノコンサートを開催する。
よかったら聴きにきてください。
そして演奏する仲間が増えるとうれしいし、しかも即興的な交流を楽しんだり、おなじ曲を合奏しても自由に楽しめるようなつながりが生まれるともっと楽しいだろう。
◎8月7日:福井県立病院・初夏のピアノコンサート
2018年8月7日(火)午後1時半から、水城ゆうのピアノコンサートが福井県立病院で開催されます。冬の童謡・唱歌などの懐かしいメロディーやオリジナル曲を自由なアレンジでお送りします。無料。
2018年8月4日土曜日
朗読の公開レッスン講座でおこなっていること
長年、朗読やナレーションなど声の表現者とかかわってきた。
すると、その人の読み方や話し方、発声——つまり声が、その人のこころと身体の状態をあからさまに現していることに気づく。
声はいくらとりつくろっても、その人のこころや身体の状態をあますところなく、如実に、正直に現してしまう。
隠しようがない。
聞いている側もそれを受け取り、無意識に相手の状態を知るのだが、社会生活のなかではそこには目を向けることなく、相手が話している内容や情報に目を向けたり、話す技術に気をそらされたりしている。
また、話し方や朗読表現も、話や文章の内容をどれだけ正確に、流暢に、美しく伝えるか、また発音・発声をどのようにコントロールするか、場合によっては自分ではない何者かになって演技したりキャラクター表現することを練習したりする。
現代朗読ではそれをやらない。
技術的なものを付け加えたり、自分をコントロールするようなことは一切せずに、ただただ正直に自分自身のこころと身体の状態に注目し、そこから発生してくるものを「妨げない」ようにする。
演出家としての私も、朗読者と対峙するとき、ただただその人のありのままの生命現象をさぐり、もしそれを妨げるようなことを本人がしているとしたら、そのことに気づいてもらったり、なにか提案してやり方を変えてもらったりすることで、よりその人らしいいきいきとした存在が表出することをいっしょに試みる。
先月からおこなっている朗読表現の公開レッスン講座でも、その方法を用いている。
あともうひとつ、私には有効な手段がひとつあって、それはピアノの即興演奏で朗読者にリアルタイムによりそうことができる、ということだ。
音楽ということばの「意味」ではない音声そのものの交流によって、朗読者は自分が発していることばという「音声」に気づいたり、そのことで私と交流することを楽しんだりする。
これはとても豊かな時間なのだ(やってみればわかります)。
朗読という音声表現の可能性、そしてそこに音楽が加わることにさらに広がる交流(コミュニケーション)表現の世界、そんなことを気軽に楽しんでいただければと思っている。
◎8月16日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。
すると、その人の読み方や話し方、発声——つまり声が、その人のこころと身体の状態をあからさまに現していることに気づく。
声はいくらとりつくろっても、その人のこころや身体の状態をあますところなく、如実に、正直に現してしまう。
隠しようがない。
聞いている側もそれを受け取り、無意識に相手の状態を知るのだが、社会生活のなかではそこには目を向けることなく、相手が話している内容や情報に目を向けたり、話す技術に気をそらされたりしている。
また、話し方や朗読表現も、話や文章の内容をどれだけ正確に、流暢に、美しく伝えるか、また発音・発声をどのようにコントロールするか、場合によっては自分ではない何者かになって演技したりキャラクター表現することを練習したりする。
現代朗読ではそれをやらない。
技術的なものを付け加えたり、自分をコントロールするようなことは一切せずに、ただただ正直に自分自身のこころと身体の状態に注目し、そこから発生してくるものを「妨げない」ようにする。
演出家としての私も、朗読者と対峙するとき、ただただその人のありのままの生命現象をさぐり、もしそれを妨げるようなことを本人がしているとしたら、そのことに気づいてもらったり、なにか提案してやり方を変えてもらったりすることで、よりその人らしいいきいきとした存在が表出することをいっしょに試みる。
先月からおこなっている朗読表現の公開レッスン講座でも、その方法を用いている。
あともうひとつ、私には有効な手段がひとつあって、それはピアノの即興演奏で朗読者にリアルタイムによりそうことができる、ということだ。
音楽ということばの「意味」ではない音声そのものの交流によって、朗読者は自分が発していることばという「音声」に気づいたり、そのことで私と交流することを楽しんだりする。
これはとても豊かな時間なのだ(やってみればわかります)。
朗読という音声表現の可能性、そしてそこに音楽が加わることにさらに広がる交流(コミュニケーション)表現の世界、そんなことを気軽に楽しんでいただければと思っている。
◎8月16日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。
2018年8月3日金曜日
ごきげんなQ2nを紹介
けっこう前から(すくなくとも10年以上)Zoomという音響機器メーカーの製品を重宝している。
最初は音楽やスピーチを録音するためのハンディレコーダーを買ったのだと思う。
安い割にクオリティが高く、また機能も私の使用目的に合うものだった。
レコーダーといえば会議やボイスメモを録るためのICレコーダーがたくさん出ているけれど、これらはマイク性能が低くて私の目的には合わなかった。
Zoom製品はマイク性能がよく、また特徴があって、おもしろいものをたくさん出している。
いまでも音録りには、だいぶ前に買ったH4nというものを愛用している。
これはマイク用のキャノンというコネクタを装備していて、プロ用音響マイクを直接ぶっ刺すことができる。
ファントム電源も提供しているので、コンデンサマイクも使える。
と書いても、一般的にはなんのことやらさっぱりわからないだろうと思うが。
そのうちZoomはビデオカメラも装備した製品を出すようになった。
最初は解像度は低く、カメラはおまけで付いている音響レコーダーという感じだったが、最近はカメラ性能もだんだんあがってきている。
いま使っているのはQ2nという、超広角のフルハイビジョンカメラ付きレコーダーだ。
あくまで音響レコーダーだと思っているのは、マイク性能にこだわりを持ちつづけている製品だからだ。
しかも、安い!
1万5千円くらいで買える。
1年くらい前から愛用していたこれが壊れたので(かなりヘビーな使い方をしていたからね)、修理に出すことにした。
が、修理に出しているあいだ、ないのは困るので、つなぎで新品を購入した。
修理からもどってきたら、2台持ちになってもいいし、だれかにゆずってもいい。
ビデオカメラなんだけど、音質がすばらしい。
XYステレオマイクを搭載し、最高24bit/96kHzのハイレゾ音質をカバーしている。
録音モードも、ライブ演奏、スピーチ、会議、自然環境音など、いくつか設定できる。
録画モードもいくつか切り替えることができる。
ほかにコンピューターにつなげばUSBカメラとしてネットミーティングなどでも広角で使えるとか、カードリーダーにもできるとか、いろいろある。
専用バッテリーではなく、単三電池やリチウムイオンが使えるのもいい。
そしてとにかく小さくて、どこにでも置ける。
カメラシューにマウントできるので、三脚なども使える。
とにかくごきげんな機械で、毎日愛用して、使わない日はないといってもいいくらいだ。
最初は音楽やスピーチを録音するためのハンディレコーダーを買ったのだと思う。
安い割にクオリティが高く、また機能も私の使用目的に合うものだった。
レコーダーといえば会議やボイスメモを録るためのICレコーダーがたくさん出ているけれど、これらはマイク性能が低くて私の目的には合わなかった。
Zoom製品はマイク性能がよく、また特徴があって、おもしろいものをたくさん出している。
いまでも音録りには、だいぶ前に買ったH4nというものを愛用している。
これはマイク用のキャノンというコネクタを装備していて、プロ用音響マイクを直接ぶっ刺すことができる。
ファントム電源も提供しているので、コンデンサマイクも使える。
と書いても、一般的にはなんのことやらさっぱりわからないだろうと思うが。
そのうちZoomはビデオカメラも装備した製品を出すようになった。
最初は解像度は低く、カメラはおまけで付いている音響レコーダーという感じだったが、最近はカメラ性能もだんだんあがってきている。
いま使っているのはQ2nという、超広角のフルハイビジョンカメラ付きレコーダーだ。
あくまで音響レコーダーだと思っているのは、マイク性能にこだわりを持ちつづけている製品だからだ。
しかも、安い!
1万5千円くらいで買える。
1年くらい前から愛用していたこれが壊れたので(かなりヘビーな使い方をしていたからね)、修理に出すことにした。
が、修理に出しているあいだ、ないのは困るので、つなぎで新品を購入した。
修理からもどってきたら、2台持ちになってもいいし、だれかにゆずってもいい。
ビデオカメラなんだけど、音質がすばらしい。
XYステレオマイクを搭載し、最高24bit/96kHzのハイレゾ音質をカバーしている。
録音モードも、ライブ演奏、スピーチ、会議、自然環境音など、いくつか設定できる。
録画モードもいくつか切り替えることができる。
ほかにコンピューターにつなげばUSBカメラとしてネットミーティングなどでも広角で使えるとか、カードリーダーにもできるとか、いろいろある。
専用バッテリーではなく、単三電池やリチウムイオンが使えるのもいい。
そしてとにかく小さくて、どこにでも置ける。
カメラシューにマウントできるので、三脚なども使える。
とにかくごきげんな機械で、毎日愛用して、使わない日はないといってもいいくらいだ。
2018年8月2日木曜日
お祝い日記をつける(共感手帳)
共感的コミュニケーション(NVC)を身につけるためにとにかくおすすめしたいのが、書くことだ。
書くといってもごく簡単なメモ程度のものをささっと書きつける習慣を持ってほしい、という程度のものだ。
手帳、ノート、スマホ、なんでもいいのだが、自分がもっとも気軽にメモできるもの、いつも持っているものにさっと書きつける習慣を、まず身につけたい。
なにを書きつけるのか、が肝要だ。
なにかできごとが起こり、気持ちが動いたことがあれば、簡単にそれを書きとめてみる。
だれがいつなにをいったのか、いわれたのか、どんなことがあったのか、ごく簡単に、自分にだけわかればいいのでできるだけ簡潔に書きとめてみる。
つらいことも悲しいことも、腹が立ったことも、うれしいことも、わくわくしたことも、気持ちが動いたことはチャッと書きつけておく。
そうしておいて、もし余裕があれば、そのとき動いた感情も、その下に書きつけておく。
いらいらする、窮屈な、悲しい、うれしい、どきどきする、むかつく、そんなことを、思いつくままにメモしておく。
さらに余裕があれば、その感情はいったいどんなニーズから生まれてきているのか、ちょっと注目してくる。
理解が必要だったのか、尊重が必要だったのか、配慮が必要だったのか、あるいは学びや遊びのニーズが満たされたのか、安心できたのか。
そのときに余裕がなければ、あとでゆっくりメモをながめてかんがえてみればいい。
この自分のニーズを確認し、それにつながることを、自己共感という。
共感的コミュニケーションはすべて、自己共感をホームポジションとしてスタートする。
とくに私がおすすめしたいのは、満たされたニーズに注目するためのページを作っておくことだ。
一日の終わりでもいいし、ちょっとしたタイミングでもいい。
なにかニーズが満たされたことがあったら、そのことをとくに強調してメモしておく。
満たされたニーズを大きく書きだしてみる。
満たされたニーズを味わうことを「お祝いする」という。
このお祝いをしっかりしておくことこそ、自分で自分を認める、自分が自分自身のままでいいという自己承認、自信を持ち自分の立脚点を明確にすることにとても役立つ。
他人から承認されないと落ち着かないのではなく、自分が自分を認めることでいつも落ち着いていられること、これが現代日本人にもっとも必要で大切なことかもしれない。
◎8月11日〜:共感手帳術講座@国立春野亭(またはオンライン)
もやもやのない「いまここ」に集中できる自分であるための「エンパシーノート」の活用法を学び、自分に共感する習慣を身につける練習をします。ベーシック編、アドバンス編、それぞれ2日間の計4回講座です。
書くといってもごく簡単なメモ程度のものをささっと書きつける習慣を持ってほしい、という程度のものだ。
手帳、ノート、スマホ、なんでもいいのだが、自分がもっとも気軽にメモできるもの、いつも持っているものにさっと書きつける習慣を、まず身につけたい。
なにを書きつけるのか、が肝要だ。
なにかできごとが起こり、気持ちが動いたことがあれば、簡単にそれを書きとめてみる。
だれがいつなにをいったのか、いわれたのか、どんなことがあったのか、ごく簡単に、自分にだけわかればいいのでできるだけ簡潔に書きとめてみる。
つらいことも悲しいことも、腹が立ったことも、うれしいことも、わくわくしたことも、気持ちが動いたことはチャッと書きつけておく。
そうしておいて、もし余裕があれば、そのとき動いた感情も、その下に書きつけておく。
いらいらする、窮屈な、悲しい、うれしい、どきどきする、むかつく、そんなことを、思いつくままにメモしておく。
さらに余裕があれば、その感情はいったいどんなニーズから生まれてきているのか、ちょっと注目してくる。
理解が必要だったのか、尊重が必要だったのか、配慮が必要だったのか、あるいは学びや遊びのニーズが満たされたのか、安心できたのか。
そのときに余裕がなければ、あとでゆっくりメモをながめてかんがえてみればいい。
この自分のニーズを確認し、それにつながることを、自己共感という。
共感的コミュニケーションはすべて、自己共感をホームポジションとしてスタートする。
とくに私がおすすめしたいのは、満たされたニーズに注目するためのページを作っておくことだ。
一日の終わりでもいいし、ちょっとしたタイミングでもいい。
なにかニーズが満たされたことがあったら、そのことをとくに強調してメモしておく。
満たされたニーズを大きく書きだしてみる。
満たされたニーズを味わうことを「お祝いする」という。
このお祝いをしっかりしておくことこそ、自分で自分を認める、自分が自分自身のままでいいという自己承認、自信を持ち自分の立脚点を明確にすることにとても役立つ。
他人から承認されないと落ち着かないのではなく、自分が自分を認めることでいつも落ち着いていられること、これが現代日本人にもっとも必要で大切なことかもしれない。
◎8月11日〜:共感手帳術講座@国立春野亭(またはオンライン)
もやもやのない「いまここ」に集中できる自分であるための「エンパシーノート」の活用法を学び、自分に共感する習慣を身につける練習をします。ベーシック編、アドバンス編、それぞれ2日間の計4回講座です。
2018年7月31日火曜日
みつばち部祭り、開催中
今日はみつばち部祭りを国立・春野亭で開催している。
先日採蜜した蜂蜜の味見をしたり、これまでの経過報告や日本みつばちの生態の話をしたり。
そしてみんなで、すでに垂れ蜜を採取したあとの巣脾を絞る作業。
これがなかなか思うようにいかず、ほとんど蜂蜜は採れなさそうなので、このあと湯煎して、蜜蝋を分離・精製する作業になりそうだ。
あした農場の康子さんが、朝採れたばかりの新鮮(無農薬)野菜を持ってきてくれた。
こういう交流も楽しいね。
あした農場では今後、どのように日本みつばちを飼っていくか、増やしていけるか、そして西洋みつばちの養蜂の余地もあるかどうかなど、夢がふくらんでいるところだ。
興味があるかたはみつばち部にどうぞ。
先日採蜜した蜂蜜の味見をしたり、これまでの経過報告や日本みつばちの生態の話をしたり。
そしてみんなで、すでに垂れ蜜を採取したあとの巣脾を絞る作業。
これがなかなか思うようにいかず、ほとんど蜂蜜は採れなさそうなので、このあと湯煎して、蜜蝋を分離・精製する作業になりそうだ。
あした農場の康子さんが、朝採れたばかりの新鮮(無農薬)野菜を持ってきてくれた。
こういう交流も楽しいね。
あした農場では今後、どのように日本みつばちを飼っていくか、増やしていけるか、そして西洋みつばちの養蜂の余地もあるかどうかなど、夢がふくらんでいるところだ。
興味があるかたはみつばち部にどうぞ。
2018年7月30日月曜日
2018年7月29日日曜日
YouTube:朗読「怒りの宣言」勝木雪子
中国の作家、林志明氏の短編集『天使在人間』(鄧晶音・訳/河出書房)から短編を朗読するシリーズ、第4弾です。
「怒りの宣言」を、現代朗読のゼミ生・勝木雪子が朗読しました。
ハンセン病を扱った小説集である本書は、サブタイトルに「中国ハンセン病回復者の綴る17の短編小説」とあります。
ハンセン病について、そしてこの本についてすこしでも多くの人に知ってもらいたい、という思いがこめられた朗読です。
朗読 :勝木雪子
ピアノ:水城 雄
映像はこちら 。
「怒りの宣言」を、現代朗読のゼミ生・勝木雪子が朗読しました。
ハンセン病を扱った小説集である本書は、サブタイトルに「中国ハンセン病回復者の綴る17の短編小説」とあります。
ハンセン病について、そしてこの本についてすこしでも多くの人に知ってもらいたい、という思いがこめられた朗読です。
朗読 :勝木雪子
ピアノ:水城 雄
映像はこちら 。
2018年7月27日金曜日
台風により振替(現代朗読ゼミ)
ひさしぶりの平日夜開催を予定していた今夜の現代朗読ゼミは、台風接近中につき順延・振替開催することが決まった(参加表明をされていた方にはご迷惑をおかけしました)。
直撃コースからはそれたので、まあ大丈夫だろうとは思うが、夜中に向けて風雨が強まると予想されているので、安全をとった。
振替日は週明け月曜日の7月30日。
時間はおなじ午後7時半(19:30)から。
同様に平日夜の開催となるので、仕事帰りなど、もしご都合のつく方がいらしたら、気軽にご参加いただきたい。
「朗読」と聞くと、自分には関係ない、とか、朗読に興味がない、とか、逆に朗読を一度やってみたいと思っていた、というような人がいるかと思うが、そのいずれの方の期待をもひっくり返す自信がある。
実際、これまでそうだった。
朗読に興味はなかったけれど、現代朗読を体験してみたら、朗読という行為が表現だけでなく自分自身を丁寧に見ること、知ることにとても役に立ち、結果的に仕事や日常生活にも大きな変化をもたらす可能性があることに気づけるだろう。
また逆に、朗読を習えると思ってやってきた人が、予想していたような内容とまったくちがったアプローチを体験して、ショックを受けるかもしれない。
なかには二度と来ない人もいるかもしれないが(実際そのほうが多い)、表現としての朗読のおもしろさ、可能性に気づいて、もっとやってみたいと思ってくれる人もいる。
いずれにしても、「朗読」という一般的にイメージされている「型式」をとっぱらって、いったいどんなことをやっているんだろう、という好奇心を持っておいでいただけるとうれしい。
◎7月30日:現代朗読ゼミ
朗読や群読などの身体表現を用いていまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現するための研究の場・現代朗読ゼミ、7月の開催は30(月)19時半から約2時間。
直撃コースからはそれたので、まあ大丈夫だろうとは思うが、夜中に向けて風雨が強まると予想されているので、安全をとった。
振替日は週明け月曜日の7月30日。
時間はおなじ午後7時半(19:30)から。
同様に平日夜の開催となるので、仕事帰りなど、もしご都合のつく方がいらしたら、気軽にご参加いただきたい。
「朗読」と聞くと、自分には関係ない、とか、朗読に興味がない、とか、逆に朗読を一度やってみたいと思っていた、というような人がいるかと思うが、そのいずれの方の期待をもひっくり返す自信がある。
実際、これまでそうだった。
朗読に興味はなかったけれど、現代朗読を体験してみたら、朗読という行為が表現だけでなく自分自身を丁寧に見ること、知ることにとても役に立ち、結果的に仕事や日常生活にも大きな変化をもたらす可能性があることに気づけるだろう。
また逆に、朗読を習えると思ってやってきた人が、予想していたような内容とまったくちがったアプローチを体験して、ショックを受けるかもしれない。
なかには二度と来ない人もいるかもしれないが(実際そのほうが多い)、表現としての朗読のおもしろさ、可能性に気づいて、もっとやってみたいと思ってくれる人もいる。
いずれにしても、「朗読」という一般的にイメージされている「型式」をとっぱらって、いったいどんなことをやっているんだろう、という好奇心を持っておいでいただけるとうれしい。
◎7月30日:現代朗読ゼミ
朗読や群読などの身体表現を用いていまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現するための研究の場・現代朗読ゼミ、7月の開催は30(月)19時半から約2時間。
手帳を開くという自己共感タイム
「共感手帳術講座——エンパシーノートで自分の能力を最大化する」の第2期がスタートした。
すでに書いたこともあるが、私自身、40年以上の手帳歴を持ち、さまざまな手帳術を試したり、自分でも手帳術の本(情報整理術)を書いたこともある。
しかし、最近は紙の手帳は使っていなかった。
重いのがその最大の理由だ。
出かけるときのカバンのなかには、MacBookとiPadがはいっている。
それに手帳が加わるのはちょっと……
というのも、私が近年愛用していたのは、システム手帳の一種であるフランクリンプランナーという、かなりごっつい手帳だからだ。
たぶん1キロくらいある。
いま計ってみたら、860グラムだった。
手帳に必要なメモ、スケジュール管理、DOTO管理、その他、たいていはiPadやiPhoneでもコト足りるし、ラップトップがあれば万能だ。
わざわざ手帳を持ち運ぶ必要はない。
そう思っていたのだが……
共感手帳術講座をはじめて、みなさんといっしょに手帳術を進めていくと、紙の手帳にもどりたくなってきた。
参加するみなさんも紙の手帳を使っている人が多いし、なかには何冊もとっかえひっかえ楽しんでいる人もいる。
使っていない人もいるが、なんだか寂しい感じだ。
私も含めて。
紙の書籍は電子書籍に取って代わられるだろうと思っているし、私自身もそれでなにも不都合は感じないドライな人間だ。
手帳もいずれデジタルに取って代わられるだろうと予想していた。
ところが、なかなかそうはならないようだ。
とくに女性たちはそのモノ自体をかわいがり、育てることを楽しむようなところがある。
その感覚は私にもわからないではない。
それを思いだして、また紙の手帳に戻りたくなった。
そして今年の7月始まりのリフィル一式を購入してしまった。
押入れの奥にしまってあった古びた革製のバインダー式手帳をまた引っ張りだしてきた。
ふたたび紙の手帳を使ってみるとわかるのだが、手帳を開くというのは自分自身の内側を見ることといってもいい。
今日はなにがあったっけ、なにが必要なんだろう、どんなことをやりたいんだろう、将来こんなことをやりたい、そのためにはどうすればいい、あの人にはどう伝えればいいだろう……
さまざまなことを開いたページを前にあれこれとかんがえる。
ときには思いついたことを書きこんだりする。
書きこんだ自分の文字そのものが、自分の大事なことを示してくれているような気もする。
デジタルだってできるとは思うが、紙の手帳の場合、それを開くことはそのまま自己共感のスペースをそこに確保することになるようで、わかりやすい。
せっかく紙の手帳をいったん手放したが、もう一度もどってみようと思う。
デジタルがベースにある上で紙の手帳を使ってみることで、どんなことが見えてくるのか、ちょっと試してみたい。
◎8月11日〜:共感手帳術講座@国立春野亭(またはオンライン)
もやもやのない「いまここ」に集中できる自分であるための「エンパシーノート」の活用法を学び、自分に共感する習慣を身につける練習をします。ベーシック編、アドバンス編、それぞれ2日間の計4回講座です。
すでに書いたこともあるが、私自身、40年以上の手帳歴を持ち、さまざまな手帳術を試したり、自分でも手帳術の本(情報整理術)を書いたこともある。
しかし、最近は紙の手帳は使っていなかった。
重いのがその最大の理由だ。
出かけるときのカバンのなかには、MacBookとiPadがはいっている。
それに手帳が加わるのはちょっと……
というのも、私が近年愛用していたのは、システム手帳の一種であるフランクリンプランナーという、かなりごっつい手帳だからだ。
たぶん1キロくらいある。
いま計ってみたら、860グラムだった。
手帳に必要なメモ、スケジュール管理、DOTO管理、その他、たいていはiPadやiPhoneでもコト足りるし、ラップトップがあれば万能だ。
わざわざ手帳を持ち運ぶ必要はない。
そう思っていたのだが……
共感手帳術講座をはじめて、みなさんといっしょに手帳術を進めていくと、紙の手帳にもどりたくなってきた。
参加するみなさんも紙の手帳を使っている人が多いし、なかには何冊もとっかえひっかえ楽しんでいる人もいる。
使っていない人もいるが、なんだか寂しい感じだ。
私も含めて。
紙の書籍は電子書籍に取って代わられるだろうと思っているし、私自身もそれでなにも不都合は感じないドライな人間だ。
手帳もいずれデジタルに取って代わられるだろうと予想していた。
ところが、なかなかそうはならないようだ。
とくに女性たちはそのモノ自体をかわいがり、育てることを楽しむようなところがある。
その感覚は私にもわからないではない。
それを思いだして、また紙の手帳に戻りたくなった。
そして今年の7月始まりのリフィル一式を購入してしまった。
押入れの奥にしまってあった古びた革製のバインダー式手帳をまた引っ張りだしてきた。
ふたたび紙の手帳を使ってみるとわかるのだが、手帳を開くというのは自分自身の内側を見ることといってもいい。
今日はなにがあったっけ、なにが必要なんだろう、どんなことをやりたいんだろう、将来こんなことをやりたい、そのためにはどうすればいい、あの人にはどう伝えればいいだろう……
さまざまなことを開いたページを前にあれこれとかんがえる。
ときには思いついたことを書きこんだりする。
書きこんだ自分の文字そのものが、自分の大事なことを示してくれているような気もする。
デジタルだってできるとは思うが、紙の手帳の場合、それを開くことはそのまま自己共感のスペースをそこに確保することになるようで、わかりやすい。
せっかく紙の手帳をいったん手放したが、もう一度もどってみようと思う。
デジタルがベースにある上で紙の手帳を使ってみることで、どんなことが見えてくるのか、ちょっと試してみたい。
◎8月11日〜:共感手帳術講座@国立春野亭(またはオンライン)
もやもやのない「いまここ」に集中できる自分であるための「エンパシーノート」の活用法を学び、自分に共感する習慣を身につける練習をします。ベーシック編、アドバンス編、それぞれ2日間の計4回講座です。
2018年7月26日木曜日
音読こくご塾という豊かな場と時間
毎年恒例になっているのだが、夏休みに子どもたちといっしょに「夏休みの宿題の作文を書いてしまおう」という名目で開催する「音読こくご塾」を、今年も開催した。
今年は会場として、池尻大橋の〈アカシデカフェ〉を提供していただいた。
おいしい昼食とケーキ&ティータイム付きの豪華版だ。
こちらからは私と音読療法士の野々宮卯妙と、音読トレーナー(インターン)のみっちーこと山縣理人が参加。
みっちーは年が若いせいもあるが、優しいおにいさんなので、さっそく子どもたちのいいターゲットになって、いじられまくる。
こういうのを見ると、世間的には「子どもにつけあがらせるな」とか「いうべきところはビシッと」などと、とかく子どもをコントロールしにかかることが多いが、私たちはそんなことはしない。
まずこの場が完全に共感的であり、ことばをふくむ暴力はもちろんのこと、命令も要求もない、やりたくないことを強要されることは一切なくて安心できる、ということが保証されている。
みっちーも子どもに粗暴な扱いを受け、大変だろうと思うし、「困る」「腹が立つ」「悲しい」という気持ちは素直に表現するわけだが、子どもたちもそれを知らないわけではない。
ちゃんと見ていて、しだいにふるまいが変わってくる。
最後はカードを使ったニーズの推測では、みっちーのニーズをちゃんと「大切にされること」「安全であること」などと見てくれていることがわかったし、実際に粗暴なふるまいはずいぶん変化する。
それはそれとして、いつも子どもたちはマインドフルでいきいきとしていて、正直で、そしてまたクリエイティブでもある。
気が向けばさっと表現するし、絵も書くし、作文だってどんどん書く。
いままで詩なんか書いたことないという小二が、後半では思いついた詩を七つも八つも立てつづけに書きあげたのにはびっくりした。
そしてそれがどれもいきいきとしたことばに満ちていて、読むこちらも幸せな気持ちになるのだった。
午前9時半から午後4時半までたっぷりと、のんびりしたりはしゃいだり、集中したりだらけたり、さんざん遊んだのだが、最後に大人向けの共感トランプを使って自分の感情とニーズを選んでもらったところ、「満ち足りた」とか「うれしい」という気持ちや、「平和」「コミュニケーション」「ふれあい」「幸福」といったニーズがたくさん出てきて、びっくりするやらうれしいやらだった。
大人側の感情はといえば「さびしい」。
なんだか別れるのが名残惜しくて、最後はさびしい気持ちになってしまったのだった。
また会えるといいな。
また遊んでねー!
今年は会場として、池尻大橋の〈アカシデカフェ〉を提供していただいた。
おいしい昼食とケーキ&ティータイム付きの豪華版だ。
こちらからは私と音読療法士の野々宮卯妙と、音読トレーナー(インターン)のみっちーこと山縣理人が参加。
みっちーは年が若いせいもあるが、優しいおにいさんなので、さっそく子どもたちのいいターゲットになって、いじられまくる。
こういうのを見ると、世間的には「子どもにつけあがらせるな」とか「いうべきところはビシッと」などと、とかく子どもをコントロールしにかかることが多いが、私たちはそんなことはしない。
まずこの場が完全に共感的であり、ことばをふくむ暴力はもちろんのこと、命令も要求もない、やりたくないことを強要されることは一切なくて安心できる、ということが保証されている。
みっちーも子どもに粗暴な扱いを受け、大変だろうと思うし、「困る」「腹が立つ」「悲しい」という気持ちは素直に表現するわけだが、子どもたちもそれを知らないわけではない。
ちゃんと見ていて、しだいにふるまいが変わってくる。
最後はカードを使ったニーズの推測では、みっちーのニーズをちゃんと「大切にされること」「安全であること」などと見てくれていることがわかったし、実際に粗暴なふるまいはずいぶん変化する。
それはそれとして、いつも子どもたちはマインドフルでいきいきとしていて、正直で、そしてまたクリエイティブでもある。
気が向けばさっと表現するし、絵も書くし、作文だってどんどん書く。
いままで詩なんか書いたことないという小二が、後半では思いついた詩を七つも八つも立てつづけに書きあげたのにはびっくりした。
そしてそれがどれもいきいきとしたことばに満ちていて、読むこちらも幸せな気持ちになるのだった。
午前9時半から午後4時半までたっぷりと、のんびりしたりはしゃいだり、集中したりだらけたり、さんざん遊んだのだが、最後に大人向けの共感トランプを使って自分の感情とニーズを選んでもらったところ、「満ち足りた」とか「うれしい」という気持ちや、「平和」「コミュニケーション」「ふれあい」「幸福」といったニーズがたくさん出てきて、びっくりするやらうれしいやらだった。
大人側の感情はといえば「さびしい」。
なんだか別れるのが名残惜しくて、最後はさびしい気持ちになってしまったのだった。
また会えるといいな。
また遊んでねー!
食中毒
一昨日の朝、作りおいてあったカレーを食べたあと、なんとなく調子が悪くなり、昼すぎにまず、水のような下痢があった。
そのあとしばらくぐずぐずしていたのだが、数時間後に嘔吐した。
といっても、胃のなかにはほとんどなにもはいっていなくて、飲んだ水がすこし出ただけ。
あきらかに食中毒だ。
カレーは傷みやすいので、夏場はとくに残ったらすぐに冷蔵庫にいれておく、火を通しても全体を殺菌するのは無理、というのは後から聞いたが、すでにさんざん聞いていたことであるような気もする。
ようするに不注意。
去年の暮れ近くにも、残った味噌汁であたったことがある。
そのときは出かける用事があって、電車のなかで嘔吐しそうになって困った。
ほかにも私は食中毒にかかりやすいかもしれない。
牡蠣と赤ワインという組み合わせではかなりの確率であたる。
またこれはほんとにたんなる不注意なのだが、きのこ狩りに採ってきて安全だと思いこんでいたきのこが実は毒きのこで、七転八倒したこともある。
もともと胃腸は丈夫で、ふだんはまったくノートラブルなので、過信があるのかもしれない。
この過信は命取りになりかねないし、まわりにも迷惑をかけかねないので、ここは重々反省して、今後は気をつけることにする。
と、ここにこうやって書いておかないと忘れてしまいそうなので、書いておく。
そのあとしばらくぐずぐずしていたのだが、数時間後に嘔吐した。
といっても、胃のなかにはほとんどなにもはいっていなくて、飲んだ水がすこし出ただけ。
あきらかに食中毒だ。
カレーは傷みやすいので、夏場はとくに残ったらすぐに冷蔵庫にいれておく、火を通しても全体を殺菌するのは無理、というのは後から聞いたが、すでにさんざん聞いていたことであるような気もする。
ようするに不注意。
去年の暮れ近くにも、残った味噌汁であたったことがある。
そのときは出かける用事があって、電車のなかで嘔吐しそうになって困った。
ほかにも私は食中毒にかかりやすいかもしれない。
牡蠣と赤ワインという組み合わせではかなりの確率であたる。
またこれはほんとにたんなる不注意なのだが、きのこ狩りに採ってきて安全だと思いこんでいたきのこが実は毒きのこで、七転八倒したこともある。
もともと胃腸は丈夫で、ふだんはまったくノートラブルなので、過信があるのかもしれない。
この過信は命取りになりかねないし、まわりにも迷惑をかけかねないので、ここは重々反省して、今後は気をつけることにする。
と、ここにこうやって書いておかないと忘れてしまいそうなので、書いておく。
2018年7月24日火曜日
世田谷・野毛〈楽ちん堂〉共感カフェでは思春期の子どもについての話
2018年7月17日(火)正午から、2回めとなる世田谷・野毛の〈楽ちん堂〉での共感カフェに案内人として参加してきた。
世話人は小浜華子さん。
正午から、というのは、楽ちん堂の名物であるレモンカレーをいただきながら、という参加条件があったからで、しかもこれはおすすめ。
レモンシロップを作ったときに漬けこんであったレモンがそのままカレーにはいっていて、ちょっと独特だけどおいしいのだ。
私は今回は迷わず「大盛り」を注文した。
今回は参加者は少なく、ゆっくり、じっくりと話を聞いたり、共感的コミュニケーションについて学びあったりできた。
とくに家族との関係についての気がかりについて、ゆっくり話ができたのがよかった。
まず出てきたのは、思春期に差しかかった子どもとどのように接すればいいか、という問題。
自分たちも通過してきた年齢だが、自分たちがどうであったのか、けっこう忘れてしまっている人が多い。
気難しく、反抗的で、問題が多く、扱いにくいと思っている人が多いようだが、そこにもかならずニーズがある。
彼ら・彼女らは、なにか必要があってそのような言動をしているのだ。
それを受け取れるかどうか、あるいは共感的に聞けるかどうか、またそのときもこちら側のニーズにもつながりつづけ、自分自身であること、プレゼンスを持ちつづけることができるかどうか、ということが大切なる。
これはちょっと難しいことかもしれない。
一見、反抗的な態度で乱暴なふるまいをしている子どもを相手にしたとき、こちらはなんとか収まってほしい、こちらのいうことを聞いてほしい、コントロールしたいという欲求が生まれる。
しかし、それでは子どもも安心できず、ますます反抗的になるばかりだ。
つまり、「助けて」というメッセージを強くするばかり、という意味だが。
思春期の子どもは「自立したい」「ひとりの人間として尊重を持って接してほしい」というニーズと同時に、「理解してほしい」「サポートが必要」というニーズも持っていて、そのはざまで揺れ動いていることが多い。
そこに目を向けられるかどうか。
そしてこちらがどれほど(子どもがどんな状態であれ)つながりを大切にしているか、そのニーズにつながり、手放さずにいられるかどうか。
楽ちん堂ではほかにも、パートナーとの関係や自分自身とのつながりについても話ができた。
ご参加いただいた皆さん、あたたかく迎えてくれて、また熱心に参加していただいてありがとう。
楽ちん堂共感カフェは、次回をもって全3回が終了となる。
次回・9月7日にご都合つく方は、どうぞご参加いただきたい。
◎9月7日:共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉
〈楽ちん堂CAFE〉のおいしいカレーやお茶をいただきながら、気軽な雰囲気のなかで共感的コミュニケーションを学んだり、お互いの話を深く聴きあう練習をする会です。
共感的コミュニケーションの基礎的な考え方から実践的な応用まで、初心者の方も一から学べます。
世話人は小浜華子さん。
正午から、というのは、楽ちん堂の名物であるレモンカレーをいただきながら、という参加条件があったからで、しかもこれはおすすめ。
レモンシロップを作ったときに漬けこんであったレモンがそのままカレーにはいっていて、ちょっと独特だけどおいしいのだ。
私は今回は迷わず「大盛り」を注文した。
今回は参加者は少なく、ゆっくり、じっくりと話を聞いたり、共感的コミュニケーションについて学びあったりできた。
とくに家族との関係についての気がかりについて、ゆっくり話ができたのがよかった。
まず出てきたのは、思春期に差しかかった子どもとどのように接すればいいか、という問題。
自分たちも通過してきた年齢だが、自分たちがどうであったのか、けっこう忘れてしまっている人が多い。
気難しく、反抗的で、問題が多く、扱いにくいと思っている人が多いようだが、そこにもかならずニーズがある。
彼ら・彼女らは、なにか必要があってそのような言動をしているのだ。
それを受け取れるかどうか、あるいは共感的に聞けるかどうか、またそのときもこちら側のニーズにもつながりつづけ、自分自身であること、プレゼンスを持ちつづけることができるかどうか、ということが大切なる。
これはちょっと難しいことかもしれない。
一見、反抗的な態度で乱暴なふるまいをしている子どもを相手にしたとき、こちらはなんとか収まってほしい、こちらのいうことを聞いてほしい、コントロールしたいという欲求が生まれる。
しかし、それでは子どもも安心できず、ますます反抗的になるばかりだ。
つまり、「助けて」というメッセージを強くするばかり、という意味だが。
思春期の子どもは「自立したい」「ひとりの人間として尊重を持って接してほしい」というニーズと同時に、「理解してほしい」「サポートが必要」というニーズも持っていて、そのはざまで揺れ動いていることが多い。
そこに目を向けられるかどうか。
そしてこちらがどれほど(子どもがどんな状態であれ)つながりを大切にしているか、そのニーズにつながり、手放さずにいられるかどうか。
楽ちん堂ではほかにも、パートナーとの関係や自分自身とのつながりについても話ができた。
ご参加いただいた皆さん、あたたかく迎えてくれて、また熱心に参加していただいてありがとう。
楽ちん堂共感カフェは、次回をもって全3回が終了となる。
次回・9月7日にご都合つく方は、どうぞご参加いただきたい。
◎9月7日:共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉
〈楽ちん堂CAFE〉のおいしいカレーやお茶をいただきながら、気軽な雰囲気のなかで共感的コミュニケーションを学んだり、お互いの話を深く聴きあう練習をする会です。
共感的コミュニケーションの基礎的な考え方から実践的な応用まで、初心者の方も一から学べます。
2018年7月23日月曜日
共感的コミュニケーションの本の在庫補充
日本語ネイティブで書かれたほとんど唯一の本だと自認している私の著書『共感的コミュニケーション』を在庫補充した。
手元にいつも置いておくように心がけているが、いつの間にかみなさんにお求めいただいて、うっかりしていて、気がついたら在庫がほとんどない、という状態になってしまう。
たくさんの方に読んでいただいているんだなあと、うれしいかぎりではある。
一度きちんと数えてみたいと思っているが、電子書籍と合わせればこれまでに数千人には読んでいただいているんじゃないだろうか。
この本は通常の書籍流通には乗っていないので、私のサイト( mizuki-u.com )から直接ご注文いただきたい。
また紙の本ではなく電子書籍でもいいという人は、アマゾンKindleからダウンロード購入できる、そちらをご利用いただきたい。
「2017」と「2018」の2冊あるが、内容はそれぞれ別のものだ。
共感的コミュニケーションを学びはじめたばかりの方には「2017」のほうから順次お読みいただくことをおすすめする。
『共感的コミュニケーション2017』アマゾンKindle/500円
紙本
『共感的コミュニケーション2018』アマゾンKindle/500円
紙本
手元にいつも置いておくように心がけているが、いつの間にかみなさんにお求めいただいて、うっかりしていて、気がついたら在庫がほとんどない、という状態になってしまう。
たくさんの方に読んでいただいているんだなあと、うれしいかぎりではある。
一度きちんと数えてみたいと思っているが、電子書籍と合わせればこれまでに数千人には読んでいただいているんじゃないだろうか。
この本は通常の書籍流通には乗っていないので、私のサイト( mizuki-u.com )から直接ご注文いただきたい。
また紙の本ではなく電子書籍でもいいという人は、アマゾンKindleからダウンロード購入できる、そちらをご利用いただきたい。
「2017」と「2018」の2冊あるが、内容はそれぞれ別のものだ。
共感的コミュニケーションを学びはじめたばかりの方には「2017」のほうから順次お読みいただくことをおすすめする。
『共感的コミュニケーション2017』アマゾンKindle/500円
紙本
『共感的コミュニケーション2018』アマゾンKindle/500円
紙本
2018年7月22日日曜日
YouTube:日本みつばち巣箱のスムシ除去作業
2018年7月19日(木)午前。
町田のあした農場の日本みつばちの巣箱にスムシが発生したので、やられた巣箱の処置をしてきた。
巣箱をあけてみると、思った以上に全面的にやられていた。
この時期のスムシはあっという間に巣を食い荒らしてしまうので、早め早めの対処が必要。
映像はこちら。
町田のあした農場の日本みつばちの巣箱にスムシが発生したので、やられた巣箱の処置をしてきた。
巣箱をあけてみると、思った以上に全面的にやられていた。
この時期のスムシはあっという間に巣を食い荒らしてしまうので、早め早めの対処が必要。
映像はこちら。
2018年7月21日土曜日
スムシにやられた日本みつばちの巣
あした農場に行って、スムシにやられた巣箱の処置をしてきた。
巣箱をあけてみると、思った以上に全面的にやられている。
この時期のスムシは、入られていったん広がりはじめると、かなりの勢いがある強い群でもあっというまに侵略されてしまうようだ。
やむをえず、巣を全部切りとって、巣箱を空にする。
みつばち部のはるかさんが逃げようとしていた女王蜂を発見したので、巣箱にもどすも、何度も逃げようとする。
よほど嫌気がさしてしまったと見える。
出入り口に蓋をして一時的に逃げられないようにしてみたが、蓋をはずせば逃げていってしまうかもしれない。
つまり、この群は終わりということだ。
回収した巣を国立春野亭に持ちかえって、蜂蜜と巣脾の分離作業。
汚染されていない垂れ蜜が少し採れた。
2キロくらいだろうか。
残りは汚染された巣なので、蜂蜜の回収は難しく、できたとしても花の少ない時期の給餌用に使えるかな、という感じだ。
巣脾は蜜蝋を精製すれば有効活用できる。
これは31日のみつばち部祭りのときにすこしやってみて、さらなる精製はその後に作業できれば、と思っている。
◎7月31日:みつばち部まつり
巣脾を絞ってハチミツを取る作業、その絞りカスからミツロウをとる作業、ハチミツやミツロウの頒布、もちよりごはん会&みつばち部総会、夜には久々のBee's Cafe(おはなし会)を、7月31日(火)の午後から夜にかけて国立春野亭でおこないます。
巣箱をあけてみると、思った以上に全面的にやられている。
この時期のスムシは、入られていったん広がりはじめると、かなりの勢いがある強い群でもあっというまに侵略されてしまうようだ。
やむをえず、巣を全部切りとって、巣箱を空にする。
みつばち部のはるかさんが逃げようとしていた女王蜂を発見したので、巣箱にもどすも、何度も逃げようとする。
よほど嫌気がさしてしまったと見える。
出入り口に蓋をして一時的に逃げられないようにしてみたが、蓋をはずせば逃げていってしまうかもしれない。
つまり、この群は終わりということだ。
回収した巣を国立春野亭に持ちかえって、蜂蜜と巣脾の分離作業。
汚染されていない垂れ蜜が少し採れた。
2キロくらいだろうか。
残りは汚染された巣なので、蜂蜜の回収は難しく、できたとしても花の少ない時期の給餌用に使えるかな、という感じだ。
巣脾は蜜蝋を精製すれば有効活用できる。
これは31日のみつばち部祭りのときにすこしやってみて、さらなる精製はその後に作業できれば、と思っている。
◎7月31日:みつばち部まつり
巣脾を絞ってハチミツを取る作業、その絞りカスからミツロウをとる作業、ハチミツやミツロウの頒布、もちよりごはん会&みつばち部総会、夜には久々のBee's Cafe(おはなし会)を、7月31日(火)の午後から夜にかけて国立春野亭でおこないます。
2018年7月19日木曜日
ノンバイオレント・クッキングの予行演習
今週日曜日・22日の昼は共感男塾の番外編イベントとして「ノンバイオレント・クッキング(NVC)」と称したビーガン料理会を開催する。
音読トレーナーのみっちーこと山縣理人くんと共同開催するものだ。
みっちーはパーマカルチャーの勉強をしていて、菜食への移行も熱心にやっている男だ。
ところで、イベントは男塾の番外編ではあるけれど、女性の参加も歓迎。
その予行演習をみっちーとやってみた。
なにしろ初めての試みなので、当日あたふたしたり、よりおいしく作るアイディアを出し合っとこうということで。
作るものはココナッツカレー。
あるサイトのレシピを参考にさせていただいた(来てくれた人には教えます)。
まず材料のチェック。
メインとなる野菜は玉ねぎ、きのこ、豆。
スパイスはクミンシード、ターメリック、コリアンダー、カイエンペッパー。
ほかににんにく、ココナッツオイル、ココナッツミルク(大量)。
スパイスは最後に投入して味を整える感じ。
炒めないのがコツ。
できあがったのを味見してみたら、大変おいしくてまろやか、コクもあるんだけど、もうひとつパンチがほしい感じ。
私の好みでナンプラー代わりの薄口醤油をちょっと加えるといい感じ。
完全ビーガンのカレーは簡単レシピだった。
これを日曜日に共感男塾番外編としてビーガンクッキングの会としてやるのだが、その前に明日・20日(金)夜は共感男塾本編の2回めを千歳烏山の会場で開催する。
こちら、まだ参加者が少ないので、みなさんの気楽なお越しをお待ちしております。
こちらは参加者を男性(または自分自身を男性と自認する方)に限定させていただいている。
◎7月20日:共感男塾@世田谷
男性(もしくは男性と自認している人)限定の共感的コミュニケーションの勉強会を、7月20日(金)19時半から千歳烏山駅徒歩2分の会場で開催します。案内人は水城ゆうと、くまさんこと大間哲のふたり。男性ならではの共感の悩みに挑みます。
◎7月22日:共感男塾・番外編——ノンバイオレント・クッキング講座@国立
第一回(つづくのか?)はココナツカレーをみんなでわいわいいいながら作ります。
作ったあとは、いっしょにいただきながら、共感的コミュニケーションの勉強会にずるずるとなだれこみます。正午スタート。
音読トレーナーのみっちーこと山縣理人くんと共同開催するものだ。
みっちーはパーマカルチャーの勉強をしていて、菜食への移行も熱心にやっている男だ。
ところで、イベントは男塾の番外編ではあるけれど、女性の参加も歓迎。
その予行演習をみっちーとやってみた。
なにしろ初めての試みなので、当日あたふたしたり、よりおいしく作るアイディアを出し合っとこうということで。
作るものはココナッツカレー。
あるサイトのレシピを参考にさせていただいた(来てくれた人には教えます)。
まず材料のチェック。
メインとなる野菜は玉ねぎ、きのこ、豆。
スパイスはクミンシード、ターメリック、コリアンダー、カイエンペッパー。
ほかににんにく、ココナッツオイル、ココナッツミルク(大量)。
スパイスは最後に投入して味を整える感じ。
炒めないのがコツ。
できあがったのを味見してみたら、大変おいしくてまろやか、コクもあるんだけど、もうひとつパンチがほしい感じ。
私の好みでナンプラー代わりの薄口醤油をちょっと加えるといい感じ。
完全ビーガンのカレーは簡単レシピだった。
これを日曜日に共感男塾番外編としてビーガンクッキングの会としてやるのだが、その前に明日・20日(金)夜は共感男塾本編の2回めを千歳烏山の会場で開催する。
こちら、まだ参加者が少ないので、みなさんの気楽なお越しをお待ちしております。
こちらは参加者を男性(または自分自身を男性と自認する方)に限定させていただいている。
◎7月20日:共感男塾@世田谷
男性(もしくは男性と自認している人)限定の共感的コミュニケーションの勉強会を、7月20日(金)19時半から千歳烏山駅徒歩2分の会場で開催します。案内人は水城ゆうと、くまさんこと大間哲のふたり。男性ならではの共感の悩みに挑みます。
◎7月22日:共感男塾・番外編——ノンバイオレント・クッキング講座@国立
第一回(つづくのか?)はココナツカレーをみんなでわいわいいいながら作ります。
作ったあとは、いっしょにいただきながら、共感的コミュニケーションの勉強会にずるずるとなだれこみます。正午スタート。
心配な日本みつばちの巣箱
町田のあした農場に行って、日本みつばちの巣箱の内検をしてきた。
みつばち部の巣箱ではなく、あした農場・渡辺さんの巣箱のようすがおかしいという。
働き蜂がだいぶ減っていて、巣板がむき出しになっていた、巣板の底に変成王台がいくつもできていたり、スムシが見え隠れしていたり。
最悪、女王蜂が死んでしまったり、なにかの理由でいなくなってしまった「無王群」の可能性もある。
そうなるとその群は死滅するのを待つばかり、ということになる。
実際に内検したみたところ、どうやら心配していたような「無王群」ではないような気がする。
つまり、女王蜂はまだいる感じ。
それより、スムシが発生しているようで、それをいやがった蜂たちが巣の片側に寄り集まっているように見える。
ここは思いきって、残っている群をあたらしい巣箱に移し、古い巣箱は掃除して消毒してしまうか。
さいわい、使える新しい巣箱が一式ある。
必ずしもうまくいくとはわからないが。
あらためて来週アタマにでも作業しようと思っていたが、思いなおしてなるべく早く作業することにした。
明日の早朝にまた行くことにした。
明日の作業はちょっと大掛かりになるのと(巣を倒したりバラしたりするので)、巣のまわりの草などを刈りたいので、できれば何人かいると助かる。
草刈りをしっかりしておきたいのは、巣のまわりが薮っぽくなると湿気がたまって、どうもスムシが発生しやすい気がするからだ。
手伝ってくれる人がいたら、歓迎(直接ご連絡ください)。
かなり早いが、気温が高いこともあって、7時すぎの作業スタート予定。
私は国立・谷保6時半発、多摩センター7時通過予定で、車で行く。
◎7月31日:みつばち部まつり
巣脾を絞ってハチミツを取る作業、その絞りカスからミツロウをとる作業、ハチミツやミツロウの頒布、もちよりごはん会&みつばち部総会、夜には久々のBee's Cafe(おはなし会)を、7月31日(火)の午後から夜にかけて国立春野亭でおこないます。
みつばち部の巣箱ではなく、あした農場・渡辺さんの巣箱のようすがおかしいという。
働き蜂がだいぶ減っていて、巣板がむき出しになっていた、巣板の底に変成王台がいくつもできていたり、スムシが見え隠れしていたり。
最悪、女王蜂が死んでしまったり、なにかの理由でいなくなってしまった「無王群」の可能性もある。
そうなるとその群は死滅するのを待つばかり、ということになる。
実際に内検したみたところ、どうやら心配していたような「無王群」ではないような気がする。
つまり、女王蜂はまだいる感じ。
それより、スムシが発生しているようで、それをいやがった蜂たちが巣の片側に寄り集まっているように見える。
ここは思いきって、残っている群をあたらしい巣箱に移し、古い巣箱は掃除して消毒してしまうか。
さいわい、使える新しい巣箱が一式ある。
必ずしもうまくいくとはわからないが。
あらためて来週アタマにでも作業しようと思っていたが、思いなおしてなるべく早く作業することにした。
明日の早朝にまた行くことにした。
明日の作業はちょっと大掛かりになるのと(巣を倒したりバラしたりするので)、巣のまわりの草などを刈りたいので、できれば何人かいると助かる。
草刈りをしっかりしておきたいのは、巣のまわりが薮っぽくなると湿気がたまって、どうもスムシが発生しやすい気がするからだ。
手伝ってくれる人がいたら、歓迎(直接ご連絡ください)。
かなり早いが、気温が高いこともあって、7時すぎの作業スタート予定。
私は国立・谷保6時半発、多摩センター7時通過予定で、車で行く。
◎7月31日:みつばち部まつり
巣脾を絞ってハチミツを取る作業、その絞りカスからミツロウをとる作業、ハチミツやミツロウの頒布、もちよりごはん会&みつばち部総会、夜には久々のBee's Cafe(おはなし会)を、7月31日(火)の午後から夜にかけて国立春野亭でおこないます。
2018年7月18日水曜日
2週つづけての鈴鹿行き
酷暑のなか、三連休の前半に、前週につづいての鈴鹿行きだった。
まずは土曜日の午後1時半から、鈴鹿のぐみの木保育園で親子共感音読教室。
うっかり三連休の初日だということを忘れていて、充分に間に合う時間だと余裕をもって国立を出たはずが、国立府中インターから中央道に乗ったとたんに渋滞していて、しまった! と後悔。
幸い、渋滞は八王子の向こうまでで、あとはだいたい流れていた(交通量は多かったけれど)。
なんとか5分遅れで到着したら、世話人の矢田恵理子さんとその知り合いの方たち、子どもたちが集まってくれていて、さっそくスタート。
宮沢賢治の詩を使った音読遊びで身体と声のつながりを楽しんだあと、同行の野々宮卯妙が朗読して、カードを使った感情探しゲーム。
人はさまざまな感情をそれぞれに持つものだし、自分が想像もできない意外な感情やニーズを持っている人もいる、ということを実感するためのゲーム。
それにしても、野々宮の朗読のときは、いつもみんな真剣に聞き入ってくれる。
後半は大人たちに集まってもらって、共感的コミュニケーションの勉強会。
といっても堅苦しいものではなく、みなさんの日常のなかで起こっていることや、親子関係の気がかりなどをお互いに聞き合ったり、共感トランプを使って練習したり。
楽しい時間が終わったあとは、恵理子さんたち何人かと喫茶店に移動して、休憩とおしゃべり。
先週に引き続き、みなさんにはお世話になりました、そしてお付き合いいただきありがとう。
夜はアズワンの研修センターに行き、公子さんが用意してくれた夕食と飲み会。
なんとそこに、ウェル洋光台の戸谷さんがいらしていて、一度お会いしたいと思っていた方だったのでびっくり。
戸谷さんは翌午前中のガイアエデュケーションの特別講座の講師としていらしたとのこと。
戸谷さんも私に会ったら聞いてみたいことがいくつかあったとかで、共感的コミュニケーション(NVC)について質問攻めにあってびっくりするやらうれしいやらだった。
翌日曜日はウェル洋光台の戸谷さんがガイアエデュケーションのコース参加者を対象に、シェアハウスの運営について講義するというので、私も聴講させていただく。
これがかなりおもしろく、刺激に満ちた内容で、わくわくした。
後日、国立にもどってから、戸谷さんがわざわざこのときの資料と書籍を送ってくれたので、これからじっくり読んでみようと思っている。
またまだ訪問したことがないウェル洋光台にも、近いうちに行ってみたい。
戸谷さんの講座が質疑応答にはいったタイミングで、抜け出して、鈴鹿カルチャーステーションに行く。
アズワン研究所のメンバーの方々からインタビューを受ける。
インタビューというより、よく知った方ばかりなので、対談というか、むしろ懇談会のような気楽な感じで、楽しい語らいだった。
これはどこかに発表されるのかな?
お昼はGEN-Japan(エコビレッジネット日本)の片山弘子さん、ガイアエデュケーションの企画スタッフをされている学芸大学の小森先生、野々宮卯妙といっしょに、茶室でいただく。
ついでに打ち合わせも少しだけ。
そのあと13時半からエントランスホールのほうで一般公開講座がスタートする。
コミュニケーションをテーマに、共感や非暴力についての話をさせていただいた。
ここにはグランドピアノがあるので、途中ちょっと演奏したり、質疑応答の前に野々宮卯妙と朗読と即興演奏によるパフォーマンスを、私のテキスト「待つ」の縮小版を使っておこなったりもした。
前日お世話になった矢田恵理子さんや参加してくれた方たちも来てくれたり、ウェル洋光台の戸谷さんも聴きに来ていただいた。
みなさんとの質疑応答のあとは、コース参加者のみなさんと別室で対話会。
質問を受けたり、気づきを聞かせてもらったり。
ほぼ全員の声が聞けて、うれしく、楽しいひとときだった。
夕食に中井さん宅にお邪魔する。
去年もそうだった。
坂井さんと、ブラジルから帰国したばかりの小野さんも参加して、気のおけないリラックスした雰囲気のなかでおいしい料理をいただいた。
帰りの運転はきっと眠くなるだろうと予想していたのだが、ふと Apple Music でスティービー・ワンダーの古い音源を年代順に聴きはじめて、それがおもしろく、夢中になっているうちに国立に着いてしまった。
ものすごくリアルでクリアな夢を見続けていたような二日間だった。
まずは土曜日の午後1時半から、鈴鹿のぐみの木保育園で親子共感音読教室。
うっかり三連休の初日だということを忘れていて、充分に間に合う時間だと余裕をもって国立を出たはずが、国立府中インターから中央道に乗ったとたんに渋滞していて、しまった! と後悔。
幸い、渋滞は八王子の向こうまでで、あとはだいたい流れていた(交通量は多かったけれど)。
なんとか5分遅れで到着したら、世話人の矢田恵理子さんとその知り合いの方たち、子どもたちが集まってくれていて、さっそくスタート。
宮沢賢治の詩を使った音読遊びで身体と声のつながりを楽しんだあと、同行の野々宮卯妙が朗読して、カードを使った感情探しゲーム。
人はさまざまな感情をそれぞれに持つものだし、自分が想像もできない意外な感情やニーズを持っている人もいる、ということを実感するためのゲーム。
それにしても、野々宮の朗読のときは、いつもみんな真剣に聞き入ってくれる。
後半は大人たちに集まってもらって、共感的コミュニケーションの勉強会。
といっても堅苦しいものではなく、みなさんの日常のなかで起こっていることや、親子関係の気がかりなどをお互いに聞き合ったり、共感トランプを使って練習したり。
楽しい時間が終わったあとは、恵理子さんたち何人かと喫茶店に移動して、休憩とおしゃべり。
先週に引き続き、みなさんにはお世話になりました、そしてお付き合いいただきありがとう。
夜はアズワンの研修センターに行き、公子さんが用意してくれた夕食と飲み会。
なんとそこに、ウェル洋光台の戸谷さんがいらしていて、一度お会いしたいと思っていた方だったのでびっくり。
戸谷さんは翌午前中のガイアエデュケーションの特別講座の講師としていらしたとのこと。
戸谷さんも私に会ったら聞いてみたいことがいくつかあったとかで、共感的コミュニケーション(NVC)について質問攻めにあってびっくりするやらうれしいやらだった。
翌日曜日はウェル洋光台の戸谷さんがガイアエデュケーションのコース参加者を対象に、シェアハウスの運営について講義するというので、私も聴講させていただく。
これがかなりおもしろく、刺激に満ちた内容で、わくわくした。
後日、国立にもどってから、戸谷さんがわざわざこのときの資料と書籍を送ってくれたので、これからじっくり読んでみようと思っている。
またまだ訪問したことがないウェル洋光台にも、近いうちに行ってみたい。
戸谷さんの講座が質疑応答にはいったタイミングで、抜け出して、鈴鹿カルチャーステーションに行く。
アズワン研究所のメンバーの方々からインタビューを受ける。
インタビューというより、よく知った方ばかりなので、対談というか、むしろ懇談会のような気楽な感じで、楽しい語らいだった。
これはどこかに発表されるのかな?
お昼はGEN-Japan(エコビレッジネット日本)の片山弘子さん、ガイアエデュケーションの企画スタッフをされている学芸大学の小森先生、野々宮卯妙といっしょに、茶室でいただく。
ついでに打ち合わせも少しだけ。
そのあと13時半からエントランスホールのほうで一般公開講座がスタートする。
コミュニケーションをテーマに、共感や非暴力についての話をさせていただいた。
ここにはグランドピアノがあるので、途中ちょっと演奏したり、質疑応答の前に野々宮卯妙と朗読と即興演奏によるパフォーマンスを、私のテキスト「待つ」の縮小版を使っておこなったりもした。
前日お世話になった矢田恵理子さんや参加してくれた方たちも来てくれたり、ウェル洋光台の戸谷さんも聴きに来ていただいた。
みなさんとの質疑応答のあとは、コース参加者のみなさんと別室で対話会。
質問を受けたり、気づきを聞かせてもらったり。
ほぼ全員の声が聞けて、うれしく、楽しいひとときだった。
夕食に中井さん宅にお邪魔する。
去年もそうだった。
坂井さんと、ブラジルから帰国したばかりの小野さんも参加して、気のおけないリラックスした雰囲気のなかでおいしい料理をいただいた。
帰りの運転はきっと眠くなるだろうと予想していたのだが、ふと Apple Music でスティービー・ワンダーの古い音源を年代順に聴きはじめて、それがおもしろく、夢中になっているうちに国立に着いてしまった。
ものすごくリアルでクリアな夢を見続けていたような二日間だった。
2018年7月16日月曜日
山梨県北杜市での共感音読カフェ
共感的コミュニケーション(NVC)がきっかけで知り合った桂さんが、山梨県北杜市に所有している山荘をなにかの集まりに使ってほしいといって、私を案内人とする勉強会の提案をしてくれた。
先日、まずは少人数だが、その山荘での集まりに行ってきた。
参加者は4人、ご夫婦が2組。
私はなんとなく、共感的コミュニケーションの勉強会をやるのだろうなと予想してうかがったのだが、行ってみると朗読や音読に興味があるという方が3名、主催の桂さんはみなさんのニーズに合わせるというので、現代朗読のワークをやってみることになった。
とはいえ、共感的コミュニケーションの考え方やマインドフルネスについての解説をまじえながら進めていった。
なぜなら、現代朗読はこれらとは深い関係にあり、はずして進めることはできないからだ。
なにが書かれているかではなく、ましてや(あてずっぽうや個人的ジャッジである)作者の「想い」を伝えるのでもなく、たしかにそこにいまある「自分自身という生命現象」を観察し把握し、起ころうとしている現象を妨げたり遮ることなく、ただありのまま正直に読みつづけていくこと。
読み方の根拠は自分の外側からやってきたものではなく、自分の内側や身体にあるということ。
それがどのように現れてくるのか、ただ観察し、味わうこと。
朗読という行為でそれを練習するわけだが、朗読にかぎらず生きていくということはそういうことであろうと思うのだ。
そのための練習方法(エチュード)が現代朗読にはいくつか用意されている。
今回もみなさんといっしょにそれを試み、楽しみ、また疑問や気づきを表現したり、私も解説を試みたりした。
いい大人があらためて自分自身を観察し、気づき、あらたな発見をしていく。
奇妙な風景ではあるが、これがおおまじめに楽しいのだ。
最後には山荘にあったピアノを使って、私もそれぞれの方の朗読とごく短くではあるが共演を楽しませてもらった。
このような機会を作ってくれた桂さんには、深く感謝したい。
またなにかここでやれるといいなと思っている。
先日、まずは少人数だが、その山荘での集まりに行ってきた。
参加者は4人、ご夫婦が2組。
私はなんとなく、共感的コミュニケーションの勉強会をやるのだろうなと予想してうかがったのだが、行ってみると朗読や音読に興味があるという方が3名、主催の桂さんはみなさんのニーズに合わせるというので、現代朗読のワークをやってみることになった。
とはいえ、共感的コミュニケーションの考え方やマインドフルネスについての解説をまじえながら進めていった。
なぜなら、現代朗読はこれらとは深い関係にあり、はずして進めることはできないからだ。
なにが書かれているかではなく、ましてや(あてずっぽうや個人的ジャッジである)作者の「想い」を伝えるのでもなく、たしかにそこにいまある「自分自身という生命現象」を観察し把握し、起ころうとしている現象を妨げたり遮ることなく、ただありのまま正直に読みつづけていくこと。
読み方の根拠は自分の外側からやってきたものではなく、自分の内側や身体にあるということ。
それがどのように現れてくるのか、ただ観察し、味わうこと。
朗読という行為でそれを練習するわけだが、朗読にかぎらず生きていくということはそういうことであろうと思うのだ。
そのための練習方法(エチュード)が現代朗読にはいくつか用意されている。
今回もみなさんといっしょにそれを試み、楽しみ、また疑問や気づきを表現したり、私も解説を試みたりした。
いい大人があらためて自分自身を観察し、気づき、あらたな発見をしていく。
奇妙な風景ではあるが、これがおおまじめに楽しいのだ。
最後には山荘にあったピアノを使って、私もそれぞれの方の朗読とごく短くではあるが共演を楽しませてもらった。
このような機会を作ってくれた桂さんには、深く感謝したい。
またなにかここでやれるといいなと思っている。
〈楽ちん堂CAFE〉のおいしいカレーやお茶をいただきながら、気軽な雰囲気のなかで共感的コミュニケーションを学んだり、お互いの話を深く聴きあう練習をする会です。
共感的コミュニケーションの基礎的な考え方から実践的な応用まで、初心者の方も一から学べます。
2018年7月13日金曜日
半夏生に焼き鯖
福井には半夏生に焼き鯖を食べるという習慣があるんだけど、その鯖をお茶漬けにするとうまい。
たぶん昔からある習慣で、山奥まで鯖を運ぶには、足の早い鯖は生ではやばいってんで、獲れたやつを浜ですぐに焼きあげてしまった。
それを山間部まで持っていったんだと思う。
焼いてしまうとしばらくもつからね。
この習慣って、奥越地方だけ?
最近は地物の鯖ではなく、ノルウェー産のものがほとんどだった。
このほうが脂が乗っておいしいのだが、なんか変な感じ。
しかし、今年はノルウェー産の鯖が高いだか、あまり入ってこないだかで、地物の小ぶりの鯖をもらった。
それを使って今日の昼ごはん。
三つ葉とネギと生姜をトッピングして、出汁で焼き鯖をお茶漬けに。
ほかに冷奴と、わかめときゅうりと玉ねぎの酢の物。
大阪の瑞貴ちゃんが遊びに来ているので、いっしょに食べた。
◎7月18日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。
たぶん昔からある習慣で、山奥まで鯖を運ぶには、足の早い鯖は生ではやばいってんで、獲れたやつを浜ですぐに焼きあげてしまった。
それを山間部まで持っていったんだと思う。
焼いてしまうとしばらくもつからね。
この習慣って、奥越地方だけ?
最近は地物の鯖ではなく、ノルウェー産のものがほとんどだった。
このほうが脂が乗っておいしいのだが、なんか変な感じ。
しかし、今年はノルウェー産の鯖が高いだか、あまり入ってこないだかで、地物の小ぶりの鯖をもらった。
それを使って今日の昼ごはん。
三つ葉とネギと生姜をトッピングして、出汁で焼き鯖をお茶漬けに。
ほかに冷奴と、わかめときゅうりと玉ねぎの酢の物。
大阪の瑞貴ちゃんが遊びに来ているので、いっしょに食べた。
◎7月18日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。
来週「海の日」からはイベント週
表題どおり、イベントがつづく。
7月16日(月/海の日)18時からは共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)を開催。
このところ、私の活動拠点である国立春野亭では月に2回に限定している。
とはいえ、オンラインでも気軽に参加できるのでご利用いただきたい。
ちなみに、この日の午前中は、ひさしぶりにオーディオブックリーダー養成のための個人レッスンを開催する予定。
◎7月16日:共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
7月17日(火)の正午からは共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉を、小浜華子さんが世話人となって主催してくれる。
ここのレモンカレーがおいしいのだ。
前回はレギュラーサイズをお願いしたのだが、常連さんは迷うことなく大盛りを頼んでいた。
今回は私も迷うことなく大盛りを頼む。
◎7月17日:共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉
7月18日(水)午後1時からは、初開催! 朗読表現公開レッスン講座を行なう。
私が長年たずさわり、もっとも得意とする、朗読演出と即興音楽共演を通して、朗読者のまだ見ぬポテンシャルを引きだしたり、知られざる魅力を発見したり、というレッスンを、参加者同士がお互いに公開しあう方式で行おうという講座。
私としてはイチオシ。
◎7月18日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
7月20日(金)夜は、2回めの開催となる共感男塾を、世田谷・新代田の施設で大間哲さんといっしょに開催する。
前回楽しかったのだ。
楽しいだけでなく、刺激と発見に満ちた勉強会だった。
今回もきっとそうなるだろうと思っている。
◎7月20日:共感男塾@世田谷
7月21日(土)午前中は現代朗読ゼミ、午後は共感音読カフェ、ともに国立春野亭にて(共感カフェはオンライン参加も可)。
そして7月22日(日)正午からは、初の試みとなる共感男塾・番外編の「ノンバイオレント・クッキング講座」を国立春野亭にて、新人音読トレーナーのみっちーこと山縣理人くんといっしょに行なう。
ノンバイオレントというのは、ようするにビーガンクッキングのことだ。
今回はココナツカレーに挑戦する予定。
◎7月22日:共感男塾・番外編——ノンバイオレント・クッキング講座@国立
以上、いろいろなイベントが目白押しで、私もがんばるが、みなさんもふるってご参加いただきたい。
お会いできるのを楽しみにしている。
7月16日(月/海の日)18時からは共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)を開催。
このところ、私の活動拠点である国立春野亭では月に2回に限定している。
とはいえ、オンラインでも気軽に参加できるのでご利用いただきたい。
ちなみに、この日の午前中は、ひさしぶりにオーディオブックリーダー養成のための個人レッスンを開催する予定。
◎7月16日:共感音読カフェ@国立春野亭(オンライン参加可)
7月17日(火)の正午からは共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉を、小浜華子さんが世話人となって主催してくれる。
ここのレモンカレーがおいしいのだ。
前回はレギュラーサイズをお願いしたのだが、常連さんは迷うことなく大盛りを頼んでいた。
今回は私も迷うことなく大盛りを頼む。
◎7月17日:共感カフェ@世田谷野毛〈楽ちん堂CAFE〉
7月18日(水)午後1時からは、初開催! 朗読表現公開レッスン講座を行なう。
私が長年たずさわり、もっとも得意とする、朗読演出と即興音楽共演を通して、朗読者のまだ見ぬポテンシャルを引きだしたり、知られざる魅力を発見したり、というレッスンを、参加者同士がお互いに公開しあう方式で行おうという講座。
私としてはイチオシ。
◎7月18日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
7月20日(金)夜は、2回めの開催となる共感男塾を、世田谷・新代田の施設で大間哲さんといっしょに開催する。
前回楽しかったのだ。
楽しいだけでなく、刺激と発見に満ちた勉強会だった。
今回もきっとそうなるだろうと思っている。
◎7月20日:共感男塾@世田谷
7月21日(土)午前中は現代朗読ゼミ、午後は共感音読カフェ、ともに国立春野亭にて(共感カフェはオンライン参加も可)。
そして7月22日(日)正午からは、初の試みとなる共感男塾・番外編の「ノンバイオレント・クッキング講座」を国立春野亭にて、新人音読トレーナーのみっちーこと山縣理人くんといっしょに行なう。
ノンバイオレントというのは、ようするにビーガンクッキングのことだ。
今回はココナツカレーに挑戦する予定。
◎7月22日:共感男塾・番外編——ノンバイオレント・クッキング講座@国立
以上、いろいろなイベントが目白押しで、私もがんばるが、みなさんもふるってご参加いただきたい。
お会いできるのを楽しみにしている。
2018年7月12日木曜日
二か月ぶりの天白〈アロマファン〉はディープに
ほぼ毎月開催していた名古屋天白〈アロマファン〉でのイベントだが、先月は主催の水野生惠さんと私のスケジュールが合わなくて、開催が流れた。
なので、2か月ぶりのアロマファンとなった。
今回は午前中が現代朗読のワークショップ、午後が共感カフェというふたコマ。
別々に参加してもらってもかまわないが、通して参加してもらえるとちょっとした相乗効果を体験できるはず。
すでに何度かこの形で開催してきたが、今回は参加人数がやや少なかったので、自然とディープな内容にシフトした。
午前中の朗読の部は、生惠さんも含めて演劇や朗読をやっている人、映画作りをやっている人、初めての人などが参加して、ちょっとした「哲学カフェ」のような問いからスタート。
「表現とはなにか」
「朗読とはなにか」
について、本質的な考察を試みてみる。
その上で、現代朗読がめざしていること、上手/下手とか、こうやるべき/こうしてはならない、の世界ではなく、いかにオリジナルで多様な世界をめざせるのか、絶えず移り変わりつづける自分という現象といかに深く付き合えるのか、といったことを試みるための稽古を、みんなでやってみる。
とはいえ、やることはシンプルだ。
ただ読む。
意味をなるべくかんがえずに読む。
文章を読むことに注意を向けるのではなく、文章を読んでいる自分に注意を向ける、すなわち自分自身を読む。
現象としての自分自身の変化に目を向け、マインドフルに集中しつづけている人と、そうでない人とでは、表現の質はまるで違う。
このことは表現行為にかぎらない。
日常生活においてもおなじことがいえる。
コミュニケーションにおいてもおなじことだ。
なので、午後の共感の部へとつづく、が有効であったりする。
午後は「そもそもだれかに共感的なことばを向けることが日常のなかで通用しないし、相手を警戒させるよね」という前提から勉強がスタートした。
ではどうすればいいのか。
共感を向けていることを相手に気づかれないこと。
自分から決してはみ出すことなく共感すること。
共感的身体から発せられたことばであるのかどうか、ということ。
かなり実践的で応用的なものをふくむディープな内容になったのではないかと思う。
来月も朗読と共感の2コマ開催する予定。
8月5日(日)を予定しているので、興味のあるかたはどうぞお越しを。
◎8月5日:朗読と共感のコラボWS@名古屋天白アロマファン
朗読と共感的コミュニケーションを両方体験し、実践を深めることができるワークショップを、午前と午後にそれぞれ、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉で開催します。
なので、2か月ぶりのアロマファンとなった。
今回は午前中が現代朗読のワークショップ、午後が共感カフェというふたコマ。
別々に参加してもらってもかまわないが、通して参加してもらえるとちょっとした相乗効果を体験できるはず。
すでに何度かこの形で開催してきたが、今回は参加人数がやや少なかったので、自然とディープな内容にシフトした。
午前中の朗読の部は、生惠さんも含めて演劇や朗読をやっている人、映画作りをやっている人、初めての人などが参加して、ちょっとした「哲学カフェ」のような問いからスタート。
「表現とはなにか」
「朗読とはなにか」
について、本質的な考察を試みてみる。
その上で、現代朗読がめざしていること、上手/下手とか、こうやるべき/こうしてはならない、の世界ではなく、いかにオリジナルで多様な世界をめざせるのか、絶えず移り変わりつづける自分という現象といかに深く付き合えるのか、といったことを試みるための稽古を、みんなでやってみる。
とはいえ、やることはシンプルだ。
ただ読む。
意味をなるべくかんがえずに読む。
文章を読むことに注意を向けるのではなく、文章を読んでいる自分に注意を向ける、すなわち自分自身を読む。
現象としての自分自身の変化に目を向け、マインドフルに集中しつづけている人と、そうでない人とでは、表現の質はまるで違う。
このことは表現行為にかぎらない。
日常生活においてもおなじことがいえる。
コミュニケーションにおいてもおなじことだ。
なので、午後の共感の部へとつづく、が有効であったりする。
午後は「そもそもだれかに共感的なことばを向けることが日常のなかで通用しないし、相手を警戒させるよね」という前提から勉強がスタートした。
ではどうすればいいのか。
共感を向けていることを相手に気づかれないこと。
自分から決してはみ出すことなく共感すること。
共感的身体から発せられたことばであるのかどうか、ということ。
かなり実践的で応用的なものをふくむディープな内容になったのではないかと思う。
来月も朗読と共感の2コマ開催する予定。
8月5日(日)を予定しているので、興味のあるかたはどうぞお越しを。
◎8月5日:朗読と共感のコラボWS@名古屋天白アロマファン
朗読と共感的コミュニケーションを両方体験し、実践を深めることができるワークショップを、午前と午後にそれぞれ、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉で開催します。
2018年7月11日水曜日
北陸、北杜、国立、鈴鹿
明日は朝から北陸の実家を車で出発し、山梨県に向かう。
北杜市の桂さんちの山荘で共感カフェを開催することになっている。
こちらでは初開催。
高山から松本を抜けるルートを考えていたのに、豪雨災害でまだ一部、通行止めがつづいているようだ。
北陸道、名神、中央道経由でぐるっと迂回するしかないらしい。
それはともかく、北杜市の会場は東京から近いので、ドライブがおすすめ。
駐車場もあるので気軽においでください。
いったん東京国立にもどるが、すぐにまた土曜日は鈴鹿市に向かう。
14日(土)はぐみの木ほいくえんというところで、子どもたちといっしょの音読と共感のワークをやったり、大人のための共感勉強会をやったり。
これは鈴鹿の共感仲間・矢田恵理子さんのお世話による(お世話になりっぱなしだ、ありがとう!)。
参加ご希望の方は私か恵理子さんまで直接お知らせを。
翌15日(日)は、去年もやらせてもらったガイアエデュケーションの公開講座の、今年引きつづき講師をやらせていただく。
情報はこちらからどうぞ。
参加申し込みもこちらから。
北杜市の桂さんちの山荘で共感カフェを開催することになっている。
こちらでは初開催。
高山から松本を抜けるルートを考えていたのに、豪雨災害でまだ一部、通行止めがつづいているようだ。
北陸道、名神、中央道経由でぐるっと迂回するしかないらしい。
それはともかく、北杜市の会場は東京から近いので、ドライブがおすすめ。
駐車場もあるので気軽においでください。
いったん東京国立にもどるが、すぐにまた土曜日は鈴鹿市に向かう。
14日(土)はぐみの木ほいくえんというところで、子どもたちといっしょの音読と共感のワークをやったり、大人のための共感勉強会をやったり。
これは鈴鹿の共感仲間・矢田恵理子さんのお世話による(お世話になりっぱなしだ、ありがとう!)。
参加ご希望の方は私か恵理子さんまで直接お知らせを。
翌15日(日)は、去年もやらせてもらったガイアエデュケーションの公開講座の、今年引きつづき講師をやらせていただく。
情報はこちらからどうぞ。
参加申し込みもこちらから。
2018年7月10日火曜日
講義終わりが名残惜しかった共感文章講座
オンライン参加のみで7月2日と5日の2日間にわたっておこなった共感文章講座、なかなか楽しくやらせていただいた。
オンラインならではの、上海やシドニー、その他大阪や岐阜や静岡からご参加いただいたのも楽しかった。
2日間のワーク内容は大きくふたつにわかれている。
結局はおなじことをちがう側面から練習するだけのことなのだが、扱う現象としては違うものに見える。
前半はコミュニケーションとしてのテキストの扱い方。
メールやSNSなどで大量に読んだりやりとりしたりするテキストは、現代ネット社会のコミュニケーションの一部となっている。
一部どころか、大半を占めている人もいるだろう。
そんな場面で共感的コミュニケーション(NVC)の考え方や手法をどのように用いることができるのか。
あるいはその手法は通用するのか。
通用するとしたらどんなふうにやればいいのか。
通用しない面があるとしたらどんなところなのか。
そういったことを検証したり、具体的な事例を取りあげたり、質問に応じたりしながら、初日は終わった。
そしてちょっとした短文を書く宿題を持ちかえってもらって、二日めにつづく。
後半は宿題をお互いに読み合いながら、人の書いた文章を共感的に受け取る練習、そして自分自身につながり(共感し)、そこを出発点として人に伝えるための、オリジナルな文章を書くための練習。
どんな文章にも——それが人が書いたものである以上——、たとえどれほど無味乾燥に見えたとしても、そこには感情とニーズがある。
文章を書くという行為を含めて、人がおこなうことにはすべて感情とニーズがある、というのがマーシャル・ローゼンバーグの心理学なのだ。
この心理学にはNVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)という名前がついている。
自分がなにかを書こうとするときにも、そこにはニーズがあり、感情が生まれている。
そのことを把握し、自分を理解しつながりながら書くのと、ただなんとなく書くのとでは、大きな違いがある。
そしてテキスト表現、テキストコミュニケーションとしては、それをただストレートに伝えればいいというものでもない。
人がテキストで自分を伝えたいとき、相手にとって受け取りやすい形にする配慮が必要になる。
この点が一般的な文章講座との最大の違いかもしれない。
みなさん、とても集中して参加してくれて、最後には深いつながりを感じることができたのが私にはありがたかった。
これで終わりです、回線を閉じます、と告げたときのなんとも名残惜しく寂しい気持ちは、これまであまり感じたことのないものだった。
みなさんにはまたなんらかの形でお会いできるといいなあ。
◎8月2・3日:共感文章講座(オンライン)
メールやLINE、SNSでのテキストコミュニケーションにおいて、共感的コミュニケーション(NVC)の方法をもちいてお互いに尊重をもってつながりあう文章表現を練習するための、全2回の講座です。
オンラインならではの、上海やシドニー、その他大阪や岐阜や静岡からご参加いただいたのも楽しかった。
2日間のワーク内容は大きくふたつにわかれている。
結局はおなじことをちがう側面から練習するだけのことなのだが、扱う現象としては違うものに見える。
前半はコミュニケーションとしてのテキストの扱い方。
メールやSNSなどで大量に読んだりやりとりしたりするテキストは、現代ネット社会のコミュニケーションの一部となっている。
一部どころか、大半を占めている人もいるだろう。
そんな場面で共感的コミュニケーション(NVC)の考え方や手法をどのように用いることができるのか。
あるいはその手法は通用するのか。
通用するとしたらどんなふうにやればいいのか。
通用しない面があるとしたらどんなところなのか。
そういったことを検証したり、具体的な事例を取りあげたり、質問に応じたりしながら、初日は終わった。
そしてちょっとした短文を書く宿題を持ちかえってもらって、二日めにつづく。
後半は宿題をお互いに読み合いながら、人の書いた文章を共感的に受け取る練習、そして自分自身につながり(共感し)、そこを出発点として人に伝えるための、オリジナルな文章を書くための練習。
どんな文章にも——それが人が書いたものである以上——、たとえどれほど無味乾燥に見えたとしても、そこには感情とニーズがある。
文章を書くという行為を含めて、人がおこなうことにはすべて感情とニーズがある、というのがマーシャル・ローゼンバーグの心理学なのだ。
この心理学にはNVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)という名前がついている。
自分がなにかを書こうとするときにも、そこにはニーズがあり、感情が生まれている。
そのことを把握し、自分を理解しつながりながら書くのと、ただなんとなく書くのとでは、大きな違いがある。
そしてテキスト表現、テキストコミュニケーションとしては、それをただストレートに伝えればいいというものでもない。
人がテキストで自分を伝えたいとき、相手にとって受け取りやすい形にする配慮が必要になる。
この点が一般的な文章講座との最大の違いかもしれない。
みなさん、とても集中して参加してくれて、最後には深いつながりを感じることができたのが私にはありがたかった。
これで終わりです、回線を閉じます、と告げたときのなんとも名残惜しく寂しい気持ちは、これまであまり感じたことのないものだった。
みなさんにはまたなんらかの形でお会いできるといいなあ。
◎8月2・3日:共感文章講座(オンライン)
メールやLINE、SNSでのテキストコミュニケーションにおいて、共感的コミュニケーション(NVC)の方法をもちいてお互いに尊重をもってつながりあう文章表現を練習するための、全2回の講座です。
2018年7月9日月曜日
動きと音の瞑想ワークショップ in 渋谷が終了
2018年7月6日、金曜日夜。
渋谷文化総合センター大和田の大練習室にて、私と矢澤実穂さん、野々宮卯妙の3人による「動きと音の瞑想ワークショップ」をおこなった。
多くの知り合いに声をかけたのだが、なぜか金曜の夜は都合が悪いという人が多く、参加者はとても少なかった(もう金曜夜にはやるまい)。
そんななか、足を運んでくれた方々には感謝したい。
そしてその少数メンバーでおこなったワークショップと、最後におこなったみんなで作る表現パフォーマンスは、とても充実したすばらしいもので、大変楽しませてもらった。
終了後はこれまでにないような心地よい疲労感をおぼえて、打ち上げに駆けこんだタイ料理店ではうまいビールをいただくことができた。
今回のワークショップはオーストラリア在住の矢澤実穂さんが一時帰国するのに合わせ、なにかやりましょうということで企画されたイベントだった。
去年の10月にこの3人で、国立のさくらホールにおいてダンスと朗読とピアノの公演をおこなった。
今回も公演を、とも考えたのだが、相談した結果ワークショップと参加型のパフォーマンスを組みあわせることになったのだ。
午後7時にスタート。
いきなり驚いた方もいたようだが、前説なしの3人によるパフォーマンスから始まる。
ピアノの即興演奏から出て、野々宮の朗読。
これがなんと、ウィキペディアの「自由」の項目を読むというパフォーマンス。
なかなかおもしろかったのだが、最後には実穂さんも自然に参加してオープニング終了。
ご挨拶、みなさんのチェックインがあって、私がソニック・メディテーションのワークにお誘いする。
聴感覚に集中してもらって、いまここの身体を観察するワーク。
小休憩のあと、実穂さんによる身体のワーク、動きのワーク。
音がほしいといわれ、私もピアノ演奏で参加、あくまで控えめに、ワークとみなさんの邪魔にならないように。
これはこれで楽しかった。
最後は3人のパフォーマンスに、みなさんも自由に加わったりからんだりしてもらって、全員で作る表現。
即興ピアノ、ダンス、朗読、声、自由な動きがからまったり、離れたり、自由に遊んだり、関わったり。
お互いに安心できる関係性のなかで、本当にのびのびと表現しあう楽しさが生まれた時間だった。
これをやりながら、私など、「これからはパフォーマンスをやるとき、お客さんにもどんどん参加してもらえばいいよな」と思ったくらいだ。
◎7月18日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。
渋谷文化総合センター大和田の大練習室にて、私と矢澤実穂さん、野々宮卯妙の3人による「動きと音の瞑想ワークショップ」をおこなった。
多くの知り合いに声をかけたのだが、なぜか金曜の夜は都合が悪いという人が多く、参加者はとても少なかった(もう金曜夜にはやるまい)。
そんななか、足を運んでくれた方々には感謝したい。
そしてその少数メンバーでおこなったワークショップと、最後におこなったみんなで作る表現パフォーマンスは、とても充実したすばらしいもので、大変楽しませてもらった。
終了後はこれまでにないような心地よい疲労感をおぼえて、打ち上げに駆けこんだタイ料理店ではうまいビールをいただくことができた。
今回のワークショップはオーストラリア在住の矢澤実穂さんが一時帰国するのに合わせ、なにかやりましょうということで企画されたイベントだった。
去年の10月にこの3人で、国立のさくらホールにおいてダンスと朗読とピアノの公演をおこなった。
今回も公演を、とも考えたのだが、相談した結果ワークショップと参加型のパフォーマンスを組みあわせることになったのだ。
午後7時にスタート。
いきなり驚いた方もいたようだが、前説なしの3人によるパフォーマンスから始まる。
ピアノの即興演奏から出て、野々宮の朗読。
これがなんと、ウィキペディアの「自由」の項目を読むというパフォーマンス。
なかなかおもしろかったのだが、最後には実穂さんも自然に参加してオープニング終了。
ご挨拶、みなさんのチェックインがあって、私がソニック・メディテーションのワークにお誘いする。
聴感覚に集中してもらって、いまここの身体を観察するワーク。
小休憩のあと、実穂さんによる身体のワーク、動きのワーク。
音がほしいといわれ、私もピアノ演奏で参加、あくまで控えめに、ワークとみなさんの邪魔にならないように。
これはこれで楽しかった。
最後は3人のパフォーマンスに、みなさんも自由に加わったりからんだりしてもらって、全員で作る表現。
即興ピアノ、ダンス、朗読、声、自由な動きがからまったり、離れたり、自由に遊んだり、関わったり。
お互いに安心できる関係性のなかで、本当にのびのびと表現しあう楽しさが生まれた時間だった。
これをやりながら、私など、「これからはパフォーマンスをやるとき、お客さんにもどんどん参加してもらえばいいよな」と思ったくらいだ。
◎7月18日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。
2018年7月7日土曜日
2018年7月6日金曜日
RadioU:林志明作『天使在人間』の翻訳者・鄧晶音さんに聞く
現代朗読ゼミ生の勝木雪子さんが、日本に一時帰国中の鄧晶音さんを連れて国立・春野亭に遊びに来てくれました。
鄧晶音さんは大学生のときに参加したワークキャンプがきっかけでハンセン病回復者たちをサポートする活動に参加するようになって、現在も深く関わっています。
自身もハンセン病回復者である林志明氏が書いた短編小説集『天使在人間』の翻訳・出版作業も、その活動の一環でした。
その作品を勝木雪子さんが朗読し、YouTubeで配信しています。
晶音さんは現在、翻訳の仕事をしながら、中国の海南島でハンセン病回復者のサポートもおこなっています。
彼女がこのような活動にかかわるようになったきっかけや、中国のハンセン病回復者の現状、支援活動の経緯、中国での生活や海南島の話など、興味深い話をたくさん聞かせてもらいました。
映像はこちら。
こちらの番組は音声のみのラジオ番組としても聴けます。
PCやスマホ、タブレットから、直接こちらで聴けるほか、「Himalaya」という専用アプリでも便利に聴けます。
専用アプリで聴く場合は、アプリ内で「radio u」と検索してみてください。
無料です。
鄧晶音さんは大学生のときに参加したワークキャンプがきっかけでハンセン病回復者たちをサポートする活動に参加するようになって、現在も深く関わっています。
自身もハンセン病回復者である林志明氏が書いた短編小説集『天使在人間』の翻訳・出版作業も、その活動の一環でした。
その作品を勝木雪子さんが朗読し、YouTubeで配信しています。
晶音さんは現在、翻訳の仕事をしながら、中国の海南島でハンセン病回復者のサポートもおこなっています。
彼女がこのような活動にかかわるようになったきっかけや、中国のハンセン病回復者の現状、支援活動の経緯、中国での生活や海南島の話など、興味深い話をたくさん聞かせてもらいました。
映像はこちら。
こちらの番組は音声のみのラジオ番組としても聴けます。
PCやスマホ、タブレットから、直接こちらで聴けるほか、「Himalaya」という専用アプリでも便利に聴けます。
専用アプリで聴く場合は、アプリ内で「radio u」と検索してみてください。
無料です。
林志明作『天使在人間』の翻訳者・鄧晶音さんが遊びに来た
1年くらい前から現代朗読ゼミのゼミ生として参加してくれている勝木雪子さんが、日本に一時帰国中の鄧晶音さんを連れて遊びに来てくれた。
鄧晶音さんは大学生のときに参加したワークキャンプがきっかけでハンセン病回復者たちをサポートする活動に参加するようになって、現在も深く関わっている。
自身もハンセン病回復者である林志明氏が書いた短編小説集『天使在人間』の翻訳・出版作業も、その活動の一環だった。
晶音さんと知り合った雪子さんが、ちょうどゼミでなにを読もうかとかんがえていたところ、この本があることを私も知り、朗読(と配信)をすすめたのだった。
晶音さんは現在、翻訳の仕事をしながら、中国の海南島でハンセン病回復者のサポートもおこなっている。
著者の林志明氏とも知り合いだという。
彼女がこのような活動にかかわるようになったきっかけや、中国のハンセン病回復者の現状、支援活動の経緯、中国での生活や海南島の話など、興味深い話をたくさん聞かせてもらって、たいへん楽しい時間だった。
雪子さんがこの本の朗読の4本めとなる作品「怒りの宣言」を収録するところにも立ちあってもらうことができた。
この朗読は林志明氏にも中国で聴いてもらったという。
林氏は日本語がわからないので、もっぱら音楽についていろいろ尋ねられたということを聞き、うれしい気持ちになった。
今回のこの収録も林氏に聴いてもらえるといいのだが。
最後に晶音さんのインタビューを撮らせてもらった。
近く、YouTubeで配信する予定だ。
晶音さん、雪子さん、ありがとう。
◎7月7日:現代朗読ゼミ
朗読や群読などの身体表現を用いていまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現するための研究の場・現代朗読ゼミ、7月の開催は7(土)/21(土)/27(金)、いずれも10時半(27日のみ19時半)から約2時間。
鄧晶音さんは大学生のときに参加したワークキャンプがきっかけでハンセン病回復者たちをサポートする活動に参加するようになって、現在も深く関わっている。
自身もハンセン病回復者である林志明氏が書いた短編小説集『天使在人間』の翻訳・出版作業も、その活動の一環だった。
晶音さんと知り合った雪子さんが、ちょうどゼミでなにを読もうかとかんがえていたところ、この本があることを私も知り、朗読(と配信)をすすめたのだった。
晶音さんは現在、翻訳の仕事をしながら、中国の海南島でハンセン病回復者のサポートもおこなっている。
著者の林志明氏とも知り合いだという。
彼女がこのような活動にかかわるようになったきっかけや、中国のハンセン病回復者の現状、支援活動の経緯、中国での生活や海南島の話など、興味深い話をたくさん聞かせてもらって、たいへん楽しい時間だった。
雪子さんがこの本の朗読の4本めとなる作品「怒りの宣言」を収録するところにも立ちあってもらうことができた。
この朗読は林志明氏にも中国で聴いてもらったという。
林氏は日本語がわからないので、もっぱら音楽についていろいろ尋ねられたということを聞き、うれしい気持ちになった。
今回のこの収録も林氏に聴いてもらえるといいのだが。
最後に晶音さんのインタビューを撮らせてもらった。
近く、YouTubeで配信する予定だ。
晶音さん、雪子さん、ありがとう。
◎7月7日:現代朗読ゼミ
朗読や群読などの身体表現を用いていまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現するための研究の場・現代朗読ゼミ、7月の開催は7(土)/21(土)/27(金)、いずれも10時半(27日のみ19時半)から約2時間。
2018年7月5日木曜日
韓氏意拳:国立講習会2コマ、火曜講習会、撃研
このところ、韓氏意拳の稽古が充実してきていて、ありがたい。
昭島K-Studioの駒井雅和中級教練が、この6月から、毎週火曜日の夜に定期講習会を開催してくれることになって、参加している。
毎回かならず参加できるわけではないが、参加できるときは行くようにしている。
幸い、会場が昭島総合スポーツセンターなので、国立からは近い。
ほかにも私の本拠地である国立春野亭で、毎月、初級講習会と養生功講習会をそれぞれ1コマずつ、駒井教練をお招きして開催している。
こちらは私が世話人をやらせてもらっている。
また、駒井教練は月に1度のペースで撃研こと「技撃研究会」を開催されている。
こちらも大変興味深い会で、先日参加してきた。
ともすればわかりにくいことも多い韓氏意拳の練習体系だが、駒井教練はできるだけわかりやすく初学の者にも練習できるようにさまざまに工夫して伝えてくれている。
撃研もそうで、コンタクト(組手など)のない韓氏意拳の練習体系のなかで、実際にある程度コンタクトをともなった練習ができないかと工夫されている。
武術である以上、実際の接触感覚がないとともすれば齟齬が生じがちな面があるところを、あくまで教学体系を重んじた形の範囲内で接触練習をさせてもらうことができる。
とても貴重な機会といっていい。
先週はこれらの会が立てつづけにあって、さすがに全身に疲れがたまってしまった。
韓氏意拳は身体のどこか一部分を鍛えたり、集中的に使ったり、ということはなく、常に全体性を求められる武術なので、まず部分的な筋肉痛は経験しないのだが、その代わりに通常の体操や筋トレでは経験したことのないような疲労感がある。
気持ちがよく、これは「養生」という体系にも生かされているのだが、このところの集中的稽古はこれまでの稽古不足を実感することになってしまった。
◎7月23日:国立・韓氏意拳初級講習会
駒井雅和中級教練による国立での韓氏意拳初級講習会の2018年7月は、23日(月)午後にJR国立駅徒歩5分の会場にて開催します。
◎7月23日:韓氏意拳養生功講習会@国立
JR国立駅徒歩5分の会場にて駒井雅和中級教練による韓氏意拳養生功講習会を7月23日(月)16時から約2時間の開催です。
昭島K-Studioの駒井雅和中級教練が、この6月から、毎週火曜日の夜に定期講習会を開催してくれることになって、参加している。
毎回かならず参加できるわけではないが、参加できるときは行くようにしている。
幸い、会場が昭島総合スポーツセンターなので、国立からは近い。
ほかにも私の本拠地である国立春野亭で、毎月、初級講習会と養生功講習会をそれぞれ1コマずつ、駒井教練をお招きして開催している。
こちらは私が世話人をやらせてもらっている。
また、駒井教練は月に1度のペースで撃研こと「技撃研究会」を開催されている。
こちらも大変興味深い会で、先日参加してきた。
ともすればわかりにくいことも多い韓氏意拳の練習体系だが、駒井教練はできるだけわかりやすく初学の者にも練習できるようにさまざまに工夫して伝えてくれている。
撃研もそうで、コンタクト(組手など)のない韓氏意拳の練習体系のなかで、実際にある程度コンタクトをともなった練習ができないかと工夫されている。
武術である以上、実際の接触感覚がないとともすれば齟齬が生じがちな面があるところを、あくまで教学体系を重んじた形の範囲内で接触練習をさせてもらうことができる。
とても貴重な機会といっていい。
先週はこれらの会が立てつづけにあって、さすがに全身に疲れがたまってしまった。
韓氏意拳は身体のどこか一部分を鍛えたり、集中的に使ったり、ということはなく、常に全体性を求められる武術なので、まず部分的な筋肉痛は経験しないのだが、その代わりに通常の体操や筋トレでは経験したことのないような疲労感がある。
気持ちがよく、これは「養生」という体系にも生かされているのだが、このところの集中的稽古はこれまでの稽古不足を実感することになってしまった。
◎7月23日:国立・韓氏意拳初級講習会
駒井雅和中級教練による国立での韓氏意拳初級講習会の2018年7月は、23日(月)午後にJR国立駅徒歩5分の会場にて開催します。
◎7月23日:韓氏意拳養生功講習会@国立
JR国立駅徒歩5分の会場にて駒井雅和中級教練による韓氏意拳養生功講習会を7月23日(月)16時から約2時間の開催です。
2018年7月4日水曜日
日本みつばちの採蜜、その2
町田のあした農場に置かせてもらっているみつばち部の日本みつばちの巣箱の採蜜に行ってきた。
これが2回めとなる。
先週、1段いただいたとき、だいぶ巣がのびていて、もう1段いけそうだったのと、継箱をしておかないとスペースに余裕がなくなりそうだったので、その作業をしに行ってきた。
2回めともなるとちょっと慣れてきて、参加した部員のみなさんもてきぱきと自主的に動いたり、箱を入れ替える作業を実際におこなったりした。
みつばち部が去年から採用している養蜂の方式は重箱式というもので、一般的な箱よりサイズがやや小さい。
女性でも扱いやすいサイズだ。
蜜がぎっしりと詰まった箱はかなり重くなる。
とくに箱を全部持ちあげて、再下段に箱を継ぐ作業などは、力がいるのだが、このサイズだと女性でも、あるいは男性でも非力なほうな私でも可能だ。
みつばち部はいま、2群いるのだが、その両方ともに1段ずつ継箱をしておいた。
群は勢いがあって、まだまだ伸びてくると思われる。
今月中にもう一段ずつ、継ぐ必要が出てくるかもしれない。
抜き取った最上段の蜜が詰まった箱は、国立に持ちかえって、蜂蜜の分離作業をおこなった。
前回より多いだろうと予想していたが、実際にはほとんどおなじか、少し多いくらいだった。
それでも3キロ近く採れた。
みつばちたち、ありがとう。
日本みつばちを飼う、それをサポートする、あるいは日本みつばちの蜜を購入していただく、というのは、間接的に日本の自然環境を守ることに力を貸すことになる。
興味のある方はみつばち部に参加してみてください。
参加しなくても、やや割高に感じるかもしれないけれど、日本みつばちの蜂蜜を購入して楽しんでください。
これが2回めとなる。
先週、1段いただいたとき、だいぶ巣がのびていて、もう1段いけそうだったのと、継箱をしておかないとスペースに余裕がなくなりそうだったので、その作業をしに行ってきた。
2回めともなるとちょっと慣れてきて、参加した部員のみなさんもてきぱきと自主的に動いたり、箱を入れ替える作業を実際におこなったりした。
みつばち部が去年から採用している養蜂の方式は重箱式というもので、一般的な箱よりサイズがやや小さい。
女性でも扱いやすいサイズだ。
蜜がぎっしりと詰まった箱はかなり重くなる。
とくに箱を全部持ちあげて、再下段に箱を継ぐ作業などは、力がいるのだが、このサイズだと女性でも、あるいは男性でも非力なほうな私でも可能だ。
みつばち部はいま、2群いるのだが、その両方ともに1段ずつ継箱をしておいた。
群は勢いがあって、まだまだ伸びてくると思われる。
今月中にもう一段ずつ、継ぐ必要が出てくるかもしれない。
抜き取った最上段の蜜が詰まった箱は、国立に持ちかえって、蜂蜜の分離作業をおこなった。
前回より多いだろうと予想していたが、実際にはほとんどおなじか、少し多いくらいだった。
それでも3キロ近く採れた。
みつばちたち、ありがとう。
日本みつばちを飼う、それをサポートする、あるいは日本みつばちの蜜を購入していただく、というのは、間接的に日本の自然環境を守ることに力を貸すことになる。
興味のある方はみつばち部に参加してみてください。
参加しなくても、やや割高に感じるかもしれないけれど、日本みつばちの蜂蜜を購入して楽しんでください。
2018年7月1日日曜日
激プッシュ! 参加型ライブワークショップ(今週金曜日)
今週金曜日、あと5日となった。
7月6日(金)19時から、渋谷区総合文化センター大和田・大練習室にて「動きと音の瞑想ワークショップ」を開催する。
くわしくはこちら。
オーストラリア在住の矢澤美穂さん(ダンス)を迎え、コンタクトインプロビゼーションや現代朗読、即興音楽などの要素を組み合わせて、みなさんにも参加していただく方式の、大変希少な形のライブワークショップだ。
矢澤美穂さんは元々、国立市在住だったが、現在はオーストラリアに移住している。
世田谷区から国立に移った私とは入れ違いになったが、共感的コミュニケーションすなわちNVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)の仲間として長くつながっている人だ。
現代朗読の野々宮卯妙もその仲間で、この3人で去年10月には国立でライブパフォーマンスをおこなった。
その抜粋映像はこちら。
今年も美穂さんの帰国に合わせてなにかやろうということになり、今回のイベントが企画された。
頻繁にあることではないので、みなさんにはぜひ、この機会をお逃しなきようお願いしたい。
7月6日(金)19時から、渋谷区総合文化センター大和田・大練習室にて「動きと音の瞑想ワークショップ」を開催する。
くわしくはこちら。
オーストラリア在住の矢澤美穂さん(ダンス)を迎え、コンタクトインプロビゼーションや現代朗読、即興音楽などの要素を組み合わせて、みなさんにも参加していただく方式の、大変希少な形のライブワークショップだ。
矢澤美穂さんは元々、国立市在住だったが、現在はオーストラリアに移住している。
世田谷区から国立に移った私とは入れ違いになったが、共感的コミュニケーションすなわちNVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)の仲間として長くつながっている人だ。
現代朗読の野々宮卯妙もその仲間で、この3人で去年10月には国立でライブパフォーマンスをおこなった。
その抜粋映像はこちら。
今年も美穂さんの帰国に合わせてなにかやろうということになり、今回のイベントが企画された。
頻繁にあることではないので、みなさんにはぜひ、この機会をお逃しなきようお願いしたい。
YouTube:朗読とピアノ「みちこ」岩崎さとこと水城雄
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