2010年10月6日水曜日

感情のシフト

私を含めて人はだれでも感情に流され、冷静な行動や思考が取れなくなることがよくある。
「怒り」「悲しみ」そして「喜び」も。強い感情は「我を忘れ」させ、思いもよらない言動によってさらにものごとを悪化させてしまうこともある。
そういった感情に支配された言動をなんとかコントロールできないかと、古今からさまざまな方法がかんがえられ、提案されてきた。宗教、武術、心理学、さまざまなアプローチがあるが、どの方法を見ても共通していることがある。
自分を外から見る能力を身につけられるか。
キーワードにすれば「客観」ということになるだろう。ある感情が起こったとき、たとえば「自分の呼吸に意識を集中する」「距離を置く」「しばらく時間を置く」「別のことに意識を向ける」などさまざまな方法があるが、いずれもまずは情動から距離を置こうとする。

アメリカのマーシャル・ローゼンバーグが非暴力のもとで偉大な業績をなしとげたさまざまな人(たとえばガンジーやキング牧師やマザー・テレサ)の言動を心理学の立場から分析し、体系化した「非暴力コミュニケーション(NVC)」という考え方がある。それを勉強中だ。
これは仏教・禅などにもとても近い考え方で、ベトナム出身の禅師ティク・ナット・ハンの教えなどもまさにNVCそのものといっていい。いずれも自分の情動をコントロールするために「感情のシフト」という方法を使おうとする。この「シフト」について説明してみたい。
たとえば待ち合わせをしていて、友人が遅刻してきたとする。あなたは相当の時間を無為に待たされ、いらいらしていた。友人の顔を見るなり、怒りが爆発しそうになった。そのとき、友人をなじる言葉を使ってしまえば、お互いによい関係にならないことはわかっている。では、どのようにすればいいのだろうか。
NVCではまず「観察(observasion)」と「フィーリング(feeling)」というステップを大事にする。観察とは、そこに起きている事実だけにスポットをあてる行為だ。この場合だと、「友人が遅刻してきた」。
フィーリングは自分の「怒り」。このあと相手にも目を向けるのだが、いまは省略。
確認したら、次にこの「怒り」がどこから来ているのか探る。これが「ニーズ(needs)」といわれているもの。人の言動は必ずなんらかのニーズにもとづいてなされている。
怒りの情動もなんらかのニーズ(もしくは満たされなかったニーズ)から来ている。この場合だと、時間を大事にしたいというあなたのニーズかもしれないし、相手に尊重されたいというニーズが満たされなかったせいかもしれない。それを確認する。
簡単に書いているが、実はこれが大変難しい。なので、禅僧は修行を続けるのだし、NVCの学習も繰り返し、いろいろな手を使ってこの練習をする。

あなたのニーズが確認できたとき、あなたのなかで「感情のシフト」が起こるはずだ。つまりこういうふうに。
あなたは「怒っている人」から「自分が怒っていることを認識している人」になっている。そして感情は、それを客観的に見つめることで、別の冷静な感情に置き換わっている。これが感情のシフトである。
これは相手に対してもおこなわれる。あなたを怒らせた相手にもニーズがあるはずだ。相手はあなたを怒らせようと思って遅刻したわけではないだろう(たまにはそういうこともあるかもしれないが)。この場合、相手も遅刻したくて遅刻したわけではなかった。そのため、遅刻したことを申し訳なく思っている。相手のそのフィーリングをあなたは受け取ることができるだろうか。もしそれができて、相手にも共感できたとき、相手は「あなたを怒らせた人」ではなく「遅れたことを申し訳なく思っている人」に変化するはずだ。
そのシフトが起こったあとの言動はどうなるだろうか。
自分は冷静になり、相手にも寛容になる。
NVCではそのあとに「リクエスト(request)」という行動に移る。自分の気持ちとニーズを相手に説明し、次からは自分のニーズを尊重してくれるとうれしいという「お願い」をするのだ。そこにはもう怒りはない。
感情のシフトは繰り返し練習する必要があるが、ひとたびシフト体験をすると、だんだんコツがわかってくる。そして過度な怒り、悲しみ、喜びといった感情に襲われたとき、どのように対処すればいいかわかるようになる。

世の中、回りを見回せば、暴力的で反射的な言動に満ちあふれている。人々が感情のシフトについて学び、穏やかで共感的なコミュニケーションがおこなわれるようになるといいと、心から思う。