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2019年6月25日火曜日

共感文章もしくは共感手帳術のプラクティス「ニーズの遠景、近景、体景」

NVC(共感的コミュニケーション)でいうところの「ニーズ」は、「いまこの瞬間」の自分の身体的実感につながっている必要性や価値観、大事にしたいことをつかむことが基本だ。
ニーズは観念やイメージ、思考の産物ではないということだ。
これはとても重要なポイントで、論理的な理解が容易なNVCの学習者がおちいりやすい罠でもある。
思考や観念的なイメージで「自分のニーズはこれだな」と言語化できてしまうのだが、本当にそれがリアルな身体的実感とつながっているのかどうか、つまり自分自身へのリアルな共感としてあるものなのかどうかを見極める必要がある。

とはいえ、人は社会的な存在でもあり、現代文明という極度に人工化された空間と社会システムを生きている。
「いまこの瞬間」の生命存在の必要性から発展し、延長されたさまざまな社会化されたニーズもまた、人の行動を決定し、いきいきさせることも事実だ。

自分のニーズがどのレベルにあるのかを見極め、分けてとらえるために、「遠景のニーズ」「近景のニーズ」「体景のニーズ」という定義を提案しておきたい。

「遠景のニーズ」
とは、自分がこうありたい、こういうことを大切にしている、このような世界を生きることを望んでいる、人間関係や社会システムや環境がこのようになっていくことを大事にしている、というようなことだ。

「近景のニーズ」
とは、いますぐではないけれどこれはいずれ実現したい、学んだり身につけたりしてこんなことができるようになりたい、近いうちにここに行ってみたい、こんな楽しいことをやってみたい、というようなことだ。

体景は造語だが、体感覚がしめす「いまこの瞬間」のニーズのことで、空腹を満たしたい、安全を確保したい、知りたい、つながりたい、清潔でいたい、そういったことを「体景のニーズ」ということにする。

このプラクティスではそれぞれのニーズについてタイムスパンを設定して、自分の行動や将来的なありかたを記述し、そこにあるニーズを明確に押さえてみることを試みる。
時間軸のなかで変化するニーズを明確にしておくことで、自分の進みたい方向がはっきりしたり、いまこの瞬間の選択肢がクリアになったりするだろう。

(以下、具体的なプラクティスにつづく)
(興味があるかたは共感文章講座または共感手帳術講座に参加してみてください)

7月4・11日:オンライン共感文章講座(Text NVC)
メール、ブログ、SNSメッセージなど、文章(テキスト)でのコミュニケーションでお互いに共感したりつながりを作るための表現方法を学び、練習するための講座です。2日連続、それぞれ夜2時間ずつ。

7月24日〜:オンライン共感手帳術講座
毎日使う手帳を用いて自分がなにを大切にしているのか、なにが必要かを明確にしていき、日々を有効にいきいきとすごすための術を身につけるための短期集中講座です。

2019年6月24日月曜日

春野亭日乗 6月23日(日)個人レッスン、演出的「しかけ」は身体の気づきあってのもの

午前中、オンラインでの個人セッションと、現代朗読ゼミ。
ゼミはゼミ生ユウキひとりの参加だったので、個人レッスンに。
金曜夜、ほぼ恒例になった国立〈キノ・キュッヘ〉でのオープンマイクにまた参加することになったので、その読み合わせ。

「水色文庫」をみて、私の作品の「ふたつの夢・ひとつめの夢」をやってみることになった。
変な作品だが、あらためて読んでもらうと、なかなかおもしろい。
パフォーマンス向け作品ともいえる。
ピアノと合わせてみた。

この半年、ずっとまじめに現代朗読の手法で身体表現の稽古をしてきたので、自身の身体への「気づき」がかなり生まれてきている。
こうなると演出的な「しかけ」の可能性が生まれてくる。
身体への気づきや体認がないまま演出的「しかけ」を先にやってしまうと、身体がないまま形骸ばかり表現することになってしまう。
表現が嘘になってしまう。
そこを現代朗読ではクリアしたいのだが、その方向性をきちんと理解してもらえるようになってきている。
うれしいかぎりだ。
ある「しかけ」を提案してみたが、それを受けての金曜夜のライブが楽しみになってきた。

すでに完成していた帽子がちょっと大きめで、男性にも大きいくらいなのでだれにあげられるかなと思っていたが、大きめがいいというので差し上げることにした。
急遽、紐を取りつけて、頭囲を調節できるようにした。
よくお似合いでよかった。

ひさしぶりに麻紐を使って手提げバッグを編みはじめる。
材料費が安いので気軽にガシガシと編んでいけるのがいいが、握力がどんどん目減りする。
コンピューターを開きっぱなしにして、共感文章の「遠景、近景、体景」のエチュードを自分でもやりながら、編んだり休んだり、記述したり、Netflixを見たりNHKオンデマンドを見たり。

ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。現代朗読については水城ゆうブログ「水の反映」の「現代朗読」ラベルをご参照ください。6月30(日)10時半から約2時間。

2019年6月22日土曜日

春野亭日乗 6月21日(金)高橋透先生の治療会、語りさやかちゃんのレッスン

高橋透先生の治療会に行ってきた。ついでに頼まれていた釣り用の帽子をお渡しする。
エコアンダリアで編んだつば付き帽子。
よくお似合いでよかった。

駒井教室の世話人としての責務があるので、昨日の検査結果をお伝えしたら、
「水城さんっておいくつなんですか」
と聞かれた。
62ですと答えたら、
「そりゃもう十分に生きられましたね」
たしかにまったくその通り。

午後、豊田から、語りのさやかちゃんとお母さんが打ち合わせとレッスンに来る。
さやかちゃんとはもう16年の付き合い。
障がいを持っている彼女を支えてこられた喜びと、多くのことを学ばせてもらった感謝でいっぱい。
11月のイベントの打ち合わせだが、一緒にやれるといいな。
レッスンはさやかちゃんの語りをいっぱい聞かせてもらって楽しかった!

夜になって、豊田に無事に帰着したらしいさやかちゃんからお礼のメールが届く。
うれしいのでちょっとご紹介。
そうそう、エコアンダリアの帽子がとてもよく似合ったので、さやかちゃんにひとつあげたんだった。

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水城さんへ

こんばんは。
小林佐椰伽です。
今日はお世話になりましてありがとうございました。

おぼうしいただいてありがとうございました。とっても
嬉しいです。

こもりうた
楽しくやったら?
の アドバイスをいただいたら、まだ やりやすかったです。
ありがとうございます。

新美南吉さんの詞や作品

もっとイメージ
できるように
頑張りたいと思います。

また、11月16日の
水城さんとご一緒させていただけるの 楽しみです。
よろしくお願いいたします。

水城さんの お体の事心配なので お祈り  しときます。

2019年6月21日金曜日

春野亭日乗 6月20日(木)精密検査の結果を聞く、自立出版講座の初回

YouTubeあと4人でフォロワーが200人に!
チャンネル登録してね。
こちら

歩いて多摩総合医療センターへ。
暑くなってきた。湿度が増している。梅雨らしい天候。
精密検査の結果を聞く。ほぼ予想どおりの結果で、覚悟していたことではある。ステージⅣ。

明確さが満たされてすっきりした気分で、院内のドトールでお茶を楽しむ。

また歩いて国立に帰る代わりに、西国分寺駅まで歩く。
住宅街を縫って歩いたが、緑も多く、あじさいも美しく、落ち着いたなかなかいい街だなと思った。
西国分寺から立川に移動し、ユザワヤでエコアンダリアの糸を仕入れる。
立川から国立にもどる。

夜はオンラインで自立出版講座をおこなう。
私もいれて参加者6人で、ついつい熱がはいり、盛りだくさんの内容になってしまった。
みなさん、大丈夫だったかな。
まあ、2回め、3回めとつづくので、フォローできるかな。

3回めの日程が今回の検査結果を受けて開催できなくなる可能性が高まったので、みなさんと相談して前倒しにしてもらった。

ピアノ七十二候:夏至/乃東枯(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
夏至の初候(28候)「乃東枯(なつかれくさかるる)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年6月20日木曜日

自分をコンテンツ化する(老後にそなえて?)

以下の私見は半分冗談、半分本気です。
読み流していただければ幸い。

まじめに払っているのに年金が支給されなくなるとか、減額されるとか、2千万円の蓄えがないと老後を安心して生きられない、いや本当は3千万円だとか、いろいろ不安な情報が飛びかっている。
お金を稼ぐ能力があろうがなかろうが、つまり子どもだろうが高齢者だろうが、障害者だろうがなにかのマイノリティだろうが、すべての国民が安心して生存できることを保証しているのが憲法だろうし、文明国(日本がそうであるかどうかはさて置いて)のありかただと思うが、現日本国の政治家や政府はそんなものを遵守するつもりはまったくないらしく、ホリエモンのツイートが代表しているような自己責任論ばかりが幅をきかせている。
自分がマイノリティになったとき、無力になったときのことなど、だれも想像すらしないらしい。

いまの日本の社会資産は、それがうまく再配分されれば、すべての国民が充分に安心して暮らせるだけの余剰があると私は思っているし、そういう試算もある。
たとえばベーシックインカムなどによってすべての国民が、すくなくとも金銭面では安心暮らせるような社会システムは、そんなに不公平なものなのだろうか。
働ける者、稼ぐ能力のある者、持てる者が、働かない者(働けない者)や持てない者の生活を支えるのは、そんなにいやなのだろうか。
むしろ心の豊かさをもたらすのではないかという私の想像は、それほど奇抜なものなのだろうか。

残念ながら、すべての者が自己責任を押しつけられてなんとか生きていかねばならないのが、現実社会だ。
当分これがつづくだろうとせねばなるまい。

自分という資産を活用しよう、というのが私の提案のひとつだ。
資産といっても、お金や貴金属や証券や不動産のことではない。
自分のなかに蓄積してきた「経験」という資産だ。

自分の経験をコンテンツ化しておく。
有料コンテンツでもいいし、無料でもいい、とにかく必要な人がそこにアクセスしコンテンツを入手できる仕組みを作っておけば、一生そのコンテンツは提供されつづける。
私が提供するコンテンツは、私が生きているあいだはもちろん、私が死んだあとも残っている。

そのために自分の経験や生産したものをデジタルコンテンツ化しておく。
音楽や朗読、トーク、講演、などの音声コンテンツ。
著作物などのテキストコンテンツ。
漫画やイラスト、写真、絵画などの映像コンテンツ。
YouTubeに代表されるような動画コンテンツ。

自分はなにをコンテンツ化できるだろうか。

電子書籍の世界でおもしろいコンテンツと現象がある。
スマホの音楽アプリで、指だけでドラムを演奏できるものがある。
音のクオリティはすばらしく、修練すれば本物のドラムを演奏しているような音を残せる。
マルチトラックを駆使してオリジナル音楽を作ることも簡単だ。

その指ドラムの練習方法だけを記した電子書籍がある。
だれがこんなものを買うんだろうと思うかもしれないが、指ドラムを演奏したい、練習したいという人は意外に多く、この電子書籍はおどろくほどの売り上げがあるらしいのだ。
たぶん、自分の趣味を人にも分かちたいという軽い気持ちで作ったものだろうが、それを必要とする人がいて、電子書籍として公開販売したらその人たちに届いた、というわけだ。

自分の経験のどんなことが、だれに必要とされているのかわからない。
自分の創作物がだれに気にいられるかわからない。

コンテンツというと有料を前提とかんがえる人がいるようだが、無料公開でもいい。
それが必要な人に届くとき、そこにつながりが生まれ、ひょっとしてコミュニティに成長するかもしれない。
それは自分にとって生きていく「場」になりうるのだ。

私も商業出版とは距離を置き、出版社に依存しない自力出版で自分のテキストコンテンツなどを配信している。
じつに自由で楽しい世界だ。
多くはないが、売り上げもある。
あてにならない微々たる年金を不安な思いで待ちつづけるより、楽しみながらせっせと自分をデジタルコンテンツ化していくほうがずっといい、と私は思っている。


次の講座、今夜です。
まだ参加枠に空きがあります。

6月開催:自力出版オンライン講座、全3回
自作の出版を既存の出版社への依存から自力での独立出版へと完全移行した水城ゆうが、個人出版のノウハウを在野の書き手、出版人のみなさんとシェアします。6月20(木)/26(水)/7月2(火)の夜開催です。

春野亭日乗 6月19日(水)子守デー

韓氏意拳駒井教室サイトを更新。世話人としての仕事。

オンラインで個人セッション、ひとコマ。
なみこさんが来て、腫瘍に効くかもというあれこれを教えてくれたり、やってもらったり。効果があるかどうかより、大事に思いやってくれるその気持ちがうれしい。今回のことで本当にたくさんの人からありがたい気持ちをいただいてる。

美容院に行くという某娘の娘・1歳8か月を子守りする。
某娘が出かけて90秒後には私の腕のなかですやすや。
昔から赤ん坊、幼児を寝かしつけるのは得意である。
コツは声と呼吸。
音読療法ですな。

2時間後、子どもが起きてきたので、ぐずる前にすかさず抱っこして散歩。
3時間でママが帰ってくる予定だったので、1時間くらい子守りすればいいだろうと思っていたのに、待てど暮らせど帰ってこない。
2時間くらい抱っこして歩いて疲れたので、子守を交代したが、ぎゃん泣きして心が折れる。
ふたたび抱っこして外出するも、今度はベビーカーじゃなきゃ嫌だと主張。
ま、腕は楽だけどね。

あてどなく歩く。
電車が通過するのを見るのが気にいったようなので、線路脇を移動。
電車が通るたびに抱っこして観賞。
しかし、ママは帰ってこない。

結局6時間近くたってから、ようやく帰ってきた。
帰りがけに子どもの店に寄ったり、電車に乗ったら反対方向に間違えて乗ってしまったりと、そちらはそちらでいろいろあったらしい。
とにかく、まあ、ママが一番だよね。
よかったよかった。

疲れた。
寝る。
子守だけで軽く1万歩を突破した。

2019年6月19日水曜日

春野亭日乗 6月18日(火)バリウム検査、韓氏意拳3連発

春野亭から旭通り、たまらん坂を歩いて、多摩総合医療センターへ。
暑くなってきた。

バリウム検査を受ける。
幸い、時間通りはじまった。
バリウムを飲みくだしながら、X線で食道を撮影する。角度を変えたり、ベッドを動かしたりしながら、何度も撮影する。胃のほうも撮影する。
検査技師のお姉さんがテキパキとやってくれたので、思ったより早く終わる。
しかし、胃を撮影するときに胃をふくらませるために飲む発泡剤が気持ちわるい。
朝からなにも食べていないのに(水も飲んでいない)、発泡剤とバリウムの膨満感が気持ち悪い。

病院内のドトールでしばらく休んだあと、たまらん坂の下にあるレストランで昼食。先日見つけたこじんまりした店だが、なかなかおいしい。店内にはいつもビル・エバンスが流れている。

午後は春野亭で韓氏意拳の養生功と初級の講習会(駒井雅和中級教練の指導)。
お腹の調子がいまいちなのでサボるつもりだったが、だいたい参加した。
そのまま夜は、いつも昭島のK-STUDIOでやっている火曜クラスを春野亭でやる。火曜クラスのメンバーが春野亭に来るのは初めて。
このクラスでは五行拳をみっちりやり、身体を動かし、また状態に集中しつづけたので、ひさしぶりに自分自身の存在をがっつり感じつづけた時間になった。
このところ病院での検査結果がわからず中途半端な気分でいることが多かったので、思いがけずすっきりした(稽古はハードだったけど)。

春野亭日乗 6月17日(月)YouTubeトーク収録、富士見台で音読ケアワーク、焼き鳥

さすがに合宿の疲れがすこし残っていて、だるい。
朝から眠い。
食欲もない。

今日、北海道に帰る新・音読療法士の藤原直美と、YouTube用トーク動画を撮る。
ついついお笑いに流れそうなところを、割合まじめに話せたか。
映像はこちら

なおみ〜ぬを送りだし、こちらは月例の富士見台の高齢者介護施設での音読ケアワークに向かう。
参加メンバーは音読療法士の野々宮、音読トレーナーの石原まなみ、クマさん、見学の野々宮娘と孫、看護師のあきちゃんという、ちょっとした人数。
私はなにもせず、オブザーバーとしての参加(最後にピアノ伴奏したけど)。

ほぼ時間どおりにはじまり、時間いっぱい使ってのみっちりしたワークになった。
おつかれさま(参加者もファシリテーターも)。
事務所のかたと相談して、来月からは第3月曜日の午後と、定期開催することになった。

いつもようにサンワに寄って、焼き鳥を堪能してから帰る。
早めに休む。

2019年6月18日火曜日

春野亭日乗 6月16日(日)音読トレーナー養成合宿最終日、麻婆豆腐パーティー

国立春野亭での音読トレーナー養成合宿、3日め(最終日)。
晴れたので、一橋大学構内まで散歩して、歩く瞑想やかるい運動などからスタート。
通しで参加できなかった音読トレーナーのまなみちゃんとみっちーも、朝からやってきて、参加してくれた。

春野亭にもどり、野々宮が朝ご飯を用意してくれているあいだ、ここまでの復習や不明瞭な点、疑問点などの確認を、みんなで話し合う。
朝ご飯をいただく。

人数が増えたので、午前中は実技。
実際の音読ワークの進行や方法について、こまかく確認しながら、みんなでやってみる。

午後はワークの現場で起こるいろいろな反応にたいして、共感的に対応するにはどのようにすればよいかの知恵出し。
たとえば老人ホームのワークでお年寄りから、
「できない」
「帰りたい」
「つまんない」
などといわれたとき、どのように対応できるかなどの検証。

午後6時前、音読トレーナー養成合宿が無事に終了。
参加いただいたみなさん、おつかれさまでした。
これからもいっしょに活動していきましょう。

夜はNVC仲間が何人かなおみ〜ぬに会いに来て、にぎやかになった。
賢くんが激うまの麻婆豆腐を作ってくれたり、桂さんがチーズフォンデュの道具を持ってきて作ってくれたり。
あきちゃんが持ってきた自作のライアーを賢くんが純正律に調律して、それを使って癒やしてもらったり。

盛りだくさんな1日だったが、基本的に私は自分がリードするのではなく、みなさんに任せきりでサボっていられたので、楽だった。

2019年6月17日月曜日

春野亭日乗 6月15日(土)音読トレーナー養成合宿2日め

国立春野亭での音読トレーナー養成合宿、2日め。

音読トレーナーは音読ワークの手順を身につけ、グループワークをファシリテートできるほか、その裏付けになる音読療法の体系を理解しておく必要があるが、同時に自分自身に共感しその場に居続け、いまここに気づきつづける「マインドフルネス」を心がけることも大切だ。
音読療法にかぎらず、対人援助をおこなうファシリテーターにとって、マインドフルネスは重要なスキルではないかとかんがえている。

そのために、合宿の朝はたいてい、マインドフルネスの練習である瞑想法をおこなうことになっている。
この日は朝からかなりの雨降りだったので、いつもおこなう「歩く瞑想」ではなく、自分の呼吸や身体をつぶさに観察するヴィパッサナー瞑想にちかいボディワークからスタートした。

そのあと、午前中は音読療法の手順や体系を学ぶ座学中心に。
朝食も昼食も、音読療法士の野々宮卯妙が用意してくれたのはありがたかった。

午後は実技、そしてファシリテーターのコミュニケーション法としての共感的コミュニケーション(NVC)について学ぶ時間。

夜は近所の銭湯が改装中で休業しているということもあって、私が運転して車でテルメ小川という温泉施設まで行く。
ゆっくり温泉につかったあと、食堂でわいわいいいながら飲食を楽しんだ。
話が盛りあがって、飲食コーナーのラストオーダーの時間までねばってしまった。

午後10時半すぎに春野亭にもどり、解散、就寝。
音読トレーナー養成合宿2日めが終わった。

春野亭日乗 6月14日(金)電子書籍製作、ボイスセラピー講座、音読トレーナー合宿スタート

昨夜遅く、福井、岐阜各務原経由、中央道で東京国立・春野亭に帰着。
午前1時に就寝したが、7時前には目がさめてしまった。
シャワーを浴びてすっきり。

もうだいぶ長らく時間をかけて作っている『音読日めくり365日』の本を、今日もこつこつと進める。
いま八月のところをやっていて、全体でいえば500ページはとっくに越えている。
段組、文字の大きさ、挿絵の配置、ルビ付け、文章の書き直し、書き足し・削除など、意外に作業量は多くて時間がかかる。
できれば今月中に完成させてしまいたい。

書籍関係の作業では、音読・群読エチュードの本を改訂したいのと、音読療法の教科書である『音読療法の基礎』もだいぶ内容を改訂したい。

午後2時からボイスセラピー講座を春野亭で開催する。
今回はボイスセラピー講座単発参加の人たちと、そのまま引きつづき音読トレーナー養成合宿に参加の人、さらには音読療法士の認定アセスメントを同時に進行する人が混じりあっての開催となった。
そして、音読療法協会での講座を私が講師をつとめるのは、これが最終となる。

夜は音読トレーナー合宿のスタートを兼ねた打ち上げにボイスセラピー講座に参加した人たちも加わって、駅前のサイゼリアでにぎやかに飲み食いした。
楽しかったな。
みんなからまた講師をやってくれと頼まれてうれしかったけれど、私の役割は今後変わっていくことになるだろう。

YouTube:音読療法士の資格認定を受けたばかりの藤原直美

音読療法協会では、音読トレーナーと音読療法士というふたつの資格認定をおこなっていますが、今回、北海道弟子屈町在住の音読トレーナー・藤原直美が晴れて音読療法士の資格認定プロセス(アセスメント)を通過し、正式に音読療法士として認定されました。
認定されたばかりの新音読療法士の藤原直美に話を聞きました。

映像はこちら

2019年6月16日日曜日

ピアノ七十二候:芒種/梅子黄(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
芒種の末候(27候)「梅子黄(うめのみきばむ)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年6月14日金曜日

春野亭日乗 6月13日(木) 福井=各務原=国立

ひさしぶりに晴れ上がって暑くなってきた。
今日は移動日。

大野市から白鳥へ抜けて、東海北陸縦断道に乗る。
これに接続する中部縦貫道の大工事が進んでいて、九頭竜湖あたりの風景はかなり荒れている。
完成すれば名古屋と奥越地方は相当便利になって短縮されるのだが、ふるさとの風景が壊されていくのを見るのはつらい。
自分が生き、そして去っていくこの世界を、1ミリでもよいものにしたいと思っているのに、環境問題の現実はじわじわと悪化するばかり。

各務原で毎月おこなっている水城ゼミだが、会場の澪ちゃん宅の庭にチャドクガが大量発生したということで、急遽会場が変更になった。
気遣いと急な会場手配をありがとう(>澪)。

ぴかぴかの地区公民館の一室で、部屋というよりホールに近い。
よく見ると、電動式で床があがってステージになり、緞帳も袖も設置できるようで、簡易ホールとしても使えるらしい。
もちろんそんなふうには使わなかったが、今日4人という少人数で使うにはもったいないほど。

アップライトだがピアノもあったので、途中、ひさしぶりに音楽瞑想もやってみた。
楽しかったな。
ほかに、NVCの勉強会や、自己共感のための身体ワーク、音読ワークなどもおこなった。
ご参加いただいたみなさん、ありがとう。

中央道に乗り、休憩しながらのんびりと国立にもどる。
午前0時すぎ、帰着。
長時間運転のあとは、いつもくらくらして、平衡感覚がおかしくなる。
1時就寝。

2019年6月13日木曜日

春野亭日乗 6月12日(水)

福井帰省中。曇ときどき小雨ときに豪雨のち晴。

一昨日から編みはじめたエコアンダリアの手提げバッグが完成。
東京からとりあえず持ってかえってきた手持ちの6玉(ベージュ4玉、紺2玉)を使った試作品で、2本取りで編んだのでたちまち糸が減っていく。
完成までたどりつけるかと思ったが、やや小ぶりに仕上げてぎりぎり完成。
なんとなく懐かしい感じのバッグになった。
昔、おばあちゃんが持っていた買物かごみたいな感じ。
なかなかかわいいではないか。

メルマガ用に書いた記事「到達目標を設定すること(あるいは設定しないこと)」をブログにも書きこんだら、ページビューがびよんと伸びた。
といっても、このところ配信記事が少なかったので、全体のページビューは落ちこみぎみで、今回も瞬間的に200くらい、全体でもおそらく1日500はいかないかな。
それでもそれだけのかたに読んでもらっているというのはなんとありがたいことか。
メルマガと合わせると1000をかるく突破する。

それにしても不思議なのは「水色文庫」のほうのページビュー。
なにもしないのに、毎日1000近く行く。
ゼミ生ら仲間のために書き下ろし作品をまた書きたくなっている。
書こう。

2019年6月12日水曜日

到達目標を設定すること(あるいは設定しないこと)

自分の命の残り時間が限られている(すべての人がそうではあるのだが)と体感したとき、とてもくっきりすることがある。

計画と実行の関係だ。
目的と経過の関係といいかえてもいいかもしれない。

例として語学学習を取りあげてみよう。
英語を勉強している。
目的は旅行や交友で「苦手だ」と思うことなく、支障なく英語を話したり聞いたりできるようになること。

どのくらい話せるか、どのくらい聞き取れるかのレベルはだいたいわかっている。
このくらい話したり、聞けたりできるようになりたい、というイメージはある。
決して同時通訳ができたり、学術やビジネスのプレゼンテーションが流暢にできることをめざしてはいない。
高等な内容の講演や講義を聞き取れるようになりたいとも思っていない。
しかし、この程度のレベルには達したいという明確なイメージはある。

そのための学習行程もだいたいわかっている。
毎日、余暇を利用してこつこつと学び、練習したり、ときにはレッスンに通ったりして、うまくいけば1年くらいで目的のレベルに達するかもしれないと思う。

しかし、もしあなたの余命があと半年しかないとわかったらどうする?
英語学習をやめますか?

ある目標に達することが目的で学習するのなら、その目標に達することが不可能だとわかった瞬間にそれは挫折せざるをえないだろう。
しかし、目標や目的とは別に、学ぶことそのものが「楽しい」と感じているなら、学習はつづくかもしれない。
あるいは、目的が「あるレベルに達すること」ではなく、「今日より明日の自分がすこしでも成長していること」に切り変わったとしたら、学習はつづくだろう。

私たちは自分が努力している多くのものごとを、「ある目的」のためにやっていると思っている。
そのための計画があったりする。
しかし、その計画を達成するための自分の時間が充分にないとわかったとき、その努力は無駄になるのだろうか。

努力していること、あるいはその行為そのものを楽しんだり味わうことはできる。
というより、この命を生きるというのはそのことそのものだったりしないか。

私が生きているこの命の目的はなんだろう。
よくわからない。
気がついたらこの世に存在していた。
自分の命の目的や意味をいろいろに設定したり、教えられて信じたりすることはできるが、本当のところはよくわからない。
しかし、命はげんにこうやって存在している。

いきいきと存在している命の働きそのものを味わうこと、楽しむこと、そのことが命の示している方向なのではないか。

私は毎日、武術の稽古をしているが、目的としては強くなること、相手を倒すこと、自分や大切な人の命を守ることなど、さまざまにある。
そのために稽古するわけだが、実際のところ稽古自体が楽しいということがある。
自分の未知の働きを発見したり、昨日の自分とは成長した自分を感じたり。

それを楽しめるなら、自分の余命が半年だろうが、一年だろうが、十年だろうが、関係はない。
ただこの日をマインドフルに、自分自身を誠実に、懸命に生きるだけだ。

この命がどこで消えるか、それはわからない。
たとえ医者から「あと半年」と告げられたとしても、それとて真実であるとはいえない。
明日かもしれないし、実際に半年後かもしれないし、あるいは五年、十年と生きのびるかもしれない。

たしかなのは、いまこの瞬間、ここにこうやって生きて存在している、ということだ。

2019年6月11日火曜日

今週末はボイスセラピー講座と音読トレーナー養成講座

表題どおりで、すでにブログで記事を書いたり、告知をしているが、今回の一連の講座の目玉は、私にとっては「音読療法士のアセスメント」だ。

音読療法協会では長らく音読療法士という資格は認定しておらず、音読療法士は野々宮卯妙ひとりしかいなかったのだが、今回、あらたにアセスメントをおこない、もうひとり誕生する予定になっている。
北海道弟子屈町で活動している音読トレーナー・藤原直美が、資格認定を受ける予定で、その最後のプロセスをおこなうことになっている。

音読療法士が複数人誕生することは、私にとっては大きな願いだった。
音読療法をおこなったり伝えたりすることに一切の制限を持たない音読療法士は、現在私がおこなっているような講習やトレーナーの育成活動もおこなうことができる。
つまり、私はさぼれるようになる(笑)。

音読療法に関しての私のニーズは、
「音読療法という体系を育むこと」
「知ってもらうこと」
「人々の健康に役立ち、貢献すること」
などなど、たくさんあるが、最終的に、
「私がその場に関わっていなくても組織が回り、育っていくこと」
というイメージをめざしてきた。
そこに一歩近づくような気がして、とてもうれしい。

今回ボイスセラピー講座と音読トレーナー養成講座に参加する人は、音読療法士が生まれる現場にいあわせることができるし、また音読療法士がどういうものなのか直接知ることができるだろう。
音読療法士に興味があるかたは、ぜひともご参加いただきたい。

また、トレーナー養成講座は三日間の合宿形式をとっている。
必須ではないが、国立会場に泊まりこみで濃密に学べるようになっている(近所の人は通いでもかまわないが、宿泊をおすすめしている)。

共感的コミュニケーション(NVC)を心がけている音読トレーナーたちの、いきいきとした学びと交流の場に、みなさんが参加してくれることを望んでいる。


6月14日:ボイスセラピー講座@国立
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を学び、身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。6月14日(金)14時からJR国立駅徒歩5分の会場にて開催。

6月14・15・16日:音読トレーナー養成講座
介護予防や健康促進ワークに最適な音読ワークをファシリテートできる「音読トレーナー」の資格を取得するための2泊3日の合宿形式講座を6月14日(金)夜から16日(日)の三日間にわたって、JR国立駅徒歩5分の会場で開催します。

ピアノ七十二候:芒種/腐草為蛍(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
芒種の次候(26候)「腐草為蛍(かれたるくさほたるとなる)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年6月10日月曜日

天白での朗読ワークはリズムがテーマ

毎月おこなっている名古屋天白〈アロマファン〉での現代朗読ワークショップ、今回はリズムがテーマだった。

いつものように呼吸と身体を動きのなかから観察することからはじめて(体認のエチュード)、テキストを使った朗読エチュードへ。

その前にすこし話をさせてもらった。
内容は表現と伝達、評価と受け取りあい、それぞれの違いについて。

現代朗読では共感的コミュニケーション(NVC)を場作りのベースにしているので、そこにはなるべく評価(外部/社会的基準)を持ちこまず、自分自身の内側に起こっていることに目を向けそれを伝えあうことで、互いに受容的な関係のある、安心安全な表現の場を作っている。
また、朗読は「テキストを伝える」ことではなく、「自分自身を伝える」ことに主眼をおいた表現として、その稽古が組み立てられている。

その前提のもとに、今回も実際のワークを体験してもらった。

ことばはリズムとしてとらえることができる。
私たちはことばの「意味」で文や文節を区切って話しているのだが、意味から離れ、純粋に音のリズムとして音素をとらえたとき、そこには音楽的リズムが見えてくる。
朗読は音楽としてとらえることができる。
リズム朗読はパーカッション的な要素がある。

今回は中原中也の「夏と私」という詩を「ワルツ」としてみなさんに踊ってもらった。
私も即興でピアノを弾いて加わった。
これが楽しいのだ。

リズム朗読をやったあと、通常の(?)朗読にもどったとき、身体のなかにはまだダンスの余韻が残っていて、なにかがちがう。
みなさんの表現がいきいきと変化した。
私はこれを見たくてやっているんだな、と思った。

毎月おこなっている天白での朗読ワークショップは、来月7月13日(土)午後も開催する。
また、岐阜各務原〈花寧香くらぶ〉でも、今週木曜日・6月13日午後に開催する。
興味がある人は気軽にご参加いただきたい。


6月13日:水城ゼミ(朗読・文章・共感)@各務原〈カフェ花寧香〉
東京を中心に定期開催しご好評をいただいている水城ゼミを、岐阜各務原でも開催しています。共感的コミュニケーション(NVC)をベースに、読むこと、書くこと、動くことを統合し、全体性を表現することを探求します。今回のテーマは「」です。13時から。

7月13日:現代朗読ワークショップ「VERBA ACTUS(ウェルバアクトゥス)」@名古屋
名古屋で現代朗読と非暴力コミュニケーション(NVC)をコラボレートしたワークショップを毎月開催し、最終的に小規模の公演(ミニライブ)をめざします。全日程に参加する必要はありません。

2019年6月8日土曜日

ひさしぶりの共感文章講座

オンラインの共感文章講座を前半と後半の2回に分けて、ひさしぶりに開催した。
定員いっぱいのご参加をいただき、感謝。

前半が「自分を読むために書く」、後半が「自分を伝えるために書く」というテーマでおこなった。
いずれもNVCをベースにしているが、私独自の工夫も加えてある。

前半は「自己共感」を書くことによって練習し、強化する方法。
NVCといわなくても、人は生きていく上で、個々人がまず自分自身を把握し、理解し、きちんと見つづけていられることが重要である。
自分自身の輪郭があいまいなままだれかに役にたとうとしたら、ものごとに対処しようとしても、うまくいかないことが多い。
まずは自分自身のニーズを明確にし、いきいきとマインドフルに自分を発揮できる状態にある必要がある。
そのための練習方法がさまざまにあるが、私は「書く」ことを習慣づける方法をおすすめしている。

そんなことをみなさんとシェアした。

実際に書いてみると、予想していなかった発見があったり、効果が感じられたようで、みなさんからの反応がいろいろあっておもしろかった。

後半は自分を伝える方法。
だれかに自分を伝えるためには、相手が受け取りやすい形にしておく必要がある。
リアルタイムコミュニケーションでもテキストコミュニケーションでも、それはおなじことだ。

参加者全員がびっくりし、興味を持ってくれたのが、つぎのような原則。
「相手に自分を伝えるときには、感情とニーズのことばは使ってはいけない」
メッセージを相手が受け取りやすくするための原則だ。
これは小説家として仕事してきた私の長年の経験と学びから得た原則である。
なかなかひとことで説明するのはむずかしいので、興味がある人は受講していただきたい。

いずれにしても、みなさんといきいきした学びの場を共有できて、私自身とても楽しかった。
あらためて気づいたこともたくさんある。
ご参加いただいたみなさんに感謝したい。

今回、ご好評をいただいたようなのと、参加機会をのがしたかたのために、また来月も開催します。

7月4・11日:オンライン共感文章講座(Text NVC)
メール、ブログ、SNSメッセージなど、文章(テキスト)でのコミュニケーションでお互いに共感したりつながりを作るための表現方法を学び、練習するための講座です。2日連続、それぞれ夜2時間ずつ。

2019年6月6日木曜日

ピアノ七十二候:芒種/螳螂生(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
芒種の初候(25候)「螳螂生(かまきりしょうず)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年6月5日水曜日

「書く」「文字化(可視化)」することの威力を知ってもらいたい

自分が物書きだからいうわけではないのだが、「書く」という行為にはかなりパワフルな効果がある。
逆に、物書きなので書くことがあたりまえの行為になっていて、あらためてそのことに気づくことができなかった、ということがある。
あらためて「書く」という行為を見つめなおしたときに、気づいたことがたくさんあるので、それについてみなさんにシェアしたいと思っている。

NVCのセッションで、
「なんとなくもやもやする」
「なんのために生きているのか、どう生きていけばいいのかわからなくてつらい」
「自分のことがよくわからない」
「いくつかの選択肢があって決断がつかない」
というような悩みをしばしば聞くことがある。
そんな人がいたらまずは共感的に話を聞くことがNVCの基本だが、話を聞いてくれる人がだれもいないとき、そんな人はどうすればいいだろう。

自分のニーズがわからず、つまり行動が明確にならないときには、たいてい、ぐるぐるした反芻思考におちいっていることが多い。
自分の「かんがえ/思考」にとらわれてしまって、ニーズがわからない、すなわち自分につながれない状態にあるといっていい。

「自分はだめな人間だ」
「なにをやってももう遅い、こんな年になってしまってもう間に合わない」
「人づきあいが苦手だ、どうやって楽しく話していいかわからない」
「だれかに自分を理解してもらえる気がしない」

こんなかんがえがぐるぐる頭のなかをめぐって、打ち消してもまたそのかんがえが繰り返し浮かんできてしまう。

こんなとき役に立つのが、その考えを書き出してみることだ。
最初はばかみたいに感じるかもしれないが、自分でもくだらない、つまらないと思っている思考を、そのまま文字に書きだしてみる。
パソコンでもスマホでも、ノートや手帳に手書きするのでもいい。
ようするに自分のかんがえを文字という物理的なものに「視覚化」してしまうのだ。
なにかかんがえが浮かんでくるたびにそれをやってみる。

自分が書いた文字/文章をあらためて見てみると、頭のなかにある「思考」という抽象的なものが、具体的な形になって頭の外に出されたことがわかる。
書いてみるとわかるが、そのときいったん「反芻思考」は停止する。
視覚化/具体化されたので、もう反芻はしなくてすむからだ。

さてそこに書きだされた自分の思考=文字をあらためてながめてみよう。
そこにどんな自分の感情やニーズがあらわれているだろうか。

視覚化/具体化された文字を読む行為は、自分自身の思考から距離を置き、自分を客観視することになる。
自分をもうひとりの自分が俯瞰して見るような感じだ。
感情とニーズがとてもつかまえやすくなる。

なにか思考が浮かんだとき、それを書きだしてみる習慣を身につけること。
思考には後悔や自分自身への叱責や他人への怒り、恨みといったものも含まれているかもしれない。
なにか計画のようなものも出てくるかもしれない。
とにかくなんでも書きだしてみる。
そしてそれを客観視してみる。

書く習慣を身につけた者は、自己共感のための強力なツールのひとつを入手したことになるだろう。
書く習慣を身につける方法、そしてそれを客観視しそこから感情とニーズを明確にする方法、共感文章講座ではそんなこともシェアできればと思っている。

6月6・7日:オンライン共感文章講座(Text NVC)
メール、ブログ、SNSメッセージなど、文章(テキスト)でのコミュニケーションでお互いに共感したりつながりを作るための表現方法を学び、練習するための講座です。2日連続、それぞれ夜2時間ずつ。

2019年5月31日金曜日

ピアノ七十二候:小満/麦秋至(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
小満の末候(24候)「麦秋至(むぎのときいたる)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
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2019年5月30日木曜日

武術はいざというとき(刃物を持った暴漢相手など)役に立つのか

川崎市登戸で発生した凄惨な事件を知ったとき、一瞬ことばを失った。
たまたまその前日にそのごく近くでおこなわれたイベントに参加していたということもあったが、そればかりではない、丸一日この事件が頭から離れなくなってしまった。
亡くなったかたは本当に気の毒だと思うし、怪我されたかたには心からお見舞い申し上げたい。
とりわけ子どもたちが犠牲になったことについて心が痛む。

どうしてもかんがえてしまうのは、自分がその現場にいたらどうしただろうか、ということだ。
現場に居合わせておられた教頭先生がもし自分だったら、どうしただろうか。

たぶんなにもできなかっただろうと思う。
教頭先生の会見のようすを見たけれど、非常に厳しい状況にもかかわらず、懸命に子どもたちを守ろうとして動かれていたことは、心を動かされる。
しかしなにもできなかったご自分を責めておられるようだ。
にもかかわらず、もっとやるべきことがあったのではないかと非難めいたことをコメントする者もいる。
それもわかる。
しかし、もし自分が現場にいたら、ありふれた想像の及ばないような状況がそこにはあり、頭でかんがえるような空想的な行動を取れる人は、おそらくただのひとりもいないだろう。

そんなことを、その日の夜に参加した武術の講習会でまざまざと実感することができた。

毎週火曜日に昭島の駒井先生宅でおこなっている韓氏意拳火曜クラスでは、先日、私のリクエストに応じて、通常の稽古とはちがう内容でご指導いただいた。
登戸の殺傷事件を受けて、ナイフや包丁を持った暴漢がいたときになにができるかについて、いろいろ教えてもらったり、体験的に検証したりしてみた。
かなり勉強になったし、大きな気づきをいくつかいただいた。

刃物を持っている相手にたいしてうかつになにかできるなどと思わないほうがいいとはよくいわれることだが、それが本当にどういうことなのかを実証するシミュレーションを体験させてもらった。
その上でどのような戦略が立てられるのか、日頃どのようなことを心がけておけるのか、さまざまなシチュエーションをシミュレートしておくことは大切であることなど、多くのことを学ばせてもらった。
韓氏意拳の本道の稽古とはすこしそれた内容になったけれど、こういうことも大切だといって丁寧に付き合っていただいた駒井先生には感謝。

もちろん韓氏意拳をはじめとする武術の稽古がまったく有効ではないということではなく、まったく予想できない危機的なシチュエーションで、それでも自分がすこしでも能力を発揮するためには、日頃どんなことができるのか、そのような観点でも稽古しておくことが重要だということだ。

武術の稽古は、あるシチュエーションにおいて相手を圧倒することが有効だったり、あるいは健康法として役立ったりと、さまざまなねらいがあってもいいとは思うが、そもそも「武」というものがなぜ存在するのか、そのおおもとの部分から目をそらさない稽古が肝心だろうと、私は思う。

6月18日:国立・韓氏意拳初級&養生功講習会
駒井雅和中級教練による国立での韓氏意拳初級&養生功講習会を6月18日(火)14時からJR国立駅徒歩5分の会場にて開催します。

2019年5月29日水曜日

6月のおすすめ水城イベント

全部ではありませんが、おすすめのイベントをいくつか紹介します。
とはいえ、現在内視鏡検査で食道に思わしくない組織が見つかったので、その処置法しだいでは予定変更となるものもあるかもしれません(ないことを祈ります)。
あらかじめご了承ください。
明後日の国立春野亭での韓氏意拳と養生功の自主練習会は開催予定です。

まずは臨時朗読ゼミ(水城ゼミ)。
ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催しています。
6月は1日、23日、30日、いずれも日曜日午前10時半から約2時間です。
お問い合わせと申し込みはこちらから。

ひさしぶりに開催します。オンライン共感文章講座(Text NVC)です。
メール、ブログ、SNSメッセージなど、文章(テキスト)でのコミュニケーションでお互いに共感したりつながりを作るための表現方法を学び、練習するための講座です。
6月6日と7日の2日連続、それぞれ夜2時間ずつです。
お問い合わせと申し込みはこちらから。

音読療法関係では、ボイスセラピー講座と音読トレーナー養成講座をつづけておこないます。
音読トレーナーの資格取得をめざすかたは、これをつづけて受講することで近道できます。
6月14日(金)14時からがボイスセラピー講座。
お問い合わせと申し込みはこちらから。

6月14・15・16日の3日間が音読トレーナー養成講座です。
お問い合わせと申し込みはこちらから。

こちらもひさしぶりの開催となります。
自力出版オンライン講座を6月20(木)/26(水)/7月4(木)のいずれも夜20時から約2時間ずつ、全3回でおこないます。
お問い合わせと申し込みはこちらから。

ほかにもみつばちイベントや韓氏意拳講習会、名古屋天白や岐阜各務原でのゼミ・ワークショップなどもありますので、ご都合つけば気軽にご参加ください。

2019年5月26日日曜日

ピアノ七十二候:小満/紅花栄(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
小満の次候(23候)「紅花栄(べにばなさかう)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年5月22日水曜日

微速前進だけど楽しい韓氏意拳の稽古

昨夜の韓氏意拳火曜クラスでは、自分なりの発見がいくつかあった。
今朝の稽古でさっそくそのことを再確認してみたのだが、たしかに進展があるように感じて楽しくなった。

昨夜、昭島の駒井中級教練宅K-STUDIOでおこなわれた火曜クラスでは、私のリクエストで、U字転換とそれを含む拳式を練習した。
駒井先生はいつも、
「今日はどんなことをテーマに稽古したいですか?」
と参加者に訊いてくれるのだ。
というと親切そうだが、いつも自分なりに稽古の課題をもって臨んでほしいという先生からの(やや厳しい)指導がある。

別の参加者からは五行拳をおさらいしたいというリクエストもあった。
それらを受けて、稽古が進められた。

いつものことではあるが、あらためて個々の練習体系が相互につながり(U字転換から基本拳式などへ)、どれひとつをとってもおろそかにできないものであることがよくわかった。
以前は注目すべきことがあまりに多くて途方に暮れたこともあったが、駒井先生の系統立てた辛抱強い指導によってそれらがすこしずつつながり、また自分でもすこしずつできるようになっていくのが、最近はおもしろく感じている。

昨夜はU字転換以前の構造の安定性、座ることの感覚をつかむことについて、進展があったように思う。
これが進展したなかであらためて稽古体系をおさらいしてみると、それぞれにまた違った味が生まれて興味深くなる。
微速前進ではあるが、自分なりに稽古内容が進展していくのがとても楽しい。
火曜クラスの稽古仲間のAさんとSさんにも感謝。

火曜クラスは参加者募集中です。興味がある方は私か駒井先生にご相談ください。
また毎週土曜日は昭島K-STUDIOにて駒井中級教練の指導を受けての稽古ができます。
詳細はこちらからどうぞ。

2019年5月21日火曜日

鈴鹿、名古屋、弾丸ツアー

このところ、毎年の恒例になっていたのだが、GEN-Japanが主催するガイアエデュケーションという教育プログラムの公開講座の講師をつとめるために、鈴鹿市に行ってきた。

金曜日・5月17日の午前中に国立を車で出発して、午後3時に鈴鹿到着。
白子という地区にある〈カフェ・ウノ〉で、NVCと音読の仲間の矢田恵理子さんと合流。
例年ならこのタイミングに合わせて何人かと交流会を持つのだが、今年はみなさんのご都合がつかないようで、恵理子さんと、去年の音読の会に参加してくれたもうおひとりと、おいしいコーヒーをいただいた。

このおふたりは、この夜急遽おこなうことになったピアノと朗読の夕べと、翌日の公開講座にもおいでいただいた。
本当にありがとう。

夜は鈴鹿市内のカルチャーステーションで、私のピアノ演奏と野々宮卯妙の朗読による会を開かせていただいた。
急な申し出にもかかわらず、心よく受け入れて準備してくれたGEN-Japanの片山弘子さんとスタッフの皆さんに心から感謝したい。
おかげさまで、とても楽しくみなさんと交流できたし、また私たちの「いま」の表現を聴いていただく事もできて、満ちたりことができた。

夜は、昨年も心づくしの晩ご飯でもてなしていただいた中井さんのお宅にお邪魔して、食事と飲み会、そしてそのまま泊めていただいた。
飲み会ではうっかりマッコリを飲みすぎて酔っ払ってしまったのだが、心よくお付き合いいただいたみなさんに感謝。

翌18日は午後に公開講座ということで、午前中にすこし時間があったので、白子地区にある型紙資料館に行ってみた。
着物の柄の型紙として江戸小紋がよく知られているが、この白子地区にはもっとずっと古くから型紙技術が発達していたらしく、展示内容に驚きの連続だった。
ここは一見の価値あり!

そして昼にカルチャーステーションに行き、弘子さんや、立教の空閑先生らと昼食。
午後1時半から公開講座。
身体ワークなどもまじえてボディNVCのワークをおこなったりしつつ、たくさんのかたに聴講していただいた。
終わってからの質疑応答も熱のはいったものになったし、持参した『共感的コミュニケーション』の本をたくさんお買いあげいただいたのもありがたかった。

終了後は鈴鹿をあとにして、名古屋へ。
友人の俳優で朗読家の榊原忠美宅におじゃまして、ご家族のみなさんと飲んだり食べたりしながら歓談したあと、こちらでぐっすりと休ませてもらった。

翌日は天白〈アロマファン〉で毎月恒例の現代朗読のワークショップ。
こちらもまた身体表現の練習をさまざまな角度からおこなった。
そしてステージパフォーマンスをめざした群読シナリオの練習もおこなった。
これでツアーの全イベントが終了。
ワークショップにわざわざ東京から参加してくれたゼミ生のユウキに同乗してもらい、東京に戻る。
道中、私の音楽談義に付き合ってくれたおかげで、眠気に襲われることもなく、ほとんど休憩なしで一気に国立まで走ることができた。
感謝。

今回のツアーではたくさんの人にお世話になり、また見たり聴いてくれたりしてもらって、心からの感謝の念がたえない。

ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。現代朗読については水城ゆうブログ「水の反映」の「現代朗読」ラベルをご参照ください。5月26(日)10時半から約2時間。

2019年5月20日月曜日

ピアノ七十二候:小満/蚕起食桑(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
小満の初候(22候)「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」をイメージして演奏しています。

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2019年5月15日水曜日

ピアノ七十二候:立夏/竹笋生(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立夏の末候(21候)「竹笋生(たけのこしょうず)」をイメージして演奏しています。

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2019年5月13日月曜日

YouTube:夏目漱石の長編『道草』の収録がはじまる窪田涼子の朗読とトーク

オーディオブックの企画製作会社アイ文庫では、しばらく中断していたオーディオブックの収録が再開されています。
とくに夏目漱石の中長編作品のコンプリートをめざし、収録がはじまっています。

大阪在住のナレーターで朗読者の窪田涼子は、すでに夏目漱石の長編『それから』を収録・リリースしていますが、あらたに『道草』の収録がスタートします。
窪田涼子と朗読演出の水城ゆうによる、冒頭部分のパイロット朗読とトークをお送りします。

映像はこちら

2019年5月12日日曜日

YouTube:音読療法の概要@ボイスセラピー講座より

音読療法(ボイスセラピー)とはどういうものなのか。
どのようなことをやるのか、どのような経緯で生まれたものなのか、どのような場面で活用できるのか、といったことについて、ボイスセラピー講座の冒頭でファウンダーの水城ゆうが話したことを抜粋しました。
興味のある方はご覧ください。

映像はこちら

6月14日:ボイスセラピー講座@国立
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を学び、身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。6月14日(金)14時からJR国立駅徒歩5分の会場にて開催。

6月14・15・16日:音読トレーナー養成講座
介護予防や健康促進ワークに最適な音読ワークをファシリテートできる「音読トレーナー」の資格を取得するための2泊3日の合宿形式講座を6月14日(金)夜から16日(日)の三日間にわたって、JR国立駅徒歩5分の会場で開催します。

2019年5月11日土曜日

YouTube:公開超速上達ピアノレッスン生大募集!

大募集します!
まったくピアノが弾けない、あるいはちょっとだけ習ったことのある人を対象に、一か月で好きな曲が一曲弾けるようになるためのYouTube公開レッスンをします。

楽譜が読める必要はありません(読めてもかまいませんが二段譜は使いません)。
この映像の男子はこの日一日、というかたった10分のレッスンで、まったく弾けないところからここまで「ちょっと弾ける」程度になりました。

国立春野亭まで直接来れる人を募集します。
無料ですが、YouTubeに映像公開されることが条件となります。
人数に限りがありますので、水城ゆうまで直接ご連絡・ご相談ください。

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2019年5月10日金曜日

YouTube:現代朗読(Verva Actus)ワークショップ@名古屋天白アロマファン

名古屋天白の民家スペース〈アロマファン〉にて毎月、現代朗読(ウェルバ・アクトゥス)のワークショップを開催しています。
映画の撮影が同時進行でおこなわれ、最終的にはライブ公演として発表することを目標としています。

2019年4月にそのプレワークショップとしておこなわれた稽古の模様のごく一部を、抜粋しました。
雰囲気の一端を感じていただければと思います。

ワークショップは毎月開催していますが、単発体験参加も歓迎です。

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ピアノ七十二候:立夏/蚯蚓出(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立夏の次候(20候)「蚯蚓出(みみずいずる)」をイメージして演奏しています。

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2019年5月9日木曜日

日本みつばちの蜂場を見つけた

田舎でも職業的な養蜂家というわけではなく趣味と実益をかねてみつばちを飼っている人がけっこういる。
そういう人から純粋蜂蜜を格安で買ったりしたこともあるが、たいていは西洋みつばちで、年配のおじさんたちが蜂蜜を採るのが目的だったりする。
家族や知り合いにも喜ばれるし、たくさん取れればお金にもなる。

日本みつばちはその点、効率はよくない。
いろいろな調査結果があるが、だいたい西洋みつばちの半分から3分の1くらいしか量が採れない。
しかし、日本みつばちは在来種であり、もともとこの地に(人間が現れるより前から)生息していた動物だ。

みつばちは自分以外の動植物の命を奪うことなく生きている数少ない種のひとつなので、外来種の西洋みつばちでも環境にあたえる影響は少ないかもしれないが、それでも外来種が増えるより在来種を大切にしたいし、在来種が生きていける環境を保護するのが全体の環境保護につながることはまちがない。

日本みつばちを飼う、あるいは日本みつばちを応援するというのは、環境運動に参加することとおなじことになる。

前置きが長くなったが、私の生まれ故郷である福井県奥越地方にもみつばちを飼っている人がたくさんいる。
プロの養蜂家もいれば、趣味で飼っている人もいる。
たいていは西洋みつばちだが、今回、日本みつばちを飼っているという人の噂を伝え聞いて、その蜂場をたずねてみた。

聞けば、川のそばの雑木林の脇にある古い墓石の下に日本みつばちが自然巣を作っているのを見つけて、近くに待ち受け箱を置いてみたところ、うまく入居してくれたとのことだ。
それが分封して、それも待ち受け箱に入居してくれて、いまは2群がいる。
待ち受け箱はさらに2箱置いてある。

去年は蜂蜜がたくさん採れたと喜んでおられたが、蜜蝋はどうしたのかと聞くと、使い道がわからないので全部捨ててしまったという。
あらまーもったいない。

ともあれ、日本みつばちが元気で生息していける環境がここにあるというのは喜ばしいことだ。
とりあえず、私も1箱置かせてもらうことにした。
はいってくれるとうれしいのだが。

2019年5月8日水曜日

アイリッシュ・ウイスキー「キルベガン」

このウイスキーは私が若かりし頃バーテンダーをやっていた店にも置いてなかったので、今回初めて口にした。
けっこうポピュラーなブランドなのに、なぜか飲む機会がなかった。

2014年にサントリーがこのキルベガン蒸留所を買収している。
キルベガンというのは、この蒸留所があるアイルランドのちいさな村の名前だ。

調べてみると、1757年にブルスナ蒸留所として創業した最古の蒸留所のひとつで、その後紆余曲折あって、1953年には一度営業を停止してしまうのだが、1988年にキルベガン蒸留所として再開した。

飲んでみると、これはなんとまあ飲みやすい。
アイリッシュなのでスコッチ特有のスモーキーフレーバーはもちろんないのだが、果物系のかおりと甘みが口中に残り、それがまたしつこくないすっきりと消えていくので、ついつい杯を重ねてしまう。
常用酒としておけるほどの手頃な価格なので、もっと人気が出てもいいのではないかと思う。

つい進みがちになってしまう口あたりのよさを、ぐっとがまんして一杯だけいただき、アリステア・マクラウドの短編など再読しながら気分よく眠ってしまう、というのが最良の楽しみかたにちがいない。

2019年5月7日火曜日

実家帰省中、とその予定など

今週は北陸に帰省中。
こちらは昨日の前線通過の雷雨以来、気温がさがって、けっこう寒い。ストーブつけてる。

朝から水漏れする池の補修のため、水を全部くみ上げた。
ホームセンターで防水コンクリートを買ってきたので、このあと目張り作業の予定。

デスクワークとしては、窪田涼子の朗読パフォーマンス「あなたの制服」の映像と音声編集、『音読日めくり366日』の書籍編集など(まだ2月)。
明日は福井県立病院に行って、ピアノコンサートをおこなう。
明後日は実家音読カフェ。

土曜日は伊那市で共感カフェをおこなうことになった。
お近くの方など参加に興味がある方は私まで直接お知らせください。

ガイアエデュケーション、今年も

えこびれっじネット日本(GEN-Japan)主催の教育プログラム「ガイアエデュケーション」の公開講座の講師に、今年も呼んでいただいた。
今年は5月18日(土)の午後、鈴鹿カルチャーステーションでの開催。

たしか、今年で三年めになる。
毎年、鈴鹿市でおこなわれる公開講座に呼んでいただいていて、みなさんとの交流を楽しんできた。
今年も楽しみだ。

参加費無料でどなたも気軽に参加できるようで、くわしい情報はこちらからご覧ください(Facebookイベントページ)。

参加申し込みフォームはこちら

これとは別に、鈴鹿のNVCの学びグループの人たちとも、前日の17日に交流会を持つことになっている。
興味のあるかたは直接私までお知らせください。

2019年5月5日日曜日

子どもの日が誕生日のゼミ

ご無沙汰、不義理をしている方々から、誕生祝いのメッセージやらメールやらたくさんいただいて、恐縮している。
そうじゃない方からもいただいて、おひとりおひとりにお礼をのべたいところだが、物理的に大変なので、いまこの書きこみをもってお礼に代えさせていただく。
ありがとうございます。

そうなのだ、5月5日子どもの日が私の誕生日なのだ。
その今日は午前中から朗読ゼミだった。
体験参加がおひとり、もうひとり申し込みがあったのだが、体調不良で来られないとの連絡をいただく。
せっかくの連休に気の毒なことだ。

ゼミ生ユウキから誕生祝いのケーキをいただいたので、合間にみんなでいただく。
ごちそうさま。
ゼミではあいからず、テキストの内容を伝えることではなく、どう読むかでもなく、テキストを読んでいる自分という現象の変化をとらえつづけるための練習をしたり、なんのためにそういう練習をするのかを確認したりした。
もちろん自分という生命現象を伝えるためであり、未知なる自分自身を探求するためにおこなう練習だ。

朗読でなくてもいいのだが、テキストを読むというシンプルな行為がもっとも明快に自分自身を教えてくれると思っている。
そこから出発して、より深く鋭い表現の世界のエッジへと切りこんでいくこともできる。
私が好んでおこなっている即興音楽との共演も、玄妙な生命表現世界への扉となっている。

よく、
「今日が人生最後の日と思って生きなさい」
ということばがあるが、私には、
「今日生まれたばかりだと思って生きなさい」
のほうがしっくり来る。
もちろん残された時間には限りがあって、それは観念としては日々短くなっていっているはずなのだが、どのくらい短いのか、あるいは長いのかは、自分には知りようがない。
知りようがないことについては語らないことにして、いまこの瞬間を、今日この一日を、これからつづくかもしれない時間のスタートとして生きられたらと思う。


5月12日:臨時朗読ゼミ(水城ゼミ)
ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。現代朗読については水城ゆうブログ「水の反映」の「現代朗読」ラベルをご参照ください。5月12(日)/26(日)、いずれも10時半から約2時間。

◎水城ゆうが発信している情報はTwitterで集約しています。
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ピアノ七十二候:立夏/蛙始鳴(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立夏の初候(19候)「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

5日おきに新曲が配信されます。
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2019年5月4日土曜日

YouTube:現代朗読・野々宮卯妙のライブ朗読「夢十夜・第五夜」

2019年4月27日、国立〈キノ・キュッヘ〉で開催されたオープンマイクイベントに、現代朗読の朗読者・野々宮卯妙が出演しました。

野々宮はこのところ、このオープンマイクに何度か出演していて、夏目漱石の「夢十夜」から読むのが恒例になっています。
今回は第五夜を朗読しました。

 朗読 野々宮卯妙
 演奏 水城ゆう

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2019年5月2日木曜日

夏目漱石『行人』のオーディオブックは仕上がり14時間予想

今日も『行人』(朗読・野々宮卯妙)のオーディオブック収録をおこなった。
全部で166節に分かれていて、1節が5分前後の長さなのだが、仕上がり予想時間の計算が間違えていた。
6時間ではなく、約14時間になることがわかった。
今日の収録で15分の1くらいが終わった。

もちろん終わったのは収録だけで、編集やマスタリング作業が残っている。
これまでの経験では、収録にかかった3倍以上の時間がかかる作業だ。
朗読者の全身全霊の朗読表現を、さらに楽しんでもらえるように磨きをかけるためなので、やりがいはある。
孤独な作業だけれど。

今月は出かける用事やイベントが(とくに野々宮に)詰まっているので、あと何回収録時間を取れるかわからない。
できれば全体の3分の1くらいは進めたい。

それにしても『行人』はこれまで読んだことがなかったけれど、なかなかおもしろい小説だ。
あたりまえだ、なにしろ夏目漱石なのだから。

5月5日:臨時朗読ゼミ(水城ゼミ)
ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。現代朗読については水城ゆうブログ「水の反映」の「現代朗読」ラベルをご参照ください。5月5(日)/12(日)/19(日)、いずれも10時半から約2時間。

夏目漱石『行人』ひさしぶりのオーディオブック収録

オーディオブックのアイ文庫は創業当初から夏目漱石作品のオーディオブック化に取りくんでいて、長編作品もすでに多くリリースしている。

すでにオーディオブック化してある夏目漱石の中長編作品はつぎのとおり。

『吾輩は猫である』
『坊っちゃん』
『草枕』
『虞美人草』
『三四郎』
『それから』
『門』
『彼岸過迄』
『こころ』

短編も「夢十夜」や「文鳥」など多くある。
多大なる時間と労力を使って、それぞれの朗読者といっしょに作りあげた大切な作品群だ。

たとえば『吾輩』は20時間以上の作品になっている。
20時間の録音物を作るのに何時間くらいかかるかご存じだろうか。
収録、編集、マスタリング、テーマ音楽製作などを経て完成する。
かかりきりになって何日も、ひょっとして何週間もかかることは想像いただけるだろう。
それだけの労力をかけても、またオーディオブックを作りたいと思う。

なぜか。
それは収録が楽しいからだ。
朗読者との共同作業である収録の時間。
時間を超えて形になって残る作品を録音する作業なので、こまかいミスは許されない。
読みちがえはもちろんのこと、ノイズも排除したい。
できればよい音質で長らく聴いてもらえるようなコンテンツを残したい。

かつてアイ文庫は専用スタジオを持っていたこともある。
地下倉庫を改造した広いスタジオだったり、きちんとした音楽スタジオを借りていたこともあった。
しかし経済的理由でこれらは手放した。
いまは普通の民家の一室で録音している。

幸い住宅地で静穏な環境だが、スタジオとはちがって音質には気を使う。
一般の方には聞き慣れないことばかもしれないが「部屋鳴り」という現象がある。

音響スタジオは吸音材が張りめぐらされ、音が反響するようなことはまずないが、住宅の一室だと壁や窓ガラスや床が、材質によっては音をはねかえす。
朗読者の発した声が直接マイクに届くのと、部屋で反射して届くものが重なり、ときには汚い響きが作られてしまうことがある。
それを避けるために、それなりの工夫がいる。

収録機材やソフトウェアはとても安価になって助かっている。
しかし、これらを操作する人間は、音響についての知識やセンス、感受性が修練されている必要がある。

そしてなにより重要なのは、音質ではなく、朗読者の読み方、すなわち「表現」だ。
「この作品をどのように読むのか。どう表現するのか」
音質の善し悪しなどよりはるかに大切な問題だと、私はとらえている。

アイ文庫以外にも多くの会社がオーディオブックを作っていて、それぞれに収録ディレクターがいる(なかには朗読者に丸投げのところもあるらしいが)。
その仕事の多くは、読みまちがえのチェック、ノイズチェック、イントネーションや発音のまちがいのチェックといったものだ。
私もそれをおこなうが、それ以上に重要なのが、表現に関わるディレクションだ。

文章や作品の解釈、セリフの表現、全体のトーン、身体の使い方など、さまざまなディレクションをおこなっている。
私のような朗読演出をオーディオブック収録でおこなえるディレクターはとても少ない。
朗読演出ができるディレクターを育てる環境が、そもそもない。

最近、かつて新潮カセット文庫を作っていた方と仕事でご一緒する機会ができたのだが、その方も朗読演出の重要性を強調しておられた。
ニッポン放送で朗読番組に関わっていた方とも、以前そのような話をしたことがある。

朗読演出において大切なことはなんだろう。
私が注意しているのは、つぎのようなことだ。

・ひとりひとりの朗読者の個性を見極めること
・朗読者が安心してのびのびと表現できるように対話をこころがけること
・本の内容ではなく朗読者の存在そのものが伝わるような作品をめざすこと
・ミスは気にしない(とりなおせばいいのだ)
・無理なスケジュールは組まない(朗読者の快適なペースが重要)

今日は国立春野亭の1階で野々宮卯妙に夏目漱石の長編小説『行人』の出だしを読んでもらった。
長い収録の初日だ。
新聞に連載された小説で、1話5分ほどの長さのものがつながっている。
全部で166話ある。
のべ6時間くらいになる予定だ。

ほかにも窪田涼子や岩崎さとこなど、信頼のおける朗読者に他作品の収録を依頼している。
これら夏目漱石作品だけでなく、とりたい文学作品がまだまだたくさんある。
すぐれた朗読者に集まってもらいたいし、またそういう人を育てていきたいとも思っている。

興味がある方は、まずは現代朗読ゼミに顔を出してみてほしい。

5月5日:臨時朗読ゼミ(水城ゼミ)
ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。現代朗読については水城ゆうブログ「水の反映」の「現代朗読」ラベルをご参照ください。5月5(日)/12(日)/19(日)、いずれも10時半から約2時間。