2019年8月21日水曜日

YouTube:福井県立病院ピアノコンサートの抜粋

2019年8月14日。
福井県立病院のエントランスホールにておこなわれた水城ゆうのボランティア・ピアノコンサートの模様を、一部抜粋でお送りします。

曲目は「浜辺の歌」「スカボロフェア」「虹の彼方へ」「海」「我は海の子」「蛍の光」です。

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YouTube:朗読WS@名古屋天白でのレクチャーの一部

2019年8月18日、名古屋天白〈アロマファン〉にてほぼ毎月開催している現代朗読ワークショップから、参加者の質問に演出の水城ゆうが答える形でおこなったレクチャーの一部を、抜粋してお送りします。

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2019年8月18日日曜日

ピアノ七十二候:立秋/蒙霧升降(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立秋の末候(39候)「蒙霧升降(ふかききりまとう)」をイメージして演奏しています。

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約5日おきに新曲が配信されます。
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2019年8月15日木曜日

福井県立病院ピアノコンサート 8月14日(水)午後

2019年8月14日。
3か月に1回のペースでの開催が恒例となっている福井県立病院のエントランスホールでのピアノコンサート、今回で何回めだろう。
食道がんの治療予定では、最初の抗がん剤治療のための入院を経て、日程どおり演奏できるかどうかきわどい感じだったが、抗がん剤治療をパスして入院もなくなったため、予定どおり行くことができた。

行ってみたら、前回につづいて今回もファンだというおじさんが立派なフラワーアレンジメントを作ってくれていて、恐縮する(もちろんうれしい)。
Facebookでいつもコメントをくれたりやりとりしている笠川さんが、予告どおり来てくれた。
手作りのかごに、私の好物のへしこやらミニトマトやらをいれてプレゼントしてくれる(うれしい)。
毎回欠かさず聴きに来てくれる遠縁の長谷川さんも、夏休み中のお孫さんを連れて来てくれた。
あとでわかったのだが、長谷川さんと笠川さんは家が近所で、お互いに知り合いだった。

高校時代の1級上の知り合いが来てくれた。
高校のときはほとんど交流がなかったのだが、京都で学生生活をはじめたとき、まったくの偶然で百万遍あたりで出会い、それから学生時代は交流がつづいた。
会うのは何十年ぶりだろう。
なつかしい知り合いの近況を知ることができた。

妹の友人で、いまも東京で声楽の活動をつづけている玲ちゃんが来てくれた。
聞けば立川に住んでいるということで、玲ちゃんも私が国立に住んでいることを知らなかったらしく、びっくりしていた。
東京でまた会えるだろう。

Facebookではつながっている県立大学の山川先生もわざわざ来てくれた。
以前からマインドフルネスやNVCのことでつながりがあり、1度お会いしましょうと約束していたのだ。
パソコン通信時代の知り合いのベストくんも、たぶん30年ぶりくらいに再開。
こちらのピアノコンサートに私をつないでくれた同級生のたつみくんも、仕事の合間に来てくれた。

なんだか知り合いがたくさん来て、コンサート前が忙しかったが、時間が来たので演奏をはじめることにした。

いつもながら、広々とした吹き抜けのエントランスホールは音響がすばらしく、開放的な空間で、ピアノの前に椅子をならべてあってそこで聴いてくれる人がメインリスナーではあるが、とおりすがりに足をとめて聴いてくれる人や、吹き抜けの二階のほうから顔をのぞかせて聴いてくれる人たちもいて、ホールやライブハウスとはまったくちがう雰囲気だ。
私はここで演奏できるのが本当にうれしい。
そして、ほかの病院でもボランティア演奏をしたことはあるし、私ではなくだれか演奏者が演奏しているところを見たこともあるけれど、こちら福井県立病院ほどのよい雰囲気があるところはほかにはない。
事務局の人たちの気遣いと努力によるところも大きいのではないかと思う。

ところで、今回はがん告知を受けてはじめてのピアノコンサートだった。
日々の時間の流れもそうだが、演奏時もたしかに時間の流れや自分とまわりへの気づきや、音にたいする感覚がちがっていて、とぎすまされた感じがあった。
だからといってもちろん思いどおりに演奏できたというわけではない。
しかし、いまここに自分自身がいて、音楽をかなで、それを聴き、また聴いてくれる人たちとおなじ時間をすごしているというライブ感覚が、これまでとはだいぶ違っていたように思う。
ありがたいことだ。

がんであろうがなかろうが、すべての人間はかぎられた命を生きている。
そのことに以前は「頭では」「理屈では」わかっていたが、身体感覚として腑に落ちたのはこの1か月のことだ。

演奏が終わってから地元の新聞社の若い女性記者から取材を受けたのだが、そんな話をついつい熱弁をふるってしまって、説教臭くなってしまったのではないかとちょっと心配している。
彼女もまた、私とおなじ高校出身で、学生時代は朗読サークルをみずからやっていたと聴いて、うれしくなり、つい調子に乗ってしまったかもしれない。
ごめんね。

2019年8月14日水曜日

春野亭日乗 8月10日(土)シルクニット、ゼミ、うららさん、お茶タイム、映像収録

真綿から紡いだ絹糸を使ったシルクニット、リストウォーマーのつぎは細めの襟巻きを編んでみたのだが、いちおう完成した。
白い糸が足りなかったので、別の色でつないでみた。いびつなツートン。
編んでいるときは「変だ」と大不評だったけど、私は悪くないんじゃないかと思っていて、仕上がってみると実際そう悪くない感じだと思う。
手触りが柔らかくてすごく暖かいので、真冬でも使えそう。

午前中は現代朗読ゼミ。
いつもより参加者が多めで、レクチャーで基本の確認と、群読による基礎トレーニングがしっかりできた。
前回参加してくれたNVC仲間のあきちゃんが、今回もリピート参加。
わざわざ私のケアのために演奏するライアーを持ってきてくれた(重いのにいつもありがとう)。
元ゼミ生のてんちゃんも来てくれた。
国立に移ってからは初参加になるのかな。
やはり初参加のはっぱさん、NVC仲間で、先月のキノ・キュッヘのオープンマイクにも来てくれた。
ゼミ生のユウキとかなえさんも。

はっぱさんが最後に朗読してくれたとき、身体が柔らかく使えるようになっていて、押しつけがましくない動きのある、いつまでも聴いていたいような感じだった。

終了後、みんなで昼食に出る。
現代朗読協会のNPO法人を立ちあげるときに手伝ってくれたうららさんが、1歳になったばかりの娘を連れて遊びに来てくれたので、〈いたりあ小僧〉で合流。
ものおじしない子どもで、すぐに私になじんでくれた。

〈マロニエ〉でホールのケーキを買って帰って、春野亭でお茶。
合間に、残ってもらっていたゼミ生ユウキと、あるライブ企画を進めるためのサンプル映像を、ピアノといっしょに収録。
なかなかいい感じになってきた。
企画はぜひとも実現したい。

夕方、あきちゃんにライアー演奏で癒やしてもらう。
お腹の上に乗せて演奏してもらうと、音が身体の内側で鳴っているような不思議な感じがして、震動が心地よいのだ。

シルクニットは襟巻きのつぎに、ヘアバンドを編みはじめてみる。
これだと糸が少なくても作れる。途中で違う糸を足す必要がない。
輪針のゴム編みで編みすすめる。
大きさがよくわからないが、とりあえず40センチの輪針でゆるめに編んでみる。
ゴム編みなので、ある程度の融通はきくだろう。

2019年8月13日火曜日

ピアノ七十二候:立秋/寒蝉鳴(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立秋の次候(38候)「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」をイメージして演奏しています。

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2019年8月11日日曜日

ロング・アート・パフォーマンス(ラストステージ)を生きる

大学をドロップアウトし、ジャズバーでバーテンダーのアルバイトをしたり、バンドマンとして生計を立てはじめた二十代はじめのころ、京都に住んでいたということもあったのかもしれない、現代アートシーンがおもしろく、美術雑誌を熟読したり、展覧会やギャラリーの展示にも熱心に通ったりしていた。
その傾向は、京都を引きあげて故郷の福井にもどってからもつづき、地方ではあるがかなり盛んだった現代アートと関わりを持ちつづけていた。

1980年代の初頭からなかごろにかけてのことだった。

そのころ、北陸の美術館や現代アートギャラリーで盛んにおこなわれていたのは、美術家によるアートパフォーマンスで、それはとくにニューヨークを中心に注目を浴びていたローリー・アンダーソンやナム・ジュン・パイク、そしてなによりドイツのヨーゼフ・ボイスらの影響を色濃く受けていた。
ナム・ジュン・パイクと活動をともにしていたビデオアーティストの山本圭吾氏が福井出身だったりして、そのあたりのパフォーマーに親近感をおぼえていたし、私も即興ピアノ演奏で美術家や役者やフリージャズのミージシャンらとことあるごとに共演をするようになっていた。

とはいえ、じつのところ、アーティストによるパフォーマンスがそもそもなにを意味するのか、どんなねらいがあるのかについては、よくわかっていなかった。
ただ楽しかったのはたしかだ。

今年の春先にドイツに旅行する機会があった。
いくつかの都市を回ったのだが、現代美術館やギャラリーもいくつか訪れた。
ベルリンのハンブルク駅現代美術館に行ったとき、たまたまヨーゼフ・ボイスの回顧展をやっていた。

ベルリンに限らず、ドイツはどこもそうなのだが、公共施設はどこも人があふれていなくて(駅や交通機関も含む)、ゆったりとすごすことができる。
この美術館もそうで、じっくりと見ることができた。
作品のキャプションはドイツ語と英語で書かれていて、英語は読むことができる。

ボイスの存在でもっとも大きなものは、彫刻の意味を問いなおしたことだろう。
彫刻といえば古来から現代にいたるまで、石や金属や木材やコンクリートや、なにかしら固形の材料をもちいて形(sculpture)を表現することだと、なんとなく思っていた。ボイスはそこに鋭く切りこむ。
まず、材料は固形のものである必要があるのか?
そもそも固定された「物体」である必要はあるのか?

流動的な、あるいは変化する「現象」そのものを彫刻としてとらえることはおかしなことなのか?
我々そのもの――つまり生きて動いて変化しつづけているbodyを表現するのに、そもそも固形物で時間をとめようとすることに無理があるのではないのか?

かくして生まれたパフォーミングアートは、彫刻からスタートしている。
ボイスのまとまった仕事をベルリンで見たとき、生きて動いている存在というか現象である私自身の生命そのものは、いったいなんなのかを鋭く突きつけられたように感じた。
私自身をふくむ生命現象そのものを、アートとどこで線引きできるのか。
そもそもそんな線引きそのものが社会的な都合によって作られた勝手なジャッジではないのか。

ボイスの芸術をつきつめていくと、われわれ自身の存在そのものに行きあたるのだ。
ボイスの問いはそのまんま、自分自身の存在へと向けられる。
いまここにこうして生きている私自身、これはなんなのか。
なんのためにこうして存在しているのか。

私はこの5月末に食道がんが見つかり、余命1年未満と告知されている。
観念的にいえば、あるいは社会通念的にいえば、それはショッキングなことなのかもしれない。
しかし、いま、この瞬間、ここにこうして(これを書いているいま)私が生きて存在していることは、まぎれもない事実で、それについては(これを読んでいるあなたもふくむ)ほかのみなさんとなにも変わりない。

ボイスの問いをここに援用すれば、生きていることそのものがアートであり、すべての行為が表現といえる。
私がこうやって書いている文章も表現ならば、文章を書いているこの行為そのものも表現である。
私がいまテーブルの上に置いたラップトップにむかってキーボードを打っている行為と姿そのものがパフォーマンスであるというのは、ヨーゼフ・ボイスが黒板にチョークで線を引きコヨーテの鳴き声を発したこととなんら変わるものではない。

私は自分のパフォーマンスそのものを楽しみ、まわりの環境や人々との呼応を感じ、瞬間瞬間を味わっていける。
それが生きていくということであり、その時間的累積によって自分がどこにたどりつくかというのは結果でしかない。

いまこの瞬間も、過去の累積によってここにたどりついているわけで、それを残念だと思うか満足だと思うかは利己的なジャッジであり我想にすぎない。
自分という現象から乖離した思考でしかなく、それはもはや私自身とは関係のない観念だ。

私は私を生きる。
それがいつまでなのか、いつ終わりが来るのか、みじかいのか長いのか、それは結果でしかなく、私はいまこの瞬間の私を生き、そして表現する。
もちろんそこには私なりの美意識があり、生きることそのものを「美への昇華としてのアート」という表現したいという望みはある。
それはたしかに、ある。

2019年8月9日金曜日

春野亭日乗 8月8日(木)ウォーキング、温泉、雲をながめる、シルクニット

午前6時起床。
空にはもう秋を思わせるうろこ雲が出ている。そういえばすでに立秋だ。

気温が上がらないうちにウォーキングに出かける。といっても、すでに30度近くある。歩けばすぐに汗をかくが、国立駅前の大学通りは、東側歩道が日陰になっていて、まだ歩きやすい。
うろこ雲もすぐに消えてしまった。
帰りがけに高倉町珈琲店に寄って、モーニング。

帰宅して、痛み止めを飲む。

理子ちゃんが引っ越し準備のためにレンタカーを借りていて、返すまでに時間があるといって温泉に誘ってくれた。
野々宮と3人で国立湯楽の里に行く。
ここは露天風呂が広く、そして湯温がかなりぬるくて、ゆっくりできた。ひさしぶりに雲を飽くまでながめた。

帰りがけに隣のホームセンターに寄って、メダカの水槽用にミナミヌマエビ5匹と水苔取りを買う。

シルクニット(棒針編み)のリストウォーマーが完成。
このままあんなさんに送ろうかと思ったけれど、つぎはかぎ針編みで細めの襟巻きを違う糸で編んでみたいので、それが完成してからどちらが気にいるか見てもらうことにした。

私の体調について韓氏意拳の内田秀樹先生から丁寧なお見舞いをいただく。
内田先生は私が最初に韓氏意拳を習った指導者で、おかげでこんにちまで丸六年以上にわたって稽古をつづけることができた。
いまは駒井先生のお世話になっているが、内田先生にも感謝がたえない。

シルクをかぎ針を使って細めの襟巻きを編みはじめてみたが、やはりぼわぼわしすぎてうまくない。
かなり太くて太さもまちまちのシルクの糸は、やはり棒針編みのほうがいいようだ。
かなり太い棒針に変えて、襟巻きを編みはじめてみる。
棒針は10ミリ、目数は11目の幅で。

しばらく使っていないコンデンサーマイク、AKGのC1000Sを、オカリナ牧師の久保木さんに送ることにした。

夜、鶏の手羽元をグリルで調理して食べる。
けっこうな肉のかたまりをがっつりと食べたが、まだこの程度のものは食べられる。痛み止めが効いているせいかもしれないが。

2019年8月8日木曜日

春野亭日乗 8月7日(水)1日入院、シルクニットのリストウォーマー、冷やし中華

結局、入院は1日のみ。
入院というより、病院泊というべきか。

がん病棟で一夜すごすという、えがたい経験をさせてもらった。
同室の患者さんはみなさん、抗がん剤の治療中と思われるが、そのうちのふたりは副作用があるらしくて、夜なか中嘔吐したり下痢したり、看護師さんが来て点滴を追加したりと、苦しそうだった。
消灯は午後9時で、私も10時前には早々に寝てしまったのだが、夜中になんども眼がさめて、朝も午前5時には覚醒してしまった。

カフェルームのほうに行って、夜明けの湾岸風景をながめる。
羽田空港に着陸する飛行機がひっきりなしに眼前を横切っていく。
左のほうの埠頭には「A-LINE」という、奄美大島を結ぶフェリーが停泊しているのが見える。

午前9時に医師団の回診。
「白い巨塔」で見た大名行列のようなのがぞろぞろ来て、びっくりした。
担当のC医師が、あとであらためてひとりで来てくれたので、標準治療も含めて抗がん剤治療はしないという意志を伝える。
放射線治療を今月中にスタートするために、あらためてお盆明けの診察の予約を作ってくれた。

退院手続きまでの待ち時間に、あんなさんから送られた絹の糸で編物。
襟巻きにしようと編みはじめたのだが、ちょっとイメージが違ったので、急遽変更してリストウォーマーにしてみた。いまの季節、いらないかもしれないけど、寒くなってきたらきっととっても暖かい。
片方を仕上げて、もう片方に取りかかる。

10時前に退院手続きを終えて病院を出る。
11時、国立帰着。
急に冷やし中華を食べたくなったので、近所の日高屋に行き、餃子付き定食で食べる。
食欲はがっつりあるけれど、あまりの暑さに全身がだるい。
胸(食道)の痛みは痛み止めのおかげでほとんど感じられない。

やたらと眠い。
昼寝もしたが、まだ眠くて、夜も早々に寝てしまう。

2019年8月7日水曜日

どんでん返しにつぐどんでん返しで振り出しにもどる(がん治療について)

昨日8月6日、治療入院のためにがん研有明病院に来た。
今日7日から治験の治療がはじまることになっていて、そのための入院手続きやら予備の検査やら診察のために来た。

午前中に入院手続きをして、病院着やタオル類などをレンタルし、病室に案内してもらって、荷物を置いた。
血液検査を終えて病室にいたら、治験コーディネーターのTさんが来た。

聞けば、治験のための検体をアメリカに送ってあったのだが、治験のための条件を検体が満たしていないことがわかったのだという。
専門的なことはわからないが、がん組織の密度が治験に必要な条件に足りないという。
がん組織は密集しているものもあれば、疎なものもある。
私の場合はとくに、食道がんの部位が食道粘膜の奥に隠れていて採りにくいというのもあったかもしれないらしい。

それはともかく、今後の選択肢としては、いくつか決まってきた。
担当のC先生も来て、話をしてくれた。
ひとつは内視鏡による検体の再採取をおこなって、もう一度治験を申請する。
つぎに、治験ではなく標準治療に切りかえる。

治験の最申請の場合、これまで時間がかかったようにまた日数がかかるので、治療がスタートするのがさらに数週間遅くなる、担当医としてはあまりおすすめしない、とのこと。
標準治療をすすめられ、治療スケジュールや副作用についてもくわしく教えてもらった。
病院としてはすでに明日から治療できる準備ができているとのこと。
朝まで決めて返事してくれて、ということだったので、昨日はそのまま病院に泊まって、ひと晩かんがえた。

今日になって、やはり抗がん剤の治療は受けないことに決め、それを担当医に伝えた。
「まだお若いし体力もあるのでもったいない気は正直します」
といいながらも、こちらの意志を尊重してくれた。
抗がん剤治療はおこなわないが、食道閉塞が数ヶ月内に目に見えているので、なんらかの処置は必要とのことで、放射線治療をおこなうことになった。
こちらも副作用がないわけではないが、入院する必要はない。

結局、一番最初に食道がんのステージⅣと告知されたときに、自分で決めた「抗がん剤の治療はしない」という方針どおりにもどってきたことになる。
あとは放射線で患部を焼きながら、抗がん剤にかわる方法として自分自身の免疫力と体力を維持・増強し、みずからがんと付き合っていくということになる。

いまはかなりすっきりした気分で、いまここにあるまだ元気な自分の身体を大事にあつかおうと思っている。

ピアノ七十二候:立秋/涼風至(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立秋の初候(37候)「涼風至(すずかぜいたる)」をイメージして演奏しています。

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蚕から作った真綿で紡いだ絹糸をもらったので編んでいる

共感手帳術講座に参加してくれている牧あんなさんが、蚕から取った絹の糸玉を持っていて、よかったら編んでくれないかといったので、ちょっと驚きつつ喜んでしまった。
あんなさんはここ10年来、養蚕をやっている年配のご夫婦を手伝っていて、蚕や桑を育てるところから、糸を取るところ、糸を紡ぐところ、染める工程までやってきたというのだ。
写真を見せてもらったら、うつくしい光沢のある絹の糸玉で、すぐに送ってもらった。

着物の生地を織るような細い糸を取る工程ではなく、繭からまず真綿を作り、それを染めてから紡いだ、太さに変化がある毛糸のような太めの糸玉になっている。
草木染めでさまざまな色になった糸玉がたくさん送られてきた。
もう見ているだけでうれしくなる。

一度でいいから、自分でつむいだ糸を使ってなにか編んでみたいと思っていた。
毛糸なので、刈った羊毛をつむぐことをかんがえていたのだが、絹を使うことは想像していなかった。

蚕という蛾の幼虫がさなぎになるときに出す繊維を、人が利用して糸にする。
みつばちもそうだが、虫と人の太古からの関わりから生まれたものだ。
それを人の手がつむぎ、染め、そして編みあげていく。
そういうことに自分が直接触れられることが、なんて幸せなことだろうと思う。

実際に編みはじめてみると、絹糸のうつくしさと強靱さにびっくりする。
独特の光沢がある。
人間の髪の毛よりもずっと細い繊維にも、キューティクルのようなものがあって、つるっとしているようでいて独特の触覚がある。
そして強い。

人の手で真綿からつむがれた糸は、太さに波があって、均一な目にそろえることができない。
それがまた楽しい。
まさに手作業が生む「もの」の生きいきしたうつくしさと楽しさがある。

2019年8月5日月曜日

春野亭日乗 8月4日(日)旧ゼミ生(オンラインで)と新規参加者の現代朗読ゼミ

午前中から現代朗読ゼミを開催。
昨日のアレクサンダー&NVCワークショップから参加していたあきちゃんが、春野亭に残っていて、時間があると聞いたので、朗読ゼミにも参加してはどうかと提案してみた。

現代朗読はNVCの実践としてやっている側面もあるけれど、NVCの仲間で参加してくれた人はそう多くない。
あきちゃんが参加して、そしていろいろと気づいてくれたようで、うれしいな。
声を出すこと、呼吸や姿勢や身体の連動、自分自身のいきいきした存在を観察すること、なにかを読むこと、なにかを読んでいる自分を受け取ること、なにかを読んでいる自分が受け取っていることを観察すること。

「自分の元気なところが、まだあったんだ!って思えました。またやってみたいです」
といってくれた。

元ゼミ生の豆豆子さんもオンラインで参加してくれた。
朗読のような身体表現の稽古をオンライン参加でやるのはむずかしい面もあるけれど、今後は私自身の体調のこともあるし、オンラインでもできる方法を模索していきたいと思う。
そういう意味でも、豆豆子さんが参加してくれたのはありがたいし、あらためてつながりを持とうとしてくれたことにとってもうれしく、感謝。

豆豆子さんは最近、NVCの合宿に参加したそうだが、かつて「げろきょ」と略称していた現代朗読協会の活動がNVCのめざしている世界を実現していたことにあらためて気づき、また私に会いたくなったといってくれたのは、しみじみとうれしいことだった。

ゼミ終了後、蕎麦屋〈かない〉に行って、昼食。
そのあとまた春野亭にもどり、ゼミ生ユウキが差し入れてくれたチーズケーキを、コーヒーといっしょにいただく。
今日のようにあらたな参加者がいると、新ゼミ生と思っていたユウキがいつの間にかすばらしい成長をとげていることに気づき、びっくりする。
このまままっすぐに伸びていってほしい、と思う。

2019年8月4日日曜日

YouTube:ピアノ演奏「ダニーボーイあるいはロンドンデリーの歌」

アイルランド民謡「ダニーボーイ」あるいは「ロンドンデリーの歌」
ピアノ演奏とアレンジ 水城ゆう

国立・春野亭にて、2019年8月4日収録。

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2019年8月3日土曜日

YouTube:ピアノ演奏「蛍の光」

スコットランド民謡「蛍の光」
ピアノ演奏とアレンジ 水城ゆう

国立・春野亭にて、2019年8月3日収録。

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春野亭日乗 8月2日(金)朝散歩、モーニング、絹糸もらえる! 入院日決まる

まだ暑くならないうちに、朝散歩。大学通りと一橋大学構内をぐるっと。
構内でピアノ七十二候用の動画を撮影する。
日が照っているところはすでに充分暑く、今日も厳しい暑さになることは予想できる(というか、予想を超えた暑さ)。
35度超えとか、あたりまえのように予報されてるけど、異常事態だからね、これ。私の子どもの頃は、30度超えだってそうそう頻繁にはなかった。夏休みの間に何度かしかなかった。ましてや35度なんて。

大学通りの〈高倉町珈琲店〉でモーニング。
初めて入ったけど、なかなかいい感じの店。

共感手帳術講座の番外編で、参加者のあんなさんと個人セッション。
そのなかで最高にわくわくした話が出てきて、私のほうが興奮してしまう。
あんなさんはここ10年来、養蚕の仕事に関わっていて、蚕から絹糸をとったり、真綿を作ったり、それから糸をつむいだり、草木染めしたりしてきているらしい。
写真を送ってもらったら、それがすばらしいのなんのって。
まさに私がやりたいと思っていたけれど、自分では手が出せないとあきらめていたこと。
が、そんな風に紡がれた糸を使って編物ができるといいなあと漠然と思っていた。
自分で紡いで染めた絹糸をあんなさんが送ってくれるという。
こんなわくわくすることはない。
待ち遠しい。

留守にしている理子ちゃんちに、クマ(猫)の世話に行く。
がん研有明病院から電話。入院が5日(月)に決まった。その他の情報はなし。治療内容はまだ不明。5日中にはわかるとのこと。

久保木さんのオカリナのためのピアノ伴奏「赤とんぼ」を演奏入力。
なかなかむずかしい。
ついでに伴奏ではなく普通の演奏も。
録音したのをそのまま動画に貼りつけてYouTubeで配信したら、さっそく聴いてくれた人からリアクションがあって、うれしい。
「赤とんぼ」の演奏はこちらからどうぞ。

ピアノ七十二候:大暑/大雨時行(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
大暑の末候(36候)「大雨時行(たいうときどきふる)」をイメージして演奏しています。

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2019年8月2日金曜日

YouTube:ピアノ演奏「赤とんぼ」

山田耕筰の曲「赤とんぼ」
ピアノ演奏とアレンジ 水城ゆう

国立・春野亭にて、2019年8月2日収録。

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2019年8月1日木曜日

春野亭日乗 7月31日(水)共感サポートを受ける、共感手帳術講座2回め

NVCトレーナーの認定アセスメントプロセスにはいっている仲間のはからいで、アセッサーであるマウイのトレーナーのジムが私と個人セッションの時間を持ってくれることになった。
せーじさんが通訳サポートではいってくれた。
ありがたい時間だった。
末期がんのために残り時間が限られてきている私のために、ただ共感的に話を聞いてくれたふたり。
いまどちらに向かえるのか、どちらに向かいたいのか、大きな気づきと勇気をもらうことができた。

忘れていた大切なことを思いだすこともできた。
罪悪感やあせり、苦しさを、美しさに変換しアートとして表現していくこと。
それが私の命が欲していること。

ジムもありがたかったし、せーじさんがそこにいてくれたことがこれほど心強いと思ったのは、自分でも意外だった。
NVCのコミュニティのパワーを感じることができた。
そして私のかたわらにそれがあることを確認して、うれしくなった。

エコアンダリアの白と生成りのツートンの糸で編んでいたぺたんこショルダーが完成。
最初のほうで目を間違えているので、これは人にあげられないな。なんに使おう。
失敗作だけど、気がすんだ。

お昼ご飯に鶏セセリと野菜の炒め物を作る。
ご飯のおかずっぽく甘辛く仕上げるつもりが、甘さが足りなかった。
が、まあまあおいしくできた。
鶏肉に火が通りすぎず、ぷりぷりの食感に仕上がったのが満足。

夜は共感手帳術講座の2回めをオンラインで。
頭のなかの気がかり(ノイズ)やTODOをニーズに、ニーズを満たすための戦略や行動をリクエストに変換していく手帳術をみなさんに伝えるのは楽しい。
来週予定していた3回めのフォロー講座が、入院予定とかぶりそうなので、みなさんと相談して日程変更する。

(末期がん(余命1年未満)と告げられてから今日で20日)

2019年7月31日水曜日

春野亭日乗 7月30日(火)個人レッスン3コマ、散髪、理子パン

今日は個人レッスンが3コマあった。
昨日からかなり体調が低調で、やたらと眠いのだが、短い仮眠で乗りきる。
これはたぶんがん症状の進行とは関係がない。
去年もそうだったのを思いだしたのだが、急に暑くなったときに、熱中症とまではいかないけれど身体がまだ暑さになれていないせいで、だるくなったり、眠くなったりするのだ。
水分はこまめにとっているので発熱はしないが、やたらと眠くなる。
こういうときは素直に部屋を涼しくして、早めに寝てしまうのがいい。

午前中のレッスンは、来月からゼミ生として参加してくれることになっているかなえさんと。
とても熱心に食らいついてきてくれていて、家でもきちんと伝えたとおりの練習をしているらしい。
それを楽しんでされているようすが、私にもうれしい。
先日は数年前から通っている朗読教室の先生にほめられたそうだ。
今日はすこし深いところへと進み、体認やマインドフルネスについての考え方や練習法をおこなった。

私のコーチングや演出を受けたいといってわざわざ国立まで来てくれる人がいるのは、本当にありがたいことだ。
朗読ゼミにも参加申し込みがあったり、水色文庫の作品使用についてメッセージが来たりと、うれしいコンタクトがつづいている。
私にも伝え残したいことがまだある。

午後のレッスンまで時間があったので、大学通りまで散髪に行ってくる。
最近ネットで予約をいれて、順番が近づいてきたらメールで呼びだしてくれるので、便利。

野々宮が作ってくれたポテトグラタンと野菜スープを昼食にいただく。
まとめ食いができなくなっているので、作りおきがあると大変ありがたい。

午後のレッスンには元ゼミ生の唐ちゃんが来てくれた。
なんと、来る前に美容院に行くとき段差で足を踏みはずしてひねったということで、痛々しく足を引きずっている。
大事にいたらなければいいのだが。

唐ちゃんは近く、朗読公演に出る予定があって、その作品と、現代朗読の基礎練習についてのレッスン。
マリンバとフルートという音楽演奏のかたたちと共演するらしい。
音楽と共演するとき、どんなことを心がければいいのか、どんな練習をすればいいのかについて、朗読との共演が多い即興ピアニストとしてつちかってきたことを伝えてみた。

夕方、もうすぐ引っ越しする理子ちゃんが、手作りパンを持ってきてくれた。
すばらしくおいしくて、試行錯誤しながらだんだん上手に、おいしくなっていく課程を知っているだけに、お祝いしたいと同時に、ちょっと遠くなってしまうことに寂しさを覚えた。
ポタージュスープも持ってきてくれて、夕食としておいしくいただいた。
理子ちゃん、いつもありがとう。

2019年7月30日火曜日

YouTube:名古屋天白〈アロマファン〉の主・水野生惠さんとのトーク

名古屋天白の古民家すペース〈アロマファン〉で、数年前から音読療法や共感的コミュニケーションなど水城主催の勉強会をお世話してくれているあるじの水野生惠さんの話をうかがいました。
最近は現代朗読のワークショップを開催していますが、アロマファンではこれまでさまざまなことをやってきたそうです。

これまでどんなことをやってきたのか、水城と勉強会をやるようになった経緯、そしてこれからどのようなことをやっていきたいのか、そんな話をうかがいました。

収録は国立・春野亭にて。

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春野亭日乗 7月29日(月)治療前の最後の検査とおいしい食事

がん研有明病院に行く。くそ暑い。梅雨があけたらしい。
治験を受けることになったので、その前の(たぶん)最終検査のため。
採血、心電図、血液造影剤をいれてのCT検査。病院内をぐるっと回る。もう慣れたものだ。

途中、治験コーディネーターの女性と話をする。
とてもさばさばした方で、なにごとにも明快でごまかしがない。(患者にとって)聴きにくいようなことでも、遠慮なくいってくれる。

私の受ける治験は、3種類のコースのうちのどれに当たるかわからないもので、それは公正にデータを取るために必要な措置なのだそうだ。
コースによっては最初の入院が3日ですむこともあるが、それに当たらなかったら入院は1週間から、状態によっては10日くらいになることもあるという。

生体とゲノムの検査を海外(米国)に出していて、それの戻りによってスタート日が変わる。
いまのところ、早くて8月1日、遅くても5日からといわれている。
いずれにしても、どのコースになるかは直前あるいは当日にならないとわからない。
1日にはじまって3日に退院できるかもしれないし、5日にはじまってお盆くらいまでかかるかもしれない。

治験を受ける決断にいたるまではいろいろあったが、なにもしなければ間違いなく数週間から数か月で食事が採れなくなるのは間違いない(食道が閉塞する)。
なんらかの処置を受ける必要は出てくるので、なにを選択するかという迷いもあった。
いろんな人がいろんなことを言ってきた(心配してくれるのは本当にありがたい)。
これからもいろいろ言いたい人が出てくるだろうと思われるが、自分の選択としていまはこれを迷いなく受け、そのなかでできるだけ活動のクオリティと体力を維持し、日々を大切に生きていきたい、ということだ。
ただ生きのびるためだけを目的とはしない。

病院からもどって少し休んでから、最後の晩餐というわけではないが治療スタート前の楽しみとして、夜はおいしいものを食べに行ってきた。
めったに行けないが、近所の〈ル・シエル〉というフレンチで、すばらしい料理と心づくしのもてなしを楽しませてもらった。

2019年7月29日月曜日

YouTube:現代朗読の映画を作っている伊藤勇一郎くんとのトーク

名古屋天白〈アロマファン〉での現代朗読ワークショップに参加しながらカメラをまわし、現代朗読のドキュメンタリー映画を作っている伊藤勇一郎くんに、お話を聞きました。
どのようなきっかけで映画を作るようになったのか、いま現在、どのような映画を作っているのか、現代朗読のドキュメンタリーは今後どのように撮影され、どのような作品になっていくのか。

収録は国立・春野亭にて。

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春野亭日乗 7月28日(日)人のあたたかさに触れる幸せな日々

昨夜から名古屋の生惠さんと桑名の伊藤勇一郎くんが国立春野亭に来て、泊まっている。
昨夜は名古屋天白でおこなっている現代朗読ワークショップの映画撮影と今後の進行について、割合突っこんだ相談をした。

春ごろからスタートしているワークショップの撮影だが、最終的には公演をおこなってその模様を映像収録し、それまでのワークショップの模様と合わせて現代朗読の全体像がわかるような映画にしようという予定だった。
しかし、私の残り時間が限られていることもあって、公演ではなく、スタジオでの撮影収録で仕上げては、という案に変わってきた。
ピアノがある練習スタジオのようなところを押さえて、そちらでワークショップをおこないながら、朗読や群読パフォーマンス作品をみんなで作り、表現作品としてどんどん撮影してしまう。

伊藤くんがなにをとらえ、表現行為にどう迫り、あるいは全体像をどのように押さえるのかは全面的に任せ、映像作品としてのパフォーマンス映像をしあげてもらうわけだ。

私がずっと関わってきた朗読という表現行為——とくに現代朗読のメソッドとその実践として表現作品が、ここに映像として残ることは、私にとって大きなよろこびだ。

NVCのダンスフロアのワークショップも同時に昨日から春野亭でおこなわれていて、のぞみさんも泊まっていた。
のぞみさんが用意してくれた朝ご飯をいただく。

そのあと私はオンラインでの個人セッションをおひとり。

午前中は現代朗読ゼミを生惠さんと伊藤くんにも参加してもらって開催。
トランジション世田谷時代に羽根木の家に何度か遊びに来てくれたかとしゅんさんと玲奈さんのご夫婦が、ひさしぶりに、というか国立には初めて来てくれて、ゼミに参加してくれた。
みんなで現代朗読の稽古をする。

いつもそうなのだが、現代朗読のメソッドをもちいて身体に意識を向ける、身体の使い方を変える、ほんのちょっとしたことで声や表現が劇的に変化する。
そのことが参加者たちも確認できるし、私も楽しい瞬間だ。
終わってから玲奈さんからは丁寧なお礼メッセージが届いた。
こちらこそありがとう。
もともとのゼミ生ユウキの成長いちじるしい朗読を聞けたのもうれしかった。
彼女とはいよいよ吉祥寺のライブハウスのオープンマイクあたりに出撃してみようか、という話になっている。

お昼ご飯ものぞみさんに用意してもらったそうけなどをいただく。
のぞみさん、ワークショップの合間のあわただしいときに、私たちのために時間をさいてくれてありがとう。

午後は伊藤くんとYouTubeで配信するトークを収録。
もう1本、生惠さんとも収録した。
終わってからこれまでの現代朗読のライブパフォーマンス映像をいろいろ見たりして、楽しい時間をすごした。

夕方、鹿児島のオカリナ牧師の久保木さんとオンラインミーティング。
遠隔ではあるが音源のやりとりをして、共演作品を作ろうという計画。
できれば音楽アルバムを作りたいし、YouTubeなどで広く聴いてもらえるとうれしいかな。
計画が動きはじめた。

ダンスフロアに参加していたあきちゃんが、ライアーという楽器を私のためにわざわざ持ってきてくれた。
かなり重いものだが、それを使ったヒーリング演奏を私のためにやってくれたのだ。
大変気持ちよかった。
ありがとう、あきちゃん。

晩ご飯ものぞみさんが作ってくれた。
私が数日前に仕込んでおいた鶏むね肉の塩麹漬けを使って、野菜と炒め合わせたもの。
ほかには野菜とこんにゃくの味噌炒めなど。
おいしかったな。

今日の最後は音読トレーナーのミーティング。
私がいなくなることに備えての音読療法の今後の運営や展開についての具体的な打ち合わせを、先日からはじめている。
今日は東京組のほかに、北海道からなおみ〜ぬ、ベルリンからみっちー、仕事帰りの自転車移動中にまなみちゃんと、さまざまなシチュエーションからの参加だった。
あとでまなみちゃんからいわれて私もそう思ったのだが、さまざまな場所からさまざまなシチュエーションのなかでもこのようにつながって話ができるというのは、本当にありがたいことだなあ、と。
またみなさんそれぞれつごうをつけてこうやって集まってくれることそのものも、ありがたいことだ。

今日は1日、いろいろなことがあったけれど、たくさんの人のやさしさ、あたたかさに触れた日だった。
みなさんに大切にしてもらえて幸せな日々をすごしている。

ピアノ七十二候:大暑/土潤溽暑(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
大暑の次候(35候)「土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
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2019年7月27日土曜日

韓氏意拳「養生功」の稽古を生活に取りいれる

毎週土曜日に昭島K-STUDIOで開催されている駒井雅和中級教練による韓氏意拳講習会に参加してきた。
私が参加したのは養生功クラス。

「健身功」という稽古があるように、武術である韓氏意拳のなかでもより健康法に近い体系と思われている。
実際そのような面もある。
武術で要求される緊迫感や密度より、のびやかさが重視される。
とはいえ、運動が自然であり、自分の運動状態に注目しながらおこなうのは、武術の稽古と変わりない。

養生功といえど、運動状態の密度や注目度を変えることで、武術の稽古にかぎりなく近づけることは自分でもできるし、またときに指導者から要求されることもある(長く稽古している経験者にはとくに)。
養生功と技撃は別の体系になっているが、内容は共通のものが多い。
どちらかを稽古することでもう一方の理解が深まることもあり、相互作用がある。

私は基礎体力を維持するために、ここ1年ばかりランニングをやるようにしていたが、今日おこなった健身功のなかに「喜鵲登枝」という型があり、これは運動状態を密にしてやるとランニングに似た運動であるように思われた。
ランニングをするのもいいが、健身功のいくつかの運動は単純運動にまさるさまざまな効果がありそうなので、これからはもっと積極的に生活のなかに取りいれてみようと思っている。

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毎週土曜日は昭島K-Studioにて駒井雅和中級教練による講習会が開催されています。11:45から養生功、14時から初級ショートクラス、16時から初級レギュラークラスを、それぞれおこなっています。
次回は8月3日の開催、あと7日です。
詳細はこちらからどうぞ。

ぷりぷりエビとブロッコリーのスパゲティ

ブロッコリーはゆでず、エビは火を通しすぎず、それぞれコリコリ、プリプリした食感で楽しむスパゲティを紹介する。

【材料】二人分
・スパゲティ……100グラム
・むきエビ……約60グラム
・ブロッコリー……小さめの束半分
・にんにく……ひとかけ
・塩、コショウ、オリーブ油、鷹の爪

スパゲティは塩(多めのひとつまみ)をいれたお湯で固めにゆであげる。
麵をゆでているあいだに、フライパンにオリーブ油(大さじ1)をいれて火にかけ、にんにくのみじん切りと種を抜いた鷹の爪を弱火で炒める。
にんにくがこんがり香り立ってきたら、火を強め(強めの中火)、火が通りやすい程度の小さめに切りわけたブロッコリーを投入、塩、コショウを振って、炒める。

ブロッコリーにだいたい火が通ったら、むきエビを投入。
色が変わるくらい火を通したら(火を通しすぎないように気をつける)、火をとめる。

麵がゆであがったら、フライパンを強火にかけ、麵と大さじ1杯強のゆで汁を投入し、具と麵とゆで汁をからめるようにフライパンをゆする。
全体が混ぜあわさって、ゆで汁が麵にからまったら、火をとめ、皿に盛る。
最後にイタリアンパセリなど好みのハーブを散らしてもよい。

2019年7月26日金曜日

編物関連でうれしいこと(ふたつ)

しばらく前から「ジェンダーフリー活動としての編物」を、武張った感じの男性たちでパフォーマンスというか遊びとしてやってみたいと思っていて、知り合いの男たちにことあるごとに「編物やらない?」と誘っている。
なかなかやろうという人が出てこなくて、もどかしくも寂しい思いを抱いていた。

ところが、ここに来て急に、編物をはじめた男性が出てきて、びっくりしつつもうれしがっている。

韓氏意拳の稽古仲間のYさんが、私がやっているのを見て、自分も始めたというので、Facebookを見てみたら、すごい勢いでエコアンダリアの糸を使ってバッグをいくつも編んでいるではないか。
Yさんは高橋透先生の治療会で私の編物を見て、それがきっかけになったそうだ。
うれしいなあ。

と思っていたら、今日、急に高橋先生から電話がかかってきた。
なんだと思ったら、いま手芸用品店に来ているという。
帽子を編もうと思っていて、エコアンダリアはその店にはなかったのだが、似たような糸があったのでそれで編みたい、編み針は何号を買えばいいだろうか、という電話だった。
いやいや、これもうれしい話だ。

糸玉の帯のところに、かぎ針なら何号と書いてあるはずだと伝えた。
ほかに目数リングととじ針も買うといいですよとアドバイスした。
高橋先生がどんなものを編むのか、とても楽しみだ。

山形におられるので、なかなか気軽にはお会いできないのだが、近いうちにYさんと高橋先生と私の3人でならんで「武張った男性によるジェンダーフリー活動としての編物パフォーマンス」をどこかでやれると楽しいな、なんて想像している。


国立春野亭もしくはオンライン参加にて共感編み物カフェを開催します。編物をしながら、お茶を飲みながら、ゆるく共感しあうまるで昭和の家の縁側のような安心できる場です。編物以外の手仕事など自由にお持ちいただいてもかまいません。

2019年7月23日火曜日

春野亭日乗 7月22日(月)ぷりぷりスパゲティ、がんの治験を受けることにした

早起きして(5時半)、午前中はルーティンワーク。
昼にぷりぷりエビとブロッコリーのスパゲティを作る。
おいしくできた。

午後は月に一回開催している春野亭での韓氏意拳講習会だったが、がん研有明病院での診察の予定がはいっていたので、会場を駒井先生にお任せして、私は出かける。
中央線で新宿まで、埼京線で国際展示場駅まで。
すいている時間帯だったので、ずっと座れた。編物をする。エコアンダリアのバッグのあたらしいやつ。

がん研有明病院では、今後の治療内容や日程についての説明を、担当医とコーディネーターから聴いた。

「がん部位の摘出手術はできない」
「根治は不可能」
「治療は余命を長くするため」
ということを明確に示されていたので、私のニーズとしては、
「がんを受け入れ、現在の健康で活力のある状態の日々をつづけ、がんと付き合っていくこと」
である。

最初は治療もしないことに決めていたが、このまま治療をしないでいるとどうなるんですか、という質問に各病院の医師はそれぞれが同様の答えだった。
「まもなく食道がふさがって食事ができなくなります」
身体は元気なのに、食事ができないのはちょっと困る。
食道を拡張するか、がんを放射線などで叩くか、なんらかの処置が必要になる。
どうせ処置が必要なら、いま担当医から「つよく勧めます」と提示されている治療法をいちど受けてみるのもいいかな、とかんがえが変わった。

その治療法というのは治験治療で、3種類くらい方法があって、そのどれが適用されるかははじまってみなければわからない。
治験なのでデータを取るために3種類の治療法を患者に均等に割り振るらしいのだ。
従来の標準治療が割り当てられる可能性もある。

いずれにしてもまずは受けてみて、いまの生活のクオリティが下がるような副作用があったり、効果が認められなかったら、ただちに中止する。
それが可能であることは病院側も保証してくれている。

治験のための予備検査はすでに終わっている。
あといくつか検査が残っているが、それは来週受けることになった。
その後、8月の頭に数日間もしくは1週間程度の入院をして、最初の治療がスタートすることになる。

そんなざっくりした予定が決まった。

病院から帰ってきたら、韓氏意拳の講習会は終わっていたが、駒井先生と参加者がまだ話をしていた。
私も加わり、いろいろと楽しい会話をさせてもらった。

そのあと、理子ちゃんが焼きたてのパンを持って来てくれた。
理子ちゃんとまたいろいろ話す。

マインドフルで大切な時間で毎日がぎっしりと埋まっていて、まさに私はいまを生きているのだという実感がある。

個人的イメージを押しつけるのではなく表現者の可能性を引きだすのが演出家

元ゼミ生のヤザワちゃんが、とにかく会いたい、なにかいっしょにやれることがあればやりたい、といって、国立まで来てくれた。
そしてゼミ生に復帰してくれた。
こんなうれしいことはない。

ヤザワちゃんとは、かつて、芥川龍之介や坂口安吾、新美南吉の短編のオーディオブックをたくさん作っている。
お子さんが小さかったり、次男が生まれたり、仕事が忙しくなったりと、ここ何年かはごぶさた気味だったのだが、今回私の状況を知っていそいで来てくれた。
体調を思いやってくれる気持ちもそうだが、なによりまたなにかいっしょにやりたいといってくれるのがうれしい。

ふと思ったのだが、私のことを気にしてくれていながら、なかなか声をかけにくいとか、訪ねていきにくいと思っている人はほかにもいるんじゃないだろうか。
なかには末期がんなどと聞いて、気になるけれど怖くて連絡できない、近づきにくい、なんて感じている人もいるかもしれない。
それはそれで尊重したい。

ただ、現実的にはどんどん時間がなくなっていくことも確かなことなので、いまのうちにやれることがあれば一緒にやれるとうれしいと思うのだ。

いろんなことをやってきたけれども、かぎられた時間のなかで本当にやりたいことはなんだろうとかんがえると、いくつかのことに絞られてくる。
そのなかのひとつが現代朗読であり、朗読演出だ。

演劇にしてもダンスにしても音楽にしても、演出家が(多くの場合)いて、表現をリードしている。

その場合、私がかんがえる演出とは、演出家のイメージを実演者に押しつけるものではなく、実演者の能力や可能性を引きだし、彼らが思ってもいなかったような表現を作りあげる「共同作業」のことだ。
それはときに、演出家ですら想像しなかった表現を作りだすことすらある。
そこが醍醐味だ。

朗読の世界にはそのような演出家がとてもすくない。
私はながらく、作家・即興ピアニストとして朗読者たちと関わりつづけていて(35年以上)、オーディオブック製作も草分けのひとつといっていいアイ文庫を立ちあげた人間として、朗読演出については一定の自負がある。
それを伝えきりたい、朗読者の可能性をいっぱいまで引きだしたい、というニーズがある。
そのような機会を作ってくれる人が来てくれるのはうれしいのだ。

朗読者といっしょにいきいきした生命の表現を作ること、それに使える時間がもうすこしありそうだ。


7月28日:臨時朗読ゼミ(水城ゼミ)
ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。身体表現あるいは音楽としての朗読を楽しみましょう。7月28(日)10時半から約2時間。

2019年7月22日月曜日

ピアノ七十二候:大暑/桐始結花(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
大暑の初候(34候)「桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)」をイメージして演奏しています。

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2019年7月21日日曜日

YouTube:窪田涼子による朗読パフォーマンス「あなたの制服」

大阪在住のナレーター・朗読者の窪田涼子と水城ゆうによる朗読と音楽のパフォーマンスです。
収録は国立・春野亭にて。

 「あなたの制服」作:猿川西瓜

  朗読:窪田涼子
  演奏:水城ゆう

映像はこちら

春野亭日乗 7月20日(土)ゼミ、ひさしぶりのさとこ、写真ギャラリーでの長尺朗読会

10時半すぎから朗読ゼミ。
岩崎さとこが道に迷って遅れて到着。春野亭に来るのはこれが初めてとのこと。びっくり。
お花と台湾茶をもらった。ありがとう。

ゼミ生ユウキからはケーキをもらった。さっそくみんなでいただく。
朗読そっちのけで積もる話。さとこは最近、仕事が忙しいらしい。
元気なようすの私を見て、
「末期がんというのは嘘ですよね」
なんてことをいう。よくいわれる(笑)。
「きっと治りますよ」
これもよくいわれる。そうなるといいけどね。

そのあと基礎トレーニングをちょっとと、それぞれの読みを聞かせてもらう。さとこは三島のテキスト、ユウキは和歌、野々宮は今夜の朗読会で読む写真家の日記と評論。
終了後、さとこと近くのイタリアン〈カーサ・デ・カミーノ〉に行ってランチ。

夕方、新宿へ。〈RED Photo Gallery〉での野々宮朗読と読書会に参加する。前後編に分かれてはいたけれど、延べ100分にわたる長尺朗読。その間、ずっと集中力を切らさないばかりか、いきいきと変化に富むスリリングな朗読を展開した野々宮卯妙の力に、あらためてびっくりした。
今回、私は共演参加しなかったが、純粋にオーディエンスとして楽しませてもらった。
ユウキも遅れて参加。

朗読会のあとは飲み会。
写真表現でつながっているみなさんの集まりで、みなさん楽しいかたばかりだった。
また会えるかなあ。