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2020年3月8日日曜日

ラストメッセージ(3)命の祭は解脱(げだつ)の対極にある

(English at the bottom)

〔末期ガンをサーフする3〕

多くの人がいまの時代や社会情勢に不安や生きづらさを覚えている。
それを解消するためのさまざまな講座やワークショップ、合宿が多く開催されていて、どれも人気だ。
そういうイベントにやってくる人はなにをもとめているのだろうか。

私の経験では、多くの人が「心の平安」「動じない強さ」「怒りや不安のコントロール」といったことを求めているような気がする。

私が末期ガンを告げられ、余命をかぎられたなかで平然とすごしている(ように見える)のを見て、多くの人が、
「どうしたらそんなふうに落ち着いていられるんですか」
と訊いてくる。

いやいや、そんなことはありません。
それはそういうふうに見えるだけです。
たしかに表面的には取り乱しているようには見えないし、死を前にして決然とした覚悟で落ち着いているように見えるかもしれない。
が、私の内側では「お祭り」が開催されている。

人にはさまざまなニーズがあり、生きているとそれは刻一刻と変化し、現れては消え、また消えては現れる。
ニーズは自分の努力や人のたすけによって満たされることもあれば、どうにも満たされないこともある。
しかし、さまざまなニーズが現れたり消えたり、存在を主張したり、そのあげくに「おれはここにいるぞ」とばかりに大声を出したり踊ったりしてみせているのが、生命の自然な現象であろうと思う。

それがあまりに騒々しい、わずわらしい、苦しいと感じて、静まりたい、落ち着きたい、解脱したいと、人はしばしば願いすぎることがある。
その願いが強すぎると、平安や解脱を求めてある種の宗教に走ったり、スピリチュアルな癒やしを求める儀式にはまったりする。

それはそれで自然な願いであろう。
私も自分のかぎられた命の時間を思うとき、できるだけ平安に、平穏に、静かにすごしたいと願うこともあるし、その気持ちはよくわかる。
一方で非暴力コミュニケーションで自分自身に共感してみて、さまざまなニーズがやかましく自己主張をくりかえしているのを見ると、まあそれもいとおしく、自然なことなのだろうとも思う。

私の命は日々刻々とニーズカーニバルをやっている。
それは解脱とは対極にある騒々しくにぎやかな世界で、ときに疲れてしまうこともあるが、それが私の命の現象なのだからしかたがない。
ならば私もその山車に乗って踊ってみよう。

私のニーズたちは満たされれば「お祝いしようぜ!」といって盛大に騒ぎたてるし、満たされなければ「嘆きたい!」といって盛大に残念がる。
いずれにしても祭だ。
それが私の命の現象であり、生きているということだ。

ニーズが満たされるか満たされないかは、究極のところどちらでもいい。
解脱とかくそくらえ(汚いことばで失礼!)。
私は死ぬまで祭と付き合い、それを楽しむのだ。


Many people feel insecure and difficult to live in the present age and social situation.
Various courses, workshops and training camps are held to solve this problem, and all of them are popular.
What do people who come to such events want?

In my experience, a lot of people want "peace of mind" "unshaken strength" and "Controlling anger and anxiety".

When I was told that I had terminal cancer and I was living with my life expectancy cut, many people saw that (look like)
"How can you be so calm?"
he asked.

No, not at all.
It just looks that way.
On the surface, he doesn't seem distraught, and he may seem composed in the face of death.
But inside of me, "festival" is being held.

People have various needs, and when they are alive, they change from moment to moment, and appear, disappear, and appear.
Needs may or may not be satisfied by your efforts and help.
However, I think it is a natural phenomenon of life that various needs appear and disappear, claim their existence, and then shout and dance as if to say, "I'm here.".

People often wish it too loud, too quiet, too painful, too quiet, too calm, too liberated.
If their wishes are too strong, they may choose to go to a certain religion in search of peace and liberation, or they may settle for a ritual of spiritual healing.

That would be a natural wish.
When I think of my limited time for life, I sometimes wish to live as peacefully, peacefully and quietly as possible, and I understand that feeling.
On the other hand, if you empathize with yourself through nonviolent communication and see the various needs clamoring and repeating themselves, I think it's kind of lovely and natural.

My life is doing Needs Carnival day by day.
It is a noisy, bustling world opposite to gedatsu, and I sometimes get tired of it, but I have no choice because it is a phenomenon of my life.
Then I'll try dancing on the float.

If my needs are met, I make a big fuss, saying, "Let's celebrate!" If not, I make a big fuss, saying, "I want to cry!".
Anyway, it's a festival.
That is the phenomenon of my life and that I am alive.

Ultimately, it doesn't matter whether your needs are met or not.
Gedatsu and shite (Excuse me for my dirty words!).
I'm going to spend the rest of my life with the festival and enjoy it.

2019年12月8日日曜日

年内スケジュール、ラストスパート

体調に気がかりがあって、とどこおりなく実行できるかどうか心配していた11月末のライブステージも、予想以上にしっかりとやれた。
12月にはいってからも休む暇なくスケジュールがつづいていたのだが、なんとか乗りきった。

12月5日はボイスセラピー講座、その夜から7日にかけての足かけ3日間は音読トレーナー養成講座合宿。
その7日の夜は現代朗読ゼミ。
そして今日8日は墨田区のジュニアリーダーの中高生約40名を対象に音読指導のワークショップ。
すべて無事に終わった。

ジュニアリーダーの指導では、音読トレーナーのミッチーと元ゼミ生の真弓さんがサポートにはいってくれて心強かった。
元気いっぱいの中高生相手に、まだすこし気管支炎が残る自分の体力がもつかどうか、そして初めてのワーク内容になにをやるのか、ジュニアリーダーたちとしっかり交流できるのかどうか、みんなにきちんと受け取ってもらえるのかどうか、いろいろ心配だったのだが、実際にやってみると熱心に話を聞いてくれたりワークをやってくれたり、とてもうれしく楽しい90分となった。

墨田区の教育支援プログラムに現代朗読協会としてのボランティア協力してきて、たぶん10年近く、私の役割はここで胸を張って終えることができた。

あと年内は、名古屋での「ラストステージ」公演、12日の昼・夜2回、13日の公開レッスン講座、15日の知立演劇フェスティバルでの小林佐椰伽ちゃんの語りサポートを残すのみとなった。

年明けはライブイベントの予定をいれていない。
オンラインでのいくつかの講座や個人セッションと、春野亭でのゼミ、個人レッスンなど、体調に応じた活動をつづけられることを願っている。

2019年11月30日土曜日

ラストステージ/事象の地平線@渋谷が無事に終了

書きたいことがたくさんありすぎてまったく整理ができていないんだけど、とりあえずは終了報告。
これで東京での私のライブステージの予定は終了。
あとは同タイトルだけどダンスではなく朗読者ふたりとやる名古屋公演(12月12日)を残すのみ。

そうそう、もうひとつ、12月15日に知立市で開催される知立演劇フェスティバルに出演する小林佐椰伽ちゃんのサポートで、ピアノ演奏をすることになっている。
これがライブステージの年内最後。

今回の渋谷公演については、名古屋から映画作家の伊藤くんとその友人のヨシキくんが撮影に来てくれたし、私も記録映像を撮った。
たくさんの方が来てくれて、口頭でも紙でも、オンラインのメッセージでも、感想をいっぱいいただいている。
紙の感想は終演後、みなさんが黙々と書いてくれたもので、文字もあれば絵もある。
これらはおいおい整理して、また紹介していきたい。

この公演のために書きおろしたテキスト作品もあるし、事前に、あるいは公演中に、そして公演後に、いろいろとかんがえたこともあって、それも書きのこしておきたいと思っている。

出演者である矢澤実穂さんと野々宮卯妙はもちろんのこと、この公演を手伝ってくれたみなさん、お客さんとして寒いなか足を運んでくれたみなさん、来れなかったけれど応援してくれたみなさん、すべてのかたに感謝している。
たくさんのことが満たされた幸せな身体感のなかで、いまこれを書いている。

2019年11月3日日曜日

現代朗読の群読パフォーマンス@名古屋ワークショップ

2019年11月1日、金曜日。
早朝に国立を出て東京駅へ。
新幹線の往復チケットと宿泊付きのプランをとってもらったので、こだまのグリーン車でゆったりと名古屋に向かう。
名古屋栄のナディアパーク内にある練習スタジオで、現代朗読の群読パフォーマンスのワークショップとその映画撮影のために。

東京からは野々宮卯妙とユウキが同行。
シートをくるっとまわしてボックス席にして、修学旅行みたいだ。

名古屋での現代朗読ワークショップは本当は先月で終了するはずだった。
ところが、映画を撮ってくれている伊藤くんと、参加のみなさんからの強い要望があり、またうまく会場を取ってもらえたというのもあって、もう1回やれることになった。
前回は日中がワークショップ、夜は朗読コンサートだったが、今回は日中も夜もワークショップ。
昼しか来れない人、夜しか来れない人、通しで参加できる人、そんな条件のなかでの群読パフォーマンス作りとなった。

11時すぎ、名古屋到着。
栄へ移動。
ユウキがまだ名古屋名物味噌煮込みうどんを食べたことがないというので、山本屋本店へ。
私もひさしぶり。
こってりと腹ごしらえをする。

13時、会場の練習スタジオ入り。
すでに撮影の伊藤くんとヨシキくん、世話人の生惠さんが来ていた。
前回世話人だったシローさんは、今回は残念ながら不参加だったのだが、顔を出してくれていたようだ。
入れ違いで残念。
大阪から窪田涼子が会いに来てくれていた。

13時半、午後の部がスタート。
参加者は10数人。
前半は基礎トレーニングをしっかりやったあと、後半は群読パフォーマンスを撮影をまじえながらいくつかトライできた。
前回も参加してくれた人、天白での毎月のワークショップに参加してくれていた人、初参加の人、そして10年近く前に名古屋でおこなった公演に参加してくれた人がひさしぶりに顔を出してくれたりと、さまざまな顔ぶれがあった。

カメラを追いかけたり、ピアノのなかに全員が顔を突っこんだりと、変なパフォーマンスをやってもらったけれど、楽しんでもらえたようだったし、なにより私が楽しかった。

小休憩をはさんで、夜の部が19時からスタート。
午後の部から引きつづき参加する人と、夜の部のみの参加の人がいて、午後の部よりやや人数が増えただろうか。
群読パフォーマンスとしてはボリュームが出たが、時間的制約があってうまくできるかどうか自信がなかった。
みなさんの協力と集中力と、のりのりの意欲のおかげで、短時間におもしろいパフォーマンスが仕上がり、撮影もうまくできたようだ。

今年の春ごろから天白の生惠さん宅〈アロマファン〉で毎月つづけてきた現代朗読のワークショップを踏まえておこなった先月と今回の会、大変密度の濃い、充実したものになったと感じている。
現代朗読の群読表現作品としても、おもしろいものがいくつか仕上がった。
映像作品としてどのようなものになるのか、とても楽しみにしている。


ところで、ワークショップは終了したが、来月12月はやはりおなじ場所で、名古屋の俳優で朗読者である盟友・榊原忠美と、現代朗読・野々宮卯妙、私による三つ巴の朗読公演をおこなうことが決まった。
12日(木)夜にスタジオを押さえたので、ぜひおいでいただきたい。
またその翌日には、朗読の個人レッスンを公開でおこなうことになっている。
私の個人演出を受けてみたい人、即興ピアノとの共演にトライしてみたい人など、撮影や作品公開もオーケーなので、参加してみてほしい。
詳細は近日中に公開します。

2019年6月10日月曜日

天白での朗読ワークはリズムがテーマ

毎月おこなっている名古屋天白〈アロマファン〉での現代朗読ワークショップ、今回はリズムがテーマだった。

いつものように呼吸と身体を動きのなかから観察することからはじめて(体認のエチュード)、テキストを使った朗読エチュードへ。

その前にすこし話をさせてもらった。
内容は表現と伝達、評価と受け取りあい、それぞれの違いについて。

現代朗読では共感的コミュニケーション(NVC)を場作りのベースにしているので、そこにはなるべく評価(外部/社会的基準)を持ちこまず、自分自身の内側に起こっていることに目を向けそれを伝えあうことで、互いに受容的な関係のある、安心安全な表現の場を作っている。
また、朗読は「テキストを伝える」ことではなく、「自分自身を伝える」ことに主眼をおいた表現として、その稽古が組み立てられている。

その前提のもとに、今回も実際のワークを体験してもらった。

ことばはリズムとしてとらえることができる。
私たちはことばの「意味」で文や文節を区切って話しているのだが、意味から離れ、純粋に音のリズムとして音素をとらえたとき、そこには音楽的リズムが見えてくる。
朗読は音楽としてとらえることができる。
リズム朗読はパーカッション的な要素がある。

今回は中原中也の「夏と私」という詩を「ワルツ」としてみなさんに踊ってもらった。
私も即興でピアノを弾いて加わった。
これが楽しいのだ。

リズム朗読をやったあと、通常の(?)朗読にもどったとき、身体のなかにはまだダンスの余韻が残っていて、なにかがちがう。
みなさんの表現がいきいきと変化した。
私はこれを見たくてやっているんだな、と思った。

毎月おこなっている天白での朗読ワークショップは、来月7月13日(土)午後も開催する。
また、岐阜各務原〈花寧香くらぶ〉でも、今週木曜日・6月13日午後に開催する。
興味がある人は気軽にご参加いただきたい。


6月13日:水城ゼミ(朗読・文章・共感)@各務原〈カフェ花寧香〉
東京を中心に定期開催しご好評をいただいている水城ゼミを、岐阜各務原でも開催しています。共感的コミュニケーション(NVC)をベースに、読むこと、書くこと、動くことを統合し、全体性を表現することを探求します。今回のテーマは「」です。13時から。

7月13日:現代朗読ワークショップ「VERBA ACTUS(ウェルバアクトゥス)」@名古屋
名古屋で現代朗読と非暴力コミュニケーション(NVC)をコラボレートしたワークショップを毎月開催し、最終的に小規模の公演(ミニライブ)をめざします。全日程に参加する必要はありません。

2019年6月8日土曜日

ひさしぶりの共感文章講座

オンラインの共感文章講座を前半と後半の2回に分けて、ひさしぶりに開催した。
定員いっぱいのご参加をいただき、感謝。

前半が「自分を読むために書く」、後半が「自分を伝えるために書く」というテーマでおこなった。
いずれもNVCをベースにしているが、私独自の工夫も加えてある。

前半は「自己共感」を書くことによって練習し、強化する方法。
NVCといわなくても、人は生きていく上で、個々人がまず自分自身を把握し、理解し、きちんと見つづけていられることが重要である。
自分自身の輪郭があいまいなままだれかに役にたとうとしたら、ものごとに対処しようとしても、うまくいかないことが多い。
まずは自分自身のニーズを明確にし、いきいきとマインドフルに自分を発揮できる状態にある必要がある。
そのための練習方法がさまざまにあるが、私は「書く」ことを習慣づける方法をおすすめしている。

そんなことをみなさんとシェアした。

実際に書いてみると、予想していなかった発見があったり、効果が感じられたようで、みなさんからの反応がいろいろあっておもしろかった。

後半は自分を伝える方法。
だれかに自分を伝えるためには、相手が受け取りやすい形にしておく必要がある。
リアルタイムコミュニケーションでもテキストコミュニケーションでも、それはおなじことだ。

参加者全員がびっくりし、興味を持ってくれたのが、つぎのような原則。
「相手に自分を伝えるときには、感情とニーズのことばは使ってはいけない」
メッセージを相手が受け取りやすくするための原則だ。
これは小説家として仕事してきた私の長年の経験と学びから得た原則である。
なかなかひとことで説明するのはむずかしいので、興味がある人は受講していただきたい。

いずれにしても、みなさんといきいきした学びの場を共有できて、私自身とても楽しかった。
あらためて気づいたこともたくさんある。
ご参加いただいたみなさんに感謝したい。

今回、ご好評をいただいたようなのと、参加機会をのがしたかたのために、また来月も開催します。

7月4・11日:オンライン共感文章講座(Text NVC)
メール、ブログ、SNSメッセージなど、文章(テキスト)でのコミュニケーションでお互いに共感したりつながりを作るための表現方法を学び、練習するための講座です。2日連続、それぞれ夜2時間ずつ。

2019年5月21日火曜日

鈴鹿、名古屋、弾丸ツアー

このところ、毎年の恒例になっていたのだが、GEN-Japanが主催するガイアエデュケーションという教育プログラムの公開講座の講師をつとめるために、鈴鹿市に行ってきた。

金曜日・5月17日の午前中に国立を車で出発して、午後3時に鈴鹿到着。
白子という地区にある〈カフェ・ウノ〉で、NVCと音読の仲間の矢田恵理子さんと合流。
例年ならこのタイミングに合わせて何人かと交流会を持つのだが、今年はみなさんのご都合がつかないようで、恵理子さんと、去年の音読の会に参加してくれたもうおひとりと、おいしいコーヒーをいただいた。

このおふたりは、この夜急遽おこなうことになったピアノと朗読の夕べと、翌日の公開講座にもおいでいただいた。
本当にありがとう。

夜は鈴鹿市内のカルチャーステーションで、私のピアノ演奏と野々宮卯妙の朗読による会を開かせていただいた。
急な申し出にもかかわらず、心よく受け入れて準備してくれたGEN-Japanの片山弘子さんとスタッフの皆さんに心から感謝したい。
おかげさまで、とても楽しくみなさんと交流できたし、また私たちの「いま」の表現を聴いていただく事もできて、満ちたりことができた。

夜は、昨年も心づくしの晩ご飯でもてなしていただいた中井さんのお宅にお邪魔して、食事と飲み会、そしてそのまま泊めていただいた。
飲み会ではうっかりマッコリを飲みすぎて酔っ払ってしまったのだが、心よくお付き合いいただいたみなさんに感謝。

翌18日は午後に公開講座ということで、午前中にすこし時間があったので、白子地区にある型紙資料館に行ってみた。
着物の柄の型紙として江戸小紋がよく知られているが、この白子地区にはもっとずっと古くから型紙技術が発達していたらしく、展示内容に驚きの連続だった。
ここは一見の価値あり!

そして昼にカルチャーステーションに行き、弘子さんや、立教の空閑先生らと昼食。
午後1時半から公開講座。
身体ワークなどもまじえてボディNVCのワークをおこなったりしつつ、たくさんのかたに聴講していただいた。
終わってからの質疑応答も熱のはいったものになったし、持参した『共感的コミュニケーション』の本をたくさんお買いあげいただいたのもありがたかった。

終了後は鈴鹿をあとにして、名古屋へ。
友人の俳優で朗読家の榊原忠美宅におじゃまして、ご家族のみなさんと飲んだり食べたりしながら歓談したあと、こちらでぐっすりと休ませてもらった。

翌日は天白〈アロマファン〉で毎月恒例の現代朗読のワークショップ。
こちらもまた身体表現の練習をさまざまな角度からおこなった。
そしてステージパフォーマンスをめざした群読シナリオの練習もおこなった。
これでツアーの全イベントが終了。
ワークショップにわざわざ東京から参加してくれたゼミ生のユウキに同乗してもらい、東京に戻る。
道中、私の音楽談義に付き合ってくれたおかげで、眠気に襲われることもなく、ほとんど休憩なしで一気に国立まで走ることができた。
感謝。

今回のツアーではたくさんの人にお世話になり、また見たり聴いてくれたりしてもらって、心からの感謝の念がたえない。

ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。現代朗読については水城ゆうブログ「水の反映」の「現代朗読」ラベルをご参照ください。5月26(日)10時半から約2時間。

2019年3月1日金曜日

ひさしぶりの親密な関係の勉強会、終了

リクエストがあったので、ひさしぶりに「親密な関係における共感的コミュニケーション」の勉強会というかワークショップを、オンラインで開催した。
ご参加いただいた皆さん、ありがとう。お疲れ様でした。

「親密な関係」は英語でいうところの「intimate relationship」をさし、とくに性的な関係をふくむ夫婦やパートナーとのコミュニケーションを意味するが、私はそれよりもうすこし範囲を広めて、親子や兄弟、長年の親しい友だち付き合いなどもあつかっている。
ようするに、長年の付き合いによってどうしても生じてしまう、「いまこの瞬間」のいきいきさとは離れたところにある「しがらみ」や「痛み」が、本来の思いやりをもったコミュニケーションを阻害してしまう問題をあつかう、ということだ。

ワークではまず、関係性のなかでお互いにどれほど多くのニーズを満たしあっているのか、満たそうとしているかに注目する。
驚くほど多くのニーズをお互いに満たしあい、また満たそうとしているのか、その大切で特別な関係に気づくことからはじめてもらう。
その上で、しがらみや過去に受けた痛みから生じるささいな齟齬が、あたかも全体を壊してしまうようないらだちが生まれる仕組みを理解する。

それを理解したら、ではどうしたらそれを乗りこえることができるのか、日々どのような「メンテナンス」が必要なのかを思いめぐらせてもらう。
大切な関係では、日々のメンテナンスをおこたらないことが重要になってくる。

もちろんそれは、深いつながりの質を持ちたい、維持したい、と当人同士が思っているならば、という前提になる。
世の中にはそんなことを思っていない人もおおぜいいて、表面的に波風が立たなければ仮面夫婦でもいっこうにかまわないという人たちの存在があるということもわかっておく必要がある。
そういう人たちにこのワークや考え方を強要することはできない。

ひさしぶりにおこなった勉強会だったが、初めて参加する方も含め、正直で真摯な取り組みや意見が出て、私もありがたかった。
密度の濃い時間をありがとうと、参加のみなさんにいいたい。

これは定期的におこなってはいないが、もしご希望があれば随時開催も可能だし、また個人セッションとして受けることもできるので、直接ご相談いただきたい。

2019年2月16日土曜日

東海北陸ツアーから帰還

2月10日から14日まで、名古屋、福井、岐阜とまわって、昨日の深夜というか未明に国立にもどってきた。

名古屋では天白区の水野生惠さんの民家スペース〈アロマファン〉で、朗読と共感のコラボワークをおこなった。
年末年始はお休みだったが、昨年からほぼ毎月おこなっているイベントで、今回も常連の方んや初めての方たちが参加して、気づきの多い学びの時間を持つことができた。

主催の生惠さんが書いてくれた感想から引用して紹介する。

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楽しかったな~(*´ω`*)
毎回出逢いと発見があり再認識もあり、わかってたつもりの事がまた少し腑に落ちたり。
現代朗読はテキストは読むけど「自分を読む」もの。
そこで表現される「その人自身」のエネルギーを聴き手が感じる。
生きていくうえで制約はゼロにはできないけど、可能な限り自由になれる可能性を現代朗読は感じさせてくれる。。。
それはNVC(共感的コミュニケーション)の在り方や私の好きなフォーカシングの在り方ともつながっていて、その人自身の本来性(生き生きとした魅力)が引き出される、感じられることを私は求めているのかなぁ。。。と感じました。私自身の生き生きさも含めて。
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福井では実家音読カフェと、福井県立病院でのピアノコンサートをおこなった。
こちらも楽しい時間だった。
ピアノコンサートのようすは、また近いうちに演奏を抜粋して紹介しようと思っている。

岐阜では各務原の白狼澪さんの民家スペース〈花寧香くらぶ〉で水城ゼミをおこなった。
ゼミといっても、アロマファンでやっている朗読と共感のコラボをコンパクトにしたもので、その時々の参加者のニーズに応じてさまざまなワークをおこなう。

主催の澪さんが書いてくれた感想を紹介する。

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水城ゼミは凄かった!(毎回凄いんだけども)
やはり武術をしている水城さんならではの自分の身体との共感を、ほんの数分でリアルに実感できてしまうというワークに。
なんで~?うっそ?という歓声のなか、ゆかちゃんと笑うほどの面白さだったね。
んん~心地よいよい。
やっぱり普段ないがしろに扱っちゃってる自分。労りが足りないまま使ってるのは自分自身なんですよね。
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アロマファンと花寧香くらぶは、来月3月も開催予定。
それぞれ3月3日(日)と3月7日(木)となります。
ご都合のつく方、どうぞお越しください。


朗読と共感的コミュニケーションを両方体験し、実践を深めることができるワークショップを、午前と午後にそれぞれ、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉で開催します。

東京を中心に定期開催しご好評をいただいている水城ゼミを、岐阜各務原でも開催しています。共感的コミュニケーション(NVC)をベースに、読むこと、書くこと、動くことを統合し、全体性を表現することを探求します。今回のテーマは「ことばと身体」です。13時から。

2019年1月28日月曜日

清里〈清泉寮〉での共感EXPOに参加してきた

清泉寮は2014年のNVC国際イベント「IIT」で滞在したことがあって、そのときも12月初旬という冬だった。
今回も冬で、標高1500メートル近くということもあって外は厳しい寒さだったが、施設内は暖かくて快適、イベントもあたたかなつながりを感じられて、豊かな時間だった。

イベントといっても、なにをやるのか事前には一切決まっていなくて、ただ「共感」というキーワードをベースに活動している人たちがつどい、その場で起こることを即興的に楽しむという会だった。

共感はNVCに限定されない。
初回だったのでNVCに関わったり学んだりしている人が多かったが、次回以降はノンNVCの人たちもたくさん参加してくれるのだろうということを予感させる内容だった。

いくつかのプログラムが即興的に生まれ、それぞれが参加したりしなかったり楽しんだ。
私も楽しんだ。
これまでつながりのなかった人たちともつながることができた。

また、清泉寮の食事がすばらしかったのだ。
確実に体重が2キロは増えたね。
今日からまたせっせと身体を絞ろうかな。

私自身はなるべくなにか役に立とうとか、自分を知ってもらおうということをせずに、ただその場にいる、「プレゼンスをもって存在する」ということを心がけた。
そのための個人的ツールとして、編物がとても役にたった。

ほかには、ボディNVCともいうべきごく短いワークを二回やらせてもらった。
たとえば「自己共感によって体重が増えるワーク」とか(笑)。
「自分を信頼することで相手からの影響を受けないワーク」とか。
ひょっとしてボディNVCだけに絞ったワークショップもできるかもね。

今後の自分自身のありようについて大きなヒントをつかめた時間だった。
発起人となったMari・のぞみ・春野さん、参加者のみなさんに心から感謝する。

2018年11月12日月曜日

天白〈アロマファン〉での勉強会のキーワード「自己統合」「感情の因数分解」

昨日は名古屋・天白の古民家スペース〈アロマファン〉にて、朗読と共感のコラボ勉強会をおこなった。
(写真は勉強会後の雑談タイム)

午前中は朗読というだれでも容易に試みることができる表現行為を通じて、自分という存在現象の「いま」を感得する稽古。
自己共感とか自己統合についての学びの時間。

午後は共感的コミュニケーションについての学びの時間。
参加者の具体的な事例を取りあげて、感情とニーズについてじっくりと調べる時間。
とくに「怒り」の感情を「因数分解」する試み。
感情を身体的な現象としてしっかりとらえることで、ニーズの輪郭線をくっきりと実体化し、自己統合が生まれる結果として、行動が明確化する過程を共有してみた。

ご参加いただいたみなさん、ありがとう。
次回のアロマファンでの勉強会は、しばらく間があきますが、2019年2月10日(日)の開催となります。

世話人の水野生惠さんからいただいた感想をご紹介します。
生惠さん、今回もお世話になりました。

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朗読には興味が。。。という方も多いと思うのですが、午前の部で「素晴らしい読み手は、社会的な自分と本来的な自分が一致(統合)している」ということを聞いて、そういう在り方は、日常の在り方としても理想的だと思いました。
どんなに「社会的(型どおり)」な態度はちゃんとできても、「本来性」を大切にしていないと、満たされない人生になりがちなのかな。。。と。
・・・自分の本来性ってなんだろうな、を感じる機会・手段として「朗読」って手軽で最適だと再認識しました。

また、午後の共感カフェでは「感情を因数分解してみる」なんて新しい言葉も出てきましたよ♪

2018年11月4日日曜日

FLARE m3 ダンス朗読ピアノ公演@アグレアブル・ミュゼ終了

2018年11月3日、夜。
国立駅の北側にあるお店というか、カフェというか、ライブスペースというか、〈アグレアブル・ミュゼ〉という場所で、FLARE m3 によるミニ公演をおこなった。

FLARE m3 というのは、ダンスの矢澤実穂、朗読の野々宮卯妙、ピアノの水城雄の三人の即興パフォーマンスユニットだ。
オーストラリア在住の実穂さんが一時帰国したのに合わせて、急遽公演をおこなうことになった。
この三人による公演は、正式には三回め、非公式のものをいれれば四回めになる。

しかし、終えてから振り返ってみると、今回の内容はこれまでとまったく質の違うものだったように思う。

アグレアブル・ミュゼは私は初めて訪れる場所だと思っていたのだが、行ってみるとくっきりとしたデジャビュ感が。
たぶん20年近く前のことだが、榊原忠美氏が全国行脚をいまでもつづけている(現在通算350回くらい?)「木を植えた人」の朗読会をここでやったことが確かにあるのだ。
そのとき、私はここのピアノを弾いた。
たしかにKAWAIのピアノだった。
それを思いだした。

急遽決まった一回きりの公演だったが、たくさんの方においでいただいてありがたかった。
18時半、19時開演というスケジュールのなか、18時に会場入り。
客席やピアノのセッティングをして、リハーサルもなしにいきなりはじまる。

私がちょっとだけ挨拶したあと、ピアノソロからスタート。
そのあとはどうなるか、まったく決まっていないし、予測もつかない。
ひとしきりの即興演奏のあと、野々宮が朗読ではいってくる。
テキストは私が何年か前に書いた「初恋」というものがたり。

いきなり質量感のある重厚な語りで、ちょっとびっくりする。
この響きは空間のせいなのか、あるいは身体の使い方のせいなのか。
ストーリーの出だしは老齢の女性のひとり語りなのだが、まるでそんなことを意味的になぞることはなく、ことばはことばとして、音は音として、そして身体がつながった人の声音として発せられてくる。
それをピアノで受ける私としては、やりやすいことこの上ない。

やりやすい、というのは楽できるという意味ではなく、緊張感と集中を傾注しやすい、という意味だ。

やがてそこに実穂さんのダンスがはいってくる。
老齢も少女も若い男性も、そして実穂さん自身も、さまざまなものが複雑に出入りするような自在な表現で、できればピアノを離れて見ていたいくらいだった。

80分弱の公演のエンディングは、語りが終わり、音とダンスが収束していき、完全な静寂がおとずれる。
長い沈黙。
お客さんも静寂のなかにたたずみ、最後まで付き合ってくれたのがうれしかった。

終演後は飲食もまじえながらみなさんとお話させていただき、知り合いも、初めてお会いした人たちとも、感想を聞かせてもらったり、質問に答えたりしたのが、楽しい時間だった。

撤収後は春野亭まで歩いてもどり、のぞみさんが料理をしてくれて打ち上げ。
ここ一か月くらい完全にアルコール断ちをしていた私も、ひさしぶりにワインをおいしくいただいた。
お祝いに満ちた一日が終わった。

2018年10月15日月曜日

あたたかなつながりを感じられたオカリナコンサート(祝)

2018年10月12日午後、西国分寺キリスト教会で「オカリナと朗読のアフタヌーンコンサート」がおこなわれ、私もピアノ演奏で出演してきた。

オカリナ演奏は鹿児島在住の久保木聡牧師。
このところオカリナ牧師として有名になってきていて、地元鹿児島でも出張先でも、オカリナ演奏とお話をまじえたコンサートはいつも大人気となっている。

私と久保木さんはNVCを通じて知り合った仲間で、佐渡教会の三村牧師など共通の友人が多い。
もっとも、私はクリスチャンでもなんでもない。

その久保木さんが教会の用事で東京に来て、国立春野亭に宿泊できるというので、それならついでにといってはなんだけど、どこかでコンサートをやらない? という話になったのだ。
会場をいくつかあたって、やはり牧師のNVC仲間である西国分寺教会の北原葉子さんが場所を提供してくれるというので、甘えることになった。

北原さんには会場のお世話になっただけでなく、告知やら当日のサポートやら、なにからなにまでお世話になって、大変感謝している。
あらためてありがとう。

コンサートの曲目はあらかじめ候補が決められ、事前に楽譜を交換していたが、実際に音を合わせたのは当日の午前中のみだった。

コンサート当日、春野亭に泊まっていた久保木さんと朝食をいっしょにとったあと、迎えに来てくれた北原さんの車で10時すぎに教会入り。
会場の確認、デジタルピアノや収録機材のセッティングをしたあと、曲のリハーサル。
全10曲くらいをざっと通して合わせ、進行をざっくりと決める。
とても細部を詰める時間はなかったので、あとはその場の成り行きや即興で対応することにした。

教会の二階で昼食をいただき、午後1時からコンサートがスタート。
教会の関係者や北原さんの知り合い、私の知り合いも何人か来てくれて、30人くらいはいる会場はほぼいっぱいになった。

季節の唱歌や賛美歌など、曲目は10曲くらい、朗読は2作品、そのあいだに久保木さんのトーク、朗読の野々宮卯妙もまじえての三人トークなどをはさみ、約1時間半のコンサートを、ご高齢の方もいらっしゃるなか最後まで和気あいあいとした雰囲気のなかで終えることができた。
私も心からピアノ演奏を楽しむことができた。

音楽だけでなく、野々宮がおこなった文語体の聖書の朗読や、私の「Bird Song」という作品の朗読など、みなさんにも楽しんでいただけたようでうれしく感じた。

このもようは記録映像の抜粋を作ったので、よければこちら をご覧いただきたい。

久保木さんと野々宮、北原さん、お手伝いいただいた教会の関係者、おいでいただいた方々、すべてのかたにありがとう。
またこのような形でコンサートができるといいなと、終わったいまもじんわりしみじみした気持ちで思っている。

2018年9月30日日曜日

オンラインとリアル参加で共感文章講座でした

月に一回のペースで開催している共感文章講座、終了。

共感的コミュニケーション(NVC)をテキストベースで応用するには、ふたつの狙いがある。
ひとつは、リアルタイムでは難しい面がある共感の表現やコミュニケーションについて、自分のペースでじっくりと取り組むことができるテキスト表現の世界で練習し、確実に身につけること。

そしてもうひとつは、メールやSNSなど、テキストを用いたコミュニケーションが増大しているネット社会において、トラブルが多発したり、自分自身を怖れなくのびのびと伝えたり表現したりするときに、共感的コミュニケーションの思想がそのまま応用できるということ。

共感的コミュニケーションの勉強会や講座は数多くあれど、テキスト表現に絞りこんだものはあまりない。
共感的文章というと、「読み手に共感してもらうための文章」というイメージがあるかもしれないが、そうではない。
文章を書くことで自分自身に共感すること、また相手の文章を共感的に読み受け取ること、その上でお互いに思いやりをもったテキストベースのコミュニケーションを持続し、つながりを育てること。

こういったことを練習するための題材がいくつかあって、それらを実際にやってみるのがこの共感文章講座だ。
今回も参加のみなさんと共通の題材について書いたり、考察したりした。

テキストなので、オンライン参加でも問題はないし、もちろんリアルに現場に来ていただければ講座内容を超えて必要な共感を向けることもできる。

自分のペースでじっくり共感的コミュニケーションを学んだり、練習したり、身につけてみたいと思っている人は、参加してみることをおすすめする。
もちろん、テキストコミュニケーションで問題を抱え、その解決を求めている人も歓迎である。

10月28日:共感文章講座@国立春野亭(もしくはオンライン)
メールやLINE、SNSでのテキストコミュニケーションにおいて、共感的コミュニケーション(NVC)の方法をもちいてお互いに尊重をもってつながりあう文章表現を練習するための講座です。

2018年9月25日火曜日

サヤ佳ちゃんが読む新美南吉「張紅倫」(水城ピアノ)

先日、9月23日の秋分の日に、半田市の新美南吉記念館でおこなった語人・サヤ佳ちゃんによる新美南吉「張紅倫」の抜粋映像。
私・水城も東京からデジタルピアノを運んで持ちこみ、演奏で参加した。
楽しかったな。

当日は彼岸祭りとかで、記念館の周辺は大変な人出で、楽器を搬入するのにひと苦労だったが、展示もじっくり拝見して、その充実ぶりに驚いた。
新美南吉についての認識をあらたにすることができた。

2018年9月20日木曜日

北杜市での共感朗読カフェ(Verba-Actus)は心から楽しかった

昨日は山梨県北杜市にあるゼミ生の桂さんの山荘で、共感朗読カフェ(Verba Actus)を開催してきた。

うっかりしていたのだが、三連休の最終日ということで、参加者が少なかった上に、直前のキャンセルもあったりして、結局私をいれて三人という少数精鋭での、というとかっこいいけれど、なんでもありのゆったりした学びと気づきの時間を持つことができて、私は楽しかった。
気持ちのいい山荘と自然に囲まれた静かな環境のなかでの、それぞれのニーズにつながったゆっくりした学びの時間。
来れなかった人は残念だね、という気持ちに自然になってしまう。

本当にリラックスできる空間で、それにくわえてお互いに安心できる関係性を作っていくのが共感的コミュニケーションの特徴。
日頃いろいろある人も、ここに来て自分につながり、また日常の気がかりや問題を解決する糸口を見つけたり、解決のヒントに気づいたりできる。

そして昨日はあまりやらなかったけれど、自分につながり、マインドフルに気づきつづけ、そのなかで自分自身の生命現象を表現してみることを試みたとき、どんなことが起こるのかに注目する稽古なのだ。

ピアノがあるので、昨日は音楽の基本中の基本の部分をちょっと解説させてもらった。
音楽による情動とはなんによってもたらされるのか。
それは曖昧な事象ではなく、ましてやスピリチュアルな現象でもなく、人間の生理と物理現象による因果関係の明確なことで起こってくるのだ、という解説。

自己共感のために有効な身体を観ることもすこしやったかな。

そのあと、来月の開催日程を決めて解散。
来月は9月17日(水)の午後1時からとなった。
みなさん、ご参加いただきたい。

北杜から東京にもどるとき、三連休最終日のせいで大槻ジャンクションから大渋滞につかまってしまっての国立にもどるのらえらく時間がかかった。
雨も降ったりして。
しかし、一日満たされたニーズを味わえたので、そんな時間もただつらいだけではなかった。

10月17日:共感朗読カフェ(Verba Actus)@山梨県北杜市
Verba Actus とは、共感的コミュニケーションをベースに表現行為を自分自身のなかで統合し、全体性を探求する場です。稽古は朗読する、声を発する、声と身体のつながりを見る、などが中心となります。

2018年9月10日月曜日

朗読と共感のコラボWS@天白アロマファン、9月の会終了

9月9日・日曜日は、早朝に東京・国立を車で出て、名古屋・天白区の古民家スペース〈アロマファン〉に移動。
秋分の日に近づいてきて、午前5時だとまだ真っ暗だが、しだいに明けていくなか、府中国立インターから乗って、中央道、圏央道、東名高速を経由して名古屋に向かう。

名古屋にはいったらどしゃ降り。
いつもの駐車場からアロマファンまで10分くらい歩くので、どうしようかと思っていたら、駐車場についた瞬間に雨あがる。
せっかく出した折り畳み傘も使わずじまいで、アロマファンに到着。

午前は現代朗読の部。
参加者はふたりだけ。
初参加の私より年上の方は、これまで声の表現をいろいろとやってきて、朗読公演や朗読教室にもいくつか参加したことがあるという。

じつをいうと、こういうかたが一番てごわい(笑)。
なぜなら、「朗読を習い」に来られるとか、朗読についてある一定の固定イメージや理想型をお持ちのかたが(経験上)多いからだ。
「教える」とか「やりかた」とかいったものとは真反対にある現代朗読のセオリーは、なかなかそういったかたには受け入れてもらえず、ともすれば反発されたり、ときには怒って帰ってしまうような人もいる。

が、今回はとても頭の柔らかいかたで、現代朗読のかんがえかたもしっかりと受け止め理解していただいて、ありがたかった。
そしていっしょに稽古をしたとき、正直に自分のわからないところ、気づいたところ、弱点と感じるところなどお話ししていただけた。
「また参加したい」とおっしゃっていただいて、私もとてもうれしかった。

午後は共感カフェ。
こちらも今回は参加者すくなめだったが、その分、個々の疑問や気になっていることなどについてみんなでしっかりと取り組めたのはよかった。
いつもそうだが、おたがいにつながりが生まれて、最後にはフェイスブックのアカウントを教えあったりするのだった。

水野生惠さんが世話人をやってくれているこの天白アロマファンでの集まりは、ほぼ毎月一回のペースで開催しているが、来月・10月は都合によりお休みとなる。
11月11日にまた開催するので、お近くの方は気楽にご参加を。

11月11日:朗読と共感のコラボWS@名古屋天白アロマファン
朗読と共感的コミュニケーションを両方体験し、実践を深めることができるワークショップを、午前と午後にそれぞれ、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉で開催します。

2018年9月3日月曜日

人類最古の道具を使って自分を伝える

昨夜は今月最初の身体文章塾を開催した。
今月から渡辺さんがあらたにメンバーに加わってくれた。
というわけで、キャプチャー画面のようなまったく色気のない絵ヅラ。
でも、楽しい。

昨日は渡辺さんのリクエストもあって、ちょっとしたテキストエチュードを最後にやってみた。
常連の参加だけだとエチュードをやるのを忘れてしまうんだけど、エチュードも楽しいのだ。

昨日は描写のエチュード。
描写のみを使って感情表現する練習。
なにかを描写するというのは、だれが、どんな心理や身体性をそれを見ていて、どんなことばやセンテンスを選ぶかによって、書き手が表現される、ということ。

ことばという人類最古の道具のひとつを使って自分を表現するという不自由さにおもしろさがあるということを、あらためて確認したのであった。

9月16日:身体文章塾
テキストで自分自身を伝えるために、自身の身体性とむすびついたことばや文体についてのさまざまな試みをおこなっています。9月の開催は16(日)/23(日)、いずれも19時より約1時間半程度です。

2018年8月13日月曜日

山梨北杜市の山荘での共感朗読カフェ、2回め終了

先月、テスト的に開催してみた北杜市の桂さんの山荘での共感朗読カフェを受けて、今回2回めをおこなった。
スペースのつごうで定員8名と決めてあって(講師と主催者含む)、今回は定員いっぱいの開催となった。

なぜか最近、北杜市近隣に仕事で引っ越した人や、隣の長野県原村に住んでいるかたが引きよせられるように来られて、すこし前までほとんど縁を感じなかった土地なのにと、不思議な感じがした。
また、以前からの知り合いで奈良に引っ越して住んでいるゆきえさんが、遠来はるばる参加してくれたのもうれしかった。

東京組は私と野々宮、ゼミ生の勝木雪子が参加した。
お盆休みの渋滞を予測して国立を午前9時すぎに車で出発した。
案の定、八王子から上野原のあたりまで、のろのろ運転の渋滞だったのだが、それは予想どおりで、双葉のサービスエリアで昼食をとったり、北杜市のインノという最近評判のパン屋に寄る時間もあって、開始時間の13時前にはちゃんと到着できた。

なにしろ遭難しそうなほど難解な道順なので、遅刻する人が出たりしたが、まずは欠員なく無事に開催できた。

表現とはなにか、表現行為としての朗読とはなにか、自分自身を表現するとはどういうことなのか、変化しつづける現象としての自分に注目するとはどういうことなのか、自分の本来性と社会性を切りわける必要性とはなんなのか、集中するとはどういうことなのか、自分の全体が発声・朗読という身体運動に参加するときどんな感じがするのか。
そんなことを検証するワークを順次おこなっていく。

最終的には自分自身の変化や生命現象に目を向け、そこから発生してくるものを邪魔しないでありのままに表現できるか、お互いにそれを受け取りあうことができるか、そしてみんなでつながりをもったままグループ表現をできるかどうか。

私も朗読に参加したし、最後にはピアノ演奏(北斗の山荘にはピアノがある)で参加したりもした。
このままステージにあげて発表したいような作品になったように思った。

途中、大量のスイカをいただいたり、お茶を飲んだり、桂さんの心使いで楽しくすごさせていただいたり、終了後は個別に武術的な稽古の確認をしたり、共感的に話を聞いたりもできた。

個人山荘のなかで、とても不思議な空間と個性豊かな人たちの集まりが実現している。またお互いに共感的に受け取りあい、攻撃されたり評価されたり、受け入れられいということがない場所にもなっている。
個人的な悩みやプライベートの問題がある人は遠慮せず話すことができるし、それにたいして分析や評価、アドバイスを受けるとはない。

このイベント、来月も開催することが決まっていて、日程は9月17日(月/敬老の日)にほぼ決定。
定員少数なので、興味がある方は早めにお申込みください。

9月17日:共感朗読カフェ(Verba Actus)@山梨県北杜市
Verba Actus とは、共感的コミュニケーションをベースに表現行為を自分自身のなかで統合し、全体性を探求する場です。稽古は朗読する、声を発する、声と身体のつながりを見る、などが中心となります。

2018年8月7日火曜日

8月の天白朗読と共感のコラボWS、終了

2018年8月5日、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉にて、水野生惠さんが世話人をやってくれて、午前は現代朗読のワークショップを、午後は共感的コミュニケーションの勉強会をおこなった。
参加者はいつもよりすくなめだったが、その分じっくりと取り組めたように思う。

共感的コミュニケーションは座学になることが多いが(私の場合はね)、なるべく「ニーズにつながる」「自分自身に気づく」「いまこの瞬間に居つづける」ことを体感してもらいたくて、できるだけ身体ワークと組み合わせたいと思っている。
とくに最近はそれを強く思うようになってきていて、いっそのこと共感的コミュニケーションの勉強会というより、朗読のワークを共感ベースで、とか、音読ワークを共感ベースで、といったふうに身体ワークを中心軸にしたほうがより私らしく伝えられるんじゃないかとかんがえている。

最近のアロマファンでも、私から提案するまでもなく、朗読や音読をやりたい、という共感仲間が増えてきていて、自然に朗読のワークショップをやるようになった。
アロマファン以外にも、定期的にやることになった山梨・北杜市の山荘でのワークショップや、岐阜・各務原での集まりでも、朗読を筆頭に身体的ワークをおこなうことになっている。

こころと身体は別々のものではない。
あたまと身体はバラバラではなく、一致していたほうがいい。
あたまで「こうすべき」と思っていても、身体が思うように動かないというのはだれもが経験することだろう。
本当は自分がどうしたいのか、なにを大切にしているのか、どんなニーズがあるのか、それはあたまとか身体の問題ではなく、自分という全体性の問題なのだ。
自分にはなにが必要なのか。

その先には、すべての人にもおなじことがいえる、またすべての人がひとしく(自分自身がそうであるように)尊重されることが望ましい、という風景が自然に見えるだろう。
これが共感的コミュニケーションの進みたい世界だと思う。

アロマファンではそんな世界を体感し、みなさんといっしょに体現して、とても豊かでしあわせな気分に(今回も)なった。
ありがたいことだ。
大切なつながりの場所のひとつだ。

9月もこちらで朗読と共感のワークを開催することになった。
都合のつくかたは、午前でも午後でも、あるいは都合がつくなら通してご参加いただけるとうれしい。
お会いできるのを楽しみにしている。

9月9日:朗読と共感のコラボWS@名古屋天白アロマファン
朗読と共感的コミュニケーションを両方体験し、実践を深めることができるワークショップを、午前と午後にそれぞれ、名古屋市天白区の古民家スペース〈アロマファン〉で開催します。