2020年7月5日日曜日

essay 20200705 障壁

私に音楽を表現させまいとする障壁はいろいろある。
技術的なことを含む肉体的な限界。
病気の痛みもそれに含まれる。

先日も書いたように、ベッドから起き上がってピアノのところまで行き、演奏をして曲として完成させる。
こういった一連の中核作業も労力がかかるが、それ以外にも様々な障壁は私を音楽演奏から遠ざけようとする。
いちいち書かないが、むしろそちらの方が大きいと言えるかもしれない。

大きくて重い鍵盤だって、操作するにはかなりのストレスがかかる。
いよいよ体力がなくなったら、鍵盤を操作する以外の方法を考えなければならないかもしれない。

と言うより、今思いついたのだが、鍵盤を操作する以外の方法でも音楽を作ることができる。
私は何にこだわっているのだろう。
私は音楽を演奏したくて、私のベッドの周りにはその道具が揃っている。

ちょっと面白くなってきた。




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薄氷を踏むような毎日。
「もう自宅では無理かも」
ということばまで出た今日。
痛みが強くてどうにもならない。
ストレスがたまり、痛みが強まる。
そして、ストレスは痛みだけじゃない。
どうしたらいいかわからない。
ピアノも、毎日は弾けない。
なんとかピアノのところへたどりついて、短いのを1曲、なんとか2曲が精一杯。

でも、ちいさな希望をみつける。
ちいさな「できたこと」を祝う。
いただきものの平飼い卵とオリゴ糖で今朝つくったプリンをひとつ、食べられた。

2020年7月4日土曜日

essay 20200704 ピアノを弾く能力

なぜ私はピアノが弾けるのだろうか?
ピアノを弾く能力があるからだ。
能力がなくなったとき私はピアノを弾くことができなくなる。
その時私はただ、ピアノを弾かなくなるだけだ。

今日はピアノ弾くことができた。
ただし私ができる範囲内で。
自分を必要以上に大きく見せようとしないで。
ただただ、自分の内側の声に耳をすませ、それとつたないながらも繋がろうという努力をしながら。

今日もじめじめした天気が続いている。




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水城、今週は不調が続いている。
食欲はほぼなく、小さなプリンとエンシュアH、リンゴジュースを一本ずつ、それもなんとかかんとか入れるかんじ。
でも昨日、酸素吸入しながらなんとかピアノを弾くことができた。
弾き終わって、「指が動かないので、ゆっくりのテンポの曲しか弾けない」と言った。

今朝になって、もっと体を動かしていく、と宣言した。
ピアノの前ではつけるが、酸素吸入のチューブなしで階段を上り下りした。

  * * *

多くの人が「よかれと思って」自分の正しさを押し付けてくる。
「〜するといいよ」「あなたは〜な人だから」等々。
それは、相手がほしい言葉ではなく、あなたが言いたい言葉。
そして、相手がほしい言葉なんて、実のところないのかもしれない。
でも、なにか言いたい。あなたがどれだけ相手のことを思っているか、わかってほしくて。
言えば言うほど、相手は遠ざかっていくのに。
言葉でのコミュニケーションって、せつない。

私もそうやって人を損なってきたのだ、と痛い。が、そうしたくなる思いも、その痛みも、本当はどうしたかったのかも、自覚があり、かつそれにこだわらずにいられる自覚もあり、すると浮かんでくるのはほほえみなのだった。まだ少し苦味は混じっているけれど。

言葉は往々にして自分を裏切るけれど、音は如実だ。
かつては、水城の音に嘘を聞い(た気がし)て不満を述べることもあった。
いまは、その必要がないこと、かつそれにこだわる意味もないことの自覚から、ただフラットにおだやかに聴けるのが、本当にありがたく、うれしい。

とにもかくにもいま、うそがないことが、私はうれしくてたまらない。

2020年7月1日水曜日

essay 20200701 あとなんにち

あと何日ピアノが弾けるだろう?

ベッドの中で体を何箇か所か動かしてみる。
以前のように力強くというわけにはいかないけれど、体はまだ動く。
先ほど飲んだ薬のせいで腹部の痛みは少しおさまっている。

両肘を吐きながら慎重に体を起こしていく。
途端に腹部の痛みは強くなり、呼吸が苦しくなる。
どういうわけだか腹部の痛みと酸欠のような息苦しさは連動しているようだ。

ピアノを演奏するための録音の設定をすでに済ませているラップトップパソコンを片手に持って、階下へと降りていく。
強まる腹部の痛みをこらえ、しっかりと手すりをつかみ、ピアノのところまで歩く。
息苦しさを少しでも緩和するために、酸素吸入器をセットしパソコンをピアノにつなぐ。
痛みと息苦しさはかなり強まっているが、しばらく椅子にへたりこんで息を整える。
しばらく鍵盤をにらみつけてから、おもむろに録音ボタンを押し、なにもかんがえずに演奏を始める。

どっちみち即興演奏なので、鍵盤を見る必要はないが、パソコンやデジタルピアノの操作系のボタンは見る必要がある。
しかし、最近は文字を読むだけの視力がほとんどないので、苦労する。

終わって呼吸を整えながら、今日もピアノが弾けた、と思う。



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7月になった。7月にたどりついた。
本当に苦しい一歩一歩がつづく。
月曜は嘔吐し、点滴でなんとか吐き気を抑えた。
火曜は休むことしかできなかった。
水曜はなんとか風呂に入ることができた。
明日は……せめて食べることができれば、明後日につながるはずだ。
毎日、ひとつずつ。
1ミリ、うごかす。

2020年6月29日月曜日

essay 20200629 つくりたかった場が現実に

オンラインとリアルミーティングのミックスした朗読ゼミを開催した。
私が介護ベッドで寝たり座ったりしているその脇で、みんなは通常の朗読ゼミを自発的に開いてくれた。

生惠さんははるばる名古屋から新幹線で来てくれた。
リアルでおたがい初めて会う人もいる。
みんながいろいろおいしいものを差し入れてくれた。

ゼミの後半ではそれぞれ読みたいものを持ち寄って、私にそれぞれ聞かせてくれた。

10年以上前から参加してくれている矢澤ちゃんとふなっちが語ってくれたゼミの感想が嬉しかった。
——お互いの気づきの伝え合いにしても、なにげないコミュニケーションにしても、社会的評価を基準にしたものではなく、おたがいの顔が見える思いやりをもったコミュニケーションがベースになっている。それが自然にこの場で実践されている。

言われてみればたしかにそのとおりだ。
今の現代朗読ゼミは、共感的コミュニケーションが自然にベースに定着している。
私もこの場にいることが、安心できる。
長年かけてそういう場に育ててきたことを、あらためて古参のゼミ生の口から聞いて、確信できた。
昨日もおたがいに朗読を聞きあったり、なにげない美味しいものの話をしたり、そういったコミュニケーションの場が、本来はゼミという勉強の場であるはずなのに、どれほど楽しそうなことか。
またみんなに会えることを、心から待ち望んでいる。




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昨日はそんなふうにとても楽しい一日でした。
今日は朝から吐き気があると言いつつも演奏をし、散歩にも行きましたが、午後になって嘔吐し、止まらないので、点滴をお願いしました。
看護師さんに点滴をしてもらいながらも最初のうちはまだ吐いて、食べたり飲んだりできると吐くものも多くなる、という悲しい図式を見ました。
ごくごくわずかながらも食事を用意できることのありがたさを思い、台所に立つことを愛しく思っています。

2020年6月28日日曜日

久々のリアル現代朗読ゼミ

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今日のessayはおやすみです。

自粛解除もあって、久々にリアル参加OKの現代朗読ゼミをおこないました。
オンライン参加の人たちと一緒に、現代朗読ルーティンワークをやり、エチュードは久々のリアルならではの「お経朗読」を。
歩く瞑想にお経朗読を組み合わせると、練習方法としては最強の部類になります(Mari基準)。
後半の一人読みでは、ベッドにいる水城さんからダイナミックな指導があり、目の前で微細な変化が起こるのを見られるのはリアルならではの楽しみでした。

ゼミ終了後はこれまた久々のみんなでのランチ。
ユウキさんがビーツやキャロットラペを手作りして持ってきてくれ、他の人たちがバケットなどを買ってきてくれて、手作りサンドイッチをわいわいと。オンライン参加のかなえさんからはエリカのチョコレート♡が届き、亜希子さんからはクッキー、名古屋からかけつけたいくえさんからは両口屋是清のお菓子、とプレゼントでテーブルの上はあふれんばかり。
水城も久々の生ハムやカマンベールチーズを味わい、喜んでいました。
つい無農薬野菜や薬草などに偏っていましたが、本人は肉や揚げ物が大好きで、体調も良くなるようなので、ただいまタンパク質増量月間です。
ランチ終了ごろ、女優で「放浪記」「こころ」など長編オーディオブックを録った仲間である岩崎聡子がかけつけ、また賑やかになりました。

水城は終始ベッドでしたが、みんなの笑い声を聞きながら、ユウキさんといくえさんにマッサージをしてもらっていました。
ひとりひとりが、名残を惜しみながら帰って行きました。
今日の水城は痛みもいつもよりは強かったようで、疲れもしたと思いますが、しあわせだったと思います。

←昨日散歩中の水城

2020年6月27日土曜日

essay 20200627 奇跡

絶望的につながりを絶たれた人と、再びつながりを取り戻すための奇跡のような対話を、日々経験している。
「奇跡」というような言葉は軽々しく使いたくないが、私にとってはそうとしかいいようのないまばゆい体験だった。

私はただ最初、相手から責められ、攻撃され、ののしられ、生きた心地もないような思いをしていた。
そんな私に手を差し伸べ、寄り添ってくれる人がいた。
ただただ無言で私に共感し、私もその共感をただ橋渡しするだけかのように相手に向けていた。
すると不思議なことに外に向けられていた相手の怒りや攻撃も、やがて自分自身への共感に変わり、一見私が何もしていないように見える中で不思議なことに対話の質が変わり、攻撃は思いやりへと変わった。

私は泣いていた。
私への深いつながりと、そこで起こった奇跡のようなできごとに驚いて。
私の困難な関係に関わってくれている全ての人に、心から感謝したい。
私は今、限りある未来への希望を抱いている。



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😊


🙌 共感トランプ

2020年6月26日金曜日

essay 20200626 必要

子供の頃は給食袋というのがあって、決まった日に親から現金をもらって学校に持っていった。
なんらかの事情でそれを払えない子どもがいた。

人生の最終盤になって直面するのも、結構お金の問題だったりする。
高額医療や差額ベッドの問題など。
自分にとって何が必要なんだろうか、ということに直面すると同時に、逆に自分はどのように必要とされているのだろうか、と言う問題が突きつけられるような気にもなる。

せめて朗らかにすごせたらいいと思う。
しかし、気詰まりなのは、痛み。
痛みと気詰まりなく過ごせたら良いのにと思うのだが、なかなかそうもいかない。
これはなかなかの至難の業。




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毎日が奇跡の連続で、それでいて静かな生活が続く。
NVCがなかったら、どうやってこの難局を超えていけるのか想像もつかない。
ときどき休息が必要だなと思うし、朝起きられなかったりもするけれど、なんだかじわじわと体の内側からの変化が表面に出始めているような、そんな気もする。
明日はどんな日になるだろう。

(去年見た、サーフィンでPTSDを治療するという動画で、医師が「明日の波のことを考えるとき、もう死ぬことは考えてない」と言っていて、激しく首肯した。今ここに意識をもちながら明日のことを考える、人間はそんなすごいことだってできるのだ)

2020年6月25日木曜日

essay 20200625 音楽の聞き方

昨日は友人がやってきて音楽の話ができた。
友人は私の音楽の話と、残り時間について話をしながら、私のために泣いてくれた。

ある人間がそれをなぜ行ったのか、と言う事はなかなか他の人に教えることができない。
ましてや本人ですそれをなぜ自分が行ったかを明確に説明することは難しい。
たとえそれがどんな所業であれ、その時それを行っている本人にとってはそれはベストのことなのだろう。
後になって人からいろいろ批判されたり、本人すら後悔したり、自分の行いを打ち消してしまいたくなったりする事はしばしばある。

ある音楽を聞いたとき、それを素晴らしいと感じることがある。
そして、なぜこの音楽がこれほど素晴らしいのだろうと知りたくなることがある。
しかしその時すでに自分自身はその音楽をすばらしいとすでに「感じて」いるのであり、それ以上なにかを分析的に聞く必要は無いのではないか、もうすでに何かを十分に感じているのだから。

海津賢くんが、最近の私のピアノ演奏を聴くにあたって、そんな話をしてくれた。

私はただここに生きていて、何かを感じるままにただ純粋に音を奏でる。
それはそのままあなたに届き(いい時代だ)、あなたはただそれを受け取る。
様々なイメージが伝わるかもしれないし、伝わらないかもしれない。
そこに何かが生まれ、何かが伝わり、何かを感じてもらうことができたら、それは私にとっての祝祭の時間となる。

体に聞いてみる。
今日は演奏ができそうかな?
少しできそうだ、と私が答えている。



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隠されていたものが暴かれると、嘘やごまかしが消えて、軽くなる。

芭蕉もそうだったように、「軽み」が到達点だと今の私は思っている。

2020年6月24日水曜日

essay 20200624 受け取っている

昨夜はオンラインの現代朗読ゼミだった。
ひどい体調不良だったり、出られても途中うとうととしてしまったり、心残りのある状態が続いていたのだが、昨夜は最初から最後まで皆さんとゆっくりお付き合いできた。
もちろん、快調と言うわけではなかったのだが、私の参加をゼミ生たちも喜んでくれて、そのことを逆に私は大変ありがたくうれしかった。

自分がそこにいることを誰かが喜んでくれる。こんなにうれしいことはない。
特に人になにかして差し上げられることがどんどんなくなっていくことを実感しているようなときは、それがとても貴重な時間となる。

逆に皆さんからいただくものは日に日にどんどん増えていく。
この文章も、いただいた飲み物を飲みながら書いている。
酒粕で作った甘酒だが、甘さが優しくて、ひと口ごとに体に染み渡るような気がする。
せつ子さん、いつもいつもありがとう。

ちょっと飲みにくいけれど、わざわざ自分の手で摘んだ薬草を積んで届けてくれる人もいる。
かねごん、ありがとう。

私への小言だって私への思いがなければできないことで、ありがたく受け取っている。
私にできるのは、できるだけ体調に留意し、誠実に正直に、真っ暗な野原を手探りではい進んでいくことだろう。
どこにゴールがあるのか、それは私にもわからない。



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「毎日なにもしてないのに疲れるのは年だからだろうか」と言ったら、「何もしてなくないからだよ!」と言われた。そりゃそうだ。
でも、とくに何かをしている感じがしない。その手応えのなさが、生活なのだろう。
不要なことをしていない、ということかもしれない。
(……と思いたい(笑))
水城もきっと、自分は何もしていないと思っているのではなかろうか。
でも、休むこと、治すこと、動くこと、水城には毎日やることがいっぱいだ。
それらすべてが今はこの演奏と短文に集約されていく。
昨日から酸素吸入の処方が追加になり、チューブを鼻に入れた姿はどこから見ても病人の態だが、それが「動く」を助けてくれることを切に願う。

2020年6月23日火曜日

essay20200623 生きていいということ

音楽について何か書こうとするとき、あるいは演奏しようとピアノの前に座った時、必ず思い浮かぶものがある。
20年来同じ機種のピアノを弾き続けているのだが、そのエコノミータイプのデジタルピアノの端っこに小さなガラスのコップに植え替えられた花束が置いてある。
いつかだれかにもらったものだ。
いまこの瞬間は私のピアノの上には存在しないけれど、弾こうとすると必ず目の前にそれが浮かんでくる。あたかもまるでそこにいまあるかのように。

私の虚偽の人生が私の音楽をもそうしてしまったことは、自分自身がいちばんよく知っている。
贈答用に作られた大量生産の切り花も、自分自身それを知っているのだろうか。
そんなはずはない。

私の本や文章の中にも、嘘偽りのないものは紛れ込んでいる。ただ、それをどうやって正直に丁寧に取り出せば良いのかわからないだけだ。

これまでに何度も何度もピアノが弾けなくなり、実際にやめてしまったこともあるけれど、私の古ぼけたデジタルピアノの上にはずっと小さな花束が載っていた。
自分に不誠実で、嘘偽りのある音楽を作っていたときも、その中に本当の美しい音が潜んでいることをずっと見ていてくれた人が、たったひとりある。
私の古いデジタルピアノの上に乗っている小さな花束。
私をここまで連れてきてくれた。

小さな花束には名前が付いている。
まり。

私がピアノを弾くこと、文章を書くこと、生きていること、それらを許されていることにいつもいつも気づかせてくれた。君がいなければ私はここにいない。




2020年6月22日月曜日

essay 20200621 ありのまま、変化

何もかも思い通りにいくとは行かないけれども、自分をありのままに開いて生活していると、物事は思いがけない方向に向かっていくこともある。
ただただありがたい。
私たちはただありのままに生かすことを許され、またその正直さの中に自分の喜びがあり、許しも楽しみもまたそこにあるのだろう。

雨もまたそこに降り続ける。
日もまたそこに照りつける。
痛みもまたそこに生まれ、しかし永遠に続く事はない。



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今日の最高気温は21度、寒い日がつづく。
水城は雪国出身ながら(だから?)寒いのが超絶苦手なうえ、冷え性で、今は感覚が過敏なこともあり、調子が悪いようだ。
そういえば昔ゼミ生たちで、けっこう高価な足を温めるグッズを贈ったが、めんどくさいと言って滅多につけてくれなかった。今は、人にいただいたお腹の温めグッズを寒い時は毎日頻繁に使って、ありがたいなあと言う。からだの声が聞こえるようになって良かったと思う。

2020年6月21日日曜日

essay 20200620 夏至の光景

夏至。
雨上がり。快晴。
日曜日のせいか、車の通りが少ない。
いつも大学通りで遊んでいるハシボソガラスの姿は今日はなし。

面白いことを発見。
聞いてもらいたいこと、読んでもらいたいことが頭の中に溜まってくると、外に出かけたくなる。
いつもいつも出かけられる余裕があるとは限らない。天気もいつも良いとは限らない。
出かけていてもいつもすらすら書けるといいんだけど。

日差しは強いけれど、気温は低くて湿り気を帯びている。
子ども連れの家族が多く散歩している。
みんな気軽に口述筆記している。
んなわけないか。


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ようやくピアノの前にたどり着いたのに、痛みがひどくて弾けない。
しばらく休んで様子を見る。
「いまのタミーちゃんはどんな色、どんな形? 大きさはどのくらい?」
タミーちゃんは水城の痛みの名前だ。
黄土色だったり濃い茶色だったり、オレンジ色だったり。それが薄いピンクになると相当痛いのだそうだ。
丹田あたりでぴくぴくしていたり、ぐーっと硬く小さくなったり。輪郭がぼんやりすることも。
水城はいま、嫌いで逃げ回っていたタミーちゃんと仲良くなろうとがんばっている。タミーちゃんが水城に扉を開いてくれるように。
ずいぶん長く逃げ回ってしまったので相当拗ねているだろうけれど、水城がたどり着くのをタミーちゃんがどうか待っていてくれますように。

2020年6月20日土曜日

essay 20200619 こんなにいい天気なのに

病気になって、今日も一日、クリアに晴れ渡った良い天気になるだろうことがわかる。
身体には痛みがたかまっている。
気持ちも重く、無理矢理奮い立たせようとしている気がして、それはもちろん自分の本心ではない。
周りを見回してみれば自分に誠実、正直に生きている人ばかりいるよ。
こんなにいい天気なのに、どうやれば楽になるのかばかりを考えている。

昨日は花農園に勤め始めた友人から、とても大きな花束が届いた。
迫力があって、きれいであるばかりか、存在感がある。
花は切られてなお、今を精一杯咲き誇っている。
淀んだ苦しみの中で、正直に生きることができるのだろうか。

今日もまた車椅子にのせてもらい、散歩に連れて行ってもらうのがささやかな楽しみだ。


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自分に正直であること。
それが解放への道なのではないかと思いました。
解放されたい、でも解放できるのは自分だけ。
自分に正直であるかどうかがわかるのは自分だけ。
無防備であること、正直であることが、やっぱりなにより大事なんだなあと思います。

その探求を支えてもらう準備もできている、今できっと良かったのだろうと思います。
もうちょっと気づくのが早いと良かったかなあと思わないでもないですが。

2020年6月19日金曜日

essay 20200618 友と過ごす

差し入れにお願いしたモンブランケーキは、子供の頃のそれのようにしっかりしっかりした甘さがある。
洋菓子や和菓子にまつわるダーさんの楽しい思い出話を聞きながら、友達が見舞いに来てくれたことに私はうれしくて仕方がない。
それなのに体調がイマイチで、介護ベッドの上でうとうとしてしまう。
もっと話したいのに。

時間がもったいなくて、15分間だけ昼寝することにして、その後みんなで散歩に出ることになった。
パチンパチンとほっぺたを叩いて無理やりに目を覚まし、散歩に出かける。
涼しくて過ごしやすい。
それよりぽつりぽつりと小雨が降っている。
小雨だって楽しくてしかたががない。
散歩というよりも遠足の気分。

帰ってきてまたしばらくうとうしてしまった。
ダーさんは野々宮と何やら難しい話をして帰っていった。
来てくれてありがとう。昨日という日を新しく生きることができた。


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COVID-19拡大もあり、人と会うことがほとんどなかったが、5月下旬から訪問診療・看護が始まり介護保険も利用するようになって、頻繁に人が出入りするようになった。
何もしていないつもりでも、人がくればどんどん時間が過ぎていく。

島田さんと水城はなんだか妙に似ていて、彼の話を聞いていると水城の状況とシンクロしていることもよくあって、昨日も驚くことしきり。
水城がうとうとしだして、ダーさんとふたり、「難しい話」(0か100しかない、扉は自分では開けることはできない、人に自由意志はない、等仏教に関する話題か、それとも他のか)をして、ダーさんは帰って行った。帰り際に水城に「じゃあ行ってきます」と言っていたのが可笑しかった。
どこにいようが、今が基点ならば、いつでも「行ってきます」ではあるね。

2020年6月18日木曜日

essay 20200617 ピアノのもとへ

階段の手すりに片手でつかまって、二階から一階のピアノの置いてある部屋まで降りていく。
手すりにつかまっていない方の手には、ピアノ収録用のソフトが入っているラップトップを持っている。

痛み止めがあまり効いていないときには、この移動はなかなか厳しい。
そして慎重派でもない自分が、慎重に手すりにつかまってバランスを崩さないように一歩一歩階段を降りていく。
痛みは呼吸と連動しているようで、一方進むために酸素欠乏のようになる。一方進むために息苦しくなって動きを止め、両手でどこかにつかまって呼吸を整える。そして少し動けるようになってからまたまたピアノに向かって歩く。

ピアノの前にラップトップを置き、オーディオインターフェースと接続し電源を入れる。
録音用のファイルを開き、セッティングを呼び出す。

昨日は椅子を変えた。
かなり低い椅子だったのでピアノ全体の高さも低くしなければならなかった。ピアノスタンドごとひっくり返し、危うく怪我をするところだった。こういう些細なことに気をつけないと、私のやりたい事はそこで永久に終わってしまう。

息を整え、頭の中を真っ白にしてから、録音ボタンを押し、おもむろに鍵盤に指を乗せる。
ただただ自分に正直に、偽りなく、醜い自分も、みっともない自分も、格好つけず、大きく見せようとせず、ただただ誠実に、まっすぐに表現する。
もちろんうまくいくとは限らない。うまくいかない方が多いくらいだ。でも私にできることは、うまくやろうとか上手に聞かせようと言うことではなく、ただただ自分がありのままにやれることをやるだけだ。
それで許されないと言うなら、それはそれでやむを得ないことだ。


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ピアノは私の足の上に落ちたのです。
それで水城さんの足はことなきを得ました。
なぜそのことは書かれないのだろう(笑)。

2020年6月17日水曜日

essay 20200616 車いすで散歩

まだ身体が普通に動く半年前までしばしば息抜きに行っていた喫茶店に、久しぶりに車いすで連れて行ってもらった。
車いすで近所まで散歩に連れて行ってもらうのはここ何日かの日課になっている。
体調がきつい時もそうでない時も、なるべく頑張って連れて行ってもらうようにしている。
蒸し暑い日もあれば、爽やかな日もある。
今日は日差しは強いが、気温も高くなく、風が気持ちよくて散歩には理想的だ。

車いすで行くのはもちろん初めてだ。
エレベーターも完備していて、バリアフリーの店だ。
ほとんど飲めなかったけれど、ロイヤルミルクティーの香りが贅沢だ。
お腹に強い痛みも出ていたので、長居はできなかったけれど、また行けるといいなぁ。

駅のロータリーの緑地帯の日陰のところで車いすを止め、行き交う人々をぼんやりと眺めているのも楽しい。
車いすではなく、自分の足で歩いていけるようになることが目標だ。
梅雨はまだ終わりそうにない。



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風がとてもとてもきもちよくて、いつまでも吹かれていたいと思う。
土の匂い、草や木の匂いをのせた空気のはためきは、少し湿っていて、肌のあたりも柔らかい。
日が当たるとじりっとして、陰に入るとひんやりする、その交互の感触、
車椅子のタイヤが、木の根っこが伸びて波打つ道路のタイルを乗り越えていく振動、
鳥の声。
生きていたいと思う。

応援ありがとう

水城を応援くださりありがとうございます。

昨日は贈り物がたてつづけでした。
「水城雄と仲間たち」名義で現代朗読ゼミ生やワークショップ参加者のみなさんたちから千羽鶴(いつの間に!)が届き、
三人の方からお花が届いて、ベッドの足もとはアレンジメントであふれました。
地元の方たちからも、白いあじさいと手作りのにんじんポタージュとパラダイス酵母、美生柑とフルーツトマトを届けていただきました。
ここにお名前は記しませんが、お心受け取りました。

昨夜は久々に、一度しか目覚めずに長く寝られたそうです。

毎日車椅子で散歩に出ています。
今朝は数ヶ月ぶりに、昨年朝の散歩がてら通っていた喫茶店に行きました。
ふだんおかゆやジュレなどが中心の食生活ですが、久々にトーストや紅茶を口にしました。
日差しは強くとも、風が実に心地よく、こんな日が続いてほしいと願わずにはいられません。

2020年6月16日火曜日

essay 20200615 問われている

その瞬間瞬間、正直で居続けられるのはとても難しい。
少なくとも、私にとってもとても困難を伴う。

小さな小さな不正直の積み重ねが大きな不正直、不誠実を作り出す。
自分ひとりではもうどうにもすることができない大きな塊となって、私は誰かに助けを請う。

あられもないみっともない姿となって私もすぐにひざまずく。
そこで問われるのもまた、どこまで正直で居続けられるかどうかということ。

蒸し暑い一日が終わり、不連続にやってきたのは、すごしやすい気温の、静かな風のある日。
空は薄い雲に覆われている。



From editor

嵐の余波はまだまだおさまらない。美しい夕焼けを見たのに、彼がそこで終わりにしなかった。そこになんらかの意図・意味があるのではと穿ちたくなるのは当然だ。
数十年の澱が、見て見ぬふりをしてきた痛みが、死に際して頭上に降りかかってきたのだからしかたがない……のだけれど、呆れ、叫び、身をよじるのが当人だけで済まないのが酷すぎる。
絶望の前に、不正直もまた死に至る病なのではと疑う。
水城に正直さの言葉以外の表現手段があって、本当に良かった。この短い演奏が水城の生き方のリハビリであり、生き延びるための自己採点の試験のように見える。

2020年6月15日月曜日

essay 20200614 不思議だなぁ

皆さんから寄せられたピアノ演奏の感想を読んでいてふと目をあげると、もうずいぶん長いことそこにいけてあるランの花が目に入った。
ダーさんこと島田啓介さんから贈ってもらったものだ。
もうずいぶん長持ちしている。

目に入ったちょうどそのときも、ダーさんが書いてくれたピアノ演奏の感想を読んでいたので、不思議なシンクロを感じる。

こころの奥で起こっているたくさんの不思議なこと、世界で起こっている無数の不思議なこと。
宮沢賢治みたいに言えば、そんな不思議な世界の交流電燈の中で、また不思議な現象としてピアノの演奏が生まれ、うまくいけば皆さんのもとに届けられる。

不思議だなぁ。
フシギだなぁ。
ずっと一日、この同じ場所にいても、怒ったり、哀しんだり、喜んだり。
不思議だな。


From editor


昨日は嵐のような、そして振り返れば凄まじくも素晴らしい一日でした。
ありえないことがおこり、関係性の修復が生まれ、つながりが立ち上がり、まさに compassionを生きた一日でした。
それは一人はもちろん、二人でも困難で、実際は六人いて、その六人が誰一人欠けても生まれなかった流れでした。

その人たちに見守られながら、水城は演奏しました。
誰かのためにではなく自分が弾きたいから、といって立ち上がるまでにはそれなりの時間を要しました。
緊張に満ちた演奏前。
演奏後は、涙と、愛の表現がありました。

人の人生にこれほどまでに緊張と愛(とおそらくは赦し)が行き交った一日があるとは、ふつう想像もできないだろうというほどの一日でした。いつか語れる日がくるのでしょうか……

この演奏の前後で大きな変化があったことだけは事実として、書き残しておきます。

6/16追記:20200613〜15のタイトルでアップしていたものを、実際の演奏日にあわせて20200612〜14に変更しました。

2020年6月14日日曜日

essay 20200613 麻痺に溺れないために

目が覚める。
朝なのか昼なのか、真夜中なのか、よくわからない。

真っ先にチェックするのは、思考がクリアかと言うことだ。
頭がクリアかどうかはすぐにわかる。何か物事を考えていても、あらぬ方向に考えが流出していく。放浪する。
これは病気でなくてもわかることだ。

最近気づいたのは、思考がクリアと言う部分の中に論理的思考と感覚的思考があると言うことだった。
いや、そういうふうに2つに分けるのもおかしいことかもしれない。私たちの脳は身体と一体となって絶えず働いている。それが統合されて平和に働いている状態を私はいつも望んでいる。しかしそういう時間はどんどん短くなっている。
それは仕方のないことだ。痛み止めの薬を大量に飲んでいる。薬を飲んでいてもずっと残っている疼痛が、感覚を鈍くさせている。

目が覚めてまず思うことは、何について考えたいのかな、どんなことを感じているのかな、と言うことだ。まさに生きていることそのものに対する感受性を立てていくことだ。

目の前の、介護ベッドの足もとに置いてある花瓶には、大きな花束と小さな花束がそれぞれ入っている。
それをくれた人のことを思う。その人のことを思い出すことができる。その人も多分私のことを思い出して私に花をくれたのだ。その人と話をしたいと思う。その人が今何を感じ何を思いやっているのか、ゆっくり話をしてみたい。
今日たった今の私の脳にあることはそのことだ。

昨日の夜中に録音したピアノ演奏を少し編集して、ブログにアップしてみよう。
その人が聞いてくれるだろうか。

 

From editor


今日も弾きたいと思う。それを聞いて、村山槐多が亡くなる直前に書いた「いのり」という詩を思い出す。

 生きて居れば空が見られ木がみられ
 画が描ける
 あすもあの写生をつづけられる。

  * * *

ひと月前の誕生日以来、みなさんがときおり花を贈ってくれます。
ベッド(の足もと)にはいつも花があります。
常に座位なので、足もとの花はいつも目に入るのです。

水城は昨年から、下腹部の痛みのために体を伸ばして寝ることができません。
座った状態で眠るうえ、痛みでまとまった時間を眠ることができませんでした。オキシコンチンの量がどんどん増えていきました。
5月下旬からはフェントステープという貼り薬が加わり、それから夜に(それなりに)眠ることができるようになったと言います。
食欲はさほどないのでエンシュアやおかゆ中心の食事です。合間に、楽しみとカロリーのためにプリンやゼリーを摂っています。
それが昨夜、アスパラの豚肉巻きを半本食べました。こんな食べ物は何ヶ月ぶりかというぐらいだったと思います。なにより食べてみようと思えたことに驚きと喜びがありました。
この仕事——演奏と短文が、力を与えてくれたと思いたい。

6/16追記:20200613〜15のタイトルでアップしていたものを、実際の演奏日にあわせて20200612〜14に変更しました。

2020年6月13日土曜日

essay 20200612 ピアノを弾く

半年ぶりくらいだろうか。鍵盤は冷たくて、予想していたのとは違ってややざらっとしている。

全然弾けなくなっているのではないかと思っていたのに、ゆっくりながらではあるけれども演奏ができたことがうれしい。やたらと涙が出る。

ほぼ明かりを消した夜の部屋のなかで、ふたりのオーディエンスが聞いてくれている。ふたりがスマホで私の半年ぶりの演奏を録音してくれようとして焦っているのが伝わってくる。

私は暗闇を味わい、肌寒さを味わい、体の痛みを味わい、自分の無力さを味わい、絶望と希望を同時に味わいながらただ弾きつづける。なにが本当の私のことなんだろう、なにが本当の私なんだろう。

私はまた再びここから進んでいけるのだろうか。
明日もまた弾けるのだろうか。

演奏を終えて暗がりのなかでやせ細った指としわくちゃの掌をみる。
結局ふたりは、録画にも録音にも失敗したらしい(ここに発表できたのは録音に成功した今日の演奏で、そのときのものではない)。
ありがとう、おふたりさん。

 

From editor


水城の「自分に正直に生きたい」という切望を満たすリクエストはなんだろう、と問うたところ、
「ピアノが弾きたい」
と言いました。
ニーズにつながったら、それで気分を良くして終えるのではなく、今ここでできるリクエストで自分なりにニーズを大切にしたという「実践」がなにより肝要です。そこで、
「ではピアノのところへ今すぐ行こう!」
とベッドから起き上がることをうながしました。
彼はしばらく躊躇していました。自分は実際に弾けるのだろうか、もし弾けなかったらどうしよう、という恐れがあったといいます。
それを確かめるには、やってみるしかないのです。
確かめないでいれば、その恐れはずっとあり続けるのです。
そして彼はベッドから立ち上がり、自分の足で階段を踏み、ピアノの場所へ行きました。
弾く者も聴く者も、涙を流しながらの演奏でした。
録音には失敗したのですが。

それから凄まじい3日間を経て、彼は自分が本当にやりたい仕事の第一歩として、文章と演奏を再開すると決めました。
そのためにできるだけ楽にできる方法を考え、サポート体制をつくりました。
文章をMariが誤字脱字等をチェックして転載し、収録した演奏を動画コンテンツに仕立ててYoutubeにアップしていきます。
とにかく一歩、一歩。

6/16追記:20200613〜15のタイトルでアップしていたものを、実際の演奏日にあわせて20200612〜14に変更しました。

2020年5月11日月曜日

小夏という果物、かわいいのなんのって

ゼミ生のかなえさんから小夏という柑橘系の果実をいただいた。
名前だけ聞いて食べたことあると思っていたのに、じつは見るのも食べるのも初めて。
なんてかわいいんだろう。そしておいしい。
香りも柑橘類特有のフレッシュさといっしょに、上品で柔らかい甘さもあって、ほぐされそう。
見ているだけど元気になる。

今日は暖かくて、かたつむりペースでゆっくりと身体の声を聞きながらすごしてみよう。
かなえさん、ほんとにありがとう!

2020年5月2日土曜日

連休中もフリーテキストはフリーのまま(笑)

食欲低下と奮闘中。
そのいっぽうで一方で、毎日、オンラインイベントに多くの方とコンタクトできていて、楽しくすごさせていただいてます。
ほんとにありがたい。

私の朗読用フリーテキスト「水色文庫」にも毎日のように「読ませていただきました」「読ませてください」という連絡が到着して(その到着は必要ないんですよ)、うれしさ連続です。
テキストだけでなく、動画も見ていただく人が増えてきているようで、うれしいです。

今日もこんなメールが……
「城ゆうさん、こんにちは! YouTubeの対談も拝見しております!思いあたったり、勉強になったりと楽しいです。コラボでも、一人でも、水城ゆうさんが、淡々と話している様子が心地よく、好きです♪ずっと聞いていられます」

なんてうれしいことをおっしゃっていただけるんでしょうね。
どうぞどうぞ、私の作品を楽しんで読んでくださいね。

紙本の『共感的コミュニケーション』もどさっとまとまって注文をいただいたりもしてます。
そういえば、もうすぐ私の誕生日なんですよ。
お祝いの日々が立てつづけにやってきてます。
なんとか体調をととのえてがんばっていきましょ〜!

2020年4月30日木曜日

(Manabi JAPAN)水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。「穀雨」

まなびジャパン(Manabi JAPAN)で配信中の「水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。」の最新更新のお知らせです。

太陰暦の時代、春夏秋冬それぞれを6つに分けて24等分し、その区切りと区切られた期間の季節を表すために作られた二十四節気。七十二候はそれをさらに3つの項に細分して季節の移ろいを表したものです。些細な兆しからいつしか劇的な変化を遂げていく日本の四季を、水城ゆうがピアノで表現します。

今回は「穀雨」の項です。
書き下ろしのショートエッセイも掲載されています。

アクセスはこちら

2020年4月26日日曜日

車のなかから高速移動でオンラインイベントを開催

今日はこれから午前中に、北陸の実家から北陸自動車道経由で名古屋まで走る。
木曜日からコロナウイルス関連で有給休暇が取れていた息子が帰省していて、名古屋まで運転してくれるというので、私は助手席でラップトップを開いて、ミーティングサービスzoomを利用してオンラインで現代朗読ゼミをホストする予定だ。

いつもは10時スタートで国立・春野亭から開催しているのだが、このところリアル参加者はおことわりしていてオンラインのみで開催しているので、ネットがつながりさえすればどこからでもやれる。
ありがたいことだ。
しかし、移動中の車からホストするというのはあまりないし、高速道路の風景ではあるが濃春の移り変わりゆく景色のなかでオンラインゼミをやるのはあまりないと思うので、ちょっと楽しみ。

今日はいわゆる「本ゼミ」と呼ばれる、いつも春野亭でおこなっていた私が主催の基礎トレーニングを中心とした現代朗読の練習会をオンラインに移行したものだが、本ゼミ以外にも「サブゼミ」として朗読家の野々宮卯妙が朗読表現の技術的な側面に現代朗読のアプローチで切りこんだトレーニングや、現代朗読としてのテキストの読解法など緻密な練習法などもおこなっていて、オンラインゼミは意外なほどに充実してきている。
さらにまだまだオンラインでやれることも多くありそうで、今後が楽しみでもある。

名古屋で息子と別れたあとは、ひとりで中央道経由で東京・国立まで運転してもどるのだが、その途中も小説・文章塾である「ひよめき塾」もおこなうことになっている。
もちろん安全運転第一を心がけたいが、眠気防止にはこれ以上ないほどおもしろい作品がいつも集まってくるので、今日も楽しみだ。

オンラインといえば、昨日は伊藤勇一郎くんが作った現代朗読のワークショップとスタジオパフォーマンスの映画「Sing a Poem」の関係者試写会をオンラインでおこなった。
たくさんの方が参加してくれて、また豊かな感想をシェアしてくれて、(私の体調がいまいちだったのが残念だったが)幸福な時間だった。
本編試写会は5月5日夜にも予定されていて、こちらはどなたも参加できるので、みなさんにもぜひご覧いただきたいと思っている。

上映会の参加申し込みはこちらからどうぞ。

2020年4月20日月曜日

VLOG 2020.4.20 東海北陸縦貫道、九頭竜湖、山桜



2020年4月19日(日)。

新型コロナウイルスの感染騒ぎが収束しないなか、東京・国立から北陸・越前奥越地方の実家まで車で移動しました。
中央道から東海北陸縦断道で白鳥まで。
白鳥からは高速道路未開通だけど工事中の一般道を、九頭竜湖、和泉村のまだ早春の風景を残した風景のなか、ドライブ。
いつもなら日曜日とあって行楽ドライブでいっぱいだけど、さすがに行楽客はまばらでした。

2020年4月14日火曜日

表現よみ・渡辺知明さんとの対談(水城ゆうロングインタビュー Vol.5)表現よみと現代朗読



朗読を「文芸」としての芸術表現にまで高めようという運動を長年つづけてこられたグループ「表現よみ」の代表である渡辺知明さんと、表現よみについて、あるいは現代朗読について、そしていまの日本が置かれている朗読の状況について、それぞれ独自のアプローチをおこなっている立場から突っ込んだお話をさせていただきました。



専門的な話も含みますが、朗読表現、語り表現とはなにかについて、刺激的な対談になったのではないかと思います。



話 talk : 渡辺知明 WATANABE Tomoaki

    水城ゆう MIZUKI Yuu

    野々宮卯妙 NONOMIYA Utae

    平野加奈江 HIRANO Kanae



制作 produce : アイ文庫 iBunko

編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.



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2020年4月10日金曜日

春野亭日乗 4月9日(木)感染リスク、非常事態宣言

もうすっかり散ってしまったけれど、国立駅前の大学通りの桜並木のようすを見るためにキックボードに乗ってほんのちょっぴり散歩に出るほかほとんど家から一歩も出ない何日かを送っている。
新型コロナウイルスに対する非常事態宣言が出たということもあるが、そもそも感染リスクは私の場合、高い。

末期ガンによるかなり極端な免疫低下があって、もしいま感染したら重症化はまぬがれないだろう。
重症と診断されても空きベッドがないという状況が現実化しはじめていて、そのばあい、人工呼吸器が使えないことによる死が待っている可能性が少なくない。

日本の場合、罹患者がどのくらいいるのか、そもそも検査体勢が貧弱なので統計予測がまったくできていない。
先進国のなかでは極端にICUのベッド数が少ないという事実もあって、もし重症患者がいちどきにやってきても受け入れられない(それを医療崩壊という)現実がある。
すこし前なら私も重症化したとしてもICUで治療を受けられたかもしれないが、いまはどうなんだろう。

日々感染者数が増加しつづけているのを見ると、空きベッドがすべて埋まってしまっていて、現実に軽症患者(といっても人工呼吸が必要ないという程度の「軽症」)が自宅や国が借り上げたビジネスホテルにどんどん吐きだされているようだ。
政治的な思惑や立場を抜きにして、まちがいなく日本のコロナ対策は極端に後手に回っていることは明らかだ。
患者側の目から見ればそれは危機的な体感覚として迫っている。
つまり、いま感染するわけにはいかない。

出かけたときにちょっと注意深くしているとわかることだが、私たちはいろいろな場所やものに無意識に触りつづけている。
そしてその手でまた自分の身体や顔、口、目、鼻、耳などを頻繁に触る。
これを完全にシャットアウトするのは、ほぼ不可能といってもいいくらいだ。
きちんとトイレで手洗いをしたとしても、その手で蛇口に触る、ペーパーに触る、ドアノブに触る、カバンを持つ。
カバンはそもそも床や、他人が座ったり触ったりしている椅子や机に置いている。
ケータイ電話を置くのは、他人が触ったりケータイを置いたりしていたテーブルの上だ。

食事をしても、買物をしても、他人が触ったものを自分が触らないようにはできない。
宅急便が届けられたときも、その荷物、サインのペン、伝票、対面での至近距離の呼気交換、配達人が触ったドア、足跡、さまざまな感染リスクが一瞬にして生まれる。

完全に感染リスクをゼロにするのは不可能といっていいだろう。
せめてマスク、手洗いの励行、がんばって使い捨ての手袋、手指の消毒薬の携行をこころがけくらいだ。
それ以上に現実的な対策といえば、健康管理をしっかりとやって、免疫力の低下をまぬかない生活をこころがけるくらいだが、そもそも持病で免疫低下がデフォルトになっている私のような人間はどうすればいいんだろう。

対面での講座やレッスンはすべてオンラインに切りかえた。
インターネットがあってほんとによかったと思う。
いや、ほんとに。

逆に、オンラインでできることはなんだろうとかんがえてみると、まだまだいろいろなことができることもわかってきて、楽しい面がないわけではない。
試してみたいことがいくつか出てきた。
いくつか機材が必要になったが、それもネットで注文して、宅配便で玄関まで届けてもらえる。
流通にかかわるリスキーな仕事をしてくれているみなさんに、心から感謝する。

このようにずっと引きこもっているとはいえ、実際にはかなりアクティブな生活をしている。
現代朗読ゼミはオンラインに移行してこれまで以上に活発に開催している。
しばらく休止していた野々宮卯妙による「読解」ゼミも再開した。
文章講座であるひよめき塾はこれまでどおり開催している。
共感手帳術の講座も新規参加者もふくめて継続的に開催している。

これらに加えて、私が執筆した『マインドフル練習帳』を使ったマインドフルの練習会を週に3〜4回のペースでスタートした。
1回の時間が約30分と短いのだが、リピーターも新規参加者も熱心に参加してくれていて、とてもやりがいがあるし、楽しい。

このようにオンラインのミーティングシステムを使ったイベントや勉強会をとてもアクティブに継続していて、毎日けっこう忙しかったりする。


ところで、この文章はひさしぶりに近所の行きつけの喫茶店で書いている。
何日ぶりだろうか。
不特定多数の客が出入りする店は、感染リスクが高いことはいうまでもないが、店もできるだけの対策を打っているようだし、私もそれなりの対策をこころがけて来ている。

どういう案配なのか、ここに来て、いつもの席にすわって、ラップトップをひらいて文章を書きはじめると、集中がもどってきて、さくさくと書きすすむ。
ここ何日かの不安からものを書くことにもまったく集中できずにいたのだが、それがもどってきた。
ちょっとしたことで執筆への集中がもどってくる。

執筆に集中するにはなにが必要なんだろうと、いまいちど洗いなおしてみたい。
そしてやはり文筆家であるところの私自身の仕事を、きちんと系統立てて積みあげておきたいと思っている。
そのなかには小説もふくまれている。

2020年4月7日火曜日

(Manabi JAPAN)水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。「清明」

まなびジャパン(Manabi JAPAN)で配信中の「水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。」の最新更新のお知らせです。

太陰暦の時代、春夏秋冬それぞれを6つに分けて24等分し、その区切りと区切られた期間の季節を表すために作られた二十四節気。七十二候はそれをさらに3つの項に細分して季節の移ろいを表したものです。些細な兆しからいつしか劇的な変化を遂げていく日本の四季を、水城ゆうがピアノで表現します。

今回は「清明」の項です。
書き下ろしのショートエッセイも掲載されています。

アクセスはこちら

2020年3月31日火曜日

ラストメッセージ(6)キックボードで半世紀前にタイムスリップ

(English at the bottom)

〔末期ガンをサーフするⅢ〕

数日前にボイスパフォーマーの徳久ウイリアムくんとMariの3人でお昼ご飯を食べに行こうということになって、近所の店まで歩いて行った。
距離にして300メートルもないくらいの、ごく近所のイタリアンレストランだった。
そんな近距離にも関わらず、このところ痛み止めの薬の効きめが悪くなっていた私にとっては、歩いて行くにはかなり遠く感じられる距離だった。

杖をついて、というより杖に体重を預けてぶらさがるようにしてよろよろと歩く。
かなりのお年寄りの姿だ。

ひさしぶりに会った徳久くんも、私の急な変化にびっくりしたようだった。
私も情けない思いがある。
そのとき思いついたのが、キックボードだった。
このあたりでも子どもがよくキックボードを蹴りながらすいすいと移動している姿を見かける。
私も子どものころはそれでよく遊んでいた。

10年くらい前にキックボードがはやったことがあって、大人もずいぶん乗っている姿を見かけたものだが、最近はすたれたのかめったに見ない。
それでもネットで検索してみると、大人用のキックボードはいまでもいろいろ売られているようだ。

徳久くんとMariも「キックボードはいいんじゃない?」という意見になって、ご飯のあと時間があったのでさっそく3人で自転車屋に行ってみることになった。

府中の自転車屋には置いてなく、立川の自転車屋には子ども用のもの1種類しかなかったが、試乗できた。

キックボードに乗るのはたぶん、50年(半世紀)ぶりくらいだが、乗った瞬間に身体がおぼえている感覚が一瞬にしてよみがえってきた。
思いだしたというより、私の身体が半世紀前にタイムスリップしたような感覚だった。
なんの不自由もなくすいすいと乗れる。
もともとそう難しい乗り物ではないけれど、この乗り物を扱うための運動神経系が瞬時に活性化する感じは、びっくりしつつも気持ちいいものだった。

この店では購入せず、家に帰ってからネットであれこれ検索して、イギリス製の「フレンジースクーター」を通信販売で注文した。

それが今日の午後、届いた。
組み立てて乗ってみると、これこれ、この感じ。
すいすいと乗れて気持ちがいい。

そのままちょうど薬を処方してもらう必要があった近所の病院まで乗っていく。
杖をついてよたよたと5分くらいかかって行っていたのだが、今日はあっというまに30秒くらいで到着してしまった。
これなら、病院にかぎらず、近所のコンビニや本屋や喫茶店などにも気楽に出かけられる(新型コロナウイルスには気をつけなければならないが)。
そして薬は医療用麻薬のオキシコンチンを15ミリグラムから20ミリグラムに増量して処方してもらった。

痛みがなくなり、移動も気楽になって、快適な時間が増えるといいのだが。


A few days ago, voice performer Tokuhisa William, Mari and I went out for lunch and walked to a nearby restaurant.
It was a very close Italian restaurant, less than 300 meters away.
Despite the short distance, for me, the effectiveness of my painkillers has been getting worse, so it was a pretty long distance to walk.

I staggered with my cane, or rather with my weight on it.
I look quite old.

Tokuhisa, whom I hadn't seen for a long time, seemed surprised at my sudden change.
I also feel sorry.
Then he thought of a kickboard.
Then I thought of a kickboard.
I often see children moving smoothly by kicking a board around here.
I used to play with it when I was a child.

There was a Kickboard fad about 10 years ago, and I saw a lot of adults on it, but it's rare to see it go out of fashion these days.
Still, a search on the Internet shows that there are still plenty of adult scooters available.

Tokuhisa and Mari agreed, "How about a kickboard?" and as we had time after dinner, the 3 of us decided to go to the bicycle shop.

Bicycle shops in Fuchu didn't sell them, and those in Tachikawa had only one type for children, but I was able to test drive it.

It's probably the first time I’ve been on a kickboard in 50 years (half-century), but the moment I get on it, the feeling that my body remembers comes back in an instant.
It was more like my body slipped half a century ago.
I can ride smoothly without any inconvenience.
It's not exactly a difficult ride, but the feeling that the motor nervous system is instantly activated to handle it was amazing and refreshing.

I didn't buy it at this store, but after I got home, I searched this and that on the Internet and ordered "French scooter" made in England by mail order.

It arrived this afternoon.
When I put it together and got on, it was like this, this, this.
It feels good to ride smoothly.

Just like that, I go to the nearby hospital where I needed to get prescribed medicine.
It took me about 5 minutes to wobble with my cane, but today I arrived in about 30 seconds.
With this, you can easily go not only to the hospital, but also to nearby convenience stores, bookstores and coffee shops (We have to be careful of new coronaviruses.).
The drug was prescribed with an increased dose of the medical drug oxycontin, from 15 to 20 milligrams.

I hope the pain will go away, I'll be able to travel more easily, and I'll have more comfortable time.

2020年3月30日月曜日

新刊『私という現象 末期ガンをサーフするⅡ』(Kindle)

新刊『事象の地平線 末期ガンをサーフする』が、アマゾンの電子書籍・Kindleで配信スタートしました。

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食道ガンのステージⅣ(末期ガン)で余命数か月とされた著者が、幸福な終末の日々を送る現在にいたる道すじや経験と、いま現在の日々を記録した長い自己紹介(プロフィール)としての随筆。ブログ連載を経て、書籍化にあたって大幅に加筆修正したものをあらたにリリースしました。
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ダウンロード価格100円です。
Kindle unlimited(読み放題/無料)にも登録しています。
こちらからどうぞ。

2020年3月26日木曜日

(Manabi JAPAN)水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。「春分」

まなびジャパン(Manabi JAPAN)で配信中の「水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。」の最新更新のお知らせです。

太陰暦の時代、春夏秋冬それぞれを6つに分けて24等分し、その区切りと区切られた期間の季節を表すために作られた二十四節気。七十二候はそれをさらに3つの項に細分して季節の移ろいを表したものです。些細な兆しからいつしか劇的な変化を遂げていく日本の四季を、水城ゆうがピアノで表現します。

今回は「春分」の項です。
書き下ろしのショートエッセイも掲載されています。

アクセスはこちら

現代朗読ゼミはオンラインでもやれるのだ

この週末、東京都に外出自粛の要請が出た。
首都封鎖すなわちロックダウンという事態を回避するための要請だという。
やむをえない事態だろうと思う。
日本はまだ踏みとどまっているが、世界に目を移せば大変な事態になっている国が多い。
海外在住の友人らからの生の声を聞く機会もあるが、いずれもかなり深刻な事態になっているように思う。
日本もそのような事態を避けられないかもしれないが、回避するための対策は必要だろう。

もっとも、そのことで大きな犠牲を払わなければならないことも事実で、こちらも諸外国のように政治が手当を覚悟しているのかどうかというと、なんだかあやしい感じがして信用できない。
ただちに困窮におちいる人もおおぜいいるのではないか。
そのための喫緊の手当が迅速になされているのか。

それはともかく、週末には私も現代朗読ゼミとひよめき塾のイベントがふたつ開催予定だ。
ひよめき塾はほぼオンラインのみで開催しているので、これまでどおり開催できるが、朗読ゼミは国立の会場まで身を運んでもらうのが基本なので、これをどうするかという問題がある。

現代朗読は朗読を身体表現ととらえ、基礎トレーニングも武術でいうところの「体認」のエチュードを用いることが特徴といえるが、アプローチはそればかりではない。
もともとオーディオブックの収録やネット回線を使った朗読ライブからスタートした活動だったこともあって、オンラインでもやれる練習はたくさんあるし、また練習にかぎらず実際のライブパフォーマンスや音声収録、さらには映像収録にいたる活動まで広い間口を持っている。
これを機会に、今後しばらくはこのような切口も活動の柱に据えていきたいと思っている。

国立まで来れる人はもちろん歓迎するが、来れない人、来ることがためらわれる人は、この機会にぜひともオンラインで参加してみてほしい。
まずは単発の体験参加のみも歓迎する。


3月28日:臨時朗読ゼミ(水城ゼミ)
ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。新型コロナウイルス対策を受けてオンラインでの参加も歓迎です。それなりの内容で開催します。3月28日(土)10時半から約2時間。

2020年3月25日水曜日

島田啓介さんとのロング対談その2(水城ゆうロングインタビュー Vol.4)マインドフルネス



ティク・ナット・ハン師の著書の翻訳者であり、日本におけるマインドフルネスイベントの第一人者としても知られるダーさんこと島田啓介さんとの対談、その2日めです。


いまここの自分と自分のまわりのことに「気づき」つづけることが大切だと説くマインドフルネスの心ですが、それはけっして「刹那的に生きる」こととは違います。
過去の失敗や後悔をいまこの瞬間の行動の質にどう生かすのか、またもともと我々が持っていた気づきの能力を、あらためて生活のなかでどのように復活させていくのか、2日めはちょっとまじめにマインドフルネスについて語りあってみました。

話 talk : 島田啓介 SHIMADA Keisuke
    水城ゆう MIZUKI Yuu

制作 produce : アイ文庫 iBunko
編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.

2020年3月24日火曜日

島田啓介さんとのロング対談その1(水城ゆうロングインタビュー Vol.3)マインドフルネス



ティク・ナット・ハン師の著書の翻訳者であり、日本におけるマインドフルネスイベントの第一人者としても知られるダーさんこと島田啓介さんとの対談、その1日めです。


だれもが持っている過去の後悔の念、失敗の思い出、まだ起こってもいないことについての不安と、いまこの瞬間のマインドフルネスの質の関係について。
また、お互いにただただ受け取りあい、受け入れあうことができる人の関係性について。
そんなことを話しています。

話 talk : 島田啓介 SHIMADA Keisuke
    水城ゆう MIZUKI Yuu

制作 produce : アイ文庫 iBunko
編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.

2020年3月23日月曜日

春野亭日乗 3月22日(日)桜のスケッチ、ホビット村から来てくれたみなさん、たらい舟

春分の日の金曜日に北陸の実家から国立・春野亭まで車で移動。
運転は支障なく健康時と変わりないと思っていたけれど、トイレ休憩以外に休みなしの500キロ近い運転はさすがに疲れる。
長距離運転はそろそろむずかしくなりつつあると自覚せざるをえない。

しかし夜は定量以上の薬を飲んでしっかりと眠り、土曜日には疲れが残っているようには感じなかった。
ただし薬の分量とタイミングがあいかわらずかみあっていないようで、まったく快適でない。
つまり、痛い。

土日は現代朗読ゼミをひさしぶりに2日間連続で開催した。
野々宮が西荻窪のほびっと村でおこなった瞑想の会や311の詩の会で現代朗読に興味を持ってくれた人が、それぞれ体験参加してくれてありがたかった。
現代朗読に興味を持って体験に来てくれる人はなかなかいなくて、どういう人たちにアピールすればいいんだろうといつも悩んでいるのだが、なるほど、ほびっと村ね。
ここにいたのね(笑)。

みなさん、いずれも感受性の柔らかな方ばかりで、現代朗読の理念をすぐに理解して基本トレーニングの体験も楽しんでおられた。
また遊びに来てくれるとうれしいな。

いろいろなことが重なって、気持ちはだいぶ沈みがちになっている。
不安定なたらいに乗って波間をただよっているような気分だが、自分が乗っているたらいをみずからひっくり返したくなっている。
マキさんのライブにも結局行けなかった。

2020年3月21日土曜日

池のクレソンのスケッチ

ひさしぶりに紙と絵の具でスケッチ、葉書サイズ。
というか、いただいたお手紙への返信用。

実家の裏庭の池のすみっこに、いつのまにかクレソンが生息していて、ちいさな花を咲かせている。

昨日、東京・国立にもどり、今朝は近所のさくら病院まで這うようにして行ってきた。
医者が薬の処方の分量をまちがえて、明日・日曜日の分が丸々足りないことに気づいたのだが、幸い今日診察をやってるというので、薬を処方してもらいに行ってきた。
これで金曜日まで安心。

それにしてもあいかわらず痛みのコントロールがうまくいってない。
あがったりさがったり。

2020年3月18日水曜日

Kindle本100均キャンペーンなう

べつに新型コロナウイルス騒ぎに便乗するわけではありませんが、在宅の機会が増えたり、本でも読んでみよう、この際なにか勉強してみるかな、とかんがえる人が多くなっているようなので、私のKindle本のなかでとくに読み物系のコンテンツをすべて一律100円(税込)に値下げしました。
この機会にお楽しみいただければ幸いです。

Kindle unlimited に登録している方はもともと無料で読めます。
以下のコンテンツが100均です。
これらの本のリンクはこちらにまとめてあります。


『事象の地平線 末期ガンをサーフする』
『雨降りだからピアノでも練習しよう』
『なぜ私はここに来たのか——ドイツ演奏旅行記』
『縁側の復権——共感的コミュニケーション2019』
『共感的コミュニケーション2018』
『共感的コミュニケーション2017』
『仕事をやめたいと思ったときに――共感ハンドブック Vol.1』
『祈る人5 舞踏病の女』
『祈る人4 青い空、白い雲』
『祈る人3 アンリ・マティスの七枚の音』
『祈る人2 今朝の蜜蜂は羽音低く飛ぶ』
『祈る人1 彼女が神様だった頃』
『秘密』
『桟橋』

2020年3月15日日曜日

ラストメッセージ(5)花粉症消滅の不思議

(English at the bottom)

〔末期ガンをサーフする3〕

1月の終わりから2月にかけて、ちょっと鼻がぐずぐずしたり、目がかゆくなったりと、何度か「あれっ?」と思う瞬間があって、あらかじめ用意してあった抗アレルギー薬(アレグラ)を飲んだこともあるのだが、以来、今日にいたるまで本格的な症状はまったくといっていいほど出ていない。

先日、カルメン・マキさんが遊びに来てくれたとき、彼女も長年の花粉症に悩まされている人だったので、今年の症状の話になったのだが、彼女は早々とひどい症状に悩まされているという。
今年は出かける機会が少なかったので、花粉症について人と情報交換する機会が少なかったり、そもそも外で花粉を浴びる機会が少ないということもあって、症状が出にくいのかと思っていたのだが、花粉そのものは大量に飛んでいるらしい。
なぜか症状が出ない。
花粉症がなくなったとしか思えない。

私の場合、30年近く悩まされてきた覚えがある。
さまざまな対症療法や予防法をためしてきたが、どれも失敗に終わった。
それでもここ10年くらいは、アレグラという抗アレルギー薬が比較的体質にあっているようで(眠気も出ない)、初期症状のうちに飲むことで症状を軽微に抑えることができていて、助かっていた。
そのかわり、アレグラを手放せなかった。
ひどいときは日に2錠以上飲まないと抑えられなかったし、最悪のときはそれでも抑えきれないこともあった。

それなのに、今年はほぼ出ていない。
ガン末期の痛みに対処するために飲んでいる医療用麻薬のおかげだろうか。
そんな話は聞いたことがないけれど。

ほかに、いろいろな人から「これはガンにいい」といってさまざまな飲み物や薬が送られてきて、ひととおり試しているのだが、そのうちのどれかが効いているのかもしれない。
あまりにいろいろあるので、どれが効いているのかさっぱりわからないけど。

いずれにしても、花粉症もなく、ガン末期というわりには体力もあって、痛みのコントロールさえうまくできればさまざまなことが支障なくできていることはありがたい。
花粉症がないことが例年よりも快適なくらいだ。

私に会いに来てくれた友人たちはほぼ例外なく、
「思ったより元気で安心した」
という。
放射線治療中も体力を維持するための努力をつづけていたしね。
とにかく体重を落とさないことに留意して、カロリーの高いものとたんぱく質をがんばってとっていた。
脂濃いものが体質的に平気なのも幸いだった。

「グレタさんに怒られる」といいながら、ステーキや揚げ物などの脂濃いものや、アイスクリームなどの乳製品や菓子類をせっせと食べていた。
なにが身体にいいとか、健康的だとかより、まずは体重を落とさないこと。
おかげで昨日は東京から北陸の実家まで、500キロ近くをひとりで、ほぼトイレ休憩をのぞいてノンストップで、とくにいつも以上の疲れもなく運転できた。

体力があって、痛みがコントロールできれば、自分のやりたいことができる。
その結果がどう出るかはわからないが、いまこの瞬間が気分よく、充実して生きていられるという事実が、私にはなにより大切なことなのだ。


From the end of January to February, I felt a little itchy, and there were a few moments when I thought, "Huh?" and I took an anti-allergic drug (Allegra) that I had prepared beforehand. But to this day, I have hardly had any serious symptoms.

When Carmen Maki came to visit the other day, she was also suffering from hay fever for many years, so we talked about her symptoms this year, but she said she was suffering from severe symptoms soon.
I didn't have many opportunities to go out this year, so I didn't have many opportunities to exchange information with people about hay fever, and I didn't have many opportunities to be exposed to pollen in the first place, so I thought it was difficult for the symptoms to appear, but the pollen itself seems to be flying in large quantities.
For some reason, I don't have any symptoms.
I can only think that hay fever is gone.

For me, it's been almost 30 years.
We have tried various symptomatic treatments and preventive measures, but all have failed.
Even so, for the past 10 years or so, Allegra, an antiallergic drug, seems to be relatively in my constitution (not get sleepy), and I have been able to control the symptoms to a slight degree by taking it during the initial symptoms, and it has been very helpful.
Instead, he couldn't let go of Allegra.
In the worst case, I had to take more than two pills a day to control it, and in the worst case, I still couldn't control it.

However, it has hardly been released this year.
Maybe it's because of the medical drugs he takes to cope with the pain of terminal cancer.
I've never heard of such a story.

Other people have sent me various drinks and medicines saying "This is good for cancer." and I've tried them all, but one of them may be working.
There are so many that I have no idea which one is working.

In any case, she doesn't have hay fever, and despite being in the final stages of cancer, she has a lot of physical strength, so if she can control her pain well, I'm glad she can do many things without any problems.
The absence of hay fever is more comfortable than usual.

My friends who came to see me almost without exception,
"I am relieved that he is healthier than I thought."
he said.
I will continue my efforts to maintain my physical strength during radiation therapy.
I tried to eat high-calorie foods and protein, keeping in mind that I wouldn't lose weight.
It was also fortunate that fatty foods were not bad for him.

He said, "Greta gets mad at me." but he was busy eating fatty foods such as steaks and fried foods, and dairy products and sweets such as ice cream.
First of all, don't lose weight, rather than trying to figure out what's good for you or what's healthy.
Thanks to this, I was able to drive by myself from Tokyo to my parents' house in Hokuriku, which was about 500 kilometers away, almost nonstop, except for a rest room, and I didn't feel any more tired than usual.

If you have strength and can control the pain, you can do what you want.
I don't know how it will turn out, but the fact that this is the moment when I can feel good and live a fulfilling life is more important to me than anything else.

2020年3月14日土曜日

水城ゆうロングインタビュー Vol.2 現代朗読基礎訓練は天才メーカーの段階へ



ピアニスト/小説家で朗読演出家でもある水城ゆうのロングインタビュー、その第二弾。

インタビュワーは野々宮卯妙。

現代朗読ゼミではすべての表現の基礎となる体認トレーニングを毎回おこなっていますが、なぜ水城はそれにいっしょに参加しないのか、という問いからはじまって、表現者がさらなる高みへと向かうためのトレーニング方法について可能性を見つけた話をしています。
体認、マインドフルネス、フロー、ゾーン。すべての人が「達人」になる道としての表現トレーニングを、近くはじめることになるでしょう。

話 talk : 水城ゆう MIZUKI Yuu
聴き手 interview : 野々宮卯妙 NONOMIYA Utae

制作 produce : アイ文庫 iBunko
編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.

2020年3月13日金曜日

ラストメッセージ(4)ガンと闘うな、痛みと仲良くなれ

(English at the bottom)

〔末期ガンをサーフする3〕

ステージⅣの食道ガンが見つかって10か月がたとうとしている。
先日は市役所に出すための介護保険の申請書を書いたが、病名を「末期ガン」と記入した。
「末期」である。
このあとはない、ということだ。

担当医とも当初から「根治をめざさない」という方針で同意し、そういう方向で治療をすすめてきた。
治療といっても、ガン根治が目的ではなく、日常生活ができるかぎり快適にすごせるようにするための治療である。

私のニーズは「生きのびる」ことではなく、「ガンを根治する」ことでもなく、「できるだけ生活のクオリティを落とすことなく毎日を快適にすごし、日々の時間をじっくりと味わいながら、やりたいことを心おきなくやりつくすこと」である。
「死ぬときまでできるだけ生き生きと生きること」である。
そのことは複数いる担当医も合意してくれている。

合意に至る前の、セカンドオピニオンをもらった医師のなかには、従来のような暴力的で強圧的な「あんた、のんきなこといってると死ぬよ。なんとしてでも生きぬく、その意欲を示してもらわないと、医者もそれに応えられないんだよ」と迫った者もいる。
その医師の熱意はありがたかったし、ある意味では職業倫理の深いすばらしい医師なのかもしれなかったが、いまの私には同意できない。

私はガンと闘わないことを選択した。
ガンと闘うことを選択するというのは、まずは抗ガン剤、そして放射線治療、摘出手術、さらに重ねて抗ガン剤という標準治療といわれる手順=ベルトコンベアに乗ることだ。
私はそれを選ばなかった。
近代的な専門病院や専門医は、そんな患者の意志を最大限尊重してくれることもわかった。

根治を目的としなくなったとき、治療が目的の消化器外科や化学療法科や放射線科といった病院の治療部門は、やることがなくなる。
ガンがどの程度進行しているのか、お願いすれば検査くらいはしてくれるかもしれないが、そもそも治療をしないので一見かなり冷たい対応となる。
しかし、こちらにはまだ気がかりがあって、快適に日常生活をいとなむには、たとえば痛みの問題があったり、食事や排泄に支障があればそれに対処したかったりする。

私の場合、食道にガンがあって、それがしだいに肥大して食道をふさいでいった。
食べたり飲んだりしたものが食道を通りぬけにくくなってきたのだ。
そのため、抗ガン剤による治療はおこなわず、また摘出手術もしなかったが、放射線照射治療はおこなった。
医師が食道閉塞には効果的だろうという判断をしたからで、私もそれに同意した。

食道のガン部位への放射線照射治療は全部で30回おこなった。
その結果、ガン部位はかなり縮小して、飲食にはほとんど支障がないほどまでに回復した。
これはありがたかった。
なにもしなければ食道はやがて完全にふさがり、水も通らなくなっただろう。
胃瘻をおこなうか、ステントを入れて強制的に通り道を確保するしかない。
あとは栄養失調で死にいたる。

食道への放射線治療はうまくいったが、今度は腰と下腹部への痛みが出てきた。
腹部大動脈の脇にあるリンパ節に転移があって、そちらが増大化・肥大化しているらしいが、痛みはそれが原因かどうかよくわからないという。
たしかに、腰とか下腹部はリンパ節から離れているような気がする。
医者も首をひねっている。
が、効果があるかもしれないということで、腹部への放射線照射治療を10回だけおこなうことになった。

現在、その治療が終わって10日ほどたつのだが、目立って効果が出たようには感じない。
つまり、痛みは相変わらずあるし、むしろ強まっているような気もする。
(ゆっくりとでもいいので効果が現れてくれるとうれしいのだが)

やれることは全部やったので(放射線治療はおなじ箇所には二度とできない)、あとは対症療法で毎日が快適にすごせるように工夫するのみ。

もっかのところ、最大の問題は痛みだ。
痛みがあると集中力もなくなるし、そもそもやる気がいちじるしくそがれる。
なにもやる気になれない。
ご飯もおいしくないし、ただじっとしているだけでもしんどい。

幸い、近年の医療は緩和ケアが進んでいて、さまざまなペイン・コントロールの方法や薬が出ている。
私は医療用麻薬のオキシコンチンを処方してもらって、最初は5ミリグラムを日に2回飲んでいたが、昨日から10ミリに増量した。

麻薬というとなんとなく聞こえが悪いのだが、痛みは緩和されるし、思ったほど副作用は強くない。
それほど眠くもならない。
集中力はそがれないし、感覚も鈍くならない。
鈍くなるのは痛みだけで、その他の感覚はいつもどおりというか、むしろ鋭敏になるくらいに思える。

完全な健康体とおなじ快適さとまではいえないが、ある程度快適な状態で私はやりたいことができる。

さて、ペイン・コントロールがある程度できて、ほかにはとくにやるべきことがないという状況のいま、私はなにをやりたいのか。
なにができるのか、そしてそれは本当にやりたいことなのかどうか、残り時間がどのくらいなのかわからないが、あまり多くはないかもしれない時間を使ってやるだけの価値が自分にとってあることなのかどうか。
私の生命が欲している本当のニーズはなんなのか。

これから私はそのことについて、自分の存在そのもの——とくに身体——とじっくり対話を重ねてみようと思っている。
いったい私自身はどんなことを望んでいるというのか、身体はどんなふうに答えてくれるのだろうか。

それを実行した結果、私にはどんなことが起こるのだろうか。
ガンは変化するのだろうか。


It has been 10 months since stage IV esophageal cancer was found.
Recently I wrote an application for nursing care insurance to submit to the city office. The name of the disease was as "terminal cancer".
“Terminal stage".
There is no more.

From the beginning, the doctor in charge agreed to the policy of "have no cure" and recommended treatment in that direction.
The goal of treatment is not to cure cancer, but to make the quality of  life as comfortable as possible.

My need is "To spend every day comfortably without deteriorating the quality of life as much as possible, and to do what you want to do without minding, while enjoying the time of each day.” Is not "survive" or "eradicate cancer".
“The act of living as vividly as possible until one's death".
Several doctors agreed.

One of the doctors who received a second opinion before reaching an agreement urged them to "You're going to die if you take it easy. You can survive by any means, and if you don't show your willingness, the doctor won't be able to respond." as violent and coercive as before.
The doctor's enthusiasm was appreciated, and in a way, he might be a great doctor with a deep professional ethics, but I cannot agree with him now.

I chose NOT to fight against cancer.
The choice to fight cancer is to go on a conveyor belt, a standard treatment regimen known as anticancer drugs, followed by radiation therapy, surgery to remove the cancer, and then finally anticancer drugs.
I didn't choose that.
It was also found that modern specialized hospitals and medical specialists respect the will of such patients as much as possible.

When curative intent ceases to exist, hospital treatment departments such as gastroenterology, chemotherapy, and radiology will have nothing to do.
They may be able to test how advanced the cancer is, if you ask them, but since they don't treat it in the first place, it's pretty cold.
However, I am still concerned, and in order to enjoy my daily life comfortably, I want to deal with problems such as pain, or problems with eating and excrement.


In my case, I had cancer of the esophagus which gradually enlarged and blocked it.
It became harder for food and drink to pass through the esophagus.
Therefore, the patient was not treated with anticancer drugs and did not undergo surgery, but was treated with irradiation.
The doctor decided it would be effective for esophageal obstruction, and I agreed.

A total of 30 radiation treatments were performed at the cancer site in the esophagus.
As a result, the area of the cancer has shrunk to the point where it hardly interferes with eating and drinking.
If nothing had been done, the esophagus would soon have become completely blocked and no longer able to pass water.
Gastrostomy or stenting to force access is the only option.
The rest die from malnutrition.

Radiation therapy to the esophagus was successful, but she now has pain in her lower back and lower abdomen.
The lymph nodes on the side of the abdominal aorta appear to be enlarged and enlarged, but it is not clear whether this is the cause of the pain.
Indeed, the lower back and lower abdomen seem to be separated from the lymph nodes.
The doctor is also twisting his neck.
But the potential benefit led to 10 doses of radiation to the abdomen.

Now, about 10 days have passed since the treatment was completed, but I don't feel it has been noticeably effective.
In other words, the pain is still there, and it seems to be getting stronger.
(I would be happy if the effect appeared slowly.)

I did everything I could (Radiation therapy can never be done in the same place again.), so all I have to do now is to use symptomatic treatment to make my life comfortable.

The biggest problem is pain.
When I'm in pain, I lose my concentration and motivation.
I don't feel like doing anything.
The food is not delicious, and just sitting still is tiring.

Fortunately, palliative care has advanced in recent years, and a variety of pain control methods and drugs are available.
I was prescribed oxycontin, a medical drug, and at first I took 5 milligrams twice a day, but from yesterday I increased it to 10 milligrams.

Drugs don't sound good, but they relieve pain and have fewer side effects than you might think.
I'm not that sleepy.
I can't lose my concentration, nor can I lose my sense.
It is only the pain that dulls it, and the rest of the sensation seems to be the same or more acute.

If it's quite as comfortable as a perfectly healthy body, what do I want to do in some comfort.

Now that I have some pain control and nothing else to do, what do I want to do?
I don't know what I can do, and I don't know if it's really what I want to do, or how much time I have left, but I don't know if it's worth it for me to spend time that may not be too much.
What is the real need of my life?

From now on, I'm going to talk about it with my very being, especially my body.
How will my body respond to what I want?

What will happen to me as a result of that?
How does cancer change?

2020年3月10日火曜日

右目失明? びっくりした

昨日はかなりびっくりした。
キッチンで栄養補助剤の空缶をゆすいでいたら、急に視界がおかしくなって、あたりの景色がぼやけだした。
おかしくなったのは右目だけだったので、ゴミでもはいったのかと手でこすったり、布巾でふいたり、水で洗ったりしてみたのだが、改善しないばかりか、ますますおかしくなっていく。

明暗ははっきりわかるのだが、明暗がない部分のものの輪郭がまったくわからない。
文字は読めないし、人の顔も判別できなくなった。
全体に極端なポスタライゼーション効果をかけた画像みたいな感じで、窓など明るい部分はまぶしいくらいに明るく、暗い部分は真っ暗につぶれてしまってなにもわからない。
(いそいで視界の感じをスケッチしてみた)

しばらく待っても改善しないので、医者に行くしかないと思って、診察時間を待った。
朝の8時すぎのことだった。

鎮痛剤をたくさん飲んでいるので、それの副作用かとも思ったが、わからない。
左目はなんの不具合もなく見えているので、文字を読んだり歩いたり、なにか作業をするにはほとんど支障はない。

歩いて近所の眼科がある病院に行った。
しかし、時間がたつにつれ症状は徐々に改善していって、発症から小一時間たっただろうか、予備検査のために呼ばれた時間にはほとんど視界異常はなくなってしまった。

予備検査では、これまでのように右目は若干の乱視があるものの、1.2以上のクリアな視力。
やや弱かった左も0.9以上のまずまずな視力。
ほかにもとくに異常はなし。

医師の診察でも、白内障や緑内障、その他の異常は見られず、視力異常の原因ははっきりとはわからなかった。
が、時折ある症例らしいが、眼底の血管が痙攣を起こしたりして一時的に血流がとどこおったとき、神経が麻痺してそのような症状が出ることがあるらしい。
これが頻繁に起こるようなら対処しなければならないが、いまのところとくに心配はないとのことで、薬もでなかった。

家に帰って、たまたまこの日個人レッスンだったゼミ生の矢澤ちゃんにその話をしたら、彼女もまったくおなじ症状で眼科にかかったことがあるという。
そのときの診断では「閃輝暗点」という病名がついたらしい。
調べてみると、なるほどこれだ。
そしてたしかに、あまり心配する必要はないらしい。

けっしてありふれた症状ではないと思うが、たまたまその日会う最初の矢澤ちゃんがまったくおなじ体験をしていたというのは、奇妙な偶然だった。
それにしても、さすがにちょっとあわてた。
このまま失明したらどうしよう、というようなことも頭をよぎった。
いやいや、失明したとしても、あれとこれはまだできるぞ、これは不便になるかな、なんてことを、頭の片隅にどこか妙に冷静な部分があってかんがえていることに気づいたりした。

(Manabi JAPAN)水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。「啓蟄」

まなびジャパン(Manabi JAPAN)で「水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。」の配信がスタートしています。

太陰暦の時代、春夏秋冬それぞれを6つに分けて24等分し、その区切りと区切られた期間の季節を表すために作られた二十四節気。七十二候はそれをさらに3つの項に細分して季節の移ろいを表したものです。些細な兆しからいつしか劇的な変化を遂げていく日本の四季を、水城ゆうがピアノで表現します。

今回は「啓蟄」の項です。
書き下ろしのショートエッセイも掲載されています。

アクセスはこちら

2020年3月9日月曜日

水城ゆうロングインタビュー Vol.1 自分を愛するということについて



ピアニスト/小説家で朗読演出家/オーディオブックプロデューサーでもある水城ゆうのロングインタビュー、その第一弾。

インタビュワーは栗山のぞみ。

「自分をなんのジャッジもなしに愛する」ということの難しさについての問いかけに応じ、水城の経験やかんがえていることを述べています。

話 talk : 水城ゆう MIZUKI Yuu
聴き手 interview : 栗山のぞみ KURIYAMA Nozomi

制作 produce : アイ文庫 iBunko
編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.

2020年3月8日日曜日

ラストメッセージ(3)命の祭は解脱(げだつ)の対極にある

(English at the bottom)

〔末期ガンをサーフする3〕

多くの人がいまの時代や社会情勢に不安や生きづらさを覚えている。
それを解消するためのさまざまな講座やワークショップ、合宿が多く開催されていて、どれも人気だ。
そういうイベントにやってくる人はなにをもとめているのだろうか。

私の経験では、多くの人が「心の平安」「動じない強さ」「怒りや不安のコントロール」といったことを求めているような気がする。

私が末期ガンを告げられ、余命をかぎられたなかで平然とすごしている(ように見える)のを見て、多くの人が、
「どうしたらそんなふうに落ち着いていられるんですか」
と訊いてくる。

いやいや、そんなことはありません。
それはそういうふうに見えるだけです。
たしかに表面的には取り乱しているようには見えないし、死を前にして決然とした覚悟で落ち着いているように見えるかもしれない。
が、私の内側では「お祭り」が開催されている。

人にはさまざまなニーズがあり、生きているとそれは刻一刻と変化し、現れては消え、また消えては現れる。
ニーズは自分の努力や人のたすけによって満たされることもあれば、どうにも満たされないこともある。
しかし、さまざまなニーズが現れたり消えたり、存在を主張したり、そのあげくに「おれはここにいるぞ」とばかりに大声を出したり踊ったりしてみせているのが、生命の自然な現象であろうと思う。

それがあまりに騒々しい、わずわらしい、苦しいと感じて、静まりたい、落ち着きたい、解脱したいと、人はしばしば願いすぎることがある。
その願いが強すぎると、平安や解脱を求めてある種の宗教に走ったり、スピリチュアルな癒やしを求める儀式にはまったりする。

それはそれで自然な願いであろう。
私も自分のかぎられた命の時間を思うとき、できるだけ平安に、平穏に、静かにすごしたいと願うこともあるし、その気持ちはよくわかる。
一方で非暴力コミュニケーションで自分自身に共感してみて、さまざまなニーズがやかましく自己主張をくりかえしているのを見ると、まあそれもいとおしく、自然なことなのだろうとも思う。

私の命は日々刻々とニーズカーニバルをやっている。
それは解脱とは対極にある騒々しくにぎやかな世界で、ときに疲れてしまうこともあるが、それが私の命の現象なのだからしかたがない。
ならば私もその山車に乗って踊ってみよう。

私のニーズたちは満たされれば「お祝いしようぜ!」といって盛大に騒ぎたてるし、満たされなければ「嘆きたい!」といって盛大に残念がる。
いずれにしても祭だ。
それが私の命の現象であり、生きているということだ。

ニーズが満たされるか満たされないかは、究極のところどちらでもいい。
解脱とかくそくらえ(汚いことばで失礼!)。
私は死ぬまで祭と付き合い、それを楽しむのだ。


Many people feel insecure and difficult to live in the present age and social situation.
Various courses, workshops and training camps are held to solve this problem, and all of them are popular.
What do people who come to such events want?

In my experience, a lot of people want "peace of mind" "unshaken strength" and "Controlling anger and anxiety".

When I was told that I had terminal cancer and I was living with my life expectancy cut, many people saw that (look like)
"How can you be so calm?"
he asked.

No, not at all.
It just looks that way.
On the surface, he doesn't seem distraught, and he may seem composed in the face of death.
But inside of me, "festival" is being held.

People have various needs, and when they are alive, they change from moment to moment, and appear, disappear, and appear.
Needs may or may not be satisfied by your efforts and help.
However, I think it is a natural phenomenon of life that various needs appear and disappear, claim their existence, and then shout and dance as if to say, "I'm here.".

People often wish it too loud, too quiet, too painful, too quiet, too calm, too liberated.
If their wishes are too strong, they may choose to go to a certain religion in search of peace and liberation, or they may settle for a ritual of spiritual healing.

That would be a natural wish.
When I think of my limited time for life, I sometimes wish to live as peacefully, peacefully and quietly as possible, and I understand that feeling.
On the other hand, if you empathize with yourself through nonviolent communication and see the various needs clamoring and repeating themselves, I think it's kind of lovely and natural.

My life is doing Needs Carnival day by day.
It is a noisy, bustling world opposite to gedatsu, and I sometimes get tired of it, but I have no choice because it is a phenomenon of my life.
Then I'll try dancing on the float.

If my needs are met, I make a big fuss, saying, "Let's celebrate!" If not, I make a big fuss, saying, "I want to cry!".
Anyway, it's a festival.
That is the phenomenon of my life and that I am alive.

Ultimately, it doesn't matter whether your needs are met or not.
Gedatsu and shite (Excuse me for my dirty words!).
I'm going to spend the rest of my life with the festival and enjoy it.

2020年3月6日金曜日

自分ができることの限界が見えてくるとき

一昨日から昨日にかけてかなり体調がわるく、ほとんどなにもできなかった。
私のものではないけどアウトドア用のリクライニングチェアがあるので、それを貸してもらってほとんど寝ているような状態で座っていることはできる。
ベッドにはいっても腰をのばした状態で仰向けでいることはできないので、横向きになっているしかないのだが、この椅子だと仰向けでいられるので、手仕事ができる。
編物とか、タブレットやパソコンの画面を見たり、文字入力もできないことはない。

早めに介護保険の申請をしなきゃと思っているのに、こちらの手続きもなかなかできない。
介護ベッドなら起きたり横になったりも楽そうだけど。

すこし体調が回復すると椅子に座った作業もできる。
食事は朝以外はほとんどする気になれない。
気持ちわるくて飲み物以外、胃が受け付けない。
……という気がするだけで、実際にはすこしは食べられるが、食欲はまったくない。

医者に処方してもらった栄養補給ドリンクの「エンシュア」は喉を通るので助かる。
これは意外においしく工夫されている。
胃瘻の人などもこれを直接胃に入れるのだろうと思う。

まだ編物ができるのがありがたい。
これは楽しい作業だし、ひたすら単純作業をしながらいろいろなことをかんがえることもできる。
たくさんのことを、あれこれ、そして深くかんがえる。
これまでこれほどものごとをたくさん、深くかんがえたことはないんじゃないだろうか、というほど、たっぷりとかんがえる時間がいまはある。

なにかが形をとって結晶していくような感じがすることもあって、これまでの経験や知識が小さな核を中心にひとつのまとまったかんがえに成長していく。
真珠貝のなかでゴミを中心に真珠玉が育っていくようなイメージだ。

かんがえがまとまったり、おもしろいアイディアが出てきたら、身体を起こしてラップトップかタブレットを引きよせ、メモしておく。
音声入力も便利だ。

音声入力といえば、先日インタビューしてもらってとりとめもなく話をしてみたら、これが意外におもしろかった。
シリーズでやってみようと思っている。
これも体調がわるいときでもできることのひとつだ。

放射線治療が終わったばかりだからしかたがないと思うが、いまは体調が底を打っている感じがある。
すこしは回復するといいけど。
すくなくとも歩けるようになるまで回復したい。
いまはほとんど出かけることができない。
駅までの300メートルがつらい。

今夜は駅前のライブハウス〈地球屋〉でカルメン・マキさんのライブがある。
そこまで行けても、大勢のお客さんに混じって長時間ライブを聴きつづけることはできそうもない。
マキさんがライブ前にうちに立ちよってくれるというので、それを楽しみにしている。

2020年3月4日水曜日

春野亭日乗 3月3日(火)放射線治療2クールめ終了、焼肉、手帳術、音読ミーティング

放射線治療のシーズン2全10回が今日で終了。
シーズン1では食道ガン本体を叩くということで、全30回おこなって、後半はかなりきつかったのだが、今回は10回にもかかわらず最初からけっこうきつかった。
腹部大動脈リンパ節への転移ガンを叩くということで、目的はそれを消すことではなく、痛みの緩和。
しかし、治療中にはあまり効果はあらわれず、腹部の痛みは相変わらず。
治療中に痛み止め薬の種類を変えて、医療用麻薬にグレードアップしたりして、いろいろと工夫してみた。

後半は痛みのコントロールはすこしできるようになったのだが、昨日はその副作用か、胃痛が出て苦しかった。
とくに夜遅くなるととたんに厳しくなる。

昨日は午前中に病院が終わったあと、立川まで行って、放射線治療の打ち上げの焼き肉。
その前にビックカメラに寄って、長年愛用していたSHULEのリュックサックを修理に出す。
が、メーカーサイトでもビックカメラで修理できると書いてあったし、念のために出かける前にビックカメラにも電話して修理を受け付けてもらえるかどうか確認したのに、行ってみたら「取り扱いがないので扱っていない」と受付をハネられた。
修理待ちで順番を1時間以上待ったのに、むかつく〜。

おいしい焼き肉で気分をリセット。
今日は食欲があまり落ちていなくて、しっかり食べられた。

ユザワヤに寄って、靴下用のあたらしい糸を買う。
帰ろうととしたら、駅前に〈島村楽器〉のあたらしい店舗が開店していたので、寄ってみる。
ここは以前〈イシバシ楽器〉がはいっていたのだが、しばらく前に閉店してしまっていたのだ。
ほぼ似たような品揃えとレイアウトで営業していた。
デジタルピアノの最新機種をちょっと触って、遊んできた。

国立駅に到着し、家に帰ろうとしたら、ロータリーのバス停のところでなにやら騒ぎがある。
近づいてみたら、年配のおじさんがベンチの脇に昏倒しているではないか。
婦警さんが駆けつけてきたりして、大騒ぎになっていたが、だれもどう対処していいかわからずただおろおろするばかり。
救急車は呼ばれたらしい。
AEDを持ってきたりしているが、見るからの心臓ではない。
呼吸もあり、意識もかろうじてある。
どう見ても心臓ではなく、脳梗塞とか脳出血ぽい。
「動かさないほうがいいですよ」
とりあえず呼吸が確保されているのを見て、声をかけた。
救急車もすぐに到着しそうだし、私ができることはとくになさそうだったので、その場を離れようとしたとき、見覚えのある顔が。

元ゼミ生のピリカさんだった。
国立の練習スタジオにバンドの練習に来て、その帰りだという。
時間があるというので、春野亭でお茶でも、と誘った。

ひさしぶりにピリカさんと近況などの話。
彼女もこちらのことが気になっていて、来るタイミングをはかっていたところだったらしい。
偶然だが会えてよかった。

夜は共感手帳術の仲間たちのオンラインミーティング。
参加者12人とにぎやかだった。
ご参加いただいたみなさん、ありがとう、お疲れ様でした。

そのあと引きつづき、音読トレーナーの定例ミーティング。
今回はひさしぶりにドイツ・フライブルクのなおみさんが参加してくれて楽しかった。
去年のいまごろ、かの地でたくさんお世話になったことを思い出した。
あれも楽しかったなあ。

思いがけないこともいろいろあった1日、さすがに疲れて、お腹の痛みもひどくなってきたので、バタンキューと休む。
日付が変わらないうちに休めてよかった。

水城ゆうロングインタビュー Vol.0 パイロット版



ピアニスト/小説家で朗読演出家/オーディオブックプロデューサーでもある水城ゆうのロングインタビュー、そのパイロット版です。

表現行為とそのステージが20世紀から21世紀にかけ、とくにインターネットの普及や収録機材、コンピューターアプリケーションの低価格化と高性能化によって劇的に変化してきたことについて、作り手の立場から話しています。

2020年3月3日火曜日

ラストメッセージ(2)現代社会を生きる私に必要なもの

〔末期ガンをサーフする3〕

人が生きていくために必要なものやコトはたくさんあるけれど、ここでは末期ガン患者である私が個人的に切実に必要で大切であると判別したことを書いておきたい。
自分の生の限界が数か月後だと明らかになったとき、人はなにを大切に思うだろうか、という話だ。

いうまでもないけれど、モノなどどうでもいい。
モノや財産など、いくら持っていても、最後の日々はちっとも豊かにならないし、ましてや墓場に持っていけるものでもない。
と、かっこよくいいきりたいものだが、そうもいかない。
いま書いたのはタテマエである。

実際には最低限のモノがないと、寒いし、ひもじいし、不便だし、不安だし、おそろしい。
末期ガン患者である私のもっかの必要は、ガンの痛みを抑えることで、それは切実なものである。

「痛みは身体の声で、なにか必要があって生まれているものです。痛みによりそい、敵視せず、その声をよく聞きましょう」
などという美しい言質を聞くことがあるが、耐えきれない痛みにさいなまれる当事者にとってはきれいごとにすぎない。

経験すると、痛みは生の質そのものをいちじるしく浸食することを思い知る。
いまいっているのは、一時的な痛みではない。
たとえ激痛であろうと、一時的な痛みならそれは耐えられる(こともある)。
激痛でなくても、じわじわと継続するいつ終わるとも知れぬ痛みは、生きていることにいやけをささせる。
痛みを消すか、自分を消すか、どちらかを選びたくなる。

まだ生きていたければ、痛みをなんとかしようということになる。
さいわい、医療は進歩していて、さまざまなペインコントロールの方法が提供されている。
私の場合、いくつかの薬を使っている。
なかには麻薬もある。
もちろん医療用ではあるが。

薬を処方してもらい、それを購入するには、お金がいる。
健康保険が使えるといっても、3割は負担しなければならない。
そもそも健康保険料だってけっして安くはない。
高額医療の還付を受けようとしたとき、健康保険料の未納があるとできないといわれた。
数万円の還付を受けるために、数十万円の未納金を完済しなければならないという現実があった。

お金は最低限のモノのひとつといわざるをえない。
ゆっくり休むための家や寝具や空調や、食べ物や水道や電気やガスや電話線なども必要で、それらにはいちいちお金がかかる。
ところが、切実にこういうものが必要な者にかぎって病気であったり、高齢であったりと、生産手段を持たずに収入が途絶している。

というようなことをいいたくてこれを書きはじめたのではなかった。
モノは最小限必要だけれど、その上でさらに大事なこともいくつかあって、それがないと心安らかに最後のときを迎えることは難しいだろう、という話をしようと思っていたのだった。

ひとり静かにすごせる場所。
学びと成長の時間。
安心と信頼を持てるつながりのある仲間。
自分が自分自身であること。
あるレベルの質がある生活。
表現すること。

こういったことを実現するために私に役立っていることは……
共感的コミュニケーション(NVC)。
マインドフルネス。
ピアノを弾くこと。
ものを書くこと。
インターネット。
武術。

2020年3月2日月曜日

ラストメッセージ(1)古井由吉を知っていますか?

〔末期ガンをサーフする3〕

筒井康隆先生の「偽文士日記」で知ったのだが、息子さんの筒井伸輔さんがこの二月に食道ガンで亡くなったそうだ。
大変気の毒なことだ。
筒井先生には私は小説家デビューのときに思いがけず恩を受けたことがあって、その後商業エンタテインメント小説の世界で大成できなかったことを申し訳なく感じている唯一の方だ。
もっとも、先生のほうでは私のことは覚えておられないだろうと思うが。

息子の伸輔さんのことは、エッセイなどで子どもの時分のエピソードが時々書かれていて、名前を存じあげていた。
去年の四月に食道ガンが見つかり、すでにステージⅣということで摘出手術もおこなわず、抗ガン剤や放射線治療を受けておられたそうだ。
私のステージⅣの食道ガンも五月に見つかっているので、ほぼおなじような状況だろうと思う。

ただ、私は三月になるいまも元気に活動しており、放射線治療は受けているが、抗ガン剤による治療はパスしている。
食事もふつうにとれている。
もちろん私も伸輔さんのように容態急変することもあるかもしれないが、まだほぼふつうに生活を送れていることはラッキーだと思う。

純文学作家の古井由吉さんの訃報もあった。
こちらは八十二歳、肝細胞ガンだった。
白状すれば、なぜか私は古井由吉の小説をほとんど読んでこなかった。
日本の文学小説を系統的に読んでいたのは中学生くらいのときで、そのころはリアルタイムで作品を発表していた現役の作家の小説が遠かった。
その後、日本の作家の作品をリアルタイムで追いかけはじめたのは、SF作家ばかりで、純文学といえば安部公房くらいだった。
安部公房も初期作品はSFの扱いをされていたように思う。

亡くなったと聞いたとき、その作品をほとんど知らないことにちょっと残念な気持ちがあったのだが、高橋源一郎がツイッターでつぶやいているのを読んで、ちょっと腑に落ちるものがあった。
高橋源一郎はたしか、
「亡くなったと聞いて残念だけれど、悲しくはない。なぜならいつでも読めるし、本のなかで古井さんに会えるからだ」
というようなことをつぶやいていた。

なるほど、そうだよな。
とくに作家という人種はそのような面がたしかにある。
ほんとうは作家でなくても、だれもがなにかを書きのこしたり、ビデオ映像が残っていたり、演奏や絵や造形や、手作り品が残っているとき、亡くなったあとでもそれを見ればいつでもその人に会えるような気がするものだ。
ただ、ふつうの人は意図してそういうものを自分の「分身/遺影」として残したりしない。
すればいいと思うけどね。

というようなことをつらつらかんがえていたら、私自身も「分身/遺影」としての作品を意図的に残していないことに気づいた。
もちろんたくさんの本をこれまで出してきたし、音楽やオーディオブックやライブ映像もネットでたくさん見ることができる。
私が亡くなったとき、結果的にそれらは私の「分身/遺影」として見られることもあるかもしれないが、私の意志でそのように出したものではない。

現在、私の意志のもと、いままさに生きている自分のメッセージとして伝えておくとしたら、どんなことばや音や映像になるだろうか。
これを書いておけば、だれかがまた私に会いたいと思ったとき、ここに来てこのメッセージを読めばふたたび会うことができる、そんなメッセージとはどんなものなのだろうか。
がぜん興味がわいてきた。

「ラストメッセージ」と題して、これからしばらく、さまざまなテーマについて私なりのことばで書きのこしてみたい。
文章だけでなく音や映像も用いるかもしれないし、あとどのくらい闊達でいられるかわからないけれど。

2020年3月1日日曜日

サイコーのガン治療の場「ひよめき塾」

ストレスを抑え、好きなことをしてすごすことが、ガンの治療法として相当効果的であることはたしからしい。
医学的エビデンスがどの程度あるものかは知らないが、ともかく、自分の好きなことをしてすごしたり、信頼できる仲間と楽しんだりすることは、まちがいなく気分がよく、体調も上昇することは実感できる。
とくにバカ話でだれに遠慮することなく笑いあったり、腹をかかえて爆笑するのは元気になるし、なによりまちがいなく楽しく、身体もこころもよろこぶ。
ガンが治癒するかどうかは別にしたとしても。

小説など創作文章の研究と学びと場である「ひよめき塾」では、毎回、お題を出して、それにそってごくみじかい文章を書いてきてもらっているが、常連メンバーはときに、あきらかに私をねらって「笑わせに」くることがある。
今回は最古参メンバーのひとりである奥田浩二にしてやられた。

以前から何度かいっていることだが、彼はライトノベルファンで、自分もライトノベル作家になりたいと思っているらしい。
が、長年、こつこつと「上」をめざして書きつづけてきた結果、標準的なライトノベルのレベルをはるかに凌駕し、ともすれば商業小説のプロでも彼ほど書けるものはいないのではないか、というくらい「書ける」ようになってきている。

この点に関しては、私は人——というより書き手——を見る目に自信がある。
かつてパソコン通信時代に、ニフティサーブの「本と雑誌フォーラム」で「小説工房」という小説修行の場を主宰していたとき、何百人というメンバーのなかかに何人か、これはもうプロでいいのではないか、ひょっとしてプロ以上なのではないか、編集者の目は節穴なのか、などと表明していた書き手がいた。
実際、そのうちの何人かはプロの作家やライターになったし、だれとはいわないけれどなかにはベストセラー作家になった者もいる。

私の目はたしかなのだ。
といいたいところだけど、いまだにまったく世に出ていない人も何人もいる。
腕はたしかなのだ。
そのうちのひとりが奥田浩二だ。
ほかにも現ひよめき塾にはポテンシャルを秘めた書き手が何人もいる。

作者の許可は得ていないが、私を笑わせにきた昨日提出の奥田浩二作品を、ここにさらしておくことにする。
楽しんでいただければ幸いだ。
いっておくが、これは奥田浩二にしてみればほんの小手先の準備運動のような作品であり、このような作品は彼をはじめ、ひよめき塾にはごろごろ転がっていると豪語しておこう。

(ここから)
—————
「090」奥田浩二

 三回目の着信で相手側の本気度は十分に伝わってきたが、ここまでくると僕のほうもどんなテンションで応じればいいのかわからなくなってきていて、携帯電話の鳴動を餌のお預けをくったワンコの姿勢で眺めるしかないわけである。
 はやくでろよ。
 まったくもって正論である。ただし、世界は正論だけで成り立っているわけではない。正論はときにひとを傷つけるのだ。
 オーケー。わかっている。大きくいって誤魔化そうとしている。
 正直に言おう。僕は電話が嫌いなのである。
 だいたい090の着信は年に二、三回程度しかなく、その100%がバイト先からの、これがダメだ。あれが気に入らないというクレームなのだ。愛のささやきとかならまだしも、これでは受ける気にならないのは当然というものだ。
 四回目の着信が切れた。
 すぐさま五回目の着信が来た。
 なんてしつこい。こっちは家にいるのだ。その労力をクレーム処理の方に向ければいいのに。
 愛のささやきといえば昔、テレクラやダイヤルQ2というものがあった。あれはどういったサービスだったのだろうか。今となっては知る由もない。
 まだ切らない。ばっかだなー。
 そっちに用があってもこっちに用はないのだ。電話ってそういうところが嫌いだ。お会計の接客中に横あいから話しかけてくるおっさんくらい嫌いだ。並べよ、バカ。
 ちゃんと何時ごろにどんな用件で電話するよというアポイントメントを取るべきだとおもう。せめてLINEで「いま大丈夫?」くらいの気遣いはできないのだろうか? そうすればこちらも「いま忙しい」と返せるのに。
 まだ鳴ってる。
 一度ワン切りしたことがある。相手が一回鳴らせて切るというのではない。こっちが一回なった瞬間に通話終了を連打するのだ。
 めっちゃ怒られた。
 仕方がないから着信拒否をしたこともある。どうせ電話は年に三回くらいなのだ。もう電話はかかってこないとおもうと凄く快適だった。
 しかし、そういうときに限って相手は電話をかけているのだ。
「着拒してんじゃねーよ!」とバイト先に着くなり怒られた。
 そもそもスタッフに着拒されるバイト先って職場としてどうなんだろう。
 ここで僕は驚くべき発見をする。僕は成人する前までは、電話の応対は苦ではなかったということをだ。それが今はどうだ。電源ボタンを長押ししたい衝動を抑えるのがツライ。
 思い返してみよう。
 料金の節約で電話専用のガラケーとデーター通信専用のスマホの二台もちをしたことがある。しかし当時から着信は年に五回とかだったのだ。当然ガラケーは電池切れで放置され、結果電話が繋がらないということで文句を言われた。こちらとしてはいきなり電話をされても困るのだけれど、相手はそんなことお構いなしだ。映画とか芝居を見ているときにかぎって、電車に乗ってるときにかぎって、年に何回かの一回の着信でピーピーなるのだ。
 データー通信だけで生きていこうと決意したこともある。しかし今の世の中は、個人番号より電話番号の方が大事だったりする。おもわぬところで電話番号の記入を求められたりするし、SMSが認証に使われたりする。だから電話番号は手放せない。
 留守番電話にする?
 いやそれでも結局こちらから掛けなおさないといけない。格安回線だから基本料金は高いけど通話料は高いのだ。なんで高い金を払ってまであんなアホ女に電話をかけ直さなくてはならないのか。
 アホ女!
 ここでようやく僕は理解する。
 僕は電話が嫌いなのではない。バイト先が嫌いなのだ。まだ鳴っている。このあきらめない姿勢。もう病気だ。胃の周りがゾワゾワする。
※実話です。

(Manabi JAPAN)水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。「雨水」

まなびジャパン(Manabi JAPAN)で「水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。」の配信がスタートしています。

太陰暦の時代、春夏秋冬それぞれを6つに分けて24等分し、その区切りと区切られた期間の季節を表すために作られた二十四節気。七十二候はそれをさらに3つの項に細分して季節の移ろいを表したものです。些細な兆しからいつしか劇的な変化を遂げていく日本の四季を、水城ゆうがピアノで表現します。

今回は「雨水」の項です。
書き下ろしのショートエッセイも掲載されています。

アクセスはこちら

春野亭日乗 2月29日(土)医療用麻薬、朗読ゼミ、ひよめき塾

全10回の放射線照射治療の8回めが昨日で終わり、今日と明日は休み。
そして昨日の夜から痛み止めの薬をワンランク上の医療用麻薬「オキシコンチン」を飲んでいて、痛みが完全に消えるわけではないけれど、持続性はたしかにある。
これまで試したロキソニン(60mg)が3〜4時間、ボルタリン(50mg)が2〜3時間、トラマール(25mg×2)が1〜2時間だったのが、オキシコンチンは7〜8時間くらい効いているような気がする。
これはロキソニンと併用してもいいということで、ちょっと頼りがいがありそう。

朝からオンラインでの個人セッションひとり。

午前10時半から現代朗読ゼミ。
もう30年以上前からの知り合いで、いまは朗読の指導者をやっている黒原真理さんが、これも長い知り合いの弟の康一郎くんといっしょに遊びに来てくれた。
とくに康一郎くんとは、忘れていたことをたくさん思いださせてくれて、なつかしい気持ちになると同時に、かつてのテキスト表現仲間としてどことなく話がツーと通じる感じがあってうれしかった。

ほかに元ゼミ生のまりながひさしぶりに顔を見せてくれた。
聞けば4年ぶりだという。
まだ学生だったころにゼミ生だったので、まだ若い!

現ゼミ生のユウキさん、かなえさん、野々宮ほか、オンラインでの参加者もいたりして、そこそこにぎやかな集まりになった。
あらためて現代朗読の理念や基礎的なトレーニング方法を伝えられたのが楽しかったな。

終わってから時間のある人たちで近所の〈はるそうゆ〉に行って昼食。
大丈夫か、と心配になるくらい新鮮なネタをふんだんに使ったまぐろ丼や海鮮丼をいただく。
税込み900円はびっくり。
そして完食できた。

春野亭にもどり、ユウキさんにいつものグリグリをやってもらう。
そのあと、オンラインでひよめき塾。
これについては別項であらためて書きたい。

ひさしぶりにたくさん活動したので、夜はちょっと疲れが出て、しんどくなってきた。
オキシコンチンの夜の分を飲んで、早めに休む。
よく眠れて、夜中は1度トイレに起きただけだった。
みなさんとの交流が私の健康によい影響をあたえているのはまちがいない。
変な民間療法よりこちらのほうがよほど効果的だし、私もうれしい。
集まってくれるみなさんに感謝してもしきれない。
心からありがとう。

2020年2月28日金曜日

小説家の原稿用紙としてのエディター「OmmWriter」

最初期の一太郎からはじまって、数え切れないほどのワープロやエディターソフトを試してきた。
ワープロ専用機を何台か使ったこともあるが、コンピューターソフトのほうが好きだった。

いまでも定番の「Emacs」や「秀丸エディタ」、「MIFES」「VZエディタ」から「WZエディタ」と渡りあるいて、現在はMacBookにいくつかのテキストエディタがインストールしてあって、シチュエーションに応じて使い分けている。

ほかにもアウトラインエディタやノートアプリも便利に使っている。
「Evernote」や「Scrivener」などだ。
縦書き表示ができるエディタも増えてきていて、定番のワープロソフトであるWORDも日本語表示が充実してきた(あまり使わないけど)。

ブログの記事など、なにかまとまった文章を書くときは、いまもそうだが「OmmWriter」というソフトを立ちあげることが多い。
けっこう前からあるソフトで、現在はAppStoreからダウンロードできるようになっている。

立ちあげると、文字入力だけのシンプルな画面があらわれ、それ以外のものは隠されてしまうのだが、シンプルといってもちょっとした工夫がある。
背景画像をいくつか選べるようになっていて、そのどれもとてもシンプルだったり、寒い風景だったりする。

BGMも設定できて、ミニマルな静かな音楽や、環境音がいくつか用意されている。
これがまた執筆への集中をうながしてくれるのだ。

必要最小限の情報は、カーソルを動かすとごくごく控えめに現れる。
たとえば入力枠の一番下のところに、入力文字数がさりげなく表示される。
このテキストだと、現在730文字。

マルチタスクが好きで、得意でもある私だが、身体がしんどくて集中力が減退しているところは、やはりシングルタスクで静かに自分のことばと向かいあいたい。

2020年2月27日木曜日

大きなニーズ「ひとくぎり(あるいはけじめ)」が満たされた3日間

NVCのニーズリストには見かけないかもしれないが、私にとっては大事なニーズのひとつに「ひとくぎりのニーズ」というものがある。
「けじめのニーズ」といいかえてもいい。

なにごとかをやりかけていて、それが中途半端ではなくきちんと最後までやり終え、けじめがつくこと。

まだけじめがつかなくて中途半端になっているなにかがあると、気になる。
心のどこかに引っかかって、気持ちわるい。
そういう経験はないだろうか。
とくに私の場合、末期ガンが見つかり、自分の命が終わりに近づくのを体感するにつれ、このニーズは大きな存在を持ってきた。

そこで昨年2019年はさまざまなことを計画し、みなさんに協力してもらって実現にこぎつけたり、自分でもがんばって終わらせたりして、多くのことに「ひとくぎり」をつけた。
とても満たされた気持ちでいまを迎えているが、まだいくつかひとくぎりがついていないものもある。

そのひとつが、音読療法の活動だった。
音読療法は私と仲間たちが2011年に体系化し、啓蒙普及と社会貢献活動をおこなってきたものだ。
現在、その活動の中心は音読療法士と音読トレーナーがになっている。
私はその育成に力をいれてきたが、なかなか思うように仲間が増えてくれないのが悩みだった。

それでも各地でこつこつと活動をつづけたり、あたらしい音読の場をひらくことに挑戦するトレーナーもすこしずつ増えてきていた。
音読療法士も増えた(といってもまだふたりだが)。

音読トレーナーを養成するための講座は2泊3日の合宿でおこなわれる。
かなりハードな内容とスケジュールなので、体調に不安がある私は昨年末の講座をもって自分が関われる最後だろうと思っていた。
ところが、思いがけず東海地方から参加したいという希望があり、この2月にも開催することになった。
私は講座を受け持つ自信がまったくなかったが、音読療法士の野々宮卯妙にメイン講師をやってもらえるということで、開催が実現した。

おこなってみると、音読療法士による育成講座ができること、参加者それぞれが意欲をもって自分の仕事や生活の場で音読療法を活用してくれるであろうこと、また音読トレーナーがさらに上の資格である音読療法士をめざそうとしてくれていること、などがわかり、私はかなり勇気づけられ、そして安心したのだった。

今後、たとえ私がいなくなったとしても、音読療法の活動が継続し、メンバーが育っていくことが想像できたことが、私の「ひとくぎり」のニーズを満たしてくれたといえる。
この「ひとくぎり」には、より正確にいえば、ただ区切りがついたということだけでなく、「私の手を離れて自律的に存在しつづけてくれる」ということも含まれている。
私がこの世からいなくなったとしても、仲間が活動をつづけ、音読療法が人々の生活の役に立ちつづけていくかぎり、私の存在の痕跡がそこにあると(いまは)思える。

2020年2月26日水曜日

放射線治療中の食事・食欲事情

2クールめとなる放射線照射治療の全10回が先週からスタートして、今日で6回めだった。
前回もそうだったが、放射線治療中は体調が乱高下する。
今回はスタートして2日めですでにかなりきつくなり、痛み止め薬の服用もあいまって起きていられない日が2日くらいつづいた。
食欲も低下して、あまり食べられない。
かるい嘔吐感がずっとつづいている。

が、土日月と3連続で休みだったので、そのあいだはすこし回復した。
ちょうど音読療法の講座合宿の期間だったので、食事が参加のみなさんといっしょだった。
いっしょに食べるとがんばれる。
とくに昼食は外で弁当を買ってきてもらって、がんばってこってり系を3日連続で食べられた。
写真のとおりの豚重。

しっかり補給して、今週の5回めから8回めまでにそなえる。
今週2回めとなる今日は、終わってからきつくて、食欲がなかった。
照射治療の影響でお腹がゆるくなるかもと担当医からいわれていたのだが、すこしそんな感じもしてきた。
まあ、便秘よりいい。
痛み止め薬はどうも、便秘ぎみになるようなのだ。

明日は今週3回め、全部で7回めで、なんとなく体調は回復してくるような気がする。
希望的観測ではあるけれど。

満たされようが満たされまいがニーズを知ることが生きる質を変える

共感手帳術の目的のひとつが「マインドフルネス」だが、それを実現するためのかんがえかたのひとつに、
「過去の失敗や後悔、あるいはまだ起きていない未来への希望や不安から、いまの自分のニーズを理解する」
というものがある。

いまこの瞬間に集中しようとしても、過去の体験や記憶が邪魔したり、まだ起こってもいないことの妄想がノイズとなって去ってくれないことがある。
「雑念」などと呼ばれることもある。
これらは自分がきちんと向かい合えていない「満たされていないニーズや感情」のしわざだ。
ノイズとなっている記憶や妄想を書きだし、それらの奥にある自分のニーズを明確にできたとき、ノイズはニーズという生命活動の源泉に変化する。

過去や未来はあいかわらず現在を浸食しようとやってくるけれど、いったんニーズを明確化できたノイズはすばやく処理することができる。
無数のノイズをそうやってつぎつぎと処理してしまうこと、書きだしてしまうこと、そして自分の活動の源泉をたくわえ、日々活力をもって行動すること、これが共感手帳術の醍醐味だ。

マインドフルネスというと、私もそうだったが、「いまここ」に集中することによって「刹那的」になり、過去の反省も未来の計画もなにも放りだしてしまわなければならないと思ってしまうことがあるが、実際にはちがう。
ヒトは他の動物とちがって、過去の自分のおこないや、未来にたいする希望や計画から、現在の自分を省みることができる唯一の生き物といってもいいだろう。

現在の「生」のクオリティは、この「省みる」ことの質に左右される。
まさに「省みる」ことの質が個々に問われるのだ。

オンラインチームツールSlackを使ってNVCの練習を習慣化するためのツール共感手帳術を使う仲間たちの交流の場のためのオンラインミーティングです。どなたも自由にご参加ください。3月4日(水)20時から約1時間。

2020年2月21日金曜日

体調不良だけどマインドフルネスとNVCについて伝えたいことがある

夜は起きていられなくて10時になると薬を飲んでベッドにはいってしまう。
しばらくぐずぐずしているが、遅くても11時には眠りにつく。
薬がきれて2時か3時に痛みで目がさめる。
薬を飲んでもう1度眠りにつく。
しばらくぐずぐずするが、たいていはなんとか眠れる。

案外熟睡はできているのかもしれないと思う。
が、朝方5時すぎか6時ごろには、ふたたび痛みで目がさめて、薬を飲んだら、もう眠れない。
起きてしまうしかないが、薬が効いてくるまで痛みですぐには動けない。
ベッドに腰かけたまましばらくじっとしているか、がんばって着替えて椅子にすわってしばらんぼんやりしているか、着替えたにもかかわらずまたベッドに横になってすこしうとうとするか。

1時間くらいすると薬が効いてきて、なんとか動けるようになる。
といっても、痛みが完全に消えることはなくて、腹部には疼痛が常駐している。
薬がきれたときはこの疼痛は脂汗が出るほどに強いが、薬が効いていればなんとか活動できるくらいにはなる。

歩くのに支障があるので、昨日はステッキを登山用品店で買ってきた。
これがあるとだいぶ楽だ。
5年くらい前までは膝の故障で杖を常用していたので、使い方は慣れている。
杖がないと100メートル歩くのにもつらい。
病院に行くのに、駅前のバス停から乗るのだが、そこまでの300メートルがつらい。
杖を買ってすこし楽になった。

薬を使ってでも、放射線治療を追加してでも、この痛みをなんとか抑えようとするのは、自分自身にたいする暴力かもしれないとは思うけれど、やりたいことがあるのでしかたがない。
痛みにはちょっと脇にどいていてもらって、集中力をもってやりたいこと、書きたいこと、作りたいものがある。
この時間がもうすこし必要だし、痛みももうすこしコントロールできるといいんだけど(なかなか医者の処方がうまくいかない)。

今夜は共感手帳術の仲間たちとのオンラインミーティングだ。
私の状態を心配してくれる人もいるけれど、1時間と限定された枠だし、オンラインなので、なんとかやれるだろう。
そして、今日あつかいたいテーマがある。

「いまここ」にいるために、ヒトが動物とは違う特徴でもある「過去からいまを省みること」と「未来からいまを省みること」ができることによって「いま」の質を高める方法について、NVCの手法を取り入れながら、みなさんと一緒に考えてみたい。
これは私自身にとっても大切なテーマなのだ。
命のパワーをめいっぱい使うために。

(ここ数日、放射線治療の影響と痛みでものを書く集中力がまったくなかったのに、今日はこれをここまで書けたのは、大きなお祝い)

2020年2月17日月曜日

自分の痛みは人にはわからないし人の痛みも私にはわからない

食道ガンの転移による腰痛と腹痛がひどくなって、だんだんできることが限られてきた。
まず運動ができない。
これは困る。

かるい運動もやりにくい。
たとえばウォーキング。
みじかい距離でも、歩くのが大変だ。
痛み止めがあるていど効いていると、しばらくは歩きはじめられるのだが、やがて腰痛と腹痛におそわれ、立ちどまらざるをえなくなる。
身体をまげて、痛みをしばらくやりすごす。

身体をのばした状態でいることができないのだ。
なので簡単なストレッチのようなものや、武術の稽古もできない。
私がやっている韓氏意拳という武術は、稽古の中心が「站椿(たんとう)」というほとんど動かない型稽古なのだが、それでも身体を起こしていられないとできない。

身体を曲げた体勢なら活動にはあまり支障ない。
座った状態なら、執筆作業もピアノ演奏も運転も、これまでと変わりなくできる。
ただ、痛みが強くなると集中力ははっきりと減退する。

ようするに痛みさえなければいろいろなことがうまくいくのだ。
ところが、なぜか痛みはがまんすべき、多少の痛みは無視できるだろう、薬はなるべく飲まないほうがいい、という価値観に心底支配されていることに気づく。
医者で薬を処方されても、痛みががまんできなくなるまで飲むことをためらう。
薬は悪だ、痛みががまんできないのは自分が弱いからだ、という心理が無意識に強く働いているらしい(なんらかの教育のたまものだろう)。

人からすすめられた民間療法もいくつかためしてみたけれど、痛みをともなうもの、あるいは痛みがあるとできないものは、できないし、無理にやるとダメージが大きい。

「痛みは身体の声」という意見があって、それはそれである程度の健康状態では正しいし、きちんとそれを見なければ、付き合わなければという思いも強くあるのだが、進行性の悪性腫瘍に侵されている身としてはべつの対応も必要になると割り切ることが、いまの自分を大切にすることになる。
私のこの痛みは、人からどのようにいわれたところで、その人にはけっしてわからないものなのだ。

ついでにいえば、肉体的・物理的な痛みのほかに、心理的痛みにもあてはめられることが多い。
こころの痛みは無視したり無理することなく、それときちんと向きあう必要があるが、その対処法は一筋縄ではいかない。
きちんと見れば原因=ニーズがクリアになる痛みは対処できるし、また対処をだれかに手伝ってもらうこともできる。
しかし、深い痛み、原因がよくわからない強い痛み(トラウマなど)は、うかつに手を出すとダメージが大きくなることがある。

悪性腫瘍のようにうかつに治療しようとすると、かえって全体のバランスをくずしたり、いちじるしくそこなってしまう。
治癒がむずかしい病巣は、乱暴にそれ本体を取りのぞいたり引っかきまわしたりするのではなく、そこから生まれる痛みそのものに対処することがまずは必要だろう。
そのための方策はさまざまにある。

2020年2月16日日曜日

春野亭日乗 2月15日(土)表現研究仲間としてのゼミ生、ミチコサン、お腹ウォーマー

朝からゼミ生のユウキさんがわざわざグリグリでケアしに来てくれた。
仕事が忙しい時期なのに、合間をぬって来てくれて、ほんとにありがたい。
ケーキの差し入れまでいただいたので、お茶タイム。
お酒を一滴も飲めなくなって以来、甘いものには目がなくなっているけど、なんでもいいというわけではなくて、もちろんおいしいものがサイコー!
ユウキさん、ありがとう。

そのあと、やはりゼミ生のかなえさんが来てレッスンしたので、いつものゼミみたいになったけど、ゼミというより仲間の集まりのように私はいつも感じている。
楽しかったな。
そのおかげか、昨日はだんだん調子を取りもどして、夜は最近になくよく眠れた(1度しか起きなかった)。

収録してから長らく放置してしまった矢澤亜希子朗読の新美南吉短編作品「ミチコサン」を、ようやくYouTubeにアップできた。
矢澤ちゃんの朗読する新美南吉の超短編シリーズはすでにオーディオブックとしてたくさん収録ずみで、順次公開していきたいが、どのような形で公開するかはまだ決まっていない。

午後は駒井のりこさんにいただいたレンチンのウォーマーをお腹に乗せて、編物。
ずっと疼痛がある腹部が適度にあたたまって、非常に楽で快適。
調子回復はこれのおかげもあるかも。
午後から夜にかけてゆっくりできたのもよかった。