自分がガンであることを私は開示したが、「そんなこととんでもない」と思っている人もいることは承知している。
自分の健康状態がどうであるかは個人的なことであり、人にわざわざ知らせることではない、そのようなことをすればときには不都合が生じることもあるかもしれない、家族にも迷惑がかかることだってあるだろう。
そういうふうにいわれたこともある。
しかし、私は自分がガンであることを開示した。
多くの人——とくに不特定多数の人——とかかわる仕事をしているし、また自分自身を表現したり、その方法を伝えることもやっている。
私がガンという病をどのように考え、どのように向かいあっているのか、知っておいてもらおうと決めた。
なかにはガンの話など聞きたくない、ガンを持っている人となんか会いたくない、死を迎えようとしている人に会うのはつらい、という人もいることだろう。
高齢者施設でボランティア活動をしていても、お年寄りたちに接するのがつらく疲れる、という人がいる。
死を目前にし待っているだけの人たちとどう接していいのかよくわからない、自分もいずれそうなるのかと思うとつらい、という思いがあるらしい。
本当にそうなのだろうか。
あなただって明日とはいわなくても、死を目前にしているといえないことはないのではないか。
そんなあなたに人がどう接していいかわからないなどとはいわないだろう。
なぜあなたは高齢者施設という特定の施設にはいっている人たちだけを限定して、区別してかんがえてしまうのか。
私もそうで、ガンがある・ないにかかわらず、私は私である。
ガンがあろうがなかろうが、いずれ死を迎えるおなじ人間であることに変わりはない。
ガンがある、ほくろがある、背が高い、太っている、男である、食いいじがはっている、ピアノが弾ける、手先が器用、花粉症がひどい、などなど、そんなことは全部私の「属性」にすぎない。
ひとりひとり属性があって、違っている。
ただそれだけのことだ。
私は私の属性をいくつか開示しているし、開示していない属性があるかもしれないが(たまたま忘れていたり意識していないだけかもしれない)、開示できない・開示してはならない属性はない。
ステージⅣの食道ガンを持っているというのも、属性のひとつだ。
ただ、その属性は「死」をあたかも物質化するかのように私には感じるきっかけとなっているので、ある意味つごうがよくて、いろいろものを考える「てこ」のような働きをしている。
その「てこ」を使って、この文章を書いている。
さて、ガンであることを開示すると、じつにさまざまな人から、さまざまな情報やモノが集まってくる。
これまでほとんど関わりのなかったような人や、長らく連絡がなかったような人から連絡が来たり、「教え」が送られてきたりする。
それは驚くような物量で、おそらくこれを読んでいるあなたが想像しているものをはるかに凌駕している。
この項を書いているのは9月12日の午後3時ごろだが、今日この時間までにも何通もメールや個人メッセージが届いているし、昨夜床についてから朝目がさめるまでの間にも何通も届いた。
最初のころはびっくりして右往左往してしまったが、最近はすこし慣れた。
私にいろいろな教えやものを送りつけてくる人たちにも、その人たちなりのニーズがあるし、そもそも私を心配してくれているのだ。
なかには心配を通りこして自己表現(ときには押しつけ)しているだけだろう、という人もいるにはいるが、まあわからないではない。
すべてありがたく受けとっているし、拒否はしない。
それでも慣れないことがひとつある。
それは、
「この治療で私は治りました」
「この治療で私の知り合いのガンが消えて、いまも元気でやっています」
というようなメッセージだ。
そういうのを読むと、心が揺さぶられる。
どういう治療法だろう、それは私にも有効なのだろうか、私もそれをやってみるべきなのだろうか。
激しく動揺して、どきどきする。
自分はこうしよう、この方針でいこう、ととっくに決め、心安らかに毎日やりたいことに集中し、いまこの瞬間の自分自身とまわりの人たちとの関係を大切にしようと努力しはじめているはずの自分の信念が、激しく揺らぐ。
日々そういうことにさらされ続けるのが、ガンであることを開示し、ガンを生きていくということなのだ。
*
9月12日、木曜日。午前10時。
9回めの放射線治療のために東京都立多摩総合医療センターに行く。
木曜日は担当医との診察の時間を持つことになっている。
担当のT先生はまだ若い人で、さばさばしたものいいで、私はとても相性がいいと感じている。
先週から今週にかけての状態を聞かれたり伝えたりしたあと、
「まあとくにやってはいけないというようなこともなく、普通に生活していても大丈夫です。極端に辛いものとか熱いものとか、そういうものだけ避けてください」
と簡単に注意された。
「ソフトクリームが好きなんですが」
といってみた。
すると苦笑しながら、
「問題ないですよ。お好きなら食べてください」
「甘いものはガンの餌になるからダメという人がいるんですが」
というと、失笑をいただき、
「そんなことはないですよ」
言下に否定されたので、安心した。
いい先生だな。
私はソフトクリームが好きなのだ。