2020年5月11日月曜日

小夏という果物、かわいいのなんのって

ゼミ生のかなえさんから小夏という柑橘系の果実をいただいた。
名前だけ聞いて食べたことあると思っていたのに、じつは見るのも食べるのも初めて。
なんてかわいいんだろう。そしておいしい。
香りも柑橘類特有のフレッシュさといっしょに、上品で柔らかい甘さもあって、ほぐされそう。
見ているだけど元気になる。

今日は暖かくて、かたつむりペースでゆっくりと身体の声を聞きながらすごしてみよう。
かなえさん、ほんとにありがとう!

2020年5月2日土曜日

連休中もフリーテキストはフリーのまま(笑)

食欲低下と奮闘中。
そのいっぽうで一方で、毎日、オンラインイベントに多くの方とコンタクトできていて、楽しくすごさせていただいてます。
ほんとにありがたい。

私の朗読用フリーテキスト「水色文庫」にも毎日のように「読ませていただきました」「読ませてください」という連絡が到着して(その到着は必要ないんですよ)、うれしさ連続です。
テキストだけでなく、動画も見ていただく人が増えてきているようで、うれしいです。

今日もこんなメールが……
「城ゆうさん、こんにちは! YouTubeの対談も拝見しております!思いあたったり、勉強になったりと楽しいです。コラボでも、一人でも、水城ゆうさんが、淡々と話している様子が心地よく、好きです♪ずっと聞いていられます」

なんてうれしいことをおっしゃっていただけるんでしょうね。
どうぞどうぞ、私の作品を楽しんで読んでくださいね。

紙本の『共感的コミュニケーション』もどさっとまとまって注文をいただいたりもしてます。
そういえば、もうすぐ私の誕生日なんですよ。
お祝いの日々が立てつづけにやってきてます。
なんとか体調をととのえてがんばっていきましょ〜!

2020年4月30日木曜日

(Manabi JAPAN)水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。「穀雨」

まなびジャパン(Manabi JAPAN)で配信中の「水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。」の最新更新のお知らせです。

太陰暦の時代、春夏秋冬それぞれを6つに分けて24等分し、その区切りと区切られた期間の季節を表すために作られた二十四節気。七十二候はそれをさらに3つの項に細分して季節の移ろいを表したものです。些細な兆しからいつしか劇的な変化を遂げていく日本の四季を、水城ゆうがピアノで表現します。

今回は「穀雨」の項です。
書き下ろしのショートエッセイも掲載されています。

アクセスはこちら。

2020年4月26日日曜日

車のなかから高速移動でオンラインイベントを開催

今日はこれから午前中に、北陸の実家から北陸自動車道経由で名古屋まで走る。
木曜日からコロナウイルス関連で有給休暇が取れていた息子が帰省していて、名古屋まで運転してくれるというので、私は助手席でラップトップを開いて、ミーティングサービスzoomを利用してオンラインで現代朗読ゼミをホストする予定だ。

いつもは10時スタートで国立・春野亭から開催しているのだが、このところリアル参加者はおことわりしていてオンラインのみで開催しているので、ネットがつながりさえすればどこからでもやれる。
ありがたいことだ。
しかし、移動中の車からホストするというのはあまりないし、高速道路の風景ではあるが濃春の移り変わりゆく景色のなかでオンラインゼミをやるのはあまりないと思うので、ちょっと楽しみ。

今日はいわゆる「本ゼミ」と呼ばれる、いつも春野亭でおこなっていた私が主催の基礎トレーニングを中心とした現代朗読の練習会をオンラインに移行したものだが、本ゼミ以外にも「サブゼミ」として朗読家の野々宮卯妙が朗読表現の技術的な側面に現代朗読のアプローチで切りこんだトレーニングや、現代朗読としてのテキストの読解法など緻密な練習法などもおこなっていて、オンラインゼミは意外なほどに充実してきている。
さらにまだまだオンラインでやれることも多くありそうで、今後が楽しみでもある。

名古屋で息子と別れたあとは、ひとりで中央道経由で東京・国立まで運転してもどるのだが、その途中も小説・文章塾である「ひよめき塾」もおこなうことになっている。
もちろん安全運転第一を心がけたいが、眠気防止にはこれ以上ないほどおもしろい作品がいつも集まってくるので、今日も楽しみだ。

オンラインといえば、昨日は伊藤勇一郎くんが作った現代朗読のワークショップとスタジオパフォーマンスの映画「Sing a Poem」の関係者試写会をオンラインでおこなった。
たくさんの方が参加してくれて、また豊かな感想をシェアしてくれて、(私の体調がいまいちだったのが残念だったが)幸福な時間だった。
本編試写会は5月5日夜にも予定されていて、こちらはどなたも参加できるので、みなさんにもぜひご覧いただきたいと思っている。

上映会の参加申し込みはこちらからどうぞ。

2020年4月20日月曜日

VLOG 2020.4.20 東海北陸縦貫道、九頭竜湖、山桜



2020年4月19日(日)。

新型コロナウイルスの感染騒ぎが収束しないなか、東京・国立から北陸・越前奥越地方の実家まで車で移動しました。
中央道から東海北陸縦断道で白鳥まで。
白鳥からは高速道路未開通だけど工事中の一般道を、九頭竜湖、和泉村のまだ早春の風景を残した風景のなか、ドライブ。
いつもなら日曜日とあって行楽ドライブでいっぱいだけど、さすがに行楽客はまばらでした。

2020年4月14日火曜日

表現よみ・渡辺知明さんとの対談(水城ゆうロングインタビュー Vol.5)表現よみと現代朗読



朗読を「文芸」としての芸術表現にまで高めようという運動を長年つづけてこられたグループ「表現よみ」の代表である渡辺知明さんと、表現よみについて、あるいは現代朗読について、そしていまの日本が置かれている朗読の状況について、それぞれ独自のアプローチをおこなっている立場から突っ込んだお話をさせていただきました。



専門的な話も含みますが、朗読表現、語り表現とはなにかについて、刺激的な対談になったのではないかと思います。



話 talk : 渡辺知明 WATANABE Tomoaki

    水城ゆう MIZUKI Yuu

    野々宮卯妙 NONOMIYA Utae

    平野加奈江 HIRANO Kanae



制作 produce : アイ文庫 iBunko

編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.



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2020年4月10日金曜日

春野亭日乗 4月9日(木)感染リスク、非常事態宣言

もうすっかり散ってしまったけれど、国立駅前の大学通りの桜並木のようすを見るためにキックボードに乗ってほんのちょっぴり散歩に出るほかほとんど家から一歩も出ない何日かを送っている。
新型コロナウイルスに対する非常事態宣言が出たということもあるが、そもそも感染リスクは私の場合、高い。

末期ガンによるかなり極端な免疫低下があって、もしいま感染したら重症化はまぬがれないだろう。
重症と診断されても空きベッドがないという状況が現実化しはじめていて、そのばあい、人工呼吸器が使えないことによる死が待っている可能性が少なくない。

日本の場合、罹患者がどのくらいいるのか、そもそも検査体勢が貧弱なので統計予測がまったくできていない。
先進国のなかでは極端にICUのベッド数が少ないという事実もあって、もし重症患者がいちどきにやってきても受け入れられない(それを医療崩壊という)現実がある。
すこし前なら私も重症化したとしてもICUで治療を受けられたかもしれないが、いまはどうなんだろう。

日々感染者数が増加しつづけているのを見ると、空きベッドがすべて埋まってしまっていて、現実に軽症患者(といっても人工呼吸が必要ないという程度の「軽症」)が自宅や国が借り上げたビジネスホテルにどんどん吐きだされているようだ。
政治的な思惑や立場を抜きにして、まちがいなく日本のコロナ対策は極端に後手に回っていることは明らかだ。
患者側の目から見ればそれは危機的な体感覚として迫っている。
つまり、いま感染するわけにはいかない。

出かけたときにちょっと注意深くしているとわかることだが、私たちはいろいろな場所やものに無意識に触りつづけている。
そしてその手でまた自分の身体や顔、口、目、鼻、耳などを頻繁に触る。
これを完全にシャットアウトするのは、ほぼ不可能といってもいいくらいだ。
きちんとトイレで手洗いをしたとしても、その手で蛇口に触る、ペーパーに触る、ドアノブに触る、カバンを持つ。
カバンはそもそも床や、他人が座ったり触ったりしている椅子や机に置いている。
ケータイ電話を置くのは、他人が触ったりケータイを置いたりしていたテーブルの上だ。

食事をしても、買物をしても、他人が触ったものを自分が触らないようにはできない。
宅急便が届けられたときも、その荷物、サインのペン、伝票、対面での至近距離の呼気交換、配達人が触ったドア、足跡、さまざまな感染リスクが一瞬にして生まれる。

完全に感染リスクをゼロにするのは不可能といっていいだろう。
せめてマスク、手洗いの励行、がんばって使い捨ての手袋、手指の消毒薬の携行をこころがけくらいだ。
それ以上に現実的な対策といえば、健康管理をしっかりとやって、免疫力の低下をまぬかない生活をこころがけるくらいだが、そもそも持病で免疫低下がデフォルトになっている私のような人間はどうすればいいんだろう。

対面での講座やレッスンはすべてオンラインに切りかえた。
インターネットがあってほんとによかったと思う。
いや、ほんとに。

逆に、オンラインでできることはなんだろうとかんがえてみると、まだまだいろいろなことができることもわかってきて、楽しい面がないわけではない。
試してみたいことがいくつか出てきた。
いくつか機材が必要になったが、それもネットで注文して、宅配便で玄関まで届けてもらえる。
流通にかかわるリスキーな仕事をしてくれているみなさんに、心から感謝する。

このようにずっと引きこもっているとはいえ、実際にはかなりアクティブな生活をしている。
現代朗読ゼミはオンラインに移行してこれまで以上に活発に開催している。
しばらく休止していた野々宮卯妙による「読解」ゼミも再開した。
文章講座であるひよめき塾はこれまでどおり開催している。
共感手帳術の講座も新規参加者もふくめて継続的に開催している。

これらに加えて、私が執筆した『マインドフル練習帳』を使ったマインドフルの練習会を週に3〜4回のペースでスタートした。
1回の時間が約30分と短いのだが、リピーターも新規参加者も熱心に参加してくれていて、とてもやりがいがあるし、楽しい。

このようにオンラインのミーティングシステムを使ったイベントや勉強会をとてもアクティブに継続していて、毎日けっこう忙しかったりする。


ところで、この文章はひさしぶりに近所の行きつけの喫茶店で書いている。
何日ぶりだろうか。
不特定多数の客が出入りする店は、感染リスクが高いことはいうまでもないが、店もできるだけの対策を打っているようだし、私もそれなりの対策をこころがけて来ている。

どういう案配なのか、ここに来て、いつもの席にすわって、ラップトップをひらいて文章を書きはじめると、集中がもどってきて、さくさくと書きすすむ。
ここ何日かの不安からものを書くことにもまったく集中できずにいたのだが、それがもどってきた。
ちょっとしたことで執筆への集中がもどってくる。

執筆に集中するにはなにが必要なんだろうと、いまいちど洗いなおしてみたい。
そしてやはり文筆家であるところの私自身の仕事を、きちんと系統立てて積みあげておきたいと思っている。
そのなかには小説もふくまれている。

2020年4月7日火曜日

(Manabi JAPAN)水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。「清明」

まなびジャパン(Manabi JAPAN)で配信中の「水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。」の最新更新のお知らせです。

太陰暦の時代、春夏秋冬それぞれを6つに分けて24等分し、その区切りと区切られた期間の季節を表すために作られた二十四節気。七十二候はそれをさらに3つの項に細分して季節の移ろいを表したものです。些細な兆しからいつしか劇的な変化を遂げていく日本の四季を、水城ゆうがピアノで表現します。

今回は「清明」の項です。
書き下ろしのショートエッセイも掲載されています。

アクセスはこちら。

2020年3月31日火曜日

ラストメッセージ(6)キックボードで半世紀前にタイムスリップ

(English at the bottom)

〔末期ガンをサーフするⅢ〕

数日前にボイスパフォーマーの徳久ウイリアムくんとMariの3人でお昼ご飯を食べに行こうということになって、近所の店まで歩いて行った。
距離にして300メートルもないくらいの、ごく近所のイタリアンレストランだった。
そんな近距離にも関わらず、このところ痛み止めの薬の効きめが悪くなっていた私にとっては、歩いて行くにはかなり遠く感じられる距離だった。

杖をついて、というより杖に体重を預けてぶらさがるようにしてよろよろと歩く。
かなりのお年寄りの姿だ。

ひさしぶりに会った徳久くんも、私の急な変化にびっくりしたようだった。
私も情けない思いがある。
そのとき思いついたのが、キックボードだった。
このあたりでも子どもがよくキックボードを蹴りながらすいすいと移動している姿を見かける。
私も子どものころはそれでよく遊んでいた。

10年くらい前にキックボードがはやったことがあって、大人もずいぶん乗っている姿を見かけたものだが、最近はすたれたのかめったに見ない。
それでもネットで検索してみると、大人用のキックボードはいまでもいろいろ売られているようだ。

徳久くんとMariも「キックボードはいいんじゃない?」という意見になって、ご飯のあと時間があったのでさっそく3人で自転車屋に行ってみることになった。

府中の自転車屋には置いてなく、立川の自転車屋には子ども用のもの1種類しかなかったが、試乗できた。

キックボードに乗るのはたぶん、50年(半世紀)ぶりくらいだが、乗った瞬間に身体がおぼえている感覚が一瞬にしてよみがえってきた。
思いだしたというより、私の身体が半世紀前にタイムスリップしたような感覚だった。
なんの不自由もなくすいすいと乗れる。
もともとそう難しい乗り物ではないけれど、この乗り物を扱うための運動神経系が瞬時に活性化する感じは、びっくりしつつも気持ちいいものだった。

この店では購入せず、家に帰ってからネットであれこれ検索して、イギリス製の「フレンジースクーター」を通信販売で注文した。

それが今日の午後、届いた。
組み立てて乗ってみると、これこれ、この感じ。
すいすいと乗れて気持ちがいい。

そのままちょうど薬を処方してもらう必要があった近所の病院まで乗っていく。
杖をついてよたよたと5分くらいかかって行っていたのだが、今日はあっというまに30秒くらいで到着してしまった。
これなら、病院にかぎらず、近所のコンビニや本屋や喫茶店などにも気楽に出かけられる(新型コロナウイルスには気をつけなければならないが)。
そして薬は医療用麻薬のオキシコンチンを15ミリグラムから20ミリグラムに増量して処方してもらった。

痛みがなくなり、移動も気楽になって、快適な時間が増えるといいのだが。


A few days ago, voice performer Tokuhisa William, Mari and I went out for lunch and walked to a nearby restaurant.
It was a very close Italian restaurant, less than 300 meters away.
Despite the short distance, for me, the effectiveness of my painkillers has been getting worse, so it was a pretty long distance to walk.

I staggered with my cane, or rather with my weight on it.
I look quite old.

Tokuhisa, whom I hadn't seen for a long time, seemed surprised at my sudden change.
I also feel sorry.
Then he thought of a kickboard.
Then I thought of a kickboard.
I often see children moving smoothly by kicking a board around here.
I used to play with it when I was a child.

There was a Kickboard fad about 10 years ago, and I saw a lot of adults on it, but it's rare to see it go out of fashion these days.
Still, a search on the Internet shows that there are still plenty of adult scooters available.

Tokuhisa and Mari agreed, "How about a kickboard?" and as we had time after dinner, the 3 of us decided to go to the bicycle shop.

Bicycle shops in Fuchu didn't sell them, and those in Tachikawa had only one type for children, but I was able to test drive it.

It's probably the first time I’ve been on a kickboard in 50 years (half-century), but the moment I get on it, the feeling that my body remembers comes back in an instant.
It was more like my body slipped half a century ago.
I can ride smoothly without any inconvenience.
It's not exactly a difficult ride, but the feeling that the motor nervous system is instantly activated to handle it was amazing and refreshing.

I didn't buy it at this store, but after I got home, I searched this and that on the Internet and ordered "French scooter" made in England by mail order.

It arrived this afternoon.
When I put it together and got on, it was like this, this, this.
It feels good to ride smoothly.

Just like that, I go to the nearby hospital where I needed to get prescribed medicine.
It took me about 5 minutes to wobble with my cane, but today I arrived in about 30 seconds.
With this, you can easily go not only to the hospital, but also to nearby convenience stores, bookstores and coffee shops (We have to be careful of new coronaviruses.).
The drug was prescribed with an increased dose of the medical drug oxycontin, from 15 to 20 milligrams.

I hope the pain will go away, I'll be able to travel more easily, and I'll have more comfortable time.

2020年3月30日月曜日

新刊『私という現象 末期ガンをサーフするⅡ』(Kindle)

新刊『事象の地平線 末期ガンをサーフする』が、アマゾンの電子書籍・Kindleで配信スタートしました。

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食道ガンのステージⅣ(末期ガン)で余命数か月とされた著者が、幸福な終末の日々を送る現在にいたる道すじや経験と、いま現在の日々を記録した長い自己紹介(プロフィール)としての随筆。ブログ連載を経て、書籍化にあたって大幅に加筆修正したものをあらたにリリースしました。
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ダウンロード価格100円です。
Kindle unlimited(読み放題/無料)にも登録しています。
こちらからどうぞ。

2020年3月26日木曜日

(Manabi JAPAN)水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。「春分」

まなびジャパン(Manabi JAPAN)で配信中の「水城ゆう二十四節気七十二候ピアノ語り。」の最新更新のお知らせです。

太陰暦の時代、春夏秋冬それぞれを6つに分けて24等分し、その区切りと区切られた期間の季節を表すために作られた二十四節気。七十二候はそれをさらに3つの項に細分して季節の移ろいを表したものです。些細な兆しからいつしか劇的な変化を遂げていく日本の四季を、水城ゆうがピアノで表現します。

今回は「春分」の項です。
書き下ろしのショートエッセイも掲載されています。

アクセスはこちら。

現代朗読ゼミはオンラインでもやれるのだ

この週末、東京都に外出自粛の要請が出た。
首都封鎖すなわちロックダウンという事態を回避するための要請だという。
やむをえない事態だろうと思う。
日本はまだ踏みとどまっているが、世界に目を移せば大変な事態になっている国が多い。
海外在住の友人らからの生の声を聞く機会もあるが、いずれもかなり深刻な事態になっているように思う。
日本もそのような事態を避けられないかもしれないが、回避するための対策は必要だろう。

もっとも、そのことで大きな犠牲を払わなければならないことも事実で、こちらも諸外国のように政治が手当を覚悟しているのかどうかというと、なんだかあやしい感じがして信用できない。
ただちに困窮におちいる人もおおぜいいるのではないか。
そのための喫緊の手当が迅速になされているのか。

それはともかく、週末には私も現代朗読ゼミとひよめき塾のイベントがふたつ開催予定だ。
ひよめき塾はほぼオンラインのみで開催しているので、これまでどおり開催できるが、朗読ゼミは国立の会場まで身を運んでもらうのが基本なので、これをどうするかという問題がある。

現代朗読は朗読を身体表現ととらえ、基礎トレーニングも武術でいうところの「体認」のエチュードを用いることが特徴といえるが、アプローチはそればかりではない。
もともとオーディオブックの収録やネット回線を使った朗読ライブからスタートした活動だったこともあって、オンラインでもやれる練習はたくさんあるし、また練習にかぎらず実際のライブパフォーマンスや音声収録、さらには映像収録にいたる活動まで広い間口を持っている。
これを機会に、今後しばらくはこのような切口も活動の柱に据えていきたいと思っている。

国立まで来れる人はもちろん歓迎するが、来れない人、来ることがためらわれる人は、この機会にぜひともオンラインで参加してみてほしい。
まずは単発の体験参加のみも歓迎する。


◎3月28日:臨時朗読ゼミ(水城ゼミ)
ゼミ生が個人レッスンを受けるタイミングで臨時の現代朗読ゼミを開催します。新型コロナウイルス対策を受けてオンラインでの参加も歓迎です。それなりの内容で開催します。3月28日(土)10時半から約2時間。

2020年3月25日水曜日

島田啓介さんとのロング対談その2(水城ゆうロングインタビュー Vol.4)マインドフルネス



ティク・ナット・ハン師の著書の翻訳者であり、日本におけるマインドフルネスイベントの第一人者としても知られるダーさんこと島田啓介さんとの対談、その2日めです。


いまここの自分と自分のまわりのことに「気づき」つづけることが大切だと説くマインドフルネスの心ですが、それはけっして「刹那的に生きる」こととは違います。
過去の失敗や後悔をいまこの瞬間の行動の質にどう生かすのか、またもともと我々が持っていた気づきの能力を、あらためて生活のなかでどのように復活させていくのか、2日めはちょっとまじめにマインドフルネスについて語りあってみました。

話 talk : 島田啓介 SHIMADA Keisuke
    水城ゆう MIZUKI Yuu

制作 produce : アイ文庫 iBunko
編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.

2020年3月24日火曜日

島田啓介さんとのロング対談その1(水城ゆうロングインタビュー Vol.3)マインドフルネス



ティク・ナット・ハン師の著書の翻訳者であり、日本におけるマインドフルネスイベントの第一人者としても知られるダーさんこと島田啓介さんとの対談、その1日めです。


だれもが持っている過去の後悔の念、失敗の思い出、まだ起こってもいないことについての不安と、いまこの瞬間のマインドフルネスの質の関係について。
また、お互いにただただ受け取りあい、受け入れあうことができる人の関係性について。
そんなことを話しています。

話 talk : 島田啓介 SHIMADA Keisuke
    水城ゆう MIZUKI Yuu

制作 produce : アイ文庫 iBunko
編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.

2020年3月23日月曜日

春野亭日乗 3月22日(日)桜のスケッチ、ホビット村から来てくれたみなさん、たらい舟

春分の日の金曜日に北陸の実家から国立・春野亭まで車で移動。
運転は支障なく健康時と変わりないと思っていたけれど、トイレ休憩以外に休みなしの500キロ近い運転はさすがに疲れる。
長距離運転はそろそろむずかしくなりつつあると自覚せざるをえない。

しかし夜は定量以上の薬を飲んでしっかりと眠り、土曜日には疲れが残っているようには感じなかった。
ただし薬の分量とタイミングがあいかわらずかみあっていないようで、まったく快適でない。
つまり、痛い。

土日は現代朗読ゼミをひさしぶりに2日間連続で開催した。
野々宮が西荻窪のほびっと村でおこなった瞑想の会や311の詩の会で現代朗読に興味を持ってくれた人が、それぞれ体験参加してくれてありがたかった。
現代朗読に興味を持って体験に来てくれる人はなかなかいなくて、どういう人たちにアピールすればいいんだろうといつも悩んでいるのだが、なるほど、ほびっと村ね。
ここにいたのね(笑)。

みなさん、いずれも感受性の柔らかな方ばかりで、現代朗読の理念をすぐに理解して基本トレーニングの体験も楽しんでおられた。
また遊びに来てくれるとうれしいな。

いろいろなことが重なって、気持ちはだいぶ沈みがちになっている。
不安定なたらいに乗って波間をただよっているような気分だが、自分が乗っているたらいをみずからひっくり返したくなっている。
マキさんのライブにも結局行けなかった。

2020年3月21日土曜日

池のクレソンのスケッチ

ひさしぶりに紙と絵の具でスケッチ、葉書サイズ。
というか、いただいたお手紙への返信用。

実家の裏庭の池のすみっこに、いつのまにかクレソンが生息していて、ちいさな花を咲かせている。

昨日、東京・国立にもどり、今朝は近所のさくら病院まで這うようにして行ってきた。
医者が薬の処方の分量をまちがえて、明日・日曜日の分が丸々足りないことに気づいたのだが、幸い今日診察をやってるというので、薬を処方してもらいに行ってきた。
これで金曜日まで安心。

それにしてもあいかわらず痛みのコントロールがうまくいってない。
あがったりさがったり。

2020年3月18日水曜日

Kindle本100均キャンペーンなう

べつに新型コロナウイルス騒ぎに便乗するわけではありませんが、在宅の機会が増えたり、本でも読んでみよう、この際なにか勉強してみるかな、とかんがえる人が多くなっているようなので、私のKindle本のなかでとくに読み物系のコンテンツをすべて一律100円(税込)に値下げしました。
この機会にお楽しみいただければ幸いです。

Kindle unlimited に登録している方はもともと無料で読めます。
以下のコンテンツが100均です。
これらの本のリンクはこちらにまとめてあります。


『事象の地平線 末期ガンをサーフする』
『雨降りだからピアノでも練習しよう』
『なぜ私はここに来たのか——ドイツ演奏旅行記』
『縁側の復権——共感的コミュニケーション2019』
『共感的コミュニケーション2018』
『共感的コミュニケーション2017』
『仕事をやめたいと思ったときに――共感ハンドブック Vol.1』
『祈る人5 舞踏病の女』
『祈る人4 青い空、白い雲』
『祈る人3 アンリ・マティスの七枚の音』
『祈る人2 今朝の蜜蜂は羽音低く飛ぶ』
『祈る人1 彼女が神様だった頃』
『秘密』
『桟橋』

2020年3月15日日曜日

ラストメッセージ(5)花粉症消滅の不思議

(English at the bottom)

〔末期ガンをサーフする3〕

1月の終わりから2月にかけて、ちょっと鼻がぐずぐずしたり、目がかゆくなったりと、何度か「あれっ?」と思う瞬間があって、あらかじめ用意してあった抗アレルギー薬(アレグラ)を飲んだこともあるのだが、以来、今日にいたるまで本格的な症状はまったくといっていいほど出ていない。

先日、カルメン・マキさんが遊びに来てくれたとき、彼女も長年の花粉症に悩まされている人だったので、今年の症状の話になったのだが、彼女は早々とひどい症状に悩まされているという。
今年は出かける機会が少なかったので、花粉症について人と情報交換する機会が少なかったり、そもそも外で花粉を浴びる機会が少ないということもあって、症状が出にくいのかと思っていたのだが、花粉そのものは大量に飛んでいるらしい。
なぜか症状が出ない。
花粉症がなくなったとしか思えない。

私の場合、30年近く悩まされてきた覚えがある。
さまざまな対症療法や予防法をためしてきたが、どれも失敗に終わった。
それでもここ10年くらいは、アレグラという抗アレルギー薬が比較的体質にあっているようで(眠気も出ない)、初期症状のうちに飲むことで症状を軽微に抑えることができていて、助かっていた。
そのかわり、アレグラを手放せなかった。
ひどいときは日に2錠以上飲まないと抑えられなかったし、最悪のときはそれでも抑えきれないこともあった。

それなのに、今年はほぼ出ていない。
ガン末期の痛みに対処するために飲んでいる医療用麻薬のおかげだろうか。
そんな話は聞いたことがないけれど。

ほかに、いろいろな人から「これはガンにいい」といってさまざまな飲み物や薬が送られてきて、ひととおり試しているのだが、そのうちのどれかが効いているのかもしれない。
あまりにいろいろあるので、どれが効いているのかさっぱりわからないけど。

いずれにしても、花粉症もなく、ガン末期というわりには体力もあって、痛みのコントロールさえうまくできればさまざまなことが支障なくできていることはありがたい。
花粉症がないことが例年よりも快適なくらいだ。

私に会いに来てくれた友人たちはほぼ例外なく、
「思ったより元気で安心した」
という。
放射線治療中も体力を維持するための努力をつづけていたしね。
とにかく体重を落とさないことに留意して、カロリーの高いものとたんぱく質をがんばってとっていた。
脂濃いものが体質的に平気なのも幸いだった。

「グレタさんに怒られる」といいながら、ステーキや揚げ物などの脂濃いものや、アイスクリームなどの乳製品や菓子類をせっせと食べていた。
なにが身体にいいとか、健康的だとかより、まずは体重を落とさないこと。
おかげで昨日は東京から北陸の実家まで、500キロ近くをひとりで、ほぼトイレ休憩をのぞいてノンストップで、とくにいつも以上の疲れもなく運転できた。

体力があって、痛みがコントロールできれば、自分のやりたいことができる。
その結果がどう出るかはわからないが、いまこの瞬間が気分よく、充実して生きていられるという事実が、私にはなにより大切なことなのだ。


From the end of January to February, I felt a little itchy, and there were a few moments when I thought, "Huh?" and I took an anti-allergic drug (Allegra) that I had prepared beforehand. But to this day, I have hardly had any serious symptoms.

When Carmen Maki came to visit the other day, she was also suffering from hay fever for many years, so we talked about her symptoms this year, but she said she was suffering from severe symptoms soon.
I didn't have many opportunities to go out this year, so I didn't have many opportunities to exchange information with people about hay fever, and I didn't have many opportunities to be exposed to pollen in the first place, so I thought it was difficult for the symptoms to appear, but the pollen itself seems to be flying in large quantities.
For some reason, I don't have any symptoms.
I can only think that hay fever is gone.

For me, it's been almost 30 years.
We have tried various symptomatic treatments and preventive measures, but all have failed.
Even so, for the past 10 years or so, Allegra, an antiallergic drug, seems to be relatively in my constitution (not get sleepy), and I have been able to control the symptoms to a slight degree by taking it during the initial symptoms, and it has been very helpful.
Instead, he couldn't let go of Allegra.
In the worst case, I had to take more than two pills a day to control it, and in the worst case, I still couldn't control it.

However, it has hardly been released this year.
Maybe it's because of the medical drugs he takes to cope with the pain of terminal cancer.
I've never heard of such a story.

Other people have sent me various drinks and medicines saying "This is good for cancer." and I've tried them all, but one of them may be working.
There are so many that I have no idea which one is working.

In any case, she doesn't have hay fever, and despite being in the final stages of cancer, she has a lot of physical strength, so if she can control her pain well, I'm glad she can do many things without any problems.
The absence of hay fever is more comfortable than usual.

My friends who came to see me almost without exception,
"I am relieved that he is healthier than I thought."
he said.
I will continue my efforts to maintain my physical strength during radiation therapy.
I tried to eat high-calorie foods and protein, keeping in mind that I wouldn't lose weight.
It was also fortunate that fatty foods were not bad for him.

He said, "Greta gets mad at me." but he was busy eating fatty foods such as steaks and fried foods, and dairy products and sweets such as ice cream.
First of all, don't lose weight, rather than trying to figure out what's good for you or what's healthy.
Thanks to this, I was able to drive by myself from Tokyo to my parents' house in Hokuriku, which was about 500 kilometers away, almost nonstop, except for a rest room, and I didn't feel any more tired than usual.

If you have strength and can control the pain, you can do what you want.
I don't know how it will turn out, but the fact that this is the moment when I can feel good and live a fulfilling life is more important to me than anything else.

2020年3月14日土曜日

水城ゆうロングインタビュー Vol.2 現代朗読基礎訓練は天才メーカーの段階へ



ピアニスト/小説家で朗読演出家でもある水城ゆうのロングインタビュー、その第二弾。

インタビュワーは野々宮卯妙。

現代朗読ゼミではすべての表現の基礎となる体認トレーニングを毎回おこなっていますが、なぜ水城はそれにいっしょに参加しないのか、という問いからはじまって、表現者がさらなる高みへと向かうためのトレーニング方法について可能性を見つけた話をしています。
体認、マインドフルネス、フロー、ゾーン。すべての人が「達人」になる道としての表現トレーニングを、近くはじめることになるでしょう。

話 talk : 水城ゆう MIZUKI Yuu
聴き手 interview : 野々宮卯妙 NONOMIYA Utae

制作 produce : アイ文庫 iBunko
編集 edit : ジューシーラボ Juicy Lab.

2020年3月13日金曜日

ラストメッセージ(4)ガンと闘うな、痛みと仲良くなれ

(English at the bottom)

〔末期ガンをサーフする3〕

ステージⅣの食道ガンが見つかって10か月がたとうとしている。
先日は市役所に出すための介護保険の申請書を書いたが、病名を「末期ガン」と記入した。
「末期」である。
このあとはない、ということだ。

担当医とも当初から「根治をめざさない」という方針で同意し、そういう方向で治療をすすめてきた。
治療といっても、ガン根治が目的ではなく、日常生活ができるかぎり快適にすごせるようにするための治療である。

私のニーズは「生きのびる」ことではなく、「ガンを根治する」ことでもなく、「できるだけ生活のクオリティを落とすことなく毎日を快適にすごし、日々の時間をじっくりと味わいながら、やりたいことを心おきなくやりつくすこと」である。
「死ぬときまでできるだけ生き生きと生きること」である。
そのことは複数いる担当医も合意してくれている。

合意に至る前の、セカンドオピニオンをもらった医師のなかには、従来のような暴力的で強圧的な「あんた、のんきなこといってると死ぬよ。なんとしてでも生きぬく、その意欲を示してもらわないと、医者もそれに応えられないんだよ」と迫った者もいる。
その医師の熱意はありがたかったし、ある意味では職業倫理の深いすばらしい医師なのかもしれなかったが、いまの私には同意できない。

私はガンと闘わないことを選択した。
ガンと闘うことを選択するというのは、まずは抗ガン剤、そして放射線治療、摘出手術、さらに重ねて抗ガン剤という標準治療といわれる手順=ベルトコンベアに乗ることだ。
私はそれを選ばなかった。
近代的な専門病院や専門医は、そんな患者の意志を最大限尊重してくれることもわかった。

根治を目的としなくなったとき、治療が目的の消化器外科や化学療法科や放射線科といった病院の治療部門は、やることがなくなる。
ガンがどの程度進行しているのか、お願いすれば検査くらいはしてくれるかもしれないが、そもそも治療をしないので一見かなり冷たい対応となる。
しかし、こちらにはまだ気がかりがあって、快適に日常生活をいとなむには、たとえば痛みの問題があったり、食事や排泄に支障があればそれに対処したかったりする。

私の場合、食道にガンがあって、それがしだいに肥大して食道をふさいでいった。
食べたり飲んだりしたものが食道を通りぬけにくくなってきたのだ。
そのため、抗ガン剤による治療はおこなわず、また摘出手術もしなかったが、放射線照射治療はおこなった。
医師が食道閉塞には効果的だろうという判断をしたからで、私もそれに同意した。

食道のガン部位への放射線照射治療は全部で30回おこなった。
その結果、ガン部位はかなり縮小して、飲食にはほとんど支障がないほどまでに回復した。
これはありがたかった。
なにもしなければ食道はやがて完全にふさがり、水も通らなくなっただろう。
胃瘻をおこなうか、ステントを入れて強制的に通り道を確保するしかない。
あとは栄養失調で死にいたる。

食道への放射線治療はうまくいったが、今度は腰と下腹部への痛みが出てきた。
腹部大動脈の脇にあるリンパ節に転移があって、そちらが増大化・肥大化しているらしいが、痛みはそれが原因かどうかよくわからないという。
たしかに、腰とか下腹部はリンパ節から離れているような気がする。
医者も首をひねっている。
が、効果があるかもしれないということで、腹部への放射線照射治療を10回だけおこなうことになった。

現在、その治療が終わって10日ほどたつのだが、目立って効果が出たようには感じない。
つまり、痛みは相変わらずあるし、むしろ強まっているような気もする。
(ゆっくりとでもいいので効果が現れてくれるとうれしいのだが)

やれることは全部やったので(放射線治療はおなじ箇所には二度とできない)、あとは対症療法で毎日が快適にすごせるように工夫するのみ。

もっかのところ、最大の問題は痛みだ。
痛みがあると集中力もなくなるし、そもそもやる気がいちじるしくそがれる。
なにもやる気になれない。
ご飯もおいしくないし、ただじっとしているだけでもしんどい。

幸い、近年の医療は緩和ケアが進んでいて、さまざまなペイン・コントロールの方法や薬が出ている。
私は医療用麻薬のオキシコンチンを処方してもらって、最初は5ミリグラムを日に2回飲んでいたが、昨日から10ミリに増量した。

麻薬というとなんとなく聞こえが悪いのだが、痛みは緩和されるし、思ったほど副作用は強くない。
それほど眠くもならない。
集中力はそがれないし、感覚も鈍くならない。
鈍くなるのは痛みだけで、その他の感覚はいつもどおりというか、むしろ鋭敏になるくらいに思える。

完全な健康体とおなじ快適さとまではいえないが、ある程度快適な状態で私はやりたいことができる。

さて、ペイン・コントロールがある程度できて、ほかにはとくにやるべきことがないという状況のいま、私はなにをやりたいのか。
なにができるのか、そしてそれは本当にやりたいことなのかどうか、残り時間がどのくらいなのかわからないが、あまり多くはないかもしれない時間を使ってやるだけの価値が自分にとってあることなのかどうか。
私の生命が欲している本当のニーズはなんなのか。

これから私はそのことについて、自分の存在そのもの——とくに身体——とじっくり対話を重ねてみようと思っている。
いったい私自身はどんなことを望んでいるというのか、身体はどんなふうに答えてくれるのだろうか。

それを実行した結果、私にはどんなことが起こるのだろうか。
ガンは変化するのだろうか。


It has been 10 months since stage IV esophageal cancer was found.
Recently I wrote an application for nursing care insurance to submit to the city office. The name of the disease was as "terminal cancer".
“Terminal stage".
There is no more.

From the beginning, the doctor in charge agreed to the policy of "have no cure" and recommended treatment in that direction.
The goal of treatment is not to cure cancer, but to make the quality of  life as comfortable as possible.

My need is "To spend every day comfortably without deteriorating the quality of life as much as possible, and to do what you want to do without minding, while enjoying the time of each day.” Is not "survive" or "eradicate cancer".
“The act of living as vividly as possible until one's death".
Several doctors agreed.

One of the doctors who received a second opinion before reaching an agreement urged them to "You're going to die if you take it easy. You can survive by any means, and if you don't show your willingness, the doctor won't be able to respond." as violent and coercive as before.
The doctor's enthusiasm was appreciated, and in a way, he might be a great doctor with a deep professional ethics, but I cannot agree with him now.

I chose NOT to fight against cancer.
The choice to fight cancer is to go on a conveyor belt, a standard treatment regimen known as anticancer drugs, followed by radiation therapy, surgery to remove the cancer, and then finally anticancer drugs.
I didn't choose that.
It was also found that modern specialized hospitals and medical specialists respect the will of such patients as much as possible.

When curative intent ceases to exist, hospital treatment departments such as gastroenterology, chemotherapy, and radiology will have nothing to do.
They may be able to test how advanced the cancer is, if you ask them, but since they don't treat it in the first place, it's pretty cold.
However, I am still concerned, and in order to enjoy my daily life comfortably, I want to deal with problems such as pain, or problems with eating and excrement.


In my case, I had cancer of the esophagus which gradually enlarged and blocked it.
It became harder for food and drink to pass through the esophagus.
Therefore, the patient was not treated with anticancer drugs and did not undergo surgery, but was treated with irradiation.
The doctor decided it would be effective for esophageal obstruction, and I agreed.

A total of 30 radiation treatments were performed at the cancer site in the esophagus.
As a result, the area of the cancer has shrunk to the point where it hardly interferes with eating and drinking.
If nothing had been done, the esophagus would soon have become completely blocked and no longer able to pass water.
Gastrostomy or stenting to force access is the only option.
The rest die from malnutrition.

Radiation therapy to the esophagus was successful, but she now has pain in her lower back and lower abdomen.
The lymph nodes on the side of the abdominal aorta appear to be enlarged and enlarged, but it is not clear whether this is the cause of the pain.
Indeed, the lower back and lower abdomen seem to be separated from the lymph nodes.
The doctor is also twisting his neck.
But the potential benefit led to 10 doses of radiation to the abdomen.

Now, about 10 days have passed since the treatment was completed, but I don't feel it has been noticeably effective.
In other words, the pain is still there, and it seems to be getting stronger.
(I would be happy if the effect appeared slowly.)

I did everything I could (Radiation therapy can never be done in the same place again.), so all I have to do now is to use symptomatic treatment to make my life comfortable.

The biggest problem is pain.
When I'm in pain, I lose my concentration and motivation.
I don't feel like doing anything.
The food is not delicious, and just sitting still is tiring.

Fortunately, palliative care has advanced in recent years, and a variety of pain control methods and drugs are available.
I was prescribed oxycontin, a medical drug, and at first I took 5 milligrams twice a day, but from yesterday I increased it to 10 milligrams.

Drugs don't sound good, but they relieve pain and have fewer side effects than you might think.
I'm not that sleepy.
I can't lose my concentration, nor can I lose my sense.
It is only the pain that dulls it, and the rest of the sensation seems to be the same or more acute.

If it's quite as comfortable as a perfectly healthy body, what do I want to do in some comfort.

Now that I have some pain control and nothing else to do, what do I want to do?
I don't know what I can do, and I don't know if it's really what I want to do, or how much time I have left, but I don't know if it's worth it for me to spend time that may not be too much.
What is the real need of my life?

From now on, I'm going to talk about it with my very being, especially my body.
How will my body respond to what I want?

What will happen to me as a result of that?
How does cancer change?