2019年2月26日火曜日

接続詞「だから……」にご注意!

(写真は本文とは関係ありません/羽根木みつばち部の活動風景)

親兄弟や夫婦、長い付き合いの恋人やパートナーや友人ほど、つながりの深さと同時に、お互いの関係性のなかで受けた痛みをたくさん抱えていることが多い。

なにかするたびに、瞬時に過去の痛み(経験記憶)がよみがえってきて、それを思わず相手に伝えたくなる。
それは一種の暴力として相手には働いてしまう。

そんなときに出てくることばの最初は、たいてい、
「だから……」

「だからいったじゃない」
「だから○○しとけばよかったのに」
「だからなんでそんなことするのよ」
「だからぁ……(以下不機嫌な沈黙)」
などなど。

「だから」という接続詞は、過去の痛みを表現するときの枕詞のようなものだと思っておけばよい。

飲みさしのワイングラスを、ちょいとテーブルの端に置いておいて、うっかり倒してしまった。
グラスが割れ、ワインがカーペットを汚してしまった。
「だから気をつけてといったでしょ!」
連れ合いからいわれて、腹が立つ。
あるいは落ちこむ。

そんなとき、まずは息を大きく吐ききって自分の身体に注意を向け、自己共感の時間を取る。
自分だってワインをこぼしたくて、グラスを割りたくて、わざとそうしたわけではない、うっかり失敗してしまっただけだ、たしかに過去にもそんな失敗をしたことがあってそこから学ばなかったのは悔しいけれど、だれにでもうっかりはある、そのことを強いことばで責められたくない、自分も失敗してしまったと思っている気持ちを受けとっとほしいし、失敗のフォローをいっしょにしてほしい。

自分のニーズにつながったら、相手のニーズにも目を向ける。
そんなとき、キーワード「だから」が役に立つ。
「だから」という枕詞を付けている相手は、きっと過去の痛みから思わず強いことばを発してしまったのだろう。
まずはそこに目を向けられるかどうか。
相手の痛みにも寄りそえるかどうか。

ふたりの関係性が大切なら、そんなことを日頃から心がけてみたい。


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