2019年2月5日火曜日

私の音楽歴——いかにして即興ピアニストになったか(32)

地下スタジオで毎月、定期的におこなっていたピアノ演奏のライブは「ディープ・リスニング」という名前だった。

マインドフルネスを知る直前に、音楽や朗読など音声表現活動の重要なヒントとして、ポーリン・オリヴェロスの『ソニック・メディテーション』やマリー・シェーファーの『サウンド・エデュケーション』を読みこみ、ワークショップでも実践していた。
その課程でディープ・リスニング(深く聴くこと)というキーワードを知り、自分のライブでもそれをキーワードにしてみようと思ったのだ。

何度かひとりでピアノ演奏のライブをおこなったあと、何回めかに、ふと、ゲストを呼ぶことを思いついた。
すこし前に知りあっていたウォルフィー佐野というサックス奏者にゲスト出演をお願いしたら、快く承諾してくれた。

ウォルフィーは全盲のミュージシャンで、ギターやヴォーカルもこなし、完全即興演奏も得意だった。

当日になり、会場と楽器のセッティングをしながら、なにげなく彼に尋ねた。
「照明はどうしよう?」
いつもかなり薄暗くして、オーディエンスにはなるべく音に集中してもらえるよう心がけていたのだ。
しかし、ウォルフィーの返事はそっけなかった。
「どうせおれ、見えないから、どっちでもいいよ」

いわれてみればそのとおりだった。
そこで私は、一曲だけ完全暗転のなかで演奏してみることを提案した。

地下スタジオだったので、明かり取りの窓を目張りしてしまえば、鼻をつままれてもわからないほどの完全な真っ暗闇にできた。
即興でのデュオ演奏だったが、たぶん10分くらいの完全暗転のなかでの演奏をおこなった。

「見えないのによくピアノが弾けますね」
といわれることがあるが、ピアノの鍵盤は幸い、規則的なならびになっている。
見えなくてもほぼ正確に弾けるのだ。

演奏が終わって照明をあげてみて、ちょっとびっくりした。
オーディエンスの何人かが涙を流し、ほかの何人かもすぐにことばを出せないほど感情を動かされていたのだ。
真っ暗闇のなかで音楽を聴くのは、ある人にとってはなにか強烈な影響を与える、ということが、そのときわかった。

ディープ・リスニング・ライブは、その後、「沈黙の朗読/音楽瞑想」としてこんにちにいたるまで10数年以上にわたって、私のライフワークのひとつとして継続しているイベントとなっている。