2017年4月19日水曜日

武術の稽古は人間関係の稽古にもつながる

この前の日曜日は韓氏意拳の世田谷初級講習会でした。
内田秀樹教練をお招きして、午後と夜のふたコマ開催しました(私は世話人)。

この日は技撃の教程をひととおりやる予定でしたが、体験参加の人がいたので(私の知り合いですが)内容がすこし変更になりました。
平歩站椿《へいほたんとう》から技撃椿《ぎげきとう》へ。
道具を使って身体の深度を見る稽古など。

とくにこの日はいったん緊迫感から拳の「状態」にはいってから、さらに身体への注目を低く深め、身体がさらに沈んでまとまりが深まることを体認していきました。
これがなかなかにきつい……
とくに体勢が斜めになる技撃椿での体認はことさらきつくて、ひとつの試みが終わると息があがって倒れそうになります。

きついんですが、それはけっしていやなきつさではなく、なぜか一種のよろこびをともなったきつさです。
身体がよろこんでいるんです。
マゾじゃないですよ(いやマゾでもいいんだけど)。

昼のコマと夜のコマのあいだの休憩時間に、近くのカフェに何人かで行ってコーヒーをいただきました。
そのときに出た話題。

人がだれかに対してなにかといらいらしたり、怒りをおぼえるのは、おもに「待てない」ことに原因があるのでは、ということ。
私も武術の稽古をやるようになって、日常のなかでも人を見る目が変わったり、あるいはもっと重要なこととして自分自身との付き合い方が著しく変化したり、といったことを経験しています。
これはとても役に立っています。
自分自身としっかりと付き合えるようになれば、他人とも自分の身勝手ではなくその相手の都合やペースを待ったり見たりすることで、じっくりと付き合えるようになる感じがあるのです。

つぎの私が世話人をつとめる韓氏意拳の講習会は、駒井雅和教練をお迎えして、国立での開催となります。
興味のある方は私にご一報ください。

国立・韓氏意拳初級講習会(5.12)
駒井雅和中級教練による国立での韓氏意拳初級講習会の2017年5月は、12日(金)午後にJR国立駅徒歩5分の会場にて開催します。