2013年12月7日土曜日

「光岡式英会話教室~武術と英語」に参加した

昨夜、韓氏意拳学会会長である光岡英稔導師の「光岡式英会話教室~武術と英語」という講習会に葛西区民館まで行ってきた。
私は半年前から韓氏意拳学会の会員だが、光岡先生の講座にはまだ出たことがなかった。
昨日のは韓氏意拳ではなく、ちょっと変則的な内容だが、光岡先生の講座を受けられるめったにないチャンスだったので、参加してみたのだ。

内容は韓氏意拳とは別に光岡先生が専門とする東南アジアの武術の解説と練習を、英語を使っておこなうというものだった。
英語の話し方や使い方についての直接的な解説はなかったが、なんらかの目的にそって英語を使いながら講座が進められるというのは、違和感がなく、学習法としてはすぐれていると感じた。
英語を使った料理教室もあるし、NVC仲間のせいじさんもNVCを英語で学ぶワークを主催したりしている。
私はまったく英語が堪能ではないが、相手がミュージシャンだったりすると会話がはずむ。

それはともかく、初めて直接触れた光岡先生の身体性は、やはり驚愕すべきものだった。
なにげなくやっている動き・動作がすみずみまで研ぎすまされたものであり、実際に自分もやってみようとしてもまったくできない。
そもそも私は膝が悪く、昨日の講座ではついていけない動きが多かったのだが、高いクオリティの武術の動きを見せてもらうことができていろいろと気づくことがあった。

もちろん年齢も年齢だし、身体的な障碍もあるので、光岡先生のような武術的動きをめざしてもとうていかなうものではないだろうが、講座の本質はそこにはなかった。
光岡先生はつねに、武術とは命のぎりぎりのやりとりの場であり、一触即発の交流で自分が生きのびるためにはどうしたらいいか、という「武」の本質をいつも見据えている人だ。
現代武道が準備されたある環境やルールのもとにすすめられ、勝ったの負けたの強くなったのといっている世界から一線を画し、われわれのむきだしの生命に直接触れるような動きや稽古をいつもおこなっている。
韓氏意拳ももちろんそれに通じる武術のひとつだ。

武術の大きなテーマのひとつは、死と生のダイナミックな交錯だ。
その瞬間的な交流において、自分があちら側に行くのか、こちら側に残るのか、そこに立ち向かう緊張感をもってなす稽古は、現代のぬるい日常生活の風景をも変えていくような気がする。

多くのことを教わり、気づいた日だった。
そして今夜は中野の内田先生の講習会で韓氏意拳の稽古をしてくる。

※羽根木の家で開催する韓氏意拳の体験講習会は12月15日(日)です。
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