ゼミ生の菜穂子さんから分けてもらったアロマティカスが元気で、どんどんのびてえらいことになってしまった。
どうすればいいのか訊いたら、ただポキポキ折り取って、それを水にさしておけば根が出るので、そうやって株分けしていけばいいとのこと。
やってみよう。
昨日の午後は富士見台の高齢者福祉施設まで「いきいき音読ケア」に行ってきた。
いつもはボイスセラピストのKATと野々宮が中心になっておこなっているのだが、野々宮が体調をくずしているので私がサポートで参加。
行ってみると、まだ準備ができておらず、参加者も集まっていない。
どうやら連絡がうまく行ってなくて、私たちが行くことを職員の方は知らなかったらしい。
急いで準備してもらったが、参加者は少なめ。
それでもいつものように音読ケアのプログラムを進めた。
このような音読療法を使った社会貢献の仕事に興味がある方は、まず2級ボイスセラピスト講座を受講してみてください。
次回2級ボイスセラピスト講座の詳細と申し込みはこちら。
参加者は10人足らずと少なかったが、いつものように進めていくにつれみなさんの顔が明るくいきいきとなり、声もよく出るようになって元気な雰囲気ができてくる。
それが楽しいのだ。
こちらもいろいろと気づいたり学ぶことがある。
そしてみなさんのお役に立てているという喜び。
今回はグランドピアノがある2階のサロンが使えず3階のサロンでおこなったのだが、3階にも電子ピアノがあったのでそれで最後に歌の伴奏をして、みなさんといっしょに唱歌「紅葉」を歌って終わる。
夕方、その足で明大前の〈キッド・アイラック・アート・ホール〉に行き、工藤大輔くんの個展「すばらしてん」を観てくる。
ちょうど工藤くんもいたので、製作の話などゆっくり聞けてよかった。
来年に向けてまた個展をやりたいという意欲も見せてくれたので、楽しみだ。
この展覧会の感想はあらためて別項にて。
水城ゆうブログ
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2013年12月17日火曜日
2013年12月16日月曜日
オンラインゼミ、基礎コース、共音のじかん、シアターχ
13日(金)夜。
自室からオンラインゼミを開催。
総勢8人がGoogle+のhangoutの画面にそろうのはなかなかにぎやかで楽しかった。
そしていながらにしてゼミがやれるのも楽チン。
もちろんリアルゼミほどしっかりとやれないけれど、リアルゼミがやれないときや、羽根木まで来れない人が参加するにはとっても便利。
Hangoutのおまけの装飾機能を使って遊んだりした。
14日(土)午前中。
現代朗読基礎コースの9回め。
残すところあと1回となった。
次期基礎コースは1月18日スタート予定。
詳細はこちら。
この次期基礎コースを受けて、「オーディオブック収録製作コース」と「ライブコース」を新設することが決まった。
興味がある方はこちらをご覧ください。
14日午後。
「共音のじかん」の第1回を開催。
フリーアナウンサーでヨガインストラクターの植村智子さんと私による、ヨガとヒーリング・ミュージックと音読療法の共同企画で、羽根木の家でゆったりとした時間をすごしてもらった。
私もヨガワークの横で即興で瞑想的音楽を演奏し、みなさんには喜んでいただけたようだった。
次回開催日が決まったらあらためてお知らせしたい。
14日夜は中野まで韓氏意拳の稽古に行った。
15日の日中は羽根木の家で韓氏意拳の体験講習会、私もみっちり集中して参加、大変気づきと学びの多い時間となった。
昨日15日(日)夜は、みぞれちゃんのお誘いで両国の〈シアターχ(カイ)〉まで、音楽評論家の西村弘治さんの「音楽塾」に行く。
モーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」の後半=第2幕をレコード鑑賞。
これには二、三回来ているが、今回もなかなかおもしろかった。
観客は10人くらいで、まったく贅沢な空間と時間だった。
自室からオンラインゼミを開催。
総勢8人がGoogle+のhangoutの画面にそろうのはなかなかにぎやかで楽しかった。
そしていながらにしてゼミがやれるのも楽チン。
もちろんリアルゼミほどしっかりとやれないけれど、リアルゼミがやれないときや、羽根木まで来れない人が参加するにはとっても便利。
Hangoutのおまけの装飾機能を使って遊んだりした。
14日(土)午前中。
現代朗読基礎コースの9回め。
残すところあと1回となった。
次期基礎コースは1月18日スタート予定。
詳細はこちら。
この次期基礎コースを受けて、「オーディオブック収録製作コース」と「ライブコース」を新設することが決まった。
興味がある方はこちらをご覧ください。
14日午後。
「共音のじかん」の第1回を開催。
フリーアナウンサーでヨガインストラクターの植村智子さんと私による、ヨガとヒーリング・ミュージックと音読療法の共同企画で、羽根木の家でゆったりとした時間をすごしてもらった。
私もヨガワークの横で即興で瞑想的音楽を演奏し、みなさんには喜んでいただけたようだった。
次回開催日が決まったらあらためてお知らせしたい。
14日夜は中野まで韓氏意拳の稽古に行った。
15日の日中は羽根木の家で韓氏意拳の体験講習会、私もみっちり集中して参加、大変気づきと学びの多い時間となった。
昨日15日(日)夜は、みぞれちゃんのお誘いで両国の〈シアターχ(カイ)〉まで、音楽評論家の西村弘治さんの「音楽塾」に行く。
モーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」の後半=第2幕をレコード鑑賞。
これには二、三回来ているが、今回もなかなかおもしろかった。
観客は10人くらいで、まったく贅沢な空間と時間だった。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.16
2013年12月4日夜、高円寺のライブハウス〈グッドマン〉でおこなわれたオープンマイク・イベントから、野々宮卯妙の朗読と水城ゆうの即興演奏のセッションをお送りします。
使用テキストは夏目漱石作「夢十夜 第五夜」です。
使用テキストは夏目漱石作「夢十夜 第五夜」です。
2013年12月15日日曜日
韓氏意拳ざんまい
昨日から今日にかけて、韓氏意拳の内容の濃い講座を3コマ、連続して受講した。
疲れはない。
むしろ元気になった感じ。
昨日の夜は中野でおこなわれた「駒井・内田・高橋が語る韓氏意拳の味わい」という、3講師合同による講習会。
駒井先生は昭島市を中心に教えておられる方。
内田先生は私がいつも中野で習っている方。
高橋先生は山形市で教えておられる方。
広い会場だったので、どの先生に習っても自由ということで、私はかねてからTwitterでもちょっと交流のあった駒井先生のサークルに加わった。
いつもの形体訓練や平歩站椿はなく、遊びを使って意拳の「状態」の高まりを体感する工夫されたプログラムを受けることができて、なかなか楽しかった。
おなじことを別の角度からいわれて、あらためて違った形で腑に落ちることもあった。
終わってからは3講師と残った参加者数人で中野駅前のタイ料理の店に行き、飲み会。
意拳の先生方と飲むのは初めてで、これも楽しかった。
今日は羽根木の家での初級体験講習会。
内田秀樹先生と、今日山形に帰られる高橋先生も指導に参加してくれた。
午前の部と午後の部の2コマ。
先月、初めて羽根木の家で開催したのだが、リピート参加の人と初回参加の人が混じっていた。
はじまる前に高橋先生が私の膝を診てくれる。
整体の仕事をされていて、山形ではかなり有名らしい。
私の膝は15年くらい前に複雑骨折し、手術後のリハビリに失敗して、どの病院に行ってももう完治しない、打つ手はないとサジを投げられている。
私もあきらめていたのだが、韓氏意拳を始めてからなんとなく動きがましになったような感じがしていた。
しかし、15年来ずっと24時間つづいている膝まわりをぎゅっと圧迫されるような、締め付けられるような感じは消えることはない。
ところが、高橋先生にちょっと施術してもらったら、それが消えたのだ!
それがうまくいく原理を説明されて、なるほどと思った。
西洋医学とは違っているが、論理的であり、実際に驚くほどの実証効果が現れている。
この方法を使えば、あきらめていた膝の状態もかなり回復できるのではないかという希望を持てた。
高橋先生には東京での腕利きの治療院まで紹介してもらった。
ありがたい。
そのあと、今日は2コマつづけてみっちりと形体訓練、平歩站椿を通して、体認の基礎、状態の注目と把握の稽古をしたのだが、膝の調子はよく、ほとんど疲れることもなかった。
現代朗読、音楽演奏、音読療法、共感的コミュニケーション、膝の故障と回復、いろいろなことが韓氏意拳を軸にしてみごとにつながってきた。
疲れはない。
むしろ元気になった感じ。
昨日の夜は中野でおこなわれた「駒井・内田・高橋が語る韓氏意拳の味わい」という、3講師合同による講習会。
駒井先生は昭島市を中心に教えておられる方。
内田先生は私がいつも中野で習っている方。
高橋先生は山形市で教えておられる方。
広い会場だったので、どの先生に習っても自由ということで、私はかねてからTwitterでもちょっと交流のあった駒井先生のサークルに加わった。
いつもの形体訓練や平歩站椿はなく、遊びを使って意拳の「状態」の高まりを体感する工夫されたプログラムを受けることができて、なかなか楽しかった。
おなじことを別の角度からいわれて、あらためて違った形で腑に落ちることもあった。
終わってからは3講師と残った参加者数人で中野駅前のタイ料理の店に行き、飲み会。
意拳の先生方と飲むのは初めてで、これも楽しかった。
今日は羽根木の家での初級体験講習会。
内田秀樹先生と、今日山形に帰られる高橋先生も指導に参加してくれた。
午前の部と午後の部の2コマ。
先月、初めて羽根木の家で開催したのだが、リピート参加の人と初回参加の人が混じっていた。
はじまる前に高橋先生が私の膝を診てくれる。
整体の仕事をされていて、山形ではかなり有名らしい。
私の膝は15年くらい前に複雑骨折し、手術後のリハビリに失敗して、どの病院に行ってももう完治しない、打つ手はないとサジを投げられている。
私もあきらめていたのだが、韓氏意拳を始めてからなんとなく動きがましになったような感じがしていた。
しかし、15年来ずっと24時間つづいている膝まわりをぎゅっと圧迫されるような、締め付けられるような感じは消えることはない。
ところが、高橋先生にちょっと施術してもらったら、それが消えたのだ!
それがうまくいく原理を説明されて、なるほどと思った。
西洋医学とは違っているが、論理的であり、実際に驚くほどの実証効果が現れている。
この方法を使えば、あきらめていた膝の状態もかなり回復できるのではないかという希望を持てた。
高橋先生には東京での腕利きの治療院まで紹介してもらった。
ありがたい。
そのあと、今日は2コマつづけてみっちりと形体訓練、平歩站椿を通して、体認の基礎、状態の注目と把握の稽古をしたのだが、膝の調子はよく、ほとんど疲れることもなかった。
現代朗読、音楽演奏、音読療法、共感的コミュニケーション、膝の故障と回復、いろいろなことが韓氏意拳を軸にしてみごとにつながってきた。
2013年12月14日土曜日
あいぶんこ朗読ポッド Vol.15
2013年12月13日金曜日
あいぶんこ朗読ポッド Vol.14
2013年11月30日夜、下北沢のライブバー〈レディ・ジェーン〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「ののみずしゅん Vol.3」からの抜粋をお送りします。
朗読の野々宮卯妙に、超絶テク歌姫の酒井俊をボイスゲストに迎え、ピアノとキーボードを水城ゆうが担当しました。
使用テキストは水城ゆう作「初恋」全編。
朗読の野々宮卯妙に、超絶テク歌姫の酒井俊をボイスゲストに迎え、ピアノとキーボードを水城ゆうが担当しました。
使用テキストは水城ゆう作「初恋」全編。
2013年12月12日木曜日
朗読とダンスの相性のよさを確認した
今日は木曜日、恒例の現代朗読ゼミの日だった。
NVC仲間のきくあつこと菊地あつこさんが、コンテンポラリー・ダンスのエチュードを携えて羽根木の家に遊びに来てくれた。
きくあつはコンテンポラリー・ダンスのダンサーや振り付けを10年くらいやっていて、現代朗読の公演を観に来たときいろいろなアイディアが浮かんだようで、なにかコラボできないかと私も感じていた。
今日は昼ゼミも夜ゼミも彼女にお願いして、ダンス・エチュードを朗読エチュードに応用したものをいくつか試してもらった。
やってみてわかったのは、ダンスのエチュードは現代朗読と大変相性がよく、そのまま使えるものが多くあるし(もちろん朗読行為に変換する必要はあるが)、朗読エチュードに持ちこんだとき、ある「変容」が起こり、エチュードの域からそのまま表現パフォーマンスへと昇華できるものがある。
大変おもしろい。 やっている者も楽しそうだし、見ているこちらも楽しい。
私はかねてから「朗読はダンスだ」といっていたが、そのとおりであることが確認できた。
朗読は身体表現であり、ダンス行為にそのまま通じている。
きくあつとは今後も、なんらかの形でコラボしていきたい。
まずはワークショップを開催してみたいと思っている。
「朗読とダンス」のワークショップ、それは朗読者にはダンスの経験を、ダンサーには朗読の経験を、というおもしろいものになるのではないだろうか。
ほかにも彼女はファシリテーションのプロなので、彼女がファシリテートするいろいろなイベントにも協力できるといい。
NVC仲間のきくあつこと菊地あつこさんが、コンテンポラリー・ダンスのエチュードを携えて羽根木の家に遊びに来てくれた。
きくあつはコンテンポラリー・ダンスのダンサーや振り付けを10年くらいやっていて、現代朗読の公演を観に来たときいろいろなアイディアが浮かんだようで、なにかコラボできないかと私も感じていた。
今日は昼ゼミも夜ゼミも彼女にお願いして、ダンス・エチュードを朗読エチュードに応用したものをいくつか試してもらった。
やってみてわかったのは、ダンスのエチュードは現代朗読と大変相性がよく、そのまま使えるものが多くあるし(もちろん朗読行為に変換する必要はあるが)、朗読エチュードに持ちこんだとき、ある「変容」が起こり、エチュードの域からそのまま表現パフォーマンスへと昇華できるものがある。
大変おもしろい。 やっている者も楽しそうだし、見ているこちらも楽しい。
私はかねてから「朗読はダンスだ」といっていたが、そのとおりであることが確認できた。
朗読は身体表現であり、ダンス行為にそのまま通じている。
きくあつとは今後も、なんらかの形でコラボしていきたい。
まずはワークショップを開催してみたいと思っている。
「朗読とダンス」のワークショップ、それは朗読者にはダンスの経験を、ダンサーには朗読の経験を、というおもしろいものになるのではないだろうか。
ほかにも彼女はファシリテーションのプロなので、彼女がファシリテートするいろいろなイベントにも協力できるといい。
カトレア、韓氏意拳の稽古、ストレチア
カトレア”Rin”の蕾が全部開いて、満開になった。
昨夜は韓氏意拳の稽古で中野まで行ってきた。
年末の電車は人が多いだけでなく、着ぶくれて窮屈だし、酒臭いしで、あまり出かけたくはない。
が、意拳の稽古だけは別。
このところ、稽古では「状態」を非常に重視していて、昨夜もそのことを精査しながらおもに平歩站椿を進めていった。
状態があれば身体が動きを提示してくれ、人はそれをただ表現するだけ。
状態が深まれば深まるほど運動の密度は高まるし、結果的に技撃としての効果・爆発力にもつながっていくということか。
しかし、この「状態にはいる」ということがなかなか大変。
人間をふくむ動物には自然にそのような作用がそなわっているはずだが、いざ意識的にやろうとするとさまざまな要因で状態に濁りが混じり、運動の質が低下してしまう。
動きを作るのでもなく、型をなぞるのでもなく、集中して身体の声を聴きつづける。
おこなうことはとてもシンプルなのだが。
昨日の朝、寝ていたら、ベッドの枕元から「バカッ」という大きな音がして、びっくりした。
見たら、ストレチアの大きな鉢が割れてなかの土と根がむきだしになっていた。
根にコブができて、その圧力で内側から破裂したのだ。
これで二度めだ。
鉢を買わなきゃ。
陶器ではなく、樹脂製の鉢にしよう。
昨夜は韓氏意拳の稽古で中野まで行ってきた。
年末の電車は人が多いだけでなく、着ぶくれて窮屈だし、酒臭いしで、あまり出かけたくはない。
が、意拳の稽古だけは別。
このところ、稽古では「状態」を非常に重視していて、昨夜もそのことを精査しながらおもに平歩站椿を進めていった。
状態があれば身体が動きを提示してくれ、人はそれをただ表現するだけ。
状態が深まれば深まるほど運動の密度は高まるし、結果的に技撃としての効果・爆発力にもつながっていくということか。
しかし、この「状態にはいる」ということがなかなか大変。
人間をふくむ動物には自然にそのような作用がそなわっているはずだが、いざ意識的にやろうとするとさまざまな要因で状態に濁りが混じり、運動の質が低下してしまう。
動きを作るのでもなく、型をなぞるのでもなく、集中して身体の声を聴きつづける。
おこなうことはとてもシンプルなのだが。
昨日の朝、寝ていたら、ベッドの枕元から「バカッ」という大きな音がして、びっくりした。
見たら、ストレチアの大きな鉢が割れてなかの土と根がむきだしになっていた。
根にコブができて、その圧力で内側から破裂したのだ。
これで二度めだ。
鉢を買わなきゃ。
陶器ではなく、樹脂製の鉢にしよう。
2013年12月11日水曜日
終了、音楽塾「即興演奏ワークショップ」12月8日
先日の12月8日(土)夜、音楽塾「即興演奏ワークショップ」を開催した。
今回は少人数。
予告どおり、スケール=音階について解説した。
音楽ではさまざまなスケールが使われていること。
現代の音楽はコード=和音が支配的に進行しているので、それにそって即興演奏をおこなうのはかなり技術が必要であること。
しかし、コード進行を使わない音楽では、即興演奏はとてもはいりやすいこと。
そのもっともわかりやすい例が世界中にある民族音楽であること。
もっとも簡単なスケールのひとつである「ペンタトニック・スケール」を使って、実際に即興演奏の実験。
ソロで好きなように弾いてもらったり。
連弾してみたり。
即興演奏の入口でもっとも大切なのは、どんどん弾いてしまうのではなく、まず自分の出したひとつの音にじっくり耳を傾けること。
音を聴く。
丁寧に聴く。
身体にしみこませるように聴く。
最初の音を集中して味わい、その音が自分の身体にどのような波紋を作るのか聴きながら、ゆっくりと次の音へと進んでいく。
そのような音に対する態度を身につけることから、即興演奏の練習がはじまる。
次回のワークショップは12月22日(日)夜に開催します。
詳細と申し込みはこちらから。
今回は少人数。
予告どおり、スケール=音階について解説した。
音楽ではさまざまなスケールが使われていること。
現代の音楽はコード=和音が支配的に進行しているので、それにそって即興演奏をおこなうのはかなり技術が必要であること。
しかし、コード進行を使わない音楽では、即興演奏はとてもはいりやすいこと。
そのもっともわかりやすい例が世界中にある民族音楽であること。
もっとも簡単なスケールのひとつである「ペンタトニック・スケール」を使って、実際に即興演奏の実験。
ソロで好きなように弾いてもらったり。
連弾してみたり。
即興演奏の入口でもっとも大切なのは、どんどん弾いてしまうのではなく、まず自分の出したひとつの音にじっくり耳を傾けること。
音を聴く。
丁寧に聴く。
身体にしみこませるように聴く。
最初の音を集中して味わい、その音が自分の身体にどのような波紋を作るのか聴きながら、ゆっくりと次の音へと進んでいく。
そのような音に対する態度を身につけることから、即興演奏の練習がはじまる。
次回のワークショップは12月22日(日)夜に開催します。
詳細と申し込みはこちらから。
終了「社会人のための共感スキル講座」12月8日
先日、「社会人のための共感スキル講座」を開催した。
社会人が社会生活においてイキイキと自分自身でありつづけ、能力を発揮するためには、それぞれの「フェーズ」で共感スキルを用いる必要がある。
フェーズのひとつは個人のフェーズ。
共感スキルでは「自分自身のニーズにつながる」ということになる。
フェーズのふたつめはプライベートな関係のフェーズ。
家族、パートナー、友人との関係性で、重要な問題だが、当講座では必要がないかぎりあえて扱わない。
フェーズのみっめは社会のフェーズ。
ときに職場、ときに地域や趣味、ボランティア活動、学びなどのコミュニティ。
ここでは自分と相手のニーズにつながり、それをともに尊重するという方向性がある。
とくに職場は人生の多くの時間をすごす重要な場であり、その場でコミュニケーションが良好であるかどうかというのは、人生の快適さを大きく左右する。
当講座ではこの面をあつかうことが多くなる。
先日の講座でも職場での人間関係の問題をあつかった。
コミュニケートが難しい、厳しい相手、またコミュニケートを拒否している相手とどのようにつながるか。
ときに根気強いアプローチが必要になるが、希望がないわけではない。
まずは自分自身のニーズに深くつながり、自分の活力を保っていることが必要だ。
これらのことに共感スキルは大変役に立つ。
次回の「社会人のための共感スキル講座」は1月12日(日)午後に開催します。
詳細と申し込みはこちらから。
社会人が社会生活においてイキイキと自分自身でありつづけ、能力を発揮するためには、それぞれの「フェーズ」で共感スキルを用いる必要がある。
フェーズのひとつは個人のフェーズ。
共感スキルでは「自分自身のニーズにつながる」ということになる。
フェーズのふたつめはプライベートな関係のフェーズ。
家族、パートナー、友人との関係性で、重要な問題だが、当講座では必要がないかぎりあえて扱わない。
フェーズのみっめは社会のフェーズ。
ときに職場、ときに地域や趣味、ボランティア活動、学びなどのコミュニティ。
ここでは自分と相手のニーズにつながり、それをともに尊重するという方向性がある。
とくに職場は人生の多くの時間をすごす重要な場であり、その場でコミュニケーションが良好であるかどうかというのは、人生の快適さを大きく左右する。
当講座ではこの面をあつかうことが多くなる。
先日の講座でも職場での人間関係の問題をあつかった。
コミュニケートが難しい、厳しい相手、またコミュニケートを拒否している相手とどのようにつながるか。
ときに根気強いアプローチが必要になるが、希望がないわけではない。
まずは自分自身のニーズに深くつながり、自分の活力を保っていることが必要だ。
これらのことに共感スキルは大変役に立つ。
次回の「社会人のための共感スキル講座」は1月12日(日)午後に開催します。
詳細と申し込みはこちらから。
生きるために必要なこと「ニーズにつながる」
このところ、自分でもめずらしく、なんとなく鬱々とした気分がつづいていた。
予期しないことが起こったり、思ったとおりにものごとが運ばなかったり、やることがあまりに多すぎたり、人とのコミュニケーションがうまくいかなかったり。
たいていは音読療法(と共感的コミュニケーション)でうまくいくのだが、今回にかぎってなかなか自分のニーズにつながることができず、何日かやる気をなくしていた。
体調が低迷していたのもその要因のひとつかもしれない。
やる気が起きないとき、自分のニーズにつながれないときは、できればなにもしないで自分を待ってやるといい。
「そんなこといってもやらなきゃならないことがたくさんあって、休んでなんかいられない」
そんなふうにいう人がほとんどだろうし、実際私もそんな感じだった。
しかし、そんなふうにしてものごとをやってもあまりうまくいかないし、よい結果が生まれることは少ない。
そういうときは思いきって立ちどまってみることが必要だ。
私はいろいろ「やらなきゃ」と思っていることをちょっとわきに置いて、自分がいま一番やりたいことはなんだろう、とかんがえてみた。
気分が落ちているので、だれとも会いたくない。
ならば、部屋にこもってなにか好きなことをやろう。
ひとりで絵を描いたり、文字を書いたりするのが好きだった。
いまでももちろん好きだ。
そうだ、小説を書こう。
せっかくなので、ブログ連載していた『ストリーム』の最後の章を書きあげてしまおうか。
ちょっと楽しくなった。
昨日と今日の二日間で、長編小説『ストリーム』のラスト部分を書きあげた。
楽しかったなあ。
書きあげたので、近いうちに本にしようと思う。
そのために、ブログにアップした分は全部削除した。
ひさしぶりに小説を楽しんで書いてみて、自分のニーズにつながることができた。
小説を書きたいというのは、たぶん自分を表現したいというニーズだが、書きあげてみるとそのニーズはさらにその先へと開いていることに気づいた。
テキストを書いたら、それで私のニーズはいったん完結しているわけだが、次のニーズが立ちあらわれる。
そのテキストをさらに展開したい、本にしたい、朗読作品にしたい、ステージ・パフォーマンスにしたい、というニーズがある。
そして私もそこに参加していたい。
自分が書いたテキストを本にしたり、構成したシナリオをステージ・パフォーマンスにして、私も演奏で参加することで、出演者とのつながりを確認する。
そのことが私にとっては大事で、必要なことなのだ。
けっして書きあげて終わり、ではない。
私がなぜ、現代朗読協会という活動を大切に思い、丁寧に、熱心に運営してきたのか、ようやくはっきりわかったような気がする。
予期しないことが起こったり、思ったとおりにものごとが運ばなかったり、やることがあまりに多すぎたり、人とのコミュニケーションがうまくいかなかったり。
たいていは音読療法(と共感的コミュニケーション)でうまくいくのだが、今回にかぎってなかなか自分のニーズにつながることができず、何日かやる気をなくしていた。
体調が低迷していたのもその要因のひとつかもしれない。
やる気が起きないとき、自分のニーズにつながれないときは、できればなにもしないで自分を待ってやるといい。
「そんなこといってもやらなきゃならないことがたくさんあって、休んでなんかいられない」
そんなふうにいう人がほとんどだろうし、実際私もそんな感じだった。
しかし、そんなふうにしてものごとをやってもあまりうまくいかないし、よい結果が生まれることは少ない。
そういうときは思いきって立ちどまってみることが必要だ。
私はいろいろ「やらなきゃ」と思っていることをちょっとわきに置いて、自分がいま一番やりたいことはなんだろう、とかんがえてみた。
気分が落ちているので、だれとも会いたくない。
ならば、部屋にこもってなにか好きなことをやろう。
ひとりで絵を描いたり、文字を書いたりするのが好きだった。
いまでももちろん好きだ。
そうだ、小説を書こう。
せっかくなので、ブログ連載していた『ストリーム』の最後の章を書きあげてしまおうか。
ちょっと楽しくなった。
昨日と今日の二日間で、長編小説『ストリーム』のラスト部分を書きあげた。
楽しかったなあ。
書きあげたので、近いうちに本にしようと思う。
そのために、ブログにアップした分は全部削除した。
ひさしぶりに小説を楽しんで書いてみて、自分のニーズにつながることができた。
小説を書きたいというのは、たぶん自分を表現したいというニーズだが、書きあげてみるとそのニーズはさらにその先へと開いていることに気づいた。
テキストを書いたら、それで私のニーズはいったん完結しているわけだが、次のニーズが立ちあらわれる。
そのテキストをさらに展開したい、本にしたい、朗読作品にしたい、ステージ・パフォーマンスにしたい、というニーズがある。
そして私もそこに参加していたい。
自分が書いたテキストを本にしたり、構成したシナリオをステージ・パフォーマンスにして、私も演奏で参加することで、出演者とのつながりを確認する。
そのことが私にとっては大事で、必要なことなのだ。
けっして書きあげて終わり、ではない。
私がなぜ、現代朗読協会という活動を大切に思い、丁寧に、熱心に運営してきたのか、ようやくはっきりわかったような気がする。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.13
2013年12月10日火曜日
「共音(ともね)のじかん」と「韓氏意拳体験講習会」
日程が近づいているものでおすすめのイベントをご紹介しておきたい。
まずは今週土曜日12月14日午後に開催されるヨガと音楽瞑想と音読エチュードの合同ワークショップ「共音(ともね)のじかん」。
これは初の開催となる。
講師はフリーアナウンサーで、全米ヨガアライアンス認定のインストラクターもやっている植村智子さん。
それと私。
前半はヨガでじっくり身体とこころをほぐしてもらう。
そのあと、陰ヨガでさらにリラックスしながら、私の演奏でミュージック・メディテーションを楽しんでいただく。
最後に音読療法の音読エチュードでリフレッシュしてもらう、という企画内容。
生き返ることまちがいないので、ぜひいらしてください。
詳細と申し込みはこちらから。
もうひとつは今週日曜日12月15日の午前と午後の計2回開催される、韓氏意拳の体験講習会。
私は今年の6月から韓氏意拳学会の会員になり、せっせと稽古に通っているのだが、内田秀樹教練の好意で羽根木の家でも開催してもらえることになり、先月その1回めが開催された。
みなさんには興味を持っていただけたようで、つづけてみたいという方も何人かいるようだ。
今回は2回めだが、リピーターの方と初めての方が混じっている。
基本的に私と面識がある方にご案内しているのだが、面識がないけれどどうしても参加してみたいという方は、あらかじめご相談ください。
詳細と申し込みはこちらから。
まずは今週土曜日12月14日午後に開催されるヨガと音楽瞑想と音読エチュードの合同ワークショップ「共音(ともね)のじかん」。
これは初の開催となる。
講師はフリーアナウンサーで、全米ヨガアライアンス認定のインストラクターもやっている植村智子さん。
それと私。
前半はヨガでじっくり身体とこころをほぐしてもらう。
そのあと、陰ヨガでさらにリラックスしながら、私の演奏でミュージック・メディテーションを楽しんでいただく。
最後に音読療法の音読エチュードでリフレッシュしてもらう、という企画内容。
生き返ることまちがいないので、ぜひいらしてください。
詳細と申し込みはこちらから。
もうひとつは今週日曜日12月15日の午前と午後の計2回開催される、韓氏意拳の体験講習会。
私は今年の6月から韓氏意拳学会の会員になり、せっせと稽古に通っているのだが、内田秀樹教練の好意で羽根木の家でも開催してもらえることになり、先月その1回めが開催された。
みなさんには興味を持っていただけたようで、つづけてみたいという方も何人かいるようだ。
今回は2回めだが、リピーターの方と初めての方が混じっている。
基本的に私と面識がある方にご案内しているのだが、面識がないけれどどうしても参加してみたいという方は、あらかじめご相談ください。
詳細と申し込みはこちらから。
2013年12月9日月曜日
あいぶんこ朗読ポッド Vol.12
2013年11月27日夜、中野のジャズ・ダイニングバー〈Sweet Rain〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「げろきょdeないと」からの抜粋、これが最後になります。
ラストステージはジャムセッション、来場者の飛び入りセッションでした。
出演者
朗読:KAT、宮本菜穂子、上山根夏美、飯干大嵩、照井数男、晩衛
アルトサックス・バスクラリネット・フルート:森順治
ピアノ:水城ゆう
ベース:日野了介
ドラムス:今竹一友
ラストステージはジャムセッション、来場者の飛び入りセッションでした。
出演者
朗読:KAT、宮本菜穂子、上山根夏美、飯干大嵩、照井数男、晩衛
アルトサックス・バスクラリネット・フルート:森順治
ピアノ:水城ゆう
ベース:日野了介
ドラムス:今竹一友
2013年12月8日日曜日
(まとめ)あいぶんこ朗読ポッド Vol.6〜10
今日は「あいぶんこ朗読ポッド」のVol.11を配信しました。
これまで配信したVol.6からVol.10は以下のリンクからご覧ください。
お見逃しの方はこの機会にぜひどうぞ。
Vol.6「げろきょdeないと」山田みぞれ朗読「みみず先生の歌」
Vol.7 共感スキル「人の話を深く聴く」
Vol.8「げろきょdeないと」唐ひづる朗読「舞踏病の女」
Vol.9「依存的な関係と共感的につながることは別」
Vol.10「げろきょdeないと」セカンドステージは1朗読者対1演奏者
Vol.1からVol.5のまとめはこちら。
※ヨガ&表現ワークショップ「共音(ともね)のじかん」は今週末12月14日(土)14:00の開催です。
詳細とお申し込みはこちら。
これまで配信したVol.6からVol.10は以下のリンクからご覧ください。
お見逃しの方はこの機会にぜひどうぞ。
Vol.6「げろきょdeないと」山田みぞれ朗読「みみず先生の歌」
Vol.7 共感スキル「人の話を深く聴く」
Vol.8「げろきょdeないと」唐ひづる朗読「舞踏病の女」
Vol.9「依存的な関係と共感的につながることは別」
Vol.10「げろきょdeないと」セカンドステージは1朗読者対1演奏者
Vol.1からVol.5のまとめはこちら。
※ヨガ&表現ワークショップ「共音(ともね)のじかん」は今週末12月14日(土)14:00の開催です。
詳細とお申し込みはこちら。
基礎コース8回め、豚バラ肉と大根の煮物、韓氏意拳の稽古
昨日の午前中は現代朗読基礎コースの8回め(残すところあと2回)。
現代朗読の基礎訓練をまず丁寧にやってから、今回のテーマである群読のエチュードをやってみる。
これがなかなか楽しい。
エチュードは「こう読まねばならない」という無意識的拘束から徐々に解放されていくようにできている。
終わってから何人かにひとり読みをしてもらったら、たくらみから解放された、のびやかでその人本来の生命力がかいま見える朗読が聴けて、涙が出そうになった。
その人本来のそのままであること、だれからも命令されたり要求されていないこと、社会システムに束縛されていないこと、いまここにある生命力をのびやかに表現できる自由を手にしていること、こういったことに私は最大の価値を感じている。
昼に豚バラ肉と大根の煮物を圧力鍋を使って作る。
超簡単レシピ。
おいしくできた。
ひと晩寝かせてもっとおいしくなる。
夜の講座(テキスト表現ゼミ)が休講になったので、急遽中野まで韓氏意拳の稽古に行くことにした。
風邪やらなにやらでキャンセルが相次いだということで、2時間半みっちりと教えてもらい、濃密な学びの時間をすごせた。
とにかく体認、そして「状態」にはいること、いったん「状態」にはいったらそれをつかんで離さないこと。
拳法ではあるが、状態にはいることができていれば、技撃の表現はいわばおまけのようなもので、あとからいくらでもついてくる、というところに納得。
しかしこの「状態」にはいるということがむずかしい。
とにかく「わからない」。
「状態」はもともとわからないもので、わからないところにどんどんはいっていくのだ、という。
言葉で説明されるより、実際にやって動いてみるとわかる、というか「わからない」状態が見えてくる。
「危険(危機)」と「未知」がキーワードだ。
連日の稽古で疲れたが、ひとりで稽古するときの感触のようなものが少しつかめたような気がした。
見えない自分の生命の奥底へと、勇気をもって降りていってみるのだ。
現代朗読の基礎訓練をまず丁寧にやってから、今回のテーマである群読のエチュードをやってみる。
これがなかなか楽しい。
エチュードは「こう読まねばならない」という無意識的拘束から徐々に解放されていくようにできている。
終わってから何人かにひとり読みをしてもらったら、たくらみから解放された、のびやかでその人本来の生命力がかいま見える朗読が聴けて、涙が出そうになった。
その人本来のそのままであること、だれからも命令されたり要求されていないこと、社会システムに束縛されていないこと、いまここにある生命力をのびやかに表現できる自由を手にしていること、こういったことに私は最大の価値を感じている。
昼に豚バラ肉と大根の煮物を圧力鍋を使って作る。
超簡単レシピ。
おいしくできた。
ひと晩寝かせてもっとおいしくなる。
夜の講座(テキスト表現ゼミ)が休講になったので、急遽中野まで韓氏意拳の稽古に行くことにした。
風邪やらなにやらでキャンセルが相次いだということで、2時間半みっちりと教えてもらい、濃密な学びの時間をすごせた。
とにかく体認、そして「状態」にはいること、いったん「状態」にはいったらそれをつかんで離さないこと。
拳法ではあるが、状態にはいることができていれば、技撃の表現はいわばおまけのようなもので、あとからいくらでもついてくる、というところに納得。
しかしこの「状態」にはいるということがむずかしい。
とにかく「わからない」。
「状態」はもともとわからないもので、わからないところにどんどんはいっていくのだ、という。
言葉で説明されるより、実際にやって動いてみるとわかる、というか「わからない」状態が見えてくる。
「危険(危機)」と「未知」がキーワードだ。
連日の稽古で疲れたが、ひとりで稽古するときの感触のようなものが少しつかめたような気がした。
見えない自分の生命の奥底へと、勇気をもって降りていってみるのだ。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.11
2013年12月7日土曜日
特定秘密保護法の成立後の私
さまざまな意見、感想、抗議、決意がネット上にあふれていて、(すくなくとも一部の方々の)熱い思いが伝わってくる。
私も数日前からツイートしたり、Facebookでコメントしたりしていたが、いずれも「あっ」という間に流れさっていってしまう仕組みなので、自分のためにブログに書きのこしておく。
以下、私の個人的な思いなので、興味がない方はスキップしてください。
昨夜、特定秘密保護法案が参議院で可決されたとき、じつは私の気持ちはもうさめていた。
もちろん、最後の最後まであきらめず国会周辺のデモ隊に加わったり、署名活動をつづけたり、ツイッターやFacebookで反対意見を表明したり、といった人々の行為を否定するものではない。
むしろ応援していたし、(ある自分なりの主義があって)デモには加わらなかったが、署名もしたし、ツイートもずっとつづけていた。
しかし、昨夜の時点で事実上、法案可決ははっきりしていたし、もっとさかのぼっていえば前の衆議院選挙で自民党が圧勝したときから、この日のことは決まったいたといってもいい。
この法案にかぎらず、今後さらに厳しい法律や施政方針が決まっていくだろう。
げんに昨日の今日にして、このようなものが姿をあらわしはじめている。
「エネルギー基本計画に対する意見の骨子(案)」
⇒ http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/kihonseisaku/12th/12th1-1.pdf
意見だの案だの、意味不明の装飾がなされているが、事実上の「エネルギー基本計画」といってよい。
つまり、わが国の安定的エネルギー供給のベースは原発にする、という方針が示されている。
これも年内に強行採決されるはずだ。
このような状況にしたのは、我々である。
という物言いがある。
たしかにそれも一理ある。
しかし、「えー、そんなこといったって、おれ自民党にいれてねーよ」と納得しない人も多いだろう。
以下は私のビジョンだ。
自民党を現政権に押し上げているのは、もちろん行政を含む経済界であるが、その経済活動で恩恵を受けているすべての国民もそれに含まれる。
自民党に積極的に投票する人もいれば、「無関心」のせいで「投票しない」という形で自民党に加担している人もいる。
グローバル経済につながる巨大な経済システムにこの人たちは含まれ、またぶらさがっているといっていい。
産業革命以後の資本主義経済は、それ自体ひとつの意志を持ったプログラムとして地球全体を覆いつくし、世界をつき動かしつづけている。
私は映画の「ターミネーター」を思い浮かべる。
意志を持ったコンピューターが殺人ロボットを作りだし、人類を抹殺しようとする。
資本主義経済がネットワーク化で急激に進展し、架空経済をともなってグローバル経済へと進化していく過程は、ウイルスプログラムが持ち主の意志とは関係なく本体を食いつくし機能不全にしてしまうさまと私のなかで重なる。
これはもう止めようもないシステムなのだ。
走り出したらもう止められない(どこかで聞いたセリフだ)。
このシステムに抵抗する人がわずかにいる。
まさにレジスタンスの様相をていしている。
レジスタンスはシステムから人間性を奪還するための、希望の少ない戦いだ。
しかし、この戦いはいまに始まったことではない。
表現者はつねに人間性を取りもどすための戦いを、有史以来つづけてきたといっていい。
苦しいなかに人間性を守り、表現し、奪還する戦いをつづけるわずかなレジスタンスの側にとどまるか、あるいはなにも難しいことはかんがえずにただらくちんに生きて死ぬだけのシステムの側に呑みこまれるか。
選択はもちろん各人の自由だ。
私も自分の自由として、レジスタンスの側で戦うことを選ぶ。
それしか自分の息子に見せてやれるものはない。
私も数日前からツイートしたり、Facebookでコメントしたりしていたが、いずれも「あっ」という間に流れさっていってしまう仕組みなので、自分のためにブログに書きのこしておく。
以下、私の個人的な思いなので、興味がない方はスキップしてください。
昨夜、特定秘密保護法案が参議院で可決されたとき、じつは私の気持ちはもうさめていた。
もちろん、最後の最後まであきらめず国会周辺のデモ隊に加わったり、署名活動をつづけたり、ツイッターやFacebookで反対意見を表明したり、といった人々の行為を否定するものではない。
むしろ応援していたし、(ある自分なりの主義があって)デモには加わらなかったが、署名もしたし、ツイートもずっとつづけていた。
しかし、昨夜の時点で事実上、法案可決ははっきりしていたし、もっとさかのぼっていえば前の衆議院選挙で自民党が圧勝したときから、この日のことは決まったいたといってもいい。
この法案にかぎらず、今後さらに厳しい法律や施政方針が決まっていくだろう。
げんに昨日の今日にして、このようなものが姿をあらわしはじめている。
「エネルギー基本計画に対する意見の骨子(案)」
⇒ http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/kihonseisaku/12th/12th1-1.pdf
意見だの案だの、意味不明の装飾がなされているが、事実上の「エネルギー基本計画」といってよい。
つまり、わが国の安定的エネルギー供給のベースは原発にする、という方針が示されている。
これも年内に強行採決されるはずだ。
このような状況にしたのは、我々である。
という物言いがある。
たしかにそれも一理ある。
しかし、「えー、そんなこといったって、おれ自民党にいれてねーよ」と納得しない人も多いだろう。
以下は私のビジョンだ。
自民党を現政権に押し上げているのは、もちろん行政を含む経済界であるが、その経済活動で恩恵を受けているすべての国民もそれに含まれる。
自民党に積極的に投票する人もいれば、「無関心」のせいで「投票しない」という形で自民党に加担している人もいる。
グローバル経済につながる巨大な経済システムにこの人たちは含まれ、またぶらさがっているといっていい。
産業革命以後の資本主義経済は、それ自体ひとつの意志を持ったプログラムとして地球全体を覆いつくし、世界をつき動かしつづけている。
私は映画の「ターミネーター」を思い浮かべる。
意志を持ったコンピューターが殺人ロボットを作りだし、人類を抹殺しようとする。
資本主義経済がネットワーク化で急激に進展し、架空経済をともなってグローバル経済へと進化していく過程は、ウイルスプログラムが持ち主の意志とは関係なく本体を食いつくし機能不全にしてしまうさまと私のなかで重なる。
これはもう止めようもないシステムなのだ。
走り出したらもう止められない(どこかで聞いたセリフだ)。
このシステムに抵抗する人がわずかにいる。
まさにレジスタンスの様相をていしている。
レジスタンスはシステムから人間性を奪還するための、希望の少ない戦いだ。
しかし、この戦いはいまに始まったことではない。
表現者はつねに人間性を取りもどすための戦いを、有史以来つづけてきたといっていい。
苦しいなかに人間性を守り、表現し、奪還する戦いをつづけるわずかなレジスタンスの側にとどまるか、あるいはなにも難しいことはかんがえずにただらくちんに生きて死ぬだけのシステムの側に呑みこまれるか。
選択はもちろん各人の自由だ。
私も自分の自由として、レジスタンスの側で戦うことを選ぶ。
それしか自分の息子に見せてやれるものはない。
「光岡式英会話教室~武術と英語」に参加した
昨夜、韓氏意拳学会会長である光岡英稔導師の「光岡式英会話教室~武術と英語」という講習会に葛西区民館まで行ってきた。
私は半年前から韓氏意拳学会の会員だが、光岡先生の講座にはまだ出たことがなかった。
昨日のは韓氏意拳ではなく、ちょっと変則的な内容だが、光岡先生の講座を受けられるめったにないチャンスだったので、参加してみたのだ。
内容は韓氏意拳とは別に光岡先生が専門とする東南アジアの武術の解説と練習を、英語を使っておこなうというものだった。
英語の話し方や使い方についての直接的な解説はなかったが、なんらかの目的にそって英語を使いながら講座が進められるというのは、違和感がなく、学習法としてはすぐれていると感じた。
英語を使った料理教室もあるし、NVC仲間のせいじさんもNVCを英語で学ぶワークを主催したりしている。
私はまったく英語が堪能ではないが、相手がミュージシャンだったりすると会話がはずむ。
それはともかく、初めて直接触れた光岡先生の身体性は、やはり驚愕すべきものだった。
なにげなくやっている動き・動作がすみずみまで研ぎすまされたものであり、実際に自分もやってみようとしてもまったくできない。
そもそも私は膝が悪く、昨日の講座ではついていけない動きが多かったのだが、高いクオリティの武術の動きを見せてもらうことができていろいろと気づくことがあった。
もちろん年齢も年齢だし、身体的な障碍もあるので、光岡先生のような武術的動きをめざしてもとうていかなうものではないだろうが、講座の本質はそこにはなかった。
光岡先生はつねに、武術とは命のぎりぎりのやりとりの場であり、一触即発の交流で自分が生きのびるためにはどうしたらいいか、という「武」の本質をいつも見据えている人だ。
現代武道が準備されたある環境やルールのもとにすすめられ、勝ったの負けたの強くなったのといっている世界から一線を画し、われわれのむきだしの生命に直接触れるような動きや稽古をいつもおこなっている。
韓氏意拳ももちろんそれに通じる武術のひとつだ。
武術の大きなテーマのひとつは、死と生のダイナミックな交錯だ。
その瞬間的な交流において、自分があちら側に行くのか、こちら側に残るのか、そこに立ち向かう緊張感をもってなす稽古は、現代のぬるい日常生活の風景をも変えていくような気がする。
多くのことを教わり、気づいた日だった。
そして今夜は中野の内田先生の講習会で韓氏意拳の稽古をしてくる。
※羽根木の家で開催する韓氏意拳の体験講習会は12月15日(日)です。
詳細はこちら。
私は半年前から韓氏意拳学会の会員だが、光岡先生の講座にはまだ出たことがなかった。
昨日のは韓氏意拳ではなく、ちょっと変則的な内容だが、光岡先生の講座を受けられるめったにないチャンスだったので、参加してみたのだ。
内容は韓氏意拳とは別に光岡先生が専門とする東南アジアの武術の解説と練習を、英語を使っておこなうというものだった。
英語の話し方や使い方についての直接的な解説はなかったが、なんらかの目的にそって英語を使いながら講座が進められるというのは、違和感がなく、学習法としてはすぐれていると感じた。
英語を使った料理教室もあるし、NVC仲間のせいじさんもNVCを英語で学ぶワークを主催したりしている。
私はまったく英語が堪能ではないが、相手がミュージシャンだったりすると会話がはずむ。
それはともかく、初めて直接触れた光岡先生の身体性は、やはり驚愕すべきものだった。
なにげなくやっている動き・動作がすみずみまで研ぎすまされたものであり、実際に自分もやってみようとしてもまったくできない。
そもそも私は膝が悪く、昨日の講座ではついていけない動きが多かったのだが、高いクオリティの武術の動きを見せてもらうことができていろいろと気づくことがあった。
もちろん年齢も年齢だし、身体的な障碍もあるので、光岡先生のような武術的動きをめざしてもとうていかなうものではないだろうが、講座の本質はそこにはなかった。
光岡先生はつねに、武術とは命のぎりぎりのやりとりの場であり、一触即発の交流で自分が生きのびるためにはどうしたらいいか、という「武」の本質をいつも見据えている人だ。
現代武道が準備されたある環境やルールのもとにすすめられ、勝ったの負けたの強くなったのといっている世界から一線を画し、われわれのむきだしの生命に直接触れるような動きや稽古をいつもおこなっている。
韓氏意拳ももちろんそれに通じる武術のひとつだ。
武術の大きなテーマのひとつは、死と生のダイナミックな交錯だ。
その瞬間的な交流において、自分があちら側に行くのか、こちら側に残るのか、そこに立ち向かう緊張感をもってなす稽古は、現代のぬるい日常生活の風景をも変えていくような気がする。
多くのことを教わり、気づいた日だった。
そして今夜は中野の内田先生の講習会で韓氏意拳の稽古をしてくる。
※羽根木の家で開催する韓氏意拳の体験講習会は12月15日(日)です。
詳細はこちら。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.10
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」第10回は、2013年11月27日夜、中野のジャズ・ダイニングバー〈Sweet Rain〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「げろきょdeないと」から抜粋してお送りします。
セカンドステージは1朗読者対1演奏者でのガチンコバトルで構成されました。
山田みぞれ(朗読) v.s. 今竹一友(ドラムス) 村山籌子の童話作品
唐ひづる(朗読) v.s. 森順治(バスクラリネット) 宮沢賢治作品
野々宮卯妙(朗読) v.s. 日野了介(ベース) 宮沢賢治「空の信号」
このライブの模様は何度かに分けてお送りしています。
2013年12月6日金曜日
あいぶんこ朗読ポッド Vol.9
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」9回めは、音読療法協会主催の「共感的コミュニケーション勉強会」から一部抜粋してお送りします。
共感的コミュニケーションの目的は「つながり」を作ることですが、人はときにだれかとのつながりを求めて「依存」的な関係におちいってしまうことがあります。
依存的な関係と共感的につながることは別のことです。
現代朗読協会「羽根木の家」での共感的コミュニケーション勉強会の12月の開催は12月26日(木)です。
詳細とお申し込みはこちら。
また、三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉でもミニライブ付きワークショップを12月18日(水)に開催します。
詳細はこちら。
2013年12月5日木曜日
グッドマン、朝ゼミ、オーディオブック、ハンバーガー
昨夜は高円寺の〈グッドマン〉というハコまで、みぞれちゃんがエントリーしたオープンマイクイベントに私も共演するために出かけてきた。
野々宮卯妙と高崎梓も来た。
参加者が少なく、結局私も卯妙さんもエントリーして、朗読と演奏をしてきた。
おもしろかったのだが(後日映像記録を一部配信予定)、ここは小さいハコにもかかわらず、スタインウェイの古いグランドピアノが置いてあったのだ。
小ぶりのもので、古いのでさすがに鍵盤の調整は不揃い、調律にも問題があったが、なかなか素敵な響きのピアノで楽しかった。
今日はプールに行き、少し泳いできてから、10時半から朝ゼミ。
私も参加して、基礎訓練をしっかりやる。
体認のエチュードも参加して、いろいろと確認。
しかし、このエチュードは楽しいなあ。
私は朗読をしないが、ピアノ演奏やもの書き仕事にも確実にいい影響があることを確信できる。
唐ちゃんが10日に国際芸術連盟のコンサートで朗読する源氏物語を聴かせてくれた。
大変興味深い考察ができた。
表現の場における伝達のレイヤー構造について、日々私がかんがえていることがまたひとつクリアになった。
みぞれちゃんが遅れて参加。
来年の3月についに初のワンマン朗読ライブをやることが決まった。
テーマは「きのこづくし」。
楽しくなりそう。
みんなで応援したい。
午後1時、オーディオブックリーダー養成講座受講中の人が最終収録実習に来る。
耳障りのよい読みで、技術的な瑕疵も大きな問題はないレベルなのだが、いかんせん、自分自身の存在が声に乗っていない。
アイ文庫オーディオブックでは朗読者の感情・身体性・価値観・存在が表現されていないものは、コンテンツとして仕上げない、というのが最近のコンセプトだ。
だれが読んでも変わらないような、テキストの内容だけきれいに伝わるような朗読はいらない。
しかしこれは、ただきれいに読んで自分のオーディオブックを(記念に)残したい、というようなニーズの人にとっては、過重な要求なのかもしれない。
下北沢まで歩いて、ヴィレッジ・ヴァンガードのハンバーガー店でランチ。
プールが寒かったせいか、なんだか調子が悪い。
明後日12月7日(土)は現代朗読基礎講座。
翌12月8日(日)は社会人のための「共感スキル」講座と、水城ゆう音楽塾「即興演奏ワークショップ」を開催する。
野々宮卯妙と高崎梓も来た。
参加者が少なく、結局私も卯妙さんもエントリーして、朗読と演奏をしてきた。
おもしろかったのだが(後日映像記録を一部配信予定)、ここは小さいハコにもかかわらず、スタインウェイの古いグランドピアノが置いてあったのだ。
小ぶりのもので、古いのでさすがに鍵盤の調整は不揃い、調律にも問題があったが、なかなか素敵な響きのピアノで楽しかった。
今日はプールに行き、少し泳いできてから、10時半から朝ゼミ。
私も参加して、基礎訓練をしっかりやる。
体認のエチュードも参加して、いろいろと確認。
しかし、このエチュードは楽しいなあ。
私は朗読をしないが、ピアノ演奏やもの書き仕事にも確実にいい影響があることを確信できる。
唐ちゃんが10日に国際芸術連盟のコンサートで朗読する源氏物語を聴かせてくれた。
大変興味深い考察ができた。
表現の場における伝達のレイヤー構造について、日々私がかんがえていることがまたひとつクリアになった。
みぞれちゃんが遅れて参加。
来年の3月についに初のワンマン朗読ライブをやることが決まった。
テーマは「きのこづくし」。
楽しくなりそう。
みんなで応援したい。
午後1時、オーディオブックリーダー養成講座受講中の人が最終収録実習に来る。
耳障りのよい読みで、技術的な瑕疵も大きな問題はないレベルなのだが、いかんせん、自分自身の存在が声に乗っていない。
アイ文庫オーディオブックでは朗読者の感情・身体性・価値観・存在が表現されていないものは、コンテンツとして仕上げない、というのが最近のコンセプトだ。
だれが読んでも変わらないような、テキストの内容だけきれいに伝わるような朗読はいらない。
しかしこれは、ただきれいに読んで自分のオーディオブックを(記念に)残したい、というようなニーズの人にとっては、過重な要求なのかもしれない。
下北沢まで歩いて、ヴィレッジ・ヴァンガードのハンバーガー店でランチ。
プールが寒かったせいか、なんだか調子が悪い。
明後日12月7日(土)は現代朗読基礎講座。
翌12月8日(日)は社会人のための「共感スキル」講座と、水城ゆう音楽塾「即興演奏ワークショップ」を開催する。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.8
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」第8回は、2013年11月27日夜、中野のジャズ・ダイニングバー〈Sweet Rain〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「げろきょdeないと」から抜粋してお送りします。
ファーストステージの3番めの演目、唐ひづるが朗読する水城ゆう作「舞踏病の女」です。
朗読 唐ひづる
アルトサックス 森順治
ピアノ 水城ゆう
ベース 日野了介
ドラムス 今竹一友
このライブの模様は何度かに分けてお送りしています。
ファーストステージの3番めの演目、唐ひづるが朗読する水城ゆう作「舞踏病の女」です。
朗読 唐ひづる
アルトサックス 森順治
ピアノ 水城ゆう
ベース 日野了介
ドラムス 今竹一友
このライブの模様は何度かに分けてお送りしています。
2013年12月4日水曜日
自分を伝えるための「聴く技術」
コミュニケーション能力をアップさせるというと、整然とした論理とか、説得力のある発声とか、情熱のこもった話し方といった、とかく「自分を伝える技術」のほうに目が行きがちだが、実際にはもっと重要なことがある。
「聴く技術」だ。
しかもただ聴くだけではない、「深く聴く」技術が必要だ。
自分を伝えるためには、相手に聴いてもらう必要がある。
人が相手のいうことを聴こうとするとき、どのような条件が必要だろうか。
人が相手のいうことを聴こうという態度になるのは、自分のことも相手に伝えることができたという「つながりの安心感」のなかにいるときだ。
自分が大切にしていることを相手が充分に聴いてくれ、またそのことを尊重してくれていると感じているとき、相手の話を受け入れる「耳の準備」ができている。
つまり、自分のことを伝えたければ、まずは相手がなにを大事にしているかを完全に聴く必要がある。
コミュニケーションの順序はこのとおりであり、逆はない。
共感的コミュニケーションでは相手の話を聴くというのは、その話の内容自体に注目するのではなく(もちろんそれも聴くのだが)、話をしている相手の感情とニーズ(価値)に興味を向けつづけ、相手がなにを大切にしているのかを推測し、質問し、確認する、というプロセスを取る。
これを「相手に共感する」という。
自分を棚上げにしてただ相手に話させるのでもなく、こちらが聴いていることをわからせるために相手の話を繰り返すのでもない。
感情とニーズに興味を向けつづけ、自分自身のまま相手に質問し、確認し、つながっていく。
このとき、私がかんがえるもっとも重要なことは、自分自身をけっして見失わないことだ。
いまここに自分自身がいて、相手に興味を向けつづけている、という存在感をけっして手放さないことが、相手にとってもつながりの質を実感させることになる。
そのために私は「自分の呼吸から離れない」ということをしている。
相手の話を聴いているときも、自分の呼吸に注意を払い、呼吸とそれを生んでいる自分自身の身体・存在から離れないように注意する。
マインドフルネスを心がける。
そのマインドフルネスの状態と、相手に向けた興味・好奇心をつかんで離さないとき、共感的コミュニケーションは良好な質を確保するだろう。
12月8日(日)は14時から「社会人のための共感スキル講座」をおこないます。
詳細とお申し込みはこちらから。
※プライバシーの問題がある方は個別にご相談ください。個人セッションでも対応しています。
「聴く技術」だ。
しかもただ聴くだけではない、「深く聴く」技術が必要だ。
自分を伝えるためには、相手に聴いてもらう必要がある。
人が相手のいうことを聴こうとするとき、どのような条件が必要だろうか。
人が相手のいうことを聴こうという態度になるのは、自分のことも相手に伝えることができたという「つながりの安心感」のなかにいるときだ。
自分が大切にしていることを相手が充分に聴いてくれ、またそのことを尊重してくれていると感じているとき、相手の話を受け入れる「耳の準備」ができている。
つまり、自分のことを伝えたければ、まずは相手がなにを大事にしているかを完全に聴く必要がある。
コミュニケーションの順序はこのとおりであり、逆はない。
共感的コミュニケーションでは相手の話を聴くというのは、その話の内容自体に注目するのではなく(もちろんそれも聴くのだが)、話をしている相手の感情とニーズ(価値)に興味を向けつづけ、相手がなにを大切にしているのかを推測し、質問し、確認する、というプロセスを取る。
これを「相手に共感する」という。
自分を棚上げにしてただ相手に話させるのでもなく、こちらが聴いていることをわからせるために相手の話を繰り返すのでもない。
感情とニーズに興味を向けつづけ、自分自身のまま相手に質問し、確認し、つながっていく。
このとき、私がかんがえるもっとも重要なことは、自分自身をけっして見失わないことだ。
いまここに自分自身がいて、相手に興味を向けつづけている、という存在感をけっして手放さないことが、相手にとってもつながりの質を実感させることになる。
そのために私は「自分の呼吸から離れない」ということをしている。
相手の話を聴いているときも、自分の呼吸に注意を払い、呼吸とそれを生んでいる自分自身の身体・存在から離れないように注意する。
マインドフルネスを心がける。
そのマインドフルネスの状態と、相手に向けた興味・好奇心をつかんで離さないとき、共感的コミュニケーションは良好な質を確保するだろう。
12月8日(日)は14時から「社会人のための共感スキル講座」をおこないます。
詳細とお申し込みはこちらから。
※プライバシーの問題がある方は個別にご相談ください。個人セッションでも対応しています。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.7
2013年12月3日火曜日
日曜日は「社会人のための共感スキル講座」です
共感的コミュニケーションで使う共感スキルは、自分を丁寧にあつかい、自分自身の価値・ニーズにつながることで、日々の行動を明快にできるが、もちろん他人とのコミュニケーションにも威力を発揮する。
私たちが通常おこなっている非共感的なコミュニケーションとはまったくちがう方法でだれかとつながるためのスキルで、人と人との関係性を根底から改善し、お互いに顔の見える、尊重しあえるつながりの質を作る。
職場における人間関係に問題を感じている人は多いだろう。
新入社員が入社数ヶ月でうつ状態におちいり、退職・休職したり、通院しはじめるケースが大変多いことは、社会問題にもなっている。
上司や同僚とのコミュニケーションがうまくいかない、部下から尊重してもらえない、取引先からどうも嫌われているらしい、など、気が重い問題をかかえて日々うつうつとすごしている人も多いのではないだろうか。
そういう人に問題解決の方法をしめすのが、「社会人のための共感スキル講座」だ。
共感スキルは自分自身に深くつながり、自分が大切にしていること、いま必要なことを確認し、それを相手に伝える方法だが、自分を伝えるにはまず相手にもつながる必要がある。
自分を伝える相手につながる、というのは、相手が大切にしていること、必要としていることを、こちらが完全に聴き、確認し、それを尊重する、ということだ。
こちらに聴いてもらえたと相手が思ったとき、初めて相手にもこちらのいうことを聴く準備ができる。
そうやってお互いが大切にしていることを確認し、尊重しあうことで、共感的で建設的なコミュニケーションをおこなえる。
相手がどんな立場であれ、親しい間柄であれ、上司であれ、取引先であれ、基本的に共感スキルの使い方はおなじだ。
どの場面でも相手の感情と価値・ニーズを見る・聴く・推測する、という手法を使う。
これを身につければ、対人関係が劇的に楽になる(←当社比(笑))。
また、自分の必要なこと、価値がはっきりし、人生が明快になる。
自分と相手を丁寧に、大切にあつかい、しっかりとつながりのある関係の上でコミュニケートできるようになる。
人間関係でなやみをお持ちの方は受講をおすすめします。
詳細とお申し込みはこちらから。
※プライバシーの問題がある方は個別にご相談ください。個人セッションでも対応しています。
私たちが通常おこなっている非共感的なコミュニケーションとはまったくちがう方法でだれかとつながるためのスキルで、人と人との関係性を根底から改善し、お互いに顔の見える、尊重しあえるつながりの質を作る。
職場における人間関係に問題を感じている人は多いだろう。
新入社員が入社数ヶ月でうつ状態におちいり、退職・休職したり、通院しはじめるケースが大変多いことは、社会問題にもなっている。
上司や同僚とのコミュニケーションがうまくいかない、部下から尊重してもらえない、取引先からどうも嫌われているらしい、など、気が重い問題をかかえて日々うつうつとすごしている人も多いのではないだろうか。
そういう人に問題解決の方法をしめすのが、「社会人のための共感スキル講座」だ。
共感スキルは自分自身に深くつながり、自分が大切にしていること、いま必要なことを確認し、それを相手に伝える方法だが、自分を伝えるにはまず相手にもつながる必要がある。
自分を伝える相手につながる、というのは、相手が大切にしていること、必要としていることを、こちらが完全に聴き、確認し、それを尊重する、ということだ。
こちらに聴いてもらえたと相手が思ったとき、初めて相手にもこちらのいうことを聴く準備ができる。
そうやってお互いが大切にしていることを確認し、尊重しあうことで、共感的で建設的なコミュニケーションをおこなえる。
相手がどんな立場であれ、親しい間柄であれ、上司であれ、取引先であれ、基本的に共感スキルの使い方はおなじだ。
どの場面でも相手の感情と価値・ニーズを見る・聴く・推測する、という手法を使う。
これを身につければ、対人関係が劇的に楽になる(←当社比(笑))。
また、自分の必要なこと、価値がはっきりし、人生が明快になる。
自分と相手を丁寧に、大切にあつかい、しっかりとつながりのある関係の上でコミュニケートできるようになる。
人間関係でなやみをお持ちの方は受講をおすすめします。
詳細とお申し込みはこちらから。
※プライバシーの問題がある方は個別にご相談ください。個人セッションでも対応しています。
(まとめ)あいぶんこ朗読ポッド Vol.1〜5
今日は「あいぶんこ朗読ポッド」のVol.6を配信しました。
これまで配信したVol.1からVol.5は以下のリンクからご覧ください。
お見逃しの方はこの機会にぜひどうぞ。
Vol.1「表現の場での他者から受ける評価への対処法」
Vol.2「げろきょdeないと」ライブ「朗読者」
Vol.3「自分がどうしたいのか身体に聴く」
Vol.4「げろきょdeないと」野々宮卯妙朗読「特定秘密の保護に関する法律案」
Vol.5「偶有性を受け入れイキイキとした表現をおこなう」
※現代朗読体験講座は今週末12月7日(土)14:00の開催です。
詳細とお申し込みはこちら。
これまで配信したVol.1からVol.5は以下のリンクからご覧ください。
お見逃しの方はこの機会にぜひどうぞ。
Vol.1「表現の場での他者から受ける評価への対処法」
Vol.2「げろきょdeないと」ライブ「朗読者」
Vol.3「自分がどうしたいのか身体に聴く」
Vol.4「げろきょdeないと」野々宮卯妙朗読「特定秘密の保護に関する法律案」
Vol.5「偶有性を受け入れイキイキとした表現をおこなう」
※現代朗読体験講座は今週末12月7日(土)14:00の開催です。
詳細とお申し込みはこちら。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.6
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」第6回は、2013年11月27日夜、中野のジャズ・ダイニングバー〈Sweet Rain〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「げろきょdeないと」から抜粋してお送りします。
ファーストステージの2番めの演目、山田みぞれが朗読する村山籌子作「みみず先生の歌」です。
朗読 山田みぞれ
アルトサックス 森順治
ピアノ 水城ゆう
ベース 日野了介
ドラムス 今竹一友
このライブの模様は何度かに分けてお送りしています。
2013年12月2日月曜日
生活の中に憲法をみつけよう
講座やワークショップ、ゼミ、ライブなどがあるので、おもしろそうなイベントがあってもなかなか土日開催のものには行けないのだが、昨日はたまたま昼間がぽっかりあいていたので、Facebookでご案内をいただいた憲法連続学習会第一回「生活の中に憲法をみつけよう」というイベントに行ってきた。
近くだったしね。
羽根木から宮坂区民センターまで自転車でひとっ走り、10分もかからない。
主催は世田谷・生活者ネットワークの皆さんで、知った顔もちらほら。
区議の照屋さんが声をかけてくれて、あいかわらずバイタリティいっぱいのご様子にこちらまで元気になる。
男性の参加者は私ともうひとりだけ。
講師は弁護士の杉浦ひとみさん。
なかなかパワーのある方で、こちらもまた元気をいただけた。
平和省プロジェクトJUNPの運営委員もされているようで、こちらもちょっと接点があったり。
学習会の前半はワークショップ形式でおこなわれた。
100人がなんらかの理由で無人島に漂着し、食べるものも住む家もない状態からどうやって生存のためのコミュニティを立ちあげていくかというシミュレーションを、参加者全員がそれぞれ設定された人物になりきり、グループごとに意見をまとめていく、というもの。
私は70代の初期の認知症の女性、という役割を与えられた。
じつはロールプレイがあまり得意じゃなく、かなり気恥ずかしい感じだったし、内容もなんだか幼稚な気がして(私の勝手な判断だった)帰りたくなったのだが、じつはこの前半のワークが後半の杉浦さんの講義内容を参加者に身体化させるためのものだったということがあとでわかったのだった。
後半は憲法とは我々にとってなんなのか、という基本的なことについてのレクチャーだったのだが、前半のワークがあったせいで実感としてかなり腑に落ちる進行になっていて、おもしろかった。
そして義侠心に満ちた杉浦さんのレクチャーも熱かった。
第二回以降も参加できるかどうかわからないが、都合が合えばまた行きたい。
近くだったしね。
羽根木から宮坂区民センターまで自転車でひとっ走り、10分もかからない。
主催は世田谷・生活者ネットワークの皆さんで、知った顔もちらほら。
区議の照屋さんが声をかけてくれて、あいかわらずバイタリティいっぱいのご様子にこちらまで元気になる。
男性の参加者は私ともうひとりだけ。
講師は弁護士の杉浦ひとみさん。
なかなかパワーのある方で、こちらもまた元気をいただけた。
平和省プロジェクトJUNPの運営委員もされているようで、こちらもちょっと接点があったり。
学習会の前半はワークショップ形式でおこなわれた。
100人がなんらかの理由で無人島に漂着し、食べるものも住む家もない状態からどうやって生存のためのコミュニティを立ちあげていくかというシミュレーションを、参加者全員がそれぞれ設定された人物になりきり、グループごとに意見をまとめていく、というもの。
私は70代の初期の認知症の女性、という役割を与えられた。
じつはロールプレイがあまり得意じゃなく、かなり気恥ずかしい感じだったし、内容もなんだか幼稚な気がして(私の勝手な判断だった)帰りたくなったのだが、じつはこの前半のワークが後半の杉浦さんの講義内容を参加者に身体化させるためのものだったということがあとでわかったのだった。
後半は憲法とは我々にとってなんなのか、という基本的なことについてのレクチャーだったのだが、前半のワークがあったせいで実感としてかなり腑に落ちる進行になっていて、おもしろかった。
そして義侠心に満ちた杉浦さんのレクチャーも熱かった。
第二回以降も参加できるかどうかわからないが、都合が合えばまた行きたい。
脱構築、偶有性の受容で生きた自分を表現する
朗読でも音楽でも表現の世界で即興ができない、という人がいる。
なにか決まっていないとなにもできない、という人がいる。
これからなにが起こるか予測できない局面がとてもこわい、という人がいる。
私ももちろんそういう心理があるし、そのこと自体は理解できる。
人は予測できないことが苦手だし、予定されたことが予定どおり進まないことに怒りや怖れを抱くことがある。
安全や安心のニーズがあって、ものごとが予定どおり進むことを望むのだが、実際にはそううまくいかない。
明日がかならず来るとは限らないのだ。
表現の場でもそういう心理が働いている。
朗読表現の場合、朗読に使うテキストにびっしり書きこみをして、自分がどこでどのような読み方をするのかあらかじめ全部決めておいて、それを何度も練習して本番の公演やライブに望まないと不安だという人がいる。
予定外のことがなるべく起こらないように、表現を「構築」しておくのだ。
そのことが生きたその人を表現することを著しく阻害していく。
生活の場でもそうだが、表現の場でも次の瞬間、なにが起こるかわからない、予測がつかない、というのが真実だ。
自分の外側でなにかが起こるかもしれないし、自分のなかでもなにが起こるかわからない。
調子よく朗読していても、開演に遅れた人が騒々しく席についたり、だれかの咳が止まらなかったり、会場の外を救急車がサイレンをならして通りすぎたり、共演者がきっかけをまちがえたり、じつにさまざまな「予測のできないこと」が起こる。
それをなにごともなかったかのように無視して、練習で構築してきたとおりの表現を押し通そうとするのは、一種の「嘘」を通すことになる。
自分の内側でもさまざまなことが起こっている。
練習のときとはちがった体調であったり、感情がうずまいたり、反応が起こったり。
これもまた無視してなかったこととして押し通そうとするのは、虚偽の表現といっていい。
現代朗読ではこういった「偶有性」を前提として受容し、思いきってたくらみを捨てて偶有性の世界に踏みだすことを練習する。
構築されたものを脱し、自分自身と自分のまわりに起こることを受け入れて、正直に反応しながら表現することを練習する。
たくらみを捨ててみるとわかるが、とたんに手掛かりが少なく頼りなくなって不安を感じるだろう。
しかし、そこを勇気をもって踏みだしてみる。
そうしてみると、偶有性という広大な未知の世界が自分の前にひろがっていることに気づくだろう。
※以上のようなことを、先日おこなった「現代朗読基礎コース 第7回」のなかでレクチャーしている様子を抜粋してYouTube番組「あいぶんこ朗読ポッド」で配信中。そちらも合わせてご覧いただきたい。
※現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。詳細とお申し込みはこちら。
なにか決まっていないとなにもできない、という人がいる。
これからなにが起こるか予測できない局面がとてもこわい、という人がいる。
私ももちろんそういう心理があるし、そのこと自体は理解できる。
人は予測できないことが苦手だし、予定されたことが予定どおり進まないことに怒りや怖れを抱くことがある。
安全や安心のニーズがあって、ものごとが予定どおり進むことを望むのだが、実際にはそううまくいかない。
明日がかならず来るとは限らないのだ。
表現の場でもそういう心理が働いている。
朗読表現の場合、朗読に使うテキストにびっしり書きこみをして、自分がどこでどのような読み方をするのかあらかじめ全部決めておいて、それを何度も練習して本番の公演やライブに望まないと不安だという人がいる。
予定外のことがなるべく起こらないように、表現を「構築」しておくのだ。
そのことが生きたその人を表現することを著しく阻害していく。
生活の場でもそうだが、表現の場でも次の瞬間、なにが起こるかわからない、予測がつかない、というのが真実だ。
自分の外側でなにかが起こるかもしれないし、自分のなかでもなにが起こるかわからない。
調子よく朗読していても、開演に遅れた人が騒々しく席についたり、だれかの咳が止まらなかったり、会場の外を救急車がサイレンをならして通りすぎたり、共演者がきっかけをまちがえたり、じつにさまざまな「予測のできないこと」が起こる。
それをなにごともなかったかのように無視して、練習で構築してきたとおりの表現を押し通そうとするのは、一種の「嘘」を通すことになる。
自分の内側でもさまざまなことが起こっている。
練習のときとはちがった体調であったり、感情がうずまいたり、反応が起こったり。
これもまた無視してなかったこととして押し通そうとするのは、虚偽の表現といっていい。
現代朗読ではこういった「偶有性」を前提として受容し、思いきってたくらみを捨てて偶有性の世界に踏みだすことを練習する。
構築されたものを脱し、自分自身と自分のまわりに起こることを受け入れて、正直に反応しながら表現することを練習する。
たくらみを捨ててみるとわかるが、とたんに手掛かりが少なく頼りなくなって不安を感じるだろう。
しかし、そこを勇気をもって踏みだしてみる。
そうしてみると、偶有性という広大な未知の世界が自分の前にひろがっていることに気づくだろう。
※以上のようなことを、先日おこなった「現代朗読基礎コース 第7回」のなかでレクチャーしている様子を抜粋してYouTube番組「あいぶんこ朗読ポッド」で配信中。そちらも合わせてご覧いただきたい。
※現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。詳細とお申し込みはこちら。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.5
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」は、朗読ライブ、オーディオブック、朗読ゼミやワークショップ、共感的コミュニケーションや音読療法など、アイ文庫が協賛し水城ゆうが開催しているさまざまなコンテンツを流していきます。
5回めは、現代朗読協会主催の「現代朗読基礎コース 全10回」のうち、最近おこなわれた第7回からふたたび一部抜粋してお送りします。
だい7回からの抜粋はこれが最後となります。
安全や安心のニーズから、人は偶然性をなるべく忌避し、予定されたことが予定されたとおり進んでいくようにものごとを「構築」しようとします。
それは表現の場でもおこなわれます。
現代朗読ではそれを排し(脱構築)、偶有性の時間に勇気を持って飛びこんでいくことで、イキイキとした嘘のない表現をめざします。
現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。
詳細とお申し込みはこちら。
5回めは、現代朗読協会主催の「現代朗読基礎コース 全10回」のうち、最近おこなわれた第7回からふたたび一部抜粋してお送りします。
だい7回からの抜粋はこれが最後となります。
安全や安心のニーズから、人は偶然性をなるべく忌避し、予定されたことが予定されたとおり進んでいくようにものごとを「構築」しようとします。
それは表現の場でもおこなわれます。
現代朗読ではそれを排し(脱構築)、偶有性の時間に勇気を持って飛びこんでいくことで、イキイキとした嘘のない表現をめざします。
現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。
詳細とお申し込みはこちら。
2013年12月1日日曜日
あいぶんこ朗読ポッド Vol.4
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」は、朗読ライブ、オーディオブック、朗読ゼミやワークショップ、共感的コミュニケーションや音読療法など、アイ文庫が協賛し水城ゆうが開催しているさまざまなコンテンツを流していきます。
第4回は、2013年11月27日夜、中野のジャズ・ダイニングバー〈Sweet Rain〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「げろきょdeないと」から抜粋してお送りします。
ファーストステージの最後の演目、野々宮卯妙が朗読する「特定秘密の保護に関する法律案」です。
朗読 野々宮卯妙
フルート 森順治
ピアノ 水城ゆう
ベース 日野了介
ドラムス 今竹一友
何度かに分けてお送りしています。
第4回は、2013年11月27日夜、中野のジャズ・ダイニングバー〈Sweet Rain〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「げろきょdeないと」から抜粋してお送りします。
ファーストステージの最後の演目、野々宮卯妙が朗読する「特定秘密の保護に関する法律案」です。
朗読 野々宮卯妙
フルート 森順治
ピアノ 水城ゆう
ベース 日野了介
ドラムス 今竹一友
何度かに分けてお送りしています。
レディ・ジェーン「ののみずしゅんライブ」たくさんのお越し感謝
2013年11月30日、土曜日夜。
下北沢の老舗ライブバー〈レディ・ジェーン〉で3回めとなる野々宮卯妙の朗読、水城ゆうの即興演奏、酒井俊のボイスパフォーマンスによる「ののみずしゅんライブ」をおこなった。
その前の午後の時間に瀬田四丁目広場フィールドミュージアム〈旧小坂邸〉でおこなった現代朗読ワークショップで演奏機材を使ったので、そのままタクシーと小田急線でえっちらおっちら運搬し、レディ・ジェーンに搬入する。
KORGの小型シンセサイザーをMacBookProに接続し、BOSEのモバイルスピーカーで鳴らす。
レディ・ジェーンにはアップライトピアノがあるので、そちらも使用。
このセッティングはなかなかいい感じで、気にいった。
5時すぎに俊さんもいらして、軽く打ち合わせ。
そもそも全編即興なので、ほとんどリハーサルはなし、簡単な音響チェックのみ。
ご飯を食べに行こうということで、近くのカフェでサンドイッチ的なものとコーヒー。
量が少ないだの、このところのできごとについてぶうぶういったり、大笑いしたり、ライブの前にすっかり気分はほぐれて、やる気まんまんに。
しかし、店にもどってみると、夜7時半開演のはずが、予約のお客さんが来ない。
みなさん、8時開演と勘違いしているんじゃないの、とかいっているうちに、なんとか何組か来てくれたので、ぼちぼち始めることに。
と思っていたら、どどどと駆け込みでやってくる。
今回のライブは2部構成。
私が書いた「初恋」というテキストを前編・後編に分けてやる。
最初は私のソロピアノからスタート。
気分よく弾いていると、俊さんと野々宮がステージにやってきたので、そのまま「初恋」に突入。
例によって身体にまかせ、なんにもかんがえずにやる。
3人のコンビネーションが気持ちいい。
音による会話。
1部が終わって、来てくれた方々とお話させていただく。
福井から同級生のたつみくんが来てくれたり、三重からモーターショーを見に来てわざわざ立ちよってくれた方とか、共感的コミュニケーションやNVCの仲間とか、げろきょの仲間とか、フェイスブックつながりの方とか。
みなさん、来てくれてありがとう。
おかげでとても気持ちよく、ディープに、クオリティを深めたパフォーマンスをやれた。
2部は9時前にスタート。
ストーリーの後半を楽しみにしてくれていた皆さんに、混乱をお届けする(笑)。
2部も1部以上に集中してやって、濃密な時間のまま終了。
しっかり「生きて」いられた。
この経験は「思い出」としてではなく、私の体認の経験として宝物となるだろう。
終わるとたくさんの拍手をいただき、気がつくと店はほぼ満席状態。
知らないお客さんも熱心に聴いてくれたようだった。
そして、テーブルを囲んで、打ち上げ的飲み会状態に突入。
楽しかったなあ。
イザンベールさんがコメディアンみたいな独演トークを繰り広げたり(笑)。
俊さんはこの後、何回かのライブスケジュールをこなしてから、日本を離れる。
時々は戻って来られるらしいが、基本的に海外で暮らすとのこと。
今度はいつやれるかわからないが、レディ・ジェーンで濃密にやれてよかった。
俊さん、どうぞ身体には気をつけてご旅行を楽しんでください。
下北沢の老舗ライブバー〈レディ・ジェーン〉で3回めとなる野々宮卯妙の朗読、水城ゆうの即興演奏、酒井俊のボイスパフォーマンスによる「ののみずしゅんライブ」をおこなった。
その前の午後の時間に瀬田四丁目広場フィールドミュージアム〈旧小坂邸〉でおこなった現代朗読ワークショップで演奏機材を使ったので、そのままタクシーと小田急線でえっちらおっちら運搬し、レディ・ジェーンに搬入する。
KORGの小型シンセサイザーをMacBookProに接続し、BOSEのモバイルスピーカーで鳴らす。
レディ・ジェーンにはアップライトピアノがあるので、そちらも使用。
このセッティングはなかなかいい感じで、気にいった。
5時すぎに俊さんもいらして、軽く打ち合わせ。
そもそも全編即興なので、ほとんどリハーサルはなし、簡単な音響チェックのみ。
ご飯を食べに行こうということで、近くのカフェでサンドイッチ的なものとコーヒー。
量が少ないだの、このところのできごとについてぶうぶういったり、大笑いしたり、ライブの前にすっかり気分はほぐれて、やる気まんまんに。
しかし、店にもどってみると、夜7時半開演のはずが、予約のお客さんが来ない。
みなさん、8時開演と勘違いしているんじゃないの、とかいっているうちに、なんとか何組か来てくれたので、ぼちぼち始めることに。
と思っていたら、どどどと駆け込みでやってくる。
今回のライブは2部構成。
私が書いた「初恋」というテキストを前編・後編に分けてやる。
最初は私のソロピアノからスタート。
気分よく弾いていると、俊さんと野々宮がステージにやってきたので、そのまま「初恋」に突入。
例によって身体にまかせ、なんにもかんがえずにやる。
3人のコンビネーションが気持ちいい。
音による会話。
1部が終わって、来てくれた方々とお話させていただく。
福井から同級生のたつみくんが来てくれたり、三重からモーターショーを見に来てわざわざ立ちよってくれた方とか、共感的コミュニケーションやNVCの仲間とか、げろきょの仲間とか、フェイスブックつながりの方とか。
みなさん、来てくれてありがとう。
おかげでとても気持ちよく、ディープに、クオリティを深めたパフォーマンスをやれた。
2部は9時前にスタート。
ストーリーの後半を楽しみにしてくれていた皆さんに、混乱をお届けする(笑)。
2部も1部以上に集中してやって、濃密な時間のまま終了。
しっかり「生きて」いられた。
この経験は「思い出」としてではなく、私の体認の経験として宝物となるだろう。
終わるとたくさんの拍手をいただき、気がつくと店はほぼ満席状態。
知らないお客さんも熱心に聴いてくれたようだった。
そして、テーブルを囲んで、打ち上げ的飲み会状態に突入。
楽しかったなあ。
イザンベールさんがコメディアンみたいな独演トークを繰り広げたり(笑)。
俊さんはこの後、何回かのライブスケジュールをこなしてから、日本を離れる。
時々は戻って来られるらしいが、基本的に海外で暮らすとのこと。
今度はいつやれるかわからないが、レディ・ジェーンで濃密にやれてよかった。
俊さん、どうぞ身体には気をつけてご旅行を楽しんでください。
瀬田四広場〈旧小坂邸〉での紅葉朗読ワークショップ
2013年11月30日、土曜日。
昨日は世田谷区の管理施設瀬田四丁目広場フィールドミュージアム〈旧小坂邸〉という古民家というか、歴史建造物の和室を使って、現代朗読協会による紅葉朗読ワークショップを開催した。
ちょっとアクセスしにくい場所にあって、田園都市線の二子玉川駅からバスで15分くらいかかる。
二子玉でKAT、みぞれちゃん、野々宮がそろったところで、満員のバスに揺られて旧小坂邸へ。
気温は低いが、くっきりと晴れて、紅葉もきれい、気持ちのいい日だ。
旧小坂邸にはすでに藤沢さんが来ていた。
世田谷区の子ども基金の助成金を申請していた「お母さんのための音読ケアプログラム」の申請が通ったということで、まずはお祝い。
藤沢さん、KAT、野々宮を中心にボイスセラピストが毎月こつこつとつづけてきた活動が、これでもうすこし認知され、やりやすくなるかもしれないと思うと、よかった。
瀬田四広場の企画委員をしている中西さんや村上さんにご挨拶。
いっしょにワークショップの準備をしていただく。
大きな座敷と広縁をぶち抜いた広々した会場ができあがる。
持っていったシンセサイザーなどの演奏機材もセッティングした。
広縁からは紅葉の庭が見え、晩秋の日差しが射しこんでいる。
午後1時半からワークショップスタート。
赤ちゃん連れの若いご夫婦を含むたまたま訪れていた方や、KATの知り合いの方など、車座になって始める。
あらかじめ用意した宮沢賢治の「やまなし」をテキストとして、現代朗読の解説を織り交ぜながら音読エチュードをみなさんといっしょに進めていく。
呼吸法もまじえたりして、みなさんの声と身体がだんだんほぐれていき、後半では動きまわりながらとてもイキイキと表現を楽しんでおられる様子が見られて、私もうれしかった。
また「共感的に聞く」練習も織り交ぜた。
こうやって書くと、なかなか盛りだくさんの内容だったかもしれない。
最後はげろきょゼミ生のメンバー4人がフリースタイル朗読で「祈る人」を私の演奏といっしょに皆さんに聴いてもらった。
とても気持ちのいい時間をすごさせてもらった。
参加のみなさん、瀬田四広場の企画委員の方々、げろきょの仲間たちに感謝。
昨日は世田谷区の管理施設瀬田四丁目広場フィールドミュージアム〈旧小坂邸〉という古民家というか、歴史建造物の和室を使って、現代朗読協会による紅葉朗読ワークショップを開催した。
ちょっとアクセスしにくい場所にあって、田園都市線の二子玉川駅からバスで15分くらいかかる。
二子玉でKAT、みぞれちゃん、野々宮がそろったところで、満員のバスに揺られて旧小坂邸へ。
気温は低いが、くっきりと晴れて、紅葉もきれい、気持ちのいい日だ。
旧小坂邸にはすでに藤沢さんが来ていた。
世田谷区の子ども基金の助成金を申請していた「お母さんのための音読ケアプログラム」の申請が通ったということで、まずはお祝い。
藤沢さん、KAT、野々宮を中心にボイスセラピストが毎月こつこつとつづけてきた活動が、これでもうすこし認知され、やりやすくなるかもしれないと思うと、よかった。
瀬田四広場の企画委員をしている中西さんや村上さんにご挨拶。
いっしょにワークショップの準備をしていただく。
大きな座敷と広縁をぶち抜いた広々した会場ができあがる。
持っていったシンセサイザーなどの演奏機材もセッティングした。
広縁からは紅葉の庭が見え、晩秋の日差しが射しこんでいる。
午後1時半からワークショップスタート。
赤ちゃん連れの若いご夫婦を含むたまたま訪れていた方や、KATの知り合いの方など、車座になって始める。
あらかじめ用意した宮沢賢治の「やまなし」をテキストとして、現代朗読の解説を織り交ぜながら音読エチュードをみなさんといっしょに進めていく。
呼吸法もまじえたりして、みなさんの声と身体がだんだんほぐれていき、後半では動きまわりながらとてもイキイキと表現を楽しんでおられる様子が見られて、私もうれしかった。
また「共感的に聞く」練習も織り交ぜた。
こうやって書くと、なかなか盛りだくさんの内容だったかもしれない。
最後はげろきょゼミ生のメンバー4人がフリースタイル朗読で「祈る人」を私の演奏といっしょに皆さんに聴いてもらった。
とても気持ちのいい時間をすごさせてもらった。
参加のみなさん、瀬田四広場の企画委員の方々、げろきょの仲間たちに感謝。
2013年11月30日土曜日
どう表現したいのか身体が教えてくれる
朗読にせよ音楽にせよ、なにか表現をしようとするとき、私たちは瞬時に「たくらみ」に満ちた存在になってしまう。
後天的に(大脳皮質=意識の部分で)身につけてきたさまざまな思いこみや価値基準によって、「こうしなければ」とか「こうしてはならない」といった意図のかたまりとなって、表現は不自然なものとなる。
自然にその人自身のままで、たくらまずに表現するには、思考を捨て、自分の身体に任せていく方法が有効だ。
身体というのは、首から下という意味ではない。
フロイトが発見したように、人は意識的な部分と無意識の部分を自我のなかに持っている。
さらには超自我という意識構造もある。
自分を自分たらしめているのは、まさにこの無意識の部分だといえる。
自分がなにをかんがえ、なにを感じているのかわからない部分。
自分がどうしたいのか意識的にはわからない部分。
本能や身体といった人の「自然」がその人の本当の欲求や行動を示している部分。
この無意識と身体が、その人のオリジナリティであるといえる。
本当の意味でオリジナリティのある表現をおこなうなら、自分がどう表現したいのか「思考」ではなく、身体に聞いてみるしかない。
それはまったくたよりなく、手がかりの少ない世界だが、自分の身体が動こうとしているその部分に深く集中していけばいくほど、私たち自身の生命力あふれたオリジナルな表現が表出してくる。
これを私が学んでいる韓氏意拳の世界では「体認」というのだが、現代朗読においてもおなじ言葉を使わせてもらうことにしている。
「体認」をつかんで離さない朗読表現。
これがその人のオリジナリティと表現クオリティを確保していく。
※以上のようなことを、先日おこなった「現代朗読基礎コース 第7回」のなかでレクチャーしている様子を抜粋してYouTube番組「あいぶんこ朗読ポッド」で配信中。そちらも合わせてご覧いただきたい。
※現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。詳細とお申し込みはこちら。
後天的に(大脳皮質=意識の部分で)身につけてきたさまざまな思いこみや価値基準によって、「こうしなければ」とか「こうしてはならない」といった意図のかたまりとなって、表現は不自然なものとなる。
自然にその人自身のままで、たくらまずに表現するには、思考を捨て、自分の身体に任せていく方法が有効だ。
身体というのは、首から下という意味ではない。
フロイトが発見したように、人は意識的な部分と無意識の部分を自我のなかに持っている。
さらには超自我という意識構造もある。
自分を自分たらしめているのは、まさにこの無意識の部分だといえる。
自分がなにをかんがえ、なにを感じているのかわからない部分。
自分がどうしたいのか意識的にはわからない部分。
本能や身体といった人の「自然」がその人の本当の欲求や行動を示している部分。
この無意識と身体が、その人のオリジナリティであるといえる。
本当の意味でオリジナリティのある表現をおこなうなら、自分がどう表現したいのか「思考」ではなく、身体に聞いてみるしかない。
それはまったくたよりなく、手がかりの少ない世界だが、自分の身体が動こうとしているその部分に深く集中していけばいくほど、私たち自身の生命力あふれたオリジナルな表現が表出してくる。
これを私が学んでいる韓氏意拳の世界では「体認」というのだが、現代朗読においてもおなじ言葉を使わせてもらうことにしている。
「体認」をつかんで離さない朗読表現。
これがその人のオリジナリティと表現クオリティを確保していく。
※以上のようなことを、先日おこなった「現代朗読基礎コース 第7回」のなかでレクチャーしている様子を抜粋してYouTube番組「あいぶんこ朗読ポッド」で配信中。そちらも合わせてご覧いただきたい。
※現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。詳細とお申し込みはこちら。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.3
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」は、朗読ライブ、オーディオブック、朗読ゼミやワークショップ、共感的コミュニケーションや音読療法など、アイ文庫が協賛し水城ゆうが開催しているさまざまなコンテンツを流していきます。
第3回は、現代朗読協会主催の「現代朗読基礎コース 全10回」のうち、最近おこなわれた第7回からふたたび一部抜粋してお送りします。
表現をおこなうとき、さまざまな言語思考、自意識、おもいこみ、たくらみによって自分自身のオリジナリティや自然な表現をそこなってしまうことについて、「体認」によってそれを避ける方法を提示しています。
現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。
詳細とお申し込みはこちら。
2013年11月29日金曜日
ママカフェ、ピピカレー、Ki、共感スキル勉強会
昨日の午前中は10時半から「おかあさんのための音読カフェ」通称「ママカフェ」。
今日はいつも来られる方おひとりと人数は寂しかったが、横で聞いているとなにやら熱く語り合っていて、内容は充実しているようだった。
来月のママカフェのご案内はこちら。
ランチにもうすぐ閉店する〈ピピカレー @PPcurryJP〉に行ったが、午後1時の時点ですでに売り切れで閉店してしまっていた。
残念。
たぶんもう食べる機会はないだろうなあ。
場所を変えて再開してくれるとうれしいのだが。
世田谷代田の〈鶏白湯ラーメン〉に行く。
世田谷代田のカフェ〈Ki〉でコーヒー。
いつ行っても落ち着く店だ。
のんびりさせてもらった。
夜は共感的コミュニケーションの勉強会。
参加者6名。
昨夜は「聞く技術」について検証してみた。
共感的コミュニケーションは実践の場で、まずは「深く相手を聞く」ことからはじまる。
「相手を聞く」とは、相手の話している内容=情報ではなく内面=感情・価値を聞くことだ。
来月の共感的コミュニケーションのご案内はこちら。
今日はいつも来られる方おひとりと人数は寂しかったが、横で聞いているとなにやら熱く語り合っていて、内容は充実しているようだった。
来月のママカフェのご案内はこちら。
ランチにもうすぐ閉店する〈ピピカレー @PPcurryJP〉に行ったが、午後1時の時点ですでに売り切れで閉店してしまっていた。
残念。
たぶんもう食べる機会はないだろうなあ。
場所を変えて再開してくれるとうれしいのだが。
世田谷代田の〈鶏白湯ラーメン〉に行く。
世田谷代田のカフェ〈Ki〉でコーヒー。
いつ行っても落ち着く店だ。
のんびりさせてもらった。
夜は共感的コミュニケーションの勉強会。
参加者6名。
昨夜は「聞く技術」について検証してみた。
共感的コミュニケーションは実践の場で、まずは「深く相手を聞く」ことからはじまる。
「相手を聞く」とは、相手の話している内容=情報ではなく内面=感情・価値を聞くことだ。
来月の共感的コミュニケーションのご案内はこちら。
表現の場における「評価」の扱いについて
朗読にしても音楽演奏にしても、あるいはダンスや絵画や文学にしても、私たちがだれかに向かってなにかを表現したとき、かならず相手からなんらかの反応が返ってくる。
絵画や文学のように直接反応が届かない、あるいはタイムラグがあるようなものもあるし、朗読・音楽・ダンスといった表現のようにリアルタイムに反応が返ってくるものもある。
その反応が好意的なものだと私たちは喜び、批判的であったり悪意に満ちたものであれば私たちは動揺したり落ちこんだりする。
たいていの場合、反応は他者による「評価」という形でおこなわれる。
「評価」にはよいものもあれば、悪いものもある。
つまり「よい/悪い」という価値判断が伴うことが多い。
表現にたいしてそれが「よい」または「悪い」という価値判断はどのようにしておこなわれるのだろうか。
人がなにかにたいしてなんらかの価値判断をくだすとき、その判断基準は後天的に身につけてきたものだ。
教育や家庭生活、社会活動のなかで学習し、身につけてきた価値基準にもとづいて、評価をくだす。
私がピアノを弾いたとき、それを「よい/悪い」とオーディエンスが評価するのは、彼のなかでどのような演奏が「よい」もので、どのような演奏が「悪い」ものであるかという、音楽を聴いてきた経験のなかでつちかわれた価値基準がある。
つまり、その「評価のことば」は、彼が外形的に身につけている外部評価基準であって、彼自身のこころや身体から出てきた反応ではない、ということだ。
もっといえば、彼の「評価のことば」は彼自身とはなんの関係もない。
私たち表現者は、評価的反応に接したとき、そのことばを聞く必要はない。
なぜなら、そのことばは彼とはなんの関係もないものなのだから。
では、どうすればよいか。
ここからは共感的コミュニケーションのスキルになるのだが、彼がその評価的ことばを発することになった彼の価値/彼が大切にしていることに目を向ける。
たとえば彼が、
「きみの朗読はもうすこし滑舌がよくなるとすばらしいのにね」
といったとき、こちらは、
「滑舌が悪かったんだ、しまったなあ」
と落ちこむのではなく、彼がなにを大切にしているからそういうことをいったのか、に目を向ける。
彼は朗読表現において言葉やストーリーが正しく伝わることを大事にしていて、滑舌の悪さが気になったのかもしれない。
彼のその価値を見たり推測したりすることで、評価的ことばで一喜一憂するのではなく、相手とつながることができる。
表現の場はそのようなチャンスの場でもある。
※以上のようなことを、先日おこなった「現代朗読基礎コース 第7回」のなかでレクチャーした。
その模様を抜粋してYouTube番組「あいぶんこ朗読ポッド」で配信しているので、そちらもご覧いただきたい。
※現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。詳細とお申し込みはこちら。
絵画や文学のように直接反応が届かない、あるいはタイムラグがあるようなものもあるし、朗読・音楽・ダンスといった表現のようにリアルタイムに反応が返ってくるものもある。
その反応が好意的なものだと私たちは喜び、批判的であったり悪意に満ちたものであれば私たちは動揺したり落ちこんだりする。
たいていの場合、反応は他者による「評価」という形でおこなわれる。
「評価」にはよいものもあれば、悪いものもある。
つまり「よい/悪い」という価値判断が伴うことが多い。
表現にたいしてそれが「よい」または「悪い」という価値判断はどのようにしておこなわれるのだろうか。
人がなにかにたいしてなんらかの価値判断をくだすとき、その判断基準は後天的に身につけてきたものだ。
教育や家庭生活、社会活動のなかで学習し、身につけてきた価値基準にもとづいて、評価をくだす。
私がピアノを弾いたとき、それを「よい/悪い」とオーディエンスが評価するのは、彼のなかでどのような演奏が「よい」もので、どのような演奏が「悪い」ものであるかという、音楽を聴いてきた経験のなかでつちかわれた価値基準がある。
つまり、その「評価のことば」は、彼が外形的に身につけている外部評価基準であって、彼自身のこころや身体から出てきた反応ではない、ということだ。
もっといえば、彼の「評価のことば」は彼自身とはなんの関係もない。
私たち表現者は、評価的反応に接したとき、そのことばを聞く必要はない。
なぜなら、そのことばは彼とはなんの関係もないものなのだから。
では、どうすればよいか。
ここからは共感的コミュニケーションのスキルになるのだが、彼がその評価的ことばを発することになった彼の価値/彼が大切にしていることに目を向ける。
たとえば彼が、
「きみの朗読はもうすこし滑舌がよくなるとすばらしいのにね」
といったとき、こちらは、
「滑舌が悪かったんだ、しまったなあ」
と落ちこむのではなく、彼がなにを大切にしているからそういうことをいったのか、に目を向ける。
彼は朗読表現において言葉やストーリーが正しく伝わることを大事にしていて、滑舌の悪さが気になったのかもしれない。
彼のその価値を見たり推測したりすることで、評価的ことばで一喜一憂するのではなく、相手とつながることができる。
表現の場はそのようなチャンスの場でもある。
※以上のようなことを、先日おこなった「現代朗読基礎コース 第7回」のなかでレクチャーした。
その模様を抜粋してYouTube番組「あいぶんこ朗読ポッド」で配信しているので、そちらもご覧いただきたい。
※現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。詳細とお申し込みはこちら。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.2
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」は、朗読ライブ、オーディオブック、朗読ゼミやワークショップ、共感的コミュニケーションや音読療法など、アイ文庫が協賛し水城ゆうが開催しているさまざまなコンテンツを流していきます。
第2回は、2013年11月27日夜、中野のジャズ・ダイニングバー〈Sweet Rain〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「げろきょdeないと」から抜粋してお送りします。
今回はセカンドステージの最後の演目、テキストは水城ゆう作「朗読者」。
バリトンサックス 森順治
ピアノ 水城ゆう
ベース 日野了介
ドラムス 今竹一友
朗読 野々宮卯妙、唐ひづる、山田みぞれ
何度かに分けてお送りします。
第2回は、2013年11月27日夜、中野のジャズ・ダイニングバー〈Sweet Rain〉でおこなわれた朗読と即興音楽のライブイベント「げろきょdeないと」から抜粋してお送りします。
今回はセカンドステージの最後の演目、テキストは水城ゆう作「朗読者」。
バリトンサックス 森順治
ピアノ 水城ゆう
ベース 日野了介
ドラムス 今竹一友
朗読 野々宮卯妙、唐ひづる、山田みぞれ
何度かに分けてお送りします。
2013年11月28日木曜日
げろきょdeないと@中野〈Sweet Rain〉が終わった
2013年11月27日夜。
中野〈Sweet Rain〉にて「げろきょdeないと」と題された現代朗読と即興音楽のライブが催された。
音楽演奏メンバーはサックス・フルートの森順治さん、ベースの日野了介さん、ドラムスの今竹一友さん、そして私のピアノ。
ジャズでいうところのカルテット・コンボである。
朗読メンバーは野々宮卯妙、唐ひづる、山田みぞれの3名。
これに最後のセットで何人か飛び入りで加わることになる。
〈Sweet Rain〉はけっして広くはない店だが、店のアップライトピアノの前にドラムセットとコントラバスがならんだ。
そしてサックスと朗読者が立つという配置。
ファーストステージはまず楽器隊だけのフリーセッションで始まった。
私が提案した「なんとなくゆるいテーマ性を持ったサウンドパターン」から始まって、なしくずし的にフリーへ。
最後はまたなんとなく最初のサウンドに戻ってきて終わり、という展開。
これはあるねらいがあって、やってみたかったことだった。
私の「もくろみ」については、後日あらためてお知らせしたい。
以下、ファーストステージの演目。
2. 村山和子作「みみず先生のうた」朗読・山田みぞれ
3. 水城ゆう作「舞踏病の女」朗読・唐ひづる
4. 「特定秘密保護法案」朗読・野々宮卯妙
休憩をはさんでセカンドステージの演目。
1. 村山和子の作品ふたつ、朗読・山田みぞれとドラムス・今竹一友
2. 宮沢賢治の作品を東北弁で、朗読・唐ひづるとサックス・森順治
3. 宮沢賢治「空の信号」ほか、朗読・野々宮卯妙とベース・日野了介
4. 楽器隊からスタートして、全員参加で水城ゆう作「朗読者」
休憩をはさんでラストステージは、ゼミ生を含む来客にも参加してもらってのジャムセッション。
楽器隊4人をバックにした飛び入り朗読は、この上ない贅沢なシチュエーションだったのではないかと思う。
KAT、宮本菜穂子、上山根夏美、照井数男、お客さんで来ていた飯干くんという若者、晩衛、という順でにぎやかに楽しんだ。
私も最後はワインをいただきながら、かなりいい気分になって弾いていた。
記録映像を見ると(近日公開予定)、お客さんで来てくれたゼミ生の梓が画面の端っこでニコニコしながら聴いているのが映っていて、これまたなごんだ。
実は私には、この楽器隊と現代朗読者によるユニットを作りたいというもくろみがある。
ユニット名はまだ決まっていないが、これから丁寧にコンセプトと演目を準備し、デビュー戦をやりたいと思っている。
音楽でも朗読でもなく、同時に音楽でも朗読でもあるユニット。
ダンスとか身体表現がはいってもいいな。
森さんや日野くんにも曲やパフォーマンスのアイディアがあるという。
デビュー戦はまずはこの〈Sweet Rain〉で、来年2月22日をすでに押さえた。
いずれは〈ピットイン〉とか、大きめのホールなどでもやりたいなと思っている。
まずは2月22日(土)夜のスケジュールを、みなさん、あけといてください。
絶対おもしろいから。
中野〈Sweet Rain〉にて「げろきょdeないと」と題された現代朗読と即興音楽のライブが催された。
音楽演奏メンバーはサックス・フルートの森順治さん、ベースの日野了介さん、ドラムスの今竹一友さん、そして私のピアノ。
ジャズでいうところのカルテット・コンボである。
朗読メンバーは野々宮卯妙、唐ひづる、山田みぞれの3名。
これに最後のセットで何人か飛び入りで加わることになる。
〈Sweet Rain〉はけっして広くはない店だが、店のアップライトピアノの前にドラムセットとコントラバスがならんだ。
そしてサックスと朗読者が立つという配置。
ファーストステージはまず楽器隊だけのフリーセッションで始まった。
私が提案した「なんとなくゆるいテーマ性を持ったサウンドパターン」から始まって、なしくずし的にフリーへ。
最後はまたなんとなく最初のサウンドに戻ってきて終わり、という展開。
これはあるねらいがあって、やってみたかったことだった。
私の「もくろみ」については、後日あらためてお知らせしたい。
以下、ファーストステージの演目。
2. 村山和子作「みみず先生のうた」朗読・山田みぞれ
3. 水城ゆう作「舞踏病の女」朗読・唐ひづる
4. 「特定秘密保護法案」朗読・野々宮卯妙
休憩をはさんでセカンドステージの演目。
1. 村山和子の作品ふたつ、朗読・山田みぞれとドラムス・今竹一友
2. 宮沢賢治の作品を東北弁で、朗読・唐ひづるとサックス・森順治
3. 宮沢賢治「空の信号」ほか、朗読・野々宮卯妙とベース・日野了介
4. 楽器隊からスタートして、全員参加で水城ゆう作「朗読者」
休憩をはさんでラストステージは、ゼミ生を含む来客にも参加してもらってのジャムセッション。
楽器隊4人をバックにした飛び入り朗読は、この上ない贅沢なシチュエーションだったのではないかと思う。
KAT、宮本菜穂子、上山根夏美、照井数男、お客さんで来ていた飯干くんという若者、晩衛、という順でにぎやかに楽しんだ。
私も最後はワインをいただきながら、かなりいい気分になって弾いていた。
記録映像を見ると(近日公開予定)、お客さんで来てくれたゼミ生の梓が画面の端っこでニコニコしながら聴いているのが映っていて、これまたなごんだ。
実は私には、この楽器隊と現代朗読者によるユニットを作りたいというもくろみがある。
ユニット名はまだ決まっていないが、これから丁寧にコンセプトと演目を準備し、デビュー戦をやりたいと思っている。
音楽でも朗読でもなく、同時に音楽でも朗読でもあるユニット。
ダンスとか身体表現がはいってもいいな。
森さんや日野くんにも曲やパフォーマンスのアイディアがあるという。
デビュー戦はまずはこの〈Sweet Rain〉で、来年2月22日をすでに押さえた。
いずれは〈ピットイン〉とか、大きめのホールなどでもやりたいなと思っている。
まずは2月22日(土)夜のスケジュールを、みなさん、あけといてください。
絶対おもしろいから。
怒りと悲しみ、サイクリング、面倒な銀行手続き
昨日。
特定秘密保護法案が衆議院を通過した。
参議院で阻止できるかどうかが問題。
そのことを知人と話していて、自分が思った以上に怒りと悲しみをおぼえていることに気づいた。
この怒りも、政治家、官僚、国や行政、そして自分を含む有権者・国民のだれに向けられたものなのか、混乱しているのを感じる。
シマノの自転車を自転車屋に持っていって、点検に出す。
シマノというメーカー製だとばかり思っていたのだが、吾郎さんによればシマノは部品メーカーなのでシマノの部品を使ったカスタムメイドのものだろう、とのこと。
知人から貸与(事実上贈与)してもらっているものだ。
見ればなるほど、ホイールとギアの部分はシマノと書いてある。
自転車の点検が終わったので、サイクリングがてら豪徳寺まで自転車で走る。
天気がよくて快適。
すぐに脚がパンパンになり、汗が吹きだす。
りそな銀行のキャッシュカードがダメになったので、作り替える必要があるのだが、その前に住所変更手続きをやらなくてはならず、そのためには届け出印が必要とのことで、それを持って行った。
ちまちまと書類を欠かされ、それの不備があるだの、訂正印が必要だの、えらく時間がかかった。
「特定非営利活動法人現代朗読協会(代表)水城ゆう」と書いて「とくていひえいりかつどうほうじんげんだいろうどくきょうかいだいひょうみずきゆう」とふりがなを書かなきゃいけないところが3カ所くらいあって、それを全部書いたら、元の届け出には「代表」という文字がなかった、といわれて「特定非営利活動法人現代朗読協会水城ゆう」「とくていひえいりかつどうほうじんげんだいろうどくきょうかいみずきゆう」とまた3回も書きなおした。
それ、必要なの?
だれが必要なの?
やれやれ。
夜は中野〈Sweet Rain〉でライブ「げろきょdeないと」。
これについては別項でレポートを。
特定秘密保護法案が衆議院を通過した。
参議院で阻止できるかどうかが問題。
そのことを知人と話していて、自分が思った以上に怒りと悲しみをおぼえていることに気づいた。
この怒りも、政治家、官僚、国や行政、そして自分を含む有権者・国民のだれに向けられたものなのか、混乱しているのを感じる。
シマノの自転車を自転車屋に持っていって、点検に出す。
シマノというメーカー製だとばかり思っていたのだが、吾郎さんによればシマノは部品メーカーなのでシマノの部品を使ったカスタムメイドのものだろう、とのこと。
知人から貸与(事実上贈与)してもらっているものだ。
見ればなるほど、ホイールとギアの部分はシマノと書いてある。
自転車の点検が終わったので、サイクリングがてら豪徳寺まで自転車で走る。
天気がよくて快適。
すぐに脚がパンパンになり、汗が吹きだす。
りそな銀行のキャッシュカードがダメになったので、作り替える必要があるのだが、その前に住所変更手続きをやらなくてはならず、そのためには届け出印が必要とのことで、それを持って行った。
ちまちまと書類を欠かされ、それの不備があるだの、訂正印が必要だの、えらく時間がかかった。
「特定非営利活動法人現代朗読協会(代表)水城ゆう」と書いて「とくていひえいりかつどうほうじんげんだいろうどくきょうかいだいひょうみずきゆう」とふりがなを書かなきゃいけないところが3カ所くらいあって、それを全部書いたら、元の届け出には「代表」という文字がなかった、といわれて「特定非営利活動法人現代朗読協会水城ゆう」「とくていひえいりかつどうほうじんげんだいろうどくきょうかいみずきゆう」とまた3回も書きなおした。
それ、必要なの?
だれが必要なの?
やれやれ。
夜は中野〈Sweet Rain〉でライブ「げろきょdeないと」。
これについては別項でレポートを。
あいぶんこ朗読ポッド Vol.1
アイ文庫と水城ゆうがお送りするビデオポッドキャスト「あいぶんこ朗読ポッド」、始まりました。
「あいぶんこ朗読ポッド」では、朗読ライブ、オーディオブック、朗読ゼミやワークショップ、共感的コミュニケーションや音読療法など、アイ文庫が協賛し水城ゆうが開催しているさまざまなコンテンツを流していきます。
初回のこの第1回は、現代朗読協会主催の「現代朗読基礎コース 全10回」のうち、最近おこなわれた第7回から一部抜粋してお送りします。
表現の場でおこなわれていることについて(とくに他者から受ける評価の対処法)解説した部分を抜粋しています。
現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。
詳細とお申し込みはこちら。
「あいぶんこ朗読ポッド」では、朗読ライブ、オーディオブック、朗読ゼミやワークショップ、共感的コミュニケーションや音読療法など、アイ文庫が協賛し水城ゆうが開催しているさまざまなコンテンツを流していきます。
初回のこの第1回は、現代朗読協会主催の「現代朗読基礎コース 全10回」のうち、最近おこなわれた第7回から一部抜粋してお送りします。
表現の場でおこなわれていることについて(とくに他者から受ける評価の対処法)解説した部分を抜粋しています。
現代朗読基礎コースの次期スタートは2014年1月18日(土)です。
詳細とお申し込みはこちら。
2013年11月27日水曜日
あいぶんこ朗読ポッド予告編その3
もうすぐスタートする予定の朗読表現&オーディオブック総合情報番組「あいぶんこ朗読ポッド」の予告編、その第三弾。
朗読ポッド進行役の水城ゆうと現代朗読協会会員の福豆々子が、朗読ポッド本編の予告をしています。
梶井基次郎「檸檬」の朗読からスタート、朗読ユニット〈マダム・オニオンズ〉の近況や活動拠点である三軒茶屋〈羊々〉の話などもうかがいました。
あいぶんこ朗読ポッドチャンネルはこちら。
チャンネル登録をよろしくお願いします。
共感的コミュニケーションとNVC
よく、「共感的コミュニケーションとNVCってどう違うんですか?」と訊かれることがある。
答えはシンプルで、「おなじです」。
ただし、マーシャル・ローゼンバーグが提唱したNVCはそれを学んだり研究したりするためのいくつかの公式な機関・団体があって、そこで認定を受けたトレーナーが公認トレーナーとして全世界で活躍している。
私は公認トレーナーではない(日本にはまだ公認トレーナーはいない)。
公認トレーナーは「NVCを教える」ことができるが、私は公認を受けていないので「NVCを教える」といわないようにしている。
NVCの精神を受け継ぎ、自分なりに修練し、理解を深めたものを、より多くの人に知ってもらいたいという気持ちで勉強会やワークショップを開催している。
マーシャルもはっきりいっている、NVCを学んだ者はその理解がどの程度であれ、どんどん人に教えてみてほしい、と。
私はマーシャルのその精神を大切にしている。
ついでにいえば、マーシャルのその精神を含むNVCの理念を私に教えてくれたのは、マーシャル・ローゼンバーグの著書『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』の監訳者である私の友人の安納献氏だ。
私の共感的コミュニケーションの勉強会に参加して、より深く学びたい、直接NVCの精神に触れてみたいと思った方は、安納献氏のワークショップに出てみられることをおすすめする。
さまざまな場所で献ワークショップが開催されているし、羽根木の家でもおこなわれている。
NVCはいろんなトレーナーやファシリテーターがそれぞれの個性を生かして伝えることをしていて、核になる考え方はゆるぎないものだが、受講者にとっては相性があったり切り口がしっくりきたりこなかったりして、どういう場面で「腑に落ちる」チャンスがおとずれるかわからない。
だから、さまざまな機会をとらえて学んでみてもらいたいと思っている。
私の勉強会に来る人も、「わかりやすい」といってくれる人もいれば、正当性を疑う人もいる。
それでいいと私は思っている。
私が大切にしているのは、どんな方法であれ非暴力コミュニケーション/共感的コミュニケーションのスキルを身につけてもらい、お互いに共感的なコミュニティが多く生まれ、それぞれの人生が自分をいつわらないイキイキとしたものになっていってくれることに役立つ、ということだ。
ちなみに、私の著書『共感的コミュニケーション〔入門編〕』の冒頭に、NVCと共感的コミュニケーションの関係についてどうかんがえているのか、はっきりと書いてあるので、紹介しておきたい。
電子書籍だと100円なので、買ってね、といいたいところだが(笑)。
——————
共感的コミュニケーションはアメリカの心理学者、マーシャル・ローゼンバーグによって提唱され体系化されたNVC(Nonviolent Communication)を、いくらか噛みくだき、とくに言葉使いなどを日本人にも使いやすくすることを目的に整理したものだ。
当初はNVCを日本人に使いやすいようにする、という発想でおこなっていた作業だが、最近では日本人の精神性、身体性、社会性のなかにもともとあるNVC的なものに着目し、より日本人にしっくりくる体系にしようという作業をおこなっている。
というのは、NVCは英語圏、キリスト教圏におけることば使いや論理構造、発想法から生まれている側面が多く、日本人でも帰国子女や海外留学経験のあるバイリンガルの人たちや、クリスチャンの人たちがすばやくしっくりとNVCになじむ姿を多く見る一方、土着の日本人はなかなかなじめずに苦労する、という姿を見ることが多かったからだ。なにを隠そう、私もそのひとりだった。
NVCにはある種の文法があり、入門者はその文法にのっとったことば使いを学ぶ必要がある。その部分でどうしてもなじめず、せっかくの宝を前にして去っていく人が多い。私もすんでのところでそうなるところだったが、幸いにも多くの仲間にささえられて入門の部分をなんとか乗りこえ、NVCの真髄に触れることができた。もし入門でつまずいていたら、私はいまも変わらず、暴力的で非共感的な世界に生き、競争的でつらい人生をはいまわっていたことだろう。
私は現在、共感的コミュニケーションをさまざまな場面で人に伝えるチャンスを持っているが、どうすれば入口のところでつまずかないですむか、いつもかんがえている。
——————
電子書籍『共感的コミュニケーション〔入門編〕』の購入はこちらからどうぞ。
また、明日は午後3時からと夜7時からの2回、羽根木の家で共感的コミュニケーションの勉強会を開催します。
興味がある方はこちらからどうぞ。
答えはシンプルで、「おなじです」。
ただし、マーシャル・ローゼンバーグが提唱したNVCはそれを学んだり研究したりするためのいくつかの公式な機関・団体があって、そこで認定を受けたトレーナーが公認トレーナーとして全世界で活躍している。
私は公認トレーナーではない(日本にはまだ公認トレーナーはいない)。
公認トレーナーは「NVCを教える」ことができるが、私は公認を受けていないので「NVCを教える」といわないようにしている。
NVCの精神を受け継ぎ、自分なりに修練し、理解を深めたものを、より多くの人に知ってもらいたいという気持ちで勉強会やワークショップを開催している。
マーシャルもはっきりいっている、NVCを学んだ者はその理解がどの程度であれ、どんどん人に教えてみてほしい、と。
私はマーシャルのその精神を大切にしている。
ついでにいえば、マーシャルのその精神を含むNVCの理念を私に教えてくれたのは、マーシャル・ローゼンバーグの著書『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』の監訳者である私の友人の安納献氏だ。
私の共感的コミュニケーションの勉強会に参加して、より深く学びたい、直接NVCの精神に触れてみたいと思った方は、安納献氏のワークショップに出てみられることをおすすめする。
さまざまな場所で献ワークショップが開催されているし、羽根木の家でもおこなわれている。
NVCはいろんなトレーナーやファシリテーターがそれぞれの個性を生かして伝えることをしていて、核になる考え方はゆるぎないものだが、受講者にとっては相性があったり切り口がしっくりきたりこなかったりして、どういう場面で「腑に落ちる」チャンスがおとずれるかわからない。
だから、さまざまな機会をとらえて学んでみてもらいたいと思っている。
私の勉強会に来る人も、「わかりやすい」といってくれる人もいれば、正当性を疑う人もいる。
それでいいと私は思っている。
私が大切にしているのは、どんな方法であれ非暴力コミュニケーション/共感的コミュニケーションのスキルを身につけてもらい、お互いに共感的なコミュニティが多く生まれ、それぞれの人生が自分をいつわらないイキイキとしたものになっていってくれることに役立つ、ということだ。
ちなみに、私の著書『共感的コミュニケーション〔入門編〕』の冒頭に、NVCと共感的コミュニケーションの関係についてどうかんがえているのか、はっきりと書いてあるので、紹介しておきたい。
電子書籍だと100円なので、買ってね、といいたいところだが(笑)。
——————
共感的コミュニケーションはアメリカの心理学者、マーシャル・ローゼンバーグによって提唱され体系化されたNVC(Nonviolent Communication)を、いくらか噛みくだき、とくに言葉使いなどを日本人にも使いやすくすることを目的に整理したものだ。
当初はNVCを日本人に使いやすいようにする、という発想でおこなっていた作業だが、最近では日本人の精神性、身体性、社会性のなかにもともとあるNVC的なものに着目し、より日本人にしっくりくる体系にしようという作業をおこなっている。
というのは、NVCは英語圏、キリスト教圏におけることば使いや論理構造、発想法から生まれている側面が多く、日本人でも帰国子女や海外留学経験のあるバイリンガルの人たちや、クリスチャンの人たちがすばやくしっくりとNVCになじむ姿を多く見る一方、土着の日本人はなかなかなじめずに苦労する、という姿を見ることが多かったからだ。なにを隠そう、私もそのひとりだった。
NVCにはある種の文法があり、入門者はその文法にのっとったことば使いを学ぶ必要がある。その部分でどうしてもなじめず、せっかくの宝を前にして去っていく人が多い。私もすんでのところでそうなるところだったが、幸いにも多くの仲間にささえられて入門の部分をなんとか乗りこえ、NVCの真髄に触れることができた。もし入門でつまずいていたら、私はいまも変わらず、暴力的で非共感的な世界に生き、競争的でつらい人生をはいまわっていたことだろう。
私は現在、共感的コミュニケーションをさまざまな場面で人に伝えるチャンスを持っているが、どうすれば入口のところでつまずかないですむか、いつもかんがえている。
——————
電子書籍『共感的コミュニケーション〔入門編〕』の購入はこちらからどうぞ。
また、明日は午後3時からと夜7時からの2回、羽根木の家で共感的コミュニケーションの勉強会を開催します。
興味がある方はこちらからどうぞ。
痛みの原因、また自転車に乗ろう
昨日の朝、歩いていて、故障した膝が痛むのに気づいた。
この季節になるといつも痛みだす。
そういえば、去年のいまごろ、痛みが気になって、近所の整形外科で診てもらったのを思いだした(結局どうにもならなかったが/煙草臭い医者だった)。
そしてお昼前後から、なんとなく耳の奥のほうに疼痛がある。
時々やってくる偏頭痛だ。
私は頭痛持ちではないのだが、たまに偏頭痛が起こることがある。
鈍い話だが、ここでようやく、膝の痛みと偏頭痛が、じつはおなじ原因で起こっているのではないか、ということに思いあたった。
いつもこの季節、気温が下がり、そして気候が下り坂に向かっているときに起こっているような気がする。
こういう場合は体質改善につとめるしかない。
もともとひ弱な人間で、若いころはしょっちゅう熱を出して寝こんでいたのだから。
というわけで、昨日もプールに行ってきた。
まだ距離はかせげないが、徐々にのばしていきたい。
カトレアの花が咲いた。
「Rhyncholaeliocattleya(Rlc.Angel Kiss × C.Cakuen Walker) ‘Rin’ 鈴」という種類。
かなり派手な赤い色。
野々宮が名古屋でやるNVCの講座の打ち合わせで、吾郎さんがわざわざ名古屋からやってきた。
偶然、おなじ柄の服を着ていて、笑ってしまった。
吾郎さんはかなりのスポーツマンで、いまは自転車に打ちこんでいるという。
おもしろい話をいろいろ聞かせてもらった。
私もまた自転車に乗りたくなった。
スポーツタイプの自転車を、去年の夏に整備に出して使えるようにしたのに、オクラにしてある。
ひさしぶりに引っ張りだしてみたら、タイヤがぺちゃんこになっていた。
調子がいまいちなので、昨夜は早めに休んだ。
たっぷり睡眠を取って、今朝はだいぶ調子がよくなった感じがするが、まだ少し偏頭痛が残っている。
今夜は中野〈Sweet Rain〉で「げろきょdeないと」という朗読と即興音楽のライブがある。
みなさん、来てね。
詳細はこちら。
この季節になるといつも痛みだす。
そういえば、去年のいまごろ、痛みが気になって、近所の整形外科で診てもらったのを思いだした(結局どうにもならなかったが/煙草臭い医者だった)。
そしてお昼前後から、なんとなく耳の奥のほうに疼痛がある。
時々やってくる偏頭痛だ。
私は頭痛持ちではないのだが、たまに偏頭痛が起こることがある。
鈍い話だが、ここでようやく、膝の痛みと偏頭痛が、じつはおなじ原因で起こっているのではないか、ということに思いあたった。
いつもこの季節、気温が下がり、そして気候が下り坂に向かっているときに起こっているような気がする。
こういう場合は体質改善につとめるしかない。
もともとひ弱な人間で、若いころはしょっちゅう熱を出して寝こんでいたのだから。
というわけで、昨日もプールに行ってきた。
まだ距離はかせげないが、徐々にのばしていきたい。
カトレアの花が咲いた。
「Rhyncholaeliocattleya(Rlc.Angel Kiss × C.Cakuen Walker) ‘Rin’ 鈴」という種類。
かなり派手な赤い色。
野々宮が名古屋でやるNVCの講座の打ち合わせで、吾郎さんがわざわざ名古屋からやってきた。
偶然、おなじ柄の服を着ていて、笑ってしまった。
吾郎さんはかなりのスポーツマンで、いまは自転車に打ちこんでいるという。
おもしろい話をいろいろ聞かせてもらった。
私もまた自転車に乗りたくなった。
スポーツタイプの自転車を、去年の夏に整備に出して使えるようにしたのに、オクラにしてある。
ひさしぶりに引っ張りだしてみたら、タイヤがぺちゃんこになっていた。
調子がいまいちなので、昨夜は早めに休んだ。
たっぷり睡眠を取って、今朝はだいぶ調子がよくなった感じがするが、まだ少し偏頭痛が残っている。
今夜は中野〈Sweet Rain〉で「げろきょdeないと」という朗読と即興音楽のライブがある。
みなさん、来てね。
詳細はこちら。
2013年11月26日火曜日
あいぶんこ朗読ポッド予告編その2
もうすぐスタートする予定の朗読表現&オーディオブック総合情報番組「あいぶんこ朗読ポッド」の予告編、その第二弾。
朗読ポッド進行役の水城ゆうと現代朗読協会会員のバンガードが、朗読ポッド本編の予告をしています。
高崎梓、バンガード、水城ゆうの三人でおこなう朗読&身体表現&音楽のパフォーマンス「秘密」が、近く本編に登場します。
あいぶんこ朗読ポッドチャンネルはこちら。
チャンネル登録をよろしくお願いします。
視聴は下の画像をクリック↓
あいぶんこ朗読ポッド予告編その1
もうすぐスタートする予定の朗読表現&オーディオブック総合情報番組「あいぶんこ朗読ポッド」の予告編を作りました。
その第一弾。
朗読ポッド進行役の水城ゆうと現代朗読の野々宮卯妙がふたつのライブの告知をしてます。
11月27日(水)夜、中野〈Sweet Rain〉での「げろきょdeないと」。
11月30日(土)夜、下北沢〈レディー・ジェーン〉での「ののみずしゅんライブ Vol.3」。
あいぶんこ朗読ポッドチャンネルはこちら。
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その第一弾。
朗読ポッド進行役の水城ゆうと現代朗読の野々宮卯妙がふたつのライブの告知をしてます。
11月27日(水)夜、中野〈Sweet Rain〉での「げろきょdeないと」。
11月30日(土)夜、下北沢〈レディー・ジェーン〉での「ののみずしゅんライブ Vol.3」。
あいぶんこ朗読ポッドチャンネルはこちら。
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2013年11月25日月曜日
羽根木の家で韓氏意拳初級講習会(講師:内田秀樹先生)
私・水城ゆうとつながりのあるみなさんにお知らせです。
11月24日に羽根木の家で開催して盛況・好評をいただいた韓氏意拳の初級講習会を12月も開催します。
◎場所 現代朗読協会・羽根木の家(京王井の頭線新代田駅徒歩2分)
世田谷区羽根木1-20-17
◎日時 2013年12月15日(日)午前の部10:00-12:30/午後の部14:00-16:30
◎参加費 3,000円+会場費・講師交通費計500円/カード決済可(VISA・Master)
※韓氏意拳の紹介はこちら。
※前回の講座レポートはこちら。
◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ
◎定員 各回8名(定員になりしだい締切らせていただきます)
※まったくの初心者も歓迎。
※午前・午後を通して受講される方は、会場費・講師交通費は1コマ分のみ。
※お申し込みはこちら。
お問い合わせ内容に「その他」を選び、メッセージに「韓氏意拳」と書いてください。
● 内田秀樹プロフィール
韓氏意拳 創始人 韓競辰及び日本韓氏意拳学会公認 初級準教練。
2007年より韓氏意拳を学び始め、韓競辰、光岡英稔、駒井雅和、鹿間裕行より指導を受ける。
2008年より埼玉分館 世話人補佐を務め、2013年4月より教練養成課程に入る。
現在、東京分館、埼玉分館で指導活動中。
東京都で呉服屋を営む。
● 講師からのひとこと
韓氏意拳は手を振る、手を上げる、横を向くといった極めて簡素な運動を通じて自己の身体にある自然を探究していく武術です。
難しい型や複雑な動きはなく武術、スポーツ経験を問わず何方でも取り組めます。
皆さんと一緒に楽しく深く練習を進めていきたいと思います。
11月24日に羽根木の家で開催して盛況・好評をいただいた韓氏意拳の初級講習会を12月も開催します。
◎場所 現代朗読協会・羽根木の家(京王井の頭線新代田駅徒歩2分)
世田谷区羽根木1-20-17
◎日時 2013年12月15日(日)午前の部10:00-12:30/午後の部14:00-16:30
◎参加費 3,000円+会場費・講師交通費計500円/カード決済可(VISA・Master)
※韓氏意拳の紹介はこちら。
※前回の講座レポートはこちら。
◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ
◎定員 各回8名(定員になりしだい締切らせていただきます)
※まったくの初心者も歓迎。
※午前・午後を通して受講される方は、会場費・講師交通費は1コマ分のみ。
※お申し込みはこちら。
お問い合わせ内容に「その他」を選び、メッセージに「韓氏意拳」と書いてください。
● 内田秀樹プロフィール
韓氏意拳 創始人 韓競辰及び日本韓氏意拳学会公認 初級準教練。
2007年より韓氏意拳を学び始め、韓競辰、光岡英稔、駒井雅和、鹿間裕行より指導を受ける。
2008年より埼玉分館 世話人補佐を務め、2013年4月より教練養成課程に入る。
現在、東京分館、埼玉分館で指導活動中。
東京都で呉服屋を営む。
● 講師からのひとこと
韓氏意拳は手を振る、手を上げる、横を向くといった極めて簡素な運動を通じて自己の身体にある自然を探究していく武術です。
難しい型や複雑な動きはなく武術、スポーツ経験を問わず何方でも取り組めます。
皆さんと一緒に楽しく深く練習を進めていきたいと思います。
羽根木の家での韓氏意拳体験講習会
昨日は羽根木の家に内田秀樹準教練を招いて韓氏意拳の体験講習会をおこなった。
午前と午後の2回、いずれも初めて韓氏意拳を体験する参加者で定員いっぱいだった。
現代朗読協会のゼミ生を中心に、ボイスセラピストや私の知り合いも参加、形体訓練や站椿功を中心に韓氏意拳の初歩を体験してもらった。
私も受講しながら、ほかの人たちが受けているのを見て、私も最初はこうだったなあ、なにがなんだかわけがわからずやっていたんだなあ、と思い出したりしておもしろかった。
とにかく自分の身体に起こっていることに注目し、緻密に動き、集中を切らさないことが必要なので、マインドフルネスは当然のことながら、ふだんとはまったくちがう意識の時間が持続する。
そのことがいまの私には必要なことであり、韓氏意拳の稽古をしている時間は重要な位置づけになってきている。
また受けたいという人が何人かいると、仲間が増えてうれしいのだが。
来月も羽根木の家で韓氏意拳の講習会をやってもらえることになっていて、12月15日の午前と午後の2回を予定している。
初めての人も再受講の人も歓迎。
午前と午後の2回、いずれも初めて韓氏意拳を体験する参加者で定員いっぱいだった。
現代朗読協会のゼミ生を中心に、ボイスセラピストや私の知り合いも参加、形体訓練や站椿功を中心に韓氏意拳の初歩を体験してもらった。
私も受講しながら、ほかの人たちが受けているのを見て、私も最初はこうだったなあ、なにがなんだかわけがわからずやっていたんだなあ、と思い出したりしておもしろかった。
とにかく自分の身体に起こっていることに注目し、緻密に動き、集中を切らさないことが必要なので、マインドフルネスは当然のことながら、ふだんとはまったくちがう意識の時間が持続する。
そのことがいまの私には必要なことであり、韓氏意拳の稽古をしている時間は重要な位置づけになってきている。
また受けたいという人が何人かいると、仲間が増えてうれしいのだが。
来月も羽根木の家で韓氏意拳の講習会をやってもらえることになっていて、12月15日の午前と午後の2回を予定している。
初めての人も再受講の人も歓迎。
(YouTube)音楽塾「即興演奏ワークショップ」 2013年11月23日の抜粋
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