2018年8月4日土曜日

朗読の公開レッスン講座でおこなっていること

長年、朗読やナレーションなど声の表現者とかかわってきた。
すると、その人の読み方や話し方、発声——つまり声が、その人のこころと身体の状態をあからさまに現していることに気づく。
声はいくらとりつくろっても、その人のこころや身体の状態をあますところなく、如実に、正直に現してしまう。
隠しようがない。

聞いている側もそれを受け取り、無意識に相手の状態を知るのだが、社会生活のなかではそこには目を向けることなく、相手が話している内容や情報に目を向けたり、話す技術に気をそらされたりしている。
また、話し方や朗読表現も、話や文章の内容をどれだけ正確に、流暢に、美しく伝えるか、また発音・発声をどのようにコントロールするか、場合によっては自分ではない何者かになって演技したりキャラクター表現することを練習したりする。

現代朗読ではそれをやらない。
技術的なものを付け加えたり、自分をコントロールするようなことは一切せずに、ただただ正直に自分自身のこころと身体の状態に注目し、そこから発生してくるものを「妨げない」ようにする。

演出家としての私も、朗読者と対峙するとき、ただただその人のありのままの生命現象をさぐり、もしそれを妨げるようなことを本人がしているとしたら、そのことに気づいてもらったり、なにか提案してやり方を変えてもらったりすることで、よりその人らしいいきいきとした存在が表出することをいっしょに試みる。

先月からおこなっている朗読表現の公開レッスン講座でも、その方法を用いている。
あともうひとつ、私には有効な手段がひとつあって、それはピアノの即興演奏で朗読者にリアルタイムによりそうことができる、ということだ。
音楽ということばの「意味」ではない音声そのものの交流によって、朗読者は自分が発していることばという「音声」に気づいたり、そのことで私と交流することを楽しんだりする。
これはとても豊かな時間なのだ(やってみればわかります)。

朗読という音声表現の可能性、そしてそこに音楽が加わることにさらに広がる交流(コミュニケーション)表現の世界、そんなことを気軽に楽しんでいただければと思っている。

8月16日:朗読表現公開レッスン講座(音楽演奏付き)
長年、朗読演出と作品構成、ステージ共演にたずさわってきた水城雄がもっとも得意とする講座を、公開レッスン方式で開催します。個別に朗読演出をおこない、ピアノいっしょに練習したあと、最後にひとりずつピアノ共演で発表します。