2016年11月18日金曜日

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサート2016.10より「ゆりかごの歌」

2016年10月19日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、「ゆりかごの歌」をお送りします。

映像はこちら

2016年11月17日木曜日

ののみずきょくせいLIVE@吹田モモの家

今週末は大阪の吹田市にある〈モモの家〉というところでライブをやります。
私のピアノと現代朗読の野々宮卯妙、そして京都在住の琵琶奏者・片山旭星さんの三つ巴ライブです。
この三人といえば、法然院でのライブが印象に強いですが、それ以前にも豪徳寺の地下スタジオや羽根木の家でも何度か共演しています。

今回はできれば新作テキストを持っていきたいと思っています。
間に合うのか、と思いますが、野々宮も旭星さんも即興に強い人たちなので、心配してはいません。
むしろスリリングなライブになるのではないかと想像がふくらみます。

モモの家を私は知らないので、ぶっつけ本番です。
吹田といえば、大阪はもちろん、神戸、京都あたりからもアクセスが便利な場所ですね。
お近くの方はぜひお会いしたいです。

◎日時 2016年11月19日(土)18:00~20:00(開場17:30)
◎会場 吹田市〈モモの家〉
    吹田市泉町5-1-18
    TEL:06-6337-8330
◎参加費 1,500円

※終演後は懇親会を予定しています(21時半ころまで)。

※参加申し込みおよび問い合わせは、こちらのフォームからメッセージ本文に「吹田ライブ」とご記入ください。

2016年11月16日水曜日

寿美ちゃんちカフェと共感ウィーク

先週の木曜日・11月10日は京王井の頭線の東松原駅近くの星寿美ちゃん宅で共感おはなしカフェを開催しました。
今回は男性の参加がなく、美女カフェ!
寿美ちゃんのほか、寿美ちゃんの友人で常連の水緒さん、寿美ちゃんの友人だけど初参加のみさとさん、そしてオンラインも含め私の共感カフェに参加しつづけてくれているひろこさんやみきこさんといったメンバーで、なごやかに開催しました。

みさとさんは初参加でしたが、これまでにNVCの講座を受けたことがあるということで、基礎知識はばっちり。
なので、最初から個別の問題にはいっていくことができました。

寿美ちゃんちカフェは「親密な関係」をテーマにしているわけではないけれど、そちら方面の問題がしばしばあらわれます。
夫婦などパートナーとの問題、親子の問題などです。

今回も自分の家族への貢献が受け取られているような気がしなくて、寂しい思いをしているという話が出ました。
まずはそこに共感。

親密な関係においては、それがあたりまえになってしまっていて、自分が一生懸命相手のためにやっていることや貢献していることが受け取られていないように感じて、寂しかったりつらかったりすることがしばしば起こります。
そういうとき、自分につながることはもちろん大事なんですが、「いまうまくいっていること」をいっしょにお祝いする、という方法がよい働きを関係性にもたらすことがあります。

この「お祝いする」ということがあまり日常的な感じがなくて、とまどう人がいたり、そのやりかたがわからなかったりする人がいますが、私たちの生活のなかに自然にお祝いという行動がなくなっているので当然のことですね。
でも、昔の人は日本人も自然にそれをやっていたのです。
もう一度取りもどす必要があるかもしれませんね。
そのやりかたについては、また共感カフェでいっしょにかんがえてみましょう。

さて、今週は「共感ウィーク」とでも呼べるような共感的コミュニケーションの勉強会がつづく週です。
月曜日から木曜日まで、毎日なにかしらあります。
どこかでお会いできるとうれしいですね。

共感カフェ@下北沢ステイハッピー(11.16)
下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェは11月16日(水)20時から開催します。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

共感おはなしカフェ@かまいキッチン(11.17)
安心して親子連れで行ける店として有名な下北沢〈かまいキッチン〉で、1コマ60分間×2部制で、共感的コミュニケーションの勉強会を開催します。11月17日(木)1部15時から、2部16時から。通しでも、どちらか1コマだけでも参加可。

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサート2016.10より「紅葉」

2016年10月19日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、「紅葉」をお送りします。

映像はこちら

2016年11月15日火曜日

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサート2016.10より「赤とんぼ」

2016年10月19日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、「赤とんぼ」をお送りします。

映像はこちら

2016年11月14日月曜日

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサート2016.10より「旅愁」

2016年10月19日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、一曲めに演奏した「旅愁」をお送りします。

映像はこちら

2016年11月13日日曜日

てがみ座「燦々」を観てきた

2016年11月8日、てがみ座の公演「燦々」を観に〈座・高円寺〉に行ってきました。
作:長田育恵、演出:扇田拓也、そして扇田くんのパートナーである石村みかが出演しているということで、楽しみにして行きました。

このところ、演劇を観に行く機会はかなり減っているんですが、てがみ座の芝居は、扇田くんが演出したり、みかちゃんが出演したり関わったりしているおかげで、けっこう観ています。
今回は主人公が葛飾北斎の娘のお栄ということで、金子みすゞを主人公にした「空のハモニカ」に通じる、女性が表現活動をすることの苦しさや社会との葛藤を描いた作品です。

アフタートークにもありましたが、てがみ座のメンバーは非常にまじめに芝居に取りくんでいて、この芝居は江戸時代を舞台にしているということで、まずは「所作」の勉強からはじめたということでした。
まじめな座員にくわえて、客演の役者さんたちも手練れの人が多く、芝居運びとしては安心して観ていられるものでした。
ただ、声も含めて数か月の仕込み期間では、さすがに江戸の身体作りを芯からおこなうのはむずかしいのかな、とも感じました。
観客側の気楽な感想で、「そんならおまえやってみろ」といわれたらとてもじゃないけどそんな大変なことやれっこないのは重々わかっていることですが。

それにしても、何度見ても創意工夫とアイディアに満ちた扇田くんの新鮮でスタイリッシュな演出は刺激的です。
とくに今回は、北斎が登場するから連想したのかもしれませんが、動く浮世絵とでもいうんでしょうか、頻繁にある場面転換が非常に抽象化されデザイン化された手法が用いられていて、目を楽しませてくれました。

どちらかというとオーソドックスで、ともすれば浪花節的な展開になりそうなストーリーが、美しくデザインされた演出で切り落としていくのは、さすが扇田くんなのでした。
もっとも、後半で花魁(男優)が出てきて、生々しいリアルさで演じはじめたのにはちょっとびっくりしましたが。

私は平日の日中に行ったんですが、そのせいなのかどうか、高齢のお客さんが多くて、これもびっくりしました。
出演者のファンなのかな。

終演後、ひさしぶりにみかちゃん、扇田くんと話ができたのがうれしかったです。
子ども連れで国立まで遊びに来てね。
またいっしょになにかやりたいな。

2016年11月9日水曜日

中村和枝「繰りかへす悦び」

2016年11月3日、文化の日の木曜日に両国門天ホールまでコンテンポラリー・ピアニズム「くりかへす悦び2」というコンサートを聴きに行ってきました。
中村和枝さんによるピアノの演奏会です。

ほんとは「中村和枝先生」とお呼びしなければなりません。
というのは、先日来、私は中村和枝先生に弟子入りして、クラシック音楽(現代音楽)の演奏法について一から習いなおしているところだからです。
このことについてはすでに書きましたが、中村和枝さんのような「超」がつくといって過言ではないすぐれた演奏家にじかに弟子入りするチャンスがあるというのが、東京に住んでいることが幸運だと思える数少ないことのひとつです。

私のように田舎と東京を行ったり来たりしている者にとっては、まばゆい存在が手のとどく場所にいる東京という地がそこに住んでいる人にとってどれだけ恵まれたことであるのかよくわかるんですが、東京に住んでいるとそのことについてはとても鈍感になってしまいます。
私も東京に活動拠点を移して16年以上がたってしまい、ときに鈍感になりかけていることに気づいたので、お金が、時間がと、というようないいわけをきっぱりと切り捨て、すばらしいチャンスを享受させてもらおうと決めました。

話をもどします。
とてもうかつなことですが、「くりかへす悦び2」なのですから、「くりかえす悦び1」もあったのです。
残念ながらそちらは聴きそびれました。
そしてうかつなことに、なんで「くりかへす悦び」というタイトルなんだろうとぼんやりと思いながら出かけたのです。

さらにさらにうかつなことに、私のスケジュールには「18:30」と書かれていて、私はそれが開場時間だとばかり思いこんでいたのです。
ところがそれは開演時間だったのです。
途中で気がついてあわててしまったんですが、中央線はスピードアップしてくれません。
せめて両国駅から早足で門天ホールに急ぎ、会場にかけこんだのは、たぶん18時40分近く。

会場にかろうじて入れてもらったら、シーンとしてすでにコンサートははじまっているようす。
和枝さんもピアノについていましたが、しかし楽譜を表示させているiPadをのぞきこんでいて、いままさに演奏をはじめる直前のような感じだったので、いそいで席につきました。
そしたら演奏がはじまりました。

そんなわけで、当日パンフレットも読む時間はなかったんです。
「くりかへす悦び」がどういう主旨のコンサートなのか、理解していないまま、演奏がはじまりました。

最初の曲はアレックス・ミンチェクの「茎」。
すばらしく多様性とエネルギーに満ちあふれた曲です。
和枝さんの集中もすばらしく、まさに疾走し、静止し、ふりほどき、からまりあい、つかみ取り、放り投げる、といった演奏。
一瞬も飽きることなく堪能しました。

二曲めは黒田崇宏の「グラデュアリズム」。
こちらは一転して、一見単調に聴こえる変奏曲です。
変奏曲というので、主題があって、変奏があるはずなんですが、変奏が変奏だとわかりにくく作ってあるということで、しかしたしかに変化しているのです。
不協和音の構成が高い音圧を作るようになっていて、ピアノ特有の減衰する残響音のなかに奇妙に変化する倍音同士のぶつかった響きがあって、おもしろかったのです。
しかし、これは奇妙に眠気を誘う音でした。

三曲めは松平頼暁の「デュアル・ミュージック/ピアノ・ウィズ・ヴォイス」。
これは、まあ、ピアニストが歌う、歌う、本格的に歌う。
このために和枝さんはヴォーカルレッスンに通ったそうです。
示唆とアイディアと刺激に満ちた曲で、最後まで楽しませていただきました。

休憩がはさまれたので、当日パンフレットをそこで初めて私は見ました。
そしたら曲目のところに、
「曲順はその瞬間までわかりません」
と書いてあったんですね。
どういうことだろうと思っていたら、どうやら後半もおなじ曲目を「くりかえして」演奏するらしいのです。

なるほど、そういう意味だったのか、とはじめてわかりました。
現代曲は――とくに初めて聴くような曲は、一度聴いてもなかなかなじめないものですが、じゃあおなじ曲をプログラムの後半でもう一度演奏したらどのように聴こえるだろうか、という試みなのです。
おもしろいですね。

そうしてはじまった後半は、前半の二曲目で演奏した「グラデュアリズム」が最初でした。
二曲めは「デュアル・ミュージック」、歌います。
そのあと、和枝さんがみなさんに挨拶して、来場のお礼を述べられました。

さて、最後の曲か、と思っていたら、そのまま退場しようとするではありませんか。
「ミンチェク、まだやってないよ」
という指摘があって、和枝さんもそれに気づいたようです。
まったく彼女らしいんですが、本気で演奏し忘れていたようです。
これには会場も大爆笑。
私ももちろん爆笑。
こういうところが憎めない、チャーミングなところですね、ってわが師匠にいうような言葉ではありませんが。

もちろん最後に「茎」を演奏して、今度こそ終了。
すばらしい演奏会でした。

あらためて、私のような我流でいいかげんに自分の好きなようにしか弾いてこなかったピアノ弾きが、現代曲の演奏家として最高レベルにいるような(しかもチャーミングな)方からあらためて直接指導していただけるなんて、夢のようなことだとかみしめながら、幸せな気分で帰路についたのでした。

そしてもうひとつ。
これだけは書いておきたいと思うことがあります。
私がおこなっている「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演もそうですが、この「くりかへす悦び」というコンサートも、一見、人々の経済活動や生活にはなんの役目もはたしていないように見えるものが、ちゃんと開催され、継続的に活動できるという状況が、どれほど貴重で、また危ういものであるのか、そのことを守るためにはどんなことが必要なのか、なにができるのか、ひとりでも多くの人とともにかんがえ、実践できる場を作っていくことが私の役割のひとつなのかもしれないな、と、いま、思っています。

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前(12.12)
深くことば、静寂、音、そして空間とご自分の存在そのものをあじわっていただく「体験」型公演です。年内閉館が決まっているキッド・アイラック・アート・ホールでの最終公演となります。

充実のボイスセラピー講座と音読トレーナー合宿

11月3日(木/文化の日)と5日(土)・6日(日)で、音読療法協会主催のボイスセラピー講座と、音読トレーナー養成合宿を実施しました。
どちらも大変充実した学びと発見と創造性とつながりの機会となり、ご参加いただいた皆さんには感謝します。

音読療法を普及させたいという思いのもとにあるのは、社会貢献と自立のニーズが大きくあります。
いまの社会で必要とされる心身の健康を確保するための簡便な方法、介護予防のシンプルで強力な手法を提供できる音読療法。
それをハンドリングできる音読トレーナーや音読療法士の育成。
これがいまの音読療法協会の目的です。
そして現在、音読療法協会は特別非営利活動法人(NPO法人)の認可申請の手続きをおこなっているところです。

今回の参加者のなかには、自治体からの補助金を得て参加してくれた人がいました。
全国各地に「ふるさと人材育成事業」というものがあって、地元に貢献し、さまざまな意味で「利益」をもたらしてくれる人材を育成するために補助金を出すという制度があるんですが、それを利用して音読トレーナー養成講座を受講してくれたのです。
つまり、音読トレーナーとなって地元で音読療法のワークができるようになることで、地域への貢献ができるということが認められたということですね。

音読トレーナーとして地域に貢献できることはなんでしょう。
高齢者福祉施設や介護施設、学校などでの音読ケアワークや音読ワークショップができます。
また、私もすでにはじめているように、音読カフェという名の参加しやすい介護予防の集まりや、行政と組んでの介護予防教室も実施できるでしょう。
健康促進団体として地域で組織化・法人化して、行政や企業からの予算をどんどん引きだして活動していくこともおすすめしたいです。
そういった活動をアピールするための資料は、音読療法協会が提供します。
たとえば、豊富な活動実績や映像記録、音読療法の内容や体系がわかる書籍といったものです。

音読療法協会でもこれらの資料をしっかり整え、いつでもトレーナーに使ってもらえるようにしておこうと思っています。
法人化も早急に実現します。

音読療法というまだあまり知られていない分野ではありますが、心身の健康法として、予防法としてとても有効でしかも簡便なツールに興味を持ってもらえるとうれしいです。
気軽にご参加くださいね。

呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を、半日で学び身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。

2016年11月7日月曜日

音読療法(ボイスセラピー)の可能性

今週はボイスセラピー講座を国立の家〈春野亭〉で開催しました。
定員いっぱいの方が参加してくれて、とてもにぎやかでなごやかな学びの場が持たれました。
ほんとうに楽しくうれしい時間でした。
そしてさらに土日の音読トレーナー養成講座へとつづいています。

音読療法の体系がほぼまとまったのが、2011年の震災の年の終わりです。
以来、多くの活動をおこなってきました。
実績というか、実際の活動内容について一度きちんとまとめておかなければと思ってはいるんですが、あまりに多岐にわたっていてその作業量が半端じゃないことが予想されるので、なかなか着手できていません。

それほどの活動実績があるにもかかわらず、音読療法師や音読トレーナーの仲間がなかなか増えていかないのも、悩みのひとつです。
すぐにそれで生活できるほどの収入を確保できない、というのも要因のひとつかもしれませんし、ほかにも理由があるとは思うんですが。

しかし、今回は興味を持ってくれた人がたくさんいて、うれしかったです。
これが一時的な現象なのか、ようやく音読療法が知られるようになってきたのか、どちらなのかはわかりませんが。
参加者の最高年齢が87歳というのもうれしい驚きでした。
私の母より上ですからね。

午前中は音読療法の概略と体系の説明、そして音読療法の三本の柱のふたつである「呼吸法」と「音読エチュード」を実際にやってみました。

お昼はみんなでぶらぶら歩いて国立の富士見通りにある素食の店に行き、ベジの台湾料理でランチ。
そのまま春野さんのお母さんの家まで行って、午後の部はそちらで開催させていただきました。

唱歌「紅葉」の歌詞を使った音読エチュードのあと、私がピアノを弾いてみんなで歌いました。
最後はひとりの話を円座になって共感的に聞く時間。

今回おこなった呼吸法と音読は、いますぐ、今日からはじめられる心身の調整法、健康法として有効です。
共感的コミュニケーションは引きつづき練習していってもらいたいんですが、幸い、最近は私のものを含め多くの勉強会があちこちで開かれていますから、機会を見つけては参加してもらいたいと思います。
これらを身につけることで、心身の健康をたもったり向上させることができるほか、自分のニーズにつながって怖れなく毎日をいきいきとすごすことができるはずで、とても可能性のある有効なスキルなのです。

次回のボイスセラピー講座は12月3日(土)に、やはり国立で開催されます。

ボイスセラピー講座@国立(12.3)
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を、半日で学び身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。

2016年11月5日土曜日

共感的コミュニケーションウイーク

共感的コミュニケーション(NVC)を学んでいるあいだはとっても共感的で、自分にも人にも深くやさしい気持ちになっているのに、日常にもどるとたちまちスイッチが切れたみたいに元にもどってしまう、という方の話をよく聞きます。

共感的コミュニケーションは「学ぶもの」ではなく「使うもの」です。
実際に日常生活のなかで使ってみると、うまくいったりいかなかったりいろいろありますし、そこでメゲたり驚いたりしますが、そうやって試みているうちにふと気がつくと身につきはじめています。
とにかく、やってみることが大事です。
そしてうまくいかなかったり、「こんな場合はどうしたらいいんだろう」と思ったとき、各地でいろいろな人が開いている勉強会やワークショップに参加してみてください。

もちろん、私の勉強会も歓迎です。
私が主催したり、ファシリテーターで呼んでもらったりしている勉強会は、たいてい少人数で、参加費も参加しやすい額に設定されていますので、気軽にどうぞ。

私が関わっている直近(11月)の共感的コミュニケーションの勉強会(共感カフェ/共感茶会)のご案内です。

東松原在住で自宅をイベントに開いている星寿美さんが、共感おはなしカフェを主催してくれます。おたがいに深く聴きあうことのできる場で自分自身の価値とニーズにつながるためのサポートをおこなうおはなし会です。

共感的コミュニケーションでもとくにやっかいだといわれている親密な関係であるところのパートナーと、お互いに尊重しあい、関係性の質を向上させるための勉強会を11月14日(月)におこないます。

自宅や好きな場所にいながらにして気軽に参加できる、ネットミーティングシステム(zoom)を利用した共感的コミュニケーションの60分勉強会、11月の開催は15(火)20時/22(火)20時です。

下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェは11月16日(水)20時から開催します。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

安心して親子連れで行ける店として有名な下北沢〈かまいキッチン〉で、1コマ60分間×2部制で、共感的コミュニケーションの勉強会を開催します。11月17日(木)1部15時から、2部16時から。通しでも、どちらか1コマだけでも参加可。

おたがいに深く聴きあうことのできる場で自分自身の価値とニーズにつながるためのサポートを水城ゆうがおこなう、国立でのおはなし&勉強会です。ミズキランチ付き。カフェタイムからの参加もオーケーです。

2016年11月4日金曜日

映画:ボーン・アイデンティティ

2002年公開のアメリカ映画。

また素敵なバカ映画のシリーズを発見してしまいました。
タイトルはよく目にしていて気にはなっていたんですが、なぜか観るチャンスをのがしていたボーンもののシリーズ。
まずはその最初の作品です。

主役のジェイソン・ボーンを演じるはマット・デイモン。
マット・デイモンといえば、「オーシャンズ11」のシリーズでちょっとお馬鹿な役を演じて人気でしたし、SF大作「インターステラー」でもキラリと光る配役で印象に残っている売れっ子ハリウッド俳優ですが、なんといっても2015年公開の「オデッセイ」ではしびれましたね。
いい俳優だなあ、おバカなところも含めて。

「ボーン・アイデンティティ」も一見、非常にシリアスなサイペンス・アクション映画なんですが、手に汗握るというより、どことなく安心して観ていられる気がするのは、主演がマット・デイモンだからかもしれません。

原作はロバート・ラドラムの『暗殺者』というベストセラー小説です。
海のど真ん中で通りかかった漁船に偶然救助された男は、記憶喪失で、自分の名前も思い出せないんですが、お尻に埋めこまれた装置にはスイスの銀行の口座番号が仕込まれています。
それをたどって自分のルーツ=アイデンティティ探しに出るわけですが、たちまち追っ手があらわれ、殺されそうになります。
たまたま車を持っていた女性に大金を見せてパリまで連れて行ってくれるようにたのみ……

という、アクションあり、謎あり、陰謀あり、恋ありの、007よりはミッション・インポシブル寄りだけど、主人公に主体性はなく(すくなくとも初回作品は)追いつめられ型サスペンス映画となっています。
彼が追われているのは合衆国という国家組織。
冒頭シーンを含め相当「ご都合主義」的な展開も多いんだけど、まあ楽しめます。
とくにこのシリーズ、今年2016年に「ジェイソン・ボーン」もリリースされて全5作品あるということもまた、楽しめる要因になっていますね(私もヒマだよね)。

ついでにいえば、勢いですでに第二作の「ボーン・スプレマシー」まで観終えてます。
第二作は復讐劇です。
こちらは主人公は(やむをえず)主体的に行動しています。

ところで、音楽はベテラン映画音楽作曲家のジョン・パウエルなんですが、いくらなんでも手抜きじゃねえの、これ?

水城ゆうの音楽レッスン
ピアノの即興演奏、オリジナルアレンジ、実用的な演奏方法、ボーカルレッスンを含むユニークな音楽レッスンを随時おこなっています。真に楽しむための音楽へのアプローチを学びましょう。

カラダすっきり計画

体調はいたっていいんですが、近所のジムではかってもらったら、いろいろ気になる数字が出てきたので、身体と相談しながらもうすこし数字を好ましいものに近づけていこうと計画してます。

数字を見るより身体に訊け、というのは私がいつもみなさんにいっていることですが、もちろんそこが基本。
それを押さえた上で、数字も改善したいという欲張りな計画です。

いまの体組成計は体重、体脂肪はもちろんのこと、おおまかな部位の筋肉量、水分量、ミネラル量、タンパク量まで出てくるんですね。
計測するのにしばらく時間がかかるけど。
その結果、自分で感じていたとおり、下半身の筋肉量はそこそこなんだけど、上半身がすくない。
昔から上半身がひ弱で、腹筋はそこそこ自信があったんですが、それも最近は落ちてきているらしい。

無理もないですね、なにしろ仕事や日常生活で身体を使うことはほとんどないし、年齢も来年は60歳ですからねーあはは。
ほうっておけば筋肉が落ち、脂肪が増え、身体全体がだぶついたりしなびた感じになるのは当然のことです。
これで農作業とか、漁労とか、山仕事とか、身体を使った労働にいそしんでいれば問題はないんでしょうが、なにしろピアノ弾きで小説書き、そして都会の便利な生活がベースなので、意識的に心がけるしかありません。

あと、計測で出てきたのは、水分量、タンパク量、ミネラル量が全体的に低いということ。
ジムのおにいさんに、
「足、つりやすくないですか?」
と聞かれました。
はい、そのとおりです。

私は食事量がすくなくて、一日二食、それもバカ食いはしないし、間食もしないので、体重は維持できているんだけど、全体的に必須栄養の摂取が足りてないらしい。
筋肉量が少なくて、体脂肪が見た目より多い(隠れ肥満?)ので、基礎代謝が低く、太りやすい体質なんですが、それでも食事量がすくないので太らずにすんでいます。
体重はほぼ一定に維持しています。
しかしおかげで栄養素が不足している、と。

そこで、食事のバランスに気をつけつつ、水分摂取を心がけつつ、筋トレなどの運動で筋肉量を増やして基礎代謝をあげていく作戦をとることにしました。
いまの基礎代謝が1400キロカロリーに届かないくらいかな。
それを1600キロカロリー超に持っていきたい。
すると、いまより食事の量を気にせず、必須栄養を十分に取れるようになるはず。
とくにミネラルは重要なので、青物野菜、海藻、魚介類などを心がけて多く食べるようにしたい。

さて、この計画、どうなるでしょうか。
筋トレすると身体のあちこちが痛くなって、すこし熱を持ったようになります。
軽い炎症みたいになってるんでしょうね。
そのせいかどうか、私はあんまり夢を見ない(あるいは見ても覚えていない)性質なんですが、やたらと夢を見ます。
そして睡眠時間が長くなります。
傷んだ筋肉の回復をはかっているんでしょうね。

2016年11月2日水曜日

映画:ホビット三部作

2012年から2014年にかけて公開されたニュージーランド映画。
いわずと知れた『指輪物語』のJ・R・R・トールキンによる『ホビットの冒険』を原作に、かなりふくらませてあります。
いまさら私なんぞがレビューしなくても、だれもが知っている映画だろうと思うけれど、あえて。

先に『ロード・オブ・ザ・リング』三部作が公開されて、それにつづいて、時代はそれよりさかのぼること約60年を舞台にしたこの三部作が公開されました。
監督はいずれもピーター・ジャクソン。

いずれも三部作という壮大なストーリー展開と、キャラクターや舞台装置の複雑なからみあいを見ると、いったいどうやって準備し、撮影し、編集し、最終的に映像を作ったのだろうかと、まったく想像もつかないほどよくできています。
私はものを作るのが好きで、あわよくば映画にも関わってみたいと思ったりすることもありますが、この映画に関してはまったくどう作られているのか、関われるとしたらどのポジションがあるのか、完全にお手上げです。
ピーター・ジャクソンの製作現場を実際にこの目で見てみたいものです。

三部作は次のような構成になってます。

第1部 『ホビット 思いがけない冒険』
第2部 『ホビット 竜に奪われた王国』
第3部 『ホビット 決戦のゆくえ』

いずれも2時間半前後の、それぞれが大作といっていいボリュームですが、3部でひとつのストーリーになってます。
そして第3部のエンディングはきっちり『ロード・オブ・ザ・リング』の冒頭部分に接続している作りになってます。
どうやって撮影したんだろう。
『ロード・オブ・ザ・リング』を撮影しながら、同時に『ホビット』の撮影も進めていたんだろうか。
だとしたら、ものすごい仕事量ですね。

仕事量でいえば、ポストプロダクションもものすごいものがあります。
ホビットとかドワーフという小さな人を、普通の人間やエルフ、そして異形のオークや彼らが操る巨人などをひとつの画面に配置する作業だけでもものすごい作業量だと思うのに、それに加えて風景や樹木や鳥や島や街や竜などのCGを準備して、さらに画面に作りこんでいく、とんでもない人的パワーが注ぎこまれているのがわかります。

ピーター・ジャクソンの要求は容赦なく、どのシーンを見ても一切手抜きのない、ものすごい情報量の画面が連続していて、おそらく何度見返してみても映像的にはあたらしい発見があると想像できます。
そのとおり、何度も観たくなる映画です。

ストーリーはもちろんトールキンの、たんなる子ども向けのお話にとどまらない、人間の本質に迫る深い話で、映像の豪華さに気を取られてしまいがちですが、ストーリーのメッセージも強力なものです。

私としては、この映画は人と人のつながり、信頼、友情をひたすら扱い、苦境につぐ苦境のなかで信頼する仲間とそれを乗りこえていくかけがいのない時間を表現していると感じました。
そして愛もすこし。

最終の第3部では、これでもかというくらい戦いと殺戮のシーンが繰り広げられます。
それは過剰といっていいくらいで、お茶漬けで育ったネイティブ日本人の私としてはお腹いっぱいになりますが、このくらい圧倒的にしないと気がすまないピーター・ジャクソンにはなんらかの執着があるんでしょう。

『ロード・オブ・ザ・リング』も私の好きな映画で、すでに何度か観ていますが、『ホビット』三部作を観たあとにはまた『ロード・オブ・ザ・リング』三部作をゆっくり観直したくなっています。

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2016年11月1日火曜日

病弱だった私がこの五年間病気知らず

先日も書きましたが、ここ何年かは大きな病気はおろか、風邪もほとんどひかず、ひきかけてもそこで踏みとどまって寝こむようなことにはいたらない健康体なんですが、じつは私はそれ以前は大変病弱だったのです。
昔の私を知っている人なら同意してくれると思いますが、すぐに体調をくずし二、三日寝こんでしまうなんてのは日常茶飯事でしたし、子どものころはジフテリアや赤痢、はしか、おたふくといった伝染病にひととおりかかったし、もちろんインフルエンザも予防接種を受けているにもかかわらず毎年、律儀にかかっていました。
しかし、ここ何年かは予防接種すら受けていません。

そんな私の健康法を紹介しましょう。
これは私にかぎったことではなく、どんな人にもかなり有効なルーティンなのではないかと思っています。
簡単なことなので、ぜひ試してみてください。

まず、朝起きたら、布団の上に座ってでもいいし、ベッドの端に腰かけてでもいいんですが、「動揺禅」というものをおこないます。
これはつい最近はじめたものですが、たんなる座禅とか瞑想よりよほど簡単ですし、気持ちがいいのです。

どうやるかというと、坐骨を座面に直角にあてるようにして脊椎を立てたら、アレクサンダーテクニークの要領で脊椎のてっぺんに頭がバランスよく軽く乗っていることをイメージします。
両手は手のひらを上に向けて開いておきます。
目はあけても閉じてもいいんですが、私は半目にしてます。
視覚情報を受け取ってはいるけれど、どこも注視していない状態です。

その状態で、下丹田を中心に上半身をゆっくりと揺らします。
頭部で円を描くように、右まわりでも左まわりでもかまいませんが、ときおり反対回転に交代しながら、ゆっくりと、最初は小さく、しだいに大きく円を描くように揺らします。
そのとき、思考は追いはらい、ただ自分の身体の動きや感覚を観察します。
それには呼吸も含まれます。

ただ座禅で「無念無想に」といわれてもうまくいかないんですが、このやりかただとかなりうまくいきます。
私がおこなっている音楽瞑想はかなり深い瞑想状態に誘導できるんですが、日常的にそこまで深くはいる必要はないし、ましてや起き抜けの行なので、心身を整えるための軽い感じでいいのです。

それを10分前後おこなったあと、韓氏意拳の養生の健身功のなかの型を、気がむくままいくつかやります。
一見ゆるい運動に見えるんですが、韓氏意拳でいうところの「状態」の深さによっていくらでも全身運動として深くおこなうことができるので、その日の調子によってかなり深く自分の身体にアクセスしたりもします。

最後に音読療法の呼吸法で全体の活力をほどよく整え、終了です。
これらのプロセスでもっとも重要なのは、自分の身体にどれほど注目できるか、ということです。
韓氏意拳では「身体の声を聞く」といってますが、どこかとどこおりがないか、リキんでいないか、逆にゆるみすぎていないか、なにか必要なことがないか、よくよく自分の身体の状態を味わいます。
これができるようになってくると、調子が落ちているときはすぐにわかりますし、食事も必要なものを必要なだけ取れるようになります。

私は体重もぴったり一定を維持できているんですが、これも身体の声を聞く食事法のおかげでしよう。
これについてはまた別項で書く機会もあるかと思います。

ボイスセラピー講座@国立(11.3)
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を、半日で学び身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。

2016年10月31日月曜日

実家での音読共感カフェ

私は毎月、北陸の実家に帰省しているんですが、実家にいる母がすこしずつ物覚えがにぶくなってきて、あまり外出もせずに一日中家のなかでテレビばかり見ているのが心配なのです。
自分にもなにかできないかとかんがえていたところ、2011年にスタートした音読療法協会でやっている音読カフェを実家の居間でやってみよう、と思いつきました。
そしてそれをさっそく実行に移してみたのです。

ちらしを何枚か刷って、知り合いや近所の人にくばってもらったところ、ちょうど10月の私の実家帰省日にタイミングがあって来てくれる、という人が数人あらわれました。
みなさん、私がなにをやるのか、興味しんしんです。
なにしろ、たまに帰ってくるようだけれど私が東京でどんなことをやっているのか、まるでわからない、小説を書いているとかピアノを弾いているとかいうけれど、本がベストセラーになった話も聞かないし、テレビやラジオで演奏しているのを聴いたこともないし、というわけでしょう。

当日になって、ひとりが来れないということで、結局参加者は三人となりました。
私もちょっと知っている人だったので、最初の挨拶と世間話からいきなり、共感を必要とする話が出てきました。
知り合いの家ということで安心していたのかもしれません。
しかし、田舎の場合、私の思いこみかもしれませんが、知り合いの家だからといってなかなか本音を出すような話はしないものです。
こちらが信頼されている感じがあって、うれしかったんですが、音読ワークに行く前にご主人との関係の悩みやら、 退職してから自分がなにをやりたいのか、なにをやっても持続できずにやる気が出ない、といったことについてうかがいました。

音読カフェは音読ワークと共感的コミュニケーションをベースにしたおはなし茶会をやることが多いんですが、たいていは音読ワークを先にやります。
呼吸法、発声、音読エチュードとやるわけですが、実家カフェでは変則的でした。
たっぷり一時間以上、共感的に話を聞き、途中で、
「これってカウンセリングみたい」
という感想が出てきたりしたので、キリのいいところで音読ワークにはいっていくことにしました。

終わってから、みなさんから「また参加したい」といってもらえて、スケジュールもみなさんの都合のいい日程にすることになりました。

これをお読みのみなさんのなかにも、実家の部屋があいていたり、あるいは自分の家のリビングでやれそうだったり、親兄弟を巻きこんで近所の人や知り合いの人と気楽に音読療法を口実につながり、共感の場を持つことが簡単にできることに興味を持ってくれる人もいるんじゃないだろうかと思っています。
音読カフェをファシリテートする音読トレーナーの養成講座を音読療法協会では開催していますので、気楽に問い合わせてもらえたらありがたいです。

私は実家で来月も開催しますし、実家だけでなく、帰省先の周辺でも開催するチャンスがあればいいと思っていて、音読トレーナーの育成も行政の補助金をうまく使いなどして進めていこうと計画しています。
仲間になってくれる人、大歓迎です。

介護予防に最適な音読療法ワークを指導する「音読トレーナー」の資格を取得する1泊2日の合宿形式の講座を11月5日(土)と6日(日)の二日間にわたって、都内近郊の会場で開催します。

2016年10月30日日曜日

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演参加者の感想

10月23日にキッド・アイラック・アート・ホールのギャラリースペースで開催された「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演にご参加された方々の感想を、抜粋してご紹介します。
ちなみに、そのときの朗読テキスト「編む人」(作:水城ゆう)はこちら「水色文庫」で読めます。

◎二年前に97歳であの世に旅立ったお袋のことをずっと思い出して居ました。母は人形作りをずっと続けていましたが、その人形はとても完成度の高いものでした。その人形がある時を境に形がくずれ出して来て、認知症だと云うことが分かりました。その母からただ生きていると云うだけで人は良いんだと云うことを学びました。

◎やっぱり淋しいおばあさん(老女)の世界なのでねー。とてもきれいな匂いのするおばあさんだなといつも思っております。かすかな木の香りみたいな。少しホコリの匂いもありますがきれいなホコリというか……。

◎こまあみがハッキリときこえて、さすがだなーと。かわいくない! が、びゃーっと糸をほどくのが見えました。題名でずんっときました。くらやみでははじめて立って踊れました。いやーもっとやりたいですね、ハハハ。

◎私の胸にひびいてくる、というより、私の丹田にひびいてくる! ……という様な感じがぴったりの、今回もここち良い公演でした。リラックスできて、本当によかったです。有難うございました。

◎太鼓のようなリズムをなぜか感じ、そうこうしているうちに、水城さんがピアノに足を打ちつける音がして、ああ、太鼓だ、やっぱりそうなのか、と不思議に思った。太鼓の次にカマキリの緑のイメージがやってきて、狂気を感じたり、動きたくなったりした。

◎自分の身体と離れずにいることは本当に難しいなと思った。じっとしていると分離しそうになるので、闇の中でうごめき、四つん這いで散策してみた。

年内閉館のキッドで深い沈黙とのびやかな瞑想

2016年10月23日、日曜日の夜。
明大前〈キッド・アイラック・アート・ホール〉のギャラリースペースにて、何回めになるんでしょうか、数えたことがないのでわかりませんが、たぶん12回か13回めだと思います、「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演をおこないました。

この東京でももっとも歴史の古いといわれるキッドは、年内で閉館されることが決まっています。
残りすくないチャンスを大切にしようと臨んだ公演でした。
参加者はいつものように少なかったのですが、とても深いつながりと濃い体験を共有することができたように思います。

残りすくないチャンスを大切にしたいといっていた割には、この日のための新作テキストがなかなか仕上がらず、実際にこの日のためのテキスト「編む人」を朗読の野々宮卯妙に渡せたのは、公演当日の午後1時をすぎたころでした。
私は原稿が早いほうで、たいていは事前に余裕をもって渡すことができるのですが、長年のライブパフォーマンスの相方でもある野々宮はギリギリに原稿を渡しても読んでくれる、そのクオリティにはまったく心配はない、という信頼があるので、甘えてしまうのです。

書き手はできるだけぎりぎりまで時間を稼いで粘りたいという心理があります。
そして粘ったときはそれだけのものが生まれることがあるのです(もちろんないこともありますが)。

夕方、国立在住で参加してくれるという藤田さんもいっしょに、明大前に移動。
会場入りしてみたら、ピアノの位置が移動しています。
前回も移動していました。
前回はそれはそれでおもしろかったので、そのままやったんですが、今回もおもしろいのでそのままやることにしました。

今回のピアノの位置は階段の下。
それを背後から囲むように折りたたみ椅子の客席。
吹き抜けの上の階である4階にも席があります。
オーディエンスは椅子から立ちあがったり、移動したり、階段を昇り降りして3階と4階を行き来できるようになっています。
朗読者の野々宮もそのように動きます。

時間が来て、まず沈黙の朗読パートからスタート。
朗読からはいるのか、ピアノからはいるのか、なにも決めていません。
どういうふうに読むのか、どんなふうに演奏するのかも、決めていません。
ただただ、いまこの瞬間の自分自身と相手と、参加のみなさんと空間と、漏れ聞こえてくる街の音を身体のなかにとおし、そこから生まれてくるものに耳をすまします。

今回は朗読からスタートしました。
それを聞きながら、私もはいれるタイミングでからんでいきます。
自分がどんな音を出すのか、予測もできません。
完全にいまこの瞬間の、瞬間が点、点、点とつづいていって連続した線になっていくような濃密な時間感覚のなかにいます。

このフロー状態からさらにゾーンへとはいっていく感じは、いつも独特です。
自分が自分でないような、自分の細胞一個一個が独立した生命になっているような、それでいて全体が空間と接続しているような、不思議な感覚もあります。
野々宮が読んでいるのは私が書いたテキストにちがいないのですが、まるで初めて聴くことばのようにも聞こえます。

気がついたら前半の沈黙の朗読パートが終わり、濃厚な沈黙の時間。
二、三分でしょうか、そのあと音楽瞑想パートへ。
瞑想しながら演奏するというのは、一種の動揺禅のような感じです。
参加者のなかにも身体を動かしていた人がいたようです。

私にとっても、参加してくれたみなさんにとっても、現代生活のなかにはまずない時間と空間の体験だったのではないでしょうか。
しかしひょっとして、人が文明化する前の時代、人が自然と共存し持続可能な生活を送っていた時代には、このような時空体験は日常的にあったのかもしれません。
現代ではわざわざこのような時空をしつらえないとなかなか体験しにくいものです。

いつも不思議なのですが、今回も終わったらぴったり60分が経過していました。
時間をはかっているわけでもないのに、不思議です。

終わってからささやかなつまみと飲み物を出して、みなさんと談笑。
この時間がまた楽しいんですね。
私にとって、この公演の準備も、本番も、終演後の語らいも、すべて貴重で大切なものです。
ご参加いただいたみなさんには本当に感謝を申し上げます。

ひょっとして今回が最後になるのかなと覚悟していましたが、ホール側のはからいでもう一回、やらせていただけることになりました。
ありがたいことです。
そして今後こそキッド・アイラック・アート・ホールでの最後の公演となります。

12月12日、月曜日の夜です。
平日の夜ではありますが、お越しいただけるとうれしいです。
ただしあまり大きな空間ではないので、人数次第では受付を終了させていただくこともありますので、ご了承くださいますよう。

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前(12.12)
深くことば、静寂、音、そして空間とご自分の存在そのものをあじわっていただく「体験」型公演です。年内閉館が決まっているキッド・アイラック・アート・ホールでの最終公演となります。

2016年10月28日金曜日

風邪ひきかけたけど踏みとどまって回復

今週のアタマごろだったかな、とくに朝晩が冷えこんで寒い日がつづきました。
秋の土用という、いわゆる季節の変わり目で、若いころから寒いのが苦手だった私はこのころに体調を崩すことが多かったのです。
今年も秋の花粉症や冷気刺激性過敏症でひどい鼻炎の症状が出たりしたところへ、急に気温がさがったことで風邪を引きかけてしまいました。

喉の奥が痛くなると同時に、私の場合、右耳の奥のほうに偏頭痛のような痛みが生じることが多いのです。
私にとっての風邪のはっきりした予兆です。

これが起こると、何年か前まではどうにもしようがなく、そのまま熱が出て寝こんでしまったんですが、ここ数年はこの予兆をとらえてなんとか踏みとどまることができるようになりました。
年の功といえばそうなのかもしれませんが、私にははっきりと身に覚えがあります。
それは音読療法の呼吸法と瞑想によるマインドフルネス、そして韓氏意拳の身体への深い気づきの稽古が、健身法として有効に働いているのです。

いまこの瞬間の自分のありように気づくこと、自分の身体の声に耳をすまし、いまなにが必要なのか、なにが不要なのかを身体に教えてもらうこと。

今回も身体をあたため、休めることが必要だと身体が教えてくれたので、水分を十分にとって早めに就寝しました。
こんなとき、無理に食べるのは逆効果です。
消化吸収はけっこうエネルギーを使うので、免疫系に負担をかけてしまいます。
つまり、回復が遅くなります。
風邪をひきかけたときは、食事をひかえめにして、水分を十分にとり、できるだけ睡眠を多くとることです。
そのためには呼吸法によって副交感神経をしっかりと亢進させ、身体を休息・回復モードに持っていって、免疫系を十分に働かせてやる必要があります。

今回もうまくいって、翌日には喉の痛みも耳の奥の痛みもほとんど引いて、ほぼ平常の健身にもどっていました。
この方法は風邪だけでなく、さまざまな病気やガン予防などにも有効なのではないかと思っています。
日常生活の役に立ちますよ。
とくにすぐに調子を崩しやすい人、心身の状態が不安定な人、ガンをはじめとする病気にたいして不安を持っている人にかなり役に立つと思います。

ボイスセラピー講座@国立(11.3)
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を、半日で学び身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。

なごやかに、にぎやかに、深く、しんみりと、国立共感茶会

10月26日水曜日の昼、ランチ付きの共感茶会を国立の春野亭で開催しました。
参加してくれたのは三人で、いずれも私の勉強会に何度も参加してくれているリピーターでした。
なので、導入はなしで、最初からお互いの話を深く聴き合うことからスタート。

ところで、どんな深刻なことや、人にいいにくいような気がかりを、相手が完全に聴いて受け取ってくれるという安心感のもとに話せる場というのは、本当に貴重で大切だと思います。
そのような場が国立に引っ越してきても作れていることを、私はうれしく思いますし、みなさんに感謝です。

その前に、今回はランチ付きだったので、私は朝から買い物や下ごしらえなどの準備をしてました。
ひとりでだれかのための食事の準備をするのは、自分自身につながるよい時間ともなります。
雑念を捨て、いまこの瞬間の自分自身の身体やおこないに目をむけ、丁寧に準備します。

献立は二種類のキノコのパスタと、豚肉と玉ねぎとクレソンの生姜スープでした。

今回の話は三人三様で、気づきあり、活力あり、お祝いありの、いきいきした場になりました。
ひとりは、自分にやりたいことがあり、ほかの人がそれをやっているのを見るとうらやましかったり、できていない自分がもどかしかったりしているけれど、よくよく自分を見てみると、そこには成長やつながりのニーズがあることに気づきました。
そして自分でもこれまで気づかなかった、自分自身への信頼のニーズという大切なことに気づいたことが、大きな収穫でした。

また、家族との長年の気がかりがあって、それは停滞していたんだけれど、共感的コミュニケーションをきっかけにすこしずつなにかが動きだし、思いがけない不思議な体験を経たりして、自分へのゆるしや家族とのつながりを取りもどすきっかけが生まれつつあるというお祝いもありました。
聞かせてもらっているこちらも、じーんとするような、わくわくするような、うれしい気持ちになりました。

三人三様、全部が私がまいた種だとは思いませんが、きっかけのひとつとなって人生がいきいきと動きはじめているのを見るのは、私にとっても本当にうれしいことで、勉強会をつづけてきてよかったと思えた日でした。

次回の国立での共感茶会は11月25日(金)の昼を予定しています。
ご都合があう方はご参加ください。
ランチメニューのリクエストも受付けています。

国立での共感おはなしカフェ(11.25)
おたがいに深く聴きあうことのできる場で自分自身の価値とニーズにつながるためのサポートを水城ゆうがおこなう、国立でのおはなし&勉強会です。ミズキランチ付き。カフェタイムからの参加もオーケーです。