2016年7月12日火曜日

屋形船も操縦できるんだ

五年に一度の更新が必要な小型船舶操縦免許の更新講習が終わって、あたらしい免許がとどきました。

私は一級(20トンまでの船舶)と特殊(水上バイクなど)を持っているんですが、よくよく見たら「特定操縦免許」も持っていました。
シラナカッタ……

「特定」というのは、人を運搬するための、車でいえばタクシーとかバスの「緑ナンバー」あるいは「二種」に相当するものです。
つまり、遊漁船とか渡し舟とか、あるいは屋形船とか。
アルバイトデキナイカナ……

屋形船だったら、20トン未満というと、定員40人未満くらいだったらいけそうです。
そんな話をフェイスブックでつぶやいたら、たくさんコメントをいただきました。
離島とか、過疎の海辺の漁村とかで、地域おこし協力隊の募集をしている情報とか。
観光船の運転できる人がいなくて困ってる、という四国の情報とか。
湘南で船を借りて商売しては、という提案とか。

私が船舶免許を取得したのは、30代前半だったと思います。
小説家になって、ゆとりができたら海の近くに住んでヨットでも持ちたいなと思っていたのです。
そんなゆとりは結局できずじまいでしたが。

それでも海と船は好きで、機会あるごとに乗ってました。
有名なヨット雑誌の『舵』に短編の連載をしたり、敦賀・ナホトカ・ウラジオストクを結ぶ日本海縦断ヨットレースに出てレポートを書いたり。
近畿青年洋上大学の講師としてクルーズ船に乗って、2週間くらいだったかなあ、上海、天津(そこから北京へ)、釜山とまわった船旅も楽しかったな。

せっかく免許を持っているので、今度は自分が運転するチャンスがあるといいなと思っています。

2016年7月11日月曜日

本:『祈る人2 今朝の蜜蜂は羽音低く飛ぶ』(Kindle)発刊しました

『祈る人2 今朝の蜜蜂は羽音低く飛ぶ』が、電子ブック・Kindleで発刊しました。

水城ゆうがラジオ番組のために書きおろしたスクリプトや、雑誌連載のために書いた短編小説、朗読のためのテキストなど、何十年にもわたって書きついできた短編作品集の第二弾です。

全テキストは水城ゆうに著作権が帰属しますが、朗読(音読)についての著作使用権は開放します。
朗読会、朗読ライブ、朗読教室、その他音声表現活動などで自由にお使いください。

ダウンロード価格300円です。
こちらからどうぞ(画像をクリックしてもジャンプします)。

紙本も来週末には出来上がるので、紙本が必要な方は水城まで直接お申し付けください。

2016年7月10日日曜日

映画:ヘンゼルとグレーテル

2013年公開のアメリカ映画。
監督はトミー・ウィルコラという人ですが、私はまったく知りませんでした。
ノルウェー人らしいです。
そのせいか、生粋のハリウッド映画とはどことなくちがうテイストを感じます。
思いこみかもしれないけど。

グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」はだれもが子どものときに読んだことのあるお話ですが、映画はその後日譚です。
大人になったヘンゼルとグレーテルが登場します。

ふたりはお菓子の家で魔女につかまったあと、なんとか魔女をやっつけます。
その後、ふたりは賞金稼ぎ「ウィッチハンター」になるのです。
数々の手柄をあげ、賞金を稼ぎます。
童話のふたりとはちがって、そうとうしたたかです。

ヘンゼルはちょっと斜に構えたこわもてのにいさん、グレーテルはちょっと色っぽくて好奇心が強いけれど、こちらもえらい腕っ節のあるねえさん。
基本的にアメコミ的なバカ映画なんですが、映像の作りこみが個性的で、なかなか楽しめるんですね。
登場人物のキャラクターも、漫画的ではあるけれどうまく作られています。
演じる役者も割り切ってわかりやすく演じてます。

この映画、なぜか日本では劇場公開が見送られているんですね。
DVDスルーの販売です。
なぜでしょうね。
まあ、話も映像もキャラクターも、バタ臭いといえばそのとおりで、日本の映画ファンに受け入れられたかどうかは疑問ですが、私はけっこう楽しめました。

グレーテル役のジェマ・アータートンという女優さんも、ほかで見たことないけれど、なかなか魅力的な役者さんだと思います。

◎ アマゾンKindleストアで水城の著書が続々とリリース
『祈る人1 彼女が神様だった頃』『共感的コミュニケーション2』『秘密』『桟橋』『ストリーム』『原発破壊』『浸透記憶』ほかにも続々とリリース予定です。一度ご覧ください。

2016年7月8日金曜日

羽根木の家にやってきて、去っていく

それまで北陸の田舎町で小説を書いて生活していた私が東京に出てきたのは、2000年の夏のことでした。
東京のある印刷会社のオーナーといっしょに、アイ文庫というネットコンテンツの制作配信をする会社を作ったのがきっかけです。

それまで東京というと、年に何回か、本の出版の打ち合わせに出てくることはありましたが、いつもホテル泊まりで、住んだことはありません。
最初に住んだのは小田急沿線の豪徳寺というところです。
ワンルームマンションの一室を借りたんですが、半地下で、最初はなんだか陰気な感じだなあという印象があったんですが、住んでみると全然そんなことはなく、むしろ夏は涼しく冬はあったかくて快適でした。

そこにしばらくいたんですが、だんだん音声コンテンツの製作の仕事が増えてきて、近くにもうすこし手広な家を借りることにしました。
梅丘二丁目の信号の近くにある一軒家を借りました。
ここは住まいとしてはまあまあ快適で、夏暑いのがこたえましたが、間取りが気にいって住んでいました。
が、交通量が多かったりして環境音の問題でコンテンツ製作には向いていなかったのです。

豪徳寺によく行く酒屋があって、なにげなく話をしていたら、地下室が空き家になっているということで、見てみたらコンテンツ製作には最高の環境だったので、そこを借りることにしました。
さらにお金を節約するために、すこし工事をしてそこに住めるようにもしました。
トイレやシャワー、水まわりを作ったのです。

その地下室に5年近く住んでいたと思います。
さすがに身体を壊しそうになって、別のところにスタジオを借り、住まいは梅丘二丁目の一軒家に戻しました。
しかし、経費がかさみ、すぐに持ちこたえられなくなって、スタジオを手放すことにしました。

それが七年前。
そのときに見つけたのが、羽根木の家です。
私が見つけたのではないんですが、奇跡のような経緯でここに行きついたのです。

羽根木の家はご存知のように、コンテンツ製作だけでなく、さまざまな活動の拠点として発展し、ある種のコミュニティのようになってきていました。
いまここでこの家を離れなければならないのはとても残念ですが、いろいろな意味でものごとの仕切り直しをして、さらによりよい方向に進んでいくためのチャンスととらえることにしています。

これからはいままでのようにしっかりとした「拠点」を持たない活動になっていくわけですが、NVCでいうところのリクエスト(お願い)の出し方の練習だと思って、多くの方に支えていただくことを遠慮しない生き方に移行しようと決意してます。

◎共感おはなしカフェ@羽根木の家(7.25)
7月の羽根木の家(世田谷の古民家)での共感的コミュニケーションの勉強会・共感おはなしカフェは、7月25日(月)19~21時です。羽根木での勉強会はこの日が最後になります。

2016年7月7日木曜日

【YouTube】げろきょネットライブ 2016.7.7

2016年7月7日。
現代朗読協会の活動拠点である〈羽根木の家〉で「げろきょネットライブ」がおこなわれ、Ustreamを通してネット配信されました。
その模様をほぼ全編、ノーカットでお送りします。
リアルタイムで見逃した方は、こちらでお楽しみください。
ちなみに〈羽根木の家〉でおこなわれるネットライブはあと一回を残すのみです。

朗読 野々宮卯妙『趣味の遺伝』第3回(夏目漱石作)
朗読 てんトコラ『赤日の曠野』第4回(水城ゆう作)
演奏・司会進行 水城ゆう

映像はこちら(画像をクリックしてください)。


2016年7月6日水曜日

映画:小さき声のカノン――選択する人々

上映会の後援にトランジション世田谷 茶沢会もはいっていて、私もささやかながら告知協力させていただいた鎌仲ひとみさんの映画「小さき声のカノン――選択する人々」を、北沢タウンホールに観に行ってきました。

鎌仲ひとみ監督作品では「六ヶ所村ラプソディー」と「ミツバチの羽音と地球の回転」を観ていますが、それ以前の作品は知りません。
しかし、この2作品ともトランジション運動をきっかけに観たものだし、鎌仲さんの事務所であるぶんぶんフィルムズが最近、世田谷代田の空間工場に越してきたということもあって、なんとなく親しみをいだいていました。
私自身、『原発破壊』という小説を書いていることもあります。

でも、鎌仲さんとは直接お話ししたことは一度もないのです。
空間工場の兒玉さんとは親しくさせていただいているけれど、ぶんぶんフィルムズのイベントはタイミングが合わず、参加したこともないし、遠くからお見かけしたことはあるけれど、なんとなく距離があるまま今日にいたっています。

上映会は昼と夜の2回あって、昼の部は樹木希林さんがトークゲストということもあって、立ち見が出るほどの盛況だったようです。
私は夜の部のほうに行きました。
NVC仲間の博子さんが付き合ってくれて、いっしょに観ました。

すこし遅れてくる博子さんと待ち合わせるためにロビーに立っていると、知り合いとたくさん会いました。
トランジション世田谷 茶沢会のメンバーが多いんですが、それ以外にも生活者ネットワークの人たち、福島の子どもたちとともに・世田谷の会の人たち、そしてNVCの勉強会で知り合った人たち。

映画では「成長経済優先」「景気第一」「原発再稼働」「国際貢献」といった大きな声の陰でかき消されがちな「小さき声」がフォーカスされています。
福島の現実のなかで、子どもを守りたい、家族や地域とのきずなを大切にしたい、という引きさかれるような立場で苦しみ、かんがえて、行動する女性たちの声です。

原発作業に従事する作業員と同等かそれ以上の汚染地区に住むことを決断し、それでも子どもたちを被曝から守りたいと決死の努力をつづけるお母さんたち。
むなしい除染作業を、ただ祈るかのようにつづけるお父さん。

福島の彼らの座標を明示するかのように、チェルノブイリ以後のベラルーシの事情もつぶさに描写されます。
日本という国・政府の、あまりにずさんである種の国民に冷たい姿勢が、いやがおうでも浮き彫りになっていきます。

はっきりいって、心楽しい映画とはいえません。
しかし、ここに明示されていることに、私たちは目をそむけてはならないし、目をそむけることは自分自身やそれにつながる幼い命を軽んじることになるのではないかと、私は感じました。

上映後、監督の鎌仲さんと、世田谷区長の保坂さん、それに福島支援をずっとつづけているキャンドルJUNさんの対話が、舞台でありました。
この人たちのなんと真摯なことでしょう。
そして、それを聞く私のなんと気楽なことでしょう。
さらに、ニホンという国の制度をになっている人々のなんと無責任なことでしょう。

これらはまぎれもない現実であり、目のまえでまさに起こっていることです。
自分がどの位置に立つのか、それはそれぞれの人の選択でしょう。
そのことに文句をつけるつもりはありません。
私はどこに立つのか、立ちたいのか。
ただそのことだけを問い、私なりの行動を取ろうと決意した2時間の上映時間でした。

◎自力出版講座(全3回)(7.10/17/24)
だれもが自力で自分の本を出版できるいま、作り方から売り方まで実際の方法をその場で試しながら、全3回終了時には自分の本が一冊完成しているという講座です。7月10、17、24日、それぞれ日曜午前の開催。

自力出版で自立する

私が「水城雄」という名前で商業作家デビューしたのは1986年のことでした。
福井の片田舎に住んでいて、2年近く前に送りつけた原稿のことなどすっかり忘れてピアノの先生とかラジオ番組の制作を手伝ったりしていたんですが、いきなり徳間書店から電話がかかってきたときにはびっくりしました。
当時、自分の本を出す、ましてや有名出版社から小説を出版する、などというのは夢のまた夢のようなことで、さすがの私も狂喜乱舞したことをよくおぼえています。

つい最近までそうだったのです。
自分の本を出すというのは、新人賞やコンテストで入賞するか、出版社にコネがあるか、あるいは原稿を持ちこんで出版交渉するか、たいへん高いハードルがありました。
もし出版できる可能性が出てきたとしても、それが商業出版の場合だと利益をあげる必要があるので、こちらが書いた原稿がそのまま本になることはまずありません。

出版社の意向にそって、あるいは編集者の好みに応じて、書きなおしを要求されます。
私も最初に連絡があってから実際に本が出るまでに、ほぼ一年かかりました。
その後も何十冊という本を出しましたが、書いた原稿がそのまま活字になったことなど、ただの一度もありません。
著者名は私になっているけれど、出版社の編集、出版社の営業、そして流通の意向がそこには色濃く反映されていて、私が思うように書いて出した本は皆無に近いのです。

そんなわけで私は徐々に商業出版の世界と距離を置くようになりました。
私の商業作家デビューは、電子ネットワークの普及がはじまったのと歩を同じくしていて、田舎に住んでいたということもあって私はずっとネットの世界に興味を持ちつづけていました。
1989年ごろには福井の放送局に企画を持ちこんで、地域ネットワーク(地域BBS)のシスオペをやったりしていました。

パソコン通信の急速な普及、そして携帯電話の爆発的普及、さらにはインターネットの普及、そしてスマートフォンの普及とつづき、テキストだけでなく音声、映像コンテンツの流通形態が劇的に変化しつづけていったのです。

ここにいたって、自分の本を出す、ということについても、さまざまに環境が変化しました。
自費出版といってもいいのですが、従来の自費出版とはまったく内容が違うことに気がつく必要があります。

従来の自費出版は、最初に「自費」が必要なのです。
つまり先行投資です。
しかも、自分の本を一冊出すには、ばかにならない金額が必要です。
しっかりした作りの、専門出版社が出すような書籍を一冊作ろうと思ったら、刷り部数にもよりますが、数百万単位の「自費」が必要になることもあります。

最近はだいぶ印刷費が安くなりましたが、それでも500冊とか1000冊とかまとまった部数を刷る場合、それなりの印刷代が必要です。
それだけ先行投資しても、その本が売れるかどうかはまったくわかりません。

だれとも知れぬ者が書いた、おもしろいかどうかわからないような本を、多くの人が買ってくれるでしょうか。
たいていの従来型読者は、著者名とか出版社名であるとか、あるいは広告宣伝を見てとか、書店にならんでいるのを手にとってみて、とかそういう経緯で購入します。
なので、書店流通に乗せてくれる自費出版専門の出版社とか、大手出版社の自費出版部門が繁盛しているのです。
これもまた、そうとうな「自費」が必要になることはいうまでもありません。

ところが、最近出てきた「オンデマンド出版」はこのリスクと負担がありません。
そしてもうひとつ、電子出版との連動もおすすめです。

私がかんがえる「自力出版」の特徴(メリット)をあげてみましょう。

・印税率が高い(最高70パーセント!)
・自分の原稿をそのまま活字にできる。
・紙本にも電子本にもできる。
・流通を通す必要がない(ネット検索で全世界にとどく)。
・絶版がない。
・改訂がすぐにできる。

そのほかにもあるけれど、ここで印税率について押さえておきましょう。
商業出版の場合、印税率は従来10パーセントがほとんどでしたが、これは年々さがる傾向にあって、現在は8パーセントもしくはそれ以下が増えてきています。
出版社側が利益を確保したいために、著者配分率を減らしているのです。
出版社が利益を確保したい理由は、紙本の出版の構造的・慢性的な不況にくわえて、たいていの出版社が古い体質から抜けだせずに経営構造を改善できていないこと、すなわちいまだに高給をとって著者よりずっと贅沢な暮らしをしている社員たちの給与を維持したい、ということがあります。

ちょっと本音を漏らしますが、私が商業出版から距離を置きたくなった理由のひとつに、こちらが寝る暇も惜しんで必死に仕事して、あげくに微々たる印税をもらって青色吐息で生活しているのに、高級外車を乗りまわし、都心の贅沢なマンション生活を楽しんでいる編集者たちの姿を見て、いやけがさしたということもあるのです。
(この4行、読んだらすぐ忘れてください)

自力出版の場合、印税率は自分で決めることができます。
たとえば電子ブックであるKindle本の場合、印税率を30パーセントもしくは70パーセントから選ぶことができます。

70パーセントというのは大きいですよ。
たとえば定価1000円の本が1冊売れた場合、印税率8パーセントだと著者にはいってくるのは80円ですが、70パーセントだと700円です。
印税率8パーセントだと10冊近く売らなければ、70パーセント印税率と同程度の収益にならないわけです。
逆からかんがえると、70パーセント印税率なら1万冊も売らなくていい、1000部売れればいいのだ、ということになります。
より専門的で読者対象を絞りこんだ(マニアックな?)本を書ける、ということでもあります。

何年か電子ブックの販売を自分でやってみてわかったんですが、最近の読者の傾向があります。

・ネット検索で自分に必要な本をキーワード検索でダイレクトに発見し、ワンクリックで購入する(購買行動の特徴)。新聞広告とか、書店の棚とか、見ない。
・購買者のほぼ全員がスマホかタブレット端末を持っている。
・おなじ内容の本なら、できればかさばる紙本ではなく電子ブックで買いたいと、多くの人が思っている。最近はやりのミニマル生活の影響も大きいかも。
・かさばらないので、安ければ気楽にポチする。ずっと端末かクラウドに置いて持ちあるいて、いつでも好きなときに読めるので、とにかく気楽に確保しておく。

本を書いて自力で出版する側としても、商業出版のような大量消費はねらわないけれど、検索で探しあてて買ってくれる人や、特定のファンを大事に育てることで、一定の収益を確保することは可能です。

月に数万円というオーダーの収益をあげつづけていくことは、とくにプロの書き手でなくても十分に可能でしょうし、やる気があればそれより一桁上の収益をめざすことも不可能ではないと思います。
げんに、あまり知られてはいませんが、特定のマニュアルのような本とか、ごくかぎられた趣味の読者に限定された読み物とか、料理や編み物といった一定の読者に利用される本などで生活を成りたたせているかなりの数の人たちがいます。

そういった「自力出版」について、実際にその場を必要なことを学んだり、作ったり、登録作業をおこなう講座を、来月・7月10日/17日/24日の全3回、いずれも日曜の午前10時から13時に、現代朗読協会「羽根木の家」で開催する予定です。

◎自力出版講座(全3回)(7.10/17/24)
だれもが自力で自分の本を出版できるいま、作り方から売り方まで実際の方法をその場で試しながら、全3回終了時には自分の本が一冊完成しているという講座です。7月10、17、24日、それぞれ日曜午前の開催。

2016年7月5日火曜日

共感的コミュニケーション(NVC)に興味を持つ人が急増中

このたびの参議院選挙に出馬した三宅洋平が選挙フェスでNVC(共感的コミュニケーション)のことに言及したこともあって、最近急に注目を集めはじめています。

私自身は10年近く前に初めてNVCのことを知り、以来、ゆっくりと学びつづけてきたわけですが、5年くらい前からNVCにたいする熱量が急に増加して、本を書いたり(『共感的コミュニケーション』『共感的コミュニケーション2』)、自分でも数多くの勉強会を主催したり、呼ばれてファシリテートに出かけるようになりました。

最初は自分の活動拠点である世田谷の羽根木の家で勉強会をスタートさせました。
この場所は今月いっぱいで定期借家契約が終わり、退去が決まっているんですが、最後のチャンスとして「共感おはなしカフェ」と「親密な関係における共感的コミュニケーションの勉強会」を開催します。
そのほかにも、三軒茶屋の〈カフェ・オハナ〉、下北沢の〈Stay Happy〉と〈かまいキッチン〉、草加の〈Jugem〉など、チャンスがいくつかあるほか、場所にしばられない「オンライン共感カフェ」も月の数回、開催しています。

私のほかにも多くの人が勉強会やワークショップを主催したり、ファシリテートしています。
現代朗読の仲間で、音読療法士でもある野々宮卯妙は、毎月名古屋と豊橋に出かけてワークをやってますし、そこからさらに足を伸ばすこともあります。

私にNVCを最初に伝えてくれた安納献くんも、羽根木の家をはじめ、オンライン講座や、あちこちに出かけてのワークショップを開催しています。
献くんだけでなく、以下敬称略だけど、小笠原春野、栗山のぞみ、三村修、鈴木重子、後藤剛&ゆう、きくあつこと菊地敦子、ほかにも名古屋や関西や北海道、九州、四国の仲間がたくさんいて、たのもしいかぎりです(北陸と東北がやや手薄感があるのはなぜだ)。
たくさんチャンスがあるので、興味がある方はタイミングが合うところに気軽に飛びこんでみるといいと思います。

以下に、直近の私の勉強会と、その他の情報を掲載しておきます。
どうぞ参考にしてみてください。

◎7月開催:水城ゆうのオンライン共感カフェ(7.5/15/25)
自宅や好きな場所にいながらにして気軽に参加できる、ネットミーティングシステム(zoom)を利用した共感的コミュニケーションの60分勉強会、7月の開催は7月5(火)16時・20時/15(金)20時/25(月)20時です。

◎共感おはなしカフェ@かまいキッチン(7.14)
安心して親子連れで行ける店として有名な下北沢〈かまいキッチン〉で、1コマ60分間×2部制で、共感的コミュニケーションの勉強会を開催します。7月14日(木)1部15時から、2部16時から。通しでも、どちらか1コマだけでも参加可。

◎共感おはなしカフェ@羽根木の家(7.25)
7月の羽根木の家(世田谷の古民家)での共感的コミュニケーションの勉強会・共感おはなしカフェは、7月25日(月)19~21時です。羽根木での勉強会はこの日が最後になります。

◎親密な関係における共感的コミュニケーションの勉強会(7.28)
共感的コミュニケーションでもとくにやっかいだといわれている親密な関係であるところのパートナーと、お互いに尊重しあい、関係性の質を向上させるための勉強会を7月28日(木)夜におこないます。

◎カフェ・オハナ(三軒茶屋)で共感的コミュニケーション(8.2)
8月2日(火)夜7時半から、恒例の三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉での共感的コミュニケーション・ワークショップを開催。朗読と音楽のミニライブ付き。参加費1,000円+ワンオーダー。

ちなみに私はNVC(共感的コミュニケーション)の解説本を出しています。
電子書籍Kindleでお読みいただくのがもっとも簡便で、経済的ですが、紙の本もあります。

『共感的コミュニケーション』
『共感的コミュニケーション2』

さらに以下のサイトなども参考にしてみてください。

NVC-Japanのウェブサイト

どこかでお会いできれば幸いです。

2016年7月4日月曜日

本:『祈る人1 彼女が神様だった頃』(Kindle)発刊しました

『祈る人1 彼女が神様だった頃』が、電子ブック・Kindleで発刊しました。

この本に収録されているのは、水城ゆうがラジオ番組のために書きおろしたスクリプトや、雑誌連載のために書いた短編小説、朗読のためのテキストなど、何十年にもわたって書きついできたさまざまな短編作品です。
この全テキストは水城ゆうに著作権が帰属しますが、朗読(音読)についての著作使用権は開放します。
朗読会、朗読ライブ、朗読教室、その他音声表現活動などで自由にお使いください。

Kindle版は価格300円ですが、アマゾンのプライム会員ならKindle端末上のストアから、無料でお読みいただけます。
こちらからどうぞ(画像をクリックしてもジャンプします)。

紙本も来週末には出来上がるので、紙本が必要な方は水城まで直接お申し付けください。

【この指】自力出版講座に出たいヒト〜!

もうすぐ7月10日(日)から、全3回で「自力出版講座」がスタートします。
あと9日ですね。
7月10、17、24日と、それぞれ日曜午前の2時間ずつです。

当初、オンライン講座に移行しようかという計画だったんですが、羽根木の家が7月いっぱいまで使えることがわかり、まずは先行でリアル講座を開催することにしました。
リアル講座でかゆいところに手がとどく感じで丁寧にやり、それをオンライン講座にも生かしていこうという計画です。

自力出版にはいろいろな方法がありますが、この講座ではまず柱を一本に絞ります。

 1. BCCKSで電子ブックを作る。
 2. Kindleで出版する。
 3. 必要があればBCCKSもしくはアマゾンのオンデマンド出版で紙本を作る。

以上。
講座でやるのは、本を作るのに必要なコンテンツの知識、BCCKSでの編集方法、Kindleダイレクト出版への個人パブリッシャー登録の方法などがメインです。
これらの方法を身につけてしまえば、あとはさまざまな方法での個人出版にも挑戦できるようになるはずです。

こうやってインディペンテントな個人出版事業者として自立し、自分の作品や知人のコンテンツを好きなタイミングで好きなだけ世に出していけるようにします。
詩、小説、随筆、マニュアル、評論、写真集、イラスト、雑誌、さまざまなコンテンツを自力で世に出していくことができるというのは、本当に楽しいものです。
そしてもちろん、やりようによっては収益をあげていくことも夢ではありません。
実際に自力出版だけで生活している人もたくさん出てきています。

興味がある人がいたら、私までお知らせもしくはお申し込みください。
詳細はこちら 。

2016年7月3日日曜日

駒沢小学校で保護者と教員対象の音読ワークショップ

世田谷区の駒沢小学校でPTAの役員をやっている友人が、私たち現代朗読もしくは音読療法のワークを推薦してくれて、特別枠で保護者と教員対象のワークショップをおこなうことになりました。
教員もいっしょにやれるワークがいいと主張したのは校長先生で、ふつうは保護者だけ、教員だけ、あるいは子どもたちだけ、というような形になることが多いんですが、今回はちょっとめずらしいケースで、私たちも楽しみに行ってきました。

私たち、というのは私と現代朗読の野々宮卯妙、そしてサポートに会員の松原あけみと、役者の岩崎さとこの4人のことです。

PTA側でメインになって動いてくれた小浜さんが、フェイスブックに感想をシェアしてくれたので、それをこちらでも紹介させていただきます。

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◎小浜さんの投稿

今日は、今年度上半期のわたしの使命をひとつ果たした日であった。
校長先生がスクワット音読のグループに配属されたのは最高だったな…

子どもたちの通う公立小学校で、学級委員として、保護者と教師をミックスしての音読体験を実施しました。
講師は、音読療法協会の水城さんと野々宮さん、それからサポートメンバーの松原さん、岩崎さんにも来てもらえました。

長男が一年生の時、学校の毎日の宿題の音読を親が○◎△で「評価」することに対してたいへんな違和感と反発心を持っていた中で、水城さんたちの行っている音読と出会いました。
音読を通して、まずは自分の今の身体の隅々の在りように気付くこと、そして、他者の音読を聴く時には、その人の在りようをそのまま受け取りレスポンスすること。
こういったことを、丁寧に注意深く行っていく音読です。

そこには、正しいとか間違ってるとかなく、わたしはわたしでよくて、あなたもあなたでよくて。
とゆうことは、そもそも、○◎△の3種類の中になんて押し込められるもんじゃない、ってことも意味します。
それは、根本的には当たり前のことなはずだけれども、ことに学校現場というところでは、当たり前のことが大事にされないことも多いわけです。

だからこそ、水城さんたちの行っている音読を、学校で、しかも、全教師たちも交えて行えたことは、短時間だったとしても、意義深い共有体験になったなと思っています。
ひとりでも多くの人に響いてくれてたら、いいな。
―――――

いっしょにワークをおこなった野々宮卯妙も、それへのコメントを書いてくれています。

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◎野々宮卯妙のコメント

わずか1時間とはおもえない濃さで、ハードルも少々高めの内容だったのですが、保護者も先生方も受け入れ能力がとても高くて、非常に充実した時間になりました。

白眉は最後のピアノ即興演奏付きカオスパフォーマンスタイム(笑)で、見学していた方々も身体を揺すって、フロアで70人余りが思い思いに表現しているのを見ながら一緒に音読されていて、嬉しかったです。

ある先生から出た質問に対して、「正しいことを求めないでください」と言ったとき、小さなどよめきが起こってメモを取る方が多かった、と聞いて、みんな悩んでいるんだなあ、子どもに対して本当に真剣で誠実でいようとしているんだなあ、としみじみこれまた嬉しくなりました。

また呼んでもらいたいなー。
他の小学校でも呼んでくれるといいなー。
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◎ボイスセラピー講座(7.6)
7月6日(水)10:00-15:00は羽根木の家で音読療法協会のボイスセラピー講座です。呼吸、声、音読を使っただれにでもできるセラピーで、自分自身と回りの人を癒してください。

2016年7月2日土曜日

夫に言いたい文句 TOP10

『R25』という、これはフリーペーパーなのかな、雑誌の調査で「夫に言いたい文句 TOP10」というものが発表されていました。
こういうものです。

 1位 「もっと稼いでこい!」
 2位 「もっと妻に感謝しろ!」
 3位 「片づけたそばから散らかすな!」
 4位 「脱ぎ散らかすな!」
 5位 「臭い!」
 6位 「なんでもかんでも妻任せにするな!」
 7位 「口先だけじゃなく行動してみろ!」
 8位 「掃除くらいやれ!」
 9位 「食器の後片付けくらいしろ!」
 10位 「ぶくぶくだらしなく太るな!」

妻が夫にこういう文句をいいたいけれど、実際にはいっていなかったり、あるいはついいってしまうこともあるのかもしれません。
ここには妻がなにを大事にしているのか、そのニーズが見え隠れします。
共感的コミュニケーションの「相手のニーズを推測してみる」という例題としておもしろいですね。

たとえば「もっと稼いでこい!」ということばには、どんなニーズが聞こえるでしょうか。
生活が豊かになり、安定することを求めているのかな?
余裕があったり、楽しみのためにお金を気兼ねなく使いたいのかな?
お金の心配をすることなく、安心して毎日をすごしたいのかな?

「もっと妻に感謝しろ!」からはどんなニーズが聞こえてくるでしょうか。
自分が夫や家族のためにがんばっていることをもっと見てもらいたいのかな?
もっと自分を大切にしてもらいたいのかな?

みなさんも3位以下の文句について、ニーズを推測してみてください。

こんなふうに、共感的コミュニケーションを練習するための材料はたくさん転がっています。
たくさん練習して、身につけて、いつでも必要なときには自分自身やだれかとつながることができるようになると、生きることがとても楽に、そして楽しくなると思いますよ。

◎共感カフェ@下北沢ステイハッピー(7.4)
下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェ、昼開催は7月4日(月)20時から。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

2016年7月1日金曜日

4年継続しているいきいき音読ケア

毎月恒例のメディカルホームまどか富士見台での「いきいき音読ケア」に今月も行ってきました。
毎回、音読トレーナーにサポートしてもらったり、見学者が同行することが多いんですが、今回は私と音読療法士の野々宮のふたりで行ってきました。

こちらのケアワークは、最初は知人の紹介ではじまったものですが、毎月欠かさず継続していて、気がつけば4年がたっています。
記憶では、ワークができなかった月は1回だけで、たしかインフルエンザが蔓延して中止になったんでした。
それ以外、毎月欠かさずおこなってきました。

いまでは常連の人が何人もいて、1か月に1回なのにしっかり私たちのことをおぼえてくれています。
とても楽しみにしてくれている人もいて、毎回なごやかな雰囲気で楽しくやらせてもらってます。

今回もひときわ雰囲気が盛りあがり、みなさん大変いきいきと参加していて、こちらも楽しかったのです。

毎回やるたびに思うのは、本当は1か月に1回ではなく、できれば毎日あるいは数日おき、せめて1週間おきくらいのペースでやれると、おそらく参加される方々にはきっと目に見える変化があるだろう、ということです。

1回きりのワークでも、ずいぶん変化があります。
しかし、しばらく日数がたつと、元にもどってしまうのです。
そして1か月後にはまたゼロから、あるいはややマイナスからはじめなければなりません。
もうすこし頻度があがれば、変化の曲線はゆるやかな右肩上がりになるだろう、ということを確信しています。

音読療法はとくに、加齢による衰えが進みすぎていない人に効果的です。
もっとも効果があがるのは、要介護にまで進んでいない人の心身の健康状態の向上のためのワークです。
まだ介護を必要としてはいないけれど、放っておくと加齢による衰えが進み要介護者になってしまうかもしれない、という人たちが音読ワークを継続的におこなうことで、介護予防になるばかりか、いきいきと元気なまま年齢を重ねていくことができます。
私自身、そのような自分の老齢期を望んでいて、音読療法が効果的だろうと思っています。

お年寄りに音読療法を受けていただくことも大切ですし、また音読ワークをファシリテートできる音読トレーナーや音読療法士が増えてくれることも大切だとかんがえています。
福祉施設の職員や、地域・職場のリーダーといった人が、音読トレーナーとなってくれることで、介護予防運動に大きく寄与できるだろうと思っていて、今後はそのようなことを具体的に提案したり、知ってもらうことに力をいれていく計画です。

興味がある方は、まずはボイスセラピー講座を受講してみてください。

◎ボイスセラピー講座(7.6)
7月6日(水)10:00-15:00は羽根木の家で音読療法協会のボイスセラピー講座です。呼吸、声、音読を使っただれにでもできるセラピーで、自分自身と回りの人を癒してください。

うまくいっていることをしっかりお祝いする

(Photo by 吉房泰子さん)

私たち日本人は……って、一般化しちゃいかんな。
私はなにかものごとをおこなったとき、それがうまくいったりうまくいかなかったりしますが、そんなとき、ついついうまくいかなかったことばかり注目して、後悔したり反省したり、つぎはどうしたらうまくいくだろうかとくよくよしたりします。
習い性のようになっているんですが、自分に共感するという過程においては、なにかがうまくいかなかったときに、満たされなかったニーズを見てつながることも大切ですが、うまくいったときに満たされたニーズをお祝いすることももっと大切です。

最近の子どもは自己肯定感が少ない、などという論評がありますが、子どもにかぎらず大人も自己肯定感が少ない人が多いでしょう。
自己肯定感が少ないと、自分自身へのつながりが不安定になり、十分に能力を発揮することができません。
不安を感じることが多く、対人関係でもささいなことが気になって、ぎくしゃくしてしまいます。

自己肯定感を高めるために、他人や世間からの評価を得ようとする人がいますが、それは危険な方法です。
自分の存在について、他人軸での評価を基準におくと、評価が得られないときに非常に落ちこみますし、依存性が強まります。
自分の存在を肯定し、安定していきいきとすごすには、まずは自分自身を認めることが必要なのです。
そのために、満たされたニーズについてしっかりとお祝いする、という方法が有効になります。

この前の土曜日、私は「音楽瞑想ワークショップ」というものを代田区民センターでおこないました。
なかなか参加者が集まらず、すこし集まったかと思ったらどたんばに来て何人かキャンセルがつづいたりして、結局とても少人数でのワークショップとなりました。

会場がかなり広くて贅沢だったという反動もあって、その時点でやや意気消沈していたんですが、いざはじまってみると参加してくれたみなさんとのつながりや、自分がみなさんの役に立っているという実感、あるいはこれまで積みあげてきたものをしっかりとシェアし、表現できているという喜びもあって、たくさんのニーズが満たされました。

その翌日の日曜日には、下北沢の老舗ライブハウス〈レディージェーン〉で朗読の野々宮卯妙とふたりでライブをおこないました。
こちらもまた観客がすくなく、直前までひとりも来てくれないんじゃないかと気をもんでいたんですが、何人か思いがけない人が駆けつけてくれて大変ありがたかったのです。
そしてオーナーの大木さんが、集客のことにはひとことも触れることなく、私たちのパフォーマンスをおもしろがってくれたのも、うれしかったのです。
実際にたしかに、私たちがこれまで追求し、積み上げ、成長してきたことの最高の表現が、やけに軽々と楽しみながらやれたという手応えがあって、大きな達成感に包まれたのでした。

これらのことをしっかりとお祝いしておきたいのです。
自分ができたこと、うまくいったこと、満たされたニーズについて十分にお祝いしておくことで、いきいきとつぎに向かえます。

ところで、お祝いの方法は人それぞれですが、数日前、おもしろい方法を思いつきました。
NVC(共感的コミュニケーション)の創始者であるマーシャル・ローゼンバーグは、一日の終わりにろうそくを並べてお祝いをしていたそうです。
さながら、祭壇におまいりするような光景だったかもしれません。
その話をしてくれたトレーナーのホルヘ・ルビオは、日本の緑茶をゆっくりと時間をかけていれる習慣を持っていました。
これもきっと自分につながるための時間だったんでしょう。

私の場合、いつもやりたいと思っていてなかなかできずにいる最近の楽しみに、編み物があります。
時間がないからやれない、道具をいちいち引っ張り出してくるのが面倒、などと感じてついおっくうなんですが、編み物道具をひとつのカバンにいれておいて、なにかお祝いしたいときにそれを出してきて開き、マーシャルがろうそくを立てて儀式をとりおこなったかのように、編み物に取りかかってみる、ということを思いついたのです。
これはなかなか心楽しい時間です。
まさにお祝いと自分自身につながるための時間になると思います。

人それぞれ、方法があるかと思いますが、うまくいったことや満たされたニーズをお祝いし、ゆっくりと自分につながる時間を持つことは、いそがしい日常であるからこそ必要なことかもしれません。

◎共感カフェ@下北沢ステイハッピー(7.4)
下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェ、昼開催は7月4日(月)20時から。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

2016年6月28日火曜日

音楽瞑想WS、羽根木を離れる

現代朗読、音読療法、共感的コミュニケーション、みつばち部、表現者のための韓氏意拳など、さまざまな活動の拠点となり、また私自身の生産拠点ともなってきた羽根木の家から、この7月をもって退去することが決まりました。

その前は梅丘の一軒家、その前は豪徳寺の地下音楽スタジオ、さらにその前は豪徳寺の酒屋の地下室と、拠点を移してきました。
羽根木の家は築80年という古さにもかかわらず、いやむしろその古さゆえにすばらしい環境で、多くの人に愛されてきました。
ここを退去するのはほんとうにつらく、残念です。

しかし、本来は3年限定の定期借家契約であり、それを2年、さらに2年と延長してきたという事情もあり、この7年間の充実した活動に感謝しつつ、つぎのステージへと進んでいきたいと思います。

というような契約を延長しない決断を不動産屋に伝えたあとで、午後は代田区民センターで「音楽瞑想ワークショップ」をおこなってきました。

もともと参加者が少なかったんですが、ドタキャンが複数名ぎりぎりになって出るというちょっとショックもありました。
しかし、思いがけない人が来てくれたり、とても体調のわるいなかを押して来てくれた方が、ワーク後に「とても楽になった、回復した、またやりたい」といってくれたりして、はればれとした気分で終えることができました。
音楽瞑想には一種の治療効果のようなものがあるのかなあ、なんてかんがえたりしました。

おこなったのは、私がここ十数年をかけてこつこつと積みあげてきたディープ・リスニング、ソニック・メディテーション、感覚遮断、聴覚覚醒などの流れをくんでの、マインドフルネスと音楽瞑想の一連のワークと瞑想ライブでした。
十数年の集大成といえる2時間だったと思います。

参加者は少なく、なかなかこのようなワークがいまの社会のなかで周知されるのは難しいことかもしれませんが、とても役に立つと思っていますし、私自身とてもやりがいがあることなので、また折を見て開催したいと思います。
みなさんにも興味を持っていただけるとうれしいです。

◎ボイスセラピー講座(7.6)
7月6日(水)10:00-15:00は羽根木の家で音読療法協会のボイスセラピー講座です。呼吸、声、音読を使っただれにでもできるセラピーで、自分自身と回りの人を癒してください。

2016年6月27日月曜日

いつも心身ともに活力に満ちている秘訣

区から来る特別検診というものを、初めて受けてみました。
これまでずっとスルーしてきたんですが、もうすぐ世田谷区民でなくなるかもしれないので、なんとなく受けてみる気になったのです。
健康面にはとくに問題は感じていませんでしたが。

実際、検査の結果は、いまのところなんの問題もなし。
健康体。
血液検査と大腸ガンの検査の結果がまだですが。
不思議なことに、身長が2センチ伸びていました。
なぜだ。

私は59歳で、来年は還暦という、自分でもびっくり、気がつけばおそろしい年齢になっていましたが、幸いなことにここ何年かはまったく病気知らず。
たまに風邪をひきかけることはありますが、寝込むようなことはなく、ここは年の功でうまくやりすごしてきました。
骨折したりスジを痛めたりしたことがありますが、これは自分の行動の不注意から来たもので、いましめの材料にはなっています。
精神的にもとても充実していて、毎日いきいきと仕事や好きなことにむかっています。

このように、この年齢になって活力に満ちていられるのは、それなりに理由があります。
自分なりに努力していることがいくつかあって、それを書きだしてみます。

 1. 食べすぎない。1日2食、間食はなし。
 2. 早寝早起き。
 3. 音読療法、表現によるマインドフルネスをこころがける。
 4. 武術の稽古を欠かさない。

「1.」はもう長らく習慣として定着しています。
とくに夜は食べません。
夜、お腹にものがはいっていると、寝付きが悪く、寝覚めもよくないのです。
胃をからっぽにしておく状態を作るために朝食を抜くのをすすめる人がいますが、私は夜中にからっぽにしておくほうが合っているようです。
間食はめったにせず、ただしお酒はすこし飲みます。

「2.」ですが、できれば夜明け前には起きていたい。
しかし、現代社会のなかで生活していると、夜の用事があったりして、就寝が遅くなることがあります。
そういうときはやはり、起きるのがちょっと遅くなってしまいます。
でも、基本的に早寝早起きです。

「3.」のマインドフルネスについて。
音読療法には呼吸法、発声、音読エチュード、共感的コミュニケーションという柱がありますが、これらはマインドフルネスの役に立ちます。
また現代朗読や音楽瞑想も、マインドフルネスの強力な練習になります。
とにかくたくらまず、反芻思考を手放し、いまこの瞬間の感覚体としての自分自身に注目し、ありつづける練習です。
これはNVCでいうところの自己共感でもあり、自分自身につながりつづけることでもあります。
自分の能力をもっとも発揮できる状態といってもいいでしょう。

「4.」は韓氏意拳という中国武術です。
打ったり蹴ったりという練習はないので、狭い場所でもひとりで稽古ができます。
深く自分の身体の声を聞き、身体を練っていく稽古です。
これも深いマインドフルネスの練習になります。
また、はっきりとはわかりませんが、健康にもいい影響があるように思います。

こういったことをけっこうまじめにやっているので、年齢を重ねた私がこのように心身ともに健康であるのも、納得できることかもしれません。

◎ボイスセラピー講座(7.6)
7月6日(水)10:00-15:00は羽根木の家で音読療法協会のボイスセラピー講座です。呼吸、声、音読を使っただれにでもできるセラピーで、自分自身と回りの人を癒してください。

2016年6月26日日曜日

音読療法で親とつながりを作る

みなさんのなかで、離れて暮らすご両親やひとり暮らしの母親、父親のことが心配な方はいませんか?
自分の親が、運動不足で身体がおとろえたり、コミュニケーション不足でふさぎがちになったり認知症が進んだり、楽しみがすくなくて鬱々としていたり、といったことが心配ではありませんか?
要介護になったり、施設に入居の必要が出てくることを心配してはいませんか?

そんなとき、音読療法でできることがあります。
興味がありますか?

じつは上に書いたようなことは、まったく私自身と私の母にあてはまることなのです。
音読療法の前に、共感的コミュニケーションを知っていて本当によかった、と思うことが、去年から今年にかけてありました。
それは車の運転のことです。

母はもう80歳を超えているんですが、自由でいたい、まだまだ自立してがんばりたいという気持ちがあって、公共交通機関のとぼしい田舎暮らしでは車の運転が欠かせません。
しかし、家族としては年老いた母がいまだに運転していることがとても心配です。
ニュースで高齢者がブレーキとアクセルを踏みまちがえて重大事故を起こした、というようなことを聞くと、自分の母はだいじょうぶだろうかと心配になります。

母は戦前生まれですが、ようやく戦争が終わり、日本が発展していくなかでせっかくここまで平和に生きてきたのに、晩節で事故を起こしたり、ましてや他人を傷つけたり殺したりするようなことがあってはなりません。
それが心配なところへ、ちょっとした自損事故を起こしたのです。
怪我こそなかったものの、心配は最大限にふくれあがりました。

ここでたいていの人がやってしまうのは、きつく「もう運転はやめて」となかば命令したり、強制的に車を取りあげたり、運転免許を返上させたり、といったことです。
私はそれをやりたくなかったので、共感的コミュニケーションを思いだしながら辛抱強く母がなにを大切にしているのか、聞きつづけました。

結果的に母は、自分も安全や平和を大切にしていることに気づいてそれにつながり、いまではほとんど車を運転しませんし、遠くに行くときには知人や私に運転をたのむようになっています。
つぎの更新では免許を返上することを、自分からいいだしています。
私は母に命じたり、強制することなく、あくまで彼女の自主性を尊重しながら、自分のニーズも満たすことができたのです。

そのようなつながれることがわかって、ほんとうにうれしく、また自信にもなったんですが、最近は運転の問題のほかに、べつのことも心配として浮上してきました。
それは母自信も自覚していることなんですが、急に物覚えが悪くなったり、身体のおとろえが進んできて、以前できたことがどんどんできなくなってきている、ということです。
私が見ていてもその進行がすこし早すぎるように思いますし、またそのことで母がショックを受けているようすを見るのもつらいのです。
そこで私は、今度は音読療法をつかってあることをやってみようと思いつきました。

母が住んでいるのは、私が育った田舎の家ですから、ひとり住まいにはだだっ広すぎるくらいです。
10年前までは父がいましたが、亡くなってからは母はひとり暮らしです。
そんな家に母はひとりで住んでいて、体力が落ちてきたせいであまり外出することなく、物覚えも悪くなって人とコミュニケーションを取ることもおっくうになってきたのです。
それも急速に。
このままだと頭も身体もどんどんおとろえていくばかりであることは目に見えています。

音読療法が力を発揮する分野として「介護予防」というものがあります。
呼吸法、発声、音読エチュード、共感的コミュニケーションなどを用いて、心身のリフレッシュをはかり、コミュニケーションを活性化して、要介護者になることを予防するための運動ですが、音読療法はこの分野に力を発揮します。
もっとも特徴的なのは、「音読」という、たとえば文学作品を読みあわせたり、唱歌の歌詞を使ってエチュードをおこなったり、そしてそれをもとにコミュニケーションをおこなったりという、知的活動の一環としてそれをおこなえるということがあります。

私も自分が介護予防をしようとしたときに想像することですが、ただ身体を動かすだけのお遊戯みたいなワークには参加したくありませんし、お互いを批評しあうような非共感的な場にはいたくありません。
音読療法は知的活動であり、共感の場であることが、大きな特徴となっています。

その場に母に参加してもらえれば一番いいんですが、なかなか自分の親にそのことを提案しても受け入れられるのが難しいことがあります。
だから、そのときには、「場の提供」をお願いします。

だだっ広い家の、たとえば座敷や客間を提供してもらって、「ここを音読ワークに使わせてくれない?」とお願いします。
そして、チラシを渡して、「よかったら知り合いの人にこれを配って誘ってもらいたいんだけど」とお願いするのです。

最初はいやがるかもしれませんが、親はだれもが、自分の子どもの役に立ちたいと思っているものです。
協力してくれる可能性は高いと思います。

親は自分の子どもに協力して、それを喜んでもらえる。
こちらは人が出入りしたり、人とのコミュニケーションの機会が増えることで、親の刺激になる、ひょっとして音読ワークにも興味を持って参加してくれるようになるかもしれない。
お互いのニーズを満たすことができます。
そして日頃疎遠にしている後ろめたさもなくなり、親のほうもこちらとのつながりを感じてちょっとうれしい気持ちになるかもしれません。

親の家で音読ワークを呼びかけるための実際のチラシや、音読ワークにかんする資料を、音読療法協会では準備しています。
きっと多くの方に興味を持ってもらえるのではないかと確信しています。

◎ボイスセラピー講座(7.6)
7月6日(水)10:00-15:00は羽根木の家で音読療法協会のボイスセラピー講座です。呼吸、声、音読を使っただれにでもできるセラピーで、自分自身と回りの人を癒してください。

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサートより「Moon River」

2016年6月21日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、6番めに演奏した「ムーン・リバー」をお送りします。

映像はこちら(画像をクリックしてください)。

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサートより「Moon River」

2016年6月21日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、6番めに演奏した「ムーン・リバー」をお送りします。

映像はこちら(画像をクリックしてください)。

2016年6月25日土曜日

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサートより「ふじの山」

2016年6月21日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、2番めに演奏した「ふじの山」をお送りします。

映像はこちら(画像をクリックしてください)。

2016年6月24日金曜日

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサートより「しゃぼん玉」

2016年6月21日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、7番めに演奏した「しゃぼん玉」をお送りします。

映像はこちら(画像をクリックしてください)。


映画:ジュラシック・ワールド

2015年公開のアメリカ映画。
「ジュラシック・パーク」のシリーズでは4作めにあたります。
制作費は1億5千万ドル。
監督はコリン・トレヴォロウという人で、私はまったく知りません。

ストーリーはWikipediaとか、ウェブサイトにたくさん出ているので割愛しますが、人間がバイオテクノロジーという神の技術に手を出して、その欲望にまかせるままに恐竜たちを誕生させ、テーマパークを作り、またさらに人を寄せるための新種を捏造した結果、多大なるしっぺ返しを食らう、という話です。
その犠牲はあまりに大きすぎるといえるでしょう。
なにしろ、かなりの人命が失われます。

あまりにあっけなく多くの人が死んでいくので、そのようなシーンが苦手な人にはつらいかもしれません。

しかし多くの人は(私を含めて)このような映画を喜んで観るようで、アメリカでの封切り初日から三日間で、600億円以上の興行収入を獲得したとのことです。
新記録です。
映画館に行った人々は、バイオテクノロジーへの警鐘を観にいったのではなく、もちろん恐竜が暴れて人々を残虐に殺戮するスリリングなシーンを観にいったのです。
そしてスピルバーグはさらに巨額の富を手にいれたわけです。

と書いていて、なんか嫌になってしまいました。
今回はここで筆(じゃなくてキーボードだけど)を置きたいと思います。

◎ののみずライブ「蟷螂の孵化する」@下北沢レディ・ジェーン(6.26)
6月26日(日)午後7時半スタート、下北沢のライブバー〈レディ・ジェーン〉で現代朗読の野々宮卯妙と即興ピアノ小説家の水城ゆうによるライブです。朗読テキストは水城の書きおろし新作の予定。



2016年6月23日木曜日

【YouTube】福井県立病院ボランティアコンサートより「浜辺の歌」

2016年6月21日。
3か月に1回程度のペースで水城ゆうがおこなっている福井県立病院エントランスホールでのソロピアノコンサートの模様から、冒頭に演奏した「浜辺の歌」をお送りします。

映像はこちら(画像をクリックしてください)。

2016年6月22日水曜日

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演、終了レポート

2016年6月18日、土曜日。
明大前〈キッド・アイラック・アート・ホール〉のギャラリースペースでの「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演が終了しました。
このホールは大変惜しまれつつ、年内いっぱいでの閉館がすでに決まっています。
ここで幾度、公演をおこなってきたことでしょうか。
とくにギャラリーにピアノがはいってからは、ほとんど毎月のようにこちらで公演を開催してきました。

ホールでも現代朗読の公演をたくさんおこないましたし、カルメン・マキさんらとのオリジナル公演も何度もおこなった、私にとっても大変重要な場所でした。
せめてあと何回か、ここでやらせてもらおうと思っていますが、この公演もその貴重な残されたチャンスのうちの一回(2回公演でしたが)でした。

当日の午前中は、「朗読生活のススメ」全10回コースの最終回をおこないました。
体験参加の方もいらしたり、最終回ということでやってみたいことのリクエストがあったりで、後半は実際に群読表現の作品作りのようなワークを全員でおこない、楽しくいきいきと終了しました。
それが午後1時前。
開場は1時半、開演は2時です。

すぐに明大前に移動。
ゼミ生のみぞれちゃんが荷運びなどの手伝いに来てくれたので、大変助かりました。
私は午前の参加の藤田さんと、井の頭線をふた駅乗って移動。
コンビニでおにぎりを買って、会場入り。
あわただしくおにぎりを食べてから、みぞれちゃん、藤田さんと駅前のドトールでちょっとひと息。

1時45分にはホールにもどり、スタンバイ。
朗読の野々宮も到着して、定刻の2時には開演。

ギャラリースペースは3階と4階をぶちぬいた吹き抜けの構造になっていて、その立体構造がおもしろい音響空間を作っています。
ただ、客席はあまりたくさん作れず、20席作ったら窮屈、15席が限度かなあ、という感じです。
そこに今回は10人ちょっとはいって、ゆったりしています。
おかげでリラックスしたトークモードからスタートして、この公演の主旨や経緯などをすこし説明したあと、演目にはいりました。

朗読テキストは数日前に書きあがったばかりの「かそけき虫の音に耳をすます」という作品です。
前半が沈黙の朗読で、後半が音楽瞑想といういつもの構成。
この模様は全編、YouTubeで公開する予定です。
冒頭に近い部分のごく一部を抜粋してこちらで公開しています。
画像をクリックしてもご覧いただけます。

後半の音楽瞑想では、なぜか私の身体からつぎつぎと聴いたこともない導きだされ、どんどん乗せられていきます。
夜の部もあるのに、とどこかで思いながらも、全エネルギーを注ぎこんだ演奏になりました。
自分でもびっくり。
これまでに至ったこともないように地平に到達した感があって、お祝いモードがこれを書いているいまもつづいています。

夜の部もおなじようなことが起こって、終わったらくたくたになっていました。
しあわせなくたくたです。
その場に居合わせてくれたみなさんにも感謝です。

終演後は飲み物とつまみを出して、みなさんとゆっくり話をさせていただきました。
また、ホールの早川くん・工藤くんとも話をして、次回のこの公演と、現代朗読の公演の日程も決めることができました。
どうやらホールのほうは駆け込み需要なのか、すでにかなりびっしりと予定がはいっているようです。
早川くん、工藤くん、今回もお世話になりました。


次回のこの「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演は9月18日(日)に、やはり午後と夜の2回を予定しています。

盛りだくさんな今週末

北陸の実家に帰省中ですが、木曜午後には東京にもどり、盛りだくさんな週末を迎えます。
25日(土)の午後は「音楽瞑想ワークショップ」があります。
翌26日(日)の午後は、「朗読生活のススメ」コースに参加していただいていた藤田俊紀さんの治療会を羽根木の家で。
その夜は下北沢〈レディ・ジェーン〉で朗読の野々宮卯妙とのデュオライブです。

現代社会のなかで多くの人が心身のバランスをくずしたり、人間関係に悩んでいたり、自分自身につながって丁寧に生きることを見失いがちですが、そんなときに役に立つのは瞑想です。
瞑想の目的は、人がおちいりやすい「思考」へのとらわれ、反芻思考を断ち切り、自分の身体とそれを包んでいる世界に再接続することで、ふたたび能力を存分に発揮できるようにいわばリセットすることです。

座禅もそうですし、さまざまな瞑想法があって、どれも効果がありますが、私の場合は音楽を使うことでよりパワフルに反芻思考の切断をおこない、より心地よく楽にリセット効果を得る手法を確立しています。
それが音楽瞑想なんですが、今回はさらに効果的にするためのさまざまなワークとレクチャーを用意しています。

仕事や日頃の人間関係に疲れを感じている方、表現に行きづまりを感じている方、頭のなかをすっきりリフレッシュしたい方など、おすすめです。
ご案内はこちら。

レディ・ジェーンでのライブでは、演目(朗読テキスト)をふたつ用意しています。
ひとつは先日「沈黙[朗読X音楽]瞑想」のために書きおろしたばかりの新作「かそけき虫の音に耳をすます」です。
もうひとつは内緒、というか、正直にいえば、未定。
たぶん、当日になって決めると思います。
野々宮卯妙は朗読パフォーマーとして、変な表現だけど「スリリングな表現者として安定した」レベルに昇りつめていて、目撃の価値ありですよ。
もちろん私も即興ピアニストとして自分が絶好調に感じています。
ご案内はこちら。

どちらも参加枠には十分余裕があります。
お越しいただけるととてもうれしいです。

2016年6月20日月曜日

身体がない現代人、今がない現代人

奇妙な表題と思う人がいるかもしれませんが、実際、私の場合、とくに自分が「今ここにいない」ことに気づいたのはここ十数年のことです。
きっかけはティク・ナット・ハンの本で「マインドフルネス」ということばを知ったことです。
以来そのことをかんがえたり、いろいろ試してみたり、他の文献をあたってみたり、人がやっているワークに参加して、自分なりに研究してきました。

マインドフルネスのとらえかたはいろいろあって、現代ではいささか混乱ぎみの様相をていしています。
もともとは古代インド語のひとつパーリ語では「サティ」、サンスクリット語では「スムリティ」といい、中国にはいったとき「念」と訳され、それが現代英語でマインドフルネスと表現されています。
ものごとをありのまま、思いこみやジャッジや社会的価値基準をあてはめることなく受け取っている状態のことをいい、自分自身の中立的なありようをいいます。

この状態のなかでは、人は過去でも未来でもなく、いまこの瞬間を生きています。
人は記憶力、想像力、判断力を持っているので、いまここにあっても我想として過去の記憶を反芻していたり、まだ起こってもいないことやここではないどこかのことを思いめぐらしていたり、ジャッジをくだしたり連想したり、といったことをたえず繰りかえしています。
それが「いまここ」の自分自身に気づくことをさまたげているのです。

私はピアニストというパフォーマーで、とくに即興演奏を専門とする人間なので、マインドフルネスは非常に重要なありようです。
世間にはさまざまなマインドフルネスの提唱があり、そのワークも提供されていますが、パフォーマーとしては相当クオリティのたかい純粋な「サティ」の状態が必要だと思ったので、自分なりに工夫したトレーニングでマインドフルネスの質を高めてきました。
おかげで世間一般の人より多少はマインドフルネスへの理解と実践ができるようになってきたのかな、と思います。

私の演奏会やライブ公演では、オーディエンスのみなさんとも「いまここ」のマインドフルネスを共有しようという試みがあります。
また、私の経験と知見をシェアするためのワークもおこなっています。

そしてもうひとつの問題、それが「身体がない現代人」という問題です。
「身体がない」というのはもちろん言葉のあやで、実際には物理的な身体はここにあるわけです。
ただ、「それがそこにある」ことの実感が非常に希薄になっているのではないかと思います。
全員がそうだといっているわけではなくて、すくなくとも私はそうだったと思います。

なぜそうだったと思うのかというと、マインドフルネスの練習や武術の稽古を通して自分の身体が見えてきたとき、はじめて「これまでの自分は自分の身体がまったく見えていなかったんだな」ということがわかったからです。
とくに武術の稽古は私の役に立っています。

マインドフルネスの練習で自分の呼吸や身体そのものにアクセスし、「いまここ」の感覚を磨くのですが、そのとき「こんな感じだよね」というイメージを脳内に作ってしまって、じつは「なんちゃってマインドフルネス」だったということがあったことに、武術の稽古をつうじて知りました。
武術では、命を取る・取られるという極めて切迫した状況下で、自分自身の身体能力を発揮することが求められます。
イメージではなく、身体の実体をつかみ、それを発揮する必要があるわけです。
まさに「なんちゃって」では「殺られる」わけです。

そのような緊迫感のある稽古のなかで、どれほど自分の身体が見えていなかったのか、あるいはこの瞬間も見えていないのか、見えない身体があるのか、どうすれば身体が見え、発生してくるのか、ということと文字通り格闘します。
これを経験した上であらためてマインドフルネスや瞑想のプラクティスをおこなうとき、まったくちがうものがそこに現れるのです。

私が稽古しているのは「韓氏意拳」という中国武術ですが、ここではよく「古《いにしえ》の身体」ということばが出てきます。
いわば「身体がある」時代の身体観のことで、かつて人々が身体を使って仕事し、生活し、移動していたとき、現代人のわれわれとはかなりちがった身体のベースを持っていたんじゃないか、なので武術の稽古をするにしても、まずはその身体観から見直していくべきではないか、というかんがえかたです。

たしかにそのとおりで、武術の稽古にかぎらず、日常生活においても本当に自分自身でありつづけるには、リアルで自然な自分の身体にアクセスできることが要件となります。
もっとも、すべての人に武術をすすめるわけにはいかないので、私なりの工夫でよりスムーズに、現代生活を送っている人にも容易に深いマインドフルネスを練習したり体験できるプログラムを作っています。

来週末におこなう「音楽瞑想ワークショップ」もそのひとつです。
興味のある方はどうぞ参加してみてください。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。

2016年6月19日日曜日

映画:夢と狂気の王国

2013年公開の日本映画。
映画というより、テレビのドキュメンタリー番組を観るような感覚でなにげなく見はじめたんです、最初は。

それというのも、これはジブリ映画の製作過程と宮崎駿というアニメーション監督を追ったドキュメンタリーで、この手のものをジブリはこれまでにいくつか、NHKの番組として作ってきているからです。
「もののけ姫はこうして生まれた」をはじめ、「ハウルの動く城」や「ポニョ」のメイキング番組がたくさん生まれていました。
いずれもNHKのテレビ番組として撮影された素材をもとにしています。

この映画も「風立ちぬ」のメイキングだということがすぐにわかったので、これまでのドキュメンタリー番組を観るような感覚で観はじめたのです。

が、見はじめてすぐに、なんとなくちがうぞ、という声が聞こえはじめました。
それもかなり激しく。

ひとつひとつのカットが「絵」になっている。
なんだろうこれは、カメラマンのセンスが違うのかな。
そしてひとつひとつの「絵」にすみずみまで神経が行きとどいている。
たとえば、監督のエプロンのクマの模様のアップにまで、絵作りのこまやかさが現れている。
またインサート映像に使われる風景の、これはここで使われるしかないでしょう、というメッセージ性。

ようやく気づいてクレジットを確認してみたら、監督は砂田麻美でした。
砂田麻美といえば「エンディングノート」です。
ガン告知を受けた自分の父親の最後に寄りそって映画を撮り、一躍有名になった人です。
私はそれを観ていないんですが、この「夢と狂気」を観れば砂田麻美という人の映画性、作家性が明らかではありませんか。
テレビ番組とは全然ちがう。
いや、テレビ番組を悪くいっているのではなく、アプローチが違うんです。
たとえていえば、おなじストーリーを語っても、小説家が書くのとプロのライターが書くのと詩人が書くのとでは、まったくちがうものになるというような感じでしょうか。

とにかく、たんなるドキュメンタリーにとどまらない映像の美しさ、そして対象への肉薄、メッセージ性、どれをとっても「映画」なんですね。

たとえば、一度観れば目に焼きついて離れないシーンに、こういうものがありました。
映画の終盤のところで、宮崎駿がアシスタントの女性と仕事場から出てきて、なにやら談笑しながらこちらに向かって歩いてくる。
映画ではその前に「風立ちぬ」が完成し、無事に公開され、大入り盛況であり、宮崎監督の引退宣言などもすでに映しだされている。
頭も髭も真っ白な宮崎監督が歩いてくる、そのずっと向こうに、保母さんに連れられた幼稚園児たちがお互いに手をつないで楽しげに散歩している。
これはもう、世代の交代とか、命のつながりとか、人の文明の変遷とか、一瞬にして表現している秀逸で美しいシーンなのでした。

そのようなハッとするシーンが随所にあります。
音の使い方もすばらしいです。
シンプルで美しいピアノの音、そしてそれをあえて無音にすることで映像を際立たせ、いわば観ているこちらにメッセージをねじこんでくるかのような力強い表現。

この砂田麻美という人は、たぶんまだ若い人だろうと思いますが、これからどんな仕事をされるのか、目を離せないように思いました。
というか、すでに彼女の仕事はいくつか世に出ているので、まずそれをチェックしてみなきゃね。

最後に、ズバリ、これはジブリの斜陽を描いた映画です。
ファンとしてはちょっと寂しいけど、それが世の常です、理です。
すべての人はいずれここからいなくなるんですよ、私も。

◎ののみずライブ「蟷螂の孵化する」@下北沢レディ・ジェーン(6.26)
6月26日(日)午後7時半スタート、下北沢のライブバー〈レディ・ジェーン〉で現代朗読の野々宮卯妙と即興ピアノ小説家の水城ゆうによるライブです。朗読テキストは水城の書きおろし新作の予定。

水色文庫新作「かそけき虫の音に耳をすます」

水色文庫の新作「かそけき虫の音に耳をすます」を登録しました。

このテキストは2016年6月、明大前〈キッド・アイラック・アート・ホール〉のギャラリースペースでおこなった「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演のために書きおろした作品です。

2016年6月15日水曜日

羽根木での活動、外に向かう活動

先日の日曜日は、午前から羽根木の家で「表現者のための韓氏意拳講習会」をおこないました。
午後も引きつづき韓氏意拳初級講習会を開催しました。
ともに指導していただいたのは内田秀樹凖教練です。

私と内田先生をのぞいて参加者全員が女性というめずらしい日でした。
とはいえ、羽根木講習会はいつも女性が多い傾向があるのです。

午後はとくに会員講習会で、参加者は経験も長い人たちだったので、かなり深くてシビアな体認の稽古となりました。

「そのつもり」ではなく本当にリアルに、シビアに体認を深めること、「状態」に深く進入し、さらにさらに身体がまとまるようすを見ること、外からは止まっているような站椿式でも緊密な運動状態が進行中であることに目を向けること。
また、韓氏意拳の教学体型にそった座学もおもしろかったのです。
内田先生、ありがとうございました。

ところで、韓氏意拳の講習会もふくめて、羽根木の家ではさまざまな活動をおこなってきた。
メインは現代朗読のゼミや講座。
そして音読療法の活動。
NVCもしくは共感的コミュニケーションのワークや交流、そしてトレーナーやメンバーの滞在。
トランジションタウン運動やみつばち部の活動。

世田谷という東京の23区内にある住宅地のどまんなかに、奇跡のように残っている築90年の古民家です。
まわりの環境もよく、羽根木公園など緑地も多くて、エアコンはないけれど猛暑でもなんとかやりすごせる家です。
ただ、借家なので、いつ使えなくなるのかわからず、ここに根を張るような活動をつづけていけないのが唯一の気がかりです。

まあしかし、いずれの活動も、どうしてもこの羽根木の家という古民家でなければならない、ということはありません。
近くの区民センターやしかるべき施設を借りることもできます。
げんにもうすぐ開催の「音楽瞑想ワークショップ」は羽根木の家ではない場所でおこなう予定です。
広くてピアノがあって、静寂で暗闇が作れる場所が必要だからです。
これは6月25日(日)の開催です。

似たような環境として「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演は明大前のキッド・アイラック・アート・ホールのギャラリースペースでおこないます。
6月18日(土)の開催です。

また、朗読と音楽のライブや共感カフェのためには、ライブハウスやカフェなどに積極的に出かけるようにもなっています。
下北沢〈レディー・ジェーン〉では朗読の野々宮卯妙と新作テキストでのライブを6月26日(日)夜におこないます。

今月はこのようにイベントが多く、みなさんにもできるだけ来ていただけたらうれしいなと思っています。
いずれかの場所でお会いできることを楽しみにしてます。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。

2016年6月14日火曜日

プチ断食やってみた、すっきりしたあ!

私は日頃、一日二食ですごしていて、間食もほとんどしないという生活に落ち着いています。
いつごろからこうなったのかちょっとおぼえていないんですが、人間ってそんなにたくさん食べなくても健康に生きていけるんじゃないかという実感があったからです。

たとえば、修道士とか禅僧とか、修行中の人はとても限定された食事をしています。
修行生活では、最初のころ、一時的に栄養不良におちいるとか、なにか健康上の問題が起きることがあると聞いたことがありますが、それを乗り越えると元にもどり、そしてとても健康になっていくらしいのです。

人類は数百万年というその歴史のうち、近年の数千年ばかりをようやく「飢餓」から開放された生活を(一部では)獲得していて、とくに現代生活では「飢餓」どころか「飽食」の時代になっています。
しかし、基本的には「飢餓」ベースで生き残ってきたのが、ヒトという生物種であるといえます。
たぶん、いつもお腹がすいている状態が、もっとも能力を発揮したり、いきいきとしていられる状態なのです。

自分に振り返ってみると、お腹いっぱいのときは俊敏さ、鋭敏さが損なわれていますし、眠くなったり、たしかにやる気が出なかったりします。
もっとも、プチ断食をやってみようと思ったのは、そんな理由ではなく、たんに知り合いがやっているのを見て、なんとなくつられてやってみようと思っただけです。

斯波すみれさんは全国の断食道場のようなところをまわるのが好きで、それをブログに書いています。
しばらく休んでいたらしいんですが、また再開したいということで、先日もふたつの施設を訪問して、その感想をフェイスブックにシェアしてくれました。
それがおもしろくて、しかもメニューとか時間割を教えてくれていたので、私もちょっとやってみようと思ったのです。

断食といっても完全に食を断つものではなく、だれでもちょっとやれそうなものです。
私の場合、まずは朝食を断ちます。
そのかわり、野菜ジュースを飲むといいらしいんですが、手元になかったのでふつうにお茶とかコーヒーを飲んでました。
とくに支障はありません。
ちょっとお腹はすくけど。

野菜ジュースもオーガニックなものがいいとのことですが、これはあらかじめ調達しておいたほうがいいですね。
ジューサーやミキサーがあれば自分で作るのが一番いいでしょう。

お昼に軽く食事します。
いろいろこだわりをいえばあるんでしょうが、私の場合はごく気楽に、いつも食べている分量をうんと減らしてごく軽く、という感じで。
とくに糖質はなるべく摂らないようにしました。
生のキュウリとゆで卵と味噌汁、みたいな。
味噌汁の具は玉ねぎとワカメ。

昼はこれだけ。
夜は食べません。
もともと食べないので平気です。
でも、いつもどおり、ちょっとお酒を飲んだりします。
ウイスキーをショットグラスに1、2杯。

これを5日間つづけてみました。
おどろいたことに、まったく体重は落ちませんね。
安定はしたけれど。

そして4日めに、大量の宿便が出ました。
いやー、これはすっきりした。
身体のなかがきれいになった実感があります。
こんな楽で気持ちのいいプチ断食なら、ときどきやってみようかなと思います。

回復食はだいじに、慎重に、といわれましたが、あんまり気にせずに、いまはすっかり元にもどってます。
とはいえ、食事にたいする意識は前より敏感になったかもしれません。
みなさんにもおすすめです。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。

2016年6月13日月曜日

映画:アベンジャーズ

2012年公開のアメリカ映画。
制作費、約250億円。

これも含めて先日からつづけて何本か、マーベル・シネマティック・ユニバース・シリーズの映画を観たけれど、もういいかな。
お腹いっぱい。
つづけて観るもんじゃないのかな。
間をあけて観ると、また楽しく観れるのかもしれませんね。

マーベル・コミックというのは、いわゆるアメリカン・ヒーローのいろんなタイプが出てくる漫画シリーズですが、日本でいうとなんになるのかな。
私が子どものころに夢中になって読んだ「強い主人公もの」の漫画といえば、まずは「鉄腕アトム」であり「鉄人28号」であり、「スーパージェッター」「ソラン」「コナン」「エイトマン」「サイボーグ009」といったラインナップがありましたが、アメリカン・ヒーローとはちょっと感じがちがいますね。
アメリカはもっと屈託がないというか、あっけらかんとしているという、ときに国をしょっていたり、ちょっとバカっぽい。

「アベンジャーズ」ではそれらアメリカン・ヒーローが総出演してます。
主人公格はアイアンマンですかね。
これをロバート・ダウニー・Jrが演じてます。
ほかに、キャプテン・アメリカ、ハルク、マイティ・ソー、ホークアイ、ブラック・ウィドウなどが出てます。
そりゃ満腹にもなるわな。

ストーリーは現代が舞台で、SF的な設定ですが、敵のイメージといいアイテムといい、なぜかちょっとレトロなイメージもあります。
後半の敵とのバトルシーンは、マトリックスをちょっと思いだしました。
CGはもちろんこれでもかというほどてんこ盛り。
観客サービスとして街は盛大にぶっ壊されるし、戦闘機も侵略者も無数に破壊されます。
まあ、こういったてんこ盛り映像である種の爽快感をおぼえるのもたしかです(そうじゃない人もいると思うけど)。
そしてこれまたてんこ盛り感のある音楽。

壮大な物量作戦的な映画なわけですが、見終わってから「それでなにか?」というどことはなしのむなしさが残るのは否めないところです。
ジェットコースターに乗るのと同様の、無邪気な娯楽だと思って観れば、ほぼまちがいのないところでしょうね。

◎ののみずライブ「蟷螂の孵化する」@下北沢レディ・ジェーン(6.26)
6月26日(日)午後7時半スタート、下北沢のライブバー〈レディ・ジェーン〉で現代朗読の野々宮卯妙と即興ピアノ小説家の水城ゆうによるライブです。朗読テキストは水城の書きおろし新作の予定。

ずっとやりつづけていること、これから向かうところ

いまから十年以上も前のことになりますが、豪徳寺の酒屋の地下室に活動拠点があったことがあります。
かなり広い地下室で、5×10メートルのスペースに流しとトイレ、シャワールームがついていました。
地下室なので、締め切ると完全に真っ暗になり、そして音も外からほとんどはいってきません。
理想的な密閉環境でした。

ここで音楽や朗読のコンテンツ製作をやっていたんですが、ほかにもしばしばライブをやりました。
けっこう広いので、30~40人くらいのお客さんを入れることもできたのです。
まあそんなに集客できることはめったになかったんですが。

この密閉環境を利用したライブのひとつに「ディープ・リスニング」という音楽ライブのシリーズをちょくちょくやっていました。
完全暗転のなかでピアノ演奏をして、聴いてもらうというより、どちらかというと体験してもらうといったほうがいいでしょう。
そのときの経験や知見が、その後も「沈黙の朗読」や「音楽瞑想」「音響体験によるマインドフルネスのワークショップ」などに生かされています。

気がついたら、ずっと音、ことば、暗闇、沈黙、即興、マインドフルネス、瞑想などをキーワードにやりつづけています。
自分のなかではそれらがかなり成熟し、自分自身の役に立っている実感があります。
これをみなさんの役にも立ててもらいたいという思いもあります。

現代生活において交感神経ばかりが優位になっているマインドレスな時間をすごすことが多い人々がいて、いつも不安やあせり、いらいら、怒りといったものを抱えています。
そういう人に必要なのは、マインドフルであること、自分自身の存在に気付きつづけていること、深い呼吸、開かれた感受性、おもいやりベースのコミュニケーションといったことです。
私がおこなっているパフォーマンスやワークはそれらに貢献できると信じていますし、またこれまでの実感や実績もあるのです。

今月中におこなわれる三つのライブ公演・ワークショップのどれかに、あるいはどれもに、おいでください。
きっと新鮮な体験と気づきがあると思います。
もちろん何度もおいでいただいている方はありがたく、あらためて歓迎させていただきます。

◎「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前キッドギャラリー(6.18)
ともに深く、ことば、静寂、音、そして空間とご自分の存在そのものをあじわうこと。ご来場いただいたみなさんにある種の「体験」を提供する試みです。14時からと18時からの2回公演。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。

◎ののみずライブ「蟷螂の孵化する」@下北沢レディ・ジェーン(6.26)
6月26日(日)午後7時半スタート、下北沢のライブバー〈レディ・ジェーン〉で現代朗読の野々宮卯妙と即興ピアノ小説家の水城ゆうによるライブです。朗読テキストは水城の書きおろし新作の予定。

2016年6月12日日曜日

共感おはなしカフェとボイスセラピー講座

今週は共感的コミュニケーションと、それを体系の一部に組みこんだボイスセラピー講座がつづきました。

月曜日はオンライン共感カフェを、夕方と夜のふたコマ。
翌火曜日には、やはりオンラインで共感喫茶的研究会(仮称)を開催しましたが、いずれも初めてオンラインで参加した人が、
「なあんだ、こんなに簡単で便利なものだったのね。もっと早く使えばよかった」
と述懐していたのが印象的でした。

そうなんです、オンラインでの参加をなんらかの理由でしぶっていた人も、いったん試してみると、その気軽さを実感して、もっと早く試してみればよかったと後悔することがほとんどなのです。
とくにパソコンでネットを使っている人にそういうケースが多く、Macだったらカメラやマイクが本体についてますが、そうでないパソコンを使っていた人はカメラやマイクを外付けにする必要があったりして、敷居が高いようです。
逆に、スマホやタブレットでネットを利用していた人は気楽にオンラインで参加してくれるのです。

しかし、いずれにしても、実際に試してみると、じつにあっけなく簡単なのです。
なにしろ自宅にいながらにして、ビールでも飲みながら、どうせ上半身しか写らないから気楽な格好で、しかも遠隔地からも簡単にネットミーティングができてしまうのです。
もっとみんなに利用してもらえるといいな。

次回オンライン共感カフェは13日(月)夜の開催です。
ご案内はこちら。

オンラインでの共感喫茶的研究会のあとは、下北沢の〈かまいキッチン〉まで出向いて、こちらはリアルな対面での共感おはなしカフェ。
その初回、お試し開催で、オーナーのクミさんとそのお友だちふたりが参加。
みなさん、共感的コミュニケーションは初めてとのことで、最初はそれほど乗り気でなかった人もしだいに身体を乗りだして、最後はご自分の問題やできごとを熱心に話してくれたのはうれしかったです。

かまいキッチンでの共感おはなしカフェは、今後、毎月一回、定期的に開催することになりました。
次回は7月14日(木)の15時からで、2部制です。
ひとコマ60分を2回やりますが、ひとコマだけの参加でもオーケーです。
ご案内はこちら。

水曜日は午前からボイスセラピー講座を開催しました。
熱意ある参加者のおかげで、私も音読療法の今後の展開についてちょっと熱い思いが湧いてきています。
がんばろうっと。
ボイスセラピー講座の次回開催は、7月6日(水)です。
ご案内はこちら 。

その夜は三軒茶屋の〈カフェ・オハナ〉まで行って、共感カフェ。
参加予定の人が何人か、急に来れなくなった代わりに、初参加という人がおふたり参加してくれました。
こちらも熱い学びが進んだ上、最後には野々宮卯妙が夏目漱石の「夢十夜 第七夜」を朗読してミニライブをおこないました。

カフェ・オハナでは8月2日にまたやります。
そして野々宮卯妙の朗読と私のピアノによるライブ公演、そしてワークショップが、今月3回あります。
よかったらぜひ聴きに来てください。

◎「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前キッドギャラリー(6.18)

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)

◎ののみずライブ「蟷螂の孵化する」@下北沢レディ・ジェーン(6.26)

2016年6月11日土曜日

映画:特捜部Q 檻の中の女

2013年公開のデンマーク映画。

デンマーク?
デンマーク!
デンマーク映画って、とくに記憶がないけれど、この映画はなかなかのクオリティですよ。

あ、「バベットの晩餐会」はデンマーク映画か。
ほかにも「奇跡の海」「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ドッグヴィル」もそうなのか、ふむふむ。

主人公は叩き上げだけどかなりのやり手の刑事。
しかし、やり手が行きすぎてミスを犯し、部下をひとり亡くし、もうひとりも全身麻痺の寝たきり状態に。
そのために自身も未解決事件の書類整理をするだけの閑職に追いやられてしまいます。
その部署が、無理やり作られた特捜部Q。

そこへやってくるアラブ系のあたらしい相棒がいい味を出してますが、主人公も「人相の悪いことここに極まれり」といった、終始しかめっつらの悪人づらの男で、これもなかなかの性格俳優です。

映画全編を覆う陰鬱な空気は北欧映画ならではなのでしょうか。
書類整理だけしていればよかったのに、彼らはある事件に目をつけます。
それはひとりの女性が行方不明になって結局見つからず、捜査も打ち切られて迷宮入りした事件です。
主人公たちは女性がまだ生きているのではないかと気づき、勝手に捜査をはじめてしまいます。

わずかな手がかりを追いながら探っていくうちに、すこしずつ事件の真相に迫っていくんですが、なにしろ勝手操作なので違法ぎりぎりのことをやったり、隣国の警官をだましたりして、そのことが上司に伝わります。
何度か捜査中止命令を受けるのですが、無視。
最後には警察手帳を取りあげられ、停職となってしまいます。
しかし、捜査をやめないのです。

このしつこさ、性格の悪さが、主人公の魅力だといえるでしょう。
まったく現代的でない、古臭いタイプの刑事なんですが、そこに魅力を感じるのは彼に正義を感じるからでしょうか。

映画の原作はユッシ・エーズラ・オールスンという作家の小説ですが、オールスンは特捜部Qをシリーズ化して書きつづけているようです。
また映画も続編「特捜部Q キジ殺し」が公開されたようです。
まだ観てませんが、観てみたいかも。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。

2016年6月9日木曜日

昭島K-Studioで韓氏意拳養生功の講習会、楽し

6月5日、日曜日の午後、東京・昭島市にある駒井雅和中級教練のK-Studioまで、韓氏意拳の養生功講習会に行ってきました。
午後のレギュラークラスとショートクラスのふたコマを通して、じっくりと稽古してきました。

私はちょうどプチ断食中で、体調はとてもよく、身体も軽かったので、養生功の通し稽古はいっそう気持ちよくおこなうことができました。

プチ断食というのは、完全断食とはちがって、1日1食は軽くいただきます。
朝食は抜き。
昼に1食、なるべく軽いものを少しだけいただきます。
そのあと寝るまでなにも食べないんですが、飲み物は自由です。
とくに野菜ジュースなど推奨とのことですが、できればこれもオーガニックなものがいいですね。

それはともかく、K-Studioにはひさしぶりに行きましたが、現代朗読の「朗読生活のススメ」コースに参加されている藤田さんとご一緒にしたので、すこし早めにもより駅で待ち合わせし、のんびり散策しながら行ったので、このあたりの風景や家並をたっぷり堪能しました。

東中神の駅から多摩川に向かって丘陵地帯を降りていくんですが、古い農家だと思われる敷地の広い旧家が多く、「ここ、東京?」と思うほどの独特の風景があって、楽しかったのです。
駅周辺は商店街もさびれきった地方都市の駅前みたいな雰囲気ですが、多摩川のほうにちょっと行くと古い農村の名残があって、おそらく江戸時代以前までさかのぼれるような歴史ある地域なのでしょう。
また今度、ゆっくり散策してみたいものです。

そんな準備運動めいた散歩のあと、稽古した養生功は、駒井先生のわかりやすい解説付きで、気づきの多いものでした。
韓氏意拳は技撃と養生功に分かれているんですが、これは方便であって、実際におこなうことはほぼおなじです。
つまり、自然な緊迫感のある「状態」にはいって運動をおこなうとき、そこにどのようなものがもたらされているのか把握し、見ていく、というものです。
技撃ではその緊迫感がより緊密になりますが、養生功でも身体のまとまりや連携を見ていくという点ではおなじです。

ただ、養生功の運動は、全身を無理なくまんべんなく動かすような形がいくつも用意されているので、技撃の站椿功などにくらべてより運動しているような感じがあります。
慣れないとその動きにばかり気をとられて、肝心の「養生」にはなかなかならないんですが。
これもひとりで日常的に稽古をつづける必要がありますね。

韓氏意拳の稽古体系はほんとうによくできていて、技撃でも形体訓練という動きのある稽古と、站椿という動きのあまりない稽古を混ぜながらおこなえるし、さらには養生功のようなもっと動きのある稽古をはさむこともできます。
そしてそれぞれが相関していて、個人的に稽古の深まりを持てるのです。

養生功の健身功は私も毎週自主稽古を羽根木でおこなっていて、その動きはほぼすべてわかっていますが、あらためて駒井先生から稽古をつけてもらうとあらたな気づきがたくさんあって、さらに深く楽しい道が見えてきました。
駒井先生には、暑さがゆるんだ秋口くらいに、また羽根木の家で養生功の講習会をやっていただこうとかんがえています。

その前に、今週末の日曜日・12日午前には、羽根木の家で内田先生による「身体表現者のための韓氏意拳講習会」をおこないます。
みなさん、どうぞいらしてください。

◎身体表現者のための韓氏意拳講習会(6.12)
羽根木の家で「身体表現者のための」という切口で、内田秀樹準教練による韓氏意拳講習会を6月12日(日)に開催します。身体表現をおこなっている方、関心のある方など、どなたも参加できます。

2016年6月8日水曜日

映画:キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー

2011年公開のアメリカ映画。
監督はジョー・ジョンストン。
スター・ウォーズなどの視覚効果アーティストとしてキャリアを積んだ人で、その後映画監督に。
ま、どうでもいいです。

私は先に「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」のほうを見ちゃったんですが、こちらのほうがマーベル・コミックのアメリカン・ヒーローであるキャプテン・アメリカの実写版映画としての第1作となります。

マーベル映画というのはコミックを原作とした実写シリーズで、これの前に「アイアンマン」「インクレディブル・ハルク」などがあって、このあとの「アベンジャーズ」に総出演してます。
「アベンジャーズ」のレビューは後日あらためて(すでに観てます。ほんとにバカ映画だけど)。

先に観た「ウィンター・ソルジャー」では、現代というかちょい未来の世界で活躍するキャプテン・アメリカが主人公なんですが、なんで第二次世界大戦以前から活躍していたキャプテン・アメリカが現代にいるのかということの伏線になっているのが、この映画です(ややこしい)。
なので、この映画はおもに第二次世界大戦中のアメリカ、ヨーロッパが舞台です。
ようするに、ナチスドイツとの戦いですね。

キャプテン・アメリカになる前の主人公スティーブ・ロジャースはひ弱な青年で、志願しても戦線に行くことができません。
しかし、その心意気を知り、かつ「弱い人間しかパワーを持ったときの謙虚さを持てない」みたいなコンセプトで、彼が選ばれてキャプテン・アメリカに(血清操作で?)なるわけです。
見所は、キャプテン・アメリカになったあとの、上背もあって筋骨隆々とした彼ではなく、その前のひ弱なスティーブをどのように加工して映像にしたのか、というところですね。
身長も低く、筋肉もないスティーブを、たぶんCG加工で表現したんでしょうね。

親友バッキーの死とか、いろいろ次作「ウィンター・ソルジャー」につながるエピソードもあるんですが、基本的にバカ映画特有のめっちゃ金かけてるぜ的なアクションと破壊シーンを楽しんでいただきましょう。
いや、キャプテン・アメリカが戦争キャンペーンに狩りだされて、美女たちとショーを展開するシーンも、けっこう楽しめます。
このあたり、反戦メッセージと取れないこともないですが、たぶんそれはかんがえてないですね、監督も。

ラストシーンは、冒頭のシーンにつながるんですが、第二次大戦のこの戦いで墜落死したはずのキャプテンが、カナダの氷土の下から発見されて、次作につづく、みたいな。
うまくオーディエンスから金を巻きあげるシステムが完成されていて、ずるいよね。

◎身体表現者のための韓氏意拳講習会(6.12)
羽根木の家で「身体表現者のための」という切口で、内田秀樹準教練による韓氏意拳講習会を6月12日(日)に開催します。身体表現をおこなっている方、関心のある方など、どなたも参加できます。

2016年6月6日月曜日

2016年6月の水城イベント

今月はイベントが多くて、ぜひみなさんにも知ってもらい、できれば来ていただいたり参加してもらえるとうれしいので、以下、分類してご案内します。
どこかでお会いできると幸せです。

◆すべての方へ

◎「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前キッドギャラリー(6.18)
ともに深く、ことば、静寂、音、そして空間とご自分の存在そのものをあじわうこと。ご来場いただいたみなさんにある種の「体験」を提供する試みです。14時からと18時からの2回公演。

◎福井県立病院・初夏のピアノコンサート(6.21)
2016年6月21日(火)午後1時半から、水城ゆうのピアノコンサートが福井県立病院で開催されます。初夏の童謡・唱歌などの懐かしいメロディーやオリジナル曲を自由なアレンジでお送りします。無料。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。

◎ののみずライブ「蟷螂の孵化する」@下北沢レディ・ジェーン(6.26)
6月26日(日)午後7時半スタート、下北沢のライブバー〈レディ・ジェーン〉で現代朗読の野々宮卯妙と即興ピアノ小説家の水城ゆうによるライブです。朗読テキストは水城の書きおろし新作の予定。


◆人間関係や自分自身とのつながりに問題を感じている方へ
 共感的コミュニケーション、NVCについて学びたい、体験したい方にも

◎6月開催:水城ゆうのオンライン共感カフェ(6.6/14/27)
自宅や好きな場所にいながらにして気軽に参加できる、ネットミーティングシステム(zoom)を利用した共感的コミュニケーションの60分勉強会、6月の開催は6(月)16時と20時、14(火)20時、27(月)20時です。

◎カフェ・オハナ(三軒茶屋)で共感的コミュニケーション(6.8)
6月8日(水)夜7時半から、恒例の三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉での共感的コミュニケーション・ワークショップを開催。朗読と音楽のミニライブ付き。参加費1,000円+ワンオーダー。

◎草加〈Jugem〉共感カフェ(6.10)
6月10日(金)の夜、草加の天然石ブレスレット専門店〈Jugem〉にて共感的コミュニケーションのスキルを身につけるための勉強会を開催します。リピーターはオンライン参加も可。

◎共感カフェ@下北沢ステイハッピー(6.13)
下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェ、昼開催は6月13日(月)15時から。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

◎親密な関係における共感的コミュニケーションの勉強会(6.14)
共感的コミュニケーションでもとくにやっかいだといわれている親密な関係であるところのパートナーと、お互いに尊重しあい、関係性の質を向上させるための勉強会を6月14日(火)夜におこないます。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。

◎共感おはなしカフェ@羽根木の家(6.29)
6月の羽根木の家(世田谷の古民家)での共感的コミュニケーションの勉強会・共感おはなしカフェは、6月29日(水)19~21時です。


◆呼吸法や声、音読を使った心身の健康法に興味がある方へ
 音読療法について学んだり体験したり資格を取得したり

◎ボイスセラピー講座(6.8)
6月8日(水)10:00-15:00は羽根木の家で音読療法協会のボイスセラピー講座です。呼吸、声、音読を使っただれにでもできるセラピーで、自分自身と回りの人を癒してください。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。


◆朗読や表現に興味がある方へ

◎体験参加可「朗読生活のススメ」(6.4/11/18)
すべての人が表現者へと進化し、人生をすばらしくするために現代朗読がお送りする、渾身のシリーズ講座ですが、単発の体験参加も可。6月4日(土)のテーマは「ネット時代の朗読のお仕事/自分コンテンツを作る」。

◎朗読表現基礎ゼミ(6.4/11)
従来の朗読とはまったく異なったアプローチで驚きを呼んでいる「現代朗読」の考え方と方法を基礎からじっくりと学ぶための講座。6月4日(土)のテーマは「演じるのか?/セリフの扱い/朗読と演劇」。単発参加も可。

◎身体表現者のための韓氏意拳講習会(6.12)
羽根木の家で「身体表現者のための」という切口で、内田秀樹準教練による韓氏意拳講習会を6月12日(日)に開催します。身体表現をおこなっている方、関心のある方など、どなたも参加できます。

◎「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前キッドギャラリー(6.18)
ともに深く、ことば、静寂、音、そして空間とご自分の存在そのものをあじわうこと。ご来場いただいたみなさんにある種の「体験」を提供する試みです。14時からと18時からの2回公演。

◎ののみずライブ「蟷螂の孵化する」@下北沢レディ・ジェーン(6.26)
6月26日(日)午後7時半スタート、下北沢のライブバー〈レディ・ジェーン〉で現代朗読の野々宮卯妙と即興ピアノ小説家の水城ゆうによるライブです。朗読テキストは水城の書きおろし新作の予定。


◆小説や文章を書いて人に伝えることに興味がある方へ

◎6月開催の次世代作家養成ゼミ(6.5/12/25)
身体性にアプローチするという斬新な手法でテキスト(文章/文字)を使った自己表現を研究するための講座。オンライン(zoomシステム使用)のみのクラスで、単発参加も可。

2016年6月5日日曜日

共感シャワーを浴びる、浴びせる

月に4回開催している「水城ゆうのオンライン共感カフェ」は、自宅にいながらにして気軽に参加できる60分間限定の共感的コミュニケーションの勉強会というかお話会ですが、だいたいにおいて参加者は少人数です。
2、3人から、多くても5人くらいということがほとんどですが、ときにはひとりしかいないということもあります。
そういうときは個人セッションのような感じになります。
日頃気になっていることや悩んでいることをじっくり聞いたり、共感的コミュニケーションの疑問にゆっくり答えたりします。

先日は何度か参加してくれている人がひとりだけだったので、それまでに扱った問題のその後の経過を聞かせてもらったり、いま現在、ご自分の問題だと感じていることについていっしょに解決法をさぐったり、実際にプラクティスをやってみたりしました。
そして時間も終わりに近づいてきたとき、彼女がいいました。

「だれかにちゃんと共感してその人につながるためには、こちらも共感するという感覚をしっかりわかっている必要がありますよね」
「そうだね。自己共感ができて自分につながっている必要があるかな。自分につながって、落ち着いていたりいきいきしていないと、相手にも共感することはむずかしいよね」
「自分への共感が基本だと思うんですが、なかなかだれかから共感されるという経験がふだんは少ないんですよね」

というわけで、最後に彼女の気になっていることについて、私が共感的に聞いてみることを試みることになりました。
だれかに存分に共感する、あるいはだれかからたっぷりと共感的に聞いてもらうことを、共感シャワーを浴びせる/浴びる、というようないいかたをすることがあります。
共感酸素を供給する/供給される、ともいいます。

彼女がかかえている個人的な問題について、共感的に聴きながらニーズをいっしょにさぐっていくと、彼女が大事にしているいくつかのことが明確になってきました。
そのプロセスを経ると、たいていの人は落ちついたり、涙があふれてきたり、あるいはいきいきと元気になったりするのです。
つまり、自分自身につながります。

翌日、彼女からメールがとどきました。
「共感の原点を味わえました! 疑問も解決できて、今日は少しだけイキイキした自分に気づけました」
お役に立てて私もうれしい気持ちになりました。

最近の私の共感カフェは、共感的コミュニケーションを学ぶ場という面ももちろんあるんですが、安心して聴きあえたり、共感シャワーを浴びたり、といったお話会のような場にもなっています。
日頃なにか気になることがあったり、問題を抱えていたりする人は、共感カフェに参加してみてください。

それとは別に私は個人セッションも受けています。
ボイスコーチングという枠で、さまざまな個人的な問題に対処するアドバイスやプラクティスを提供していますので、ご利用いただければと思います。

◎水城ゆうの新刊電子ブック『共感的コミュニケーション2』(Kindle)発刊しました。前著の第2弾となるエッセイとして読みやすく、日本語で書かれているNVCの本。Kindle版のみ、価格250円、プライム会員無料。
こちらからどうぞ。

2016年6月4日土曜日

本:『共感的コミュニケーション2』(Kindle)発刊しました

前著『共感的コミュニケーション』の第二弾が電子ブック・Kindleで発刊しました。

第一弾『共感的コミュニケーション』は予想を超える多くの方に読んでいただき、いまでもたくさんのリアクションを日々いただいています。
共感的コミュニケーションはアメリカの心理学者、マーシャル・ローゼンバーグによって提唱され体系化されたNVC(Nonviolent Communication)を、いくらか噛みくだき、とくに言葉使いなどを日本人にも使いやすくすることを目的に整理したもので、日本語で書かれたNVCの解説本として読んでいただくことも多いと聞きます。

しかし、基本的に、著者の勉強会やボイスコーチングセッションで出てきた問題や、日常生活のなかで遭遇するエピソードについて考察した、随筆形式の軽い読み物として読んでいただくことを望んでいます。

Kindle版のみの発売となります。
価格250円です。
こちらからどうぞ(画像をクリックしてもジャンプします)。

2016年6月3日金曜日

映画:2012

2009年公開のアメリカ映画。
制作費、約220億円。
監督はローランド・エメリッヒ。

エメリッヒといえば、いわずと知れた巨額予算バカSFハリウッド映画の巨匠ですね。
「インディペンデンス・デイ」をはじめ、「デイ・アフター・トゥモロー」「ホワイトハウス・ダウン」などが有名だけど、私は1994年の「スターゲイト」なんか割と楽しめた記憶があります。
好きだったかも(過去形)。

ところで、よく、
「そういうバカ映画、いつ見てるんですか」
という質問を受けることがあります。
暗に「そんな暇どこにあるの?」とか「もうちょっと生産的なことすればいいのに」というメッセージを感じないでもないけれど、まじめに答えると、バカ映画を見るのは夜です。
私は早い時間から仕事をはじめて、日中にはあがってしまいたいのです。
夜にゼミや講座やライブ、人と会う予定がないときは、安物のウイスキーをちびちびやりながらおもむろにバカ映画をひもとくのです。

この「2012」はマヤ暦がこの世の終末を予言していることにもとづいて作られたストーリーで、太陽活動の異常な活性化によって地球の核が変動をきたし、マントルが急激な大移動を始める、という設定になっています。
設定はなかなかうまいですね。
でもバカですね。
だって、2016年現在、世界はまだ滅亡してません。

この映画の最大の見所はストーリーでも役者でもなく、街や風景の大破壊シーンでしょう。
巨大津波シーンも出てくるので、要注意です。
巨大といっても、10メートル20メートルとかいう程度のものではなく、1000メートルとか1500メートルという規模のなので非現実的なんですが、そこはCGでかなりリアルに処理されています。
海や波や地割れや地滑りといった自然災害が怖い人は、かなり覚悟して見たほうがいいですね。
人もガンガン死にます。
それも億単位で。

ストーリーはまあ陳腐なもので、たぶん人類が何十億人も死ぬ一方で、箱舟の故障をなおすたったひとりの男の命に一喜一憂するという、そのバランスはどうなのよというツッコミどころ満載です。
この規模の災害はともかく、しかし我々人間はいつどのような想定をこえる自然災害に見舞われるかわからない運命を生きているわけであって、そういう覚悟の上で日々どういうふうに生きるのか、ということをかんがえさせられないことはないかもしれない、そうでも書いておかないとおれの時間を返せ的なこの虚脱感はどうすればいいのよ、という、まわりくどくとってつけたような感じでこのレビューの筆を置きたいと思います(筆は使ってないけど)。

◎音楽瞑想ワークショップ@世田谷新代田(6.25)
ピアニスト・小説家の水城ゆうが長年かけて「音楽瞑想」として結実させたワーク。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を、よりわかりやすく楽しめる形で提供します。6月25日(土)午後、会場は新代田駅近く。

ジャッジやエネミーイメージを手放したくないとき

だれかの悪口をいったり、あなたはこうだよねと決めつけたり、あの人は苦手とかあの人から嫌われてるとかいうジャッジは、ときに快感であることがあります。
他人の批判を口にするのは気持ちいいのです。
たぶんそれは、自分の正当性を確保できるような気がするからでしょう。

なので、人はだれもが自分は正しい、他人はまちがっている、ということを確認したいものです。
自分がまちがっているかもしれない、ということを認めたくありません。
自分がまちがっていることを認めるのは、自分の安全・安心をおびやかされるような気がします。

人を攻撃したり、決めつけたりするのは、自分の安全・安心のニーズから生じる行為であり、それをおこなうことでちょっと安心したり、気持ちよかったりします。
しかし、それは偽の安心だし、ほんの一時的な快感にすぎません。
でも、そこにも自分のニーズがあることを受けいれ、否定する必要はありません。
ただし、それを相手に直接ぶつけると、対立を生むことになります。

自分のなかや、信頼できる仲間と、ジャッジやエネミーイメージを共有して、存分に毒を吐いてみること。
それを楽しんでみること。

存分に楽しんだら、共感の世界に移行しましょう。
自分のニーズにつながり、そして相手のニーズを推測してみます。
ジャッジを手放し、相手にたいするエネミーイメージを払拭してみましょう。

共感の世界に移行できない人は、いつまでもジャッジとエネミーシメージのほの暗い快感にすがりつくことになって、対立と暴力の窮屈で苦しい世界に沈み、閉じこめられてしまうことがあります。
人と人が共感的につながる、やわらかくあたたかな、広々として心もちのする世界へと、すべての人が移行できることを、共感的コミュニケーションはめざしています。

◎親密な関係における共感的コミュニケーションの勉強会(6.14)
共感的コミュニケーションでもとくにやっかいだといわれている親密な関係であるところのパートナーと、お互いに尊重しあい、関係性の質を向上させるための勉強会を6月14日(火)夜におこないます。

2016年6月1日水曜日

映画:キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー

2014年公開のアメリカ映画。
制作費200億円、巨額予算(にもかかわらず)バカハリウッドSF映画をレビューするシリーズ、です。
あとで知ったんですが、2011年公開の「キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー」の続編だそうです。
まだ見てない、それ。

原作はアメリカンコミックの「マーベルコミックス」で人気の漫画「キャプテン・アメリカ」で、それを実写化したものです。
映画のなかでキャプテンは現代社会に生きていますが、どうやら設定があって(前作を見ればわかるのかな)、第二次大戦前に生まれてかつても活躍していた、いまは90何歳という年齢だけど若々しい肉体を持った不死の人間的なキャラクターとして描かれています。
演じるはクリス・エヴァンス。知らね。

相方のブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフを演じるのは、スカーレット・ヨハンソン。
こちらは有名ですね。
ほかにも、サミュエル・L・ジャクソンが長官役で登場。
そして、悪役でロバート・レッドフォードが出てきたのにはちょっとびっくり。

私はレッドフォードがけっこう好きで、最近のものだとスパイ映画「スパイ・ゲーム」とか、役者が彼ひとりしか出てこない低予算の「オール・イズ・ロスト」など、けっこうしびれます。
これらも近いうちにレビューしますが、この「キャプテン・アメリカ」ではまあよくこんな役を引きうけたな、と。
気になる人は見てみてください。
それにしても、順調に年を取ってるなあ、彼も。

ストーリーはけっこう練られている感じがあって、とにかく主人公とか味方がどんどん追いこまれていって、厳しい危機の連続、これ、どう起死回生するんだと心配するけれど、最後はきっちりハリウッド映画的に、まあご都合主義といえばそうなんだけど大仕掛けがあって大逆転というシナリオはお約束ですかね。
とにかくアクションシーンもCGもものすごくて、そっち方面が好物の方にはたまらない映画でしょう。私も好きだが。

しかしまあ、文字どおり「漫画」ですよ。
原作がコミックなんだから当然といえば当然なんだけど、映画を観るときにまで「現実」を見たくない人は、この映画はうってつけのうさ晴らしになるかもしれません。
ひょっとして、最近のハリウッド映画は「漫画作り」に専念しているのかもね。

◎アマゾンKindleストアで水城の著書が続々とリリース
『秘密』『桟橋』『ストリーム』『共感的コミュニケーション』『原発破壊』、ほかにも続々とリリース予定です。一度ご覧ください。

2016年5月31日火曜日

社会と言語活動の関係

言語活動は私たちが人として社会的生活をいとなむために不可欠のものです。それゆえにそれはある「型」や「ルール」を私たちにもたらしています。その型やルールが私たちの純粋な表現の質にあたえる影響を検証してみる必要があります。朗読表現において、私たちの純粋な表現欲求と社会性をどのようにとらえればいいのか、どのように扱えばいいのか、かんがえてみます。

ことばを使ってコミュニケーションをおこなう、ことばを使って表現する、ことばを使ってさまざまなことを学ぶ、ことばを使ってものごとをかんがえる……このような言語活動は、私たちがヒトとして社会生活をいとなむために不可欠なものです。
もちろん、朗読も言語活動の一種です。

私たちは生まれ落ちたときから、人が話すのを聞き、ことばを理解しようと耳を傾けはじめます。
最初は混沌とした音のかたまりにしか聞こえなかったことでしょう。
赤ちゃんがお母さんの話している声に集中し、懸命に聴いている姿を、だれもが見たことがあるでしょう。
記憶にはありませんが、私もそのようにしていたはずです。

混沌とした音群のなかから、すこしずつパターンを聞き分け、それがある種の意味を持っていることを察知していきます。
そして徐々にことばを認識し、自分でもそれを発語する練習をはじめるのです。

ことばを認識し、話すようになるというのは、ひとつの型をおぼえる稽古といっていいでしょう。
ダンスでも音楽でも、あるいはスポーツでも、ひとはある種の型を稽古することで身につけ、上達していきます。
言語活動もおなじです。
私たちは生まれて以来、現在にいたるまで、繰り返し、毎日、その型稽古をおこなっているといってもいいでしょう。

それはそれで社会生活をおこなうために必要なことですが、その「型」は社会の共通項であるがゆえに人の「個性」を拒否します。
「型」にはその理想形があり、そこをめざせばめざすほどオリジナリティは消えていきます。
ことばによる伝達のプロであるアナウンサーがみなおなじような感じがするのは、そのせいです。

言語の持つ「型」という社会性を踏みはずさない範囲で、どこまで自分のオリジナリティを表現できるか。
オリジナリティというのは自由な生命活動そのものといってもいいでしょう。
私たちは社会の型に自分をはめこむことができると同時に、それ以前に存在している気ままでのびやかな生命活動を持っていて、そのことにどこまで気づいていられるか、ということがいきいきと予測不能で多様な表現行為をもたらしてくれるのです。

現代朗読では、ときにその「型」をぎりぎり踏みはずすキワまで進入することがあります。
つまり、「なにをいっているのかわからない」という表現を取ることもあります。
そのときになにが垣間見えるのか。
なまの生命活動のようなものが表現されることもあります。
朗読がそもそも音声表現であり、音楽のようでもあり、さらには身体表現そのものであるということに気づかされる瞬間でもあります。
そのとき、言語活動であるはずの朗読表現が、社会性から遠ざかってきわめて個人的な生命の表現となるのです。

◎「朗読生活のススメ」コース全10回、2016年7月スタート(7.2)
すべての人が表現者へと進化し、人生をすばらしくするために現代朗読がお送りする、渾身の全10回講座が、7月からあらたにスタートします。単発の体験参加も歓迎です。


2016年5月30日月曜日

映画:ターミネーター:新起動/ジェネシス

2015年公開のアメリカ映画。
監督はアラン・テイラーという人で、初めて名前を聞いたが、人気テレビシリーズの監督としてたくさん仕事をしている人みたいです。

いわずと知れたシュワちゃんで有名になったシリーズもので、これの前に「4」まであって、巨額予算(にもかかわらず)バカハリウッドSF映画が好物である私は、もちろん全部観てます。
最初の「ターミネーター」と「ターミネーター2」はジェームズ・キャメロンが監督で、それぞれ1984年1991年の公開なんですね。
そんなに昔だっけ。

この「ジェネシス」にもキャメロンが関わっていて、しかしノーギャラの友情出演(出てないけど)的な感じらしいです。
シュワちゃんが出演を引きうけるにあたって、キャメロンが関わることを助言したとか、要求したとか、なんかそういう話らしい。

ストーリーはちょっとややこしいです。
そもそもタイムパラドックスもので、論理が入り組んでいたり、そもそも破綻してるじゃないのという意見もあるなか、「ジェネシス」では4までとは世界設定がちがっていて、救世主のジョン・コナーの母親であるサラの子ども時代に起きたある事件がもとで、4までとは歴史が変わってしまった世界が舞台となっています。

タイムマシンによって歴史を変えようとするスカイネットと人間の戦いという設定を、さらにそもそもすでに歴史が変わってしまった世界で最初からターミネーターにタイムスリップ先で待ちかまえられているというややこしい話で、まあその分、アクションや破壊シーンはたっぷりとあるわけです。
映画のなかでものが壊れる、街が破壊される、ものすごい暴力がふるわれる、ということである種の爽快感を覚えることがあるのを、私は否定しません。
現実世界でそんなことが起こったらごめんだけど。

襲ってくるターミネーターはT-1000という、液体金属でできていてどんなものにでも姿を変えられるおそろしいやつがメインですが、さらにT-3000という進化形のやつも登場して、危機につぐ危機というストーリー展開です。
それに立ちむかうのは、こちら生身の人間とT-800という旧式のターミネーター(シュワちゃん)。

シュワルツネッガーが妙に若い顔から老人に近い年齢までの設定で出てきますが、これはシュワちゃんの若いころの顔をCGで役者に貼りつけて表現したもので、なんでもありだな、CG。
いっそ全部CGでいいじゃん、といいたくなるのが最近の傾向ではあります。

サラ・コナー役のエミリア・クラークという女優がちょっとぐっとくる感じで、小柄ながらボリューミーなボディが男性観客の消化を助けることでしょう(生唾いっぱい)。

なんとこの映画、3部作の1作めということで、あと2作、続編があるわけですね。
「スターウォーズ」にせよ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にせよ、巨額の収益システムとしてまだまだハリウッド映画は機能しているということでしょうか。
制作費は170億円くらいだそうです。

◎カフェ・オハナ(三軒茶屋)で共感的コミュニケーション(6.8)
6月8日(水)夜7時半から、恒例の三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉での共感的コミュニケーション・ワークショップを開催。朗読と音楽のミニライブ付き。参加費1,000円+ワンオーダー。