多摩総合医療センターで看護相談というのを受け、今後どのようにするのがいいのか、いくつかの提案をもらった。
医療センターは治療のための病院なので、治療をしない、という選択をした患者に対してはやれることがなくなる。
と書くと非常に冷たいようだが、病院の機能がそのようになっている西洋医学の医療としては、当然のことなのだろう。
しかし、治療をしない選択をしても、病状は進行するし、苦痛もあるので、それに対処するための機能をそなえた施設がある。
緩和医療とかホスピスと呼ばれている。
とくにホスピスは在宅で対処できなくなった患者が入院する施設で、待機患者が多い。
そのため、看護相談ではいまのうちから早めに患者として登録しておいたほうがいいとアドバイスされた。
ホスピスだけでなく、訪問医療や訪問看護をおこなっている近所の医療施設ともつながっておいたほうがいいといわれた。
介護保険の申請もしておくといい、とも。
「終わり」に向かって急にものごとが動きはじめた観が、私にしてみればある。
病院にしてみればよくあることなのだろうが。
実際の生活は、痛み止めの薬が手放せなくなったほかは、とくに支障がない。
疲れやすくなったとか、強度のある運動ができないとか、人ごみのなかへは出かけにくくなったとかあるが、まだ自分のペースで活動はできている。
■オーディオブック、朗読研究会、現代朗読協会
ケータイ電話向けのテキストコンテンツを製作・配信する会社としてスタートしたアイ文庫は、まもなくラジオ番組の製作・配信会社へと方向転換した。
しかしそれだけでは充分な収益はなかったので、ほかにも収益確保の道を模索しつづけていた。
そのひとつが、オーディオブックの製作だった。
どっちみちラジオ番組を収録しているんだから、朗読本を収録してネットコンテンツとして配信・販売してはどうか、ということだった。
高橋恵子さんをメインパーソナリティとしてスタートしたラジオ番組だったが、そのうち独自番組も作るようになった。
が、出演者にギャランティーが払えるほどの収益はなかった(というよりほとんど持ち出しだった)ので、高橋さんに声優やナレーターの新人や卵を紹介してもらって、勉強や経験のためにノーギャラでもいいという人たちに出演協力してもらった。
番組は音楽だけでなく朗読のコーナーも好きなように作った。
新人や卵のなかには相当読める者も何人かいて、そういう人に声をかけてオーディオブックの収録にも協力してもらった。
最初はみじかい小説やエッセイを、やがて長編小説にも挑戦するようになっていった。
いずれも著作権の切れた古いテキストばかりだったが、たとえば夏目漱石の作品などはなかなか読みごたえ・聴きごたえのあるオーディオブックになった。
「文鳥」「変な音」「坊っちゃん」「夢十夜」「吾輩は猫である」といった漱石作品を皮切りに、芥川龍之介や太宰治らの作品を次々と収録していった。
これを「アイ文庫オーディオブック」としてブランド化し、たんなる「耳で聴く本」ではなく、朗読者の表現クオリティを追求した「朗読作品」としてリリースする、また編集や音楽もオリジナルを用いて高いクオリティを確保することを心がけた。
ちょうどそのころ——2005年ごろ——アメリカからアップル社の iPod と iTunes music store という「黒船」が日本に上陸し、大騒ぎになっていた。
その影響のひとつとして、オーディオブックを製作する会社が次々と生まれていたのだが、アイ文庫はどこよりも表現クオリティを重視していて、独自の存在感を持っていたと思う。
そういった表現クオリティを確保し、さらに磨きをかけるためには、朗読者の独自育成にも関わりを持たざるをえなかった。
まずはナレーターや声優の卵たちに声をかけ、朗読の研究と実践のための定期的な勉強会を立ちあげることになった。
これが2006年に現NPO法人「現代朗読協会」が生まれるきっかけとなった。