「けじめのニーズ」といいかえてもいい。
なにごとかをやりかけていて、それが中途半端ではなくきちんと最後までやり終え、けじめがつくこと。
まだけじめがつかなくて中途半端になっているなにかがあると、気になる。
心のどこかに引っかかって、気持ちわるい。
そういう経験はないだろうか。
とくに私の場合、末期ガンが見つかり、自分の命が終わりに近づくのを体感するにつれ、このニーズは大きな存在を持ってきた。
そこで昨年2019年はさまざまなことを計画し、みなさんに協力してもらって実現にこぎつけたり、自分でもがんばって終わらせたりして、多くのことに「ひとくぎり」をつけた。
とても満たされた気持ちでいまを迎えているが、まだいくつかひとくぎりがついていないものもある。
そのひとつが、音読療法の活動だった。
音読療法は私と仲間たちが2011年に体系化し、啓蒙普及と社会貢献活動をおこなってきたものだ。
現在、その活動の中心は音読療法士と音読トレーナーがになっている。
私はその育成に力をいれてきたが、なかなか思うように仲間が増えてくれないのが悩みだった。
それでも各地でこつこつと活動をつづけたり、あたらしい音読の場をひらくことに挑戦するトレーナーもすこしずつ増えてきていた。
音読療法士も増えた(といってもまだふたりだが)。
音読トレーナーを養成するための講座は2泊3日の合宿でおこなわれる。
かなりハードな内容とスケジュールなので、体調に不安がある私は昨年末の講座をもって自分が関われる最後だろうと思っていた。
ところが、思いがけず東海地方から参加したいという希望があり、この2月にも開催することになった。
私は講座を受け持つ自信がまったくなかったが、音読療法士の野々宮卯妙にメイン講師をやってもらえるということで、開催が実現した。
おこなってみると、音読療法士による育成講座ができること、参加者それぞれが意欲をもって自分の仕事や生活の場で音読療法を活用してくれるであろうこと、また音読トレーナーがさらに上の資格である音読療法士をめざそうとしてくれていること、などがわかり、私はかなり勇気づけられ、そして安心したのだった。
今後、たとえ私がいなくなったとしても、音読療法の活動が継続し、メンバーが育っていくことが想像できたことが、私の「ひとくぎり」のニーズを満たしてくれたといえる。
この「ひとくぎり」には、より正確にいえば、ただ区切りがついたということだけでなく、「私の手を離れて自律的に存在しつづけてくれる」ということも含まれている。
私がこの世からいなくなったとしても、仲間が活動をつづけ、音読療法が人々の生活の役に立ちつづけていくかぎり、私の存在の痕跡がそこにあると(いまは)思える。