私が「水城雄」という名前で商業作家デビューしたのは1986年のことでした。
福井の片田舎に住んでいて、2年近く前に送りつけた原稿のことなどすっかり忘れてピアノの先生とかラジオ番組の制作を手伝ったりしていたんですが、いきなり徳間書店から電話がかかってきたときにはびっくりしました。
当時、自分の本を出す、ましてや有名出版社から小説を出版する、などというのは夢のまた夢のようなことで、さすがの私も狂喜乱舞したことをよくおぼえています。
つい最近までそうだったのです。
自分の本を出すというのは、新人賞やコンテストで入賞するか、出版社にコネがあるか、あるいは原稿を持ちこんで出版交渉するか、たいへん高いハードルがありました。
もし出版できる可能性が出てきたとしても、それが商業出版の場合だと利益をあげる必要があるので、こちらが書いた原稿がそのまま本になることはまずありません。
出版社の意向にそって、あるいは編集者の好みに応じて、書きなおしを要求されます。
私も最初に連絡があってから実際に本が出るまでに、ほぼ一年かかりました。
その後も何十冊という本を出しましたが、書いた原稿がそのまま活字になったことなど、ただの一度もありません。
著者名は私になっているけれど、出版社の編集、出版社の営業、そして流通の意向がそこには色濃く反映されていて、私が思うように書いて出した本は皆無に近いのです。
そんなわけで私は徐々に商業出版の世界と距離を置くようになりました。
私の商業作家デビューは、電子ネットワークの普及がはじまったのと歩を同じくしていて、田舎に住んでいたということもあって私はずっとネットの世界に興味を持ちつづけていました。
1989年ごろには福井の放送局に企画を持ちこんで、地域ネットワーク(地域BBS)のシスオペをやったりしていました。
パソコン通信の急速な普及、そして携帯電話の爆発的普及、さらにはインターネットの普及、そしてスマートフォンの普及とつづき、テキストだけでなく音声、映像コンテンツの流通形態が劇的に変化しつづけていったのです。
ここにいたって、自分の本を出す、ということについても、さまざまに環境が変化しました。
自費出版といってもいいのですが、従来の自費出版とはまったく内容が違うことに気がつく必要があります。
従来の自費出版は、最初に「自費」が必要なのです。
つまり先行投資です。
しかも、自分の本を一冊出すには、ばかにならない金額が必要です。
しっかりした作りの、専門出版社が出すような書籍を一冊作ろうと思ったら、刷り部数にもよりますが、数百万単位の「自費」が必要になることもあります。
最近はだいぶ印刷費が安くなりましたが、それでも500冊とか1000冊とかまとまった部数を刷る場合、それなりの印刷代が必要です。
それだけ先行投資しても、その本が売れるかどうかはまったくわかりません。
だれとも知れぬ者が書いた、おもしろいかどうかわからないような本を、多くの人が買ってくれるでしょうか。
たいていの従来型読者は、著者名とか出版社名であるとか、あるいは広告宣伝を見てとか、書店にならんでいるのを手にとってみて、とかそういう経緯で購入します。
なので、書店流通に乗せてくれる自費出版専門の出版社とか、大手出版社の自費出版部門が繁盛しているのです。
これもまた、そうとうな「自費」が必要になることはいうまでもありません。
ところが、最近出てきた「オンデマンド出版」はこのリスクと負担がありません。
そしてもうひとつ、電子出版との連動もおすすめです。
私がかんがえる「自力出版」の特徴(メリット)をあげてみましょう。
・印税率が高い(最高70パーセント!)
・自分の原稿をそのまま活字にできる。
・紙本にも電子本にもできる。
・流通を通す必要がない(ネット検索で全世界にとどく)。
・絶版がない。
・改訂がすぐにできる。
そのほかにもあるけれど、ここで印税率について押さえておきましょう。
商業出版の場合、印税率は従来10パーセントがほとんどでしたが、これは年々さがる傾向にあって、現在は8パーセントもしくはそれ以下が増えてきています。
出版社側が利益を確保したいために、著者配分率を減らしているのです。
出版社が利益を確保したい理由は、紙本の出版の構造的・慢性的な不況にくわえて、たいていの出版社が古い体質から抜けだせずに経営構造を改善できていないこと、すなわちいまだに高給をとって著者よりずっと贅沢な暮らしをしている社員たちの給与を維持したい、ということがあります。
ちょっと本音を漏らしますが、私が商業出版から距離を置きたくなった理由のひとつに、こちらが寝る暇も惜しんで必死に仕事して、あげくに微々たる印税をもらって青色吐息で生活しているのに、高級外車を乗りまわし、都心の贅沢なマンション生活を楽しんでいる編集者たちの姿を見て、いやけがさしたということもあるのです。
(この4行、読んだらすぐ忘れてください)
自力出版の場合、印税率は自分で決めることができます。
たとえば電子ブックであるKindle本の場合、印税率を30パーセントもしくは70パーセントから選ぶことができます。
70パーセントというのは大きいですよ。
たとえば定価1000円の本が1冊売れた場合、印税率8パーセントだと著者にはいってくるのは80円ですが、70パーセントだと700円です。
印税率8パーセントだと10冊近く売らなければ、70パーセント印税率と同程度の収益にならないわけです。
逆からかんがえると、70パーセント印税率なら1万冊も売らなくていい、1000部売れればいいのだ、ということになります。
より専門的で読者対象を絞りこんだ(マニアックな?)本を書ける、ということでもあります。
何年か電子ブックの販売を自分でやってみてわかったんですが、最近の読者の傾向があります。
・ネット検索で自分に必要な本をキーワード検索でダイレクトに発見し、ワンクリックで購入する(購買行動の特徴)。新聞広告とか、書店の棚とか、見ない。
・購買者のほぼ全員がスマホかタブレット端末を持っている。
・おなじ内容の本なら、できればかさばる紙本ではなく電子ブックで買いたいと、多くの人が思っている。最近はやりのミニマル生活の影響も大きいかも。
・かさばらないので、安ければ気楽にポチする。ずっと端末かクラウドに置いて持ちあるいて、いつでも好きなときに読めるので、とにかく気楽に確保しておく。
本を書いて自力で出版する側としても、商業出版のような大量消費はねらわないけれど、検索で探しあてて買ってくれる人や、特定のファンを大事に育てることで、一定の収益を確保することは可能です。
月に数万円というオーダーの収益をあげつづけていくことは、とくにプロの書き手でなくても十分に可能でしょうし、やる気があればそれより一桁上の収益をめざすことも不可能ではないと思います。
げんに、あまり知られてはいませんが、特定のマニュアルのような本とか、ごくかぎられた趣味の読者に限定された読み物とか、料理や編み物といった一定の読者に利用される本などで生活を成りたたせているかなりの数の人たちがいます。
そういった「自力出版」について、実際にその場を必要なことを学んだり、作ったり、登録作業をおこなう講座を、来月・7月10日/17日/24日の全3回、いずれも日曜の午前10時から13時に、現代朗読協会「羽根木の家」で開催する予定です。
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自力出版講座(全3回)(7.10/17/24)
だれもが自力で自分の本を出版できるいま、作り方から売り方まで実際の方法をその場で試しながら、全3回終了時には自分の本が一冊完成しているという講座です。7月10、17、24日、それぞれ日曜午前の開催。