2014年4月30日水曜日

今週末は法然院だ!

昨年9月の法然院ライブは、念願がようやくかなったにもかかわらず、台風直撃で、私には残念なことになってしまった。
その顛末はこちらに書いた。

さいわいなことに、ゴールデンウィークの被災地支援イベントに枠を取っていただけたので、リベンジできることになった。
しかも今回は2枠いただいた。

ひとつは音読療法と共感的コミュニケーションのケアワークだ。
被災地でおこなってきた音読療法のケアワークを紹介しつつ、311後のいまの日本でもっとも必要かつ有効なコミュニケーション・スキルである共感的コミュニケーションを紹介できれば、と思っている。

そしてもうひとつは、現代朗読の公演をがっつりやらせていただく。
先日〈サラヴァ東京〉でおこなった「夜と朝をこえて〜繭世界」の群読入りのセットを、先日とおなじ野々宮とげろきょの群読隊でおこなう。
そしてそこに琵琶奏者の片山旭星さんが参入してくれるという、豪華な布陣でのぞむ。

じつはその前日、名古屋で劇団クセックACTの公演をみんなで観ようという、これも恒例となったイベントがあって、5月3日の早朝に丸さんのワゴン車でにぎやかに出発する予定なのだ。
3日の午後、クセックの公演を観て、名古屋でおいしいものを食べて、名古屋泊。
車中はたぶん長いと思われるので、iPadにいろいろ音楽を詰めこんで、臨時音楽講座を開催しようかと思っている。
世界の音楽と歴史、なんてね。

翌4日に京都に移動して、午後はまず音読療法と共感的コミュニケーションのワーク(一般開放/無料)。
夕方5時から現代朗読と音楽の公演。
この公演の詳細はこちら

京都・法然院ではあるけれど、連休の旅行で京都に来ている方もいるかもしれない。
お会いできるとうれしい。
もちろん京都近隣の方はぜひともおいでください!

2014年4月28日月曜日

羽根木ガーデン部、オンラインテキスト表現ゼミ

昨日は朝から羽根木ガーデン部(トランジション世田谷茶沢会)。
絹さんが時間どおり8時すぎに来て、それからだれも来ない。
9時前になってやっとカトシュンさんがやってきて、それから桃ちゃんも来た。
昨日はいっぱい芽を出してかなりのびたカブとルッコラを間引いたり、あらたにジャガイモを追加して植えたり、耕地を増やしたり。
私はもっぱら雑草取り。
写真は雑草ではなく、間引いたすぐり菜。
いい天気で気持ちがよかった。
そして羽根木の家の庭もだいぶ畑らしくなってきた。

午後は中野まで「蓄音機でJAZZ」というイベントに。
レビューはこちら

それにしても、都心部はものすごい人で、気持ちがわるくなるほどだった。
連休中はなるべく都心へは出かけないようにして息をひそめていることにしよう。

夜はオンラインでのテキスト表現ゼミ。
りささんが初参加。
2年ほど前に体験講座に来たことがあって、そのときは大学生だったのだが、今年卒業したばかりだとのこと。
今回のお題は「バナナフラペチーノ」。
なかなか楽しい筆致の短編を書いてきてくれて、これから楽しみ。
オンラインセッションの模様をちょっとだけこちらの動画で紹介します。

※テキスト(文章/文字)を使った自己表現を研究するためのゼミナール「次世代作家養成塾(テキスト表現ゼミ)」の2014年5月の開催予定はこちら


「蓄音機でJAZZ」に行ってきた@中野〈Sweet Rain〉

昨日の午後は中野の〈Sweet Rain〉まで「蓄音機でJAZZ」というイベントに行く。
音楽プロデューサーの池上信次さんという方が主催。

ジャズの古いアナログレコードをみんなで聴く会、くらいに思っていたのに、行ってみたら本格的な蓄音機が2台置いてあってびっくり。
1台は1931年製のイギリス・グラモフォン社製のHMV102で、ちゃんと蓋の裏に例の蓄音機のラッパに耳を傾ける犬のイラストが描いてある。
まさにこれがオリジナルの絵で、下に「His Master’s Voice」と書いてある。
もう1台は1951年日本コロンビア製のGrafonola G-241。

いずれもとても立派な音がするので、私は最初、蓄音機の音をピックアップで拾って店のスピーカーで鳴らしているのかと思ったのだが、よく見るとどこにもコードはついていない。
電源コードもなし。
一切電気を使わず、手回しぜんまいで駆動し、鉄の針で盤の溝をなぞり、ラッパ(本体の箱のなかに収容)で拡声しているだけの、完全アコースティックな装置。
そしてレコード盤も10インチのSP盤で、78回転/分。
1931年にすでにこれだけのものが完成していたことに驚く。

イベントの第一部は、チャーリー・パーカーをはじめとするビバップの全盛時代からはじまった。
1946年から1950年代初頭にかけての、まさに脂が乗りきった演奏で、パーカーのほかにもディジー・ガレスピー、バド・パウエル、オスカー・ピーターソン(の若いころ)が次々とかけられた。
パーカーと共演しているマイルスの若いころの演奏があって、まるでディジー・ガレスピーかと思うくらいバリバリにビパップスタイルで吹いているのを聴いて、ちょっとびっくりした。

第二部はジャズが録音された最初のレコードとされている盤で、1917年にリリースされたオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドの「ビバリー・ステイブル・ブルース」という曲からスタート。
そこから約10年の歴史をたどりながら、蓄音機で聴く。
サッチモことルイ・アームストロングが初めてスキャットを録音した演奏とか、自称ジャズ創始者のジェリー・ロール・モートン(「海の上のピアニスト」に出てきましたね)の演奏とか、デューク・エリントン楽団の演奏とか、ふだんめったに聴けないものがたくさん聴けて興味深かった。

時々開催されているようなので、都合があえばまた行きたい。

2014年4月27日日曜日

基礎コース4回め、鯛をさばく、昼ゼミ、共感スキルの勉強会

昨日。
午前中は現代朗読基礎コースの今期4回め。
いつもの基礎訓練での体認のエチュードのとき、ソマティック・リーディングをやってみる。
背中合わせのもの、向かい合って手を合わせるもの。
それぞれおもしろい効果があって、朗読では体認の練習になるが、高いボイスセラピー効果があることがわかる。

午後の昼ゼミの前に、ゼミ生の豆々子さんがいただいた鯛のお頭付きをさばいてほしいと持ってくる。
包丁を研いでてぐすね引いて待ち構え、鯛が到着したらさっそくさばいた。
魚をさばくのはひさしぶりだった。
写真を撮り忘れてしまったが、最後の切り身だけ撮った。

昼ゼミ。
体験参加者がひとり。
それぞれの朗読を聴かせてもらった。
毎日早朝朗読をやっている菜穂子さんの変化に目をみはった。

※現代朗読ゼミの体験参加を受け付けています。5月の参加可能な日時など詳細はこちら

夜は羽根木の家での共感的コミュニケーションの勉強会。
ゼミ生ひとり、学生さんひとり、若い女性ひとりの参加。
自分に敵対的な態度を見せる後輩とのケース。
自分の将来についていまひとつはっきりとビジョンが持てないというケース。
提出した課題に指導者から予想外の指導がはいり、当惑したというケース。

※5月14日(水)夜、下北沢の旅カフェ〈ステイ・ハッピー〉で共感的コミュニケーションの勉強会「共感カフェ」を開催します。詳細と申し込みはこちら

2014年4月26日土曜日

オーディオブックリーダー養成講座がめざすこと

昨日、オーディオブックリーダー養成講座の個人セッションをおこなった。
昨日のYさんは、これまでいろいろな講座やオーディションを受けてこられた。
NHKの朗読講座や朗読サロンをはじめ、朗読検定協会、そこから分かれてできた朗読協会、朗読文化協会、国際芸術連盟などを経験されたが、結局のところお金がかかるばかりで自分のニーズを満たせない思いをしているところに、アイ文庫のオーディオブックリーダー養成講座と現代朗読協会を知った。
彼女のニーズに貢献できそうで私はうれしい。

自分を表現したい、そして表現作品を残したい、というニーズにたいして、本人の存在そのものが表現されているような「作品」をいっしょに製作したり、表現クオリティを高めていくお手伝いをするのが、私の仕事だ。
ただし、内容は指導というより演出といったほうがいい。

Yさんが経験されたすべての団体とはちがって、私は「こう読みなさい」「そう読んではいけない」という指導はいっさいしない。
そのかわりに、「あなたはどう読みたいの?」という問いからスタートする。
さらに「いまこの瞬間、あなたはどう読めるの?」という問いがつづく。
私の仕事は、朗読者が本来の自分自身の表現欲求に気づき、それにつながりつづけて朗読することと、朗読者自身ですら気づいていない表現のポテンシャルを見つけ、高めるお手伝いをすることだ。

現代朗読協会の朗読者は、だれひとりおなじ表現をする人はいない。
それぞれが貴重でユニークな存在であり、ただそれを正直に誠実にかざらず表現する。
上手に見せようとか、自分が人よりすぐれた存在であることを誇示するようなことは一切しない。
だから「上手になるための指導」はない。
ただ「自分自身でありつづける」ための練習をいっしょにつづけていくだけだ。

それはなかなかむずかしいことだが、私には長年つちかってきたノウハウがあり、それをお伝えできると思っている。
実際に自分自身のオリジナルな表現をおこない、そのクオリティを高めていくための具体的な方法がいくつも用意されている。

Yさんにはこれから約一か月、現代朗読協会のゼミ生とおなじ扱いで学んでもらいたい。
一か月後の収録実践でどのような朗読が聴けるのか、私もとても楽しみなのだ。

※水城が講師をつとめるオーディオブックリーダー養成講座は個人セッションを受け付けています。
 詳細と申し込みはこちらから

2014年4月24日木曜日

ママカフェ、共感的コミュニケーションの勉強会

今日は午前中、羽根木の家でママカフェこと「お母さんのための音読カフェ」が開催された。
1歳未満の赤ちゃん連れのおかあさんが3人いらして、私も少し子守りの手伝い。
といっても、ちょくちょく来ている三木夫妻の5か月の息子の幾央くんの子守りで、彼も私も慣れている。
泣いてぐずったりしていても、小さな子どもがいるっていいなあ。
この子たちのためにいまの私がなにができるか、ということをかんがえてしまう。

例によってKATがお茶菓子を手作りしてきてくれた。
今日はスコーン。
ホイップクリームと柚子ジャムをそえて。
とてもおいしくいただいた。

午後は共感的コミュニケーションの勉強会。
15時から昼の部をおこなう。
長く続けるつもりの仕事が突然打ち切られてしまったケース、彼女がいるスポーツインストラクターに恋してしまった女性のケース、進学について意見が食い違っている息子と父のケース、仕事が大変でうつぎみになっている夫のケースなど、今日は上級編のケースがたくさん出てきた。
共感スキルを使ってどのようにアプローチするかをかんがえた。
実際に今後どのような展開になるのか、知りたいところだ。

私が練習で作ったモチーフ編みを、朋子さんがもらってくれた。
写真は胸のピンにつけてくれた、の圖。

夜の部は来る予定だった人が来ず、須美子さんひとりになってしまった。
須美子さんはいろいろと興味深い活動に関わっていたり、おもしろい人とつながっていたりするので、ゆっくり話を聞かせてもらった。
私も彼女の質問に応じる形で、ひと前でなにかするとき緊張したり恥ずかしく思ったりするのはなぜか、について解説したり、文化や芸術がなぜ大切だと思っているのかについて、伝えさせてもらった。
じっくりいろいろな話ができて楽しかった。
須美子さん、ありがとう。

来月のママカフェと共感的コミュニケーションの勉強会(@羽根木の家)は、5月29日の予定。

いきいき音読ケア、共感カフェ、韓氏意拳の稽古、その他

ちょっとさかのぼって日乗記録。

一昨日の月曜日。
カトレアの ‘Comet’ の第二弾、黄色い花がみっつ咲いた。
かわいい。
カトレアの花期は長く、一度終わってもまた咲いたりするので、三か月くらい楽しめるものもある。

練習で作っていた編物が完成。
肩からぶらさげる式の小物ケース。
ケータイは小さくて入らない。
小さいほうのムヒは入った。
眼鏡ケースとしてちょうどいいかも。

昼すぎに富士見台まで行って、老人ホームでいきいき音読ケアワークを行なった。
三島からボイスセラピストの竹内さんが実践サポートで来てくれたので、富士見台の駅で落ち合ってランチを食べてから、ホームへ。
KATと野々宮も来て、いきいき音読ケアを実施。
私もひさしぶりにピアノで季節の唱歌メドレーを弾かせてもらった。

夜は三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉で共感的コミュニケーションの勉強会。
これについては別にレポートを書く予定。

昨日、火曜日。
渋谷〈サラヴァ東京〉での「ののみずしゅん with 現代朗読」ライブだった。
簡単なレポートをこちらに書いた。
⇒ http://juicylab.blogspot.com/2014/04/with.html

夜の本番前に、羽根木の家に集合して、簡単なリハーサルやら準備やら。
そしてみんなで渋谷に出かけた。

今朝はライブの余韻と疲れがまだ濃く残っていた。
昼にちょっと眠気を感じて横になったら、数時間起きられなくなってしまった。
いつもなら昼寝は15分くらいで切りあげられるのに。
おかげで疲れはだいぶ抜けた。

夜は中野まで韓氏意拳の稽古に出かける。
今夜はいつもの内田先生が本業の出張で不在とのことで、駒井先生が担当。
いつもとちがったアプローチで五行拳の崩拳の準備からはいり、解説をまじえながら、韓氏意拳の威力の原理について解説してもらった。
韓氏意拳の特徴だが、指導者ごとにそれぞれ個性や特徴があって、別の人に習うと違った角度で理解が深まったりあらたな発見があったりして、とてもおもしろい。
今夜やったことは、いつもやっていることに戻ったときに、理解を深めるのに役立てられるような気がする。
女性が多かったのも、雰囲気が柔らかい感じがして楽しかった。


※羽根木の家での次回韓氏意拳初級講習会は5月6日の開催です。
 詳細と申し込みはこちら。
⇒ http://juicylab.blogspot.com/2014/04/20145.html

2014年4月23日水曜日

サラヴァ東京「ののみずしゅん with 現代朗読群読」が終わった

2014年4月22日、火曜日夜。
渋谷〈サラヴァ東京〉にて「ののみずしゅん with 現代朗読群読」ライブを開催した。
「ののみずしゅん」とは、朗読の野々宮卯妙、作・演出・音楽演奏の水城ゆう、ヴォーカルの酒井俊の三人のことで、すでにこの三人で昨年、3回のライブをおこなってきている。
中野〈Sweet Rain〉、下北沢〈レディ・ジェーン〉、そして〈サラヴァ東京〉で、今回のサラヴァは二度めの開催となる。
ただし、今回は現代朗読の群読隊5人に加わってもらった。

最初は群読隊はオープニングアクト(つまり前座)として参加してもらうことになっていた。
ところが、その話を聞いた俊さんから、「ぜひいっしょにやりたい」と申し入れをいただいて、こちらも喜んでいっしょにやらせていただくことにしたのだ。

19時開場、20時開演。
定時を10分ほど押して、ライブがスタート。
まず私がピアノに付き(サラヴァは状態のいいグランドピアノがあってありがたい)、演奏スタート。
いつも来客からびっくりされることだが、私の演奏は完全即興で、鍵盤に指をのせる瞬間までなにを演奏するのか、自分でもわからない。
自分の内側を外側(ライブハウスの環境、お客さん、共演者、その他)とつなげ、そこから「いまこの瞬間」というまだなにも定められていない場所へと足を踏みだしてみる。
すると自分でも予測しないことが次々と起こる。

そんなふうにして今回もはじまった。
そして俊さんも完全即興のヴォイス的ヴォーカル。
野々宮もテキストこと決まっているものの、どう読むか、どう動くか、というようなことはなにも決まっていない。
音楽や共演者とのコミュニケーションのなかで動き、読んでいく。

唯一あらかじめリハーサルしたのは、群読の読みと動き。
今回は現代朗読のゼミ生であるKAT、山田みぞれ、宮本菜穂子、高崎梓、川崎満里菜の5人が参加してくれて、数回の稽古を積んできた。
稽古のときもっとも重視したのは、段取りを合わせるとか言葉がずれないようにする、といったことではなく、「体認」である。
どれだけ深く自分の身体に注目し、集中して感受しつづけることができるか。
これは現代朗読という表現がもっとも大事にしていることでもある。

私の演奏がはじまると、やがて群読隊がゆっくりとあらわれて、ステージにバラバラと立つ。
しかもお客に背中を向けて。
いまにも朗読がはじまると思いきや、あらわれた野々宮がひとりで朗読をはじめる。
そこに俊さんがからむ。
野々宮が読むのは、私が今回のために書きおろしたテキスト「夜と朝をこえて」だ。

私と俊さんと野々宮の三人が即興ではじめたパフォーマンスだが、テキストのある部分に群読が挿入される構成だった。
群読「繭世界」がスタートし、5人の読みと野々宮の読みが複雑に交差しながら、全員がステージ上を動きまわる。
群読が終わったら、ふたたび三人にもどり、第一部が終了。
ここで15分ほどの休憩をいただいた。

第二部は9時ちょっとすぎにスタート。
私、野々宮、俊さんで「夜と朝をこえて」の後半部分をはじめ、その終わりのほうで群読隊が客席うしろから朗読しながら登場。
そのままステージにあがってきて、ふたたび「繭世界」を、しかし動きは最初とは別のものでおこなう。
「繭世界」が終わると、群読隊はステージ奥の壁際に座りこんで、「糸が切れる」。

最後の部分はしだいに沈黙に向かっていき、終わりは完全な沈黙と暗転。
この部分で時間をたっぷり使うので、テキスト分量の加減がステージ構成するときいつも苦労する。
昨日も思った以上に時間がかかり、終わったのはちょうど10時だった。
長かったが、しかしこれほど集中が持続したライブは私も初めてといっていいほどで、お客さんの受け取り方はそれぞれだろうと思うが、私自身と出演者は大満足だった。
満足というのは、自分自身の表現クオリティがこれまでの自分のなかでもっとも高い位置に達せたのではないかという実感がある、という意味での満足だ。

俊さんは秋にまた帰国されるということで、このような機会が持てればうれしい。
それとは別に、このテキストでのライブを5月4日の法然院でおこなうことになっている。
俊さんはいないが、琵琶奏者の片山旭星さんが加わってくれる。
またまったくちがうものになるかもしれない。

この期間に京都に旅行される方、あるいは京都近辺にお住まいの方は、ぜひお越しください。
詳細と参加申し込みはこちらから。

2014年4月22日火曜日

水色文庫新作「夜と朝をこえて」

水色文庫に新作「夜と朝をこえて」を掲載しました。

水色文庫はフリーテキストで、著作権は私・水城ゆうにありますが、著作使用権を開放しています。
朗読ライブなどにちょうどいい短編が多くありますし、朗読公演のためのシナリオもあります。
どうぞご利用ください。

今夜はサラヴァ東京ライブ、というより公演

今夜はいよいよサラヴァ東京での「ののみずしゅん with 現代朗読」ライブ。
おかげさまで多くの方におこしいただけるようだ。

今夜出演の酒井俊さんは、ベトナムから一時帰国してのライブとなる。
私と野々宮、そして現代朗読陣とぜひやりたいとご指名をいただいて今夜のライブが実現した。
すでにこの三人で今夜の渋谷〈サラヴァ東京〉、中野〈Sweet Rain〉、下北沢〈レディ・ジェーン〉とライブをおこなってきた。
いずれもスリリングでエキサイティングなライブパフォーマンスだった。
しかし、前回のサラヴァ東京では、台風直撃ということもあってお客さんがとっても少なかった。
今回はできるだけたくさんの方においでいただきたいと、せっせと告知したり、出演者やゼミ生たちに協力をお願いした。
感謝のかぎりである。

そして今夜はゼミ生5人による現代朗読の粋、群読パフォーマンスがここにくわわる。
最初は前座的な位置づけで「オープニングアクト」としてかんがえていたのだが、俊さんがそれを聞いてぜひいっしょにやりたいといっていただいたのだ。
テキストは今回のためにあらたに書きおろした「夜と朝をこえて」という短編。
これに群読パフォーマンスをからませる構成を用意した。
そして稽古もばっちりおこなった。

群読の稽古というのは、現代朗読においては「体認」がもっとも重要なポイントとなる。
段取りや言葉を合わせるだけでなく、それぞれが個々とそれぞれの身体全体をふかく感受しながら、身体表現としての発声があるということを稽古する。
ゼミ生たちには毎回のゼミでもかならず練習してもらっていることで、高いクオリティのものを今回はお見せできると思う。
出演者それぞれの「生命」そのものを受け取っていただきたい。

まだ若干席に余裕があるので、前売り扱いでの予約を午後まで受け付けている。
ご予約はこちらから。

2014年4月20日日曜日

水筒入れの編物、カトレア咲いた、アースデイ、サラヴァ東京ライブ稽古

このところ、就寝前にやっている編物の練習。
昨夜はスマホ入れを作ってみた。
まだまだ目を間違えたり、目が揃わなかったりするけど、おもしろい。
いびつになってしまったので、スマホ入れとしてはぶさいくだ。
思いついて小さめの水筒入れにしてみたら、けっこうかわいい感じになったので、水筒入れにすることにした。


3鉢あるカトレアのひとつがまた咲いた。
プチプチキャンディ ‘Comet’ という名前で、先月第一弾が咲いたのだが、また第三弾が咲きはじめた。
蘭のなかでもカトレア類は花が長く楽しめてうれしい。

今日は午前中から代々木公園のアースデイイベントに行った。
代々木上原の駅でNVC仲間の春野さんや、野々宮&娘と合流。
主催の野中ともよさんやスタッフの高梨みずほさんに会い、来月の久米島行きの話をする。
アースデイは外国や他県からの方がたくさん来ていた。

参宮橋駅前でランチ。
偶然はいったスペイン料理の店の壁に、堀越千秋さんが絵を描いていて、額もかかっていたので、店の人に聞いてみたら、オーナーが長年の付き合いなのだということだった。
また今度、夜に来てみたいな。

居心地がよかったので、食後のコーヒーを飲みながら編物をしていたら、14時からの羽根木の家でのライブの稽古時間をうっかりすぎてしまった。
あわてて羽根木に戻る。
30分も遅刻してしまった。
が、今日初めて、ライブ出演者が全員(酒井俊さんはのぞく)そろう機会となった。
ライブはいよいよ明後日22日(火)夜となった。

その前に、明日の夜は三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉での共感的コミュニケーションの勉強会とミニライブ。
定員までまだまだ余裕がある(はず)ので、ご都合がつく方はおいでください。
初めての方にはできるだけわかりやすく解説したいと思います。
リピーターの方には具体的事例をもちいて学び深めていただきたいです。
ミニライブは新美南吉作品の朗読の予定。

2014年4月19日土曜日

夜と朝をこえて

昨日は寒い日だった。
気温は10度台。

そんななか、一日仕事部屋にこもって小説書き。
小説といっても、来週22日(火)夜に渋谷〈サラヴァ東京〉でやる朗読ライブのためのテキストで、タイトルは「夜と朝をこえて」。
ヴォーカルの酒井俊さんと、現代朗読の群読隊5人によるパフォーマンスをからめて、一回きりのライブがもったいないほどの濃い内容になるはず。
これも「沈黙の朗読」シリーズのひとつにしようと思う。

※サラヴァ東京でのライブの詳細と申し込みはこちらから。

夜は羽根木の家でオーディオブック収録製作コースの3回め。
こたつを撤去してしまったので、結構寒い。

今朝。
天候は回復して、いい天気。
カトレアのひと鉢がもうすぐ咲きそう。
カトレアは3鉢持っているのだが、このひと鉢はすでに一回咲いたものが、ふたたび別の蕾をみっつつけた二回めの開花だ。

午前中は基礎コースの3回め。
ゼミ生のひとりが参加1年数ヶ月でとうとうびっくりするような変化を見せてくれて、お祝い。
本当の自分自身につながった表現の道を、これから丁寧に歩いていってほしい。

終了後、音読療法に興味があっていろいろ話を聞きたいといってやってきた高校生のなおさん(大変なしっかり者)に、音読療法についてじっくり話をする。
ランチ後も、ゼミ生のまりなちゃんに協力してもらって、呼吸法やソマティック・リーディングなどを体験してもらって、最後は共感的コミュニケーションの話をした。

昼ゼミが流れたので、朝から引きつづき残っていたまりなちゃんと、韓氏意拳の形体訓練や平歩站椿の自主稽古をいっしょにやる。
横で共感的コミュニケーションの話をしていて、変な風景。

午後になって天候がくずれて、夜は冷えこんできた。
明日は朝から代々木公園のアースデイに行く予定。

2014年4月18日金曜日

ガルシア=マルケスの思い出

昨日2014年417日、ノーベル賞作家であるガブリエル・ガルシア=マルケスが亡くなった。
87歳。
私がマルケスを初めて読んだのは、京都から実家の福井にもどり、ピアノ教師をはじめたころだったから、たぶん26歳くらいだったと思う。
『百年の孤独』で名声を博し、すでにノーベル賞も受賞していた。
しかし、私はまだ一作も読んだことがなかった。
集英社がラテンアメリカ文学全集を出すことになって、ちょっと興味があった私はそれを近所の書店に全巻予約注文した。
最初の配本がマルケスの『族長の秋』だった。

難解な小説だったが、その語り口にしびれ、たちまち夢中になった。
訳は鼓直だった。
以来、ラテンアメリカ文学にはまり、またガルシア=マルケスにもはまった。
マルケスはすでに出ていた『族長の秋』をはじめ、短編集などにも夢中になった。
マルケスのみならず、ボルヘス、カルロス・フエンテス、バルガス=リョサ、コルタサル、カブレラ=インファンテ、オクタビオ・パスなど、はまりまくった。
一時はラテンアメリカ文学ばかり読んでいた。

そうこうするうちにFMラジオの番組制作に関わるようになり、タレントとしてやってきた名古屋の役者・榊原忠美に出会う。
彼もラテンアメリカ文学を読んでいて、意気投合し、私のピアノと彼の朗読とでパフォーマンスをやるようになった。
以来、35年以上の付き合いとなり、いまでもいっしょにやっている。
私が主宰している現代朗読協会も、彼との出会いがなければ、そしてガルシア=マルケスをあのとき読んでいなければ、存在していなかったことだろう。

マルケスはその後、『エレンディラ』『予告された殺人の記録』と読みすすめ、そしてしばらく離れていた。
最近になってまた読もうと思い、自伝である『生きて、語り伝える』を読み、さらに未読だった『コレラの時代の愛』をいま読みかけていたところだった。

もう老齢でもあり、このところ認知症をわずらっているという話も聞いていたので、この日を覚悟してはいたが、彼の書くものはあらたにもう読めないのかと思うと寂しいかぎりだ。
冥福をこころから祈りたい。

編物、シモキタランチ、ひさしぶりのOeufs(うふ)、テキスト表現ゼミ

昨日の午前中は朝ゼミ、の予定だったけど、参加予定者が急遽来れなくなってしまって、結局野々宮とKATだけ。
これ幸いと、KATから編物を習う。
いま、モチーフ編みを練習していて、コースターと花みたいな形のものを作ってみる。
コースターは糸が太かったので、コースターというより鍋敷きみたいになってしまった。

KATと下北沢の編物糸屋〈パピー〉に行って、細い綿の編み糸を買う。
〈ノースフィールド〉に行き、野々宮と、ベリーダンサーのキムさんも合流して、ランチ。
野々宮とキムさんは老人ホーム慰問の打ち合わせをしながら。
私とKATは編物をしながら。
それにしても、いい天気で気持ちがいい。

埼玉県の某市から音楽ユニット「Oeufs(うふ)」にコンサートの依頼がやってきた。
Oeufs(うふ)の仕事はひさしぶりだ。
Oeufs(うふ)というユニットがあることすら忘れてしまうところだった。
伊藤さやかに連絡して、日程を確認。
ひさしぶりのOeufs(うふ)のお呼びに、彼女も喜んでいた。

夜は夜ゼミ。
てんちゃん、山浦さん、そしてオンラインで奥田くん。
朗読とテキスト表現を交えて。
そういえば、テキスト表現ゼミ(次世代作家養成塾)に興味があるという20代女性の方が、ゼミ生になってくれた。
テキスト表現ゼミがなんとなく開店休業状態だったので、また少しテコ入れしてしっかりやってみよう。
機関誌『HiYoMeKi』も長らく発行していない。

※現代朗読ゼミの体験体験参加を受け付けています。
 詳細と申し込みはこちら

横浜での共感カフェ

一昨日の夜は横浜まで行って、神奈川県民センターのフリースペースで共感カフェを開催した。
主催者は1月にも大倉山で主催してくれた兼久須美子さんで、場所を確保するために昨日は1時間早く開催場所に行って、お友だちの秋山さんと場所取りをしてくれた。
私は下北沢から井の頭線と東横線経由で横浜まで出かけた。

参加者は8人。
ケーキやら、おいしい柑橘類やら、煮物やら、差し入れをみんなでいただきながら、お互いに知らない人も混じっているなか、なんだかアットホームな感じで進められたのは、須美子さんのお人柄のおかげだと思う。

共感的コミュニケーションに初めて触れる人がおふたりいらしたので、レクチャーをざっくりとしたあと、実際の事例にそって勉強を進めてみた。
話を聞いているとき、なんだかごちゃごちゃして面倒な事例に思われたことも、プロセスに沿って整理してみるととてもシンプルなニーズにたどりついてすっきりする、というを少しは経験してもらえたのではないか。
また、相手のニーズを推測しつながり続けることで、思いこみやラベリングをはずすことができることとか、大勢の人が関わっていることがらでも共通のニーズを確認することでクリエイティブなチームになる可能性があることとか。

私自身はとても居心地のいい、そして創造性が豊かな時間をすごさせてもらった。
参加のみなさんに感謝。

終わってから、NVC(非暴力コミュニケーション)のワークショップの常連である吉房さんと、NVCとマインドフルネスの関係についてちょっと話ができてうれしかった。
吉房さんは私の「マインドフルな毎日」を読んでくれているということだった。
このテーマは私も継続的に追求していきたいと思っている。

※あなたも共感的コミュニケーションの勉強会(共感カフェ)を開いてみませんか?
 5月の開催可能スケジュールはこちらから

2014年4月16日水曜日

水色文庫新作「きのこ女」

水色文庫に新作「きのこ女」を掲載しました。

水色文庫はフリーテキストで、著作権は私・水城ゆうにありますが、著作使用権を開放しています。
朗読ライブなどにちょうどいい短編が多くありますし、朗読公演のためのシナリオもあります。
どうぞご利用ください。

羽根木の家で韓氏意拳初級講習会(2014年5月)

私・水城ゆうとつながりのあるみなさんにお知らせです。
内田秀樹準教練による韓氏意拳の初級講習会の5月のお知らせです。
まったくの初心者や女性の方にもおすすめの、「拳法」というイメージとはまったく違うやさしい内容です。

◎場所 現代朗読協会・羽根木の家(京王井の頭線新代田駅徒歩2分)
    世田谷区羽根木1-20-17
◎日時 2014年5月6日(火/休)
    10:00~12:30 午前の部
    12:30〜13:00 質疑応答、自主練習
    14:00~16:30 午後の部
    16:30〜17:00 質疑応答、自主練習
   ※「質疑応答、自主練習」の時間は参加自由です
◎参加費 3,000円+会場費・講師交通費計500円(通し参加の方は6,000円+500円)

※韓氏意拳の紹介はこちら
※水城が書いた韓氏意拳との出会いについてのブログ記事。
 韓氏意拳との出会い
 韓氏意拳初体験

◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ
◎定員 各回8名(定員になりしだい締切らせていただきます)

※まったくの初心者も歓迎。
※お申し込みはこちら
 お問い合わせ内容に「その他」を選び、メッセージに「韓氏意拳」と書いてください。

● 内田秀樹プロフィール

韓氏意拳 創始人 韓競辰及び日本韓氏意拳学会公認 初級準教練。
2007年より韓氏意拳を学び始め、韓競辰、光岡英稔、駒井雅和、鹿間裕行より指導を受ける。
2008年より埼玉分館 世話人補佐を務め、2013年4月より教練養成課程に入る。
現在、東京分館、埼玉分館で指導活動中。
東京都で呉服屋を営む。

● 講師からのひとこと

体験会では韓氏意拳の基礎となる形体訓練、平歩站椿をご紹介します。
身体から生じる動には、私たちの思っているよりももっと広く豊かな味わいがあります。
しかしこうした味わいは身体が活きている様子に注目していないと感じる事が出来ません。
そのため韓氏意拳の練習では動くという問いを通じて、身体の呼応を感受していきます。
練習は手を振る、開く、上げる、横を向くなどとても簡素で、運動経験、武術経験のない方でも大丈夫です。

今回は形体訓練、平歩站椿といった各種の運動に必要な条件と特徴を精査していきます。
また当日の進捗によっては少し発展した内容にも入っていきます。

皆さんと一緒に深く楽しく感受、精査していきたいと思います。

韓氏意拳 初級準教練
内田秀樹

2014年4月15日火曜日

マインドフル100回超え

ブログ「マインドフルな毎日」を書きはじめて今日で108回めとなった。
今年の元旦からスタートして、一日も抜けていない。
その前は「音読日めくり」というのを366日連載した。
これも一日も抜けなかった。
どうやら私はこういうコツコツ毎日やりつづけるようなことが得意なようだ。

いろんなことをやっているので人からは「八方美人」とか「器用貧乏」「飽きっぽい」とよくいわれるし、またそのように見られているのだろうなと思うのだが、実際にはけっこう粘りつよい性格なのかもしれない。
ピアノを弾いたり小説を書いたり、朗読演出をやったり音読療法をオーガナイズしたり、韓氏意拳という中国拳法をやったり、いろいろなことをやっているが、それらはいずれもずっとコツコツとつづけてきたものばかりだ。

昨日、ある若い女性と話をしていて、毎日仕事が忙しくてマインドフルになれる時間がまったくない、ということを聞いた。
しかし、朝、通勤するとき、私の「マインドフルな毎日」を読むのだが、そのときだけは呼吸のことを思い出し、マインドフルになれるのだという。
うれしい話だった。
せめてその一瞬でも「いまここ」の自分自身に帰れればいいし、そのような時間がすこしずつ増えていけばあわただしい毎日もすこしは落ち着きを感じられるようになるだろう。
毎日書くのは大変だけれど、そういう話を聞くとまたがんばって書きつづけようという気になれるのでありがたい。

ブログ「マインドフルな毎日」はこちらのblogspotからとこちらのnoteからの両方で毎日配信しています。

2014年4月12日土曜日

韓氏意拳初体験

(承前)
新井区民活動センターは中野駅の北口から歩いて十五分ほどのところにある。
住宅街のなかにある静かな区の施設で、私は時間に遅れないようにすこし早めに出かけた。
韓氏意拳東京分館では中野のほかにも何か所かで体験講習会を開催していて、中野はだいたい毎週水曜日の夜に開催されている。
韓氏意拳のウェブサイトからそれに申しこんだのだ。

講師は内田秀樹準教練とあった。
もちろん私は会ったことがない。
早めに行ってみると、建物の入口のところで若い男性がなにか用事があるらしく、しきりに電話したり出入りしたりしていた。
この人も受講者なんだろうかとちょっと思ったが、武術をやっているという感じはしなかった。

入口で部屋をたしかめると、奥のほうの和室で講習があるらしい。
行ってみると、長いあご髭をのばした年輩(といっても私くらい)とがっちりした感じの男性、ほかにももうひとりくらいいた。
だれが先生なのかわからなかったので、私は年輩の男性に、初めての参加であること、受講費はどうすればいいのか、などをたずねてみた。
男性は自分は講師ではないといった。
受講費は適当なタイミングで先生に払えばいいらしい。
やがて入口のところにいた若い男性がはいってきて、私の顔を見ると、
「体験の方ですか?」
といった。
そうですと答えると、かばんからなにやら資料を出して渡してくれた。
それではじめて私は彼が内田準教練であることを知った。
まったく拳法の先生という感じがしないので拍子抜けしたのをおぼえている。
時間になり、「さて、はじめますか」と内田先生がいい、全員が立ちあがった。
「形体訓練から」と内田先生がみじかくいい、ほかの全員がなにやら両手を振る運動をはじめた。
私はなにもわからなかったが、先生と参加者のまねを見よう見まねではじめた。
それにしても、武術の稽古によくある「礼」をふくむはじまりの儀式のようなものはなにもなければ、道着を着ている人もいない。
みな普段着でいきなりはじまった。
あえていえば多少動きやすい服装をしているくらいか。
私はこれまでいくつかの武術を経験してきたが、いずれも道着や服装が決まっていたり、稽古をはじめるときの儀式めいたものがあったり、指導者を神格化するほどに畏敬させられたり、といったことがあった。
韓氏意拳にはそういうものがいっさいない。
この点も私が韓氏意拳を気にいり、またそれゆえに敬意を持てるゆえんでもある。
指導体系に確固たる自信と根拠がなければこういうふうな形にはなりえないからだ。
最初にはじまった両手を振る運動は、初級形体訓練というもののなかの最初の動き「前擺《チェンバイ》」と呼ばれるもので、初めてやったときには「なんだかのんきな運動だなあ、これで拳法が強くなれるのかなあ」などとぼんやりとかんがえたりしていた。
しかし、この運動が深くふかく韓氏意拳の威力の秘密につながっているものだということが、だいぶあとになってわかってきたのだった。
(つづく(笑))

2014年4月11日金曜日

韓氏意拳との出会い

韓氏意拳をはじめてもうすぐ一年がたとうとしている。
この中国武術に出会ったおかげで、ここ一年、さまざまな発見と進展があった。
武術ではあるが、その学びの影響は私の場合、武術のことのみならず驚くほど多岐にわたっている。

日常のなかで自分の身体の使い方や身体そのもののありようにより深く注目するようになった。
仕事である音楽演奏においても、これまでアレクサンダーテクニークに助けられることが多かったが、それがよく深く体認をともなうことで、演奏技術のみならず音楽にたいするアプローチそのものがまるで大きく変化したことを感じる。
これについてはあらためてくわしく書きたい。

現代朗読の演出においても大きな助けをもらっている。
韓氏意拳に出会う以前から、現代朗読においては身体性を重視し、とにかく身体の使い方に注目して朗読エチュードという形であれこれやってきていた。
それが韓氏意拳という非常にしっかりと体系化された方法に出会えたことで、さらに深い体認のエチュードが生まれ、いまでは朗読エチュードのなかでも重要な柱となっている。

そんなわけで、いろいろな人に韓氏意拳を体験してみることをすすめているわけだが、いまは内田秀樹準教練がわざわざ羽根木の家に来てくれて、毎月一回の体験講習会を開催している。
詳細はこちら

一番多い質問は、
「韓氏意拳ってどういう型なんですか」
というものだ。
たいていの人は拳法というと、型を学び、相手や道具を殴ったり蹴ったりするようなことを練習すると思っているし、実際に多くの拳法はそのように学ぶ。
しかし、韓氏意拳の練習体系は従来の拳法のものとはかなりちがっているといっていいだろう。
まず、なにかを殴ったり蹴ったり、という練習はない。
試合もない。
稽古のためのゆるやかな形というか動き方(あるいは動かない形)があるにはあるが、これはその形や動作を取ること自体が目的ではない。
自身の身体の声を聴くための手段としていくつかの形が用意されているのだ。
とはいえこれは武術なので、それらの形や動きが相手を倒すための「拳」の威力に最終的につながっていることはたしかだ。
最初に稽古をしたときはとても拳法の動きとは思えず、これがなぜ武術として有効な稽古なのかさっぱりわからなかったのが正直なところだ。
体験講習を初めて受講する人の多くがそのように感じるのではないだろうか。
私が韓氏意拳のことを知ったのは、ヴォイスパフォーマーの徳久ウイリアムくんからだった。
二年くらい前だったろうか、彼はしきりに韓氏意拳という武術の不思議さ面白さを力説していて、そのとき持ちあるいて読んでいた本を私に見せてくれたのだ。
それは尹雄大(ユンウンデ)さんが書いた『FLOW』という本だった。
パラパラとめくって、なにやら哲学書のようだなと思ったが、内容はまったく理解できなかった。
そういう不思議な考え方に裏付けられた拳法があるんだな、とぼんやり認識した程度だった。
その一方で、武術には昔から関心があって、そのころは合気道をやってみたいと思っていた。
実際、六回シリーズだったと思うが合気道の講習会があって、それにかよっていた。
その後、吉祥寺の多田道場に入門しようかどうしようか検討しているときだった。
多田道場の門下に内田樹氏がいて、彼の書いた本はたくさん読んでいた。
ツイッターもフォローしていた。
また、古武術研究家の甲野善則氏のこともフォローしていた。
いっしょにライブをしたりCDも出したことがあるカルメン・マキさんとの共著(精神科医の名越康文氏も加わっている)が、甲野先生にはある。
なので甲野先生のツイッターもフォローしていた。
すると一年くらい前、このふたりが共通に韓氏意拳のことについて興味深くつぶやいていて、急に私のなかで韓氏意拳という武術にたいする関心が高まったのだ。
さっそく『FLOW』や、韓氏意拳の日本の総帥である光岡英稔氏と甲野先生の対談本『武学探求』『武学探求 巻之二』などを取りよせて読んでみた。
そしていよいよ、中野の新井区民活動センターで開催している体験講習会に行ってみることにしたのだ。
(つづく(笑))

2014年4月10日木曜日

故郷の桜並木、群読の稽古

帰省していた昨日。
未明の真っ暗な空を見たら、明けの明星が光っていた。
北陸はまだ田植え前だが、麦は育ちはじめて青々している。
しかし、私の子どものころは、このあたりで麦を作っていた記憶はまったくない。

実家のある町には、県内でも有名な桜並木である「弁天桜」というものがある。
河原の堤防に数キロに渡って桜が植えられていて、私の子どものころからすでにあるのでかなりの古木になっているのだが、それをさらに延長して端のほうはまだ若い桜が植えられている。
並木のあいだには地元の商工会やら商店街やら会社やらの看板とか提灯がぶらさがっていて、ちょっと昭和の香りを残していて好きな人には好きかもしれない。

かなり幅広の河には、両岸にロープを張り、そこに各家庭でいらなくなった鯉のぼりをたくさんつないで、大量に泳がせている。
春先の桜の淡い色と、本来初夏のものであるくっきりした鯉のぼりの色あいが、かなりのコントラストを作りだしている。
堤防の脇には街をあげて町おこしのために盛りあげている恐竜の、けばけばしい配色の巨大なレプリカが建てられている。
私の4歳下の妹が生まれるとき、この桜並木の下を父に手を引かれて堤防脇にあった病院まで母親の見舞いに行った思い出がある。
ずいぶん河も堤防も街も山も、ふるさとの感じは変わってしまった。
東京にもどる。
東京はずいぶん暖かくなって、というよりすっかり暑くなって、上着はいらない。
夜は4月22日(火)夜に渋谷〈サラヴァ東京〉でおこなうライブの稽古。
ゼミ生たちによる群読の稽古。
テキストはまだ全部書きあがっていないが、群読部分はすでにテキストがあるので、全体の演出をかんがえる。
朗読としてはかなり難しい演出案になったが、ゼミ生たちならきっと集中してやってくれるだろう。

2014年4月8日火曜日

沈黙の朗読新作「夜と朝をこえて」執筆中

4月22日(火)夜の、現代朗読の野々宮卯妙とゼミ生5人による群読で構成する渋谷〈サラヴァ東京〉のライブのためのテキストを書きはじめた。
ボーカルのゲストとして、ベトナムからひさしぶりに帰国する酒井俊さんをお迎えする。

群読のテキストはすでに書きあがっている「繭世界」という短編を使う。
上下二段になった原稿で、ふたつの声部が同時に進行するというテキストだ。
これにもうひとつのテキスト「夜と朝をこえて」をからませることにして、そのテキストの書きおろし作業をいまやっている。

前から書きたいと思っていた島に住んでいる灯台守の女の話で、これはすでに「特殊相対性の女」にも登場している。
「特殊相対性」は沈黙の朗読シリーズのひとつだが、「夜と朝をこえて」も沈黙の朗読として上演しようと思う。
朗読者も演奏者も観客も、沈黙に向かっていく朗読。
最後に完全な沈黙と闇がおとずれたとき、それぞれの身体のなかにはどのようなイメージや感触が生まれているだろうか。

実家に帰省してからコツコツと書きはじめていて、とくに出だしは重要なので慎重に書きすすめた。
二日で原稿用紙にしてたった三枚しか書けなかったが、今日はさらに二〜三枚書いた。
このあたりでそろそろ加速して、一気に書きあげたい。
枚数にして30枚くらいを予定している。

ひさしぶりに創作を書いたのだが、なにやら言葉が自分のなかで熟成してわだかまっていたらしく、自分でも思いがけないセンテンスが次々と出てくる。
どのような話になるのか、楽しみだ。
そしてゼミ生による群読の練習も熱がこもっている。
そこへ野々宮と俊さんによる即興パフォーマンスがどのようにからむのか。

22日夜のライブは見逃せないものになるはずだ。
みなさん、ご都合をつけてぜひおいでください。
詳細と申し込みはこちらから

春のおいしいもの、早起き、畑、桜


 日曜日から北陸の実家に帰省中。
おいしい水菜が有名で、そろそろ旬は終わり。
たいていはゆであげて、おひたしにしていただくのだが、そればかりだと飽きる。
ゆでたものをきざみにんにく、塩麹、オリーブオイルであえたらおいしかった。

あと、焼き鯖の押し寿司。
これは最近全国区に進出しつつある「へしこ」とともに、市販品が道の駅などに売られている。
私はへしこの押し寿司のほうが好きだが、焼き鯖もおいしい。

実家猫二匹はともに老猫で、15歳を超えている。
黒いほうはだいぶ老いた感じになってきて、よぼよぼ歩いている。
茶のほうは太っていて、元気。
自分の気にいらないことがあると大声をあげて、主張が激しい。

実家では早起きが常だ。
私の理想の早起きは、夜明けの2時間前。
いまの季節だと午前4時くらい。
未明のまだ星が輝いている時間から、空がしだいに明るくなり、陽が出る直前の時間帯が一番好きなのだ。
文豪ヘミングウェイもこの時間帯をもっとも大切にして執筆にあてたとか。
べつにヘミングウェイを気取っているわけではないけれど。

畑に行ってじゃがいもの種芋を植える。
長いながい畝を二本作って、大きな袋にふたつ入っていた種芋を全部植えた。
かなりの重労働だが、まだ涼しい時期なのでちょうどいい汗をかいた。
種芋を植えたら、上からぴったりとマルチというビニールをかぶせて、芽が出るのを待つ。
芽が出たらその部分に穴をあけて、葉と茎が伸びるようにする。
こうしておくと草取りや水やりの手間が大幅にはぶける。

こちらはいまが桜の満開。
堤防沿いの数キロにわたる桜並木「弁天桜」はまだ五分咲きくらい。
川べりは寒いのね。

2014年4月6日日曜日

福井県立病院・初夏のピアノコンサートのお知らせ

ご好評をいただいている福井県立病院でのソロピアノ・ミニコンサートのお知らせです。
今回もどなたもよくご存知の日本の秋の唱歌や童謡などの懐かしいメロディーを中心に、水城のオリジナル曲もまじえ、自由なアレンジでお送りする予定です。

どなたも自由にお聴きいただけます。

◎日時 2014年5月12日(月)13:30〜14:30
◎場所 福井県立病院受付ロビー(エントランスホール)
    福井市四ツ井2-8-1
◎料金 無料

福井は私のふるさとですが、活動拠点を東京に移して以来、福井で演奏する機会はあまりありません。
今回も貴重な機会を大切にしつつ、みなさんとのトークを交えた気軽で楽しいコンサートにしたいと思っています。

ちなみに水城ゆう最新CDはこちらから聴けます。
ダウンロードしなくても全曲試聴できます。

また、これは日時が決まっていませんが、東京都立・広尾病院でのコンサート開催も決まりました。
詳細が決まったらあらためてお知らせします。

現代朗読の基礎コース初日と体験講座の日

昨日は「現代朗読基礎コース」全10回の今期初日だった。
私のブログを読んで来た、という人がいて、うれしかった。
「朗読は情報伝達ではなく表現である」
「表現は自分が身にまとってきた社会性の部分ではなく、真の生命活動を伝えることである」
「そのためには自分の身体や存在そのものへの深い注目と集中が必要になる」
といったようなことを伝え、いっしょに基礎的なトレーニングやエチュードをやってみた。

次期の基礎コース全10回は7月スタートの予定。

夜は「現代朗読体験講座」を開催。
即興音楽のバンドをやっている人、これからなにか表現をやってみたいと思って来た年配の男性、ナレーター事務所に所属している人たち、ゼミ生も数人参加して、現代朗読という表現がめざしていることや、従来朗読とのちがいについて伝えたり、いっしょに読んだり動いたりして体験してもらった。

体験講座に参加した人たちの声をこちらに抜粋して紹介してあります。

次回の体験講座は5月6日(火/休日)に開催予定。
詳細とお申し込みはこちら

2014年4月4日金曜日

カトレア、ドイツの子どもたち、オーディオブック収録製作コース初回

春になって、蘭の花が次々と咲いて楽しい。
とくにカトレアの ‘Sakura’ はいち早く開花したと思ったら、第二弾、第三弾と咲きつづけて、楽しみが長続きしている。
写真は、第二弾と第三弾の花、そして第四弾の花芽。
あと一か月くらいはたっぷり楽しませてくれそう。

先日、4月1日の板倉さんの追悼ライブの帰りぎわに、中野〈スウィート・レイン〉での次回ライブの日程をママと決めたことをうっかり忘れていた。
気分よく酔っぱらっていて、6月14日(土)夜にフィクスしたのをうっかり忘れるところだった。
森順治さん、野々宮卯妙、私を核にしたなんらかのユニット(ウェルバ・ムジカ?)になるはず。詳細は後日!(←つまりまだなにも決まっていない)

今日は午後、22日のサラヴァ東京公演の群読稽古のあと、ドイツから帰国したボイスセラピストの遠藤さんの個人セッション。
フライブルクの子ども会が催した東北震災支援イベントで、子どもたちが谷川俊太郎の詩「生きる」を日本語とドイツ語で読むのに、私がピアノ曲を書かせてもらった。
その映像記録をDVDでいただいた。
子どもたちからの感謝の寄せ書きもいただいた。
とってもうれしい。
曲を提供するに大変な面もあったけれど、映像と寄せ書きを見てむくわれたどころか、あまりある喜びをいただけた。

夜は全10回オーディオブック収録製作コースの初回。
参加者の食いつきもよく、まずは盛会だった。
私の全知識・全経験をこのコースにぶちこむ覚悟でいる。
自分が得たものを墓場まで持っていっても意味がない。
全部つぎへと伝えきりたい。

だれかに雇われないで生きている人々(帽子屋・美容師)

先日、羽根木の家に行こうとして、井の頭線の線路脇の車が通れない私道のところに、なにやら目をひく移動販売車のようなものがあるのに気づいた。
車といってもよく見ると自転車で、昔よく見かけたリアカーのような体裁だ。
しかもリアではなく、フロントのほうに荷台がある。
荷台はかわいい幌がついている。

気になったので、立ちよってみた。
手作りの帽子の移動販売で、やっているのは若い女性だ。
話を聞いてみると、1920年台くらいの古い帽子の型を使ってレトロな感じの帽子をひとりで製作しているとのこと。
レトロだが、逆に現代的な感じもして、とてもおしゃれ。
すぐ近所にお住まいで、ここ(羽根木の家の横手の線路脇)が移動販売のスタート地点なのだという。

まだ始めたばかりで、しかしけっこう反応があって、帽子はけっこう売れるのだという。
仲間のアクセサリー製作者の人も、やはり自転車で来ていて、いっしょに販売している。

近くのアパートの一室でひとりでコツコツと好きな帽子を製作し、それを荷車に積んで移動販売に出る。
なんだか素敵な生き方ではないか。
だれにも雇われず、自分の手ひとつで生きている。
贅沢はできないかもしれないが、自分が作ったものがだれかの手に渡り、楽しんでもらえているという生活。

現代社会ではどこかに勤めなければ生活できないと思いこんでいたり、会社員や公務員の生活しか選択肢にないように思っている人が多いが、実際にはどこにも所属せず、自分ひとりの裁量で生きている人も多い。

この前、私が髪を切ってもらった和食《わじき》雅子もそういうひとりだ。
彼女は美容師なのだが、通常美容師というとどこかの美容院に勤めていたり、あるいは自分で店を持って人を雇っていたりする。
和食ちゃんはひとりでやっていて、三軒茶屋の美容院の椅子を借りたりして仕事をしている。
いずれは自分の美容室を持ちたいのかもしれないが、環境に配慮したエネルギーコストの低いエコな店をやりたいという夢があるようだ。

私がオーガナイズしている音読療法も、その技術を使って社会貢献の仕事で自立してほしいという願いが強くある。
だれにも雇われない独立した仕事は、雇われている仕事とちがってただ待っているだけでは仕事はやってこない。
自分から動き、情報発信し、仕事を作っていく必要がある。
大変だが、それでもだれからも強制されず、雇われず、自分自身の選択のなかでやっていくというやりがいがある。
つまり、自分自身の人生を自分で生きるわけだ。
たった一回きりの人生をどのように生きたいかは、それぞれの選択があるとは思うけれど。

※今月4月のボイスセラピスト講座は、4月21日(月)の開催です。
 詳細と申し込みはこちら

小樽の画家、朝ゼミ、昼ゼミ、花見は中止

昨日の朝、小樽のアーティスト(画家)の松田研さんが上京しているというので、江上さんといっしょに羽根木の家に来られた。
東京でひさしぶりに個展をやる気になっていて、その場所(画廊)探しをしているのだ。
最近作ったという製作風景や展覧会の模様をおさめたDVDをいただいたので、さっそく見る。
プロの映像作家に作ってもらったそうで、なかなか見応えがある。

その後、朝ゼミ。
江上さんにもひさしぶりに参加してもらって、松田さんもいっしょに基礎訓練をやる。
いつもはテキスト表現ゼミしか出ない奥田くんも出た。
最後は唐ちゃんに青森の民話を東北なまりで読んでもらった。

羽根木公園で花見の予定だったが、雨がまったくやまない(天気予報ではやむ予定だった)。
雨のなか、いちおう羽根木公園を通り抜けて梅丘駅まで行ったが、屋根のあるテーブルもあいておらず(ホームレスが雨宿り)、梅丘駅で待ち合わせしていたゼミ生たちもだれも来なかったので、花見は中止。
梅丘駅前の定食屋でランチ。

松田さん、江上さんと、帰りはちんたら電車で羽根木の家にもどってくる。
画廊を運営していたゼミ生の菜穂子さんが来て、松田さんと話をする。

昼ゼミ。
基礎訓練、レクチャー、それぞれの朗読を聴かせてもらって、ゼミらしいゼミになった。


※現代朗読ゼミは体験参加ができます。
 詳細と申し込みはこちら