2013年2月14日木曜日

「初恋」の打ち合わせ、初ゼミ参加2人、濃かった夜ゼミ

めずらしく木曜朝ゼミのメンバーがKATさんひとりしかいなかったので、お願いして昼ゼミに変更してもらい、朝ゼミは休講。
『音読療法の基礎』のファイル整理作業。
これをしっかりやっておくのとおかないのとでは、執筆のはかどりかたがまったく異なる。

昼、22日の沈黙の朗読「初恋」の打ち合わせ、たぶん最終。
美術の丸山純子さんとダンスの金宜伸さん、朗読の野々宮卯妙と、時間をかけてコンセプトの確認。
紆余曲折があるが、それもまた大切なプロセスであって、クオリティの高い公演をめざす全員の必要としている時間だ。

15時から昼ゼミ。
今日初参加の徳永さんと平田くん、それに朝ゼミからこちらに時間を変更してくれたKATさん。
基本的なこと、原則的なことをいくつか検証したり、実験したりできて、おもしろかった。
写真は読みの音程の高低と身体の高低をシンクロさせて読むというエチュードを試しているところ。

19時から夜ゼミ。
昼ゼミからKATさんが残って、少し参加。
ほかにてんちゃん、徳島のたるとさん(オンライン参加)、イタリア帰りのかっしー、野々宮。

たるとさんは朗読パフォーマンスで賞をいただいたらしい。
ご褒美として、大きなホールで、もっと大人数で演目をやれることになった。
その演目の演出内容についていくつかアドバイスさせてもらう。
てんちゃんは低い声と高い声を使うときの声帯の筋肉の癖についての分析。
かっしーはその独特のリズムについての検証。
ひさしぶりに独特の読みを聞かせてもらっておもしろかった。

最後に野々宮が「初恋」のテキストを読む。
77歳の老女の独白という形式をとっているのだが、もちろん老女の声をなぞるはずはない。
ひとりの老女のなかに存在する少女性、中年性、男性性、老人性、人の多様性、多面性を表現していくのは、このテキストを書いた私の本望であり、私ひとりの狭小な想像を超えた表現であって、喜びである。
当日が楽しみだ。

内田樹『街場の文体論』

文体論とかクリエイティブ・ライティングとかいいながら、文章の書き方についてはあまり出てこない。相変わらず構造主義などを中心にしたフランス現代思想のかみくだいた解説と、それを適用した日本社会の読み方が、内田独特の語り口で語られていて、おもしろいといえばおもしろい。
しかし「街場」シリーズのなかではかなりジャンルが限られていて、私のような物書きはおもしろがれたけれど、これを一般読者がどこまでおもしろがれるかは疑問だ。
ま、そんなことは余計なお世話だろうが。

「生き延びるためのリテラシー」という項でこんなことが書いてあっておもしろかった。
なにか問題を提起されたとき、「あなたはそう問うことによってなにが知りたいのか」という逆の問いを立てられるかどうかが重要という。

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 自分自身を含む風景を、いわば「鳥瞰的に」見下ろすような視野の広さが求められ。
「僕はいったいここで何をしているのか?」というような反省する力、一歩ステップバックして、少し遠い目をして、自分が参加しているゲームの成り立ちやルールを考察する能力、これは汎用性の高い知力だと思います。「使える」知恵です。
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なるほど、これは物書きには必要な資質かもしれない。
「遠い目をする能力」を育てる方法は現代教育制度のなかではかなり失われてしまっているような気がする。


2013年2月13日水曜日

東京戻り、宇宙からながめた地球、音読療法の教科書を書く

北陸の実家から東京への移動日。福井県奥越地方は朝から雪。
湿った雪がぼちぼちと降っていて、たいして積もりはしない。
今年はこれで終わってくれると大変助かるのだが、まだ油断は禁物。

小松空港から羽田空港へJAL便でフライト。
機窓からの風景が、まるで宇宙から地球をながめた光景のように美しかった。

帰宅して鉢植えに水をやったり、蘭に葉水をしたり。
さて、今日から本格的に音読療法の教科書『音読療法の基礎』の執筆を進めていく。
ちょうど昨日で「音読日めくり」の連載が終わり、今日からは毎日の配信のない生活になった。
その分のエネルギーを今度は教科書執筆につぎこむ。
その自分のニーズをしっかりとつかんでおこう。
「音読日めくり」も結局最後までニーズにつながりつづけたことで一日も欠けることなく連載できたわけだから。

夜、羽根木の家で献ちゃんによる「共感的コミュニケーション(NVC)講座」。
さすが献ちゃん、毎回10人以上の盛況で、今夜は「自分にとって聞きにくいメッセージを聞く」というテーマ。

明日は一日、現代朗読ゼミの日。
新ゼミ生がひとり来ることになっている。

2013年2月12日火曜日

帰省中にできたこと、帰京後にやりたいこと

(写真は氷が張った実家の池)

今回の帰省は雪が少なくて助かった。おかげでたくさん仕事がはかどった。

「音読日めくり」の連載を無事366回で終えることができた。
これはいずれ本にまとめたいと思っている。
帰省前から思いついて書きはじめていた電子ブック『デジタル出版で生きて行く』を書きあげ、BCCKSとアマゾンKindleストアで配信スタートできた。
音読療法の教科書となる『音読療法の基礎』の執筆にようやく取りかかることができた。
これはできれば今週中には脱稿してしまいたい(無理か)。

明日は東京にもどる。
来週は月曜日に「げろきょネットライブ Vol.9」がある。
火曜日と水曜日に「共感的コミュニケーション勉強会」がある。
金曜日22日はいよいよ「沈黙の朗読——初恋」公演だ。

ざっと見たところ、3月5日までただの1日も休みはない。
その3月5日だってなにが飛びこんでくるかわからない。
もうすこし落ちついてじっくりとものごとを進めていきたいと思っているのだが、4月からは音読療法マスターコースも始まることだし、当分は落ちつけないのかな。
ともあれ、忙しかろうが暇だろうが、一瞬一瞬を大切に、マインドフルにすごしていきたいものだ。

新刊電子ブック『デジタル出版で生きて行く』

私の電子ブックの新刊『デジタル出版で生きて行く』が、アマゾンKindleストアとBCCKSの両方でリリースされました。
この本は、少し前に書いたブログエントリー「個人がデジタル出版で生活できる時代がすでにやってきている」をもとに、一気に書きあげた電子ブックで、実質的には所要時間2、3日ほど。
400字詰め原稿用紙にすると70〜80枚程度でしょうか。
こういう分量でも書籍の体裁でリリースできるのが電子書籍のおもしろいところです。

以下のような内容です。
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どこにも所属していない、あるいはほかに職業を持っている一個人が、電子書籍やオーディオコンテンツ、映像コンテンツで充分に食っていける時代がすでに来ている。それは生活の糧を得るために会社や組織や時間にしばられ、非人間的な通勤電車に詰めこまれて出勤しなければならない人生から解放されることを意味する。
一貫してフリーランスで生きてきたため組織依存しないことの苦労と幸せの両方を知っている水城ゆうが、その実感のなかからあえていま、だれにも雇われることのない自立した生活を選びたいと思っている人のために、その可能性と方法を提示する。
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KindleとePub3形式が読める端末、アプリで読めるほか、BCCKSでは直接紙本も注文できます(割高になりますが)。
アマゾンKindleストアでの購入はこちら。
または下の画像をクリック。



BCCKSでの電子閲覧または紙本の注文はこちら。

オリジナルショップ(Gamroad)でのePubデータのダウンロードは下のボタンから。
デジタル出版で生きて行く

「音読日めくり」366回(終了)を振り返る

「音読日めくり」は今朝の配信をもって366回めとなり、2012年(うるう年)2月13日からスタートした配信が丸一年となって、終了した。いやいや、我ながらご苦労さん。
ただの一日も欠けることなく配信できた。
(スケッチは第一回配信のシマトネリコの葉っぱ)

スタートした当初は、

・文学作品の引用(おもに冒頭部分)
・音読療法に関するひとことメモ
・手描きのスケッチ

の3点セットだった。
楽しくスタートしたはずが、始まって数日後には「これはえらいことを始めてしまった」と後悔の念にかられることとなった(冗談っぽく書いてるけど半分ほんと)。
一番大変だったのは、もちろん「手描きのスケッチ」。

あまり負担にならないように、と思って、そのへんに落ちていたり生えている植物の葉っぱのスケッチを気軽に始めたのだが、実際にやってみるとこれがなかなか大変。
まず、葉っぱはきちんと描こうとすると、形も色もけっこう複雑だ。
もっと大変なのは、その葉っぱがなんという名前の植物のものなのか、特定すること。

樹木の名前を葉っぱから検索する図鑑を何冊か買った。
それでもわからない。
カエデとかツバキとか、よく知っている樹木ならいいのだが、唐種招霊(カラタネオガタマ)とかいった日にはまったくお手上げだ。
すぐに葉っぱから日和って、身の回りの小物とかお菓子とかでもよい、ということにした。

このスケッチは楽しくもあり、苦しくもあったのだが、たぶん私のこれまでの人生でもっとも手を動かした期間だと思う。
150点以上のスケッチができたので、下北沢の〈Com.Cafe 音倉〉で展示させてもらったり、ついでに「音読日めくり」にちなんだ朗読ライブをやらせてもらったりもした。
音倉でのスケッチ展はこの期間に2回やらせてもらった。
幸い、好評をいただいたのでうれしい。

お盆前後くらいからだんだん息切れしてきて、暑いこともあって、とてもスケッチは毎日つづけられないと判断、写真に切り替えることにした。
スケッチは毎日小一時間、ものによっては一時間以上紙の前に拘束されてしまうが、写真だったらシャッターを押すだけですむ。
無理な負担を押しきって中断してしまうより、とにかくつづけられることのほうを優先した。
それでも、毎日の作品選びとひとことメモはあるのだ。

作品選びは最初のころはなにも問題はなかったが、回を重ねるにつれネタ切れとなっていった。
終わりのほうはどの作品を掲載するのか、毎日とても苦労していた。
最後の回は夏目漱石と決めていた。
音読療法についてのひとことメモも、毎日のことなのでネタには苦労したが、これは思ったほど大変ではなかった。
音読療法のことについてなにか書こうとキーボードに指を置くと、自然になにかしら浮かんできて書くことができたのだ。

連載がスタートして間もなく、日めくりを朗読して、それをネットに流してくれる人が何人かあらわれた。
これはうれしかった。
そこまでしなくても、毎日読んでくれている人がいることは、ありがたく、つづけていくための原動力となった。

残念だったのは、これだけ毎日つづけていても、ブログ読者の数はほとんど増えなかったということだろうか。
このブログは毎日4、500人の方が読んでくれているのだが、日めくりブログのほうは100に達しないことが多かった。
徐々に増えてくれるだろうと想像していたのだが、ずっと横ばいで、拡散もされなかった。
たぶん、大きなニーズがなかったということだろう。

どんなに苦しくても毎日の配信を欠かさずつづけてこれたのは、私が自分を大切にすることができたからだと思う。
そのことについて自分自身にお祝いしたい。
自分がなにを大切にしているのか、そのためになにができるのか、なにをしたいのか、ということを毎日毎日くりかえし確認する日々だった。
もちろんこれは読んでくれていた皆さんとのつながりがあってはじめてできたことでもあった。
あらためてみなさんには感謝したい。


追伸。
「音読日めくり」はこれで終了しましたが、3月からはまたあらたな企画がスタートします。
近く発表しますが、またお付き合いいただけるとありがたいです。
そして拡散に協力していただけるともっとうれしいです。

音読日めくり2月12日:夏目漱石『吾輩は猫である』

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、夏目漱石『吾輩は猫である』です。

今日で「音読日めくり」も366回め・最終回となりました。
長らくのご愛顧、ありがとうございました。
「音読日めくり」はあらためて本、またはアプリのような形にまとめて、皆さんに毎日使ってもらいやすいものにしたいとかんがえています。その節はまたどうぞよろしく。

2013年2月11日月曜日

雪、薪ストーブの番をしながらデジタル出版

朝から雪が降ったりやんだり。本降りではないので、積もってもたいしたことない。
立春にもなると雪が降りはじめてもそれほど気が重くなることはない。
積もってもたいしたことないだろうし、ほうっておいても溶ける。
実際にはこの時期でもほうっておけないほど積もってしまうこともあるし、私のこどものころのことだが三八豪雪のときにはこの時期に二階から出入りしなければならないほど積もった。
ま、今年はだいじょうぶだろう、比較的暖かい冬のようだし(とタカをくくる)。

数日前から書きついでいた電子書籍『デジタル出版で生きて行く』の原稿が完成したので、まずはBCCKSのブラウザエディターに流しこんでみる。
といっても、テキストデータだけ準備しておけばいいというわけでもない。
表紙画像も必要だ。
写真やイラストだけ準備しておいて、タイトルや著者名や説明文などはBCCKSのエディターに任せるという手もあるのだが、どうも思ったとおりにいかないので、表紙だけは自分で全部用意することにしている。
自分の部屋の写真を使って、その上にフォトショで文字を載せるだけの作業だが。

そのあとは文字を流しこんでいって、大見出し、小見出し、ルビなどの設定。
こまごまと原稿に手をいれながら完成させていく。
せっかく作ったデータが飛ぶと困るので、しょっちゅう保存しながら、プレビューで確認しながらの作業。
こまごまとしたことが苦手な人には苦手な作業だろう。
私はこういうのは平気。

奥付まで完成したら、全体をプレビューして確認。
そして発行。
値段は105円。

BCCKSには作った電子書籍からePub3形式のデータを吐き出す機能があるので、それを吐き出してそのままアマゾン・ダイレクト・パブリッシングに持っていって、そちらでも配信登録をしてしまう。
こちらは販売承認まで48時間くらいかかる。
これが承認されたら、あらためて新刊『デジタル出版で生きて行く』のご案内をさせてもらおう。


さて、明日の配信をもって「音読日めくり」の連載がちょうど一年、満期となる。
366日一日も欠かさず連載をつづけてこれたことに、まずは自分にお祝い。
付き合ってくれた読者の方々にも感謝。

「音読日めくり」が終わったら、すこしできた時間的余裕を使って別のことを始めようと思っている。
その準備はもうしばらくかかるかもしれない。
その前に、もう一冊、リリースしたい本がある。
『音読療法の基礎』という本で、これは4月からスタートする音読療法のマスターコースのための教科書であり、ボイスセラピスト全員の基礎的知識を担保するための資料となるものだ。
がんばってしっかり書きたい。

音読日めくり2月11日:夏目漱石『坊っちゃん』

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、夏目漱石『坊っちゃん』です。

今日のフォトは塀のすきまからはみ出したナンテンです。
この音読日めくりも残すところあと一日となりました。

2013年2月10日日曜日

北陸移動、雪、音読日めくり終了まであと2日

早朝から羽田経由で北陸の実家に移動。飛行機のなかで、羽田で拾った英字新聞(汗)を読む。
小松空港は曇。
その後、晴れたり曇ったり、あるいは強く降ったりちらほらになったり、天気はめまぐるしく変わる。

昼食にへしこの押し寿司を食べる。
うまいんだわ、これがまた、ね。

いま書いている電子書籍の原稿を書く。
20,000字くらい書く予定のところ、15,000字くらいまで来た。
もうすこし長くなるかも。

「音読日めくり」終了まであと2日となった。
あさっての2月12日の配信をもって、1年366日分の配信がゴールとなる。
明日の分と、ついでに最後の分の原稿もこれから作ってしまおうと思っている。
いまは外はかなり大粒のぼた雪がずんずん降っている。
すこし積もるかもしれない。

最後の写真は薪ストーブと猫。

音読日めくり2月10日:寺田寅彦「蛙の鳴声」

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、寺田寅彦「蛙の鳴声」です。

今日のフォトは満開のサザンカです。
丸1年、1日も欠かさず続けてきたこの「音読日めくり」も、残すところあと2日となりました。

2013年2月9日土曜日

原体剣舞連、劣化する音楽、テキスト表現ゼミと電子書籍

今日は朝から基礎講座の5回め。体調を崩して途中から参加できなくなった人がいたり、欠席者がいたりで、結局ゼミ生ばかりで開催。
植森さんが気に入って持ちこんだテキスト、宮沢賢治の「原体剣舞連(はらたいけんばいれん)」という詩をプリントして準備していき、それをみんなでやってみる。
「Dah dah dah dah dah sko dah dah」というリズムを作って、詩もリズム読みしたり、リズムを変えたり、いろいろやってみておもしろいが、むずかしい。
身体を動かして、身体の動きと連動させていくと、もっとむずかしくなる。
これは次回のライブワークショップでぜひ使ってみたいテキストだ。
迫力のある朗読パフォーマンスにしてみたい。

近所のパン屋でパンを買ってきて昼食。

午後は昼ゼミ。
宇都宮出張中の佐坂くんが来た。
途中で、2か月イタリアのトリノに短期研究留学していた照井数男がひさしぶりに来た。
彼らにも加わってもらって、午前中にやった「原体剣舞連」を、さらにやりこんでみる。
ほかにも佐坂くんや佐藤くんと「読みの重さ」と身体性の関係についての研究。
これもおもしろい気づきがたくさんあった。

5時すぎから音楽塾。
伊藤さやかが来た。
今日は既成の商業曲をYouTubeで聴きながら、その音楽がどのような構造で作られているかを解説してみた。
最近の商業音楽は、一見派手だが、作りは非常にシンプルで、音楽性でいえばむしろ「劣化」しているとしかいえないことがわかる。
強調されたリズムとベースラインに記号的な歌詞が乗っていれば、人々はオナニー行為のように自動的に気持ちよくなって、それで満足しているらしい。
というようなことが解析でわかってくる。
最後にスティービー・ワンダーの「ソングズ・イン・ザ・キー・オブ・ライフ」の何曲かを聴いて、音楽的に豊かだった70年代にいやされて終わる。

6時からテキスト表現ゼミ。
テーマ「なまこ」によるいくつかの作品講評。
後半はおもに奥田くんのために、電子書籍を出版して収益を得るための手順と、それが可能なサービスの紹介・解説。
奥田くんは商業出版におけるたいていの作家よりすでによほど力のある書き手なので、既成の出版社から苦労してデビューするより、どんどん電子出版で書いて出して、ファンを集約していったほうがいいと思う。
応援したい。

2013年2月8日金曜日

神田神保町・書泉グランデにて「朗読グランデ」

とても寒くて風が強いなか、神保町に向かう。
書泉グランデのイベントスペースをお借りしての朗読イベント「朗読グランデ」のためだ。
野々宮と17時ちょうどくらいに行ってみると、菜穂子さんとばったり。
植森さんもやってくる。
着物を着たKATさんが少し遅れてやってくる。

会場のセッティング(といっても椅子を並べるだけ)とネット中継の機材の準備。
5時半開場だが、すでに待っている方がいらしたので、入っていただく。
廊下は寒いしね。
最初にいらしたのは年配の方で、書泉には昔からよくいらしてたくさん本を買ったりしていたのだという。
今日はひさしぶりに来られたとのこと。

ゼミ生や、ゼミ生の知り合い、講座参加者も来てくれて、けっこうにぎやかになった。
朗読家の秋山雅子さんもおいでいただいたな。
まったく人が来てくれなかったらどうしようと思っていたので、うれしい。

6時、スタート。
Ustream配信もスタート。
ちゃんと録画ボタンを押すのを忘れなかった。

最初は4人の朗読と私のピアニカによる朗読デモンストレーション的なパフォーマンス。
坂口安吾の「新春・日本の空を飛ぶ」の冒頭部分を先日の打ち合わせどおり読む。
が、打ち合わせに参加できなかった植森さんに伝わっていなくて(伝えるのを忘れた)、途中で迷子なって困ってしまったらしい。
そんなこととはまったく知らず、終了。

そのあとは参加された方全員と現代朗読エチュードを、おなじテキストを使ってやっていく。
うまくいったりいかなかったり、楽しかったり苦労したり、いろいろあったが、皆さんしっかり協力してくれて、私はとても楽しくやらせていただいた。

7時前に終了。
片付け、担当の平井さんに挨拶して、書泉をあとにする。
そのまま一路ベルギービールの店〈ブラッセルズ〉に直行。
ビールを一杯ひっかけながら、フリッツをいただく。
楽しいイベントのあとのビールはなによりうまい。


今日のイベントの模様は、Ustreamで配信録画されています。
途中で止まったりしますが、気にせず先送りするとまた動きます。
また、一度途中で配信が切れてしまったせいか、ファイルがふたつに分かれてます。
こちらからご覧ください。

今日の「朗読グランデ」のネット中継

今日は午後6時スタートで、神田神保町の書泉グランデイベントスペースにて現代朗読イベント「朗読グランデ」を開催しますが、ネット中継をしようかとかんがえています。ただし初めての会場、初めての試みということで、ネット中継の準備と環境がうまく整うかどうかわかりません。
人手もふんだんにあるというわけでもありませんし。

しかし、挑戦してみますので、よかったらご覧ください。
チャンネルはこちら、Ustreamの「げろきょネットライブ」チャンネルとなります。
18:00スタートです。

Bandcampはおもしろい使い方ができそう

数日前にリリースし、昨日ダウンロード決済して購入できるようになった私の新音楽アルバム「quiet pictures 2」だが、これはBandcampというサイトを使っている。
ここはだれでも無料で登録できて、個人でも決済システムが使える。
つぎのような流れになっている(すばらしすぎる!)。

1. 曲またはアルバムをアップロードして販売設定する(無料でもかまわない)。
2. だれかが曲を買う。決済はPayPal。
3. Bandcampから「曲が売れた」とメールが来る。
4. PayPalから「入金した」とメールが来る。

タイムラグはほとんどなし。
どういう仕組みなのかわからないが、決済手数料はいっさいかからない。
700円のアルバム(「quiet pictures 2」がそうだ)が売れたら、PayPalに即座に700円の入金がある。
手数料がかかるのは、PayPalの口座から自分の銀行口座にお金を移動させるときだ。
ただし、PayPalはビジネスアカウントにアップグレードしておく必要がある。

あと、おもしろい仕組みがわかった。
曲やアルバムを買う人は、700円と価格設定してあっても、700円以上を払うことができるのだ。
つまり、アーティストを応援するためのドネーション(寄付)ができるというわけだ。


この仕組みを使って、なにかおもしろいことができないかとかんがえている。
たとえば曲をアップロードして、ゼロ円に設定しておく。
いくらでもどうぞ、無料で持っていってくれてもいいですよ、というわけ。
どんな反応が生まれるだろうか。
無料の場合は、「メールアドレスを教えてくれた人にだけダウンロードさせてあげる」という設定にしておくこともできる。

なんて気配りの行き届いたサイトなんだろう。
とてもアメリカのサイトとは思えない、というか、さすがにアメリカのサイトというべきか。
少なくとも日本のサイトでこのような気のきいたサービスを見たことはない。
どのダウンロード販売サイトも、通販サイトも、商売っ気丸出しの不愉快きわまりないインターフェースばかりだ。

ほかにも、ライブチケットの予約をここでできるようにもできそうだ。
曲をひとつアップロードしておいて、それを買ってもらうことでライブの予約受付とする。
曲の価格はライブチケットの値段にしておけばいい。
メールアドレスも届くので、なにかあればお知らせも送れる。
いやいや、こりゃまったくいいね。
オーディオブックやPodcastもここで配信しようかな。

朝ゼミと昼ゼミは少人数、自由が丘でカルメンマキさんのライブ

昨日。2月7日。午前中、朝ゼミ。藤沢さんと唐さんのふたりだけだったので、共感的コミュニケーションの話とか、唐ちゃんが今度読みたいという文章を聞かせてもらったり、のんびりやる。

午後もKATさん、菜穂子さんだけで昼ゼミ。
今日の夕方に神保町の書泉グランデでやる朗読イベント「朗読グランデ」の打ち合わせ、
KATさんが用意してくれたテキストを使って、パフォーマンスをどうやるか、稽古しているうちに、ちょっとしたアイディアが出てきたので、それを試してみたところ、大変おもしろい。
これをやることになった。

「朗読グランデ」は本日午後6時から神保町・書泉グランデで開催。
入場無料、どなたも参加いただけます。
詳細はこちら。

夜は自由が丘の〈ハイフン〉というライブハウスまで、カルメンマキさんの朗読と歌のライブを聴きに行く。
朗読は条田瑞穂さん、ピアノは吉田桂一さん、バイオリンは太田恵資さん。
野々宮が3月6日に中野スウィートレインでやる朗読ライブのゲストに太田さんをお願いしてみたのだが、あいにくスケジュールがはいっていた。残念。

超平行処理、電書を書こう、魯迅「薬」

1年間、毎日欠かさずつづけてきた「音読日めくり」が、とうとう終了まであと4日になった。

一昨日の記録。2月6日。世田谷、朝からうっすらと雪。屋根は真っ白になっている。気温が低いので、ガスファンヒーターを全開にしても室温が16度よりあがらない。ファンヒーター直火受けでなんとかしのぐ。
それはそれとして、いまの仕事机は快適なのだ。
IKEAだかニッセンだかで買ったダイニングテーブルの上に端末を並べて、メール、ツイッター、フェイスブック、ブログ、本の執筆、映像編集、音声編集などを超並行処理してる。効率がいいんだか悪いんだかわからないけど、半分は自己満足だな。

ちょっと書きのこしておきたいことを思いつき、そのまま電書にすればいいんじゃないかと思ったので、がんがん書きはじめたら、昔の感覚でいうと400字詰め原稿用紙にして10枚や20枚はあっという間に書ける。
電書は紙本と違って原稿分量が定量的ではないので、好きな長さで本にできる。
しかし、あまりにすかすかの内容では読み応えがないので、いちおう「本」にする以上、少なくとも400字詰め100枚くらいの分量はないと、販売価格を最低の100円には設定できないと、私は勝手に(自己規制的に)かんがえている。
字数にして3万字くらいか。
このくらいの分量なら、2、3日あれば書けてしまうのだ。書きたいことさえあればね。

お昼におでんを食べる。
アマゾンのKindleストアに登録申請してあった長編小説『BODY』が、認可されて販売スタートした。

てんちゃんが来て、オーディオブックの収録。てんちゃん、初挑戦。
テキストは魯迅の「薬」という作品。
全部で45分くらいの作品だが、ブースにこもってもらって、約1時間半で収録を終える。
なかなかいい作品になったと思う。
これは近く配信スタートを予定している「あいぶんこ朗読ポッド」というPodcast番組で流していく予定。

夜はケンちゃんの「共感的コミュニケーション講座」。
たくさん来てにぎやか。
私はいまだ体調が完調でないので、途中で失礼して帰宅。
(2月7日につづく)

音読日めくり2月8日:太宰治『グッド・バイ』

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、太宰治『グッド・バイ』です。

今日のフォトは表参道の枯れ並木です。
けやき並木が緑の葉が茂っているときとはまた違った風景を作っています。

2013年2月7日木曜日

新作音楽アルバム「quiet pictures 2」リリース

ひさしぶりのニューアルバム「quiet pictures 2」が完成し、配信スタートしました。
全曲試聴できるほか、ダウンロード購入もできます。
こちら。

購入していただく場合、価格は700円もしくはそれ以上。
おもしろいことに、このサイトではアーティストに対してドネーション(寄付)ができるんですね。
さらになにかおもしろいことができそうだな(ひとりごと)。

収録曲をリストしておきます。

1. falling snow(14:44)
2. radiative cooling(5:10)
3. burning firewood(5:17)
4. ice cave(4:04)
5. dreams in the cave(4:22)
6. voices from the white world(5:02)
7. foot prints of foxes(6:52)
8. flying low(5:58)
9. tree with thick trunk(5:37)
10. when you open the window(8:20)
11. to my mama and papa(9:12)

音読日めくり2月7日:太宰治「畜犬談」

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、太宰治「畜犬談」です。

今日のフォトはエアプランツの花です。
梅丘のパン屋〈パン・ド・ラサ〉の店先に置いてあったエアプランツですが、種類はわかりません。
ピンク色の、造花かと思ったほどの整った美しい花が咲いていました。

2013年2月6日水曜日

無制限クラウドストレージ「bitcasa」を使ってみる

いやいや、これはすごいわ。クラウドサービスにはDropbox、SugarSync、GoogleDrive、あとマイクロソフトのなんだっけ、いろいろあって、私もいくつか利用しているが、このbitcasaは飛び抜けてすごい。
なにがすごいって、なにせ「容量無制限」。

しかも、私の使い方にとってもっともありがたい機能がある。
Dropboxなども便利に使っているのだが、これらは基本的にコンピューター上のドライブとクラウドとを「同期」させて使う仕組みだ。
よって、クラウドにたくさんデータを置いておけると安心できても、そのおなじ容量はコンピューターの内蔵ドライブに置いておくわけだから、ドライブ容量は圧迫される。
とくに私はいま、すべてのラップトップがSSD搭載機種なので、ドライブの容量制限については神経質にならざるをえなかった。

足りない分は外付けのHDDに頼らざるをえないのだが、ハードディスクが安くなったとはいえ大量のデータを保存しておくためにはHDDを次々と買い足さなくてはならず、これがまたよく壊れるんだわ。
貴重なデータを保存してあるHDDが壊れると、痛手は大きい。
これで何度貴重なデータを失ったことか。
思いだしたくもないが、思いだせるもっとも痛いデータ消失は、1997年以降2005年くらいまでの私の全テキスト作品と日記と写真データの消失だ。
この間、私の人生にはぽっかりと穴があいている(だって思いだせないんだもーん)。

bitcaseはローカルドライブと同期するタイプではなく、事実上外付けHDDとおなじ使い方ができる。
つまり、保存の必要なデータはどんどん気にすることなくクラウドの保存スペースに放りこんでいけばいいということになる。
ほんとか?
なんだか信じられないようなすばらしいサービスではないか。
多少の課金を負担しても、HDDを次々と買い足したりデータ消失に泣くことをかんがえれば、安すぎるといえる。


半信半疑のまま、とりあえずサインアップして、容量無制限のフリートライアルに申しこんでみる。
手続きは簡単。
メールアドレスや名前、クレジットカード情報などを登録するだけ。
登録が完了すると、アプリケーションのダウンロードをうながされるので、ダウンロードしてインストールする。
すると、私の場合はMacだが、Finderに「Bitcasa Infinite Drive」というショートカットができる。

「Infinite」という響きがいいねえ(笑)。
あとは保存したいフォルダーをそこにぽんぽん放りこんでいくだけ。
試しに、編集が必要な、もちろん消失があってはならない貴重な音声ファイルが保存されている、Macの音楽編集ソフト「Logic」のフォルダを、丸ごと放りこんでみた。
13GBくらいの容量があったのだが、20分くらいでアップロードできた。
クラウドなので、快適さは通信速度に依存することはまちがいない。

ほかにももちろん、写真ファイル、動画ファイル、テキストファイルなど、消失したくない多くのファイルをこれからアップロードしてみようと思う。
で、ローカルのディスクにはいま使っているキャッシュデータのみを置いておけばいいので、残り容量をまったく気にせずに快適に作業できるということになる。

ほんとにそうなのか?
まだ半信半疑なのだが。
もしこれが本当なら、私はこんなサービスを待ち望んでいたぞ。

Kindleストアで『BODY』1〜4が発売スタート

ケータイ公式サイト「どこでも読書」で連載された長編恋愛小説であり、青春小説です。
青春小説というと、男の子の話、という印象がなんとなくありますが、これは女の子たちの話です。
読者交流を通して入念な取材のもとに書かれました。
連載中にはサイトでランキングのトップを走りつづけていました。

あらためて読み返してみて、新鮮な想いがあります。生きることに迷いを持っている若い人たちに読んでもらいたいです。
小説技法的な仕掛けもあります。作者の取材風景が挿入されたり、作者自身が小説に出てきたりもします。

アマゾンのKindleストアからダウンロードできます。
各100円。


2013年2月5日火曜日

iPhoneアプリ「Moves」がなかなか


その手のマニアというほどでもないが、自分がどのくらい歩いたのかとか、どのくらい運動したのかとか、どのくらい移動したのか、体重変化はどうなってるといったことが気になる。昔から万歩計は愛用していた。

最近では「fitbit」というクリップ式の、しかもWiFi経由でデータを記録できる運動量計を使っている。
これは歩数、距離、消費カロリー、階段を上り下りした歩数を表示してくれる。
小さくて気にいっている。

数か月ほど前に知ったアプリで「Walkmeter」というのがある。
これは自分が移動した時間、距離、ペース、カロリーを表示してくれるもので、とくにおもしろいのが移動を地図上に視覚的に表示してくれるところだ。
自分がどこをどう、どのくらい歩いたのか、視覚的にも記録されている。
最近はもっぱらこれを愛用していたのだが、欠点は、スタートボタンとストップボタンを押し忘れるということだ。
ストップボタンを押し忘れてそのまま電車に乗ってしまうと、距離やペースがとんでもないことになってしまう。

それを気にせずに、自分の一日のいわばライフログ的な記録を取ってくれるアプリが登場した。
「Moves」は立ちあげておくと、歩数と、移動した場所、その地図、歩いた距離などを記録してくれる。
記録したものはメールやツイッターに送れる。
その場所にどのくらいいたのか、どのくらい移動したのか、どれくらい歩いたのか、というのが放っておいても記録される。

たとえば、今日の私の記録はキャプチャー画像のとおり。
今日は体調不良で、ずっと家にいたのだが、夕方に羽根木の家に移動して20時すぎまでいた、それから家に帰ってきた、ということがわかる。
この程度の単純な移動ならいいのだが、いろいろと移動した日などこのログは役に立ちそうだ。
いまのところ、なんとなく決定版な感じがしている。
しかも無料。

体調不良につき自宅作業、夜は「初恋」の打ち合わせ

夜中にまた熱が出て、喉が腫れたり乾いたりして、よく眠れなかった。くしゃみと鼻水が止まらない。
花粉症も多少出てきているような気がする。
幸い、今日の日中は外出するスケジュールがなかったので、家で安静にしながらデスクワークをやることにした。

ワイルドストロベリーの実がふたつだけついている。
小さな真っ赤な実で、かわいい。
ジャムにするとおいしいらしいが、こんな小さな実ふたつだけどうすればいいのだ。

ケータイ小説サイト「どこでも読書」で連載していた長編小説『BODY』を、パブーで電子書籍として配信しているのにつづいて、アマゾンKindleストアでも配信することにした。

長編を4つに分割し、4分冊にし、1册100円で販売設定。
分冊化作業はInDesignを使って、最終的にはePub3形式のファイルに書きだす。
無事に終わったが、今度は身体が冷えたので横になる。

Windows8を MacBook Pro 13インチにBootCampでインストールする作業。
途中、パーティションを切る場面で、ディスクのフォーマットが統一されていない、バックアップを取った上でフォーマットしなおしてからやりなおせ、みたいことをいわれて、挫折。
現在、バックアップ中だが、なぜかこれもエラーが出て何度もやりなおしている。
しかも容量が大きいので時間がかかる。
コンピューターの性能が向上するのはいいが、データ量がどんどん大きくなるので、バックアップや復元にやたら時間がかかるようになっていく。

夜、朗読の野々宮、ダンスのキムさん、美術の丸山さんと、羽根木の家で公演「初恋」の打ち合わせ。
事務的なことを確認したあと、丸山さんが使う粉石鹸の扱いについていろいろ試してみる。
これまで朗読と音楽、朗読と演劇、朗読と美術というふうにいろいろ試してきたけれど、今回は朗読と音楽とダンスと美術。
ジャンルを越えたパフォーマンスが楽しみだ。

公演「初恋」の詳細はこちら。

個人がデジタル出版で生活できる時代がすでにやってきている

photo credit: Stuck in Customs via photopincc

体調がいまいちなので部屋に閉じこもって、昨日から進めていた作業。『BODY』という小説だが、もともとケータイ小説サイト「どこでも読書」で連載していた長編で、連載中はかの赤川次郎氏や夢枕獏氏を抑えて売り上げランキングの上位にいつも顔を出していた。
20歳前後の若い女性たちを実際に取材し、その事例を元に書いた群像劇のようなストーリーで、そのあたりが共感を呼んだのかもしれない。
恋愛小説でもあり、青春小説でもある。

KDPで本を出版するには、いくつかの方法があるのだが、私はePub3形式の電子書籍データを用意している。
ePub3形式はアドビのInDesignで作った書籍データから出力できるほか、横書きだったらアップルのソフトPagesでも作れる。
ほかにもePub3を編集できる無料ソフトがいくつか出回っているようだ。

あるいはBCCKSという電子書籍サイトでブラウザベースで本を作れば、ePub3形式でも出力してくれて、これはちゃんと縦書きになっている。
いまのところ、これが一番おすすめ。

ePub3形式の本文データのほか、説明文、表紙画像、検索タグなどをあらかじめ用意して、作業にかかる。
作業はこまごまとわずらわしい点があるにはあるが、手順どおりやっていけばすぐに終わる。
『BODY』は1冊100円の4分冊にしたが、KDPでの作業は1時間もかからなかった。


これまでKDPでは『共感的コミュニケーション〔入門編〕』『浸透記憶』5分冊『原発破壊』4分冊を登録・販売している。
私の手元にはまだまだコンテンツがあって、それらを今後どんどん出していきたい。
『祈る人第2版』『ジャズの聴き方』はつぎの作業として取りかかりたい。

ほかにも映像・音声コンテンツ、楽譜などもたくさんあって、(売れるかどうかは別として)それらが自分のコントロールで世に出していけるというのは、本当に夢のような時代になったものだ。
どこの出版社にも、レコード会社にも、流通にもおもねる必要はない。
まったく晴ればれした気分だ。

これまではすでに書きためたり、紙の本で出版したりしたものを中心に電子コンテンツ化をすすめてきたが、これからはあらたに書き下ろしも加えていきたい。
もっとも『共感的コミュニケーション』はBLOGで書いたものをまとめ、それに手をいれたものなので、書き下ろしといってもいいかもしれない。
これについては〔応用編〕も書きたい。

そして短編や長編小説もあらたに書きたい気持ちがたかまっている。
私にかぎらず、個人がデジタル出版で生活できる時代がすでにやってきている。
あとはそれをやるかやらないか、だけだ。

音読日めくり2月5日:高浜虚子「発行所の庭木」

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、高浜虚子「発行所の庭木」です。

今日のフォトは駅のホームの広告看板です。
こういうものは田舎の駅と都市部の駅とではずいぶん雰囲気が違いますね。

2013年2月4日月曜日

朗読するとき語尾が消えがちになる

photo credit: Adam Foster | Codefor via photopincc

現代朗読体験講座などでかなりの頻度で参加者から相談を受けることがあるのが、「読むときに語尾が消えがちになる癖があるんですが、どうすればいいですか」
というものだ。

たとえば、夏目漱石『坊っちゃん』の冒頭だったら、
「親譲りの無鉄砲で子どもの時から損ばかりしている」
という文章の「している」の「る」が消えてしまうというのだ。
これには明確に理由があるし、その癖を治すことも比較的簡単だ。

朗読するための文学作品などのテキストは、文の集まりから成り立っている。
この「文」が朗読するときのひとつの単位とかんがえている人が多いし、またそういう側面はたしかにあるのだが、このかんがえかたは「意味」にかたよりすぎていると私はかんがえている。
文はこまかく見れば、さらに以下のような要素で成り立っている。

 文
 文節
 音節
 音素

文と文節には「意味」がつきまとう。
「親譲りの」「無鉄砲で」というふうに、ことばの意味を受け取りながら読む人が多い。
しかし、文節にはさらにこまかく「音節」の要素もある。
最後の「損ばかりしている」という文節も、意味をとらえて読むために、「音節」という音としての要素がなおざりにされるため、消えてしまうことがある。

この部分は、
「そ・ん・ば・か・り・し・て・い・る」
という9つの音節で成りたっている。
音楽でいえば、9つの音符が並んでいると思っていい。
9つの音符が並んでいれば、どれひとつとしておろそかにしては演奏しない。
朗読もそれとおなじことだろう。

意味ではなく音。
文章以前に音声としてあるものが、朗読表現というものだ。
もちろん表現である以上、選択肢は表現者の側にある。
音を出すも出さないも、朗読者の選択だ。
「そ・◎・ば・か・◎・し・て・い・◎」
と音節を無音にして読むことも、選択肢としてありうる。

音素については、また別の機会に記したい。

音読日めくり2月4日:島崎藤村『破戒』

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、島崎藤村『破戒』です。

今日のフォトは駅のホームの非常ボタンです。
さまざまなタイプのものがあるみたいですが、これはかなり古いですね。デザインが気になります。

2013年2月3日日曜日

映画「うらぎりひめ」

キッド・アイラック・アート・ホールにおいて先行(有料)試写会があるというので、内容に興味をひかれたこともあって行ってみた。
監督は岩名雅記という人で、名前はなんとなく聞いたことがあるが、映画監督としてではない。
岩名雅記氏は舞踏家なのだ。
失礼ながら、その踊る姿も観たことない。
チラシ以上にはなんの予備知識もなく、この監督のほかの作品も観たことない。

というまったくの白紙状態で観た。
出だしのところでドキュメンタリー映画なのかと思ったが、どうやら老女役の人は役者で、演技らしい。
セリフをしゃべっている。
そしてしばらくすると、おぼろげながらストーリーらしきものがあるらしいこともわかってくる。
しかし、そんなことはどうでもいい。
映像詩といってもいいようなシャープなカットが、ときにはたたみかけるように、ときにはじっくりと迫り来るように展開していく。

話は現代の老女と、戦時中らしい囚われの若い女というふたつの軸を中心に、しかしそれぞれさらに時間軸が行ったりきたりしながら進む。
ストーリーを追うことは無意味だ。
監督のねらいはストーリー性なのだろうか。
一貫して表出している戦争にたいする憎しみと、最後のほうに出てくる原発事故への強烈な批判の言葉。
それらを成立させるためのストーリーを監督はねらったのかもしれないが、観ているこちらにはあまり関係ない。
この映画の本質は「身体感覚」だ。

監督が舞踏家だからいうのではないが、映像には肉体の感覚、するどくとぎすまされた身体性、感受性、そういったものなしでは成立しないものが打ちこまれている。
手触り、におい、味、音、エロティシズム、しかもただそこにあるのではなく、岩名氏によって強くつかみとられ、そこに、キャンバスに色彩を置くように塗りこめられている。

舞踏家が映画を作ったらこうなった。
では、舞踏家が小説を書いたら?
舞踏家が音楽を演奏したら?
舞踏家が絵を描いたら?
舞踏家が朗読したら?

舞踏家でなくてもいい、表現者がみずからの身体感覚をきびしく自覚し、感受性をとぎすませたとき、作品はどう変わるだろうか。
映画を観おわったとき、私は思考を自分のほうに引きよせ、そんなことばかりかんがえていた。

この映画は3月1日からキッド・アイラック・アート・ホールで連続上映されるらしい。

昨日の体験講座の参加者の感想文

昨日の参加者の皆さんから、たくさん熱い思いを書いていただきました。
うれしいです。
ゼミ生になってくれるともっとうれしいな。

◎朗読は自分を伝えていい、というところにおどろきました。自分がずっと気にしていた、サラサラとしか読めないという悩みが、解決して嬉しかったです。今日は足だけ意識したので、全身を意識したら、もっと変わるのだろうなと思い、ワクワクしました。他にも勉強になることがとても多くてA4ノートに5ページ、メモとりました。朗読の定義も自分の読み方も今回で変わりました。雰囲気が良くて、なじみやすくて、とても楽しかったです。ありがとうございました。

◎朗読とはいかにキレイに読むかのテクニックによって決まると考えていた私にとって、もっとありのままでいいというご指摘には、最初は戸惑いましたが自分の声をそのまま認めてもらえたようで、うれしい気持ちがしました。もともと自分に対して自信を持ちづらい人間だったので、とにかく声を矯正しなければという思いにかられていましたが、普段仕事でよくお付き合いさせてもらっている筋ジストロフィーの方の話を聞いて、「自分を活かす」というこれまで思い付きもしなかったアプローチに感動しました。本当にありがとうございました。

◎楽しかったです。自分を表現するための朗読、という考え方はとても自然で、スンナリ入ってきました。朗読をさせていただいて、姿勢のとり方が身体(背中)を緊張させるものになっていたのだなーということがよくわかりました。楽に声をだせるようになりたいと思いました。筋トレ(舌の)もやってみよう! ここで勉強させていただきたいなーと思いますが、日程的に今は厳しいので、通えるように調整していきたいと思います。アレクサンダーテクニークにも興味をもったので、次の機会に参加させていただけたら、と思いました。今日はありがとうございました。

◎表現することに抵抗があったのですが、自分の朗読を何かに例えてもらう事、逆に人の朗読を例える事で伝える楽しさを感じました。また、アドバイスをもらう事で短時間で他人の朗読の雰囲気が変わるのが感動的でした。自分の変化は気づきにくいですが、朗読を通じて自身の観察と他人からのフィードバックが楽しく循環させられるようになりたいです。

◎大変貴重な体験をさせて頂きました。朗読を通して自分自身を表わしてゆく、という事に素晴らしさを感じます。自分というものを大切にして外に表現し、他者それぞれの自分もそのまま受け入れるという考え方は、全ての事に於いて大切な事だと思います。

◎ふと何か表現活動をしたいと思った時、思いついたのが朗読でした。先生のおっしゃったのと同様に、朗読の表現は日本でまだ一般に遠く感じ、朗読を身近な「表現」としていろんな方にやっていただけたり、もっと自分に楽しめるものにできないかと考え、イベントなどをおこなうつもりでした。その際、朗読について学んでおこうと調べてたまたまこちらに出会ったのですが、私の考えにとても近いことを思っている方がたくさんいらっしゃることを知り、大変うれしく心強く思いました。表現の学びの場として今後もかかわっていくことができればと思います。本日は本当にありがとうございました。

体調不良のなかハードスケジュールを乗り切る

毎年、冬になると体調がすぐれなくなり(寒さに弱いらしい)、若いころは毎月のように寝込んでいた。が、ここ数年は老練になって、寝込んでも1日か2日、あるいはうまくやりすごして寝込まずにすむようになった。
そしていまは音読療法があるので、体調管理がかなりうまくなった。
それでも冬期ベースは低調であることに変わりない。
その証拠に、故障した膝はずっと痛む。
暖かくなると膝も痛まなくなり、体調もよくなってくる。

この水・木曜日がとても寒くて、金曜日の朝、めざめたら喉が腫れて痛みがあった。
昨日はさらに痛みが強まっていて、やや熱っぽく、朝から不整脈も感じられた。
が、朝から基礎講座、体験講座、音楽塾、テキスト表現ゼミ、そして渋谷のオープンマイクにゼミ生たちと参加するというイベントがびっしり詰まっている日だったので、休むわけにはいかない。
朝から鎮静・回復の呼吸法を心がけ、暖かくして水分をたっぷりとり、免疫系に仕事をしてくれるようにお願いしながらスケジュールをこなした。
おかげでなんとか乗りきることができた。
今朝もかなり喉が腫れて声が出にくいくらいだが、熱はあがることなく(微熱はある)、寝込むほどではない。

昨日の基礎講座。
てんちゃんと植森さんに講師代行をやってもらう。
ストレッチ、呼吸法、発声、先週やったエチュードのおさらい。
とても助かる。
こうやって現代朗読の講師や演出家が育っていくのが、私の大きなニーズだ。

午後は体験講座。
従来朗読とはまったく違う現代朗読の方法と体験をしてもらう。
なかにテレ朝はNHKの朗読講座を受けている人がいて、その人が大変おもしろかったと興奮ぎみに伝えてくれたのがうれしかった。
まったく違う方法論を受け入れてもらえたのがうれしい。

体験講座から引き続き音楽塾。
体験からふたり残ってくれた。
今回は音律の話で、ちょっと難しかったかもしれない。
佐藤くんがけっこうブルースを弾けるようになっていて、それをみんなに披露してもらう。

音楽塾から引き続きテキスト表現ゼミ。
あい子さんは風邪をひいたということで、オンライン参加。
まぁやとてんちゃんも見学参加。

7時半、早めにゼミを切り上げて、みんなで渋谷に向かう。
佐藤くんが見つけたポエトリーリーディングのオープンマイクのイベントのために、〈スペースターボ〉という店に行く。
我々が大挙して押しかけたせいもあるが、そうでなくてもけっこう盛況のイベントで、司会進行役の桑原さんが楽しく、しかし誠実に進めていたのが印象に残った。
我々はてんちゃん、植森さん、佐藤くん、野々宮、KATと、私がピアニカで参戦。
ポエトリーリーディングという場で、現代朗読はやや浮いている感もあったけれど、まあいつものとおりマインドフルに楽しんだ。

音読日めくり2月3日:坂口安吾『安吾の新日本地理』「飛鳥の幻――吉野・大和の巻――」

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、坂口安吾『安吾の新日本地理』「飛鳥の幻――吉野・大和の巻――」です。

今日のフォトは富士見台駅のホームです。
富士見台ではメディカルホームまどか富士見台という高齢者施設で、毎月一回、いきいき音読ケアを開催しています。
今月も18日に行ってきます。

2013年2月2日土曜日

水城ゆう音楽塾、2月の開催日時のお知らせ

音楽塾2月の開催日です。
どなたも気楽にご参加ください。

音楽塾では学校で習う音楽でもなく、音大で習う音楽でもなく、ジャズスクールで習う即興でもなく、私なりにこれまでの音楽研究と活動を通じて独自に獲得してきた知見をもとに、音楽の本質そのものにズバリと切りこんでいきます。
同時に、特別な訓練を受けていない人も音楽を楽しんだり、オリジナルな即興演奏をできるようにする道筋を示します。

◎日時 2月2日、9日、16日
    いずれも土曜日、午後5時から6時まで
◎場所 羽根木の家
    世田谷区羽根木1-20-17
◎方式 グループレッスン
◎参加費 月額5,000円(ゼミ生無料)

◎お申し込みはこちら、または水城に直接どうぞ

お子さん連れの参加も歓迎。親子でひとり分のカウントです。
即興演奏法の個人レッスンも受け付けています。
こんな方におすすめです。
・耳覚えのある好きな曲をすぐに弾けるようになりたい。
・歌の伴奏をその場でつけられるようになりたい。
・朗読と即興セッションをやりたい。
・アンサンブルを楽しみたい。
・知っている曲を自分なりにアレンジしてみたい。
・オリジナル曲を作ってみたい。
・音楽について理解を深めたい。

ソニーのMD対応録音/再生機器の販売が終了

ソニーが、ミニディスク(MD)の録音再生に対応したオーディオシステム「CMT-M35WM」の製品出荷を2013年3月をもって終了すると発表した。
その AV Watch ニュースはこちら。
これで20年にわたるMDの歴史が、事実上、閉じられることになる。
20年かあ、意外に短かったんだなあ。

MDは初代MDウォークマンが出たときに飛びついて購入し、その後買い替えながら、少なくとも10前くらいまではかなり愛用していた。
とくに2000年くらいから数年は、コミュニティFMで番組を作っていた関係で、MDはかなり使いこんだ。
現在はどうか知らないが、当時はコミュニティFMに納品する番組音源はMDだったのだ。

番組製作以前にも、あらゆるCDをMDにダビングして、持ち歩いては聴いていた。
なにしろコンパクトなので、持ち歩くには便利だった。
携帯用のCDプレーヤーもあったが、それはほとんど使わなかった。

もとはといえば、カセットテープ式の初代ウォークマンから始まったのだった。
私がまだ学生のころだった。
音楽を持ち歩くという習慣はそれ以来のもので、私に限ったことではなく、ウォークマンはある種世界を変えたといってもいい事件だった。
ソニーはそれほどのインパクトを持った会社だったのだ。
それがいまはアップルに取ってかわられた。

MDを使わなくなったのは、たぶんアップルのiPodが出たからだろう。
2005年か、それより少し前くらいのことだと思う。
現在は iPod touch、iPod nano、iPhone、iPad mini とアップル製品にかこまれて暮らしているありさまだ。
個人的な思いとしては、またソニーが革新的な製品を出して世界をひっくり返してくれないかな、というものがある。

ソニーによれば、MDディスクの生産は故障修理はまだしばらくつづけるとのことだ。

音読日めくり2月2日:斎藤茂吉「蚤」

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、斎藤茂吉「蚤」です。

今日のフォトは富士見台駅の自転車置き場です。
どこの自転車置き場もなんとなく殺風景に感じるのは、私だけでしょうか。

2013年2月1日金曜日

いじめ、体罰、丸坊主、自殺

photo credit: Looking for a Lighthouse via photopincc

同級生が同級生を陰湿な方法でいじめたり、仲間はずれにしたり、暴力やリンチをくわえたり、恐喝したり。
教師が生徒を恫喝したり、追いつめたり、暴力をふるったり、プレッシャーをかけたり。
タレントの女の子がグループ内のルールを破ったという理由で丸坊主になって謝罪会見をおこなったり。
これらはすべておなじ根っこを持っている問題だとかんがえる。

人がなにかあやまちを犯す、設定された目標をこなせなかったり予定どおり到達しなかったり、ルールや法律を守らなかったり、自分たちとおなじ行動が取れなかったり調和を乱したり、といったとき、少しでも権力の上位に立っている者が該当者を「こらしめる」という方法をとる。
「懲罰」によってふるえあがるのは、それを見ている「権力の下位にある者」である。
自分も懲罰を受けまいとして、権力上位者のいうことや設定されたルールにしたがおうとする。

権力上位者はそれがねらいであり、別の言葉でいうと「みせしめ」という行動になる。
基本的に法治国家における法律もこの仕組みで成り立っている。
悪い(と法律に書かれている)ことをすると罰せられる、だから法律は破らないようにする。
これが「法治」という報復的手法による秩序の作り方だ。

いじめも体罰も丸坊主も、おなじ報復的手法の仕組みが適用されている。
報復的手法は一定の効果があるし、げんに多くの国において秩序はそのもとで(かろうじて)保たれているわけだが、この手法の決定的な欠点は社会構造を権力と非権力の側に細分化してしまう、ということだ。
国家権力と市民、といった大きな構造だけではない。
職場などの組織、個人と個人のあいだでさえ、友人や夫婦のあいだでさえ、権力構造を作りだす。
一時的にせよ、長期間にせよ、権力構造は維持される。
それを逆転させようとする絶え間ない争いも起こる。

権力の下位に立って「みせしめ」を見る者は、心身が萎縮することを避けられない。
罰を受けまいとして一定の枠内におさまっていようとするからだ。
スポーツにおいて心身の萎縮は成長・成績を阻害するものであることは自明であるのに、「みせしめ」がなくならないのは、権力者側(指導者)の自分の権力を守ろうする意識が、選手を伸ばそうとする意識より強いからだ。
つまり指導者が弱く自分に自信がなければないほど、権力意識は逆に強まる。
本当は弱い男がやたらとにらみをきかせた気難しい顔をいつも保ち、ことあるごとにどなりちらすようなのもこれとおなじだ。
いじめもおなじ構造を持つ。

指導者が本当に選手たちの成長をねがっているのなら、謙虚になり、選手たちの思いをともに大切にして共感し、どうすればよりよい競技者になれるのかをともにかんがえる姿勢になることは自然なことだろう。
もし自分の方法に誤りがあれば、すなおに認めて正していくだろう。
それが選手たちの成長のためであれば。
これを共感的手法、もしくは修復的手法という。

自殺も丸坊主も私はもう見たくない。
どちらもまったく美しくない。

音読日めくり2月1日:小林多喜二「雪の夜」

「音読日めくり」を更新しました。今日の音読日めくりは、小林多喜二「雪の夜」です。

今日のフォトは富士見台駅の入口です。
西武池袋沿線のこの駅は、毎月一回、音読療法の音読ケアでおとずれている老人ホームがあります。