2011年5月24日火曜日

テキスト表現ゼミ秀作選「美齢は遠くへ行きたかった」

毎週日曜日の夜、羽根木の家でおこなっている「テキスト表現ゼミ」の習作から秀作を不定期に紹介していく。

昨日も書いたように、4月から始めたこのゼミの参加者がメキメキと腕をあげている。まるで「メキメキ」という音が聞こえそうなほどだ。
「同人誌でも出すか」
という話も出たが、お金がかかるので、電子書籍にしよう、ということになった。しかし、その前に手っ取り早くブログで秀作を発表してみることにした。私のコメント付きで。
かつてNIFTYでやっていた「小説工房」のスタイルだ。もっとも「小説工房」では商業出版を目指したエンタテインメント小説を扱っていたのだが、テキスト表現ゼミにはそういう制約はない。「表現」としてのテキストを扱うのだ。

まずは野々宮卯妙の作品を取りあげたい。
これは「三つ編み」というテーマで1000字、という制約を与えてみんなに書いてきてもらったもののひとつだ。
結末は特異なアイディアというわけでもないが、そこへ至る描写のなかに、丁寧に主人公の手触りを織りこんである。三つ編みが彼女にとってどれほど大切なものか。そして彼女の貧しい生活。中国を舞台にしたというのも、そのリアリティを強固なものにしている。
彼女の存在に読者はより沿い、彼女の痛み、悲しみを共有する。体験としてのテキスト読みが提供されている。すぐれた作品だ。

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「美齢は遠くへ行きたかった」(三つ編み)

 美齢《メイリン》は毎日朝七時に、自転車で工場に出勤します。
 家から三十分、黒くて重い自転車のペダルをぐんぐんと踏みます。
 お給料をためて、フレームが細くて軽い、赤い自転車を買いたいと思うこともあります。でも、買い物は我慢しています。貯金をするからです。
「そんなに貯めてどうする。服も買わないくせに。使いみちがないのなら、もっと家に入れろ」
 お父さんが言います。
 でも出しません。
 これは、美齢の結婚資金なのです。でも、そのことは誰にも言いません。馬鹿にされるに決まっているからです。
 美齢は、学校の成績は良い方でした。でも、上の学校には行きませんでした。両親は学費を出してくれませんでした。
 都会の子に生まれればよかった。
 一人っ子には祖父母の四つのポケットがあると言うけれど、それは都会の裕福な家庭の話です。美齢の祖父母はもう亡くなったし、生きていたとしても貧しい農民でしたから、美齢のために、それも教育のためにお金を出してくれはしなかったでしょう。
 だから美齢は、工場に勤めて自分でお金を稼ぎ、貯めます。
 美齢は、長い長い、長い髪を三つ編みにしていました。
 小さいころ、髪の毛が売れるという話を聞いて、伸ばし始めたのです。
 自分でお金を稼ぎたいと思ったとき、どうしたら稼げるのかわからなかった美齢が、唯一できることでした。
 それからずっと切りません。毛先が痛むので思いのほか伸びませんでしたが、三つ編みにしてほとんどくるぶしにつくほどでした。
 何がなくても、この毛さえあれば。
 朝七時、美齢は工場に出勤しました。
 機械を動かし、監視しながらラインからこぼれたものをラインに戻します。
 今日は、機械の調子が悪いようでした。ラインからこぼれるものが多く出ました。美齢はいちいちラインへ戻すたび、監視の集中力が切れるので、不安が増してくるのを感じました。
 気付くと、こぼれたものがどんどん先へ流れていました。
 美齢は、ふだんほとんど動いたことのない自分の立ち位置から、五歩、ラインに沿って踏み出しました。
 それは、美齢が自分で初めて踏み進めた五歩でした。
 五歩歩いたところに、回転ギアがありました。次のラインへの接続ポイントでした。
 こぼれたものをラインへ戻して、美齢が元へ戻ろうと振り返った時、ギアに触れたものがありました。
 美齢の長い長い、長い三つ編みが、ギアにしゅるりと巻きつきました。
 ギアはしゅるしゅると回って三つ編みを巻き込んで行きました。
 声を出す間もなく、美齢はギアに噛まれて行きました。
(了)
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※テキスト表現ゼミは、随時、参加者を受け付けています。
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