2014年2月17日月曜日

あいぶんこ朗読ポッド Vol.60

下北沢〈Com.Cafe 音倉〉で開催している「陣城太郎写真展・下町・町猫・猫生」のオープニングイベントでおこなった、ソロピアノ演奏の模様です。
陣城太郎撮影の街猫の写真をプロジェクターでステージに投影し、それを見ながら水城が即興でピアノ演奏を展開しました。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)
※コンテンポラリー表現ユニット〈ウェルバ・ムジカ〉の結成デビュー戦が中野〈Sweet Rain〉にて2月22日(土)夜に行われます。
 詳細はこちら。

責められることを恐れて萎縮する人々

photo credit: Pinot & Dita via photopin cc 

すべての人は自分のニーズを満たすために生きている。
それを「自己実現」といういいかたをする人もいる。
イキイキと自分らしい時間をすごし、自分を表現し、大切な人とつながり、豊かな人生を送りたい、といったような望みをもち、それを実現させるために生きている。
しかし、人は社会的動物であるがゆえに、自分自身のニーズより他人のニーズや社会的規範のなかで自分を見失い、萎縮してしまうこともある。

子どもがなにかいけないこと――たとえば真っ白い新築の家の壁にクレヨンで絵を描いてしまったというようなこと――をしたとき、それを大人にしかられることがある。
親は自分の子どもに、
「壁に絵を描くのはよくない、ルール違反だ」
ということを教えようとしてしかる。
自分の子どもに社会性を身につけてもらいたい、社会的秩序を守れるようになってほしい、よその家でもそんなことをしないようにルールを守れる子どもになってもらいたい、という望みがある。

子どもにしてみれば、前に紙に描いたときお母さんに喜んでもらえた花の絵を、真っ白い壁に描いたらまたどんなに喜んでもらえるだろうかと思い、わくわくしながら描いたのかもしれない。
しかし、予想に反して怒られてしまった。
そのとき、親に自分のニーズを理解してもらえず、ただ「いけない」と禁じられたとき、自分のニーズを押さえつけようという「萎縮」が起こる。

これは子どもにかぎらず大人でも起こることだ。
自分がなにかをしようとしたとき、そのことで怒られる/責められる/社会的制裁を加えられるのではないかという、漠然とした恐怖/不安をいだき、おこないが萎縮してしまう。
そういう人を見ることが多くなっているように感じる。
社会が他罰的で、法治原則的で、システマチックで、非人間的に窮屈になっていけばいくほど、個々人の行動は制限され、萎縮していく。

そんな風潮のなかで自分まで萎縮するのではなく、自分のニーズにしっかりとつながり、イキイキと行動していきたい。
まずニーズを満たすための自分のおこないがあり、その結果としてなんらかの反応が起こる。
その逆を予想したり想像したとき、行動は萎縮するし、ものごとは予想どおりに進まないことがほとんどだ。
結果を予測するのではなく、ただ自分のニーズに集中し、おこなう。
その結果起こったことについては、そのときにあらためて対処すればいいし、対処できるだけの自分のパフォーマンスを高めておくためにも、自分のニーズを満たすための純粋なおこないに集中できればよい。

おなじようにそのことを他人の行為にあてはめたとき、自分の言葉が相手のパフォーマンスを低下させないためには、時間をさかのぼって相手を避難したり評価したりすることがなんの益もないことに気づくだろう。
おたがいに共感的でありつづけ、高めあえる関係性を持ちつづけたい。

※2月の羽根木の家での共感的コミュニケーション勉強会は、2月22日(土)15時からと、2月27日(木)に開催します。27日の昼の部は15時から、夜の部は19時からです。
 詳細と申し込みはこちらから。

2014年2月16日日曜日

基礎コース、共音のじかん

一昨日から降りつづいた雪で、昨日の朝は家の前の坂道でスキーができるほど積もっていた。
子どものころはよくこういう道でスキーをして遊んだものだが、さすがに東京ではそういう子どもはいない(やればいいのに)。

歩きなれた雪道をちょっと楽しみながら(東京だからね)、羽根木の家まで行って、基礎コースの5回め。
雪のために欠席者が多かったが、予定どおりすすめる。
5回めのテーマは「音声表現としての朗読」。
言葉、意味、ストーリーが伝わる以前に、まず音としてこちらの声が聴衆に伝わるのだ、という認識のもと、人の声の音声としての特徴、それらをあらわす要素の確認と要素を使ったエチュードなどをおこなう。

いつもやっていることだが、昨日はいつもよりさらに踏みこむことができて、なかなかおもしろく感じた。
また、ピアノを使って、音楽とのかけあいも少しやってみた。
朗読は音楽はいっしょにやることが多く、私も実際に「伴奏」を頼まれることがあるが、たいていの朗読者は音楽が鳴っていてもまったく反応することができない。
ただ音楽が鳴っていて、それをバックに朗読する、その場合、音楽はBGMであり、生演奏でなくてCDでもよい。
現代朗読のように生演奏と「共演」する場合、音楽と「音楽的な会話」ができる能力が必要になる。
そのための素養を作る基礎コース5回めであった。

午後はすでに書いたように、韓氏意拳のショートクラスがふたコマあった。

今日は午後から、フリーアナウンサーでヨガインストラクターの植村智子さんとの共同イベント「共音のじかん」を開催した。
参加者がすくなかったのだが、その分ゆったりじっくりとやれた。
中盤はヨガ・ニドラに合わせて私が音楽演奏をおこない、ミュージックメディテーションを体験してもらった。
今日の演奏はこれまでとはちがった展開が出てきて、つい自分自身夢中になってしまう時間があった。
録音していたので、後日、音楽コンテンツとして公開できるかもしれない。

大変楽しく、濃厚な時間だったが、参加者がなかなか集まらないので、また開催の要望があればあらためてやってみたいと思う。

羽根木の家で韓氏意拳初級講習会(2014年3月)

私・水城ゆうとつながりのあるみなさんにお知らせです。
内田秀樹準教練による韓氏意拳の初級講習会の3月のお知らせです。
まったくの初心者や女性の方にもおすすめの、「拳法」というイメージとはまったく違うやさしい内容です。

◎場所 現代朗読協会・羽根木の家(京王井の頭線新代田駅徒歩2分)
    世田谷区羽根木1-20-17
◎日時 2014年3月9日(日)
    10:00~12:30 午前の部
    12:30〜13:00 質疑応答、自主練習
    14:00~16:30 午後の部
    16:30〜17:00 質疑応答、自主練習
   ※「質疑応答、自主練習」の時間は参加自由です
◎参加費 ひとコマ3,000円+会場費・講師交通費計500円

※韓氏意拳の紹介はこちら。
※前回の講座レポートはこちら。

◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ
◎定員 各回8名(定員になりしだい締切らせていただきます)

※まったくの初心者も歓迎。
※お申し込みはこちら。
 お問い合わせ内容に「その他」を選び、メッセージに「韓氏意拳」と書いてください。

● 内田秀樹プロフィール

韓氏意拳 創始人 韓競辰及び日本韓氏意拳学会公認 初級準教練。
2007年より韓氏意拳を学び始め、韓競辰、光岡英稔、駒井雅和、鹿間裕行より指導を受ける。
2008年より埼玉分館 世話人補佐を務め、2013年4月より教練養成課程に入る。
現在、東京分館、埼玉分館で指導活動中。
東京都で呉服屋を営む。

● 講師からのひとこと

体験会では韓氏意拳の基礎となる形体訓練、平歩站椿をご紹介します。
身体から生じる動には、私たちの思っているよりももっと広く豊かな味わいがあります。
しかしこうした味わいは身体が活きている様子に注目していないと感じる事が出来ません。
そのため韓氏意拳の練習では動くという問いを通じて、身体の呼応を感受していきます。
練習は手を振る、開く、上げる、横を向くなどとても簡素で、運動経験、武術経験のない方でも大丈夫です。
皆さんと一緒に深く楽しく感受、精査していきたいと思います。

韓氏意拳 初級準教練 内田秀樹

羽根木の家での韓氏意拳ショートクラス2コマ終了

昨日は羽根木の家で、内田秀樹準教練を招いての韓氏意拳ショートクラスをふたコマ、開催した。
昨日は韓氏意拳初体験の方が4人いたので、その反応や感想がおもしろかった。
私が韓氏意拳を始めたのは昨年の6月のことだが、自分が最初に体験したときのとまどいや不可思議さを、昨日の初体験のみなさんの反応を見ていて思いだした。

これは韓氏意拳を始める多くの人がいうことだが、「最初はなにをやっているのか、なにをいわれているのか、まったくわからない」。
私もそうだった。
しかし、そのわからなさに魅力を感じた。
人間を56年間もやってきて、これほどまでに自分の理解を超えたものがあるのか、という魅力だ。
これを自分は理解し、身につけることができるようになるのか、という五里霧中の感触があった。
むしろこれからロシア語を学ぶほうがわかりやすい気がする。

しばらく稽古に通っているとやがてわかってくるのだが、これはなにかを「理解する」ということではない。
まさに「体感」するのであって、「体認」が必要なのだ。
韓氏意拳のわからなさは、我々が現代人であるから起こるのだ。
現代人がおちいっているある種の「病」のようなものを、あらためて精密に洗い出す作業が、韓氏意拳には必要だ。
そこがおもしろい。

昨日の初体験のみなさんはいずれも好奇心が旺盛で(でなければわざわざ来ないだろうが)、わからなさを楽しんでもらえたと同時に、さらに興味を持ってくれたようだった。

1時間半のショートクラスをふたコマやってもらって、ひとコマだけの参加の人もいたが、通しで参加の人もいた。
終わってから内田先生が残ってくれたので、講習とは別枠でみんなが疑問点をぶつけたり、実際に試技をやってもらったりした。
私もすこし教えてもらって、ありがたかった。

あさ、ミキティ夫婦がまだ生後3か月の赤ちゃんを連れての参加。
お互いに預け合いながら受講していたのはうれしかった。
終わってからみんなでさんざん、赤ちゃんをあやしてなごやかな雰囲気を楽しんだ。

※次回の羽根木の家での韓氏意拳講習会は3月9日(日)です。
 詳細とお申し込みはこちら。

2014年2月15日土曜日

家の前で遭難しかけた日のこと

今日(もう昨日か)は豊田市で某住宅メーカーのプロモーションビデオに出演者として参加するため、昨夜から泊まっていたビジネスホテルで目がさめる。
起きたら一面の雪で、今日は一日降りつづくと予報している。
が、夜にはゆるむらしい。
そのかわり、午後からは雪の中心は関東に移動して、夜まで降るという。

撮影は夜までかかり、それから遅い新幹線で東京にもどるつもりだったので、ちょっと心配になってきた。
私以外にも東京組が4人くらいいる。

映像の撮影に関わったことがある人なら知っているだろうが、ほんの数分のビデオを作るために丸一日、大勢のスタッフが時間をかける。
メインの出演者は出ずっぱりだが、ちょい役は待機時間がやたらと長い。
控え室でだらだらとすごす。

バラさんが読んでいて、ちょうど読み終わった本『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』大江健三郎をもらったので、読んだりした。
これはなかなかよい。
つづきは明日以降、ゆっくり読もう。
そのほかに、坂野さんと作曲の話やら音楽界の話やら、いろいろできたのも楽しかった。

夕方、ようやく出番になり、メークをしてもらって、着替えて、ほんの少し演奏したら、もう終了。
バタバタと撤収して、それでも撮影会場を出たのは20時前だった。
制作会社の人に車で名古屋駅まで送ってもらった。

東京のほうはかなりの雪になっているということだが、さいわい新幹線は遅れながらも動いていて、21時半くらいののぞみのチケットを確保できた。
新幹線は名古屋駅では10分遅れくらいで出発し、快調に走っていたのだが、熱海をすぎたらがくんと速度が落ち、品川に着いたときには25分くらいの遅れになっていた。
それでもまあそのくらいですんでラッキーだった。
なぜなら、まだ山手線も井の頭線も動いている時間で、その両方ともこの大雪にもかかわらず、遅れながらもちゃんと動いていたからだ。

0時ちょうどくらいに下北沢駅に到着。
雪はまだガンガン降っている。
暖気が入ってくるので東京の雪は21時くらいには雨に変わる、といっていた予報は完全にはずれた。
こういうはずれ方は命に関わるのではないか?
私は傘を持っていなかったので、〈うちだのきもの〉で購入したパンダ柄のガーゼ手ぬぐいを頭に巻き、それで歩いて帰った。
これは大変たすかった。
なかったら遭難していたかもしれない(うそ)。

ほんの5分くらいの距離だが、道は新雪におおわれ、歩くとキュッキュッと音を立てる。
雪を見ると自動的に嫌悪をもよおす悲しい北陸人のさがだが、今夜の新雪はちょっと子どものころのわくわく感を思いだした。
うちの前の坂道をスキーですべったらさぞかし最高だろう、と想像しながら、室温3度の自分の部屋にもどり、ガスファンヒーターをぶん回しているところ。
帰宅して1時間たったが、まだ8度。
蘭が枯れないか心配。

2014年2月14日金曜日

雪の豊田

頼まれ仕事で昨夜から豊田市に来ているのだが、ビジネスホテルでめざめたら一面の雪。
かなり強く降っている。
もう5センチくらい積もっている感じ。
これから仕事の会場まで移動するのだが、無事に到着できるだろうか。

ナレーションの仕事をしているバラさんは決して顔出し仕事をしないのだが、今回は非常にめずらしいことに顔出し仕事だ。
いろいろと事情があったらしいが、いずれにしても大変めずらしいことなので、私も頼まれたとき、バラさんの顔出し仕事見たさ半分で引き受けた。
私はとくに顔出し仕事に抵抗があるわけではない。
ただ、映像の仕事はめんどくさいことをよく知っている。

今回はある住宅メーカーのプロモーションビデオの撮影仕事で、放送で広く使われるわけではないらしい(いまのところ)。
たぶん省エネ住宅のプロモーションで、そこに住む家族(バラさんやほかの役者さんたち)と、家族の親しくしているミュージシャンがホームパーティーを楽しむ、という設定だと聞いている。
ミュージシャンとして私と坂野さん、それから名古屋の知り合いに紹介してもらった女性ふたり(だれなのかまだ知らない)が来るようだ。

昨夜はバラさんと名古屋駅で落ち合って、ひさしぶりにふたりで飲みながらいろいろな話をじっくりした。
バラさんと私とは多少方法論は違うが、表現についての本質的なかんがえかたはまったく一致しているので、ひさしぶりにいろんなことを確認しあえて楽しかった。
それにしても、クセックは今年は7月にスペイン公演、秋にはメキシコ公演もあるかもしれないという。
うらやましいかぎりだ。

雪が降りつづいているが、そろそろ出かけなければならない。
ボタ雪になって、さらに激しく積もりそうな感じだ。

2014年2月13日木曜日

あいぶんこ朗読ポッド Vol.59

下北沢〈Com.Cafe 音倉〉で開催している「陣城太郎写真展・下町・町猫・猫生」のオープニングイベントで、現代朗読の仲間が朗読パフォーマンスをおこないました。
テキストは萩原朔太郎の「猫町」を構成したものです。
全3回のうちの3回め、最終回。

出演は現代朗読の野々宮卯妙、山田みぞれ、上山根夏美、そしてピアノ演奏が水城ゆう。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)
※コンテンポラリー表現ユニット〈ウェルバ・ムジカ〉の結成デビュー戦が中野〈Sweet Rain〉にて2月22日(土)夜に行われます。
 詳細はこちら。

なにを書けばいいのかわからない人へ

photo credit: Pink Sherbet Photography via photopin cc

テキスト表現ゼミ(次世代作家養成塾)に来る人で、
「なにか書きたいけれど、なにを書いていいのかわからない」
という人がしばしばいる。
これを「よい傾向」ととらえよう。
というのは、
「自分はなにを書きたいのかはっきりしているけれど、その書き方がわからない」
といってやってくる人よりずっとおもしろいものが書ける可能性が高いからだ。

「なにを書きたいのかはっきりしている人」というのは、じつは自分のなかに「書きたいことがはっきりと形をもってあると思いこんでいる人」であることがしばしばだ。
論文や企画書やマニュアルといった「ある外形的機能」を目的としたテキストは別だが、小説や詩のように「自分を表現するため」のテキストは、あらかじめなにか書きたいことが用意されているわけではない。
なぜなら、いまこの瞬間の自分がなにを書きたいのか、自分自身ですらわからないというのが本当のところだから。

「表現作品」としてのテキストライティングにおいては、「自分がなにを書きたいのか」を探る作業が主要であり、その過程が表現行為そのものだといっていい。
もちろんその行為の結果として物質化されたテキストは「作品」となるわけだが、その作品に表現行為の名残り、つまり書き手の息づかい、手触り、存在感がないものは、製品としては整っているかもしれないが、表現物としては魅力にかけるといえるだろう。
表現者は「製品」や「商品」を作るわけではなく、「表現物」を作るのであり、もっといえば表現行為そのものが生きていることそのものなのだ。

それはそれとして、書きたいのになにを書いていいのかわからない、という状態は実際こまったことだろう。
そういうとき、どうすればいいか。

まずは思い浮かんだことば、フレーズ、文章、なんでもいいから、書きつけてみる(もちろんキーボードで打ってもいいのだが)。
たとえば「吾輩は猫である」というふうに。
そうしてそのテキストをながめていると、つぎのテキストが自動的に自分のなかから呼びだされてくる。
漱石の場合、それは「名前はまだない」というフレーズだったのだろう。
私の場合はどうだろう。
「人間でいえば百歳をこえている。」
これはたったいま、ふと浮かんできたことだ。

こうやって前のフレーズに呼びだされた文章を次々とつないでいくと、なにが起こるだろうか。
壮大な長編になるだろうか。
あるいは予想外な短編ができるだろうか。
それとも詩になるだろうか。

自分のなかからなにが出てくるのか、いまこの瞬間には自分ではわからない。
が、書いてみたとき、自分がなにを書きたかったのか、わかるのだ。
それは書いてみてはじめて確認できる。
すべては「いまここ」の、自分という肉体と精神の偶有性がなしとげてくれる。
それを楽しんで書けばいい。

もちろん、書きあがったとき、あるいは書いている途中で、「これはつまらない」と感じることもあるだろうし、客観的にみてクオリティが低いと判断できることもあるだろう。
そのときにはそれを捨て、またつぎの偶有性にむかっていけばいい。
ここでためらわず、惜しげもなく捨てられるかどうかが、テキスト表現者のクオリティを決定づけるといっていいだろう。
なに、心配することはない。

自分のなかから無限のことばが果てしなく生まれてくる。
これはだれもがそうで、例外はない。
私が保証しよう。
すべての人は自分のなかに宇宙を持っている。

※テキスト(文章/文字)を使った自己表現を研究するためのゼミナール、2014年2月の開催予定はこちら。

2014年2月12日水曜日

あいぶんこ朗読ポッド Vol.58

下北沢〈Com.Cafe 音倉〉で開催している「陣城太郎写真展・下町・町猫・猫生」のオープニングイベントで、現代朗読の仲間が朗読パフォーマンスをおこないました。
テキストは萩原朔太郎の「猫町」を構成したものです。
全3回のうちの2回め。

出演は現代朗読の野々宮卯妙、山田みぞれ、上山根夏美、そしてピアノ演奏が水城ゆう。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)
※コンテンポラリー表現ユニット〈ウェルバ・ムジカ〉の結成デビュー戦が中野〈Sweet Rain〉にて2月22日(土)夜に行われます。
 詳細はこちら。

喉風邪ぎみ、韓氏意拳の稽古

一昨日くらいから喉がイガイガしてタンがからみ、いやな感じだったのだが、今日はちょっと空咳っぽいのが出てきた。
風邪っぽいが、熱があって寝込むというほどではない。
なんとかこのままやりすごしたい。

免疫系に仕事してもらうために、なるべく過度な食事はひかえ(とくに糖質の摂取をひかえる)、できるだけ安静にしてすごす。
だいたい部屋にいて仕事し、食料品の買い物と羽根木の家に一度出かけたのみ。
それにしても、今日は日中も冷えこんでいた。
ガスファンヒーターをつけているのだが、温風があたらないところは冷え冷えとする。

それでも体調の悪化はなんとかまぬがれそうなので、夜は予定どおり、中野まで韓氏意拳の稽古に出かけた。
今夜は会員限定クラスだったので、形体訓練と基礎試力という基本的な稽古をしっかりとおこないつつ、「技撃」という拳法らしい側面との関連性を多く見せてもらうことができた。
一見、武術らしからぬ形体訓練や平歩站椿といった練習方法が、じつは技撃そのものにダイレクトにつながっているのだという理解ができたとき、韓氏意拳の訓練体系のすばらしさがわかったような気がしたが、今夜もそれを多く確認できた。

韓氏意拳はまだまだマイナーな武術で、日本ではあまり知る人はいないが、稽古に参加している人はじつにさまざまな職種がある。
以下はあくまで私の印象だが、一番多いのが、整体の仕事をされているような、人の身体と向かい合うことが多い方。
つぎに多いように思うのが、私のように「表現」をやっている人。
私以外にもピアニストの方がいる。
また、ビオラ奏者の方、ダンスの先生、ヴォイスパフォーマー、歌手といった方が稽古にいらしていて、おもしろい。
やってみればわかりますが、自分の身体と深く、緻密に向かい合う韓氏意拳は、表現の場において大変有用で有効だと感じる。

今週末土曜日15日は、羽根木の家で韓氏意拳の体験講習会ショートクラスがふたコマ開催される。
ショートクラスなので初めての方も参加しやすいかもしれない。
定員まであとわずかなので、興味のある方はお早めにどうぞ。
詳細と参加申し込みはこちら。

2014年2月11日火曜日

OmmWriter

私はすべての文章をMacBookで執筆しているが、テキスト入力に使うアプリは目的と気分に応じていろいろある。
メインは「Scrivener」というBookWriting支援アプリだ。
これはもう手放すことができない。

ほかにちょっとしたメモはMac純正の「メモ」。
日記は「DayOne」というアプリ。
そのほかに、シナリオを書いたり(文字数や行数計算が必要)、縦書きプリントしたり、青空文庫モードで出力したりするために、「iText Express」と「Jedit」というアプリも使っている。

今日紹介するのは、一日に一回はかならず立ちあげる「OmmWriter」というアプリだ。
これは立ちあげると、全画面になる。
全画面でしか使うことができない。
ほかのアプリが目にはいらないので、執筆に集中できるというわけだ。
非常にシンプルなアプリで、ものを書く以外のことはなにもできない。

デフォルトでは、立ちあげると真っ白い雪原の風景があらわれ、そこにテキストを入力する。
雪原には枯れ木が何本か立っていて、真っ白ないまにも雪が舞い降りてきそうな空もある。
どんよりした空ではなく、明るい雲におおわれた空だが、青空ではない。
テキストを入力する枠の大きさはドラッグして広げたり縮めたりできるが、入力しはじめると枠は消える。

あらかじめ用意されたBGMを鳴らすこともできる。
思考をさまたげない、静かなヒーリング系のサウンドだ。
これは設定で変更できる。

設定で変更できるのは、ほかには文字のフォント、大きさ、入力時のクリック音など、いくつかのことだけ。
本当にシンプルなアプリで、そこが気にいっている。
なにか集中して執筆したいときは、これを使うようにしている。

カフェ・オハナでの共感的コミュニケーションWS、終了

昨夜は三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉で共感カフェ「共感的コミュニケーション・ワークショップ、ミニライブ付き」を開催した。
ちょっと風邪ぎみで喉が痛く、空咳が少し出るが、体調がひどく悪いというほどでもない。

昨夜は参加者が6人、男性はひとり。
うち4人が初めて共感的コミュニケーションに接する方で、ベーシックな考え方からまず説明した。
例題を使って共感のプロセスを解説したあと、2人組のペアになってもらってお互いに話を聞いたり聞いてもらったりしながら、共感のプロセスを実際な体験してもらった。

シンプルにプロセスなので、だれでも理解できるのだが、実際にやってみるとうまくいかないことが出てきたりする。
また学習が進んでいくと、さらに深い部分にアクセスしていくスキルが必要になってきたりして、いくらでも理解を深めていくことができる。
通りいっぺん学んでわかったつもりになってしまう人も多いようだが、なるべく継続的学んでいただきたいなという希望が私にはある。
そのために、リピーターも参加しやすい参加費の設定にしてある。

肉親がとてもテンションが高く、ついていけない、また自分のことをコントロールしたがっていて、いうとおりにしないと怒りだしてしまう、どういうふうに接したらいいだろうか、という悩みがあった。
まずは相手にたいして「この人はテンションが高い人だ」「自分をコントロールしたがっている」というレッテルをはずし、そのニーズを推測し共感してみる。
すると、レッテルの向こう側から人間としての顔が見えてきて、相手にも大切なニーズがあるのだということが見えてくる。
その上で、相手のニーズにつながり、尊重し、なおかつ自分のニーズも伝え、おたがいに尊重しあえる関係を築くように試みてみる。
つぎに会うとき、どのような報告が聞けるか、楽しみだ。

ミニライブでは野々宮卯妙に私の「How Deep Is The Ocean」を朗読してもらった。
私もミニキーボードをMacBookにつないで演奏したのだが、キーボードが小さすぎて演奏しにくいのなんのって。
これからはもうすこし演奏しやすい大きさのキーボードを持っていくことにしよう。

次回のカフェ・オハナでの共感的コミュニケーション・ワークショップ、ミニライブ付きは4月21日(月)夜に開催します。
詳細はこちら。

2014年2月10日月曜日

あいぶんこ朗読ポッド Vol.57

下北沢〈Com.Cafe 音倉〉で開催している「陣城太郎写真展・下町・町猫・猫生」のオープニングイベントで、現代朗読の仲間が朗読パフォーマンスをおこないました。
テキストは萩原朔太郎の「猫町」を構成したものです。

出演は現代朗読の野々宮卯妙、山田みぞれ、上山根夏美、そしてピアノ演奏が水城ゆう。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)
※コンテンポラリー表現ユニット〈ウェルバ・ムジカ〉の結成デビュー戦が中野〈Sweet Rain〉にて2月22日(土)夜に行われます。
 詳細はこちら。

佐村河内守(新垣隆)騒動について音楽家として思うこと

photo credit: frawemedia via photopin cc

すでにさんざんあちこちで書かれているので、いまさら私が書くようなことでもないが、ひとつ引っかかることがあるので、音楽の作り手側からの視点で私なりに思ったことを記しておく。

佐村河内氏は耳が不自由で音が聴こえない、そんなハンディを乗りこえてこんなすばらしい曲を作るなんてすごい、というストーリーのもとに、大きなお金が動くことになった。
しかし、私はまずそこのところに引っかかる。

音が聴こえないと曲が作れない、と多くの人が思っているようだが、そんなことはない。
たぶんこれは、晩年のベートーヴェンが聴覚を失い、それで苦労したというストーリーにもとづいている面が大きいと思うが、私の解釈では晩年のベートーヴェンは耳が聞こえなくなったせいで作曲に支障をきたしたわけではない。
むしろ作品が証明しているように、ますます円熟を増したのだ。
つまり、耳が聞こえなくなったから作曲ができなくなる、というようなことは(ある程度音楽をわかっている者なら)まったくない。

もし私の耳が聞こえなくなったら曲を作れなくなるかというと、まったくそんなことはないと断言できる。
音が聴こえなくても曲は作れる。
作曲家ならわかるだろうが、いちいち音を鳴らして確認しながら作曲をする者などいない。
ある程度完成してから、確認のために弾いてみることはあるかもしれないが、もし机上でイメージして書きつけた音符と、実際に演奏してみた音がずれていたりしたら、その者は作曲能力そのものを疑ったほうがいい。

佐村河内氏は耳が聞こえないから作曲に不自由したというより、作曲能力そのものが欠如していたと解釈するほうが妥当だろう。
しかし、曲のプロデュース能力はあった。
これは耳が聞こえる/聞こえないということとはまったく別の問題だ。

その曲がすばらしいかどうかは、その曲自身が示している。
けっして作曲家にまつわるストーリーが曲の価値を決めるわけではない。

というようなあたりまえのことをわざわざ確認しなければならないところに、商業がからんだ音楽の病巣がある。

都知事選、吉田屋の1センチ厚チャーシュー

昨日は午前中から都知事選の投票に行ってきた。
結果は周知のとおりの情けないものだが、宇都宮さんが100万票近くを獲得して二位に出たのは、細川=小泉組に流れた人たちの反省をうながすもので、今後の展開に影響するだろう。
ニーズを取るか、戦略を取るかの違いであって、戦略を取った人たちにたいする信頼感の低下は否めない。
私は舛添はかならず近いうちに失脚すると思っていて、つぎのチャンスはまたほどなくやってくるだろう。
舛添に投じた高齢者たちは、真剣に孫の世代にどういう社会を手渡していくか、なにが大切なのかをかんがえてほしい。

投票に行ったついでに、いつも行くラーメン屋〈バサノバ〉の、環七をわたった斜め向かいにある〈吉田屋〉という食堂にはいってみた。
古くからある食堂らしく、お運びのおばあさんと、厨房にはおじいさんがふたりで作っている。
チャーシューメンを注文してみた。
で、びっくり。
チャーシューがこれでもかというくらい分厚いのだ。
厚みが1センチはあろうかというチャーシューが5枚乗っている。

ラーメン自体はなつかしい東京風ラーメン。
ちょっと豪徳寺の〈萬来軒〉を思いだした。
あまりにチャーシューのボリュームがあるので、あやうく食べ残すところだった。

今日は夜に三軒茶屋の〈カフェ・オハナ〉で、隔月でやっている共感的コミュニケーションのワークショップ。
興味のある方はこちらをどうぞ。

2014年2月9日日曜日

音楽塾「即興演奏ワークショップ」は個人セッションになった

社会人のための共感スキル講座につづいて、音楽塾「即興演奏ワークショップ」も雪のためなのかどうかわからないが、参加者が少なく、結局、おひとりだけの個人レッスンとなった。
ポップスを歌っている若い女性の方で、目的がはっきりしていたので、結果的に個人レッスンになってよかったかもしれない。

かなりしっかりしたオリジナルの楽曲を作っていて、和声進行もユニークだが音楽的に破綻のないものだが、本人は音楽理論の理解について不安をおぼえていて、「よい」と感じた曲の耳コピーができないことなどについてなんとかしたいと思っているとのことだった。

とりあえず、オリジナル曲のコード進行を洗いだし、それがかなりリーズナブルな構成になっていること、またその構成の理論的裏付けなどを解説した。
専門学校で音楽を学んだとのことだが、音楽の本質的な核心部分を学校で教えることはないので、そのあたりを私がサポートできれば幸いだと思うのだ。

それはともかく、とっても魅力的な方だったので、これからどのような道をたどるのかはわからないが、多くの人に聴かれ、愛されるアーティストになる可能性は充分にあると思った。
がんばってほしいな。

音楽塾「即興演奏ワークショップ」の次回開催は、2月23日(日)です。
詳細はこちら。

2月の社会人のための共感スキル講座、終了

昨夜からの大雪で、今日の講座はキャンセルが次々と出た。
私の講座のみならず、知り合いのライブやイベントが次々と中止になっているようだった。
それでも、参加者がひとりいたので、音読療法士の野々宮が個人セッション的にじっくりと話を聞かせてもらった。

企業という組織のなかで、ぎくしゃくした人間関係におちいってしまったとき、なにができるか。
ストレスにさらされ、うつにおちいってしまう人も多くいる。
転職を選択する人もいる(転職先でうまくいくかどうかは運しだいだ)。
こんなものかとあきらめ、ほかのことでストレス発散することに熱心になる人もいる。
共感的コミュニケーションではそのどれも選ばない。

自分を排除しようとしているように見える人、敵対的に思える人、自分ひとりのけものにされているように感じる状況において、つねに「共感スキル」を忘れないことで自身の落ち着きと余裕を確保し、いつでも共感的な態度でいられることをこころがける。
そして、もし共感的に相手とつながるチャンスがあれば、すかさず共感的な言葉をかけてみる。

その言葉はあらかじめ準備されたものであっても、まずはかまわない。
こういう場合はどういおう、とあらかじめ用意しておいた言葉を、とっさに相手にかけてみる。
その結果としてなにが起こるかを見てみる。
まずはそこからスタートする。

難しいケースもやさしいケースもあるけれど、いずれにしても、まずは自分自身に共感すること。
そして相手のニーズを推測してみること。
共感の言葉を発してみること。
それでものごとの関係性が劇的に変わることがしばしばある。
変わらなくても失なうものは、現時点ではない。
こころみてみる価値はある。

次回、3月の「社会人のための共感スキル講座」は3月8日(土)の開催です。
今日来れなかった皆さんも3月はおいでになるそうです。
詳細とお申し込みはこちらから。

水城ゆう音楽塾「即興演奏ワークショップ」2月の開催

音楽塾では「即興演奏を楽しみたい」という要望を受けて即興演奏を楽しむための実践的なワークショップを開催しています。
初めての方もリピーターも参加しやすい内容になるよう、工夫をしています。
どなたも気楽にご参加ください。

◎日時 2014年2月23日(日) 18:00〜20:00
◎場所 現代朗読協会「羽根木の家」
    世田谷区羽根木1-20-17
◎定員 6名(定員になりしだい締切らせていただきます。予約優先)
◎参加費 3,000円(現代朗読ゼミ生は無料)

◎お申し込みはこちら
 項目に「その他講座申し込み」を選び、メッセージ欄に「音楽塾」と明記ください。

即興演奏ワークショップの進め方や内容詳細については、こちらをご覧ください。

音楽塾では学校で習う音楽でもなく、音大で習う音楽でもなく、ジャズスクールで習う即興でもなく、私なりにこれまでの音楽研究と活動を通じて独自に獲得してきた知見をもとに、音楽の本質そのものにズバリと切りこんでいきます。
同時に、特別な訓練を受けていない人も音楽を楽しんだり、オリジナルな即興演奏をできるようにする道筋を示します。

こんな方におすすめです。
・従来の反復練習をせずに自分なりに音楽演奏を楽しみたい。
・耳覚えのある好きな曲をすぐに弾けるようになりたい。
・歌の伴奏をその場でつけられるようになりたい。
・朗読と即興セッションをやりたい。
・アンサンブルを楽しみたい。
・知っている曲を自分なりにアレンジしてみたい。
・オリジナル曲を作ってみたい。
・音楽について理解を深めたい。

ワークショップの模様の抜粋をこちらでご覧いただけます。
 音楽塾がめざす方向性について
 伴奏を即興的につけていっしょに歌う
 ソロでの即興演奏のさわり
 リズムで即興、聴くことから始まる

※3月は9日(日)と23日(日)に開催します。

2014年2月8日土曜日

現代朗読基礎コース4回め、こたつ朗読

今日は午前中から現代朗読基礎コース。
ところが、朝起きてみたら、うっすら雪が積もっている。
未明から降りはじめて、明日の朝にかけてどんどん降るらしい、との天気予報。
20センチという積雪予報が出ている。

基礎コース参加者の欠席届けがぞくぞくとやってきたが、がんばって来る人もいたので、休講にはしなかった。
結局、私もいれて5人で決行。
会場である羽根木の家の庭にどんどん雪が降りつもっていくなか、基礎訓練と今回4回めのテーマである日本語発音発声の基本と規則について、詳細に検証する。

よく、イントネーションとか鼻濁音とか無声化といったことを、金科玉条のように「守らねばならないこと」として訓練し身につけようとする人がいるが、現代朗読ではその原理と知識を身につけておくことで表現の幅を広げるために用いる。
これを「使わねばならない」ということではなく、選択肢を増やすのだ。
使う、使わないは、その時々の表現者の選択による。
それより、このような日本語発音発声規則が生まれたその理由について、原理的な理解を深め、意味ではなく音声としての「ことば」にたいする感受性を深めておきたい。

さらに雪が降りつづくなか、午後は初めての「こたつ朗読」のこころみ。
参加者はてんトコロ、宮本菜穂子、野々宮卯妙、高崎梓の4人。
使用テキストは太宰治の「姥捨」。
通して読めばたぶん1時間くらいの作品。
これを全員がこたつにはいった状態で、さまざまな演出を加えて「群読作品」として仕上げていく。

部分部分を区切り、演出指示をこまかく出しながら、どんどんライブ収録していった。
いやいや、なかなかおもしろいではないか。
「こたつ」という限定された場所で、どれだけ朗読の未知の可能性を引きだすことができるか、という挑戦でもあった。
みんなは集中力のようするハードな収録を最後までこなしてくれた。
14時からはじまって、終わったのが17時半くらいだった。

あとはこれを映像・音声編集し、コンテンツとしてまとめる作業が残っている。
たぶん、前代未聞のおもしろい朗読作品になるはずだ。
完成までしばらくお待ちください。

終わって自室に帰ろうと外に出たら、20センチ以上の積雪。
そして猛烈な地吹雪。
雪質もふわふわさらさらで、私の地元である北陸の雪とはまったく違う。
車はほとんど走っていないし、電車も飛行機も止まっているらしい。
結局、中央線が止まってしまったので梓は家に帰れず、羽根木泊になったようだ(気の毒)。

新橋、清水治療室、神楽坂エコパオ、下北沢音倉新年会

昨日は新橋まで行き、清水治療室で膝の治療。
ついでに昼食を路地をはいったところの適当な店で食べたのだが、今回はハズレ。

新橋から神楽坂に移動。
共感的コミュニケーションの勉強会やNVCのワークショップでご一緒している杉田さん(たか&ともさん)ご夫妻がやっておられる温熱・鍼灸治療院〈エコパオ〉にお邪魔する。
こちらのカフェコーナーで共感カフェを開催できないかという打診があって、その下見と打ち合わせにうかがった。

エコパオには一目惚れしてしまった。
本当に素敵な場所で、建物自体が戦後、日本画家がアトリエ兼住居にしていたという古いものだが、大変雰囲気のあるもの。
そこをきれいに使われている。
内装はともさんの趣味で骨董品が多く使われ、喫茶コーナーもずっとそこですごして本でも読んでいたいような居心地のよさ。

外には足湯の設備があって、これはメディアに取りあげられたこともあって有名らしい。
はいらせてもらったが、気持ちいいのなんのって。

さっそく3月18日(火)の夜にこちらで共感カフェを開催させてもらうことになった。
早めに来て足湯を使ったり、たかさんから治療を受けたりするのもいいだろう。
私も一度治療を受けようと思っている。
エコパオでの共感カフェの詳細はこちら。

夜は下北沢〈Com.Cafe 音倉〉に行き、新年会に参加。
行ったらすでに餅つきが始まっていて、大変盛りあがっていた。
餅つきのあとはステージで何組かがパフォーマンスを披露し、私も朗読の野々宮と出演した。
私の「眠らない人」を朗読してもらってピアノ演奏をしたのだが、皆さん、しーんと聞き入ってくれた。
後半は店のスタッフらの楽しいパフォーマンスでさらに大盛り上がりだった。
ちょうど街猫の写真展を音倉で開催中の陣さん夫妻も来ていたので、いっしょに楽しんだ。

2014年2月7日金曜日

(まとめ)あいぶんこ朗読ポッド Vol.51〜55

今日は「あいぶんこ朗読ポッド」のVol.56を配信しました。
これまで配信したVol.51からVol.55は以下のリンクからご覧ください。
お見逃しの方はこの機会にぜひどうぞ。

 Vol.51 コンテンポラリー・ダンサー政岡由衣子と水城ゆうの即興セッション
 Vol.52 なにをどう書いていいのかわからない人はどうすればいいのか
 Vol.53 宮本菜穂子の朗読、夢野久作「空家の傀儡踊(あやつり)」
 Vol.54 小説作法における視点、読者と登場人物の距離の作り方
 Vol.55 山田みぞれとのトーク(と朗読少し)

Vol.46〜50のまとめはこちら。
Vol.1〜45のまとめはこちらのリンクから。

※コンテンポラリー表現ユニット〈ウェルバ・ムジカ〉の結成デビュー戦が中野〈Sweet Rain〉にて2月22日(土)夜に行われます。
 詳細はこちら。
※テキスト(文章/文字)を使った自己表現を研究するためのゼミナール、2014年3月の開催予定はこちら。

あいぶんこ朗読ポッド Vol.56

現代朗読協会のテキスト表現ゼミでは、時々、テキスト表現エチュードと称して執筆のためのさまざまな練習をすることがあります。
今回は「長編小説の書きだしの3行を書いてみる」というエチュードをみんなでやってみました。
出だしの3行が書ければ、あとは長い物語も書けるのだ、という経験則にもとづいています。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)
※テキスト(文章/文字)を使った自己表現を研究するためのゼミナール、2014年2月の開催予定はこちら。

街猫写真展オープニングイベントでの

先日、2月4日の夜、下北沢〈Com.Cafe 音倉〉でおこなわれた「陣城太郎街猫写真展」のオープニングイベントで、陣さんと私が猫トークをしました。
その模様がYouTubeにUPされたので、ご紹介させていただきます。

前半のトーク
後半のトーク

そして今夜は音倉の新年会に参加します。
餅つき大会をやったり、何人かがステージでパフォーマンスを披露します。
音倉の女将である庄野真夜さんも、なにやら秘密のユニットで出られるとか。
私は現代朗読の野々宮と朗読パフォーマンスでピアノ演奏する予定です。
参加費1,500円。
みなさん、気軽にいらしてください。

2014年2月6日木曜日

あいぶんこ朗読ポッド Vol.55

「羽根木の家」スタジオで収録したトーク(と朗読少し)です。
出演の山田みぞれは、3月29日に八丁堀の〈七針〉で初の朗読ワンマンライブをおこないます。
ワンマンといってもひとりきりでやるのではなく、音楽や朗読、そしてダンスのゲストなども多数友情出演するにぎやかな朗読会になるでしょう。
また〈ウェルバ・ムジカ〉のデビュー戦にも出演します。
そんな話を近況などとともに聞きました。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)
※コンテンポラリー表現ユニット〈ウェルバ・ムジカ〉の結成デビュー戦が中野〈Sweet Rain〉にて2月22日(土)夜に行われます。
 詳細はこちら。

2014年2月5日水曜日

寒い一日、韓氏意拳の稽古

今日は一日、気温があがらず寒かった。
明け方は零下で、日中は陽が出たが、気温は3〜4度くらい。
夕方から夜にかけて、また零下になった。

天気予報で見ると、北陸はずっと零下で、今夜はマイナス5度までさがるらしい。
雪がすくないのはいいが、凍結が心配だ。

夜の韓氏意拳の稽古で中野まて行く。
風が吹くと肌を刺すように寒い。

今夜の稽古は、ついつい実感を追いもとめてしまったり、型をなぞったりする習性について、厳しくチェックしてもらったりしながら、ただ自己が生きる方向に注目する練習を繰り返しおこなった。
自分の、人間であるがゆえの病、文明のなかで育ち生きていることの病、頭・思考・社会性・癖が先行してしまうことの病について、たくさん気づくことができ、今後の稽古での課題をたくさんもらった日だった。

韓氏意拳の稽古は大変集中力を要するが、自分の未知を知る過程である体認がおもしろくてしかたがない。
これは実感として、自分のピアノ演奏の現場や朗読演出において、言語化するのはむずかしいが、まちがいなく役に立っている実感がある。
いや、役に立つ、立たない、という低次元の話ではなく、私個人にとっておもしろいからつづけている、ただそれだけの話だ。

※内田秀樹準教練による韓氏意拳の初級講習会@羽根木の家の2月開催の詳細とお申し込みはこちら。

新聞「日刊県民福井」にピアノコンサートの記事が出た

一昨日の2月3日(月)に福井県立病院でおこなったピアノコンサートのことが、新聞・日刊県民福井の社会面に掲載された。
たしかに記者から取材を受けた。
社会面にでかでかと出ていてびっくりした。

「水城さん定期的に帰郷」
とか、
「ピアノで恩返し」
とか、なんだかセンセーショナルなあつかいでちょっとびっくりしたが、新聞社も民間企業である以上、ある程度購読者をよろこばせるようなものいいになる傾向はやむをえないのだろう。
私は「恩返し」という言葉を使った覚えはないが。
もっとも、これを読んだ知り合いや家族が、
「へえー、あんた、恩返しのためにピアノ弾いてたんだ」
という感想を持ったとしたら、それはちょっと(だいぶ)違う。

もっとも、取り上げていただいたことは大変ありがたいことで、記者の方には「ごくろうさま」といいたい。
私には「恩返し」かどうかはともかくとして、病院でのピアノコンサートを継続的におこなっていきたいという希望があるし、ほかの場所でもやりたくなったとき、この記事の存在が私をたすけてくれるかもしれない。

コメントをいただいたみなさん、ありがとう。
ひとつひとつのコメントが私のなかに大小の波を起こし、私がなにを大切にしているのか気づくきっかけを作ってくれた。

次回の福井県立病院のピアノコンサートは5月12日(月)に決まった。

あいぶんこ朗読ポッド Vol.54

現代朗読協会のテキスト表現ゼミより。
テキスト表現においても、現代朗読同様、身体性・オリジナリティ・マインドフルネスといった感覚を重視し、その人そのものが立ちあらわれる表現としての文章書きについて研究をおこなっていますが、たまにはテクニカルな文章作法についても解説します。
今回は商業娯楽小説をめざす作品を取りあげて、視点や、読者と登場人物の距離の作り方について解説しています。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)
※テキスト(文章/文字)を使った自己表現を研究するためのゼミナール、2014年2月の開催予定はこちら。

街猫写真展オープニングイベントに出演(した)

昨日の夜は下北沢〈Com.Cafe 音倉〉でおこなわれた陣城太郎「街猫写真展」のオープニングイベントに、助っ人としてげろきょのみんなと出演してきた。

陣さんは私の友人だが、NVCのコアメンバーである久美子さんのパートナーでもある。
ずっと街猫の写真を撮っていて、それがあまりにすばらしいので、写真展をやろうという企画が持ちあがったとき、私が会場の候補をいくつか提案し、結局音倉に決まったのだった。
そんなわけで、写真展には全面的に協力している。
ほかにもげろきょの野々宮卯妙、山田みぞれ、上山根夏美が協力してくれた。

羽田で思わぬ足止めを食らったが、16時すぎには羽根木の家に直行し、軽く打ち合わせ。
リハーサルはしない。
朗読パフォーマンスをやることになっているのだが、萩原朔太郎の「猫町」を構成した原稿はすでに渡してある。

プロジェクターを使って写真をステージに投影することになっているのだが、RGBケーブルをあたらしいMacBookにつなぐアダプターを私が持っていくことになっていたのだった。
これは以前、羽根木の家か音倉かどちらかわからないが、使ったとき以来、行方不明になっているものだ。
やむをえず、予備を一本購入したはずだが、どこにしまったのか思い出せない。
羽根木の家を家捜ししたが、見つからない。
自宅だろう、ということで、みぞれちゃん・夏美ちゃんに先に音倉に向かってもらって、私は自宅にもどってアダプター捜し。

あちこち捜したが見つからず、あきらめて店のMacにデータを移してそこから操作してもらうことになった。
その連絡をした直後、もう一度捜してみたら、あった。
アダプターの形状のものを捜していたのだが、じつは買ってケースに入れたまましまっていたのだ。
箱にはいっていた。

Appleの常で、かっこいい箱にはいっていて、蓋がテーピングしてある。
それをカッターで切ろうとして、やっちまった。
通常のテーピングはカッターですっと切れるのだが、Appleのはかなりしっかりしたテープであることを忘れていた。
つい力を入れすぎてしまい、それがすべって、左手の親指甲をはすに切りこんだ……じゃなくて、親指の爪の付け根をざっくりと切ってしまい、鮮血ぽたぽた。
自分の指をテーピングすることになった。

17時半くらいに音倉入り。
すでに陣さんと久美子さんが来て、機材のセッティングをしていた。
Ustreamの中継もすることになっていたのだ。
もちろん、会場には猫の写真がしっかりと飾られている。

プロジェクターのケーブルは無事に接続できた。
ピアノを弾いてみたら、痛みはあるが、なんとか演奏できそうだ。
ただし「左手の親指はなるべく使わない奏法」になる。

19時前後からお客さんがやってきて、知り合いに挨拶など。
NVC仲間のようこさんやのぞみさん、しげこさん、献ちゃんもちょっと遅れて来てくれた。
いつも来ていただく川橋さんは、風邪をひいておられたとのことで、やややつれた感じがして心配だったが、もうほとんど完治されたということで安心した。
FBのページを見て来られた方や、陣さんのフォロワーの方などもいらした。

19時半、久美子さんの司会でイベントがスタート。
最初は陣さんの撮った猫写真をプロジェクターで投影したのを見ながら、私がピアノ演奏。
初めて見る映像で、それに触発されながら即興で演奏。
映像を見ながら演奏するのはこれまで何度も経験があるが、猫を見ながらやるのは初めてだった。
なかなか楽しかった。

それが終わってから、陣さんとのトーク。
猫写真を撮るようになったきっかけとか、撮るコツとか、これまでのエピソードとか、お客さんからの質問コーナーとか。
撮るコツを教示してもらったとき、夏美ちゃんに猫役をやってもらったりして、おもしろかった。

少し休憩して、後半は朗読パフォーマンス。
野々宮、みぞれ、夏美の3人の自由自在なパフォーマンスと私のピアノの共演。
これも楽しかったなあ。
終わってから陣さんが感涙していたのが、私にもぐっときた。
Ustreamで観てくれていた人もたくさんいたようだった。

ご来場いただいた方々、げろきょのみんな、そして久美子さんと陣さん、おつかれさまでした。
写真展の会期は今月いっぱいあるので、興味がある方は音倉まだランチやお茶がてら行ってみてください。

北陸からの移動は羽田でスタック

昨日は北陸の実家から東京への移動。
雪もなく、順調に飛ぶ予定だったが、小松空港ですでに怪しい予感が。
猛烈な吹雪になって、放水車がフライト予定の飛行機の翼部分の除雪をはじめた。
吹雪にあおられながらもなんとか離陸したが、今度は羽田がかなりの悪天候という。
これもグラグラしながらなんとか着陸。
ところが駐機スポットではなく、滑走路のわきの変なところで停まったきり、動かない。

しばらくすると機長からアナウンスがあり、悪天候で出発予定の飛行機がスポットから出られず、全部詰まっているのだという。
空きができしだいスポットに着けるという。
そんなこといったって、悪天候で、見たところ離陸する飛行機はまったくない。
そのかわり、続々と着陸する飛行機がやってくる。

先の見込みもないまま、30分、1時間とすぎていく。
私は夜に下北沢でライブイベントの予定があったが、まだ時間はたっぷりあったので落ち着いていられた。
とはいっても、イベントのためのリハーサルは完全に遅刻だ。

飛行機が動いた、と思ったら、別の駐機場というか空き地に移動しただけだった。
バスでもなんでも迎えに来てくれておろしてくれればいいのに、と思ったが、なにか事情があるのだろう。
乗客はすくなくて、だれも騒ぐ人はいない。
しきりに仕事先に電話をかけている人はいたが。
私は手持ちのガルシア=マルケスの自伝を、けっこうたっぷりじっくり読めてあきなかった。

およそ2時間後、ようやくバスが迎えにきて、ターミナルの到着ゲートをくぐることができた。
飛行機にかぎらず、天候に左右される長距離移動は、日時に余裕をもっておかないと危険だ。
さいわい、2時間遅れですんだので、午後4時すぎには世田谷の羽根木の家に到着。
ちょっとだけ打ち合わせして、5時すぎには下北沢のイベント会場〈Com.Cafe 音倉〉に移動できた。

2014年2月4日火曜日

福井県立病院、初春のピアノコンサート終了

昨日の午後は福井県立病院まで行き、エントランスホールで初春のピアノコンサートをおこなってきた。
一昨年の10月から数か月おきに開催しているもので、毎回、その季節の日本の唱歌・童謡を中心に演奏している。
本当は歌い手もいると楽しいのかもしれないが、完全なボランティアなので交通費やギャランティーが出せない。
まあ、私ひとりでもそれなりに楽しくつづけている。

昨日は新聞の取材を2社から受けた。
福井新聞と県民福井で、いずれも地元紙。
ほかにも小松市の医療法人の理事の方から接触があり、名刺交換をした。
これまであまりこういう動きはなかったので、うれしくもあり、ちょっとびっくりしつつもあり。

あと、時間になってピアノを弾きはじめたら、息子の同級生のお母さんが偶然通りかかって、びっくりした。
「聴いていってね」
といったが、用事があるみたいでそそくさと行ってしまったのは残念。
そういえば、この病院で医師をしている同級生の辰巳くんの姿も見えない。
あとで聞いたことだが、用事があったが、途中ちょっとだけ聴いてくれたらしい。

「冬景色」「ペチカ」「雪」「たき火」「早春賦」などを約1時間演奏。
毎回自分がどのように演奏するのか楽しみにしながら弾きはじめるのだが、どれも意外な展開になって今回はちょっとおもしろかった。
終わりがけに、ずっと聴いてくれていた年配の男性から「リクエスト」という声があがった。
曲は「月の砂漠」だったので、短めに演奏。

終わったらなんだか見たことのある顔があった。
地元のテレビ局に勤めている友人のクマさんだ。
ずいぶんひさしぶりだ。
10年ぶりくらいだろうか。
ネットでは時々つながっていたけれど。

新聞の取材が終わってから、病院のレストランに行き、いっしょにコーヒーを飲みながら、近況を交換した。
去年、胃がんを切除し、すっかり痩せていたが、元気そうだった。
あと2年で定年だといっていた。
そうか、我々はもうそういう年代なんだ。
私には定年はないのでピンとこなかったが、同級生たちはそういう心境なんだろう、みんなえらくなっているけれど。

今日は東京戻り。
夜は下北沢〈Com.Cafe 音倉〉で陣城太郎さんの街猫写真展のオープニングイベントに出演して、トークしたり現代朗読のみんなとピアノで共演したり、ピアノのソロ演奏したり。
東京も雪がちらつく天気らしい。

2014年2月3日月曜日

節分、立春、ピアノコンサート、減量、猫写真展

今日は節分の日で、明日は立春。
いま北陸の実家に帰省中だ。
写真はさんまの棒寿司。

今日の午後は福井県立病院まで行き、エントランスホールでピアノを演奏してくる。
無料のミニコンサートで、季節にちなんだ日本の歌曲や、みなさんに馴染みがある曲などを、小一時間演奏する予定。

このコンサートも今日で5回めか6回めくらいになるだろうか。
今年は暖冬で、まったく雪がないので助かっている。
車を運転して行くのだが、雪がなくて楽だ。
天気はいまいちだけど。

2011年の東日本大震災直後からどんどん増加して、一時は自己最高記録の66キロまで達した体重だが、ふたたびじわじわと絞って8キロ減に成功。
目標の58キロまで絞った。
お腹がかなりぺちゃんこになった。
あとはさらに体脂肪を絞りつつ、筋肉量を少しあげていきたい。

明日の午後には東京にもどり、夜は下北沢〈Com.Cafe 音倉〉で陣城太郎さんの街猫写真展のオープニングに応援出演。
猫トークしたり、猫朗読したり、猫ピアノ演奏したり。
私のほかにもげろきょから野々宮卯妙、山田みぞれ、上山根夏美が朗読で応援出演。
みなさん、かわいい猫の写真を観に来がてら、オープニングイベントに遊びに来てね。
詳細はこちら。

ラベリングもしくはレッテル貼りについて

photo credit: David Blackwell. via photopin cc

人はひとりひとりちがう。
ただひとりとして自分とおなじ人はいない。
しかし、ものごとを理解するための方策として、人はものごとを分類し、ある特徴でひとくくりにし、そこにラベル(レッテル)を貼る。
哲学的にいえば「世界を分節」して理解をすすめる方法である。
昆虫や植物を分類して、知識を深めたりもする。
この「分類癖」が、ときに人のコミュニケーションを大きく阻害することがある。

男はこうだ、女はこうだ、血液型B型の人はこうだ、というようなもののいいかたを、共感的コミュニケーションでは「ラベリング」という。
「この人は私の敵だ」
「役人は融通がきかない」
「女に政治は向かない」
といった言質の背後に、ひとりひとりの存在が消えていく。

仮にそのような傾向があり、それが事実だとしても、個人を前にしたときそのラベルは人間性を奪う。
敵だと思っていた人にも人としてのニーズがあり、ニーズを満たすために懸命に行動しているのであり、その人の命の輝きがある。
そのニーズと命につながろうとするのが共感的コミュニケーションだ。

敵だとこちらが思いこんでいる人のニーズを真剣に推測してみよう。
なにが起こるだろうか。
ラベルがはがれ落ち、敵の「人としての顔」が見えはじめたとき、あなたと相手の関係性は変容していくだろう。

職場の同僚や上司・部下、あるいは取引先との人間関係で問題を抱えている社会人のための共感スキル講座を、2月9日(日)羽根木の家で開催します。
お勤めでなくても歓迎。
詳細と申し込みはこちらから。

2014年2月2日日曜日

2月22日のウェルバ・ムジカ、デビュー戦に向けて

ふつふつと闘志がみなぎってきた(笑)。
2月22日(土)夜、中野のジャズダイニングバー〈Sweet Rain〉にてコンテンポラリー表現ユニット〈ウェルバ・ムジカ(Verba Musica)〉デビュー。

ウェルバ・ムジカは現代朗読と現代音楽を核にすえて、即興性を重視しながらもその場しのぎではない練られたコンセプトを用意する表現ユニットだ。
朗読なのでテキストがある。
表現はテキストにそって進んでいく。
が、テキストが主役ではない。
テキストは表現のための「素材」のひとつだ。

ひとつのテキストに対峙するひとつのコンセプトというかアイディアが準備される。
音楽的アイディアであったり、群読的アイディアであったり、身体表現のアイディアであったり。
そのコンセプトのなかで即興性を重視したパフォーマンスが展開される。

というふうに書いても、おそらくなんのことやらわからないだろう。
実際に見聞きしていただくしかないのだ。
まちがいなく見たこともない、スリリングなパフォーマンスを目撃することになるはずだ。
現時点でのメンバーは次のとおり。

 朗読 野々宮卯妙
    照井数男
    山田みぞれ
 音楽 水城ゆう(ピアノ/キーボード/ほか)
    日野了介(コントラバス)
    今竹一友(打楽器)
 身体表現(ゲスト) 政岡由衣子(ダンス)

詳細と予約申し込みはこちら。

2014年2月1日土曜日

基礎コース3回め、現代朗読体験講座

今日は午前中に現代朗読基礎コースの3回め、午後に体験講座をおこなった。

基礎コースの今日のテーマは「読解」というか、朗読表現における「テキストの扱い方」について。
ときに朗読では「作者の思いを伝える」とか、「作品の風景や主題をより立体的に伝える」といったような、朗読者の傲慢な思いこみによるねじまげられた表現が作られることを「よし」とする風潮があるが、現代朗読ではより謙虚な態度を取る。

テキストから読み取れる客観的事実に謙虚に向かい合い、朗読者の思いこみや主観を排する。
その上で、その「素材としてのテキスト」を、「いまこの瞬間」自分がどのように読みたいのかに誠実に向き合ってみる。
かなりむずかしいことなのだが、そのための練習の方法はある。

午後の体験講座でも、おなじようなことをやった。
体験講座でいきなりそこに踏みこんでいくのは、軽い気持ちで「ちょっと朗読でもやってみようかな」とかんがえてやってきた人にはびっくりするようなことかもしれない。
しかし、今日来てくれた人たちはいずれもそのことを真剣に受け止め、おもしろがってくれたように思えた。
まあ、また来てくれるかどうかはわからないけれど。

終わってから、体験参加のIくんが残って、いまの自分の悩みを打ち明けてくれた。
私なりに感じたこと、思ったことを伝えた。
いくらかでも役に立てるとうれしいと思う。
このところ20歳前後とか、20代、30歳前後といった若い人たちが現代朗読に興味を持って来てくれることが多いが、自身の命を輝かせるための方法のひとつである現代朗読を試してもらえるといいと、本当に願う。
それが私がここにいる意味のひとつだ。

※次回3月の現代朗読体験講座は3月1日(土)の開催です。
 詳細と申し込みはこちらから。

⇒ http://grkinfo.blogspot.com/2014/02/331.html