2014年5月29日木曜日

カルメン・マキ「Good Times, Bad Times 〜 History of Carmen Maki」

カルメン・マキさんの最新CD「Good Times, Bad Times 〜 History of Carmen Maki」が届いた。
3枚組で、タイトル通り、マキさんのこれまでの活動の集大成ともいっていい、本人セレクトのベスト盤といっていいだろう。
発売元のユニバーサルミュージックの公式サイトには、このように掲げられている。

デビュー45周年!
何にも縛られず、オーバーグラウンドとアンダーグラウンドを自在に行き来した歴史の中から、自らがベストチューンを選曲。
自身の半生を振り返るセルフライナーノーツ、未公開写真を含めた究極のベスト!

Twitterでマキさん自身が、ライナーノーツの執筆に力を注いでいるようすをつぶやいておられたので、ライナーノーツを読みながら、全曲を聴いてみた。
いやいや、これは濃いです。
ご本人が「体力がないと聴けないかも」とおっしゃってたけれど、ごもっとも。
かといって、聴くのがつらいわけではない。
一曲一曲にカルメン・マキという表現者の存在感が乗っている濃さと、つぎはどんな曲? どういう選曲と配置をマキさんがしたの? という興味が合わさって、つぎへつぎへと聴いていってしまう。
この選曲と、曲の並べ方、そして写真とライナーノーツの要素が、完全にオリジナルの組CDとしてのコンテンツ性を作っている。
買った人のだれも損をしたとは思わないばかりか、得をしたと感じるだろうね。

3枚組の1枚めは「BLUE Disk」とタイトルされていて、デビュー作から最近のアコースティックな曲まで、マキさんの多彩でありながら一貫した音楽性をもっともよく感じられる選曲になっているように感じる。
2枚めは「RED Disk」とあって、ロックばかり集めてある。「RED」というより「ROCK」もしくは「HOT」と題してもいいような選曲だ。
3枚めは「PURPLE Disk」と題されていて、マキさんのライブに行った方ならよくご存知だろうが、「え、こんな感じのものもやるの?」といった、意外性があったり音楽的広がりをもったり、あるいは音楽というジャンルの枠を超えそうなものまで含まれた選曲となっている。
それぞれにマキさん自身のコメントがつけられていて、それもまた密度が高く、興味をそそられる。

「PURPLE Disk」に私がテキストを書き、豪徳寺のスタジオで即興ピアノとのほぼ一発録りをした「A Red Flower」という朗読が収録されている。
『白い月』というマキさんの朗読と私の即興演奏のみで構成されたアルバムからの選曲だが、選んでいただいてとても光栄であると同時に、マキさんの大胆さに驚いている。
聴いてみればわかるが、これをここに収録するには、かなり思いきった決断が必要であろうことは想像に難くない。
そんなことにもカルメン・マキという表現者の意外性と大胆さ、緻密さがあらわれているように感じる。

音楽活動45年という、この人を抜きにしては日本の音楽シーンは絶対に語れないという重要人物である。
にもかかわらず、現在のマキさんのライブに足を運ぶ人は、私が知るかぎりめちゃくちゃ多いというわけではない。
しかし、このCDを聴けば、かならず「いま」のカルメン・マキを目撃しに行きたくなるだろう。
とにかく一度、このCDを聴いてみてほしい。
絶対に損はないから。

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2014年5月25日日曜日

5月14日(水)から17日(土)までの日記

久米島に行く前の記録。

5月14日、水曜日午後、北陸の実家から東京にもどる。
羽田空港の滑走路上でトラブルがあり、小松から飛ぶ便が滑走路に向かいながら、いったん駐機場にもどるという事態があった。
1時間遅れで羽田到着。

夕方5時から、ドイツのフライブルクとネットで結んで、オーディオブックリーダーの個人セッション。
オーディオブックはそもそも録音コンテンツなので、オンラインでも指導がやりやすい。
遠隔セッションができるので、こういうニーズがある人たちにもっと周知できてお役に立てるといいな、と思う。


夜は下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉での共感カフェ。
今回で2回め。
私も入れれば定員近い9名の参加。
初参加の方が多かったので、プロセスにそってじっくりと進めた。
次回の〈Stay Happy〉共感カフェは7月16日(水)夜開催することが決まった。
継続的にやれることがありがたい。

5月15日木曜日は、朝ゼミ、昼ゼミ、夜ゼミとげろきょデー。
午後に豊田市から語りのサヤ佳ちゃんが来て、明後日の高麗神社での語り公演の打ち合わせとリハーサルをした。
土曜日には私も演奏で参加予定。
演奏機材をどうするか、心配だったが、なんとかめどが立った。

5月16日金曜日は、夜にオーディオブック収録製作コースの6回め。
簡易的ではあるが、実際に収録してみて、参加者各人の声や発音の特徴をつぶさに検証してみる。

5月17日は早朝から埼玉の高麗神社に移動。
6時40分に家を出て、下北沢、新宿、池袋、川越、高麗川と移動。
高麗川駅にはサヤ佳ちゃんのお母さんが迎えに来てくれて、車で高麗神社へ。
宮司さんとその奥さんにご挨拶して、神社にもお参り。

事前に確認したところでは、電子ピアノがあるということだったので、それにmidiケーブルをつないでMacから音出し、ミニミキサーを持っていって電子ピアノとMacの音源をミックスしてPAに出せばいいと計画していた。
実際に行ってみると、電子ピアノにはmidi端子がなくUSB端子があるのみ。
Midiケーブルは持っていったが、USBケーブルは持っていかなかった。
なるほど、そういう事態は想定していなかった。
Macからの音出しはできなくなり、さらに電子ピアノにはダンパーペダルがなかった。
つまり、持っていったものは全部使えないということになり、おもちゃのような電子ピアノからすべて音出し、という事態になった。
ま、そういうこともあるでしょ、と受け入れて、午前11時からサヤ佳ちゃんの語りスタート。

私はメインの「高句麗ものがたり」と、「三年峠」という朝鮮の民話に即興で音をつけた。
チープな演奏環境にも関わらず、なんとか無事に終えられて、ホッと一息。

そのあと、お弁当をいただいてから、サヤ佳ちゃんとお母さんに飯能駅まで送ってもらって、えっちらおっちらと帰宅。

近くの世田谷代田の〈空間工場〉でマルシェをやっているというので、のぞいてみた。
手作りのアクセサリーやらお菓子やら、あれやこれやが出展されていて、こじんまりとではあるけれど楽しいマルシェになっていた。
こちらでは近く、共感カフェをやれるといいな、という話になっている。
そのあと、ひさしぶりに真ん前の〈Ki〉に寄って、コーヒー。

午後6時から、オンラインでのテキスト表現ゼミ。
奥田くんがとても完成度の高い作品を提出していた。
いくらかアドバイスをしたけれど、これはげろきょのだれかに朗読してもらいたい作品だと思った。
成長著しい人をサポートできるのは、いまの私にとってもっともうれしいことのひとつだ。

韓氏意拳導師講習会に行ってきた

光岡英稔導師の講習会が東京であるというので、参加してきた。
導師講習会は毎月のように開催されているが、金曜夜や土曜日がほとんどなので、朗読の講座やゼミを持っている私はなかなかタイミングが合わずこれまで参加できなかったのだ。
一度だけ英語で受ける武学研究会というものに参加したことがあるが、あれは韓氏意拳とは違った内容だった。

午前9時半、会場の文京区のスポーツセンターに行く。
最寄り駅は茗荷谷。
行ってみると、参加者は十数名で、見知った顔もちらほら。
内田先生もいらした。

講習は形体訓練ではなく站椿からはじまり、ホワイトボードを使った詳細な内容の講義が同時に進められる。
とくにこの前のゴールデンウィークに韓競辰老師の来日講習があったばかりなので、そのときの内容を踏まえ、それを光岡先生なりにさらに踏みこんだ内容を解説してくれる。

韓氏意拳では「状態」に注目することが重要とされるのだが、では「なんの」状態なのか、あるいは「どういった」状態なのか。
その「状態」のなかには抽象的な概念と具体的なものが相互に補完しあっていて、それらを稽古で理解を深めていくことが重要である。
また「感覚」が「ない」ところに状態があり、体層を深く見ていけばその発生過程があり、それに注目できる。
「体認」については、それが自分の内面に起きていることかどうか、それが自分にとって好ましいことかそうでないのか、精査する必要もある。
主体と客体、主観と客観の話も、難解だが非常に興味深かった。

そんな講義と同時に、站椿や試力を手把手で直接指導してもらった。
韓氏意拳の指導者はそれぞれがことなった雰囲気と言語・行為を持っていて、それがまたおもしろいのだが、光岡先生の手把手も独特の質感があって驚いた。
強い質感のせいで、抱式ひとつ指導してもらっただけでへたへたとへたりこんでしまいそうなほど深い集中があって、自分でもおどろいた。

韓氏意拳は理解し実行するのがむずかしい拳法だが、武術であると同時に自分の身体を精密に見ていく方法でもあるので、表現に関わる身としては大変興味深く学びの多いものだと感じている。

2014年5月17日土曜日

水曜日から今日(土曜日)までの日記

一昨々日の水曜14日午後に、北陸の実家から東京にもどった。
羽田空港の滑走路上でトラブルがあり、小松から飛ぶ便が滑走路に向かいながら、いったん駐機場にもどるという事態があった。
1時間遅れ。

夕方5時から、ドイツのフライブルクとネットで結んで、オーディオブックリーダーの個人セッション。
オーディオブックはそもそも録音コンテンツなので、オンラインでも指導がやりやすい。
遠隔セッションができるので、こういうニーズがある人たちにもっと周知できてお役に立てるといいな、と思う。

夜は下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉での共感カフェ。
今回で2回め。
私も入れれば定員近い9名の参加。
初参加の方が多かったので、プロセスにそってじっくりと進めた。
次回の〈Stay Happy〉共感カフェは7月16日(水)夜開催することが決まった。
継続的にやれることがありがたい。

一昨日の木曜15日は、朝ゼミ、昼ゼミ、夜ゼミとげろきょデー。
午後に豊田市から語りのサヤ佳ちゃんが来て、明後日の高麗神社での語り公演の打ち合わせとリハーサルをした。
明後日は私も演奏で参加予定。
演奏機材をどうするか、心配だったが、なんとかめどが立った。

昨日金曜16日は、夜にオーディオブック収録製作コースの6回め。
簡易的ではあるが、実際に収録してみて、参加者各人の声や発音の特徴をつぶさに検証してみる。

今日は早朝から埼玉の高麗神社に移動。
6時40分に家を出て、下北沢、新宿、池袋、川越、高麗川と移動。
高麗川駅にはサヤ佳ちゃんのお母さんが迎えに来てくれて、車で高麗神社へ。
宮司さんとその奥さんにご挨拶して、神社にもお参り。

事前に確認したところでは、電子ピアノがあるということだったので、それにmidiケーブルをつないでMacから音出し、ミニミキサーを持っていって電子ピアノとMacの音源をミックスしてPAに出せばいいと計画していた。
実際に行ってみると、電子ピアノにはmidi端子がなくUSB端子があるのみ。
Midiケーブルは持っていったが、USBケーブルは持っていかなかった。
なるほど、そういう事態は想定していなかった。
Macからの音出しはできなくなり、さらに電子ピアノにはダンパーペダルがなかった。
つまり、持っていったものは全部使えないということになり、おもちゃのような電子ピアノからすべて音出し、という事態になった。
ま、そういうこともあるでしょ、と受け入れて、午前11時からサヤ佳ちゃんの語りスタート。

私はメインの「高句麗ものがたり」と、「三年峠」という朝鮮の民話に即興で音をつけた。
チープな演奏環境にも関わらず、なんとか無事に終えられて、ホッと一息。

そのあと、お弁当をいただいてから、サヤ佳ちゃんとお母さんに飯能駅まで送ってもらって、えっちらおっちらと帰宅。

近くの世田谷代田の〈空間工場〉でマルシェをやっているというので、のぞいてみた。
手作りのアクセサリーやらお菓子やら、あれやこれやが出展されていて、こじんまりとではあるけれど楽しいマルシェになっていた。
こちらでは近く、共感カフェをやれるといいな、という話になっている。
そのあと、ひさしぶりに真ん前の〈Ki〉に寄って、コーヒー。

午後6時から、オンラインでのテキスト表現ゼミ。
奥田くんがとても完成度の高い作品を提出していた。
いくらかアドバイスをしたけれど、これはげろきょのだれかに朗読してもらいたい作品だと思った。
成長著しい人をサポートできるのは、いまの私にとってもっともうれしいことのひとつだ。

2014年5月13日火曜日

テレビニュースに出て身内からクレームをつけられる

昨日の病院でのピアノコンサートが新聞記事に取りあげられて、それを地元の知人が送ってくれた。
ありがたや。
昨日の夕方には地元のテレビ局のニュースにもちょっと出たらしい。
それを母も見ていた。

喜んでいるのかと思ったら、
「顔がシミだらけで汚く映ってた。もうすこし身ぎれいにしたらどうなの?」
とご不満である。
なんのニーズが損なわれたのだろう(笑)。
いや、笑いごとではなく、共感的コミュニケーションを学んでいる人、ちょっといっしょにかんがえてみよう!
そして、身内にそのようなことをいわれたとき、どのようにして共感的なつながりを持つことができるのか、練習してみよう。

今日は畑に行って、イチゴの畝に動物よけの網をかけ、茄子とスイカと瓜の苗を植えてきた。
明日は東京戻り。
真夏日になるとの予報。

ノーキョー、農業補助金、里山の夜明け

11日の日曜日から北陸の実家に帰省中。
羽田から小松への飛行機は高齢者の団体で満席だった。
どういう団体だったのだろう、謎だ。
そういえば、昔はノーキョーさんという団体客がわんさか海外旅行に出かけていたな。
いまはノーキョーさんはどうしているんだろう。
いないか、そんなのは、もう。

帰省中に聞いた話。
うちの田んぼを作ってくれている農業法人(3人くらいでやっている)が、米の代わりに蕎麦や麦を植えることでもらっている補助金が1,000万円くらいあるのだが、それが来年から半分に減額され、さらにそのあとゼロになるのだそうだ。
政府の農業政策は日本の農業を大規模型に集約しようとしており、それはTPP対策としての国際競争力をつけるという名目なのだろうが、端的にいって農地という風土を含む国土破壊にほかならないと思う。
ヨーロッパでは国土保全のために農業に莫大な補助金をつぎこんでいるが、それは国を守るための必要経費として国民の了解しているのだ。

早起きをして、夜明け前の里山とそこから見える山嶺の風景を撮っている。
昨日は朝焼けが美しかった。
朝焼けの日は天気がくずれるというが、そのとおりになった。
昨夜から雨が降りだし、今日の未明まで降っていた。
が、夜明け前には雨はあがった。
田植えを待つばかりの、水がひかれた水田が美しい。

明日の午後、東京にもどる。
夜は下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉で共感カフェを開催する。
明日はマインドフルネスとプチ瞑想で自分自身の状態とニーズにつながる方法にトライしてもらったあと、共感的コミュニケーションの練習をしてみようと思う。

だれでも参加できるので、気軽においでください。
参加費は1,000円です。
詳細と申し込みはこちら

2014年5月12日月曜日

福井県立病院での「初夏のピアノコンサート」(6回め)が終わった

2014512日、月曜日、午後1時半から、福井県立病院のエントランスホールで「初夏のピアノコンサート」をおこなった。
私は数えていなかったのだが、教えてもらったところによると、ここでのピアノ演奏はこれで6回めになるのだそうだ。

病院の事務の方が地元のマスコミにプレスリリースをおこなってくれたみたいで、朝からNHKテレビの地方版で告知されたりして、問い合わせがあったそうだ。
開始30分前くらいに会場に行くと、福井テレビの記者の方につかまって、取材される。
そのあと、カメラも回っていたようだ。
福井新聞の社会部の記者からも取材を受ける。
明日の新聞に載るのかな。
前回は県民福井という新聞に大きく掲載されてびっくりしたけれど。

それはともかく、古い友人の佳子さんがわざわざ聴きに来てくれた。
彼女とはもう20年来の付き合いで、ネットがまだパソコン通信といっていたそのごく初期のころ、私が福井放送のBBS「TAMPOPO」でシスオペをやっていたとき以来だ。
共通の知人の話や近況をゆっくり聞けてよかった。

今日は初夏の日本の曲を中心に演奏した。
病院での演奏はリハーサルができないので、いきなりピアノにすわって演奏をはじめなければならない。
正直にいうと、最初の数曲はピアノと自分をなじませることが必要で、思ったように演奏ができない。
しかし、すこしたつと「いまここ」に集中できるようになってきて、聴衆の方の反応や病院内のざわめき、自分の演奏した音の響きといったものがすっと流れこんでくるような感覚があって、自由になる。

ある程度曲目は用意してあるが、それをどう弾くかは弾きはじめる瞬間までまったくわからない。
曲のメロディを弾いたあとは即興演奏になるが、それも曲のコード進行にのっとった即興になるのか、あるいはまったく自由な即興になるのかは、やってみるまでわからない。
曲と自分と聴いてくれているみなさん、そしてそれを取り巻く環境とのコミュニケーションのなかで決まっていくことかもしれない。

演奏が終わってから、何人もの人からご挨拶をいただいてうれしかった。
妹の同級生という方ふたりがわざわざ挨拶に来てくれた。
病院の担当の方々にも喜んでいただけたようでよかった。
私も楽しませてもらいました。

次回は3か月後の8月25日、月曜日ということになった。

またみなさんにお会いできるのが楽しみだ。

2014年5月11日日曜日

変わるのを怖れる人々

photo credit: mjp* via photopin cc

人には平和で安定した日々が継続することを望むこころと、みずから成長し変化することを望むこころが同時にある。
前者は大人になればなるほど強くなり、子どもは後者のニーズが強い(ように見える)。

大人になると、現状が変化することをおそれ、安定・継続を望むようになり、結果的に人間的成長はとまる。
つまり、安定を望みすぎる人は成長もしない。
成長しない人は魅力的だろうか。
あるいは、自分自身が成長を望まなくなったとき、それは楽しいだろうか。

もうひとつの問題がある。
安定した現状が継続することを望み、現状維持につとめるとき、それはじつは現状維持ではなくゆるやかな劣化であり後退になっているという事実がある。
なにごとかがその状態を永遠に持続するということはありえないことで、メンテナンスしたり向上につとめないかぎりかならず劣化する。
ゆるやかな劣化はほとんど目に見えず、しかしそれはある日突然、大きな破綻となって現実化する。

安定というのは幻想の一種で、人が生きて時間軸を移動している存在である以上、かならず変化する。
変化する以上、積極的に成長という変化を選びとるか、ただ流されていくほうを選ぶかは、個々人の自由だ。

共感的コミュニケーションでは、自分自身と人にたいする「ふるまい」を変えることを学び、身につける。
すると、自分がいままでとは違う別の人になってしまうような怖れを抱く人がいる。
それは違う。
「ふるまい」が変わるのであって、自分がだれか別の人になってしまうわけではない。
変化した自分になるだけだ。
変化することを怖れず、たえず、死ぬまで成長しつづけたい。
そのことを伝えつづけたい。

※5月14日(水)夜、下北沢の旅カフェ〈ステイ・ハッピー〉で共感的コミュニケーションの勉強会「共感カフェ」を開催します。詳細と申し込みはこちら

2014年5月10日土曜日

朗読のコースふたつ、音楽製作、サイト移管作業

昨日はオーディオブック収録製作コースの5回め。
そして今日は現代朗読基礎コースの5回め。
いずれも大変おもしろかった。

オーディオブックコースでは、朗読するとき、自分が「自分以外の何者か」に、あるいは「社会的に規定されたある役割」になってしまう問題について、つぶさに検証してみた。
たとえば、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」というテキストを、芥川龍之介らしく、蜘蛛の糸らしく、作品のイメージをなぞって「それらしく」読むときと、そんなことは全部手放してただ自分の「いまここ」の感じに接続してただ読むときとでは、どのような変化があるのか、ということをみんなでトライしてみた。
思いがけない結果が生まれて、大変おもしろかったのだ。

私たち人間は社会的動物なので、たえず自分自身の外側にまとった社会性を演じている。
そのことが自分自身を表現することの純粋さを著しく損なうことがある。
といったことを検証できて、おもしろかった。

今日の基礎コースは、参加者それぞれの個人的な音域、呼吸の特徴などについて、客観的な観察と把握をまずおこなった。
それからリズム読みの練習。
いかに我々が「意味」に引きずられて、朗読という音声表現にそれを持ちこんでいるか、意味から自由になって「音/リズム」について豊かな感受性を持てるか、ということについて、楽しく学べたと思う。

基礎コース後、ゼミ生の平田くんがひさしぶりに顔を出してくれた。
彼のスキルをあてにしていたサイトの移管作業を、ここぞと完了させる。
その作業のかたわら、私は語り部・小林さやかちゃんの「高句麗ものがたり」のための音楽製作、最終ラウンドを進める。
完全完成までにはまだすこし残っているが、とりあえず練習で使えるレベルまで完成したので、ひと安心。
2曲作るのに、すきま時間を使いながらではあるけれど、たっぷり2週間かかってしまった。

明日は朝から北陸の実家に移動。

2014年5月9日金曜日

鶏ささみとシメジのレモンソース・パスタ

【材料】1人分
・鶏のささみ……50〜80グラム
・シメジ……1パック
・スパゲティ(フェデリーニ)……80グラム
・レモン……4分の1個
・ニンニク……1かけ
・鷹の爪……1本
・塩、コショウ、オリーブ油

鶏のささみはあらかじめ食べやすい大きさにスライスし、かるく塩コショウをなじませておく。
フライパンにオリーブオイル(大さじ1)を入れ、弱火にかける。
ニンニクのみじん切り、種を抜いた鷹の爪をいれる。
ニンニクがこんがりと香り立ってきたら、鶏のささみを入れ、表面がまんべんなく色が変わるまで焼く。
焼きすぎは硬くパサパサになるので禁物。

ささみをいったん取り出し、いしづきをカットしたシメジをフライパンに投入。
ざっくり炒めあわせ、塩コショウで味つけ。
シメジがややしんなりしたら、鶏のささみをもどし、炒めあわせる。
レモンを絞りいれる。
そこへやや固めにゆであげた麺を投入。
フライパンを揺さぶって麺とソースをからませる。

完成。
アサツキの小口切りにしたものをトッピングしてもよし。
レモンのかわりに生クリームをいれれば、クリームソースのパスタにも変身する。

朝ゼミ、「高句麗ものがたり」音楽、評価を手放すことの理解

昨日の午前中は現代朗読の朝ゼミ。
ゼミ生が基礎トレーニングをしている横で、私は韓氏意拳の自主練習をする。
火・水と集中的に稽古して感じを深められたように思うので、深度をさらに深めるために。
体認朗読の稽古から私も参加。
古参(といっても数年だけど)のゼミ生ばかりだったので、さすがにクオリティの高い声が聞けた。

昼は朝ゼミのメンバーと下北沢まで歩いて、いつもの〈ノース・フィールド〉でランチ。
私は編物を持っていって、すこしチクチク。

午後はこのところずっと作っている、小林さやかちゃんの「高句麗ものがたり」のための音楽のオーケストレーションの作業なう。
つくづく音楽ってのは時間がかかる。
音源を加える、テンポを変える、エフェクターのパラメーターを変える、なにかひとつ手を入れたそのたびごとに、曲をアタマから聴き直すことになるので、一曲仕上げるのに何百回と聴くことになる。
物理的に時間がかかるのはやむをえない。
しかし、ラップトップひとつで壮大な音楽が作れてしまうのは夢のようだともいえる。

夜は夜ゼミ。
てんちゃんが「評価を手放せるようになって、人のを聴くのも、自分が練習するのも、すごく楽になった」というようなことをいっていて、うれしかった。
なかなか「上手/下手」とか「正しい/間違い」といった評価を手放すのは難しいのだが、それを手放して共感的に聴いたり自分につながったりできるようになると、楽になるのはもちろんだが、表現は楽しくそしてクオリティが高まっていく。
これは私の長年にわたる経験則からいえることでもある。
そのことはなかなか人に伝えるのがむずかしいのだが、理解者が増えてくれるのは、とくにゼミ生に理解してもらえるのはうれしいものだ。

今日も朝から「高句麗ものがたり」の仕上げ作業。
なんとか今日中に終わらせたいな。

2014年5月8日木曜日

中野韓氏意拳会員講習会に行ってきた

昨日の夜は、一昨日の羽根木講習会につづいて、中野の新井区民活動センターでの韓氏意拳の教練講習会に行ってきた。
昨夜は会員向けの稽古だったので、羽根木での体験講習会とはまたちがう、濃い内容だった。

韓競辰先生の来日講習合宿が琵琶湖であり、そこで連日の指導者講習や一般講習に参加してこられたばかりの内田先生は、昨夜は運動や技撃の基となる「状態」に進入することについて、非常に厳密に指導された。
「状態」に進入することでもたらされる内面の活発さ、個人的な活発さがあるか、それが継続し循環しているか、動いたあともまだ動けるか、といったことを精査しながらの稽古で、非常に集中力を要するものだった。
「站椿」という、動きのすくない型のなかでの稽古だったが、3時間近くをとおして「挙式」と「抱式」のふたつだけを集中してやるという、密度の濃さだった。

自分の身体を観察し、感受し、深く状態にはいっていくのだが、現代人の普段の生活のなかではまずおこなわれない密度の濃い体認は非常に難しく、そして疲れるが、同時にワクワクした楽しさがつづくマインドフルな3時間であった。

休憩のときにふと思いついて、故障している右膝の曲がり具合を試してみた。
急角度に曲げることは難しくて、もちろん正座などはまったくできない状態だったのだが、昨夜はあれっと思うほど深く曲がるようになっていて、ちょっと驚いた。
もちろん正座はまだできないが、この分だといずれ正座もできるようになるかもしれない、と思えるほどだった。
韓氏意拳か、音読療法か、アレクサンダー・テクニークか、それともすこしだけ試してみた頭蓋仙骨治療か、なにがきいているのだろう。

2014年5月7日水曜日

羽根木の家で韓氏意拳初級講習会(2014年6月)

私・水城ゆうとつながりのあるみなさんにお知らせです。
内田秀樹準教練による韓氏意拳の初級講習会の6月のお知らせです。
まったくの初心者や女性の方にもおすすめの、「拳法」というイメージとはまったく違うやさしい内容です。

◎場所 現代朗読協会・羽根木の家(京王井の頭線新代田駅徒歩2分)
    世田谷区羽根木1-20-17
◎日時 2014年6月29日(日)
    10:00~12:30 午前の部
    12:30〜13:00 質疑応答、自主練習
    14:00~16:30 午後の部
    16:30〜17:00 質疑応答、自主練習
   ※「質疑応答、自主練習」の時間は参加自由です
◎参加費 3,000円+会場費・講師交通費計500円(通し参加の方は6,000円+500円)

※韓氏意拳の紹介はこちら
※水城が書いた韓氏意拳との出会いについてのブログ記事。
 韓氏意拳との出会い
 韓氏意拳初体験

◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ
◎定員 各回8名(定員になりしだい締切らせていただきます)

※まったくの初心者も歓迎。
※お申し込みはこちら
 お問い合わせ内容に「その他」を選び、メッセージに「韓氏意拳」と書いてください。

● 内田秀樹プロフィール

韓氏意拳 創始人 韓競辰及び日本韓氏意拳学会公認 初級準教練。
2007年より韓氏意拳を学び始め、韓競辰、光岡英稔、駒井雅和、鹿間裕行より指導を受ける。
2008年より埼玉分館 世話人補佐を務め、2013年4月より教練養成課程に入る。
現在、東京分館、埼玉分館で指導活動中。
東京都で呉服屋を営む。

● 講師からのひとこと

体験会では韓氏意拳の基礎となる形体訓練、平歩站椿をご紹介します。
身体から生じる動には、私たちの思っているよりももっと広く豊かな味わいがあります。
しかしこうした味わいは身体が活きている様子に注目していないと感じる事が出来ません。
そのため韓氏意拳の練習では動くという問いを通じて、身体の呼応を感受していきます。
練習は手を振る、開く、上げる、横を向くなどとても簡素で、運動経験、武術経験のない方でも大丈夫です。

今回は形体訓練、平歩站椿といった各種の運動に必要な条件と特徴を精査していきます。
また当日の進捗によっては少し発展した内容にも入っていきます。

皆さんと一緒に深く楽しく感受、精査していきたいと思います。

韓氏意拳 初級準教練
内田秀樹

トランジション畑、韓氏意拳講習会、朗読体験講習

昨日の朝、トランジション世田谷茶沢会のメンバーである和食ちゃん、かとしゅんさん、じゅんこさんが羽根木の家の庭にいらして、コミュニティガーデンの作業をおこなった。
かぼちゃを定植し、とうもろこし、コリアンダー、サラダミックスの種をまき、草を刈り、開墾し、区画整理や岩の移動をおこなったりと、かなり畑らしくなってきた。
収穫が楽しみだ。
みなさん(とくにかとしゅんさん)、お疲れさまでした。

午前10時からは韓氏意拳の初級体験講習会の午前の部。
ゼミ生の美子さんから「もう使わないから」と、編物用のとじ針をもらった。
とじ針はすぐになくしそうになるのに、予備を持っていなかったので、ありがたくいただいた。
真花ちゃんから誕生プレゼントにピアノの置物をもらった。
猫が鍵盤をのぞきこんでいて、かわいい。
以前、みぞれちゃんからもらったカエルのピアノの置物とちょうど対になるような感じで、うれしい。

内田先生は琵琶湖でおこなわれてきた韓競辰先生の来日合宿から直接来られたので、さぞお疲れだったのではないかと思うが、精力的に午前、午後と講習をおこなっていただいた。
昨日は女性の参加者が多く、午前中は男性がひとり、午後はひとりもいなかった(私は別として)。
韓氏意拳は試合や組み手、型稽古といったものがないので、女性も参加しやすい稽古となっている。
しかし、自分の身体に緻密にアクセスし、自分のおこない(運動)を検証する深度のある稽古なので、毎回多くの気づきがもたらされて、これは男女関係ない。

午前の部は初参加の人もいて、基本からしっかりと。
午後の部は全員リピーターだったので、より深く「状態」にはいる稽古を。
みなさん、まじめに、そして楽しくやれていたようだった。
羽根木の家での次回の韓氏意拳体験講習会は、6月29日(日)の開催が決まっている。

午後6時から、今度は現代朗読の体験講座を開催。
こちらは私が講師。
朗読ができるカフェをやっておられる方が来られて、ご自分も詩を書いたり読んだりされるとのこと。
より自由に自分自身を朗読で表現したいという方も来られたりして、みじかい時間ではあるができるだけ現代朗読について知ってもらったり、体験してもらったりした。
また来てくれるとうれしいな。

※6月の現代朗読体験講座は6月7日(土)14:00-16:00の開催です。
 詳細と申し込みはこちら
※現代朗読ゼミの体験参加を受け付けています。6月の参加可能な日時など詳細はこちら

2014年5月5日月曜日

名古屋、クセックACTの公演、飲み会、京都・法然院ツアー

一昨日の朝、午前5時に羽根木の家を出発して、丸さんの車で名古屋に向かった。
早いので、みぞれちゃんと梓は羽根木の家に前泊。
丸さんは例によって、時間前の4時半には羽根木の家に到着。
そして名古屋、京都、折り返して東京戻りと、ゴールデンウィークの渋滞のなか、超人的な体力で全行程の運転をしてくれたのだった。
感謝!

行きのメンバーは運転の丸さん、私、梓、みぞれ、そして料理人マリコと、生後5か月のいくおくん。

まずは東名高速に乗り、名古屋をめざすが、いきなり渋滞に引っかかる。
渋滞の長さが30キロとか40キロとか情報で出てくる。
出発後3時間たっても、まだ神奈川県にいるという事態に、すでにぐったり。
まあ私は助手席にいたので、丸さんと車談義などしながら、楽しくすごさせてもらったけどね。

渋滞を抜けて静岡県にはいると、正面にくっきりと富士山が見えて、一同歓声をあげる。
今回は本当に天候にめぐまれて、気持ちのよいツアーとなったのだった。
途中、何度かサービスエリアで休憩を取る。
いくおくんはあまりぐずることもなく、とても機嫌よく移動に付き合ってくれたのだった。

午後1時すぎ、名古屋到着。
名古屋の主目的である劇団クセックACTの公演「ラッパチーニの娘」を観るためだが、会場である愛知県芸術文化センターの駐車場にまず車をいれる。

昼食はエビフライサンドイッチという意味不明の食べ物を食べたいというリクエストから、それを買い出しに地下街へ。
そこですでに名古屋入りしていた野々宮と合流。


エビフライサンドをたずさえて、栄のオアシスの芝生のところでランチ。
いきなり「あなたたちのために祈らせてください」じゃなくて「気功の練習台になってください」という女性ふたりがやってきたりしてびっくりしたが、エビフライサンドは意外にも美味で、けっこう満足したのであった。

午後3時、芸術文化センター小ホールで「ラッパチーニの娘」開演。
このホールは私も「GINGA」「記憶が高速を超えるとき」「特殊相対性の女」を上演した、思い出深い場所なのだ(といってもそんなに昔のことではないが)。
ステージはクセックがいつもそうであるように、演劇というより絵画的、しかし絵画ではなくやはりしっかりと演劇で、このあたりの方法論が夜の打ち上げのときいろいろと話題になって、おもしろかったのだ。

終演後、午後6時からバラさんが飲み会の会場を手配してくれていて、みんなでそちらに移動。
「ラッパチーニ」の脚本を翻訳された田尻先生や出演の劇団員、バラさん、そして演出の神宮寺さんもいらして、にぎやかにステージ談義がかわされた。
とくに私は、これまで田尻先生と親しくお話させていただく機会がなかったので、ありがたい機会であった。

午後10時、解散。
げろきょメンバーは丸さんと健康ランドに行って温泉につかり、そのまま仮眠室ですごすという予定になっていたが、さすがに私は翌日の講座と公演をひかえているのでそれには付き合えず、別途ホテルを確保してあったので、そのビジネスホテルに投宿。
しっかりと休ませてもらった。

翌朝(昨日だけど)、午前5時半、起床。
風呂にはいり、ちょっと仕事して、午前7時すぎ、チェックアウト。
みんなとの集合地点である、地下鉄・徳重駅に向かう。
午前8時に徳重駅で落ち合って、ふたたび丸さんの車に乗って京都に向かう。
帰りのメンバーは、みぞれちゃんが抜けて、いくおくんの父・ミキティと、野々宮が加わった。

渋滞があったが、思ったよりひどくはなく、そこそこ順調に走って、正午すぎに京都入り。
音読療法の講座と現代朗読の公演会場である法然院に無事に到着した。
法然院のイベントのもようについては、こちらにレポートを書いた。

法然院のイベントが無事に終了し、打ち上げが終わったのが午後10時すぎ。
そこから東京に取って返したわけだが、京都東インターから名神に乗る予定で、その前にガソリンを入れるべくあいているスタンドを期待しながら走ったのに、これがない!
東インターまでとうとうあいているスタンドがなく、やむなくそのまま大津インターまで下の道を走る。
ところが大津にはいってからも、あいているスタンドがない。
おまけに事故渋滞に巻きこまれて、いよいよ残りのガソリンがやばくなってきた。
ネットで検索して、ようやくあいているスタンドを見つけ、そこで給油。
丸さんによれば、あやうくガス欠寸前だったらしい。

ともあれ、よかったよかったと、大津インターから名神に乗り、東名経由で東京へ。
さすがに渋滞は軽微だった。

最後の休憩にと寄った海老名SAで、突然の地震警報が鳴った。
そのあと少し揺れたが、たいしたことない。
が、ネットを見ると、都内で震度5弱という、かなり大きな地震のようだ。
あとで家に帰ってみると、軽くて不安定な蘭の小鉢がひっくり返っていたり、机のわきのテーブルに積みあげてあった本が崩れていたり、調味料の瓶が倒れていたりという、軽微な被害。
そうそう、ガス栓が閉鎖されていて、リセットの必要があった。

最終的に東京に着いたのは夜がすっかり明けた午前6時ごろだった。
みなさん、そしてとくに丸さん、お疲れさまでした。
ほとんど寝ていなかった私は、そのあと数時間仮眠を取った。
明日は羽根木の家で韓氏意拳の講習会と、現代朗読の体験講習である。
リフレッシュして、また元気にやろう。

京都・法然院での現代朗読公演が終わった

2014年5月4日、夕刻。
京都左京区東山の法然院〈悲願会〉で、現代朗読公演をおこなった。

東京世田谷の羽根木の家を3日の午前5時に出発、リスナー部長の丸さんの車と運転でゴールデンウィークの渋滞をものともせず、まずは名古屋へ。
メンバーは私、野々宮、山田みぞれ、高崎梓。
観に来てくれることになった料理人マリコが、生後5か月のいくおくんを連れて同乗。
朗読メンバーはほかに宮本菜穂子と川崎満里菜が言質で合流することになっていた。

3日は劇団クセックの公演を観たあと、3日夜は名古屋泊。
そして4日早朝からふたたび渋滞を押して京都入り。

正午すぎになんとか京都に入ることができて、法然院へ。
京都散策を満喫したらしい菜穂子さんがやってきた。
菜穂子さんに手伝ってもらって、機材のセッティング。
法然院にはピアノがないので、演奏機材はすべて(パワードスピーカーも含めて)持ちこみ。
さらに記録用の撮影機材がごちゃごちゃと。
こういった機材管理だけで私は手一杯である。
ほんとはパフォーマンスや演出、テキストに集中したいところだけどね、そういう贅沢はいってられない。

ゲスト演奏者である琵琶奏者の片山旭星さんもいらしていただいた。
旭星さんは恐縮することに、音読療法の講座にも出ていただけた。

公演前の午後3時から、音読療法と共感的コミュニケーションの講座を1時間開催することになっていて、まずそれをやる。
無料講座だったせいか、用意した席がいっぱいになる盛況で、しかしおおぜいの人を(しかも知らない人がほとんど)を相手にしたワークは、かなり疲れた。
公演本番前にこういう消耗戦を入れるのは、次回からはなるべくやめよう。

休む間もなく(まだ演奏機材の音出しをしていなかった)、午後5時からいよいよ朗読公演。
もうひとりの出演者の川崎満里菜も到着した。
来場いただいた方のなかには、わざわざ遠方からお越しの方や、私が学生時代アルバイトをしていた祇園のジャズバー〈バードランド〉のマスターの中川晃氏がいらしてくれたりして、懐かしいやらうれしいやら。
それぞれの方と短くはあるが、ひさしぶりにお話をさせてもらうことができた。
歌手の大上留利子さんがお友だちを連れておいでいただいたのもうれしかったし、ボイスセラピストや共感的コミュニケーション、トランジションの仲間の方もおいでいただけた。

演奏機材の音を確認してから、お客さんが揃ってくるのを見計らって、ビデオカメラのスイッチを入れていく(なんと今回は5台も持ちこんでしまった)。
本番前に気がまわらず、カメラのスイッチを入れわすれたことが何度もあるので、ここは気を張ってしまう。

最初にお客さんに挨拶をさせてもらってから、スタート。
今回の使用テキストは私の「夜と朝をこえて」と「繭世界」のダブル。
まず私と旭星さんが演奏ではじめて、群読隊が出てくる。
会場はかなり広い「方丈の間」という座敷で、障子を板戸を開け放ってあるので、席の前方(つまり見なしステージ側)と後方には日本庭園が見えている。

野々宮が出て「夜と朝をこえて」の朗読がスタート。
彼女は自由に動きまわり、私と旭星さんはなにも決めていない即興演奏で会話する。
途中で群読「繭世界」が割りこんでくる。
演出として意図的にお客さんをはさみこむように琵琶とシンセを対角線に配置し、朗読者たちもお客さんを取り囲むような動線を作ってもらったのだが、あとで感想のなかに「音の結界のなかにいたみたいだった」というものがあって、うれしかった。

パフォーマンスが進んでいくなかで、カラスが庭に降りたち、カエルをくわえて飛びたったり、さまざまな鳥が鳴き交わすのが聞こえたり、風がざあっと木々を揺らした、獅子脅しが「カン」と鳴ったり、庭の風景と音がこちらの音・朗読と溶け合って、いまここでしかない効果をもたらしてくれた。
非常におもしろく、貴重な体験であった。

約1時間のパフォーマンスが終わり、最後は演奏も朗読も沈黙。
動きも音もなくなったなか、庭で木々が揺れ、鳥が鳴き、獅子脅しが鳴っているのをしばらく観たり聴いたりしていただいてから、全終了。
出演者を紹介して、ご挨拶。

終わってからいろいろな感想をいただいたが、それぞれの方がそれぞれの受け止め方をしていただいたという印象が強く、そのことも私にはありがたくうれしいことだった。
法然院を撤収してから、旭星さんが知り合いの店に連れていってくれて、そこで打ち上げ。
ユニークな店で、打ち上げもまた大変楽しいものとなった。

あらためて、ご来場いただいた皆さんには心から感謝したい。
そして、来れなかったけれど応援してくれた皆さんにも感謝している。
また法然院でやれる機会があるといいな、と思いながら、京都をあとにしたのであった。

立夏、子どもの日、誕生日

名古屋と京都・法然院ツアーから今朝もどってきた。
大変充実して楽しかったが、そのレポートはあらためて。

今日は私の誕生日で、フェイスブックやらツイッターやらmixi(まだあったのね!)やらメールやらで、たくさん誕生日メッセージをいただいた。
オフラインでもお祝いをいただいたり、言葉をもらったりした。
私はあまり記念日的なものには関心がない人間なのだが、お祝いしていただくのはありがたい。
とくにフェイスブックなどSNSはだれがいつ誕生日かというのを自動的に知らせてくれるので、私からはお祝いメッセージを伝えない人からもわざわざメッセージをいただいたりして、うれしかった。
みなさん、ありがとう。

帰ってきたらやることがいっぱい。
たった二日間あけていただけなのに、対応が必要なメールがたまっている。
そして法然院ライブの映像記録を、あとでわからなくなってしまわないうちに整理しておく必要がある。
これが実は一番大変。
今回はちいさいものだが、ビデオカメラを結果的に5台持ちこんだ。

パナソニックの普通の家庭用ビデオカメラ。
パナソニックのデジタルカメラ。
GoPro。
キヤノンのiVis mini。
ソニーのミュージックビデオカメラ。
これ全部フルハイビジョン。
データ量が半端じゃない。
編集することをかんがえると気が遠くなる。

今日で57歳になった。
たまに同級生に会うと、話題は「地位」「定年」「病気」。
病気というか健康のことはともかく、地位も定年も私にはまったく関係がないし、当然関心もない。
年齢も記念日もあまり気にしないが、それでもひとりで抱えこんでいるとパンクしそうになる。
うっかりすると、年々、やる必要のあることが増えていってしまう。
時々、自分が抱えている仕事を手放すことをしないと、もっともやりたいことが見えにくくなってしまう。

法然院に、私が学生時代アルバイトしていた祇園のジャズバー〈バードランド〉のマスターがわざわざ来てくれた。
マスターからいわれたことで意外だったのが、
「おまえはずっとやっていることがブレていないのがえらいよな」
という言葉だった。
自分ではそんなふうには感じられていなかったので、そうなのか、とうれしかった。
べつにブレないことを目標にやっているわけではないが、自分の深いニーズにつながりつづけてやっていくことが、結果的にブレていないように見えるというのは、うれしいことかもしれない。

明日は韓氏意拳と体験講座だ!

名古屋・京都ツアーから帰ってきた。
そして明日6日は、羽根木の家での韓氏意拳初級講習会と、夜は現代朗読体験講座がある。
韓氏意拳はいつものように内田秀樹準教練を招いて、午前の部と午後の部を開催。
現時点では参加枠にまだまだ余裕があるので、連休最終日に自分の身体と向き合う時間をおすごしいただきたい。
詳細と申し込みはこちら

夜の体験講座は月に一回やっているもので、毎回どんな人が来るのか、私も楽しみにしている講座だ。
以前は朗読教室のような内容を想像して来る方が多く、現代朗読が世間一般の朗読教室とはまったく異なったアプローチで自分自身と向き合う「表現」の世界に踏みこんでいくのを知って、びっくりしたり、驚いて途中で帰ってしまう人もいたが、最近はウェブサイトやブログを見て来てくれる人が多く、引かれることは少ない。
それでも、あまりに斬新なかんがえだと思われるらしく、どなたにもびっくりされることがほとんどだ。

びっくりしたあと、反応はふた通りあって、ここまで自分自身と向き合って表現のことを真剣にかんがえるのはしんどい、と遠ざかっていくか、これこそ私が求めていた自分を表現するための手段だ、と食いついてきてくれるか、だ。
現代朗読のかんがえかたを「斬新」と取られる人が多いが、音楽でもダンスでも美術でも文学でも、表現の世界ではまったくおかしなかんがえかたではない。
朗読をそれらとおなじ「表現」ととらえないほうが、私にとっては違和感がある。
もっとも、表現より「伝達」に重心を置く朗読があってもいいし、それを否定するものではないが、もうすこし表現に重心を置いてもいいんじゃなかろうか、と思うしだいだ。

そんなわけなのかどうかはわからないが、体験講座にやってくるのは年齢がだいぶ低く、ほかの朗読団体にくらべると平均年齢で三十歳くらい低いんじゃないだろうか。
社会人、主婦、学生といった二十代から四十代の人が中心で、正会員もそんな人たちが多い。
もちろん年齢がもっと上の人たちもいるが、かんがえかたや感受性がとても柔軟で若いとはいえよう。
逆に年齢が若い人でも、柔軟な思考や感受性をお持ちでないと、現代朗読のかんがえかたを受け入れたり理解するのはかなり大変かもしれない。

連休の最終日、日常的価値観にがつんとカツをいれてみたいという方は、ぜひお越しください。
体験講座の詳細と申し込みはこちらから。