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2020年7月11日土曜日

essay 20200711 温室

子どものころ、さまざまなものになることを夢見た。
そのひとつに、熱帯植物の研究者になることがあった。
熱帯植物とは蘭の一種で、高温多湿地帯のジャングルの中で他の植物に寄生する珍しい種なのだ。
大きな空中根をひろげ、硬い葉っぱと稀にしか咲かない美しい花をつける。
私の住居はジャングルの中のじめじめした高台にあり、室内の湿度は百パーセント。気温は三十度以上。
そういうなかで、エアコンもなく、顕微鏡を覗き込んで、ひたすら蘭の花の分類をするのだ。
そういう生活はいまでも夢見ていて、ともすれば自宅に温室を建てたいという願望がある。
大きな温室を建て、そこに机や椅子を持ち込み、汗だくになりながらものを書く。
湿度のためにコンピューターは使えず、原稿は手書きだ。
しかし紙の原稿用紙は汗のためにいつもぐったりと濡れている。
私も額から汗を吹き出しながら、半分裸のようなかっこうで、執筆する。
ばかげた妄想だが、そういうことを考えているときはいまでもとても楽しい。
もちろん実際にはそういう人生は送らなかったわけだけれども、もうひとつの人生の可能性として、今の人生のかたわらに配置して楽しんでいる。



From editor


水城の作品に「温室」というのがあって、世田谷時代によく朗読した。
植物の名前が文章の中に織り込まれ、どんどんおかしくなっていく。
二人朗読や四人朗読などにもなったし、施設のイベントで本物の大きな温室のなかで歩き回りながらの群読パフォーマンスをやったりもした。
この作品でたくさん学び、たくさん遊んだ。
楽しかったなあ。
水城の業績はたくさんあるが、現代朗読を確立したことは、その最大のものと言ってもいいのではないか。
あまり知られてないが、もっと知られていいものだと思う。