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2016年10月11日火曜日

ピアニストがピアニストにピアノを習いに行く

私がひと前で職業的にピアノを演奏するようになったのは二十代前半のことで、いまにいたるキャリアは作家生活より長く、三十五年以上になるわけですが、白状すれば正式にピアノを習った経験はほとんどありません(べつに「白状」しなくてもいいんだけど)。
つまり、ほとんど独学といえば聞こえはいいけれど、我流《がりゅう》。

小学三年生から六年生まで、田舎のごく普通にある個人レッスンのピアノ教室に通っていました。
そこでは典型的に、バイエル、ハノン、ブルグミュラー、ツェルニーと進んで、六年生くらいにはソナチネくらいまで行ったかもしれません。
いまから思えば、ただたんに技術的に曲を弾けるようになるだけのレッスンだったのです。
でも、素敵な先生で、当時は男の子のレッスン生はほとんど私ひとりという四面楚歌のような状況のなか、六年生までつづけられたのはその先生のおかげだったと思います。
結婚前の若い女性の先生でしたね(だからか、とそこで膝を打たないように)。

中学生からはレッスンを受けずに、ただ自分の好きな曲を好きなように弾いて遊んでいました。
それがよかったといまでは思いますが、やはりそこには欠落があります。

よかったのは、音楽を嫌いにならなかったこと。
音楽にはクラシック以外にもたくさんあって、民族音楽のすばらしさにも、ジャズやポップスの楽しさにも、踊りだしたくなるような身体性があることを知ることができたこと。
欠落は、クラシックという西洋音楽の伝統のなかで深く脈々と築きあげられていった演奏技法を、正統な方法で学べなかったこと。

中野の〈Sweet Rain〉というライブハウスにフリージャズの演奏者と朗読をからめて出演していたときに、クラシックピアニストの美しい酔っ払い女性がよく聴きに来てくれていました。
彼女はクラシックピアニストのなかでも、現代音楽の初演などを得意とする、その分野では知られた超一流の演奏者であることをあとで知るわけですが、とにかくお酒が好きで、音楽が好きで、とてもキュートな方だったのです。

現代朗読の野々宮卯妙と彼女(中村和枝)が、現代音楽と現代朗読のコラボライブを、その店で企画してくれました。
トロンボーン奏者や評論家や作曲家や、朗読者たちが集って、大変楽しいライブイベントになりました。
そんなこともあって、もし私が自分に欠落しているクラシックピアノ的なアプローチの演奏法についてレッスンをあらためて受けるなら、中村和枝さんにお願いしようと思っていたのです。

そして先日、ついに思いたって、和枝さんに相談してみたら、こころよくまずは体験レッスンをしてくれるということで、行ってきました。

「まずハノンをやりましょう」
といわれて、げえっとなったけれど、これまで教えてもらったことのないようなことを次々と教えてもらって、びっくりしました。
なるほど、ハノンには、というよりピアノという楽器を演奏するためには、こんなさまざまなアプローチの練習法があるんだな、と教えてもらいました。

つぎに、これからなにか簡単な曲を練習していきましょうということで、モーツァルトの「きらきら星変奏曲」をすすめられました。
こちらもまた新鮮な解釈や練習法を教えてもらいました。
あらためて練習しなおすのは、あたかも外国語をひとつ習得するような、身体のなかにもうひとつまったく別のルートを作るような作業で、きっと大変だろうと想像できるんですが、これをこつこつとやっていくことで即興演奏がメインの私の音楽にもきっとなにか変化が生まれるだろうと思って、楽しみなのです。

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前(10.23)
深くことば、静寂、音、そして空間とご自分の存在そのものをあじわっていただく「体験」型公演です。朗読と音楽、沈黙、そして音楽瞑想。明大前キッド・アイラック・アート・ホールにて、20時開演。