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2010年5月18日火曜日

オーディオブックの真実 Vol.7

非常に魅力的な物件だったが、指をくわえてみすごすほかはなさそうだった。ちょうどそのとき、JFNというラジオ制作会社から番組制作の依頼がはいってきた。「花のある風景」という衛星放送番組のサウンドトラック制作の依頼で、その制作費が月額20万円だった。

新番組の制作費が入ってくるからといって、それを全部スタジオの家賃にあてる余裕はなかった。が、どうしても静穏収録環境がほしかったので、熟考した結果、ワンルームマンションを引き払って私はスタジオに住むことにした。それが5年間にわたる地下生活の始まりであった。

地下室はそのまま収録スタジオとして使えたが、住むとなるといろいろ設備が必要だった。トイレはついていたが、風呂はなかった。まさかバスルームを作るわけにはいかないので、広すぎるトイレスペースをふたつに区切り、シャワールームを手前に作った。

キッチンもなかったので、中古の業務用設備を売っている店に行って、シンクとレンジ台を安く買ってきた。ほかに水回りの工事が必要で、そのためにやむなく借金した。がともあれ、地下スタジオに住める環境が整った。いまから考えるとなにかの法に抵触するかもしれない。

当時はそんなことは知らないし、思いつきもしなかった。可動式のクローゼットとソファベッドを持ちこんだ。昼間は収録スタジオや事務所、またはちょっとしたワークショップなどもやれるミーティングルームとして使い、夜になるとソファベッドを広げ、布団を出して寝る。

親しい人以外、私がそこに住んでいることをかなりの人は知らなかったのではないだろうか。ともかく広いので、朗読研究会もゆったりとできる。なにしろ静かだ。ちょっとしたライブもできそうな広さだ。そのうち収録だけでなく、ワークショップやライブも行なうようになった。

住まいとしても、案外快適だった。地下のどんづまりの部屋なので、だれかに押し入られたら逃げ場はない。が、完全密閉空間ではなく、ドライエリアに通じる明かり取りの窓がふたつあった。それを明けると外気もいくらか入ってきたので、普段は窓を開けていた。

夜になり、人がいなくなると、窓を閉め、ドアに鍵をかける。すると、ほぼ完全な沈黙の空間となる。照明を消すと完全暗転が実現できる。ライブをやるようになって、昼間でも完全暗転がほしくなったので、窓に段ボールで目張りをして、外光もつぶしてしまった。

真っ暗で完全な静寂のなか、ひとりでピアノを弾くのは快感だった。デジタルピアノしか持っていなかったが、YAMAHAの初期型のそれはけっこういい音で、演奏の練習ばかりでなくいろいろな音楽的試行錯誤を、暗闇のなかでああでもないこうでもないとやることができた。

そういう環境のなかでできた作品群が「花のある風景」だ。先に書いたように、JFNというラジオ制作会社からの依頼で作ったサウンドトラックで、音楽に朗読が乗っている。タイトルでわかるように、季節の花にまつわる古今東西の文章を引用して朗読している。

番組自体は、有名なカメラマンが撮影した花の写真(静止画)をスライドショーのように動かし、それをハイビジョン映像にしたものだった。その番組の音をアイ文庫が作ったのだ。既成の曲もあるが、その合間に朗読とオリジナル音楽の作品をいくつか挿入した。

この朗読と音楽のシリーズ作品「花のある風景」は、近くアイ文庫からCD作品としてリリースする予定である。また、同様の作品をアイ文庫のシリーズとして継続して作りたいという望みも持っている。JFNの番組は2003年だったと思うが、4月から10月まで制作された。

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