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2011年10月8日土曜日

明治大学での朗読と音楽とリズムの講義

昨日は明治大学の情報コミュニケーション学科での臨時講義でした。
 テーマは「朗読と音楽の融合・リズム論」。
 講義は夕方からだったので、日中はその準備をしようと、あれこれかんがえたり、メモを取ったりしていたんですが、途中でいやになってやめてしまいました。というのも、非常に抽象的な要素が多すぎて、自分のなかでもまだ整理ができていないからです。また、この分野の学術的なアプローチでの研究もまったく皆無といっていいのです。つまり、手つかずの分野。
 朗読と音楽というと、音楽が朗読のBGMとして扱われているライブは、最近けっこう見るようになってきました。それでもいまだに、朗読に音楽を流すなんて、と目くじらを立てる人もいます。また、音楽がBGM以上の存在として扱われることはほとんどありません。たとえば私がピアノを弾いて朗読と共演すると、いくら事前に「共演ですよ」とことわっていても、「ピアノの音が大きくて言葉が聴こえなかったところがあった」とクレームをつける人が出てきます。
 朗読というものにたいする固定化された狭小なイメージは、私が想像する以上にかたくななものがあるようです。

 昨日は若い学生さんが相手の講義だったので、あまりに固定化されすぎた朗読のイメージは最初から払拭させてもらうことにして、まず「朗読は表現である」「そして音声表現である」「その点で音楽と共演しうるものである」という認識を共有するところからスタートしました。
 そこからスタートして、講義内容はまったく準備せずに、即興的に展開しながら、学生といっしょに「抽象的な行為の言語化」を試みようという時間にしたのです。

 午後5時半に神田駿河台の明治大学リバティータワー地下にあるスポーツルームへ。
 だだっ広い運動用の部屋で、椅子がありません。私のために準備された電子ピアノがぽつんと置かれているだけ。
 担任教授も韓国出張でお休みで、代わりに講師の高橋さんと院生の寺平くんがサポートしてくれました。また、げろきょからは野々宮卯妙と照井数男が助っ人で来てくれました。
 午後6時までに学生たちがやってきました。全部で10人くらい。11人かな。講義を始めてすぐにわかりましたが、皆さん、全然すれたところがなく、熱心で、私も大変楽しく集中してやらせていただきました。

朗読と音楽の違い、朗読と音楽の共通項を探りながら、実際に野々宮と照井に実演してもらったりして、論点を徐々にあぶり出していきました。このあたりは、自分でも謎解きをしているみたいで、次々と気づきがあります。学生たちもこの過程を楽しんでくれていたでしょうか。だとしたらうれしいんですが。
 90分の持ち時間をびっちり使いきって、終了。とても実り多い時間でした。でも、終わったらぐったり。
 皆さんと別れて、野々宮と照井と神保町のベルギービールの店〈ブラッセルズ〉に寄って、一杯引っかけてから、帰路についたのでした。
 昨日の学生たちがげろきょに遊びに来てくれるとうれしいんだけどな。