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2019年8月30日金曜日

食道ガン(ステージⅣ)への放射線治療計画(30回)

5月末に食道ガンが見つかって、気がついたら3か月以上、検査はたくさんやったけれど治療はなにもやっていない。
つまり、ずっと放置。
このまま放置でいいんじゃないかとも思うけれど、腫瘍はわずかずつ肥大しているようで、食道の閉塞が進んできている。

抗がん剤での治療をことわったら、消化器外科、食道外科、化学療法科、放射線科、それぞれの専門医師からことごとく、
「まだ若いのにもったいない」
といわれたけれど、放射線治療のみを選んだ。
放射線で7割くらいたたけるだろう、というのが見立てだ。
残りの3割については、まれにそのまま消えることもあるが、通常はそのまま残り、ふたたび肥大化することが多い。
また放射線治療の副作用として、食道以外の場所にあらたにガンが発生することも多く、それは放射線には避けがたいことだ。
強力なX線を浴びつづけるのだから。

その覚悟で、9月2日月曜日から治療がスタートする。
週に5日、基本的に平日毎日のペースで30回の照射を受ける。
土日は休み。
9月は祝日が多く、また病院の機器メンテナンスもはいったり、私の都合もあったりして、つごう7週間かかる。

食道のただれ、もたれ感、痛みなど、局所的な副作用のほかに、倦怠感や食欲不振など全身への影響もあるとのこと。
できるだけ規則正しい生活をして、きちんと食事をとり、できるだけ身体も動かして、活力をたもっておくこと。
まあこれはガン治療でなくても日頃こころがけたい生活ではある。

活力を維持・向上させるために、欠かせないのはストレスマネジメントだろう。
これは私がこれまでさまざまに身につけてきた健康法やメンタルケアが役に立つ。
達人といってもいいだろう。
やりたいこと、好きなことのための時間をきちんと確保することも大切だ。
身体を動かすこと、食事をすること、とくにいまは海に行って波乗りの練習をすることが、もっともやりたいことのひとつになっている。
これらの治療効果は、ひょっとして放射線治療(や抗がん剤治療)より高いかもしれない(私の身体がそういっているような気がする)。

いずれにしても、いまを生きること、いまこの瞬間を大切にすること、自分を楽しむこと、全身全霊を発揮すること、を心がけたい。
5歳児が自然にそのように生きているように、私も生きたい。

ひよめき塾(小説・文章塾)がはじまります(また?)

この前の日曜日におこなった現代朗読ゼミは非常にめずらしい顔ぶれがそろった。
いつものゼミ生ユウキや野々宮のほかに、旧ゼミ生のふなっちと奥田くん、そして音読トレーナーでNVC仲間のみっちーが初参加。
ふなっちと奥田くんは朗読ゼミというより、そこからスピンアウトした身体文章塾(テキスト表現ゼミ)のメンバーだったといったほうがいいだろう。

ふなっちも奥田くんも、ステージⅣの食道ガンである私の健康状態を心配して来てくれたようで、ふなっちからはお見舞いの花までいただいた(うれしい)。
しかし見た目はいたって健康で、ふたりとも拍子抜けしたようであった。
「このまま治るんじゃない?」
というのは、私に会ったみんながいうことで、私もそうであればいいと思う。

近況など報告しあったあと、現代朗読の基礎トレーニングと群読エチュードでみんなを追いこんでみる。
身体を使った表現で、死んだ魚のような目がようやく生きかえってくる。

最後にふなっちと奥田くんが、
「また文章塾をやってほしい」
という。
その主目的を、今度は機関誌『HiYoMeKi』の続号を発刊することに置きたいという。
集まりを私が主導しお世話するのでなければ、やってもいいと答える。
参加のみなさんが自主的に会を運営し、機関誌の編集作業もやってくれるなら、私が自分の持っている能力と時間を使ってみなさんの学びや表現の場に貢献することは、まったくやぶさかではない。
むしろそこには私のよろこびがある。

身体文章塾がいったん途切れていたことにそこはかとない寂しさをおぼえていたところだったので、彼らのリクエストはうれしかった。

どんな運営形態になるかはわからないが、これまでのコンセプトは継続していきたい。
すなわち、どんな既成概念も排除し、お互いに批評・批判はしない、それがどんなに奇矯なものであってもそれぞれのオリジナリティを尊重し、受け入れ、おもしろがる場であること。
上手下手ではなく、どこまですぐれてユニークな自分自身を表現できるかどうかを目標とする、テキスト表現の学びの場であること。

遠方の人はオンラインでの参加を歓迎する。
来れる人は国立春野亭に来てくれていい。
まずは9月8日(日)19時から、ひよめき塾(仮称)のスタートアップミーティングをおこなうことになっている。
以後、月に2回くらいのペースで開催するかもしれない。
参加費その他事務的なことがらについては、8日当日に合議して決めることになっている。

ことば・文章という不自由なツールを用いて自分自身を表現し、探求してみたいと思っている人ならどなたも歓迎する。

※参加申し込みおよび問い合わせは、こちらから。

2019年8月29日木曜日

サーフィン体験で全霊が飛び起きた

2年前のお盆に野尻湖でヨットレースに出たときの爆発的な感覚を、ひさしぶりに味わった。

自然のなかで楽しむスポーツはいろいろあるけれど、私にとってとくにウォータースポーツは特別な感じがある。
学生時代にヨットに夢中になり、熱中していたが、そのときは「どう特別なのか」はよくわかっていなかった。

2年前に野尻湖のヨットレースにジョエルの助っ人として出場したとき、ディンギーに乗りこんで湖面に出た瞬間に、全身の感覚がよみがえってきて、一気にタイムスリップしたようだった。
たんに「昔乗っていた乗り物の感覚を思い出した」というだけではない、なにか爆発的な感じだった。

もちろん当時のような若さはすでにないけれど、全身の筋肉と神経が瞬間的に働きはじめた感じ。
しかもそれは、運動としての働きの感覚だけでなく、周囲の環境に呼応するセンサーが一気に開放される感じをともなっていた。
「フロー」という状態があるが、その感じ。

自分がおこなっていることに非常に集中していると同時に、周囲の環境やまわりで起こっていることにも完全に気づいている感覚。
ものごとがすべて動き、流れている、そのまっただなかに自分がいて、押し流されているのではなく意識して乗っかっている感じ。

この感じをしばらく忘れていたのだが、先日、湘南の鵠沼海岸で生まれて初めてサーフィン体験をしたときに、ふたたびよみがえってきた。

サーフィンは以前からずっと、一度でいいからやってみたいと思っていた。
とくにここ数年、まだ身体がしっかりと動くうちに海遊びを体験してみたいと、かなり強く思いはじめていた。

7年前に韓氏意拳という武術をはじめ、とくにここ2年くらいは意識的に身体を動かしてきた。
すると逆に、身体が動かなくなったときのことを想像するようになってきた。

街を歩くと多くの高齢者を見かける。
音読療法のボランティアで高齢者介護施設に行くこともある。
病院でピアノ演奏をすることもある。
そんなとき、自分もいずれ高齢になり、あの人たちとおなじようにゆっくりと歩いたり、車椅子で押されたり、ひょっとして寝たきりになることもあるのだろうか、と想像する。
しかしうまく想像できないのだ。
なにしろげんに身体は動いているし、まだまだ鍛えれば筋力も回復する。

そのいまの身体をもっとたくさん使ってやりたい、身体が喜ぶことをいまのうちにちゃんとやっておきたい、という欲求がある。
サーフィンをやってみたいというのもそのひとつで、もちろん海が好きだからでもある。

適当にネットで調べたサーフショップに電話して、体験レッスンを申しこんだ。
定員5人とのことだったが、行ってみると若い学生の男がふたり、私と連れの女性というメンバーで、インストラクターは日に焼けて引きしまった身体つきの、いかにもサーファーという感じの若い男性だった。

初心者の練習用のソフトボードを抱えて海にはいっていったとき、上記のような感覚が爆発的によみがえってきた。
神経系が一気に開放される、全身が波と風という予測できない偶有性に満ちた自然現象のなかで応じようとする。

初めてのサーフィンはもちろん難しくて、立てるか立てないか微妙なところだったが、巧拙はともかくとしてめちゃくちゃ楽しかった。
ヨットも楽しいが、サーフィンももっと楽しい。
なにしろ、板きれ1枚で波の上に立とうというのだ。
足下は常に変化しつづける海水という流動物で、こちらの思い通りにはまったくならない。
思い通りにならないものの上に、さらに輪をかけて思いどおりにならない自分の身体を動かそうとする。
まさに全身と全霊をとぎすまし、使いこなさなければならない遊びで、一瞬たりとも「いまここ」を離れることはできない。

数時間のみじかい体験だったが、もし効果があるとするならサーフィンがもっとも私の末期ガンにたいする治療効果が高いだろうと、身体がいっていた。
いろんな人からいろんな情報をもらったり、アドバイスされたりしているけれど、なにより自分自身の身体が「これいい!」と叫んでいるのだ。
もし思いすごしだったとしても、その時間は私にとって輝きに満ちたものといえるだろう。

いま食道の閉塞を止めるために放射線での治療がはじまろうとしている。
そのために皮膚の表面にマーカーを打っていて、それが消えないように生活する必要がある。
よほど大切なマークらしくて、医師や看護師からはかなりしつこく「消えないように」と指示されている。
温泉のような長い入浴はだめ、石けんもだめ、皮膚がこすれるきつい下着はだめ、ましてやサーフィンなどもってのほか。
しかし、私はやりたいのだ。
ようするに皮膚マーカーが消えなければいいんでしょう?
消えない方法をいっしょに考えてください、とお願いしようと思っているし、自分でも工夫のしようがあるだろう。
とにかく私は、これからも、治療をつづけながら、サーフィンをやりたいのだ。

現代朗読の群読作品をスタジオでやる

自主映画を製作している伊藤勇一郎くんが名古屋天白での現代朗読ワークショップに参加したのは、今年(2019年)の春先だったと思う。
ちょうどその時期に、私は毎月1回おこなっているこのワークショップを、たんなる単発のワークショップではなく、参加メンバーによる群読作品を作るための練習会にできないか、できれば最終的に公演の形に持っていけないか、と思い、参加のみなさんにも相談を持ちかけていた。

ホールを借りての正式な公演ではなく、イベントスペースやギャラリーあるいはライブハウスを借り切ってのちいさな公演をめざしていた。
開催にあたって人的パワーや費用もなるべく小さくして、とにかく群読作品を形にすることを目的としたかった。
それでも、会場や集客、告知など、ある程度の準備は必要で、年内には無理かな、2020年になってから、ひょっとすると春ごろにずれこむかも、なんてかんがえていた。

ここにきて私自身の健康が、そのようなスケジュールを許さない状況になってきた。
食道ガンが見つかり、ステージⅣと告知されたのだ。
抗がん剤などの治療をしても余命1年はむずかしいだろう、という医師の見立てだ。
来年の春ごろにどうか、などという悠長なことはいっていられなくなった。

伊藤くんに相談し、公演ではなく、スタジオ収録で群読作品を撮影することにした。
これだと、スタジオでワークショップをおこない、そのままその完成形をその場で撮影できる。
撮影もオープンステージよりはやりやすいはずだし、撮り直しもできる。

漠然としていた映画撮影にたいする私の目的も、くっきりしてきた。
2003年ごろからスタートした朗読研究会を母体として2006年に発足した現代朗読協会の成果を、私の生きた証として形あるものに残しておきたい。
書籍にはまとめてあるが、たくさんある映像記録は散逸している観があるし、現代朗読のセオリーを映像とともにまとめてあるものはない。
私がいなくても多くの人が現代朗読という手法で自分や、自分たち(群読)をいきいきと表現するその道すじを、明らかにしておきたい。

東京のゼミ生や、天白のワークショップの参加者たちには、ことあるごとにそのようなことを伝えていて、おそらく理解してもらっていると感じている。
そのことに尊重と配慮をくれているみなさんには本当に感謝の思いが深い。

天白のメンバーの協力もあって、9月20日には栄の音楽スタジオを借りきって、ワークショップとその成果である群読作品の撮影をおこなうことになった。
午後1時半にスタートして、午後5時半までワークショップと群読作品の撮影をおこなう。
これまでの参加メンバーが中心になるとは思うが、一度も参加したことのない新規・単発参加も歓迎だ。
まったく経験がなくても、だれでも群読表現に参加することができる。
それが現代朗読の考え方であり、また私自身の「だれもがいつでも表現者になれる」という信念がある。

夜はひさしぶりに、野々宮卯妙と私による沈黙[朗読×音楽]瞑想コンサートをおなじ会場でおこなう。
こちらも撮影がはいる。
日中のワークショップに参加できない方は、夜のコンサートにぜひともおいでいただきたい。

10月20日は放射線による私のガン治療スケジュールの中間の日なのだが、なんとかがんばって体調を整えて名古屋に向かいたいと思っている。
みなさんの応援をいただければ幸いである。


9月20日:現代朗読ワークショップ「VERBA ACTUS(ウェルバアクトゥス)」
名古屋で現代朗読と非暴力コミュニケーション(NVC)をコラボレートし、群読表現作品を参加者全員で作るワークショップを毎月開催しています。ワークショップでおこなうエチュードがそのまま群読表現の「部品」となります。

9月20日:沈黙[朗読×音楽]瞑想コンサート
水城ゆう&野々宮卯妙の沈黙[朗読×音楽]瞑想コンサートを名古屋でひさしぶりに開催します。会場はグランドピアノがある大スタジオで、完全暗転可能なスペースは、見る者聴く者に響いて引き出す「体験」となる沈黙[朗読×音楽]瞑想にとって最良の空間です。

YouTube:森を散策するように文章を読む

現代朗読のゼミ生が個人レッスンをするタイミングで、体験参加の方も交えて、日頃の疑問に演出・水城が応じる質疑応答を、一部抜粋してお送りします。

森のなかを散策したり、浜辺を歩いたり、あるいは街を歩くときに、それぞれ身体の感じは変化します。
なにか文章を読むときも、そのように身体が変化することに気づけるでしょうか。
たえず変化する自分自身のままに朗読できるかどうか、それが現代朗読のアプローチの方法といってもいいでしょう。

現代朗読の活動についてはこちらの公式サイトをご覧ください。

映像はこちら
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2019年8月28日水曜日

YouTube:朗読において「どう読むか」の手がかりをどこに求めるか

現代朗読のゼミ生が個人レッスンをするタイミングで、体験参加の方も交えて、日頃の疑問に演出・水城が応じる質疑応答を、一部抜粋してお送りします。

朗読をするとき、
「この文章はどのように読むべきか」
「日本語はどのように読むのが正しいのか」
「どう伝えるべきか」
など、さまざまに考えたり、工夫をこらしたり、指導者から教えを請うたり指示してもらったりします。
読み方の根拠を「そと」に求め、それを構築し、設計したとおりに読めるように何度も練習するのが、朗読の練習だという考え方があります。

現代朗読ではその考え方を採用していません。
では、「どう読むか」の根拠(よりどころ)はどこに求めるのでしょうか?

現代朗読の活動についてはこちらの公式サイトをご覧ください。

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ピアノ七十二候:処暑/天地始粛(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
処暑の次候(41候)「天地始粛(てんちはじめてさむし)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
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2019年8月26日月曜日

YouTube:朗読で著者や登場人物になりきる必要があるのか

現代朗読のゼミ生が個人レッスンをするタイミングで、体験参加の方も交えて、日頃の疑問に演出・水城が応じる質疑応答を、一部抜粋してお送りします。

朗読をするとき、ときにその著者や登場人物になりきって読むように指導されることがあります(現代朗読ではありません)。
しかし、役者や声優でない者にとってはそれはなかなか難しいことで、無理な要求といってもいいでしょう。

現代朗読ではそのようなアプローチはおこなわず、ただ「自分自身であるまま」に朗読します。
それは実際にどのようにおこなうことになるのでしょうか。

現代朗読の活動についてはこちらの公式サイトをご覧ください。

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2019年8月24日土曜日

ピアノ七十二候:処暑/綿柎開(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
処暑の初候(40候)「綿柎開(わたのはなしべひらく)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
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2019年8月21日水曜日

YouTube:福井県立病院ピアノコンサートの抜粋

2019年8月14日。
福井県立病院のエントランスホールにておこなわれた水城ゆうのボランティア・ピアノコンサートの模様を、一部抜粋でお送りします。

曲目は「浜辺の歌」「スカボロフェア」「虹の彼方へ」「海」「我は海の子」「蛍の光」です。

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YouTube:朗読WS@名古屋天白でのレクチャーの一部

2019年8月18日、名古屋天白〈アロマファン〉にてほぼ毎月開催している現代朗読ワークショップから、参加者の質問に演出の水城ゆうが答える形でおこなったレクチャーの一部を、抜粋してお送りします。

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2019年8月18日日曜日

ピアノ七十二候:立秋/蒙霧升降(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立秋の末候(39候)「蒙霧升降(ふかききりまとう)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
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2019年8月15日木曜日

福井県立病院ピアノコンサート 8月14日(水)午後

2019年8月14日。
3か月に1回のペースでの開催が恒例となっている福井県立病院のエントランスホールでのピアノコンサート、今回で何回めだろう。
食道がんの治療予定では、最初の抗がん剤治療のための入院を経て、日程どおり演奏できるかどうかきわどい感じだったが、抗がん剤治療をパスして入院もなくなったため、予定どおり行くことができた。

行ってみたら、前回につづいて今回もファンだというおじさんが立派なフラワーアレンジメントを作ってくれていて、恐縮する(もちろんうれしい)。
Facebookでいつもコメントをくれたりやりとりしている笠川さんが、予告どおり来てくれた。
手作りのかごに、私の好物のへしこやらミニトマトやらをいれてプレゼントしてくれる(うれしい)。
毎回欠かさず聴きに来てくれる遠縁の長谷川さんも、夏休み中のお孫さんを連れて来てくれた。
あとでわかったのだが、長谷川さんと笠川さんは家が近所で、お互いに知り合いだった。

高校時代の1級上の知り合いが来てくれた。
高校のときはほとんど交流がなかったのだが、京都で学生生活をはじめたとき、まったくの偶然で百万遍あたりで出会い、それから学生時代は交流がつづいた。
会うのは何十年ぶりだろう。
なつかしい知り合いの近況を知ることができた。

妹の友人で、いまも東京で声楽の活動をつづけている玲ちゃんが来てくれた。
聞けば立川に住んでいるということで、玲ちゃんも私が国立に住んでいることを知らなかったらしく、びっくりしていた。
東京でまた会えるだろう。

Facebookではつながっている県立大学の山川先生もわざわざ来てくれた。
以前からマインドフルネスやNVCのことでつながりがあり、1度お会いしましょうと約束していたのだ。
パソコン通信時代の知り合いのベストくんも、たぶん30年ぶりくらいに再開。
こちらのピアノコンサートに私をつないでくれた同級生のたつみくんも、仕事の合間に来てくれた。

なんだか知り合いがたくさん来て、コンサート前が忙しかったが、時間が来たので演奏をはじめることにした。

いつもながら、広々とした吹き抜けのエントランスホールは音響がすばらしく、開放的な空間で、ピアノの前に椅子をならべてあってそこで聴いてくれる人がメインリスナーではあるが、とおりすがりに足をとめて聴いてくれる人や、吹き抜けの二階のほうから顔をのぞかせて聴いてくれる人たちもいて、ホールやライブハウスとはまったくちがう雰囲気だ。
私はここで演奏できるのが本当にうれしい。
そして、ほかの病院でもボランティア演奏をしたことはあるし、私ではなくだれか演奏者が演奏しているところを見たこともあるけれど、こちら福井県立病院ほどのよい雰囲気があるところはほかにはない。
事務局の人たちの気遣いと努力によるところも大きいのではないかと思う。

ところで、今回はがん告知を受けてはじめてのピアノコンサートだった。
日々の時間の流れもそうだが、演奏時もたしかに時間の流れや自分とまわりへの気づきや、音にたいする感覚がちがっていて、とぎすまされた感じがあった。
だからといってもちろん思いどおりに演奏できたというわけではない。
しかし、いまここに自分自身がいて、音楽をかなで、それを聴き、また聴いてくれる人たちとおなじ時間をすごしているというライブ感覚が、これまでとはだいぶ違っていたように思う。
ありがたいことだ。

がんであろうがなかろうが、すべての人間はかぎられた命を生きている。
そのことに以前は「頭では」「理屈では」わかっていたが、身体感覚として腑に落ちたのはこの1か月のことだ。

演奏が終わってから地元の新聞社の若い女性記者から取材を受けたのだが、そんな話をついつい熱弁をふるってしまって、説教臭くなってしまったのではないかとちょっと心配している。
彼女もまた、私とおなじ高校出身で、学生時代は朗読サークルをみずからやっていたと聴いて、うれしくなり、つい調子に乗ってしまったかもしれない。
ごめんね。

2019年8月14日水曜日

春野亭日乗 8月10日(土)シルクニット、ゼミ、うららさん、お茶タイム、映像収録

真綿から紡いだ絹糸を使ったシルクニット、リストウォーマーのつぎは細めの襟巻きを編んでみたのだが、いちおう完成した。
白い糸が足りなかったので、別の色でつないでみた。いびつなツートン。
編んでいるときは「変だ」と大不評だったけど、私は悪くないんじゃないかと思っていて、仕上がってみると実際そう悪くない感じだと思う。
手触りが柔らかくてすごく暖かいので、真冬でも使えそう。

午前中は現代朗読ゼミ。
いつもより参加者が多めで、レクチャーで基本の確認と、群読による基礎トレーニングがしっかりできた。
前回参加してくれたNVC仲間のあきちゃんが、今回もリピート参加。
わざわざ私のケアのために演奏するライアーを持ってきてくれた(重いのにいつもありがとう)。
元ゼミ生のてんちゃんも来てくれた。
国立に移ってからは初参加になるのかな。
やはり初参加のはっぱさん、NVC仲間で、先月のキノ・キュッヘのオープンマイクにも来てくれた。
ゼミ生のユウキとかなえさんも。

はっぱさんが最後に朗読してくれたとき、身体が柔らかく使えるようになっていて、押しつけがましくない動きのある、いつまでも聴いていたいような感じだった。

終了後、みんなで昼食に出る。
現代朗読協会のNPO法人を立ちあげるときに手伝ってくれたうららさんが、1歳になったばかりの娘を連れて遊びに来てくれたので、〈いたりあ小僧〉で合流。
ものおじしない子どもで、すぐに私になじんでくれた。

〈マロニエ〉でホールのケーキを買って帰って、春野亭でお茶。
合間に、残ってもらっていたゼミ生ユウキと、あるライブ企画を進めるためのサンプル映像を、ピアノといっしょに収録。
なかなかいい感じになってきた。
企画はぜひとも実現したい。

夕方、あきちゃんにライアー演奏で癒やしてもらう。
お腹の上に乗せて演奏してもらうと、音が身体の内側で鳴っているような不思議な感じがして、震動が心地よいのだ。

シルクニットは襟巻きのつぎに、ヘアバンドを編みはじめてみる。
これだと糸が少なくても作れる。途中で違う糸を足す必要がない。
輪針のゴム編みで編みすすめる。
大きさがよくわからないが、とりあえず40センチの輪針でゆるめに編んでみる。
ゴム編みなので、ある程度の融通はきくだろう。

2019年8月13日火曜日

ピアノ七十二候:立秋/寒蝉鳴(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立秋の次候(38候)「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

2019年8月11日日曜日

ロング・アート・パフォーマンス(ラストステージ)を生きる

大学をドロップアウトし、ジャズバーでバーテンダーのアルバイトをしたり、バンドマンとして生計を立てはじめた二十代はじめのころ、京都に住んでいたということもあったのかもしれない、現代アートシーンがおもしろく、美術雑誌を熟読したり、展覧会やギャラリーの展示にも熱心に通ったりしていた。
その傾向は、京都を引きあげて故郷の福井にもどってからもつづき、地方ではあるがかなり盛んだった現代アートと関わりを持ちつづけていた。

1980年代の初頭からなかごろにかけてのことだった。

そのころ、北陸の美術館や現代アートギャラリーで盛んにおこなわれていたのは、美術家によるアートパフォーマンスで、それはとくにニューヨークを中心に注目を浴びていたローリー・アンダーソンやナム・ジュン・パイク、そしてなによりドイツのヨーゼフ・ボイスらの影響を色濃く受けていた。
ナム・ジュン・パイクと活動をともにしていたビデオアーティストの山本圭吾氏が福井出身だったりして、そのあたりのパフォーマーに親近感をおぼえていたし、私も即興ピアノ演奏で美術家や役者やフリージャズのミージシャンらとことあるごとに共演をするようになっていた。

とはいえ、じつのところ、アーティストによるパフォーマンスがそもそもなにを意味するのか、どんなねらいがあるのかについては、よくわかっていなかった。
ただ楽しかったのはたしかだ。

今年の春先にドイツに旅行する機会があった。
いくつかの都市を回ったのだが、現代美術館やギャラリーもいくつか訪れた。
ベルリンのハンブルク駅現代美術館に行ったとき、たまたまヨーゼフ・ボイスの回顧展をやっていた。

ベルリンに限らず、ドイツはどこもそうなのだが、公共施設はどこも人があふれていなくて(駅や交通機関も含む)、ゆったりとすごすことができる。
この美術館もそうで、じっくりと見ることができた。
作品のキャプションはドイツ語と英語で書かれていて、英語は読むことができる。

ボイスの存在でもっとも大きなものは、彫刻の意味を問いなおしたことだろう。
彫刻といえば古来から現代にいたるまで、石や金属や木材やコンクリートや、なにかしら固形の材料をもちいて形(sculpture)を表現することだと、なんとなく思っていた。ボイスはそこに鋭く切りこむ。
まず、材料は固形のものである必要があるのか?
そもそも固定された「物体」である必要はあるのか?

流動的な、あるいは変化する「現象」そのものを彫刻としてとらえることはおかしなことなのか?
我々そのもの――つまり生きて動いて変化しつづけているbodyを表現するのに、そもそも固形物で時間をとめようとすることに無理があるのではないのか?

かくして生まれたパフォーミングアートは、彫刻からスタートしている。
ボイスのまとまった仕事をベルリンで見たとき、生きて動いている存在というか現象である私自身の生命そのものは、いったいなんなのかを鋭く突きつけられたように感じた。
私自身をふくむ生命現象そのものを、アートとどこで線引きできるのか。
そもそもそんな線引きそのものが社会的な都合によって作られた勝手なジャッジではないのか。

ボイスの芸術をつきつめていくと、われわれ自身の存在そのものに行きあたるのだ。
ボイスの問いはそのまんま、自分自身の存在へと向けられる。
いまここにこうして生きている私自身、これはなんなのか。
なんのためにこうして存在しているのか。

私はこの5月末に食道がんが見つかり、余命1年未満と告知されている。
観念的にいえば、あるいは社会通念的にいえば、それはショッキングなことなのかもしれない。
しかし、いま、この瞬間、ここにこうして(これを書いているいま)私が生きて存在していることは、まぎれもない事実で、それについては(これを読んでいるあなたもふくむ)ほかのみなさんとなにも変わりない。

ボイスの問いをここに援用すれば、生きていることそのものがアートであり、すべての行為が表現といえる。
私がこうやって書いている文章も表現ならば、文章を書いているこの行為そのものも表現である。
私がいまテーブルの上に置いたラップトップにむかってキーボードを打っている行為と姿そのものがパフォーマンスであるというのは、ヨーゼフ・ボイスが黒板にチョークで線を引きコヨーテの鳴き声を発したこととなんら変わるものではない。

私は自分のパフォーマンスそのものを楽しみ、まわりの環境や人々との呼応を感じ、瞬間瞬間を味わっていける。
それが生きていくということであり、その時間的累積によって自分がどこにたどりつくかというのは結果でしかない。

いまこの瞬間も、過去の累積によってここにたどりついているわけで、それを残念だと思うか満足だと思うかは利己的なジャッジであり我想にすぎない。
自分という現象から乖離した思考でしかなく、それはもはや私自身とは関係のない観念だ。

私は私を生きる。
それがいつまでなのか、いつ終わりが来るのか、みじかいのか長いのか、それは結果でしかなく、私はいまこの瞬間の私を生き、そして表現する。
もちろんそこには私なりの美意識があり、生きることそのものを「美への昇華としてのアート」という表現したいという望みはある。
それはたしかに、ある。

2019年8月9日金曜日

春野亭日乗 8月8日(木)ウォーキング、温泉、雲をながめる、シルクニット

午前6時起床。
空にはもう秋を思わせるうろこ雲が出ている。そういえばすでに立秋だ。

気温が上がらないうちにウォーキングに出かける。といっても、すでに30度近くある。歩けばすぐに汗をかくが、国立駅前の大学通りは、東側歩道が日陰になっていて、まだ歩きやすい。
うろこ雲もすぐに消えてしまった。
帰りがけに高倉町珈琲店に寄って、モーニング。

帰宅して、痛み止めを飲む。

理子ちゃんが引っ越し準備のためにレンタカーを借りていて、返すまでに時間があるといって温泉に誘ってくれた。
野々宮と3人で国立湯楽の里に行く。
ここは露天風呂が広く、そして湯温がかなりぬるくて、ゆっくりできた。ひさしぶりに雲を飽くまでながめた。

帰りがけに隣のホームセンターに寄って、メダカの水槽用にミナミヌマエビ5匹と水苔取りを買う。

シルクニット(棒針編み)のリストウォーマーが完成。
このままあんなさんに送ろうかと思ったけれど、つぎはかぎ針編みで細めの襟巻きを違う糸で編んでみたいので、それが完成してからどちらが気にいるか見てもらうことにした。

私の体調について韓氏意拳の内田秀樹先生から丁寧なお見舞いをいただく。
内田先生は私が最初に韓氏意拳を習った指導者で、おかげでこんにちまで丸六年以上にわたって稽古をつづけることができた。
いまは駒井先生のお世話になっているが、内田先生にも感謝がたえない。

シルクをかぎ針を使って細めの襟巻きを編みはじめてみたが、やはりぼわぼわしすぎてうまくない。
かなり太くて太さもまちまちのシルクの糸は、やはり棒針編みのほうがいいようだ。
かなり太い棒針に変えて、襟巻きを編みはじめてみる。
棒針は10ミリ、目数は11目の幅で。

しばらく使っていないコンデンサーマイク、AKGのC1000Sを、オカリナ牧師の久保木さんに送ることにした。

夜、鶏の手羽元をグリルで調理して食べる。
けっこうな肉のかたまりをがっつりと食べたが、まだこの程度のものは食べられる。痛み止めが効いているせいかもしれないが。

2019年8月8日木曜日

春野亭日乗 8月7日(水)1日入院、シルクニットのリストウォーマー、冷やし中華

結局、入院は1日のみ。
入院というより、病院泊というべきか。

がん病棟で一夜すごすという、えがたい経験をさせてもらった。
同室の患者さんはみなさん、抗がん剤の治療中と思われるが、そのうちのふたりは副作用があるらしくて、夜なか中嘔吐したり下痢したり、看護師さんが来て点滴を追加したりと、苦しそうだった。
消灯は午後9時で、私も10時前には早々に寝てしまったのだが、夜中になんども眼がさめて、朝も午前5時には覚醒してしまった。

カフェルームのほうに行って、夜明けの湾岸風景をながめる。
羽田空港に着陸する飛行機がひっきりなしに眼前を横切っていく。
左のほうの埠頭には「A-LINE」という、奄美大島を結ぶフェリーが停泊しているのが見える。

午前9時に医師団の回診。
「白い巨塔」で見た大名行列のようなのがぞろぞろ来て、びっくりした。
担当のC医師が、あとであらためてひとりで来てくれたので、標準治療も含めて抗がん剤治療はしないという意志を伝える。
放射線治療を今月中にスタートするために、あらためてお盆明けの診察の予約を作ってくれた。

退院手続きまでの待ち時間に、あんなさんから送られた絹の糸で編物。
襟巻きにしようと編みはじめたのだが、ちょっとイメージが違ったので、急遽変更してリストウォーマーにしてみた。いまの季節、いらないかもしれないけど、寒くなってきたらきっととっても暖かい。
片方を仕上げて、もう片方に取りかかる。

10時前に退院手続きを終えて病院を出る。
11時、国立帰着。
急に冷やし中華を食べたくなったので、近所の日高屋に行き、餃子付き定食で食べる。
食欲はがっつりあるけれど、あまりの暑さに全身がだるい。
胸(食道)の痛みは痛み止めのおかげでほとんど感じられない。

やたらと眠い。
昼寝もしたが、まだ眠くて、夜も早々に寝てしまう。

2019年8月7日水曜日

どんでん返しにつぐどんでん返しで振り出しにもどる(がん治療について)

昨日8月6日、治療入院のためにがん研有明病院に来た。
今日7日から治験の治療がはじまることになっていて、そのための入院手続きやら予備の検査やら診察のために来た。

午前中に入院手続きをして、病院着やタオル類などをレンタルし、病室に案内してもらって、荷物を置いた。
血液検査を終えて病室にいたら、治験コーディネーターのTさんが来た。

聞けば、治験のための検体をアメリカに送ってあったのだが、治験のための条件を検体が満たしていないことがわかったのだという。
専門的なことはわからないが、がん組織の密度が治験に必要な条件に足りないという。
がん組織は密集しているものもあれば、疎なものもある。
私の場合はとくに、食道がんの部位が食道粘膜の奥に隠れていて採りにくいというのもあったかもしれないらしい。

それはともかく、今後の選択肢としては、いくつか決まってきた。
担当のC先生も来て、話をしてくれた。
ひとつは内視鏡による検体の再採取をおこなって、もう一度治験を申請する。
つぎに、治験ではなく標準治療に切りかえる。

治験の最申請の場合、これまで時間がかかったようにまた日数がかかるので、治療がスタートするのがさらに数週間遅くなる、担当医としてはあまりおすすめしない、とのこと。
標準治療をすすめられ、治療スケジュールや副作用についてもくわしく教えてもらった。
病院としてはすでに明日から治療できる準備ができているとのこと。
朝まで決めて返事してくれて、ということだったので、昨日はそのまま病院に泊まって、ひと晩かんがえた。

今日になって、やはり抗がん剤の治療は受けないことに決め、それを担当医に伝えた。
「まだお若いし体力もあるのでもったいない気は正直します」
といいながらも、こちらの意志を尊重してくれた。
抗がん剤治療はおこなわないが、食道閉塞が数ヶ月内に目に見えているので、なんらかの処置は必要とのことで、放射線治療をおこなうことになった。
こちらも副作用がないわけではないが、入院する必要はない。

結局、一番最初に食道がんのステージⅣと告知されたときに、自分で決めた「抗がん剤の治療はしない」という方針どおりにもどってきたことになる。
あとは放射線で患部を焼きながら、抗がん剤にかわる方法として自分自身の免疫力と体力を維持・増強し、みずからがんと付き合っていくということになる。

いまはかなりすっきりした気分で、いまここにあるまだ元気な自分の身体を大事にあつかおうと思っている。

ピアノ七十二候:立秋/涼風至(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
立秋の初候(37候)「涼風至(すずかぜいたる)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
よろしければチャンネル登録をお願いします。

蚕から作った真綿で紡いだ絹糸をもらったので編んでいる

共感手帳術講座に参加してくれている牧あんなさんが、蚕から取った絹の糸玉を持っていて、よかったら編んでくれないかといったので、ちょっと驚きつつ喜んでしまった。
あんなさんはここ10年来、養蚕をやっている年配のご夫婦を手伝っていて、蚕や桑を育てるところから、糸を取るところ、糸を紡ぐところ、染める工程までやってきたというのだ。
写真を見せてもらったら、うつくしい光沢のある絹の糸玉で、すぐに送ってもらった。

着物の生地を織るような細い糸を取る工程ではなく、繭からまず真綿を作り、それを染めてから紡いだ、太さに変化がある毛糸のような太めの糸玉になっている。
草木染めでさまざまな色になった糸玉がたくさん送られてきた。
もう見ているだけでうれしくなる。

一度でいいから、自分でつむいだ糸を使ってなにか編んでみたいと思っていた。
毛糸なので、刈った羊毛をつむぐことをかんがえていたのだが、絹を使うことは想像していなかった。

蚕という蛾の幼虫がさなぎになるときに出す繊維を、人が利用して糸にする。
みつばちもそうだが、虫と人の太古からの関わりから生まれたものだ。
それを人の手がつむぎ、染め、そして編みあげていく。
そういうことに自分が直接触れられることが、なんて幸せなことだろうと思う。

実際に編みはじめてみると、絹糸のうつくしさと強靱さにびっくりする。
独特の光沢がある。
人間の髪の毛よりもずっと細い繊維にも、キューティクルのようなものがあって、つるっとしているようでいて独特の触覚がある。
そして強い。

人の手で真綿からつむがれた糸は、太さに波があって、均一な目にそろえることができない。
それがまた楽しい。
まさに手作業が生む「もの」の生きいきしたうつくしさと楽しさがある。

2019年8月5日月曜日

春野亭日乗 8月4日(日)旧ゼミ生(オンラインで)と新規参加者の現代朗読ゼミ

午前中から現代朗読ゼミを開催。
昨日のアレクサンダー&NVCワークショップから参加していたあきちゃんが、春野亭に残っていて、時間があると聞いたので、朗読ゼミにも参加してはどうかと提案してみた。

現代朗読はNVCの実践としてやっている側面もあるけれど、NVCの仲間で参加してくれた人はそう多くない。
あきちゃんが参加して、そしていろいろと気づいてくれたようで、うれしいな。
声を出すこと、呼吸や姿勢や身体の連動、自分自身のいきいきした存在を観察すること、なにかを読むこと、なにかを読んでいる自分を受け取ること、なにかを読んでいる自分が受け取っていることを観察すること。

「自分の元気なところが、まだあったんだ!って思えました。またやってみたいです」
といってくれた。

元ゼミ生の豆豆子さんもオンラインで参加してくれた。
朗読のような身体表現の稽古をオンライン参加でやるのはむずかしい面もあるけれど、今後は私自身の体調のこともあるし、オンラインでもできる方法を模索していきたいと思う。
そういう意味でも、豆豆子さんが参加してくれたのはありがたいし、あらためてつながりを持とうとしてくれたことにとってもうれしく、感謝。

豆豆子さんは最近、NVCの合宿に参加したそうだが、かつて「げろきょ」と略称していた現代朗読協会の活動がNVCのめざしている世界を実現していたことにあらためて気づき、また私に会いたくなったといってくれたのは、しみじみとうれしいことだった。

ゼミ終了後、蕎麦屋〈かない〉に行って、昼食。
そのあとまた春野亭にもどり、ゼミ生ユウキが差し入れてくれたチーズケーキを、コーヒーといっしょにいただく。
今日のようにあらたな参加者がいると、新ゼミ生と思っていたユウキがいつの間にかすばらしい成長をとげていることに気づき、びっくりする。
このまままっすぐに伸びていってほしい、と思う。

2019年8月4日日曜日

YouTube:ピアノ演奏「ダニーボーイあるいはロンドンデリーの歌」

アイルランド民謡「ダニーボーイ」あるいは「ロンドンデリーの歌」
ピアノ演奏とアレンジ 水城ゆう

国立・春野亭にて、2019年8月4日収録。

映像はこちら
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2019年8月3日土曜日

YouTube:ピアノ演奏「蛍の光」

スコットランド民謡「蛍の光」
ピアノ演奏とアレンジ 水城ゆう

国立・春野亭にて、2019年8月3日収録。

映像はこちら
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春野亭日乗 8月2日(金)朝散歩、モーニング、絹糸もらえる! 入院日決まる

まだ暑くならないうちに、朝散歩。大学通りと一橋大学構内をぐるっと。
構内でピアノ七十二候用の動画を撮影する。
日が照っているところはすでに充分暑く、今日も厳しい暑さになることは予想できる(というか、予想を超えた暑さ)。
35度超えとか、あたりまえのように予報されてるけど、異常事態だからね、これ。私の子どもの頃は、30度超えだってそうそう頻繁にはなかった。夏休みの間に何度かしかなかった。ましてや35度なんて。

大学通りの〈高倉町珈琲店〉でモーニング。
初めて入ったけど、なかなかいい感じの店。

共感手帳術講座の番外編で、参加者のあんなさんと個人セッション。
そのなかで最高にわくわくした話が出てきて、私のほうが興奮してしまう。
あんなさんはここ10年来、養蚕の仕事に関わっていて、蚕から絹糸をとったり、真綿を作ったり、それから糸をつむいだり、草木染めしたりしてきているらしい。
写真を送ってもらったら、それがすばらしいのなんのって。
まさに私がやりたいと思っていたけれど、自分では手が出せないとあきらめていたこと。
が、そんな風に紡がれた糸を使って編物ができるといいなあと漠然と思っていた。
自分で紡いで染めた絹糸をあんなさんが送ってくれるという。
こんなわくわくすることはない。
待ち遠しい。

留守にしている理子ちゃんちに、クマ(猫)の世話に行く。
がん研有明病院から電話。入院が5日(月)に決まった。その他の情報はなし。治療内容はまだ不明。5日中にはわかるとのこと。

久保木さんのオカリナのためのピアノ伴奏「赤とんぼ」を演奏入力。
なかなかむずかしい。
ついでに伴奏ではなく普通の演奏も。
録音したのをそのまま動画に貼りつけてYouTubeで配信したら、さっそく聴いてくれた人からリアクションがあって、うれしい。
「赤とんぼ」の演奏はこちらからどうぞ。

ピアノ七十二候:大暑/大雨時行(YouTube)

日本の二十四節気七十二候にちなんだピアノの即興演奏です。
大暑の末候(36候)「大雨時行(たいうときどきふる)」をイメージして演奏しています。

映像はこちら

約5日おきに新曲が配信されます。
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2019年8月2日金曜日

YouTube:ピアノ演奏「赤とんぼ」

山田耕筰の曲「赤とんぼ」
ピアノ演奏とアレンジ 水城ゆう

国立・春野亭にて、2019年8月2日収録。

映像はこちら
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2019年8月1日木曜日

春野亭日乗 7月31日(水)共感サポートを受ける、共感手帳術講座2回め

NVCトレーナーの認定アセスメントプロセスにはいっている仲間のはからいで、アセッサーであるマウイのトレーナーのジムが私と個人セッションの時間を持ってくれることになった。
せーじさんが通訳サポートではいってくれた。
ありがたい時間だった。
末期がんのために残り時間が限られてきている私のために、ただ共感的に話を聞いてくれたふたり。
いまどちらに向かえるのか、どちらに向かいたいのか、大きな気づきと勇気をもらうことができた。

忘れていた大切なことを思いだすこともできた。
罪悪感やあせり、苦しさを、美しさに変換しアートとして表現していくこと。
それが私の命が欲していること。

ジムもありがたかったし、せーじさんがそこにいてくれたことがこれほど心強いと思ったのは、自分でも意外だった。
NVCのコミュニティのパワーを感じることができた。
そして私のかたわらにそれがあることを確認して、うれしくなった。

エコアンダリアの白と生成りのツートンの糸で編んでいたぺたんこショルダーが完成。
最初のほうで目を間違えているので、これは人にあげられないな。なんに使おう。
失敗作だけど、気がすんだ。

お昼ご飯に鶏セセリと野菜の炒め物を作る。
ご飯のおかずっぽく甘辛く仕上げるつもりが、甘さが足りなかった。
が、まあまあおいしくできた。
鶏肉に火が通りすぎず、ぷりぷりの食感に仕上がったのが満足。

夜は共感手帳術講座の2回めをオンラインで。
頭のなかの気がかり(ノイズ)やTODOをニーズに、ニーズを満たすための戦略や行動をリクエストに変換していく手帳術をみなさんに伝えるのは楽しい。
来週予定していた3回めのフォロー講座が、入院予定とかぶりそうなので、みなさんと相談して日程変更する。

(末期がん(余命1年未満)と告げられてから今日で20日)