2017年3月29日水曜日

毎回楽しみな身体文章塾

今年2017年からスタートした「身体文章塾」ですが、月に3回のペースで定期開催しています。
そのうち1回は、来れる人は国立まで来てもらって、飲食しながらのいわば「リア充」クラスとなっています。
来れない人はオンライン参加ですが、なぜかその場にいるような感じがして、ネットを介してのつながりも悪くないのです。

ネットを介してのつながりを毛嫌いする人がいますし、私自身もこれにはある程度の限界というか制約を認めていますが、利用価値があることはたしかで、今後さらに積極的に利用したいと思っているし、またオンラインでできることの可能性もさぐっていきたいと思っています。

それはともかく、先日は3月の身体文章塾のリアルクラスを国立で開催しました。
といっても、リアル参加が私をいれて3名、オンライン参加が3名という、半々でしたが。
前回の最後に提示したお題「ホワイトボード」に沿ってみなさんが書いた短文を、それぞれ読み合わせました。

三木くんがまるでコンテンポラリーアートのような、テキストで描いた絵画のような、しかしテキストでしか表現できない一幅の作品――無理にくくれば詩になるのかな――を書いてくれました。
ふーちゃんがとても彼女らしい、ことばが躍動している作品を書いてくれました。
古参の奥田くんが、強い力を持った作品を書いてきて、最初からぐいぐいと引きこまれるようでした。
沖縄の知念さんは、今回も意表をつくアイディアと型破りなフォームで、楽しませてくれました。

奥田くんにしても知念さんにしても、本人が、
「今回はだめです」
といっているときにかぎって、作品がすばらしいのは、理由があるのです。
その理由については、あらためて解説したいと思っていますが、とにかく書いた本人が「これはだめだ」と落ちこんでいるときの作品を読むとき、私はそれがすばらしいかもしれないという逆の可能性を感じて、わくわくします。

参加者の三木くんが送ってくれた感想を紹介します。

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今回、場に出された作品群は力作ぞろい(なぜか作者達の実感とは反して)だったと感じられた。講評にもあったように、良い悪いは読者が自由に感じれば良いことで、作者があらかじめ自分のジャッジメントをアナウンスすることは、かえって受け取り方を狭めてしまうだけではないかと思う。この辺り、書く人・読む人のニーズを探ってみると面白い気がした。
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リアルクラスのときは、いつもより時間をとって、その場でやれるテキストライティングのエチュードに挑戦してもらっています。
今回は「自分の右足の裏について書いてください」という身体感受・感覚のエチュードでした。
私の思惑どおり、自分の身体に注目して書くとき、そのテキストはかなりオリジナリティを持ち、多様性が現れます。
とてもおもしろいテキストがつぎつぎと提出されました。

これも三木くんの感想を紹介します。

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「右足の裏」について書くエチュードでは、各人が改めて自分の身体と向き合う中で、全く違う内容・文体が表出してきた。身体の個別性と文章のオリジナリティは重なる部分もあるが、全てではないはずで、他に何が介在しているのか、これから文章を書いていく中で確かめてみたいと思う。
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身体文章塾に参加するには、まず「テキストライティング・ワークショップ」に参加していただく必要があります。
6時間という長丁場のワークショップですが、興味のある方はがんばって参加してみてください。

自分とつながるテキストライティングWS(4.8)
いまの時代こそ表現の根本である「ことば」が重要であり、私たちは自分自身を語ることばを獲得する必要があります。それを模索するワークショップを4月8日(土)に国立で6時間にわたって、じっくりとおこないます。

2017年3月28日火曜日

デフォルトモードからプレゼンスモードへ

こんなことはめったにないんですが、昨夜、夢を見ていて、それがあまりに鮮明だったので、目をさましてすぐにiPadにメモを取りました。
私がいまやっているワークのほとんどが「自分につながる」ということをキーワードにしているんですが、それらがうまく統合されたメモを書いている夢を見たのです。
きっと無意識下で脳が仕事をしてくれたんでしょう。

図を見てください。

まず大きな円と小さな円の同心円が描かれています。
外側の円は自分の身体をあらわしています。
内側の円は自分の内面をあらわしています。

マインドフルネスということばで表現される「いまここ」の自分や周囲に、評価や判断なく気づきつづける状態にはいったとき、自分の身体は「活体《かったい》」になります。
武術でいうところの「死に体《たい》」の反対語としての「活体」ですね。
武術的にはもうすこし――いやもっとかなり緊密な状態としての「活体」が要求されるんですが、現代社会における日常生活ではそこまでは必要ありません。

自分が「活体」になると、自分の周囲の状況――自分の外側からやってくるさまざまな情報――に気づき、同時に自分自身の身体や状態にも気づいています。
これを「マインドフルネス」といったり、「気づきのある状態」といったり、「フロー」ということもあったり、さまざまな表現があります。

いずれの表現をとるにしても、そのときおのずと、いまこの瞬間に自分が必要としていること――ニーズや価値観、大事にしていることにも気づきます。
それに気づいたとき、自然に「意」が生じます。

「意」というのは、簡単にいえば「こっち」という感覚であり、自分がどちらに行けばいいのか、必要としていることを得られる方向や行動をしめすベクトルのようなものです。
これは頭でかんがえて得られるものではなく、おのずから発生するものです。
思考によって得られた「行動」や「手段」は、武術でいえばすでに「後手」であり、おのずと発生する「意」よりだいぶ遅れをとっています。

わかりやすくいえば、思考はのろく、ときには「捏造」を産むということです。
人はしばしば自分に嘘をつきますし、また「思いこみ」も多分にあります。
捏造や嘘、思いこみから自由になるには、緻密に自分の身体につながり、そこから生じる「意」に目を向ける必要があるのです。

やっかいなのは、大脳皮質を発達させた人間は、ほうっておくとのろのろとした思考モードに埋没していき、つまらないことをぐるぐる反芻してかんがえてしまう習性を持っている、ということです。
これを脳のデフォルトモードといいます。
脳にはこれをやってしまうデフォルトモード・ネットワークという神経系の働きがあります。

私たちが「活体」になるには、デフォルトモードから(これは私の造語かもしれませんが)「プレゼンスモード」にシフトする必要があります。
さいわいなことに、これは適切な練習によって可能である、だれにでもできることだ、ということです。

私といっしょに練習しましょう。
私も日々、練習しています。
なにか疑問や気づいたことがあれば、私に教えてくださいね。
この五月の連休には、そのための練習をさまざまな角度からおこなう連続講座を開催しますので、都合のつく方は参加してみてください。

連休に自分とつながる五日間連続講座(5.3-7)
不安定で行き詰った時代を乗りきるために自分とつながり、見失わず、安定しながら、あなた本来の活力を発揮することをめざすためのヒントを探すための講座です。単発参加も可。

2017年3月27日月曜日

国立での初・音読療法協会主催・音読カフェ

先週は国立で、初めて音読療法協会が主催する音読カフェをおこないました。
音読カフェというのは、音読療法の手法をもちいて気軽に、楽しく、心身の健康をたもったり、介護予防などの手法を身につけていただくことができる、音読ワークの場です。

音読ワークは呼吸法や音読エチュード、そして共感的コミュニケーションなどから組みたてられています。
先週は私が進行役をつとめさせていただきましたが、ほかにも音読療法士や音読トレーナーもファシリテーションをおこないます。
音読療法協会以外でも、すでにさまざまな場所で開催してきましたし、また個人的に開催することもできます。

私の北陸の実家でも、リビングを使って、近所の人を集めてやったりしてますが、今回は国立の家のリビングでやりました。
参加者はおひとりだけだったのですが、楽しくやらせていただきました。

ところで、私の母は昨年末に脳内出血で倒れ、いまも入院中です。
このあとも介護が必要になるでしょう。
それを見ていて、もっと早く母を巻きこんでいっしょに音読ケアワークをやれていれば、という後悔があります。
と同時に、自分も介護予防を心がけて、元気なまま年齢を重ねたいものだと、痛切に思います。

先日はほったらかしにしていた世田谷区の健康診断の結果を受け取りに、かつてのかかりつけの医院に行ってきました。
とくに問題はなかったんですが、健康を維持するためにはある程度の心がけが必要です。
健康維持のためのなにかを毎日の習慣化できるといいのです。
音読療法はそのために最適なのです。
しかも、こころと身体の両方に効果があります。

月に何度かやろうと思っています。
参加者がすくなくても、だれもいなくても、とにかく開催することにしています。
音読療法を知ってもらいたいのと、心身の健康や介護予防をキーワードにゆるやかにつながれる場を作りたい、ということがあります。

できるだけいろんな方が参加できるようなチャンスを作りたいので、平日の午前、夜、土日というふうに、ばらけさせた日程になっています。
次回は3月31日(金)の午前中と夜の2回やります。

詳細とお申し込みはこちらから。

4月4日:国立・韓氏意拳初級講習会

国立での駒井雅和中級教練による韓氏意拳の会員向け初級講習会、2017年4月のお知らせです。

◎日時 2017年3月7日(火) 14:00〜16:30
◎参加費 3,500円(講習会費、会場費、講師交通費を含む)
◎場所 国立駅から徒歩5分の会場
◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ

参加予約はこちらから。
もしくは直接私・水城まで、あるいは現代朗読協会コンタクトフォームからお知らせください。

2017年3月26日日曜日

4月16日:世田谷・韓氏意拳初級講習会

世田谷での韓氏意拳の初級講習会、2017年4月のお知らせです。

◆講師 内田秀樹師

◆日程 4月16日(日)
14:00~16:30 (初級教程・体験可)
18:00~20:30 (初級教程・会員限定)

◆会場 代田区民センター 
◆会場 午後1:2階 第一会議室
◆会場 午後2:地下 音楽室
◆会場 井の頭線 新代田駅より徒歩1分

◆定員 10名
◆会費 1コマ 3500円 / 2コマ 6500円
◆持物 動き易い服装、筆記用具

※お申し込みはこちら

2017年3月25日土曜日

YouTube:アズワンネットワーク鈴鹿の北川道雄さんにうかがいました

2017年3月24日。
持続可能な社会・コミュニティを実践し実現しているアズワンネットワークの北川道雄さんが国立の家に遊びに来てくれました。

持続可能な社会をめざすカレッジなどを運営しながら、コミュニティが持続可能になるための人と人の柔らかな関係を研究したり、各地をまわって広める活動をされている北川さんに話を聞きました。
また、つい最近もアズワンのカレッジやセミナーに参加したばかりの藤田俊紀さんにも、その感想やご自分の体験をうかがいました。

アズワン鈴鹿コミュニティのウェブサイトはこちら

映像はこちら

2017年3月22日水曜日

影響を「受ける」より「与える」

韓氏意拳という武術では「自分に徹《てっ》する」ということを強く心がけます。
相手をどうこうしようというより、自分に徹する、自分の能力やエネルギーを最大限に活《い》かすことに徹し、相手をどうこうしようと企《たくら》まない。
そうすれば「結果的に」相手に最大限のダメージを与えることになる、というのです。
確かにそのとおりで、しかしこれはやってみればわかりますが、やれそうでなかなかできることではありません。

我々は相手がそこにいると、つい「どうにかしよう」としてしまいます。
これは武術に限ったことではなく、表現行為や人間関係でもそうです。

誰かに対して、こうしてやろう、こうしてもらいたい、役に立ちたい、こらしめたい、喜ばせたい、思いどおりにしたい、などという企みがあると、それは力《りき》みとなって自分の全体性を損《そこ》ないます。
つまり、自分の最高のパフォーマンスを発揮できないのです。

自分が最高のパフォーマンスを発揮するには、まったく力みのない、ちょうどいい全体性が行き渡っている必要があります。
しかし我々の残念な癖として、つい「やっている実感」を追い求めて、力んでしまうというものがあります。
私は武術の稽古を通してそれをいやというほど学びました。

相手をどうこうしようとするのではなく、まずは自分に徹し、自分のイキイキさやニーズにつながり、それに向かって自分がちょうどよく発揮されるのを、自分自身が妨《さまた》げないこと。
これが必要で、また有効なんですが、本当に難しいのです。
我々は企みのかたまりなんです。

問題は、我々は自分に徹する前に、外側から影響を受けすぎるということなんです。
自分に気に入らないことがあればイライラする。
そんなことをしてもなんにもならないのに。

怒っている人がいたら、オロオロとどうにかしようとする。
攻撃してくる人がいたら、それをさらに上回って強力にダメージを与えようとする。
だれかの役にたとうとしすぎる。

外側に向けた目を、自分自身に向けなおし、本当に自分に徹して自分本来の能力を発揮しつくすことができたら、それは結果的に相手やまわりに対して最大限の影響を与えることになります。
武術でも、自分に徹し、ただ自分のことをおこなっているだけのことが、結果的に相手に大きなダメージをあたえ、勝負を制することになるのです。

相手やまわりから影響を受けるのではなく、ただそれをそこに「ある」と受け取りつつ、自分のやれること、自分の能力を最高に発揮することに徹しつづける。
自分を最大限に生かしきりたい、自分の人生をまっとうしたい、という命のニーズにもつながっているかもしれません。

呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を学び、身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。3月28日(火)19時からJR国立駅徒歩5分の会場にて開催。

2017年3月18日土曜日

頭のなかをからっぽにして集中する(OneNote)

気づいている人は気づいていると思いますが、私たち人間は(とあえて一般化しますが)ほうっておけばつぎからつぎへとろくでもないことばかりかんがえつづけ、いつも頭のなかを雑音でいっぱいにしています。
これはもう、人間の習性といっていいかと思います。
さらに、かんがえればかんがえるほど自分の気分が落ちこんでいってしまうような楽しくないこと、つらいこと、ストレスフルなこと、どうしようもないようなことへと、自分のかんがえを導いていくというのが、その習性の特徴です。

この習性を引き起こしてしまう脳の働きにはちゃんと名前がついていて、「反芻《はんすう》思考」とか「デフォルト・モード・ネットワーク」などと呼ばれます。

これが働いている状態のままなにかをしようとしても、あるいはなにか作業に集中しよう
としても、うまくいきません。
とくに気がかりなことがいくつかあるようなときは、そのことが思考の表面に顕在化しつづけていて、肝心のことに集中できなくなります。
なにかしようとしても、いつもなにか気がかりなことが思いうかんで、それが集中を阻害するのです。

気がかりは基本的に、いまくよくよかんがえてもどうしようもないこと、が含まれます。

「いくらかんがえてもいまはどうしようもないこと」
たとえば、離れて暮らしている両親が高齢になってきて、そのことが心配でいつも気がかりだ、というようなことです。
いますぐには解決策は思いうかばないし、状況もすぐに変わるわけではありません。

「時期が来るまでなにもできないこと」
来期の人事異動が気になっていて、ひょっとして転勤があるかも、といった心配。
そのときがくるまでなにもできないんですが、ついついくよくよとかんがえてしまいます。

「仕事で失敗してしまった。とりあえず相手がたに謝罪したが、相手の反応が気になったしかたがない」

いまできることがあればさっさと取りかかればいいし、いまできることがないならそんなことをいまかんがえていてもしようがないわけで、とりあえずはそのときが来るまで忘れてしまって、取りくめるときが来たときに全力で取りくめばいいのです。

しかし、どうしようもなくくよくよと、何度もなんども、繰り返しかんがえてしまうのです。
反芻思考におちいってしまうのです。
ま、人の習性ですからね。

この習性から抜けだすには、いまかんがえてもしかたがない気になっていることを、全部書きだしてみる、という方法です。
「GTD」というライフハックが有名ですが、それもそのひとつですね。
気がかりなことを全部書きだしてしまえば、そのことを安心して忘れることができます。
できれば、いつ取りくむのか日時を決めておいて、スケジュールに書きこんでしまうと、もっと安心です。

自分がいまかんがえるべきことはすべてノートやスケジュールに書きこんである、という安心感があれば、すべてを忘れて目の前のいますべきことに集中しやすくなります。
そのためには、なんとなくくよくよとかんがえはじめてしまったことがあったとき、それに気づいて、すぐさまそれを書きだしてみる、という習慣を身につける必要があります。
そのためのノートをいつも持ちあるくようにしましょう。

私の場合は Microsoft の「OneNote」というノートアプリを使っています。
ほかにもEvernoteやメモ、ノートパッド+など、さまざまなノートアプリがありますので、自分の好みのものを使えばいいと思います。
OneNoteはメインで使っている MacBook Pro 15インチにも、iPadにもiPhoneにもおなじものをインストールして、クラウドで同期が取れるので、便利に使っています。

タブをいくつも作れて、タブのなかにさらにノートページをたくさん作れるようになっているので、まるですぐに必要なページが開ける付箋がたくさんついたノートを、いつも何冊も持ちあるいているような感覚です。
思いついたことはすぐに新規ノートを開いて、とりあえず書きつけます。
あとでゆっくりとタイトルをつけたり、タブに移動して分類したりします。
しかも、これ、無料アプリなんですよね。

2017年3月17日金曜日

北陸の実家で毎月開催している音読カフェ、でした

昨年暮れから、毎月、北陸の実家に帰省するたびに開催している「おれんち音読カフェ」は、一月はお休みしましたが、今回の三月の開催で3回めとなりました。
初回から毎回欠かさず、休まずに参加してくれている方が2名いるほか、今回は5名の方が参加してくれて、ちょっとにぎやかでした。
ほとんどが近所の友だちつながりで、女性の方ばかりですが、今回は介護福祉施設に置かせてもらったチラシを見て興味をひかれたという方もいらして、うれしかったです。

人数がある程度いると、音読エチュードも群読で成立するものに挑戦できます。
今回も、まずは音読療法の三種類の呼吸法からスタートして、ハミング発声、音読エチュードへと進んでいきました。
途中、さまざまな気づきがあったり(逆に気づかなかったり)、疑問がわいてきたり、どうしていいかわからなくなったりすることが出てきて、そのつど、私は共感的にみなさんとつながることを心がけながら、ゆっくりと丁寧に進めていきます。

今回のテキストは、参加者が「おとなな人たち」であることを考慮して、先日の大阪と名古屋の現代朗読ワークショップでも用いた『方丈記』の冒頭部分を使ってみました。
ところが、プリントした紙を持ってくるのを忘れてしまったのです。
そして実家にはプリンターがない。
FAXがあるので、そちらに打ちだそうかとも思ったけれど、あまり品質がよくない。
そこで、ネットワークプリントサービスを使ってみることにしました。

無料のユーザー登録をして、自分のアカウントにプリントしたPDFファイルをアップロードするだけ。
あとはコンビニに行って、プリンターに自分のアカウントを入力して、お金をいれてプリントボタンを押すだけ。
A4のプリントが1枚20円でした。
べんり~。

みんなで『方丈記』を、内容を理解するのではなく、「それを読んでいる自分の身体やようすを観察する」エチュードをいろいろやってみました。

音読エチュードのあとはお茶菓子をいただきながら、音読療法の補足の話やら、日頃の悩みやらを、フリートークで交換しました。
高齢のお父さんが最近脳内出血で入院し、手術を受け、その後認知症が進んでいるという方がいて(私と似ています、私は母ですが)、それがきっかけなのかどうか、お母さんが「自分のいままでの人生はなんだったんだろう」と落ちこんでいるのがつらい、という話をされました。
私はみんなでその方に共感し、そしてお母さんにも共感的に話を聞くこと、これまでのことをいっしょにお祝いできるんじゃないかということなどお話しました。
帰るときにはすっかり元気になって、晴ればれとした顔だったのが印象的でした。
その方のお母さんも元気になってくれるとうれしいですね。

来月の開催日程を決めることにみなさんも積極的に協力してくれて、みなさん、来月も参加する気まんまんで帰られました。

音読カフェは、音読療法という健康法を核に、みなさんが共感的につながりあい、安心して参加できるささやかなコミュニティを作るとても気安い方法です。
多くの方にこのような場を知ってもらえるとうれしいと私は思っています。

そして東京にもどったら、国立でも音読療法協会主催で音読カフェを定期的に開催していくつもりです。
みなさん、どうぞ気軽にご参加ください。

3月開催:音読療法協会の音読カフェ(3.18)
ボイスセラピーの手法を用いつつ、お茶を飲んだり共感的に対話しながら進める心身調整健康法を実践する場を、あらたに音読療法協会主催で開きます。3月の開催は18(土)10時/31(金)10時・19時、それぞれ約2時間です。

2017年3月16日木曜日

自分の身体の声を聞き必要とするものを知る

先日、ツイッターで流れてきた記事「僕が菜食をやめた理由」というものを読みました。
ざっくりいえば、長年無理してベジタリアンをつづけていたんだけど、どうも体調がよくない、肉食にもどったらとたんに体調がよくなった、というものです。
気になって調べてみたら、けっこういろいろな人がこれに似たようなことを書いているのが見つかりました。

逆に、肉食をやめて菜食になったら体調がよくなった、ということを書いている人は、さらにもっとたくさん見つかります。
みなさんも検索してみたらいいと思います。

では、どちらが正しいのか、という話になりますよね。
私は「どちらも正しい」もしくは「どちらも正しくない」と思います。
これもどっちなんだ、と突っこまれそうですが、つまり正しい/正しくないという世界ではない、と思っています。

ちなみに写真は、私が共感的コミュニケーションの勉強会「共感カフェ」をやらせてもらっている下北沢の〈かまいキッチン〉のランチです。


人間という動物にも、本来、なにか栄養素が不足したら、自然にそれを求める身体の声があって、ほうっておいても身体は健康な状態を維持しようとします。
それがなんらかの理由で聞こえなくなってしまっているのが、多くの現代人に起こっていることでしょう。

そしてもうひとつ重要なことは、人には個体差があって、たんぱく質を多く必要とする人もいれば、あまり必要としない人もいる。
たくさん食べないと健康を維持できない人もいれば、ごく少食でも快調に生活できる人もいる。
睡眠時間とおなじで、食事の分量や内容も、ひとりひとり大きな差があるのです。
自分にとってどのような状態がちょうどいいのか、身体はいつもそれを教えてくれています。
その身体の声にどれだけ耳を傾けることができるかどうかが大切なのではないでしょうか。

「……が身体にいい」という情報が流れると、いっせいにスーパーの棚からその食品がなくなったりする。
みなさん、どれだけ自分の身体を、あるいは自分の身体の声を信用していないんだ、と思います。
そもそも自分の身体の声を聞く気がないのかもしれません。
このようになってしまったのはなぜでしょうね。

どこか痛いところがあったり、調子が悪くなっても、
「だれかがなんとかしてくれる」
「お医者に行けば原因を尽きとめてくれる」
「いい薬があれば治る」
「悪い部分は切ってしまえばいい」
とにかく他人任せ、外部任せです。
でも、自分の身体の話なんですよね。

私がやっている「共感断食道場」では、まず自分の身体の声を聞く練習をします。
自分の身体がなにを必要としているのか。
あるいはなにを必要としていないのか。
自分自身はなにが必要なのか。
どんなニーズがあるのか。
徹頭徹尾、自分自身につながることで、いともやすやすとたった三日間の断食という成功体験を作ることを試みます。

その成功体験があれば、あとは私などがどうこういわなくても、ご自分でやっていけるはずなんです。
ここでも音読療法と共感的コミュニケーション、それらにふくまれるマインドフルネスや瞑想をもちいて練習します。
興味がある方は気軽にどうぞ。
ただし、初日当日の朝食は抜いて、なにも食べずにおいでくださいね。

三日間共感断食道場(3.19-21)
音読療法協会がおこなう三日間だけの断食道場です。実際に道場に来ていただくのは初日のみ、二日めと三日めはオンラインミーティングで共感的なサポートをします。

2017年3月15日水曜日

この週末にお会いしましょう!

北陸の実家に帰省して、入院中の母を見舞ったり、あれこれ手続きやら家のことを片付けている水城ですが、この週末と連休にはまた東京にもどっていくつかのイベントを開催しますので、みなさんにお目にかかれるとうれしいです。

土曜日の午前中には、初の開催となる音読療法協会主催の「音読カフェ」をおこないます。
音読カフェはこれまで「お母さんのための音読カフェ」いわゆるママカフェをはじめ、高齢者福祉施設や地域のコミュニティ、小学校での音読授業などもいれるとたくさんおこなってきました。
私自身も実家のリビングを利用して、近所の方に呼びかけて自主勝手的に音読カフェを毎月ひらいたりしています。
しかし、音読療法協会が主催するのは今回が初めてだと思います。

より広くみなさんに音読療法を体験していただき、そのすぐれた効果を実感してもらいたいということと、音読トレーナーの「現場」としての音読カフェを定期的に持ちつづけていきたい、という目的の両方があります。
みなさん、気軽においでください。
詳細と参加申し込みはこちらです。

その日の夕方、これは一般参加は呼びかけていないんですが、東松原と豪徳寺にある「0円マーケット くるくるひろば」のボランティアスタッフのみなさんと共感的コミュニケーションの勉強会をおこなうことになりました。
お店にある品物すべてが無料で提供されていて、自分は不要だけどだれかが必要、という品物がすべてボランティアベースで交換されていく場として注目を集めています。
とはいえ、多くの方が訪れたり、ボランティアベースでの運営スタッフが大勢いたりと、まったくトラブルがないわけではありません。
そんなとき、みなさんが共感的コミュニケーションを身につけていることでどれだけ役に立つだろうか、という思いを受けていただいて、実現することになりました。
とてもわくわくします。

翌日曜日・19日は「共感断食道場」の初日です。
参加される方は朝食抜きでおいでください。
初日は午前中に「断食したい」気持ちのもとになっているニーズに、参加者みなさんがそれぞれ身体的実感をともなった自己共感をするためのワークをおこないます。
その後、断食中の瞑想や飲食について、実践的に練習します。
そのあとの2日間はオンラインでつながり、共感サポートをおこなう、というプログラムです。
参加枠にはまだまだ余裕がありますので、どうぞご参加ください。
詳細と参加申し込みはこちらです。

その午後には14時から、引きつづき私の共感的コミュニケーションの勉強会「共感カフェ」をおこないますので、続けての参加、あるいは単独参加、いずれも歓迎です。
詳細と参加申し込みはこちらです。

2017年3月14日火曜日

文章表現とテキストコミュニケーションの時代

あなたは一日でどのくらいの文章を打っていますか?
私のように文章を書くことを仕事にしていたり、いわゆるブロガーのようなネットで文章を配信している人は別にしても、ごく普通の人が毎日、大量の文章を打っているのが、現代のネット社会です。

ちょっとかんがえてみてください。
LINEやメッセージ、メールなどで、日常的に「テキストで」たくさんやりとりしています。
フェイスブックやツイッターなどのSNSでも、コメントを書いたり、あるいは自分でもちょっとしたことをつぶやいたり書いたりしています。
イベントを主催するとまでいわなくても、なにかの集まりを開いたり、仲間うちの食事会やパーティーを呼びかけたり、告知したりするときも、テキストを書きます。
みなさん、毎日どれくらいの文字数を書いているのか、ちょっと振りかえってみるとおもしろいと思います。

そんな環境にいながら、私たちはとくにテキストコミュニケーションについて練習したり、訓練を受けているわけではありません。
だからなのかどうかはわかりませんが、メールやメッセージのやりとりで誤解が生まれたり、すれ違ったり、トラブルに見舞われた経験がある人が多いのではないでしょうか。

「これを伝えたい」と思って書いたのに、まったく伝わらなかったり、まちがって受け取られたりすることが頻発します。
人を楽しませようと思って書いたものが、誤解を生んだり、相手の傷を刺激したりして、思わぬトラブルに発展することもあります。

私がおこなっているテキストライティングのワークショップは、そのようなトラブルを回避するための方法を伝えるものではありませんが、すくなくとも自分につながって自分らしいことばや自分らしさに向かうことで、自分の外側のなにかを恐れることなくいきいきと表現する方法を、共感的なスキルとともに学びます。

毎回、参加者のニーズに応じたさまざまなアプローチを用いていますが、先日おこなったワークショップではまず、ロラン・バルトがいうところの「零度のエクリチュール」による「自分自身からもっとも遠い場所にある社会的共通言語としての冷たい文章」を書く練習からはじまって、自分の内側にむかっていく文章表現の練習をみんなで試みてみました。
これが楽しいのです。

自分のなかからどのようなことばがつむぎ出されてくるのかも楽しいですし、参加者それぞれがどんな表現を出してくるのかもおもしろいのです。
ワークが進むにつれ、みなさんのオリジナリティがどんどん噴出してきて、つまり文章力が見るみる上がっていくことにも驚きます。

すべての人が自分らしく、恐れや変なこだわりなく、のびのびと自分を文章で表現し、伝えていけるようになるといいなと、私はこのワークショップで願っています。

次回の「自分とつながるテキストライティング・ワークショップ」は、4月8日(土)に国立で開催します。
詳細と申し込みはこちらから。

2017年3月12日日曜日

PLC(Power Line Communication)いわゆるコンセントLANを設置してみた

私がいま住んでいる国立の家はふつうの近代的な一軒家で、二階建て(ロフト付き)です。
広いリビングが二階にあって、ここでちょっとした講座やワークをやることがあります。
また、私だけでなく、安納献氏の講座も、こちらからオンラインでつないでやることもしばしばです。
音読療法やNVCのオンラインでのミーティングも頻繁にやってます。

いままで問題があって、2階のリビングはWiFiの電波状況があまりよろしくなかったのです。
ネット回線は光ケーブルが1階の部屋に引かれていて、そこにモデムがあります。
モデムから直でLANケーブルをつないでもいいんですが、WiFiルーターを設置して家中どこにいても無線でネット接続できるようにしてありました。
ただ、この家は床暖房で、床に温水のパイプがめぐらせてあるのです。
WiFiの電波は水などを通りにくい弱いものなので、2階は電波状態がよくなかったのです。

あまりに使いにくいので、あれこれ検討した結果、電源コンセントにアダプターを差しこんで、家庭用の電源をそのままLANにしてしまう「PLC」という方式を導入することにしました。
家のなかに張りめぐらされている電気配線が、そのままローカルネットワークになってしまうというものです。

さっそく機材を取りよせて(6,000円くらい)、設置してみました。
設置方法は簡単で、ただアダプターを1階と2階のコンセントに挿して、LANケーブルをつなぐだけ。
面倒な設定などは一切ありません。
これでWiFiルーターを2階にも持ってこれました。
2階でも電波状況を気にすることなく、無線経由でネットに接続できるようになりました。
オンラインミーティングも快適です。

家のなかで電波が届きにくい場所がある問題に悩んでいる人には、これ、超おすすめです。

2017年3月11日土曜日

『マインドフル練習帳4』について

マインドフルネスの練習を毎日一題ずつできる「マインドフル練習帳」のシリーズの4巻目がアマゾンKindleからリリースされました。
これでマインドフルネスの練習は毎日一個ずつ、一年365日を通して全部揃いました。
ぜひやってみてください。
この本の「まえがき」をご紹介します。

(まえがき、ここから)
――――――
 マインドフルネスの練習に役立つ練習帳の第四弾をお送りします。本書は十月から十二月の三か月間、毎日練習ができるように書かれています。これが練習帳の最終巻となります。
 このところちょっとしたブームになっている感のあるマインドフルネスですが、私が観察しているかぎりにおいては、マインドフルネスの実践にもさまざまな質のレベルがあるように思えます。
 深いレベルのマインドフルネスにおいては、自分自身の「いまこの瞬間」の全体的な状態に気づきつづけ、なおかつ自分が受け取っているまわりの情報にも気づきつづけ、そしてそれらを思考や判断を一切まじえずに感じ取り、味わっている状態があります。この状態は「フロー」といいかえることもできます。
 その状態でなんらかの行為に進むとき、「ゾーン」というさらに集中の深まった、いわば自分の全能力を発揮できる――ときにはそれを超える――レベルに進むこともあります。
 一方で、マインドフルネスが「できているつもり」という「なんちゃってマインドフルネス」が多くあることを、私は危惧することもあります。
 もちろんその中間的なクオリティもあります。私ですら、真のマインドフルネスをいつも実現できるかどうかについては、いまだ過程にあるような気がしています。
 でも、むずかしくかんがえることはありません。この本のシリーズでも書いているように、まずはやってみることです。
 いまここにすわっているこの瞬間、ふと思いたって自分の呼吸に注目してみる。呼吸が動き、身体が動いているようすを観察してみる。そして自分がなにを受けとっているかを見てみる。繊細に自分の身体に目を向けてみる。
 ふと思いたって、散歩に出てみる。玄関を出て、外の空気を感じ、風のにおいを感じる。さまざまな音に耳をすまし、自分が歩いている感じをじっくりと味わう。
 そんなことがなんの役に立つんだ、と私も思ったことがあります。しかし、これは役に立つ/立たないという問題ではありません。私たちがいまここにこうやって生きている、そのことはまぎれもなくいまこの瞬間でしかないことであって、それを十分に味わいながら生きていくこと、それが人生というたった一回の食事をすることの最高の作法なのだ、ということです。
――――――
(まえがき、ここまで)

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2017年3月10日金曜日

ワークショップ、公演、大阪、名古屋

大阪と名古屋で、現代朗読の手法でアプローチする表現と共感とマインドフルネスのワークショップと、「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演を、それぞれおこなってきました。
その簡略なレポートを記しておきます。

2017年3月2日(木) 。
安いという理由で、空路で大阪に移動することを試みてみました。
国立から東京駅へ。
バスで成田へ。
春秋航空で関空へ。
これがなんと5,000円を切るという……
関空にはきらさんが車で迎えに来てくれました(ありがたや)。
そして北区へ。
それにしても、空路は遠かった……

きらさんちの近くの、そして献ちゃんを含む数々の伝説がある、回転寿司〈くら寿司〉で遅い夕食とビール。
いろいろとおもしろかったな。
まるでテーマパークで遊んだみたいな感じでした。
そしてきらさん宅(トランジションハウス大阪)泊。

3月3日(金) 。
朝から近くの〈なにわの湯〉という天然温泉に行って、入浴。
ここはなかなか気持ちのいい温泉でした。
広々として、露天風呂からは伊丹空港を発着する飛行機が見えたりして、爽快でした。

きらさん宅の1階にあるカフェで昼食。
食べていたら、アリさんが現れてびっくり。
横浜の人がなんでここに現れるの?
いろいろ疑問点を問いつめて解明しながら、アリさんは夜の公演にも来てくれました。
ありがとう。

といっていたら、NVCトレーナー夫妻の剛ちゃん&ゆうちゃんが、ワークショップと公演に通して参加してくれるという話を聞いて、うれしくなりました。
ハワイ在住のふたりですが、ちょうど大阪に来ているそうです。

午後1時に会場の〈創徳庵〉というイベントスペースに移動。
こちらはグランドピアノや、ちょっとした照明・音響機材があって、けっこう有名どころの演奏家らも使っているようです。
なかなか使い勝手のよいスペースで、なにかあればまた使ってみたいな。

1時半からワークショップスタート。
剛ちゃん&ゆうちゃんのトレーナー夫妻やアリさんをはじめ、NVCの仲間が来てくれました。
現代朗読のエチュードを用いて、表現と共感とマインドフルネスのワークをみっちりとやらせてもらいました。
たっぷり時間があると思っていたのに、あっという間に時間がやってきて、最後はやり残した感がややありつつタイムアップ。

18時に終わって、すぐに18時半から夜の「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演のための開場。
ここでさらにびっくりすることが。
パリに留学中のはずの照井数男くんが突然あらわれたのです。
秋から日本に帰国するということで、仕事の手続きに一時帰国しているらしく、それで顔を出してくれたとのこと。
いやー、びっくりしたけど、うれしかったなあ。

19時から公演スタート。
こちらはこちらであらためて来てくれた方も何人かいらして、思いのほか多くの方に参加してもらいました。

パフォーマンスは「沈黙の朗読」では前日に書きあがったばかりの新作スクリプト「マングローブのなかで」を野々宮が朗読、私が即興ピアノ演奏でからむという前半。
そして後半は私のソロピアノによる「音楽瞑想」をじっくりとやらせていただき、充実した気持ちのなか、終えることができました。
ご参加いただいたみなさんに感謝。

終わってから会場でみなさんとしばらく話したあと、何人かと近くの店に行って打ち上げ。
楽しい一日がさらに楽しく締められました。


きらさん宅に2晩お世話になったあと、さらにきらさんに新大阪まで車で送ってもらって、早朝から新幹線で名古屋に移動しました。

予定どおり、9時半には会場の〈クロッキーF美術館〉がある御器所に到着。
駅のホームで、岡崎から来てくれたひさよさんにばったり。
そして会場前にはすでにシローさんたちも到着していました。
一緒に会場入りして、椅子をならべたり準備を手伝ってもらいました。

10時からワークショップがスタート。
12人が参加してくれたので、群読のワークをおもしろくやれる人数となったのがありがたかったですね。
ほとんどの方が野々宮が名古屋と豊橋、その他で毎月やっている共感的コミュニケーションの勉強会の参加者でした。
そういうメンバーということもあって、昨日の大阪とおなじく、テーマは共感と表現、そしてマインドフルネス。

昼食休憩をはさんで午後4時までみっちりとやったんですが、名古屋もまた時間が足りない感じがしてしまいました。
最後はみんなで「方丈記」冒頭の変則リズム読みに挑戦して、けっこう盛り上がりました。
翌日、筋肉痛になった、という人もいたそうです。
朗読は運動なのだ。

ワークショップ終了後、会場の後片付けをして、れいこさんに車で迎えに来てもらって、夜の「沈黙[朗読X音楽]瞑想」コンサートの会場である栄のナディアパークまで送っていただきました。
助かりました、ありがとう。

奇跡的に土曜日の夜にナディアパークのスタジオを、これもれいこさんのおかげで抑えられたんですが、理想的な会場でした。
つまり、良質なグランドピアノ、防音、寝転べる清潔な床、完全暗転が可能な照明と部屋、という条件。
これほどの条件でやれるのはかなりひさしぶりのことです。

19時スタートでしたが、昼間のワークショップから引きつづき参加してくれた方や、こちらのコンサートのみの参加の方たちがいらして、ピアノを取りかこむ形で自由に椅子を配置してもらいました。
みなさんに囲まれて、私はとても幸せな演奏位置で、スタートさせていただきました。

理想的な環境のなか、野々宮はさらにとんがってチャレンジングな表現をくりひろげ、私もとくに後半の音楽瞑想では思うがままに(といってもいつもそうですが)音響イメージを羽ばたかせて、みなさんといっしょに時間と空間を共有する密度の濃い体験をさせていただきました。

終了後はタナカアリフミさんにご案内いただいて、〈つくね家〉というお店で打ち上げをしたんですが、古民家を改造したこちらはなかなか感じがよく、料理もおいしくて、みんな大満足でした。

大阪も名古屋も、迎えていただいた方や参加してくれた皆さんにとてもよくしていただいて、あたたかなつながりを持つこともできました。
本当に幸せな数日間でした。
重ねてみなさんに感謝いたします。
ありがとう。
またお会いできるとこんなうれしいことはないです。

2017年3月8日水曜日

水色文庫新作「マングローブのなかで」登録しました

水色文庫の新作「マングローブのなかで」を登録しました。

このテキストは2017年3月、大阪〈創徳庵〉および名古屋〈ナディアパーク〉のスタジオでおこなった「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演のために書きおろした作品です。

2017年3月2日木曜日

映画:マーシャル・ロー

1998年公開の合衆国映画。
その3年後の2001年に同時多発テロが起き、この映画とのあまりの類似性が指摘されて話題になった映画です。
たしかに観てみると、あのテロ後に作られたんじゃないかと思うほど、シチュエーションが酷似しています。
ニューヨークの街並を写したカットでは、2001年に崩壊した例のツインタワービルが、まだ健在で写りこんでいます。

監督はエドワード・ズウィック。
この「マーシャル・ロー」後に「恋におちたシェイクスピア」「アイ・アム・サム」「ラストサムライ 」なども撮っていて、まあベテランといっていいでしょう。

主演はデンゼル・ワシントン。
助演のアネット・ベニングという女優が、複雑で謎めいたキャラクターをうまく演じています。

バス爆破からはじまる連続テロ事件を、デンゼル・ワシントン演じるFBIが追いかけ、そこにCIAだのNSCだのがからんでくるという、スパイ合戦みたいな側面もあるストーリーです。
爆弾犯はアラブ系モスリムで、これも2001年の同時多発とかぶっています。
アネット・ベニング演じるエリースというNSCの女は、じつは偽装で、CIAの中東スペシャリストのシャロンという名の女であることが判明したり、ブルース・ウイリス演じる将軍の陰謀が明らかになっていったり、かなり複雑なストーリーとなっています。
それに加えて、派手な爆弾テロの続発シーンが、凄惨さを上塗りしていきます。

バカ映画の出演者代表のようなブルース・ウイリスですが、この映画ではかなり腹のすわった悪役ぶりを演じています。

あまりスカッと小気味よくなくなるような映画ではありませんが、いま世界が直面しているどうにも避けがたいひとつの真実を切りとって見せてくれているようでもあり、映画というメディアでしか伝えられないものを伝えているかもしれない、重厚な作品のように感じました。

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