2012年6月30日土曜日

被災地・釜石への音読ケア・ボランティアツアー1日め

午前3時半、起床!
4時15分に三谷産業の戸平さんが運転するワゴン車が来て、羽根木を出発。
羽根木メンバーは野々宮卯妙、倉橋彩子、いわた都。
高井戸のビジネスホテルに前泊したメンバーと合流。
三谷産業の高木さん、石橋さん、音読メンバーの佐藤ピリカ、山田みぞれ。

一路、岩手県をめざす。
外環道から関越、東北道を通って、東京、埼玉、栃木、福島、宮城を経て、岩手県にはいる。
ちょうど昼ごろ、花巻の手前から遠野を通って、釜石にはいる。

釜石市甲子町第七仮設住宅の談話室に行き、まずは昼食。
それからセッティング。

2時くらいから最初の音読ワーク。
比較的少人数だったが、談話室はそう広くないので(15畳くらい)、ちょうどいい感じだった。
呼吸法をやったり、音読エチュードをしたり、歌詞朗読をしたあといっしょに歌ったり。
とてもなごやかで明るい人たちで、こちらも楽しかった。
皆さんにも大変喜んでもらえた。

4時前から2回めのワークをやったのだが、1回めに来てくれた人が何人もまた来てくれたのはうれしかった。
リピーターが多かったので、2回めは違う内容にしてみた。
やはりなごやかな雰囲気で、さらに元気よく参加してもらえた。

終わって撤収するとき、皆さんが名残を惜しんでくれて、最後まで見送ってくれた。
こちらのほうこそ元気にしていただいた気がする。

釜石ベイシティ・ホテルにチェックイン。
途中、釜石港や街中の被災した場所を通っていったのだが、まだまだ津波の傷跡は深く、復興にはほど遠い印象だった。

全員で夕食というか飲み会に行く。
9時すぎまで盛り上がったのだが、明日が早いということで、これも名残惜しく解散。
明日は6時起きなので、そろそろ寝ることにしよう。

音読日めくり6月30日:蒲松齢《ほしょうれい》「汪士秀《おうししゅう》」(田中貢太郎・訳)

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、蒲松齢《ほしょうれい》「汪士秀《おうししゅう》」(田中貢太郎・訳)です。

スケッチは手帳の片隅に鉛筆で描いたものです。
JALの機内誌に写真が載っていたチェコのウェザーグラスとかいうものです。
使い方はわかりませんが、気圧で水の上下を見て、天気を予測するらしい。

2012年6月29日金曜日

音読療法は介護予防を推進する

photo credit: Ү via photo pin

「介護予防」というかんがえかたがある。
お年寄りが寝たきりになったり、介護を必要とする生活にならないように、元気なうちから予防し、長く健康にすごそう、というかんがえかただ。
これは医療費や介護費用の大きな削減にもなるはずで、行政がさらに積極的に推進してほしい運動だ。
音読療法はこの運動においてかなり効果的な役割をはたせるとかんがえている。

健康法や予防法は毎日つづけることが大切で、習慣化することがのぞましい。
音読療法は簡単な方法で呼吸筋や姿勢筋を整えたり鍛えたりできるので、毎日気楽につづけることができる。
運動というわけでもないので、準備がいらない。

呼吸や発声、音読といった簡単な方法を使い、身体だけでなくこころのケアもできる。
音読は表現の楽しみもあり、こころの健康に大変有効だ。

グループでおこなうのはさらに効果的だろう。
何人かが集まってストレッチ、呼吸、発声をおこない、お互いに音読しあう。
そのときにはぜひ共感的コミュニケーションを使ってみてほしい。
おたがいに表現しあい、つながりあうことの喜びを見いだすことができるだろう。

このいきいきとした喜びのなかで充実した老境をすごしてほしいし、私もそのようにありたいと思っている。

音読日めくり6月29日:シャルル・ペロー「青ひげ」(楠山正雄・訳)

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、シャルル・ペロー「青ひげ」(楠山正雄・訳)です。

招き猫三匹のそろい踏み。
現物は高さ5センチくらいの小さな焼物です。

2012年6月28日木曜日

オーディオブックリーダー受講後の受けられる講座について

photo credit: CC Chapman via photo pin

アイ文庫ではオーディオブックの読み手、すなわちオーディオブック・リーダーを育成している。
そのニーズは?

オーディオブックには本に書かれている情報を音声に変換して、聞く本として利用できるようにする、という目的がある。
それは情報伝達という目的だ。
しかし一方で、音楽がそうであるように、その演奏者(読み手)の表現作品としての側面もある。
音楽CDの多くがそうであるように。

アイ文庫では情報伝達としてのオーディオブックは作っていない。
結果的に情報伝達になることはあるが、目的ははっきりと、読み手の表現作品を作ることだ。
主役は読み手であり、テキストではない。

テキストを主役とするなら、活字の本をそのまま読むことにまさるものはないし、上手なナレーターやアナウンサーがそつなく読めばよい。
コンピューターによる合成音声だって速度も自在に変えられるし、正確だし、最近はサンプリング技術が進んできたので、自分の好きな声で読ませることもできる。


アイ文庫では生身の人間にしかできない、その人自身のオリジナリティを全面に押し出した「音声作品」を作ることを目的としている。
そのために、その観点に立脚した読み手の育成が欠かせないのだ。

マーケット的にはニーズは少ないかもしれない。
が、その人がそこにたしかに存在して自分を表現しており、こちら側もその人の存在を受け取って共感するという体験を、オーディオブックというコンテンツで提供したいのだ。
商品ではなく、知らない人同士であってもつながりを生む「作品」を作りたいのだ。

養成講座は丸一日だが、その後およそ一ヶ月後に収録オーディションがある。
一ヶ月間、課題テキストを読みこんでもらい、そして読み手に必要な身体と感受性作りをしてもらって、収録にのぞむ。
その間もしっかりとサポートする。

この講座には現代朗読協会も協力していて、一ヶ月間のサポートを表現ゼミでおこなっている。
こちらへの参加には追加料金など発生しない。
表現ゼミにはすでにオーディオブック・リーダーとして活躍しているゼミ生が何人も参加している。
ここにしっかりと参加できるかどうかが、受講者の「成長」の鍵となる。

次回の養成講座は7月31日開催。
詳細はこちら

ボイスセラピスト講座に来る人たちと音読療法の仕事

ボイスセラピスト講座にはさまざまな立場の人たちがやってくる。
すでに仕事をお持ちの方は、その仕事に役立てようとしてやってくる人が多い。
お医者さん、ダンスの先生、造形アーティスト、歌手や朗読家、アナウンサーなど声の仕事の人、ヨガインストラクター、介護関係の仕事の方などなど。

会社員や主婦の方も多い。
そういう人は、いまのお勤めをやめることを前提にしていたり、主婦ではあるけれど自分なりのスキルを身につけて社会貢献したい、経済的にもある程度の自立をはたしたい、というニーズがあったりする。

2級ボイスセラピストの資格は、家族や友人など、身近な人に気楽に呼吸法や発声法を教えてあげられるスキルだが、1級だとグループワークができるようになる。
学校や職場、老人ホームや趣味の集まり、あるいは被災地でのボランティア活動など、さまざまな活躍の場面がある。
実際にすでに仕事として活動をはじめているボイスセラピストが何人かいる。

もちろんただ口をあけて待っているだけでは仕事にはならない。
自立した社会貢献の仕事としてやってもらいたいという希望があるが、そのためには自分で積極的に情報発信し、現場に足を運んでコミュニケーションを取り、ボイスセラピーのチャンスをどんどん作っていってもらいたい。

音読療法のマスターコースを取得した人には、さらに仕事の機会を増やすことができる。
音読療法の講座そのものを受け持ってもらったり、個人セッションができるようになる。

音読療法の仕事はだれかのお役に立てることがうれしい。
誇りをもてる職業だと思う。
誇りをもって持続的に音読療法の仕事をしていく人が増えてくれるのは、私もとてもうれしいことだ。

もちろん、まずは自分自身の心身のケアができて、安定した状態でクライアントと接することができることが必要なことはいうまでもない。
そのことは、いろいろなことがつぎつぎとやってくる人生の荒波のなかでも、楽しみながらそれを乗り切っていけるスキルを身につけることでもある。

東北被災地ツアー、次は釜石まで足をのばします

三谷産業株式会社の全面的支援をいただいておこなっている東北被災地へのボランティアツアー、次は岩手県の釜石まで行くことになった。
あさって6月30日出発。

これまでに宮城県の南三陸町と石巻を訪問して、仮設住宅の集会所を何カ所かまわってきた。
現代朗読協会として訪問し、音読ケアと朗読パフォーマンスをおこなってきた。
今回は音読療法をたずさえて行こうと思う。

去年から今年にかけて音読療法を体系化し、ボイスセラピストも20人以上誕生した。
今回は参加メンバー全員がボイスセラピストだ。
そしてマスターコース修了者も3人いるという、大変心強いメンバーとなっている。

ただし、釜石は遠い!
三谷産業の方が運転してくださるワゴン車で行くのだが、出発が羽根木を午前4時!
がんばって行ってきます。

音読日めくり6月28日:北原白秋「砂山」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、北原白秋「砂山」です。

招き猫シリーズその3です。
じつはこれ、まとめて3匹(?)描いたやつの切り売りです(笑)。

2012年6月27日水曜日

こっそりのお掃除 難しい

photo credit: deflam via photo pin

この8年間、彼女が中学3年生のときからサポートしたり、いっしょに公演したりしてきた語りの小林サヤ佳ちゃんが、ブログでとてもかわいらしいことを書いていたので、シェアしたい。
本文はこちら

私たちはだれかのためになにかするとき、つい「してあげた」という気持ちになる。
そしてそれを相手にもわかってもらいたくて、気づいてもらいたくて、押し付けがましいことになる。
しかしそれは、相手のことを大事にしているのではなく、むしろないがしろにして「自分を見てよ」といっているだけなのだ。

相手のことを大事にするなら、まず自分のそのニーズにつながること。
相手が大事で、その人のためになにかしてあげたいと思うなら、ただ喜びをもってしてあげればいい。
見返りを求めるのは別のニーズだろう。
つまり、自分を見てほしい、認めてほしい、大事にしてほしい。
そのニーズを満たすためなら、別の手段を探すのが望ましい。

げろきょゼミでおこなっている「チェックイン」というもの

現代朗読協会の表現ゼミでは、これまで、冒頭にかなりの時間をついやして「気づき報告」というものを必ずやっていた。
見学に来られた方はこのことに驚くこともしばしばあった。

これは、日々、参加者がマインドフルにすごす時間を大切にし、自分の身体のことを始めいろいろなことに気づいていけるようにしよう、という目的でスタートしたのだった。
この目的はいまもつづいているし、今後もマインドフルの練習はもちろんつづけてほしいと思っているのだが、最近はゼミの冒頭の時間をちょっとちがうように使いはじめている。

気づき報告ではなく「チェックイン」という時間にしている。
これはNVCのワークショップやその他のミーティングでおこなわれていたものからヒントをえて、私たちも採用したものだ。
これだと気づき報告ほど時間は取られず、しかしマインドフルの練習にもなってその後のゼミでの気づきが多くなる、という効用もある。

どういうことをやるかというと、日頃練習しているマインドフルをこのチェックインの時にもやってみるだけ。
ちょっと静かにして呼吸を整え、自分の身体や内側に目を向けてみる。
自分をじっくりと味わってみる。

そのとき、自分が「いまここ」でどのような感じなのか、わくわくしているのか、不安なのか、落ち着いているのか、身体のどこかが痛いのか、あるいはなにかほかのことで気づくことはあるのか、そういったことに意識を向け、それを言語化してもらってみんなとシェアする。
そういう時間だ。

いままで数回のゼミでやってみたが、参加者の状態を教えてもらうのはとてもうれしい感じがした。
そしてその後にエチュードをやったり、それぞれのニーズに応じて朗読をしたりするのだが、マインドフルネスがつづいてクリアな感覚になるのがおもしろかった。

音読療法のキモ「音読」の効用

音読療法はさまざまな療法や医療のノウハウ、古くからある主に東洋における民間の健康法や古武術、音楽や修行僧の呼吸法など、役に立つものをいいとこ取りし、そのエッセンスをさらにだれにでも使いやすくアレンジしたもので体系化されている。
まあ、寄せ集めといえばそのとおりだ。
が、そのキモである「音読」の部分は、ほかの療法にはない部分だといえる。

これまで呼吸法や発声法、共感的コミュニケーション(認知行動療法)などを用いて、自分がいまここにいて自分自身とまわりのことに気づいている状態「マインドフルネス」にすばやく容易にいたる方法を、講座や「音読日めくり」で詳しく紹介してきた。
が、肝心の「音読」の効用についてはあまりしっかり書いていなかったな、ということに気づいた。
また、そのことについて明確に知りたい、という要望もあるので、書いておきたい。

音読には以下のみっつのねらいがある。

(1) 他人が書いた文章を読みあげることで自分の思考を追いやり、マインドフルネスにいたる。
(2) セラピストと声を合わせて読むことで、セラピストの落ち着いた呼吸や身体の状態を自然に映しとって、心身の落ち着きをえる。
(3) 自分の声を使って表現することで、いきいきした心身の喜びを感じる。

とくに(2)と(3)については大変有効であり、実際にやってみるとクライアントがどんどん笑顔になっていくのを目撃できる。
(1)については、充分にマインドフルネスの準備ができていない者がやると、文章自体の言葉やイメージにとらわれ、逆効果になることがあるので要注意。
その場合は、もう一度呼吸法から繰り返して、心身の準備をきちんとする必要がある。

音読療法士(ボイスセラピスト)がこれらの具体的な方法を身につけているので、ガイドしてもらってぜひ一度試してみてほしい。
健康な人も、心身に不安がある人も、子どももお年寄りも、多くの人に利用してもらえると思う。

音読日めくり6月27日:スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』(枯葉・訳)

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』(枯葉・訳)の冒頭部分です。

招き猫シリーズその2です。

2012年6月26日火曜日

手帳を変える

手帳が好きで、50年くらいずっと使ってきたが(嘘)、このところモレスキン手帳に落ちついていた。
が、ここに来て急にいろいろな業務が錯綜しはじめ、同時に300件くらいのタスクを並行して処理しなければならなくなった。
300件というのは嘘だけれど、30件くらいは確実にある。

モレスキンはコンパクトで、丈夫だし、書き味もいいので気に入っていたのだが、これ一冊では処理しきれない。
iPhoneやMacでもいろいろなスケジュール管理やらタスク管理ソフトを試してみたが、紙の手帳を越えるものはない。
やはりぺらぺら紙をめくりながら手を動かしてかんがえを整理する、という作業が私にはむいているようだ。

というわけで、モレスキンの前に使っていたフランクリン・プランナーに戻してみた。
システム手帳で、でかくて重い。
しかし、背に腹は変えられない。

変えて半月ほど経つが、やっぱりこれがいいのだに。
タスクごとにリフィルを一枚使ってなんでも書きこんでいく。
あとでそれを読み返して、TODOに書きだしたり、ごちゃごちゃになってきたら整理して新しいリフィルに書き写したりする。
この「手を動かす」プロセスで、相当頭のなかが整理される。

フランクリンはでかくて重いが、その分たっぷりと書けるのもいい。
こまごまと自分のしたことを、時間を追って記録しておくのも、あとで役に立つことが多い。
重いけど、そこはがまんして、このクソ忙しい状況から抜けだすまで使ってみようかな、と思っている。

8月に明大前でげろきょが公演を打ちます(決定)

今年も伝説のげろきょ総力公演をやることになった。
日時は8月4日(土)の午後1時から、場所は明大前のキッド・アイラック・ホール。

この日は、いまやっているさいちゅうのライブワークショップの最終日で、公演の出だしの部分はワークショップ参加者たちによるパフォーマンスとなる。
そのままつづいてげろきょゼミ生たちによるライブをおこなう。

今回は「現代朗読」のエッセンスを集めた短いパフォーマンスの連続となるはずで、音楽ライブやダンスパフォーマンスのような印象になるだろう。

みなさん、いまから日程をあけておいてください。
また、この公演に自分も関わってみたいという人は、ゼミ生として歓迎します。
まずは見学においでください。

音読日めくり6月26日:樋口一葉『たけくらべ』

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、樋口一葉『たけくらべ』の冒頭部分です。

郵便局に行ったら、ちいさい招き猫の焼き物がいくつか並んでいました。
そのスケッチのひとつです。
私が羽根木に移る前に住んでいた豪徳寺は、招き猫の寺として有名な豪徳寺がある街です。

2012年6月25日月曜日

銀座のギャラリーで朗読インスタレーションをおこなった

先週土曜日、6月23日の夜、銀座の西欧ギャラリーで朗読インスタレーションをおこなった。
夜7時から9時までの2時間限定。
その間、展示される朗読者たち4人は、所定の場所に腰をかけ、朗読をする。

観客が自分に近づいてきたら、手に持ったテキストを読みはじめ、遠ざかったら読みやめる。
観客が朗読者の中間を移動しているときには、ふたつの声が重なることもある。
また、何人もの観客がバラバラと入ってきたときには、全員が読んでいるようなときもある。

想定外だったのは、入ってきていきなり、ひとりの朗読者の前にしっかりと腰をおろして、じっくりと聞き入ってしまう人がいたことだ。
そうなると、担当朗読者はずっと読みつづけなければならない。
まあ2時間程度のことだし、げろきょの朗読者がこのくらいのことでへたばるとは思っていなかったので心配はしなかったけれど。

朗読そのものを作品としてギャラリーに展示することが今回の目的だった。
それについては、こちらに詳しく書いた。
会場内にはおなじものがパネルで貼りだしてあった。


今回の展示を観客たちはどのように感じてくれたのだろうか。
ひとりでいらした方もいるし、数人で来た人もいる。
また、この夜は「Tokyo Milky Way 100万人のキャンドルナイト」というイベントが開催されていて、その一環でギャラリーツアーもおこなわれていた。
そのツアー客が二組、まとめてやってきた。

ぐるっと回って、すぐに飽きてしまい、キャプションも見ずにさっさと次の会場に向かう人もいれば、じっくりと見ていってくれた人もいる。
人によってかなりまちまちの感想を持ったようだった。
そのことはとてもうれしい。

文字通り、インスタレーションとしてじっと動かずに朗読だけしている時間と、立ち上がって現代朗読パフォーマンスを展開するモードのふた通りを今回用意していたのだが、終わってみるとパフォーマンスモードは不要だったかもしれない。

またやってみたい。
今度は普通の展覧会のように、丸一日とか、あるいはそれ以上の会期でやってみたいものだ。
もちろん朗読者がおもしろがって協力してくれれば、の話だが。
出てみたい人、いますかね。

音読日めくり6月25日:葉山嘉樹「井戸の底に埃の溜った話」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、葉山嘉樹「井戸の底に埃の溜った話」の冒頭部分です。

蚊に悩まされる季節になりました。
羽根木の家は古民家なので、網戸は立ててあるものの、玄関の出入りや、網戸のすきまから、蚊が侵入してきます。
なので、虫さされの薬は常備必須なのです。

2012年6月24日日曜日

みっちり詰まった2日間

昨日は念願の「朗読インスタレーション」をおこなった。
これについてはあらためてレポートを書きたいと思う。

午後、銀座へ。
銀座二丁目の西欧ギャラリーに、15時、インスタレーション出演者と関係者が集合。
メンバーは佐藤ピリカ、山田みぞれ、野々宮卯妙、青木祥子、そしてギャラリーの世話人である宮本菜穂子。
全員、げろきょの仲間。

まずは会場のセッティング。
それから菜穂子さんのご主人がいらして、照明と説明書き、キャプションのセッティング。
そしてリハーサル。

リハーサルをしていたら、早めのお客が突然やってきて、あわてる。
が、すかさずインスタレーションモードへ。
これはいい練習になった。

午後7時から本番スタート。
一般客やゼミ生たちがどんどんやってくる。
ギャラリーツアーの人たちもやってきた。
ちょっと混乱しつつも、2時間なんとか予定どおりの「展示」とパフォーマンスをおこなった。

終わってから軽く打ち上げ。
解散。


今日は朝から羽根木の家で「2級ボイスセラピスト講座」を開催。
今回で第6期となる。
いつものように、みっちりと座学、実技、確認を、夕方5時までやる。


夜は6時半から『感性を取り戻す夜ワーク』TaikanWorks+現代朗読協会の共同ワークショップを開催。
徳久ウイリアムくんと中村珠央さんがいらっしゃる。

参加者がけっこう駆け込みで増えたので、にぎやか。
羽根木の家のキャパいっぱいの感じだった。

今回は珠央さんの足もみ、徳久くんの呼吸と発声法、そして現代朗読のエチュードを密に組み合わせてやってみた。
皆さん、足もみで盛りあがったり、呼吸や発声でリフレッシュしたり、朗読で表現したり汗をかいたり、あるいはそれが苦手な方がいらっしゃったりと、さまざまだった。

9時半、終了。

音読日めくり6月24日:林芙美子「晩菊」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、林芙美子「晩菊」の冒頭部分です。

エンドウは「豌豆」と書きます。
エンドウ豆といってましたが、それだと豆がダブってしまいますね。
スナップエンドウとか、スナップエンドウとかいいます。どちらが正しいんでしょう。またその由来は?
どなたか教えてください。

2012年6月23日土曜日

音読日めくり6月23日:長谷川時雨「きもの」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、長谷川時雨「きもの」の冒頭部分です。

バナナってあらためてしげしげと見ると、きれいですね。
私の子どもの頃は高級な果物で、病気になったときくらいしか食べられませんでした。これ、ほんとのことですよ。

2012年6月22日金曜日

音読日めくり、4ヶ月が経過

気がついたら、音読日めくりブログの毎日更新も4ヶ月をすぎている。
毎日、身近な葉っぱや花、お菓子、生活用品などのスケッチと、文学作品の引用、そして音読療法のヒントを書いて、ブログに掲載している。
2月13日からなにげなく始めたことだが、毎日欠かさずつづけるとなると大変なことであることがすぐにわかった。

最初の一ヶ月で、ばかなことを始めてしまった、もうやめよう、と思った。
けれど、毎日欠かさず読んでくれている人がいる。
読んでくれるだけでなく、それを読み上げて音声化し、ネット配信してくれている人もいる。
それも何人も。

これはうれしい。
そしてつづけることの大きな励みになった。

5月にはスケッチ展も開催したし、クロージングイベントではげろきょの仲間たちが協力してくれて朗読ライブもおこなった。
幸い、スケッチ展が好評で、8月にはまた同じ場所、下北沢〈Com.Cafe 音倉〉で開催することになった。
今度は1ヶ月間たっぷりと会期がある。

最近、あまりにオーバーワークぎみで、体調をくずしそうになったり、収拾がつかなくなりそうになったりしたので、何度も日めくりを中断しようかと思ったりした。
が、そのたびに気を取りなおしている。

昨日はげろきょのみんながヘルプの手を差し伸べてくれて、現代朗読関連の私の仕事をいくらか分担してくれるという申し出をたくさんもらった。
自分が大切にしてもらえているとわかって、大変うれしかった。

日めくりはだれかに貢献すること、そして私自身の楽しみのニーズのために、これからもできるだけつづけていきたいと思う。
とにかく一年はつづけたい。
あと三分の二!

音読日めくり6月22日:萩原朔太郎『青猫』より「馬車の中で」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、萩原朔太郎『青猫』より「馬車の中で」です。

広島出身のげろきょ仲間の弓子さんから、おみやげにもみじ饅頭をいただきました。
一度は食べたことがあるのかもしれませんが、記憶にありません。ひょっとして初めて食べたかもしれません。

2012年6月21日木曜日

げろきょの朗読者たちが私をここまで連れてきてくれた

photo credit: © Salim Photography/ www.salimphoto.com via photo pin

人生はよく旅にたとえられる。
たしかにそれは時間の旅であり、境遇の旅である。
私の人生も終盤に差し掛かろうとしているが、楽しいばかりの旅ではなかった。

しかしいま、旅の終わりに差し掛かって、自分が幸せであり、思いもかけない場所に立っていることを感じる。
自分では決して望んでいなかった場所に、いま、私は立っているが、それはとても美しい場所であり、予想もしていなかった幸福を感じている。

私は北陸の自然豊かな片田舎で幸福な少年時代をすごし、思春期に音楽や小説といった表現芸術にめざめた。
京都で学生生活をはじめたが、それはごくみじかい期間で終わりをつげ、やがて音楽で生計を立てるようになった。

20代は音楽で、つづいて30代は小説で生計を立てていた。
自分ではやりたいことで生計を立てられることで幸福だと思いこんでいたが、それは商業経済のなかで資本に利用されていたにすぎなかった。
しだいに窮屈さを感じ、つぶされてしまう前に商業の世界と縁を切ることにした。

そこからは経済的に苦しい時間が長くつづいたが(いまもつづいているが)、精神的にはゆっくりと楽になっていった。
2006年に現代朗読協会を設立。
前後して安納献からNVCを教えてもらう。
さっそく組織運営にNVCの手法を取りいれる。

試行錯誤の連続だったが、共感的表現と、共感的コミュニティとしての現代朗読協会(げろきょ)が少しずつ形をなしていった。
ことわっておくけれど、私はそれを意図していたわけではない。
気がついたらそういうことになっていて、私の恣意ではなく、参加してくれているみんなのニーズが方向性を自動的に決めていた、というだけの話だ。


いま、ふと気がついてみたら、私は現代朗読というあたらしい表現方法のまっただなかにいて、それを主宰している。
また、そこから派生した音読療法も、個人が自立するための職業として確立できることはたしかで、これをオーガナイズしている喜びがある。


私がここにこうやって立っているのは、げろきょのみんなのおかげなのだ。
と感じる。
私がこういうことを作ってきた、というより、ふと気がつけば、げろきょのゼミ生にここまで連れてこられてしまったんだ、という感じがする。

この場所に立ってあたりを見渡せば、とても美しい風景が私には見える。
それはだれもだれかの下にもいなければ、上にもいない世界。
お金で雇われたり、雇ったりしない世界。
優位に立ったり、立たれたりしない世界。
共感的で、全員がお互いのニーズを大切にしている場所。


じつはこのところ、いろいろとオーバーワークで、ちょっとしたパニックにおちいってしまった。
そのことが身体の変調に出てきて、以前だったらそんなことには気づきもしなかったのだが、私なりにマインドフルの練習をしていたので、その変調に気づいた。
このまま放っておいたら、ちょっと大変なことになる、結果としてみんなにも迷惑をかけてしまうことになる。

卯妙さんがそれを受けて、げろきょのゼミ生たちに救援メッセージを出してくれた。
するとたちまち、ゼミ生たちからサポートメッセージが届いた。
自分にできることはないか、こんなことができる、あるいは当面できることはないかもしれないけれどできることがあればサポートしたい、などなど。

そのひとつひとつが涙が出るほどうれしかった。
私をこの美しい地に連れてきてくれたのは、この人たちなのだと思った。
たとえ、昨日ゼミ生になったばかりの人でも、げろきょの精神に共感してくれて入会してくれたわけだ、生まれて以来ずっと共感してくれていたともいえる。


今日、ある事情でゼミ生をやめて、げろきょを去った人がいる。
私も大好きな朗読者で、これからもっとたくさん、作品を残したり、いっしょに活動したかった。
とても残念だ。
でも、その人から、心のこもった長いメールが、たったいま届いた。

本当ならそのメールを全文紹介したいくらいだが、プライベートなメールだし、大事にしておきたいので、公開はしない。
でも、きっとその人も、げろきょという美しい場所にいずれ戻ってきてくれるだろうと確信している。
だから、寂しくはない。

ここは私の大切な場所だ。
なにをおいても守りたいと思う。
私の力のかぎりをつくしてこの場所を守っていくことが、私の最後の仕事なのだと思っている。

朗読インスタレーション、展示のための説明文

あさって23日の夜、銀座西欧ギャラリーでおこなうイベント「朗読インスタレーション」のための説明文を書いたので、おいでになれないかたのためにも掲示しておきます。
これは当日、会場のギャラリーに張りだす予定のものです。
もちろんお越しいただけるかたは大歓迎。
イベントについてはこちらをご覧ください。

 朗読インスタレーションへようこそお越しくださいました。
 私たちは現代朗読のパフォーマーであり、朗読を現代アート表現のひとつとして追求している日本では唯一の集団です。
 私たちは「朗読はテキストの伝達ではない」「朗読者は作者の代弁者でもなければ、テキスト伝達技術者でもない」というかんがえかたから発して、独自の立脚点を模索してきました。
 現在は「朗読は表現」であり、「自分自身を表現し伝えるための手段」であるというふうにかんがえています。
 今回はそれをさらに一歩すすめて、「朗読そのものを作品として展示する」ことにしました。

 朗読というのはそれが始まると、たいていの人は朗読を聴こうとします。たいていの人は朗読される作品の内容を追います。
 そうではなくて、朗読する人の存在と発せられる声そのものをインスタレーションとして「展示」してしまおう、というねらいです。
 朗読者は「朗読する人」という存在そのものであり、物体でもあります。存在そのものと、そこから発せられる声、言葉、音のひびき、環境、それらをまるごと提示します。
 ギャラリーに「展示」された「朗読行為」と「朗読者」を含む「朗読」そのもの。それはみなさんにはどんなふうに「見える」のでしょう。ぜひインスタレーションとして「鑑賞」してもらいたいと思います。
 「なにを読んでいるのか」ではなく、そこになにが存在し、それをあなたがどのように感じているのかに目をむけてみてください。
 また、この会場をあとにした皆さんが、つぎに朗読をする人に接したとき、その人がどのように見えるのか、ぜひ教えていただければうれしいです。

音読日めくり6月21日:権藤はなよ「七夕さま」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、権藤はなよ「七夕さま」です。

羽根木の家の玄関先に大きな杏《あんず》の木があります。毎年たくさん実がつくんですが、あまりに木が大きくて高いので、実を採るのが大変です。
しかし、この時期になると、熟した実がどんどん地面に落ちてきます。ほうっておくと腐ってしまうんですが、すかさず拾って洗いあげ、ある程度の分量がまとまったらジャムにするんです。
それが大変おいしいのです。

中野〈SweetRain〉代行ライブ、終了

月に一回、中野のライブバー〈SweetRain〉で板倉克行さんがライブをやっているのだが、急きょ入院されたとのことで、代役をおおせつかった。
それが今日。

昼ゼミと、23日(土)に開催する朗読インスタレーションのリハーサルを終え、そのあと少し時間があったので明日の「日めくり」のスケッチを描いた。
昼ゼミに出たささかくんがライブに来てくれるというので、いっしょに19時前に羽根木を出て中野に向かう。

〈SweetRain〉に着いたら、今夜のドラムスのゲストの今竹さんがすでに来ていて、
「いつになったら来るんだろう」
と気をもんでくれていた。
すでにドラムセットの準備はばっちり。

ライブは20時から。
出演者の野々宮卯妙と照井数男もギリギリの時間にやってきた。
もちろん打ち合わせなどする時間はほとんどない。

げろきょ仲間のまえのさんと、つい最近仲間に加わったさやかさんとお友だちが来てくれる。
いつものizaさん、それからまったくのイチゲンさんで、岡山から企業研修でやってきたという方がフリのお客さんで来てくれた。
ほかにはカウンターに何人か。

まずは私のソロピアノから。
気のおけない仲間がいたせいか、今日は最初からとてもマインドフルで、音のイメージがクリアに展開できた。気持ちよく演奏できた。
つづいて、照井数男と漱石の「夢十夜」の第4夜。
今夜のライブは、なんとなく「夢」というテーマで統一してみた。

ファーストステージの最後は野々宮卯妙と「夢十夜」第9夜。
マイナー調で統一してみた。

休憩をはさんでセカンドステージ。
また私のソロピアノから。
そしてドラムスの今竹さんにはいってもらい、野々宮と「夢十夜」の第3夜。
それから照井数男に加わってもらって、「夢十夜」の第7夜。

休憩をはさんでラストステージ。
今竹さんと野々宮と、「夢十夜」の第2夜。
そして照井数男を加えて、「夢十夜」の第10夜をにぎやかに。

それで終わる予定だったが、ママと高橋さんにもすすめられて、今竹さんとなんとスタンダードナンバーをやることになった。
長らくスタンダードなんてひと前で弾いていない。
でもまあ、今日の調子よさに乗っかって、今竹さんにも助けられて楽しくやった。

これで本当に終わろうと思っていたら、
「もっとやっていいのよ」
というママのひとことで、あと一曲だけ今竹さんとやることになった。
静かなフリー曲。
とくにテーマはなし。

終わってから、高橋さんに、
「優しいピアノですね」
といわれたのがうれしかった。
かつての私だったら、その言葉は受け入れにくかったかもしれない。
シャープでスリリングな演奏がかっこいいと思っていて、それをめざしていたからだ。

いまでもそう思っているが、自分のニーズがどこにあるのかはちゃんと見たいと思いはじめていて、それは決して人を圧倒するような演奏ではないようなのだ。
自分が楽しむために、シャープさもスリリングさも大事だけれど、優しく深い音色はもっと大事かもしれない。

2012年6月20日水曜日

中野スウィートレインでソロピアノと朗読セッションライブ

いつもげろきょの面々が遊んでもらっているフリージャズ・ピアニストの第一人者である板倉克行さんが、急遽入院されたと聞いて、びっくりした。
幸い重篤ではなく、ご本人から元気なメールが返ってきている。
が、けっして軽い病気というわけでもなく、しばらく入院されるようで、気がかりではある。

板倉さんは月に一回、中野の〈スウィートレイン〉でソロライブをやっている。
照井数男や野々宮卯妙などげろきょメンバーがいつも遊びに行って、ステージ後半では飛び入り朗読させてもらっている。

来週もそのライブの予定だったのだが、板倉さんが入院されたということで、急遽その代役が私にまわってきた。
私のソロピアノと朗読セッションでお送りする予定だ。
ライブチャージは投げ銭方式で、みなさんからいただいたお金は全額、板倉さんのお見舞い金とさせていただきたい。

◎日時 2012年6月20日(水)20:00開演(19:00開場)
◎場所 中野スウィートレイン
中野区中野5-46-5 岡田ビルB1
◎料金 飲食代のみ/ライブチャージは投げ銭方式

みなさん、来てね。

水色文庫の新作「蛍」は朗読インスタレーションのために

ひさしぶりに「水色文庫」に新作を掲載した。
タイトルは「蛍」。

このテキストは、今週末、銀座の西欧ギャラリーでおこなうイベント〈朗読インスタレーション「蛍」〉のために書き下ろしたものだ。
イベント内容の詳細はこちら

小学生のころの記憶をたどって書いたものだが、あらためてこのような子ども時代をすごせてよかったなと思う。
街頭もなく、うっかりすると用水路に落っこちてしまいそうな真っ暗な田舎道。
降るような星と天の川。
水の音とにおい。
乱舞する蛍。

テキスト「蛍」はこちら
水色文庫の作品はだれでも自由に朗読していただけるように、著作利用権を開放している。

週末23日(土)の夜、19時から21時まで朗読インスタレーションをおこなう。
ギャラリーに「朗読」そのものが展示される。
出入りは自由なので、ぶらっと来て、どうぞ朗読をゆっくりと「鑑賞」していってください。

そして今夜は中野〈SweetRain〉でピアノソロと朗読セッションのライブ。
今夜は夢特集ということにした。
ピアノも朗読も夢をテーマにやります。
ミージックチャージなしの投げ銭ライブなので、どうぞ気軽にいらしてください。
詳細はこちら

音読日めくり6月20日:新美南吉「飴だま」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、新美南吉「飴だま」です。

イタリアン・パセリは普通のパセリより香りが柔らかいので、料理にたくさん使えます。
魚や鶏料理にふんだんに使えるので、好きです。
窓際のプランターでも簡単に栽培できるのがいいです。

2012年6月19日火曜日

ボイスセラピスト講座、銀座教室開講

今日は午後2時から、銀座教室での第一回ボイスセラピスト2級講座を開催した。
場所は銀座二丁目、外堀通りに面した、プランタンの並びの西欧ビル7階にある西欧ギャラリー。
立地条件がいいし、ギャラリー教室もとても居心地のいい空間で落ち着ける。

今回は初回ということで、宣伝告知も充分に行きわたらず、参加者は少人数だったが、とても気持ちよく集中して講座ができた。
次回にはもう少し参加者が集まってくれるだろう。

羽根木の家では休日を利用して、午前と午後の計6時間を通して開催しているが、銀座教室は2時間ずつ3回に分けて開催となる。
その初回は、座学と呼吸法を中心に、しっかりと(いつものごとく大量の)情報を伝えさせてもらった。

今日はこれから夜の部も開催する。

次回開催は9月となる。
詳細は音読療法協会の公式ウェブサイトをご覧ください。

市民の声や利益・安全を無視する行政に対して我々はなにをすればよいのか

photo credit: Ahorcado via photo pin

原発稼働の是非を問う東京都民投票条例案が、32万もの住民署名簿が集められたにもかかわらず、都議会で反対多数のため否決された。
署名集めには私も受任者になっていたので、大変残念だ。

32万人もの直接の声をばっさりと切り捨てる行政というのは、民主主義の理念に照らし合わせてももはや信頼できるとはいいがたい。
これほどまでに住民の声を無視する行政は、住民の利益を守ってくれるとは思えない。彼らは住民の利益ではなく、自分や、自分に利権をもたらしてくれる資本構造のトップにいるほんの一握りの利益しか守ろうとはしていないと判断できる。

利益だけでなく、住民の安全も守る気はないらしい。
福島で原発が破壊され、いまだ蓋をあけっぱなしの状態で、あらたな原発の稼働について安全上の不安をおぼえるのは、住民としてごくノーマルな神経だと思う。
このことについてみんなで考えましょう、という都民投票を実現するための署名活動が、あっさりと議会で否決される。

私たちにできることはなんだろう。
これは私見だが、もはや政治・行政、ついでに大企業も含めて、信頼に足るものはなにもない。
彼らになにか、社会をよくするためになにかをやってもらおうなどとは、もう考えないほうがいい。
つまり、こちらから彼らを切りすてるしかない。

私たちにできることは、いまここ、この瞬間に、自分たちの安全と安心と、持続可能な社会を実現するためになにができるだろうか、自分たち自身の手でなにかできることはないだろうか、と考え、実際に動いていくことだろう。
国や行政の顔色をうかがうことなく、勝手にどんどん自分たちでやっていけばいいのだ。

法律の壁が立ちはだかったら、みんなでそれを変えていこう。
政治家や官僚にお願いするのではなく、自分たちでやっていこう。
国や行政に依存するのはもうやめよう。
電力会社だって、学校だって、生産地だって、自分たちで作るのだ。

音読日めくり6月19日:佐々木信綱「夏は来ぬ」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、佐々木信綱「夏は来ぬ」です。

なにをスケッチしようか探していたら、ゼミ生のみぞれちゃんが鞄の中からいろいろと出してきてくれました。
そのなかにあった非常用ホイッスルです。
ピカピカ光っていて、こういうのは描くのが難しいんですが、あえて描いてみました。やっぱり難しかったです。

2012年6月18日月曜日

TaikanWorks合同WS打ち合わせ、スープカレー、被災地ツアー打ち合わせ

午前中にTaikanWorks(http://tamayulama.exblog.jp/17072325/)をやっている徳久ウィリアム氏と中村珠央さんのおふたりが羽根木の家にいらして、24日におこなうげろきょとの合同ワークショップ(http://grkinfo.blogspot.com/2012/06/taikanworks.html)についての打ち合わせをする。

珠央さんの足もみ、徳久氏の呼吸法と発声、そしてげろきょの現代朗読エチュードを組み合わせたとても斬新な内容のワークショップで、このような内容のものは私も聞いたことがない。
これはそのプロトタイプを四月に深川〈そら庵〉でやらせてもらって、好評をいただいたものの発展形だ。
みなさん、ぜひ来てください。

午後は下北沢に行き、月末の三谷産業プレゼンツの東北被災地ボランティアツアーのメンバーと集合。
まずはそのままランチへ。
スープカレーのおいしい一番街の〈心〉へ。

ランチ後、羽根木の家に戻り、ツアーの打ち合わせ。
今回のメンバーは、私、野々宮、みぞれという経験者に加えて、ピリカ、彩子、みやこという新人組の組み合わせ。
内容の進行についての確認と、音読ワークで使う唱歌やテキストの読み合わせをした。

みぞれちゃんが持っていた緊急用のホイッスルをスケッチする。
さらにイタリアン・パセリのスケッチ。
「音読日めくり」用のスケッチの貯金が、一日分だけできた。

電子閲覧書籍『ボイスセラピー・ハンドブック』

紙の本が来週には出るが、それに先行してBCCKSで電子閲覧書籍として公開した。
こちら

音読療法協会が認定するボイスセラピスト(音読療法士)のためのハンドブックとして作られた本だ。
が、資格を持たない方にも利用できる作りになっている。この本に記載されているさまざまな方法は、ひとりでも試すことができる。

音読療法の呼吸法、発声法、音読という手順のほか、現代人のストレスマネジメントの方法としてのマインドフルネスの考え方を記述してある。
また、音読でもちいるためのみじかいテキスト(文学作品や詩など)もいくつか掲載してある。
ご利用いただければ幸いである。

音読日めくり6月18日:夏目漱石『永日小品』「火事」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、夏目漱石『永日小品』より「火事」の冒頭部分です。

スケッチは、昨日、友人の安納献くんが持ってきたカリフォルニア土産のチョコレートの箱。
色合いがうまく出ずに苦労しましたが、まあいいか、写真じゃないんだし、ということで。
スティーブ・ジョブズがよく買いに来ていた店だそうです。

2012年6月17日日曜日

日本語のNVCの本『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』

今日、ケンちゃん(安納献)がやってきて、もうすぐ出るNVCの本の見本を囲んで、はるのさんやまり、マリコらといっしょにお祝いをした。
正式名称は次のとおり。

 『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』
  マーシャル・B・ローゼンバーグ
  安納献・監訳/小川敏子・訳
  日本経済新聞出版社
  1,800円(本体)

NVCの創始者であるマーシャルの本が日本語に翻訳されるのは、これが初めてだ。
これまでNVCを学ぼうと思っても、教科書は英語の本しかなかった。
日本でNVCを勉強したい人には、これは大変な福音だろう。

私はケンちゃんからたくさんの苦労のことを聞いていたし、また目の当たりにもしていたので、本当にうれしい。
それはともかく、ケンちゃんが書いている「あとがき」の謝辞のところに自分の名前があるのを見つけて、ちょっとびっくりした。
こんなすばらしい本に自分の名前が刷りこまれてしまうなんていいんだろうか、なんて、NVCの言葉でいえば「内向きジャッカル」に一瞬なったりもした。
一瞬だけどね。

もうすぐ書店やアマゾンでも買えるようになるはずだし、予約注文もできるようになっている。
しかし、羽根木の家に来れる方は直接買ってほしい。
ケンちゃんに少しだけマージンが行くことになっているので。

『ボイスセラピー・ハンドブック』入稿、もうすぐ本に

音読療法協会ではボイスセラピストの1級資格、2級資格、マスターコース修了者が続々と誕生しているが、彼らにいつも携行してもらって使ってもらうための『ハンドブック』の執筆を進めていた。
それが今日、ようやく脱稿した。

ハンドブックは音読療法の手順をはじめ、現代人のストレスマネジメントの対処法、その考え方の基礎、そして音読するための短いテキストがいくつか掲載されている。
手軽なものだが、ベーシックなものでもある。

ボイスセラピストでなくても利用できるようになっている。
もちろん音読療法協会の講習を受けてから使ってもらうのが一番いいのだが、それが必須というわけではない。
多くの人に利用してもらえることを願っている。

『ハンドブック』は今月中には紙の本になる予定。
また、直近ではボイスセラピスト2級講座の銀座教室が、あさって6月19日に開講する。
2時間ずつの全3回で2級資格を取得してもらうコースで、昼の部と夜の部がある。
詳しくはこちら

人の愚痴や悩み事が私の大好物

photo credit: ucumari via photo pin

なんて書くと変質者のように思われてしまうかもしれないが、けっしてそうではない。

現代朗読協会のゼミや講座では、参加者のちょっとした生活における問題や不安、悩み事を聞く機会が多い。
表現のことだけでなく、家庭の問題や仕事のトラブルといった話も出てくる。
私はそういった話をいつも喜んで聞かせてもらっている。

そういった話を私にしたあと、
「こんな話を聞かせてしまってごめんなさい」
と多くの人がいう。
愚痴を聞いてもらうことに負い目を感じているらしいのだ。
しかし、それは違うと思っている。

愚痴や悩み事のなかに含まれている当人の感情を私はひたすら観ている。
話されている内容や情報は二の次で、大事なのは感情だ。
どんな人の話にも、つらい、悲しい、苦しい、あるいはうれしい、楽しい、わくわくする、そういった感情が示されている。

感情は、その人がなにを大切にしているのかを指し示している。
その人が大切にしているものが損なわれたとき、感情が生まれ、泣いたり怒ったりする。
その人が大切にしているものが満たされたとき、喜んだり、落ち着いた気持ちになったりする。

話を聞きながらその人の感情を観るのは、その人がなにを大切にしているのかを知ることにつながる。
それを私は想像して、時々相手に確認してみる。

相手が自分の大切にしていることに気づき、私もそれを知ることができたとき、私と相手のあいだにとても質のいいつながりが生まれる。
私はこれを求めているのだ。

愚痴や悩み事を聞かせてくれる人は、私とつながりを持とうとしてくれている人でもある。

音読日めくり6月17日:中原中也『在りし日の歌』より「北の海」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、中原中也『在りし日の歌』より「北の海」です。

2012年6月16日土曜日

朗読表現の素材としてのテキストの構造分析的な扱いの手法

午前中はライブワークショップ第11期(!)の3回め。
ほぼフルメンバーが揃って、にぎやか。
ゼミ生以外の一般参加者だけで9名、ゼミ生もいれれば14名。
このメンバーで8月4日のキッドアイラック・ホールでの公演をめざしている。
たぶん壮観な現代朗読ライブになることだろう。

チェックイン(「いまここ」の自分がどんな感じなのか自分自身の内側を見て言語化してもらい、それをシェアする時間)とストレッチも、呼吸、すり足ハミングをやったあと、ライブの冒頭で使う夏目漱石の『草枕』の読解、というか構造分析。
テキストを朗読表現の素材として扱うための構造分析的な手法について解説する。

そのあと、エチュードを交えながら、冒頭部分の稽古。
どんどん柔軟で自由になっていく。

昼食は近所のパン屋でパンを買ってきて、羽根木の家で食べる。

昼ゼミは少人数で。
ライブWSから残ったいずみさんと、なおさん、まえのさん、遅れて照井数男。
ひとりひとりの読みをゆっくり聞かせてもらった。

夜はテキスト表現ゼミ。
みんな着実に、自分自信の感触をにじませた文章であったり、語り口を身につけてきている。
毎回、みんなの作品を読ませてもらうのが楽しみでしかたがない。
また『HiYoMeKi』を発行して、この成果を見てもらいたい。

現代朗読と音読療法の関係

時々質問を受けるので、書いておくことにした。
おなじ人間がやっているので、とくに現代朗読協会の内側にいるゼミ生は時々混乱してしまうようだ。
しかし、これらはそれぞれ、別の活動としての位置づけだ。

ただし、根っこはおなじだ。
両方とも私が20代のころから一環して関わってきたラジオやテレビ番組の制作、音楽活動、朗読セッションといった音声表現の活動をベースとしている。
とくに2000年以降、活動拠点を東京に移してから、朗読表現について「従来の型にはまらない演出・指導法と表現の原理」について客観的・論理的に思考し検証してきた結果、現代朗読という方法が確立されてきた。
これは「表現活動」としての現代朗読。

一方、その過程で、朗読や呼吸法、身体の使い方、共感的コミュニケーションといった現代朗読で検証されている方法が、私たちの心身にとてもよい影響をおよぼすことが、経験的に実感されてきた。
とくに2011年の東北大震災の直後から、この方法を使って心身の調子を崩した人のケアをしたり、被災地に直接行って音読ワークをおこなったりして、音読療法を意識的に体系化する作業を進めた。
これは急ピッチで進められ、2011年秋からは音読療法士を育成するためのマスターコースがスタートした。
こちらは音読療法士という「職掌」を創出し、なおかつ社会貢献としての仕事・事業を展開するための活動である。


現代朗読の「表現活動」は現代朗読協会という法人格が中心になっている。
ライブや公演をおこなったり、子どもたちとワークショップをやったり、といったことだ。
昨日の業平小学校での音読エチュード授業も現代朗読協会の活動のひとつだ。

音読療法は音読療法協会という任意団体が中心となっておこなっている。
クライアントとの個人セッション、グループセッション、職場や学校、老人ホームなどに出かけていって、健康法や心身ケアの方法を伝授したり、いっしょにおこなったりする。

表現にも社会貢献の仕事にも興味がある人がいたり、またどちらか一方だけという人がいるのは当然のことだろう。

音読日めくり6月16日:中島敦「名人伝」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、中島敦「名人伝」の冒頭部分です。

2012年6月15日金曜日

中村珠央さんの足もみ(循環セラピー)を受けた

私はこれまで自分の身体の面倒とか、自分のニーズというものを本当におろそかにしてきた人間で、そのことについていまになって、いまさら大きな反省と後悔があるのだが、いまさらそれを悔やんでもしかたがない。
せめてこれからは(残り時間がどのくらいあるかはわからないが)せいぜい大事にしてみようかなと、おずおずと思いはじめてのがここ数ヶ月のことだ。

そんなわけで、マッサージとか整体とか、鍼灸とか、そういったたぐいの自分の身体を整えるためのサービスにはほとんど、というかまったくといっていいほど行ったことはなかった。
一度だけ、オーディオブックを作った関係で、足つぼの太田早苗さんにマッサージをしてもらったことがある。
が、それもなんとなく仕事がらみという感じで、太田さんには申し訳ないけれど、こちら側は彼女の能力を充分に受け取れてはいなかった。

今回、あるいきさつでフットセラピスト(循環セラピスト)の中村珠央さんと知り合い、羽根木の家で施術してもらうことになった。
仕事がらみではなく、純粋に私の足をケアしてもらえるということで、それだけでもとても自分を大事にしてもらえる感覚があって、うれしかった。
その感覚は、私にとってほとんど初めてといっていいほど新鮮なものだった。

2時間たっぷりと、両足を丁寧にケアしてもらって、その間、いろいろな話もうかがっておもしろいのなんのって。
もちろん、足の状態から得られる私の身体の情報についてもたくさん教えてもらった。
そのひとつひとつが思い当たることばかり。

とくに私は冷え性で、夏でも足先が冷たくなるだが、珠央さんも私の足を触って、
「ひさしぶりにこんなに冷たい足を触りました」
といったほどだ。
それが昨日今日とまったく解消されて、ぽかぽかしている。

翌日もみかえしがあるかもしれないといわれたのだが、たしかに若干、全身がむくんだような、圧迫されるような感じはあったものの、支障があるほどではない。
そして二日目の今日、それもすっきりとなくなって、まあ調子のいいこと。
今日は業平小学校での朗読授業があり、またスカイツリーの下あたりをたくさん歩いたのだが、身体は軽い。

私は膝に故障があって、遠出をするときはいつも杖を持っていくのだが、今日はそれも不要だった。
足が暖かいので、今夜もきっとぐっすり眠れることだろう。

珠央さんのサロンは、こちら

墨田区立業平小学校での朗読授業

(写真はプライバシー保護のために小さくしてあります)

今日は朝から墨田区の業平小学校まで行き、音読エチュードの授業をやってき。

最寄り駅はスカイツリー駅。
学校からは見上げんばかりに近接距離でスカイツリーがそそり立っているのが見える。
スカイツリーの高さは634メートルなので、根元からぽっちり折れて倒れたら、小学校はたぶん展望台のあたりが落ちてくる。
そんなことはないと思うけど。

現代朗読協会の何人かがサポートで来てくれた。
唐ちゃん、卯妙さん、みやこさん、おはるさん、フジサワさん。

授業の対象は2年生の2クラス。
ひとクラスずつ2時間をつづけてやった。

最初は2年2組。
あとで1組をやったのだが、クラスの雰囲気がだいぶ違っているのがおもしろかった。
元気で、すぐに収拾がつかなくなってしまうクラス。
統制が取れていて、まとまっているクラス。

どちらがいいとか悪いという話ではない。
私は収拾がつかない子たちのほうが好きだけどね。
これは好みの話。


最初のクラスでは、私が進行役で授業をやらせてもらった。
宮澤賢治の「雨にも負けず」や「風の又三郎」の冒頭の詩を使いながら、群読したり、リズムを取って身体を動かしながら読んだり。
そして静かに耳をすませて、聴こえてくる音を教えてもらう「音探偵」をやったり。

2番めのクラスでは、野々宮卯妙に進行役を任せて、私は側面サポート。
女性が進行役になったことと、卯妙さんの進行内容が子どもたちの「いまここ」を大切にしたものだったので、私のときとは打って変わっておだやかで、深みのある内容になった。

これについては、私も勉強になった。
私が進行するより、どんどん任せてげろきょメンバーにやってもらったほうがよさそうだ。

もちろん私もサボるわけではなく、側面サポートや、内容についての理論的なまとめ、エチュードのシェイプアップなど、活動の核となる部分を整備していくことで貢献していこう。
そんなことを思った。

終わってからスカイツリーの下まで行って、ランチ。
スカイツリーは見れば見るほど、私には違和感がある。
あまり楽しい気分にはなれないのだ。

でも、今日は子どもたちとたくさん触れ合うことができて、気分がいいのだ。
またこういうチャンスが早く来てくれるといいな。

音読日めくり6月15日:永井荷風「畦道」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、永井荷風「畦道」の冒頭部分です。

2012年6月14日木曜日

2012年6月13日水曜日

2012年6月12日火曜日

現代朗読の先端的挑戦「槐多朗読」第4回が終わった

昨日の夜は、これで4回めとなる「槐多朗読」だった。
明大前キッドアイラック・ホール地下のブックカフェ〈槐多〉にて。

定員15名と少人数制なので、告知がなかなか難しい。
積極的にお客さんを集めすぎると窮屈な思いをさせてしまうし(1回めと2回めはそうだった)、かといってまったく宣伝しないとだれも来てくれない。

今回はそこそこ宣伝して、用心深く「完全予約制」をうたったので、昨日の時点で13名の方の予約があった。
ところが、あけてみたら、そのうちの6名の方がおいでにならない。
顔ぶれをみると、まあそれなりに納得できるラインナップではあった。

で、7名プラスこちらの記帳漏れのおひとりを加えて、お客さまは8名。
お店のスタッフ2名、そして朗読の野々宮と演奏の私、というこじんまりした布陣。
これはこれでよい感じではあった。


私は早めの午後6時すぎに槐多入りして、機材のセッティング。
今回は最軽量・最小サイズの機材にしてみた。
ひとりでかついでいけるし、万が一電源が取れなくても2時間くらいなら演奏できる。
もちろん、槐多には電源があるので、ふんだんに使わせてもらう。

午後7時にげろきょ仲間のまなさんが早めに来てくれて、客入りやらチラシ配りなどを手伝ってくれた。
助かる。

7時半ごろからお客さんが来てくれて、定時には(上記の欠席客はのぞいて)そろったので、始めることができた。

最初に少し挨拶と、「沈黙の朗読」について説明させてもらってから、最初の演目。太宰治の「くろんぼう」という作品。
15分くらいかかっただろうか。
私は例によって即興演奏で対応。

私の今回の機材のポイントは、演奏用キーボードが2オクターブしかないミニ鍵盤だということだ。
これで果たしてまともに演奏ができるのかどうかという心配があったが、そして実際に演奏は大変不便だったが、結論としては、
「やってやれないことはない」

不便さゆえに、あれこれと変則的な技を思いついたり、演奏の不自由さをカバーするために音色で勝負してみたりと、大変忙しかったのである。
聴いていた人にはわからなかっただろうけど。
それにしても、かつてトラック一杯分の機材をステージにあげて演奏していたフュージョングループ全盛時代に比べたら、それとほぼ同等の音源と機材がカフェのカウンターの一番端っこにちょこんと乗ってしまうのだ。
すごい時代になった。


ちょっとインターバルを置いて、また少し話をさせてもらったあと、後半へ。
今度は村山槐多の詩を2編。
そして私の「繭世界」という作品。

「繭世界」は本来、ふたりで読むために書かれているテキストだが、それを野々宮がひとりで読む。
しかもありえない方法で。
オーディエンスの頭と身体を揺さぶり、ストーリーと思考を手放してもらい、「いまここ」と「過去」と「未来」を行ったり来たりしてもらうのがねらいだ。

野々宮卯妙はじつに多彩な読みと身体使いで、表現の一番てっぺんのところを突いてくる。
私も不自由なセットながら、いろいろと音を繰りだしてみる。

意外なことに、iPhoneがいい仕事してくれた。
Animoogというアプリが大変役にたった。

そして朗読会は沈黙へと進んでいった。
終わってからは言語活動も思考もない、味わい深い、濃厚な沈黙。
店のなかの沈黙を核として、周辺の物音や人の声、足音が音楽のように流れこんでくる。

こういうライブは、終わってからみなさんがろくなことをいえず、感想を言葉にできず、呆然としてしまうのが、私としては成功と思っている。
そういう意味でも、昨日の朗読会はこれまでにないクオリティの表現ができたのではないかと感じた。

もちろん、おいでいただいた皆さんとともに作りあげ、共有できた表現空間であり、濃密な時間であった。
みなさんには感謝。

次回「槐多朗読」の開催日が決まった。
9月17日(月)の夜である。
まだだいぶ先なので、ぜひ予定をあけておいてください。

最後に、ご来場の皆さんからいただいた感想を紹介しておきます。

(槐多朗読感想)
◎ものすごくかっこよかったです。サイコーに。けっこう激しい出し方をしているのに、不自然さがどこにもない! 感服いたしました。繭世界で不思議に思ったのは、発している言葉とは違う漢字が頭に浮かんでくる……(具体的なことばはわすれちゃいましたが)次、なにくるかな? と予想するのが楽しかったです。

◎呼吸が伝わってきて連動となり、気持ちが良くて、やわらかい心持ちになりました。ののさんが通る時にじゃまですみませんでした。足をずらしても良かったのですが、そのままの位置にしていたのはすみません、ワザとです。ののさんがどのように読むのかが見たかったのです。

◎言葉が空間に散ってゆき、散ったさきからまた現われる。音が無くなっていくにつれ、存在の確かさが現われる。そんな朗読でした。

◎ビールの味が深くなった。時間の流れのスピードが何度も変わった、と思う。

◎声と音楽とカフェという空間、それぞれが独立して成立するものが、ひとつになってまとわりついてくる感じがした。それをひとつにしたものは、空気と沈黙かな〜。言葉にできないものをいっぱい受け取りました。

◎繭世界の途中である夏の夜の夢を思い出しました。寝ている自分の四肢が上下に伸びて、自分と世界との境界が無くなるような。は、と我に返ると、それでも自分の足の感覚がなく、私は沈黙の一部になっていました。不思議な夜をありがとうございました。私も何かの形でこういう舞台を作りたい。

◎音である、と思いました。4回目の今回が一番奥行きを感じ、自由な感じでした。

音読日めくり6月12日:徳富蘆花「草とり」

「音読日めくり」を更新しました。
今日の音読日めくりは、徳富蘆花「草とり」の冒頭部分です。