2011年6月21日火曜日

テキスト表現ゼミ秀作選「三つ編」

毎週日曜日の夜、羽根木の家でおこなっている「テキスト表現ゼミ」の習作から秀作を不定期に紹介していくシリーズ。
今回は船渡川広匡の作品。テーマは「三つ編み」に設定されていた。

テキスト表現ゼミでは商業作品や娯楽作品を排除しているわけではないが、活字マーケットを意識しない自由な創作に挑戦してもらっている。
テーマ設定にはなにか意味があるのかとよく聞かれるが、もちろん意味はある。あるテーマを与えられたとき、私たちの「顕在意識」は自分の記憶や理性を使ってなにか「整合性」のある読み物を作ろうとする。一方で「潜在意識」は私たちが思いもよらないイメージを水面下で沸き返らせている。
すぐれた書き手になればなるほど、潜在意識へのアクセスが巧みになる。文芸作品はほとんど潜在意識との格闘といってもいいくらいだ。
その練習のためにテーマがある。そしてテーマはときに突拍子もない。

船渡川広匡のこの作品は、潜在意識にうまくアクセスできたようだ。本人にもこのようなものが出てきた理由がわからないという。もちろん、そういうときの作品のほうがおもしろく、すぐれていることはいうまでもない。
私はこの作品を読んで、大震災・大津波のことを思った。船渡川の潜在意識にそのことがあったかどうかはわからないが、よい作品は人々のなかにさまざまなものを喚起する力がある。

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 三つ網

 灰色に淀んだ空は不吉な唸り声を上げ、白い波が船に当たっては砕ける。しぶきが
老人の顔にはね返る。腕で顔を拭い、櫓を巧みに動かす。小舟は波の合間を縫ってす
るりと抜けていく。
 ようやく納得する場所まで来ると、足元の網を両手で持ち上げ、宙へと飛ばす。網
は生き物のように広がり水面をつかむ。網が十分に沈むのを待ってから一呼吸置いて
ぐいと引っ張る。両腕の褐色の筋肉が盛り上がり、筋立つ。
 網を巻き戻し船上にどちゃりと落とすと、中には小魚が十数匹踊っている。
 老人は二つ目の網を海へと投げ、引っ張る。獲物がかかった網が巻き上げられる。
更に三つ目の網を投げる。

 彼にはかつて三人の息子がいた。
 長男が十五歳になった時、新しい網を与えた。最初の漁に出た時、ふいに来た大波
にさらわれた長男はもう戻っては来なかった。
 妻は嘆き悲しみ海を憎んだが、夫は「息子は海へ帰った」と言っただけだった。
 次男が十五歳になった。夫は彼に新しい網を与え漁に出ようとしたが、妻は網をど
こかに隠し、島の木の実をとる仕事を次男に指示した。次男は山へ分け入り木の実を
探したが、崖から転落して死んだ。
 妻は嘆き悲しみ山を憎んだが、夫は「息子は山へ帰った」と言っただけだった。
 三男が十五歳になった。夫は彼に新しい網を与え漁に出ようとしたが、妻はまた網
を隠し息子に家の仕事を指示した。三男が屋内で糸車を回していた所へ百年に一度の
大地震が起き、倒壊した家の下敷きになって死んだ。
 妻は嘆き悲しみ大地を憎んだが、夫は「息子は大地に帰った」と言っただけだっ
た。

 老人は足元に打ち投げた三つの網の中から手早く魚を仕分け、びくに入れていく。
 盛り上がった二本の腕が巧に縄を巻き上げ、帆を張る。帆は浜風を捕まえ、舟は波
を切って進む。浜にたどり着くと、最後の力で船を砂浜に押し上げて縄で杭にくくり
つける。
 小屋の入り口を開け、びくを土間に置く。老人は服を脱ぎ手拭いで体をふき取る
と、裸のまま寝台に静かに横になった。
 老人は目を閉じた。やがて彼の意識はまどろみに沈んでいった。
 老人は息子達の夢を見ていた。
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※テキスト表現ゼミは、随時、参加者を受け付けています。
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